松田美智子『美人銀行員オンライン横領事件』(幻冬舎アウトロー文庫)


発行:1997.12.15




 美貌で真面目な女子行員を信じがたい大胆な犯行に走らせた男は、外車を乗り回す派手好きなプレイボーイであった。彼女は全ての預金を男に貢いだ末に、コンピュータを悪用して一億三千万円もの大金の詐取に成功――そのままマニラに逃亡する。スキャンダラスな事件の全貌を明らかにする衝撃のドキュメント。(粗筋紹介より引用)
 1996年3月、恒友出版より『なにが彼女を狂わせたか―美人銀行員のオンライン横領事件』のタイトルで刊行。1997年12月、幻冬舎アウトロー文庫より改題のうえ刊行。

 好きな男へ貢ぐために、自分が働く銀行から金を横領する。しかし男には別の女がいて、自分はただの金づるにすぎないのだが、女はそれに気付かない。同じようなパターンの横領事件が昭和で3つ続いた。
 ・1966年12月-1973年2月の滋賀銀行9億円横領事件。
 ・1973年9月-1975年7月の足利銀行2億円横領事件。
 ・1981年3月25日、三和銀行1億3000万円横領事件(オンライン横領事件)。

 時代が進むにつれ犯行期間が短くなっていることは時代の進化ということで興味深いが、犯行手段はどうであれ、その性格は全く変わらない。それにしても、足利銀行のOも、三和銀行のIも、過去の事件のことを知っていた。それでも同じように男に騙され、同じような犯罪に手を染めてしまうのは納得いかない。それが男に狂うということなのかもしれないが。
 1981年に起きた三和銀行1億3000万円横領事件は、オンライン横領事件とも呼ばれている。わずか1日で1億円以上の金額を横領したその手段は、当時のコンピュータを悪用した事件ということで大きく騒がれた。さらにマニラでの出入国管理局におけるインタビューに堂々と応じ、「好きな人のためにやりました」と答え、それは流行語となった。
 事件は以下のような経緯をたどった。


 1979年3月、三和銀行茨木支店に勤めるI(30)は、支店でも若社長として有名だったM(32)と知り合う。6歳年上の男性との不倫が10年続いていたIはMの誘いに応じデートを重ね、いつしか肌を重ねるようになる。ところがMは家族持ちであり、しかも仕事が苦しいからと金を借りるようになり、2年間でIが貯めた約720万円がゼロとなった(最終的には、922万円となる)。1981年3月、Mはヤクザから金を借りて脅されていると嘘をつき、Iに2億円程度の架空振込詐欺を持ちかける。このとき、Mはサラ金や親戚から合計5000万円以上の借金があった。
 1981年3月25日10時、Iは支店のコンピュータ端末からオンラインで大阪府内、東京都内の計4つの支店に開いた口座へ、合計1億8000万円の架空入金を行った。大阪府内で金を下ろした後飛行機で東京へ飛び、都内の銀行で再び金を下ろした。現金5000万円、小切手8000万円の合計1億3000万円を引き出したIは都内で全てMに渡し、引き出し損なった1冊の通帳と、Mに渡された現金500万円を持ち、そのまま羽田空港よりマニラへ逃亡した。しかしMはマニラへは行かず、渡された金で家族と豪遊するなど遊んでいた。
 9月5日、横領の事実が新聞夕刊に掲載された。Iは国際指名手配され、8日昼、オーバーステイ容疑で逮捕された。マニラ市の出入国管理局で待ち受けていたマスコミからのインタビューに対し、「好きな人のためにやりました」と答え、それは流行語となった。Mも8日に逮捕された。10日、マニラから国外追放処分を受けたIは日本へ強制送還され、航海上で私文書偽造、同行使、詐欺容疑で大阪府警の捜査員に逮捕された。有名私立大学でファンクラブができ、拘置所当てにファンレターや現金書留が続々届くなど、Iは1981年を代表する顔となった。
 三和銀行茨木支店の支店長と営業課長は1982年6月、ともに降格異動させられた。
 1982年7月27日、大阪地裁はMに懲役5年(求刑懲役7年)、Iに懲役2年6月(求刑懲役5年)を言い渡した。双方は控訴せず、刑は確定した。他に8000万円の小切手を預かるとともに、Iの逃亡に関与した男性と、Mに依頼されて小切手をスイスの銀行で換金しようとした男性にそれぞれ懲役1年、罰金20万円、執行猶予3年が言い渡された。
 Iは1984年1月17日、仮釈放された。1990年4月、2最年下の男性と結婚したという。


 松田美智子の作品の不満点は、小説なのかドキュメントなのかわからないところだ。被害者や犯人のプライバシーを考えてのことだろうが、どこまでが真実で、どこまでがフィクションなのかわからないので、作品自体も中途半端なものに仕上がっている。被害者や犯人、舞台の名前を変えるのは構わない。ただ、中身まで脚色されると、何が本当のことなのか、わからなくなる。犯人のその後まで追いかけるその取材力には感心するが、ドキュメントを書きたいのか、小説を書きたいのか、もう少し明確にしてほしいところだ。
 松田作品は、セックスシーンの描写が多い。本作品も同じである。松田は女が愛欲に溺れるような作品が多いが、多分そのような作品をターゲットにし、なぜ女が狂うのかを描きたいのだろう。犯人だったIがどうだったかは知らないが、ここまでくれば書いたもの勝ちとしか言いようがない。それだけの作品であり、原題にあるような「なにが彼女を狂わせたか」に迫ったものではなかった。


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