毎日新聞社会部編『破滅 梅川昭美の三十年』(幻冬舎アウトロー文庫)


発行:1997.6.25




「服を脱げ、脱がんと撃ち殺すぞ!」。昭和54年、三菱銀行北畠支店に籠城した梅川昭美は、女子行員たちを全裸にしたばかりか、重傷を負う人質の耳を削ぎ落とさせた……。日本列島を恐怖のどん底に陥れ、全国民をテレビに釘付けにさせた稀代の凶悪強盗殺人犯を駆り立てたものは何か? 死に急いだひとりの男の実像に迫る傑作ルポルタージュ。(粗筋紹介より引用)

 まれにみる残虐な犯罪が、誰にも内在する怒りや絶望の深淵から、噴出したものであったとしたら、人は間違いなく不安に駆られるに違いない。犯罪を、異常な人間の異常な行為と規定した方が、人間は安心しやすいからだ。
 幻冬舎による文庫化にあたり、仲間と執筆したこの作品を十八年ぶりに読み返してみて、改めてそう思う。
 三菱銀行で四人を射殺し、四十三人の人質から人間の尊厳そのものを奪った梅川昭美の少年時代は、ごく当たり前の風景の中にあった。その後ぐれて遊ぶ金に困り、ナイフで人妻を刺し殺したとしても、そうした少年の殆どが、その後、三菱銀行事件のような犯罪をおかすわけでは、もちろんない。では何故、梅川は? その答えはこの本のどこかにあるだろう。梅川の一生をたどり、平凡でありきたりな人間の営みの中にひそむ魔物を、それぞれに捜してもらうしかない。

(「文庫版あとがき」より引用)


【目 次】
第一部 破滅――梅川昭美の三十年
 プロローグ
 1「オレの名前を覚えておけ」
 2「お袋のことだけが心配や」
 3「生き地獄を見せてやる」
第二部 密室――梅川昭美の四十二時間
 1 認定
 2 残虐
 3 屈辱
 4 説得
 5 焦燥
 6 突入
 資料
 あとがき
 文庫版あとがき


 1979年1月26日午後2時30分頃、大阪市住吉区の三菱銀行北畠支店に一人の男が入ってきた。ゴルフバックから猟銃を取り出して構え、5000万円を要求。犯人の梅川昭美(30)は、カウンター内で警察に電話通報しようとした行員男性(20)を射殺。さらにカウンター内でしゃがみ込んでいた行員男性(26)にも散弾を発砲。約8ヶ月の重傷を負わせた。同時に散弾の一部が女性行員の腕に当たり、20日間の軽傷を負わせている。梅川は支店課長代理から現金283万3000円をリュック作に詰め込めさせ、さらにカウンター上の現金12万円を強奪。さらに現金を要求中、銀行から逃げ出した客から銀行強盗のことを聞いた警邏中の警官が銀行に駆けつけてきた。警官は威嚇射撃をすると、梅川は容赦なく猟銃で警部補(52)を射殺。さらにパトカーで駆けつけてきた二人の警官にも発砲。巡査(29)は死亡、警部補(37)は防弾チョッキで命拾いをし、逃げ出した。
 その後も続々とパトカーが到着。梅川は支店長ら行員31人と客9人を人質として立て籠もった。立て籠もり中、すぐに金を払わなかったと支店長(47)を射殺している。支店の建物は武装警官隊や報道陣によって包囲され、推移はテレビで現場中継された。大金庫の前に陣取った梅川は、行員たちを出入口などに並ばせ、人間バリケードを築いて狙撃を警戒。さらに「ソドムの市を味あわせてやる」と女子行員20名中19名を全裸にして扇形に並べ、警察側の動きがある度に自分は要の位置に移動し、楯代わりに使った。途中、態度が悪いと難癖を付けて男性行員(47)に発砲し、全治6ヶ月の重傷を追わせている。また威嚇射撃中、散弾の一部が男性行員(54)及び男性客(57)に軽傷を負わせた。さらに重傷で呻いている男性行員がうるさいと、そばに立っていた行員にナイフを渡し、耳を切り取れと命令。さらに別の行員には501万円を用意させ、自分の借金を払いに行かせた。
 27日、食事などの差し入れと交換に、4名の死者、重傷者、客を次々と解放。警察は徹夜で電話交渉を続けた。
 28日午前8時。説得は不可能、人質の体力が限界に来ていると判断した大阪府警は、7名の狙撃班に突入命令を出した。7名は死角の位置から拳銃を発射、3発が梅川に命中した。人質は無事に解放されたが、梅川は運ばれた病院で死亡した。
 梅川は強盗殺人、強盗殺人未遂、強盗致傷、建造物侵入、公務執行妨害、傷害、逮捕監禁、威力業務妨害、窃盗、銃刀法違反、火薬取締法違反の容疑で大阪地方検察庁に送られた。大阪地検は窃盗と傷害を除く9つの罪を認定。1979年5月4日、犯人の梅川昭美に対して大阪地検は被疑者死亡による不起訴処分を決定。同時に梅川を射殺した大阪府警機動隊員7人を職務上の正当行為を理由に不起訴処分とした。


