佐野眞一『東電OL殺人事件』(新潮社)


発行:2000.5.10



 彼女は私に会釈して、「セックスしませんか。一回五千円です」といってきました――。古ぼけたアパートの一室で絞殺された娼婦、その昼の顔はエリートOLだった。なぜ彼女は夜の街に立ったのか、逮捕されたネパール人は果たして真犯人なのか、そして事件が炙り出した人間存在の底無き闇とは……。衝撃の事件発生から劇的な無罪判決までを追った、事件ノンフィクションの金字塔。(BOOKデータサービスより引用)
 『新潮45』連載を大幅に加筆。2000年5月刊行。

【目次】
第1部 堕落への道
第2部 ネパール横断
第3部 法廷の闇
第4部 黒いヒロイン

 今更東電OL殺人事件の詳細を書く必要はないと思われるので省略する。
 東電OL殺人事件といえば、エリートOLが渋谷で売春をしていたという事実が明らかになり、これでもかとばかりの取材合戦が続いたことが記憶に強い。
 本書は「被害者の心の闇の解明」のために、3年間に亘る取材の元、被害者の闇と事件の真相に迫ったノンフィクションである。
 第1部では、被害者周辺の取材である。事件のあった渋谷区円山町はもとより、事件に関わりのあるところを綿密に取材する。被害者のプライバシーを暴き立てるマスコミを批難しているが、結局ノンフィクションによる取材はそのまま被害者のプライバシー侵害につながるわけであり、その矛盾については特に触れられていない。多分、被害者が明かしたくない部分については書いていないのだろう。
 第2部は、容疑者として逮捕されたネパール人、ゴビンダ・プラサド・マイナリについて追っている。佐野は取材によってゴビンダが無罪であることを確信するのだが、ネパールまで行くその執念には素直に脱帽する。まあ、ネパール政府が何もしないこと、そしてあの「アムネスティ」ですら支援しない現状に佐野は怒りを見せる。
 第3部、第4部は裁判の過程である。検察側の立証に対する反論が細かくてしつこく、読んでいて退屈になってくるのだが、無罪を信じる作者の力がここに凝縮されているのだろう。一審の東京地裁は、ゴビンダに無罪判決を言い渡した。
 本書についていえば、佐野が何事にもしつこい(苦笑)。ただし、そのしつこさが、この事件を浮き彫りにしたことも事実である。これを読む限りでは、ゴビンダが有罪である証拠が見つからない。

 もっとも、ゴビンダは二審で逆転有罪(求刑通り無期懲役判決)となり、最高裁で確定。その15年後となる2012年、再審が開始され無罪判決を勝ち取ったのは、記憶に新しいところである。

<ブラウザの【戻る】ボタンで戻ってください>