松田美智子『女子高生誘拐飼育事件』(幻冬舎アウトロー文庫)


発行:1997.10.25




 誘拐犯の自宅に監禁された十七歳の女子高校生はいかにして性の虜になったのか? しかも逃げる機会はあったのに、少女が逃げなかったのは犯人への恐怖か、憐憫か? <淫獣>とまで呼ばれた中年男の克明な犯行日記をもとに、親子ほどをも違う擬似カップルの半年間の異様な同居生活とそれぞれの不可解な心理の謎に迫る衝撃のノンフィクション力作!(粗筋紹介より引用)

 某年、十一月二十五日夕刻、東京の下町で、帰宅途中の女子高生(十七歳)が、行方不明になりました。
 警視庁と向島署は、誘拐事件として捜査を開始、半月後には公開捜査に踏み切ります。新聞、週刊誌、女性誌などのマスコミが市民に情報協力を呼びかけ、写真入りのビラ二千枚も付近一帯に配布されました。
 しかし、有力な手がかりはなく、女子高校生はその翌年、五月十八日になって発見、保護されるのです。事件発生から、じつに半年ぶりのことでした。
 多くの誘拐事件と異なり、彼女が命を奪われることなく、無事に戻ってきたのは大きな救いです。けれども、あとにいくつもの謎が残されていました。
 彼女を誘拐したのは四十三歳の男で、二人はその間、彼のアパートの一失で、同棲関係にあったと供述しました。誘拐は認めましたが、監禁はしていなかったというのです。事実、彼女が近所で買い物をしている姿が、何度か目撃されています。
 さらに彼女の自宅は、男のアパートから1.5キロしか離れていませんでした。その気になれば、歩いて帰れる距離です。なぜ、彼女は逃げださなかったのでしょう。
 いったい彼女に何が起きたのか、それを再現したのが、このドキュメントです。
 再現にあたっては、公判記録の一部をはじめとして、できうるかぎりの資料、証言を収拾しました。なかでも男の日記は、事件の経過を雄弁に語っています。
(中略)
 結局彼は、“色魔”という烙印を押されたまま、五年もの実刑判決を受けましたが、多くの男性が一度は描いたであろう夢をかなえた、幸せ者であったのかもしれません。

(「まえがき」より引用)


【目 次】
まえがき
1 ミニスカートの獲物たち
2 女は欲深い穴を持っている
3 「騒ぐと殺すぞ!」、ついに誘拐
4 まぶしい十七歳の裸身
5 素顔は気弱なサラリーマン
6 手錠と猿ぐつわで柱に縛り
7 初めて見た精液
8 男の暗い回想
9 「パパ」と呼ばせよう
10 高価なプレゼント
11 優しいセックスの手ほどき
12 ほぐれゆく蕾
13 二人は四十日目に結ばれた
14 「女子高校生、謎の失踪」の記事
15 開花した若い肉体
16 少女は外出を許された
17 「パパのこれ、大好き」
18 聞き耳たてる隣室の住人
19 セーラー服プレイの狂態
20 事情を知った大学生
21 果てしない性宴
22 思いがけない獲物
23 逮捕――突然の終焉


 1965年11月25日、東京都に住む女子高校三年生A子(17)は、学校からの帰り、自宅から30mほど手前の路地で無職S(39)に誘拐、監禁された。Sは以前から誘拐すべき対象の若い女性を求めてさまよい歩いていた。SはA子を裸にして自宅に監禁、ナイフで脅して関係を持とうとしたが出来ず、口淫をさせた。そのような生活は12月3日まで続き、A子は悲観し、家族に迷惑を掛けるよりは自分が犠牲になればいいと逃亡を諦めた。逆にA子はSに奇妙な愛情を持つようになり、以後、二人の同棲生活はママゴトのように続いたが、5月18日、知人に目撃されたA子は警察に保護され、Sは逮捕された。Sは誘拐、監禁などで懲役6年の刑が確定した。

「女子高校生籠の鳥事件」とも呼ばれるこの事件は、はっきり言ってしまえば中年男の醜い願望を具体化してしまった事件ともいえる。犯罪被害者が、犯人と一時的に時間や場所を共有することによって、過度の同情さらには好意等の特別な依存感情を抱いてしまう「ストックホルム症候群」の極地ともいえる事件である。
 中年男が処女の女子高生を監禁し、性奴隷に飼育する。とてつもなく醜く、しかし男なら一度は欲望してしまうシチュエーションではないだろうか。この事件の犯人は、まえがきで松田美智子がいうとおり、「多くの男性が一度は描いたであろう夢をかなえた」男であったことは間違いない。とはいえ当然ではあるが、全ての女子高生についてストックホルム症候群のような関係に陥るわけではない。なお、誘拐された女性が犯人に特別な感情を抱く作品には、ハドリー・チェイス『ミス・ブランディッシの蘭』(創元推理文庫)などが、少女を誘拐して飼育する作品にはジョン・ファウルズ『コレクター』(白水社)などがある。後者は1965年に映画化されており、本事件の犯人もこの映画を見ている。
 本作は、その「籠の鳥事件」をノンフィクション化した作品である。作者の意気込みは色々と書かれているが、内容としては日記や公判記録などを基にしたドキュメントであり、誘拐された女子高生の心理などに鋭くメスを入れるなどといった深い考察は見られない。悪い言葉で言ってしまえば、覗き趣味本意の作品となっており、出来の悪いエロ小説以外の何ものでもない。
 この作品の不可思議なところは、所々で現実と違うことを書いていること。なぜ事件の起きた年を隠すのかもわからないし、この事件の犯人に科せられた懲役の年数も違うし、そもそも一審で確定しているわけでもなく控訴・上告している(上告は後に取り下げ)。最後に被害者のその後も書かれているが、それすらも本当のことかどうか疑問だ。所々で嘘を書いているため、この作品のノンフィクション性を下げる結果となっており、そのことがかえってこの作品の白々しさを浮き彫りにしている。
 嫌な言い方をすると、デビュー作品ということで、昔話題に上った事件を取り上げることで、ああ、あんな事件があったかなという読者を対象にしつつ、さらに監禁ものの好きな男性読者に手を取ってもらうよう計算したのではないだろうか。“なぜ”逃げなかったのかという点について、もっと深く掘りさげて欲しかった。

 松田美智子は1949年、山口県生まれ。女優として活動中に松田優作と結婚。後に離婚。1994年10月、『少女はなぜ逃げなかったのか――女子高生誘拐飼育事件』を恒友出版より刊行し、ノンフィクション作家としてデビュー。1997年には雨宮早希名義でミステリ『EM』を発表し、シリーズ化される。
 本作品は、『少女はなぜ逃げなかったのか――女子高生誘拐飼育事件』を改題し、文庫化したものである。本作品を原作とした映画『完全なる飼育』が1999年に公開。以後、原作から離れてシリーズ化される。


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