渡辺脩『麻原を死刑にして、それで済むのか?』(三五館)


発行:2004.2.29



――オウム真理教教団と麻原被告は、世間の大の嫌われ者です。いくら嫌われ者でも、その生存の権利とオブジェクションの権利とを認め、公正な裁判を受ける権利を認めなければ、正常に機能する人間社会とは言えないでしょう。平等な権利を認めなければ、国民のあらゆる人権保障の基礎が成り立たないのです。(折り返しより引用)

【目 次】
はじめに――麻原裁判最終弁論を終えて
第1章 速すぎる裁判の危険性
第2章 麻原裁判の基本問題
第3章 異常な捜査と不自然な証拠
第4章 村井正大師と「オウム事件の闇」
第5章 坂本弁護士事件の問題点
第6章 松本サリン事件の問題点
第7章 地下鉄サリン事件の問題点
第8章 麻原裁判と私
【対談】「麻原裁判で何を見たのか」―上出勝弁護士と八年間を振り返って
【資料】麻原裁判の公判経過
あとがき


 男性信者殺害事件、坂本弁護士一家殺人事件、元信者殺人事件、弁護士サリン襲撃事件、松本サリン事件、元信者リンチ殺人事件、VX殺人事件及び同未遂2事件、目黒公証役場事務長拉致監禁事件、地下鉄サリン事件、サリン量産プラント事件、自動小銃密造事件。
 オウム真理教教祖麻原彰晃(本名松本智津夫)被告はオウム関連の全13事件に関与し計27人が死亡、約6000人が負傷したとして、殺人,殺人未遂,死体損壊,逮捕監禁致死,武器等製造法違反,殺人予備で起訴された。薬物密造他4事件については、裁判迅速化を図るため、検察側が起訴を放棄した。

 一宗教団体であるオウム真理教が起こした事件の数々。地下鉄サリン事件後に、犯人がオウム真理教集団であったことが明らかになった瞬間から、マスコミによるオウム真理教攻撃が始まった。たしかにやった犯行については残虐極まりなく、許される行為ではない。とはいえ、罪が決まっていない彼らを、事件とは全く関係のない私生活や女性関係まで暴き立てるのはどうかと思ったことも事実だ。その流れは裁判まで続いた。自己正当化する言葉を徹底的に叩いた。すでに有罪が決まったかのような、断罪の数々。そこに、弁解の言葉はかき消されていった。
 国民は裁判において公正な弁護を受ける権利がある。これは全くもって正論だ。どんな凶悪犯だって、裁判で罪が確定するまではあくまで容疑者であり、被告でしかない。しかし、だからといって、どんな弁護だって許されるというわけではない。弁護士はそこをはき違えている。本書を読んで、その思いは特に強くなった。
 オウム関連、特に松本智津夫被告に対する裁判については、ほぼ一部始終がマスコミに流れた。そこから見えてきたのは、普段の裁判ではとても見られないような、弁護士による細かすぎるチェックである。そこに10人いたとして、そのいずれもの会話が一部始終合っていないからと言って質問するようなその姿は醜いとしか言いようがない。
 この事件は、まず有罪ありきで進められたこと、それ自体は事実だろう。とはいえ、弁護側の言う「村井秀夫元幹部を中心とした弟子たちの暴走」として松本被告の無実を訴える姿も悪あがきに見えたことは事実だ。多くの被告が松本被告の関与を認めた証言については、細部が一致しないからと切り捨て、松本被告の関与を否定する証言については、自分に利益のない発言だから嘘であるはずがない、などと自らの都合のいいように解釈しているようにしか私には見えない。なんでもかんでも松本被告に責任を押しつけていると他の被告を彼ら弁護団は非難するが、私から言わせてもらえれば、彼ら弁護団も全てを死亡して口の聞けない村井元幹部に押しつけているようにしか見えない。その思いは、本書を読んでも変わらなかった。
 確かにこの事件は、もっと本質を探す必要があったのかもしれない。だからといって、裁判が長く続けられてよいというものでもない。弁護側は、もっと大元で松本被告の関与を争うべきだったと思われる。

 2004年2月27日、東京地裁は全事件について松本被告が首謀者と認定、求刑通り死刑判決を言い渡した。控訴後に一審弁護団12人は全員辞任。新たな私撰弁護人がついたが、松本被告は弁護士の接見の求めに一切応じなかった。東京高裁は控訴趣意書の提出を2005年1月11日に設定。その後弁護団の要請により8月31日に延長した。しかし弁護団は高裁の鑑定への立ち会いや公開法廷での鑑定人尋問などが拒否されたことを理由に、趣意書の提出を拒否した。
 2006年2月20日、東京高裁から精神鑑定を依頼された精神科医西山詮医師は、「訴訟を継続する能力を失ってはいない」とする鑑定結果を同高裁に提出した。東京高裁は、2006年3月15日までに意見書を提出するよう弁護団に要請した。だが弁護団は、西山医師の鑑定書を批判する内容の意見書を提出するだけだった。その後28日に趣意書を提出する旨を明らかにしたが、27日に東京高裁は松本被告の訴訟能力を認めたうえで、控訴を棄却する決定を出した。最高裁の統計がある1978年以降、一審で死刑とされた被告の控訴審が、棄却決定されるのは初めて。刑事訴訟法は、裁判所が指定した期限内に控訴趣意書を提出するよう定め、これに違反した場合は決定で棄却するよう規定している。一方、刑事訴訟規則で「遅延がやむを得ない事情に基づくと認めるときは、これを期間内に差し出されたものとして審判をすることができる」との規定も設けられている。
 弁護団は3月28日に趣意書を提出するとともに、30日に決定に対する異議を東京高裁に申し立てた。東京高裁は不定出を理由に5月29日、異議を却下した。9月15日までに最高裁第三小法廷は東京高裁の控訴棄却決定を支持し、被告側の特別抗告を棄却する決定を出した。これで松本被告の死刑が確定した。


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