帝銀事件の犯人とされた平沢貞道はクロか?シロか? この疑問は十七年後の今日において、いまだにはっきりと国民の前に明らかになっていない。そして多くの疑惑に包まれたまま、彼は獄窓で死刑の日を待っている。
この記録はひとりの生命を救うために捧げられた厖大なエネルギーと多くの人人の苦闘によってかちとられた輝かしい証言である。物的証拠、不在証明、状況証拠、検察側の捏造事実などを、戦後の混乱と忘却の過去の中から克明にほり起こし、検察、裁判所側へ鋭くつきつけた。(折り返しより引用)
【目 次】
第一章 事件の発生
一 帝銀椎名町支店の大量毒殺事件
二 検証
三 二つの未遂事件
第二章 捜査
一 人相と人相書
二 松井名刺
三 山口二郎名刺
四 犯人の適格性
五 関東軍満七三一部隊
六 迷宮入りに焦る捜査
第三章 平沢の逮捕と取調べ
一 居土井警部補
二 拘留された平沢
三 日本堂事件のなぞ
四 取調べ上の諸問題
第四章 聴取書
一 自供と拘禁病の間
二 取調べの経過
三 自供
第五章 証拠論
一 松井名刺
二 山口二郎名刺
三 アリバイ
四 犯人の携帯所持品
五 毒物
六 面通しと証言心理
七 精神鑑定
八 金の出所
第六章 公判の経過
一 平沢自白をひるがえす
二 判決要旨
三 第二審
四 上告棄却
第七章 再審篇
一 調書偽造と法務省人権擁護部
二 「平沢氏を救う会」の結成
第八章 再審の諸問題
一 第七、八現場の発見
二 動静報告書
三 GHQbの圧力
第九章 “再審”と死刑確定囚の間
一 死刑囚を阻む壁
二 再審制度改正
付録 捜査要綱
あとがき
1948年1月26日、東京豊島区の帝国銀行(第一勧業銀行の前身)椎名町支店に、45歳ぐらいの男がやってきた。男は「付近に赤痢菌が発生した」と告げ、行員16名に持参した予防薬を飲ませた。これを飲んだ16名は次々に苦しみはじめ、12名が死亡。犯人は店内にあった現金約16万円と1万数千円の小切手(後に引き換えしている)を奪って逃走した。
この「帝銀事件」と呼ばれている事件は、日本犯罪史上でも特に有名なもののひとつである。死者12名は、戦後、一人が殺害した人数としては最高とされている。複数犯でも、オウム事件、連合赤軍事件に次ぐものである。
そして犯人とされた平沢貞道は、日本死刑史上、もっとも特異な位置に存在する人物であった。
本書は「平沢貞道を救う会」の事務局長で作家の森川哲郎が、帝銀事件について一から洗い出し、疑問点を提示し、平沢の無実を証明した、として記した一冊。
帝銀事件については今更ここで書くまでもないと思うし、平沢貞道が無実であることはほぼ明白だろう。とはいえ、本書が出版された1964年ならまだ平沢=クロ説を唱える人も多かったと思う。
帝銀事件そのものは知っていたが、詳細についてはあまり調べたことがなかったので、今回改めて読んでみた。これだけ有罪とは思えない証拠がずらずら並んでいるのに、これだけの大事件の被告をいとも簡単に有罪にしてしまう裁判所の恐ろしさを感じた。やはり裏には何かあったのではないだろうか。
本書は帝銀事件の裁判がどのように進んだかを示す、最良の一冊の一つである。トンデモ推理の方に向かうことなく、事件の詳細と警察・検察側の矛盾点を列挙し、自らが示した反証も含め、コンパクトにまとめられている。
本書は、帝銀事件を調査する人たちにとって、まさにベースとなる一冊であろう。ここらで増補版を出してほしいところである。
帝銀事件とは別に驚いたことを一つ。
高木彬光に『法廷の魔女』という長編作品がある。百谷泉一郎弁護士ものの一冊で、複雑な関係の家庭内で起きた殺人事件の犯人とされた“魔女”の女性を百谷弁護士が弁護するものである。いわば『破戒裁判』の焼き直しみたいな法廷ものだが、前半部分は百谷自身が殺人事件に遭遇するなど、やや通俗っぽい仕上がりの一冊である。あっさり書いてしまえば、百谷は被告の女性の無罪を証明し、別の犯人を法廷で指摘するのだが、その無罪を証明する証拠物件というのが、帝銀事件の再審請求で実際に指摘された証拠物件とほぼ同じ内容だったのだ。当時の角川文庫の解説でもそのようなことは書かれていなかったし、てっきり高木自身のオリジナルトリックだと思っていた。
冤罪事件に興味があった高木彬光だから、帝銀事件についても当然注意を払っていただろう。ならばもっと明確な形でこのことを訴えてもよかったと思うのだが。百谷シリーズの『追跡』では冤罪の可能性が高いとされた「白鳥事件」をベースに書いているのだから。
高木ファンなら当然知っていることだったんだろうな。今頃知るなんて、ちょっと恥ずかしいかも。
<ブラウザの【戻る】ボタンで戻ってください>