 今でも覚えている人が多いのではないか。三菱銀行北畠支店に籠城した梅川昭美という男を。籠城約42時間。警官を含む死者4名。「ソドムの市を味あわせる」と言い切り、女子行員を全裸にして楯にした行為。何から何まで異常だったと言わざるを得ない。いったい何が梅川をここまで駆り立てたのか。射殺されてしまった今、梅川は何も語らない。我々は梅川が残した軌跡から、その真意を探るしかない。
 本書は、梅川昭美という男の生い立ちから事件に至るまでの生き様。そして籠城事件の一部始終を書いたルポルタージュである。記者たちは梅川という男の実像へ迫るため、生まれた場所である広島県大竹市から、住んでいた場所である大阪市住吉区まで足取りを追う。その綿密な調査はさすが新聞記者と思わせる。梅川の内面全てまで追い求めるのは難しかったようだが、梅川の実像にはかなりのところまで迫っていると思われる。
 やはり梅川は、部屋に数多くあった大藪春彦の著書に出てくる主人公のような悪のヒーローを目指していたのだろうか。肉体を鍛え、健康に気を遣い、銃に憧れた。しかし見栄っ張りで、綿密な計画を立てながらも実際は抜けていた。整えたアフロヘアにサングラスをかけ、銃を構えるその姿は、やはり大藪の主人公を真似たものだったのだろうか。もっとも、大藪の小説を真似れば犯罪を起こせると思っているところが浅はかと言えなくもないが。
 第一部でも所々で事件に触れつつ、第二部では42時間の詳細を犯人側、警察側、被害者遺族側、マスコミ側などの視点から浮き彫りにしていっている。この部を読むと、外野の声というものはどれだけ無責任なのかということがわかる。マスコミや一部人権団体などは、何をやっても警察を責め立てるのだろう。犯人を殺せば「生かして捕まえる方法はなかったのか」。籠城が長引けば「人質をどうするのか」「人質は限界だ」。すぐに突入すれば「人質に弾が当たったらどうするつもりだったのか」、等々。勝手に周りを取り囲み、喜々としてテレビ中継を始める姿は滑稽で邪魔だとしか言い様がない。
 本書はただ事件の外面を追うだけでない。事件の背景や犯人の内面まで追い求めたルポルタージュである。テレビや週刊誌といった、派手な部分しか取り上げないマスコミとは異なった視点を、やはり新聞記者には求めたい。

 この本は、1979年2月7日〜3月23日まで全32回に渡って『毎日新聞(大阪)』に連載された「破滅」をもとに、全文書き下ろし、晩声社から1979年8月に刊行された単行本を文庫化したものである。執筆者は毎日新聞(大阪)社会部長の他、主に16名である。


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