奥野修司『心にナイフをしのばせて』(文春文庫)


発行:2009.4.10




 1969年4月23日、川崎市にある私立高校1年生の少年(15)が、高校近くのツツジ畑の中でメッタ切りに合い、なおかつ首を切り落とされて発見された。届け出たのは少年と一緒にいた同級生(15)で、彼も左腕など2箇所を切られ、血だらけであった。彼は3〜4人の若い男に切られたと証言したが、矛盾点が多く、かつシャツに付いていた血が被害者のものであったことから追求すると、4月26日に犯行を自供した。二人は中学時代からの同級生で仲は悪くなかったが、いつも被害者に悪ふざけをされていたため、決着をつけようと登山ナイフを持参。しかしナイフを見せつけると、逆に「お前はブタだからナイフまでブタに似ている」と言われたため、カーッとなって殺害した。ただしこれは少年の供述であり、真相は不明。我に返ったあと、被害者が生き返るのが怖くなり、首を切断。そして自分で左腕を切り、ナイフを捨てたものだった。横浜家裁は加害者の少年を「分裂病質の精神障害」と認め、少年院送致を決定。後に関東医療少年院に送致した。

 序 章 白昼夢
 第一章 二十八年前の「酒鬼薔薇」
 第二章 消えた記憶
 第三章 闇に凍える家
 第四章 母が壊れる
 第五章 死の世界へ
 第六章 救世主
 第七章 暗夜行路
 第八章 父の涙
 第九章 リストカット
 第十章 父が逝った
 第十一章 少年Aの行方
 終 章 父の死後
 あとがき
 文庫版あとがき
 被害者の母親 くに子さんの手記
 参考図書


 事実を文字にするとわずか数行。同級生を殺害し、首を切り落とすというショッキングな事件である。1997年に神戸で起きた「酒鬼薔薇事件」で改めてクローズアップされた事件でもあったが、少年が犯人であったということもあり、最初を除くと詳細な報道はされていない。「少年法」の壁に阻まれ、犯人である少年が関東医療少年院に送致されたという事実が残っているだけである。本書はその後を追ったものである。
 本書はノンフィクションライターである奥野が、被害者である少年の母および妹へ行った約4年にわたるインタビューが元となっている。被害者の家族はどうなったか。この本を読むと、その後の悲惨さに驚くだろう。
 2年近くも寝込み、髪は真っ白になり、自殺未遂を引き起こす母親。周囲から指を差され、感情を表に出さなくなり、両親に反発し、リストカットを繰り返した妹。必死で仕事を続け家庭を守り、だが飲めない酒を飲むようになってさらに寡黙となり、最後はガンで亡くなった父親。はっきり言って、犯人によって家族は破壊され、地獄のような日々を過ごしてきたのである。その壮絶さは、奥野がインタビューを続けなければわからなかったことだろう。日本は今まで犯罪被害者の人権を守るということに無関心であり、放置されてきた。そして弱者を守るという立場の法曹界は被疑者の人権を守ることにのみ熱心で、被害者遺族へ視線を向けることはなかった(このことは佐藤秀郎『衝動殺人』などにも詳しい)。本書はそのことを如実に表した一冊である。特にこの事件は犯人が少年であるということもあり、当時の少年法を遵守する立場にあった弁護側は間違いなく被疑者のことしか考えていなかったであろう。民主主義だの人権だの叫んでいても、そそぐ視線はごく一部でしかなかった。
 本書が評判となったのは被害者家族の地獄のようなその後を描いたことももちろんだが、もう一つは犯人である少年のその後についてだろう。奥野が調べた結果、少年法の壁によって守られた犯人は少年院を出た後に姓を変え、大学を卒業、弁護士となっていたことが判明した。また、犯人である少年の父親は慰謝料として月々2万円を35年間支払うという示談書が交わされているが、わずか2年間しか支払っていない事実もあった。
 読者はこの事実をどう思うだろう。かけがえのない肉親を殺害された家族が地獄のような毎日を送ってきたのに対し、加害者である少年は国に守られ、幸せな生活を送っているのである。この事実を知った被害者の妹が「あいつをめちゃくちゃにしてやりたい」と従妹に訴えたというのも当然だろう。「酒鬼薔薇事件」で息子を殺害された父親が「残酷な犯罪を犯しながら、犯人が十四歳の少年という理由だけで、犯した罪に見合う罰を受けることもなく、医療少年院にしばらくの間いた後、前科がつくこともなく、また一般社会に平然と戻ってくるのです」と憤りをあらわにしたが、この事件でも同じことを思っているだろう。インタビューで母娘そろって「加害者を恨んだことがなかった。自分たちの家族を回復させ、本来の姿を取り戻すことに精いっぱいで、加害者を恨む余裕がなかった」と述べている。そんな彼女たちが加害者の実態を知った時、怒り狂うのは当然だろう。被害を受けた者は、どんなに時間がたってもその事実を忘れることはない。歳月は遺族たちを癒さない。あとがきに書かれているこの言葉は、誰もが覚えていく必要がある。
 本書は被害者側の視点によってのみ書かれた作品であり、加害者側からの視点によって書かれた部分はない。その点については確かに不備がある。しかしその理由については、文庫版あとがきに書かれているので、読んでもらいたい。
 また本書は加害者のその後について書かれている。本書の親本である単行本が出版されたのち、慰謝料の未払い分に利息を付けて支払いたいと言ってきたが、謝罪しようとはしなかった。最初は怒った被害者遺族は、残っていた借金を返済するためにその申し出を受けるつもりであったが、結局連絡を取ることができないままだという。そして加害者はその後弁護士を辞めたという。なおネットでは、この弁護士らしき人物の実名が出回っている。本当かどうかは分からないが、そういう人物であると噂されるだけで、弁護士活動などできなくなるだろう。

 解説の大澤孝征によると、本書は日本の法廷を変えた画期的な書物であるという。本書の出発点となった「28年前の『酒鬼薔薇』は今」(『文藝春秋』1997年12月号)を読んだ大澤を含む一部の弁護士が第一東京弁護士会に働きかけたことにより、1998年に犯罪被害者保護制度の研究会を発足させ、翌年には犯罪被害者保護に関する委員会を立ち上げている。
 本書が法曹界に、そして一般社会にもたらした衝撃は大きいだろう。被害者遺族のその後、それから少年法の壁に阻まれた加害者側について詳細に書かれた本であるからだ。一部の人は、この本は例外である、もしくはたった一例に過ぎないというかもしれないが、その凄まじい現実を書き記した初めての本ともいえる。

 奥野修司は1948年大阪府生まれ。立命館大学卒業。78年から南米で日系移民調査。帰国後、フリー・ジャーナリストとして活動。著書に『ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年』、『隠蔽 父と母の<いじめ>情報公開戦記』『皇太子誕生』などがある。2006年、『ナツコ 沖縄密貿易の女王』で、講談社ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞をダブル受賞した。
 本書は2006年8月に文藝春秋より刊行された単行本の文庫化である。


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