杉原美津子『生きてみたい、もう一度』(文春文庫)


発行:1987.2.10



 「午前九時を少しまわっていた。タクシー拾おうか、私鉄に乗ろうか、バスにしようか……」。それが運命をきめた。あなたをいつ襲うかもしれない、無差別殺人の恐怖。新宿西口バス放火事件で全身に火傷、死線を二度越えた女性が、病床で苦痛に耐えつつ犯人の動機を考えつめ、改めて自らの人生に立ち向かう感想の記録。(粗筋紹介より引用)

 1980年8月19日21時過ぎ、新宿駅西口で停車中の京王帝都バスに、中年男が後部乗降口から火のついた新聞紙と、ガソリンが入ったバケツを放り込んだ。炎の回りは早く、乗客6人が焼死、22人重軽傷。
 本書は、西口バス放火事件で重体となり、全身の80%、特にII〜III度の部分が約60%の火傷を負った女性が、二祖度の視線を越え、約1年の入院性活を経て退院。病床で事件の詳細を知り、火傷の後遺症などの苦痛に耐えながらも犯人の動機を考え、犯人をただ憎むのではなく、犯人の当時の状況を知り、犯人の心理状態を考え、犯人と連絡を取り合おうとする。
 ただ重傷を負わされただけでなく、後にまで残る後遺症と痕を残した犯人を恨まず憎まず、犯人を知ろう・理解しようとする気持は、自分にはとても理解できない。いくら本書を読んでも、その謎は解き明かせない。私は犯罪者を恨まないという人物はすばらしく、恨もうとする気持は誤っている、という意見は間違っていると思う。もちろん、恨み・憎み続けるという行為は非常につらい行為だと思うが、だからといって恨む・憎むということ自体を捨て去らなければいけないとは思えない。恨む・憎むという感情も人が持ち合わせる感情だからだ。逆に、一方的に捨てるべきだと「諭す」人たちこそが間違っていると思う。
 しかし、本書に出てくる彼女の生きる姿勢は、素晴らしいと思う。生を見つめ直す姿は美しい。このような感想は、被害にあっていない外にいる人間だからこそ思うのかもしれない。本人から見れば、苦痛の記録かもしれない。それでも、私は彼女の生きる姿勢が美しいと思う。まさに「感動の記録」という言葉にふさわしい。

 彼女は、事件当時不倫をしていた男性と退院後に結婚。しかし男性の会社は倒産し、大量の借金を背負った男性は死を決意し、女性も同行する。それでも最後は生を選択する。彼女は生き続ける。

 本書は1983年1月、文藝春秋より出版された作品の文庫化である。後の2004年、新風舎文庫より再刊されている。
 本書は恩地日出夫によって映画化され、主役である女性は桃井かおりが演じた。


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