2008年6月、秋葉原で死傷者17名を出す無差別殺傷事件が発生。「派遣切り」「ネット掲示板」という事件にまつわる言葉と、加害者・加藤智大に対する高い共感が衝撃を与えた。加藤はなぜ、事件を起こさなくてはならなかったのか? 友達がいるのに、なぜ孤独だったのか――? 彼の人生と足跡を丁寧に追うことで、事件の真の原因と日本人が対峙すべき現代社会の病巣を暴くノンフィクション! (「BOOKデータサービス」より引用)
2011年3月、単行本刊行。2013年6月、文庫化。
【目 次】
プロローグ
第1章 家族
第2章 自殺未遂
第3章 掲示板と旅
第4章 「イライラします」
第5章 歩行者天国へ
エピローグ
副題にある「加藤智大の軌跡」とある通り、秋葉原無差別殺傷事件の犯人である加藤智大の生い立ちから事件を起こすまでを追いかけたノンフィクション。加藤が引き起こした事件についてはほとんど触れず、あくまで事件を起こすまでを書き、加藤の人物像を浮き彫りにしている。
意外だったことは、加藤がネットに閉じこもる人物というわけではなく、友人もいたという点ではないだろうか。確かに母親の厳しすぎる「教育」は異常だ。いたずらに対し窓から突き落とそうとしたこと、雪の降る日でも薄着で家から閉め出す、小さいころ家を追い出され泣きながら弟と一緒に4km離れた祖母の家まで歩いたこと……。母親は怒る理由を全く説明せず、理由を聞いたり抵抗したりするとさらに叱責したという。さらに食事が遅いと、早く片付けたいからと食事を茶碗からチラシの上や廊下に巻いたという。絵や作文には手を出し、まるで検閲のようであった。しかも10秒ルールがあり、質問に答えられないとビンタが飛んだ。母親は「お菓子を挙げるのが面倒」「ゲームをやられるのが嫌い」という理由で、友人を家に呼ぶことを禁止したという。母親の過度の介入と主体性の否定が、加藤のその後を作った。そのせいか、加藤は小さいころから突発的に暴力をふるうことがあり、自分の怒りや苛立ちの理由を相手に対して言葉に伝えることができず、態度でわからせようとしたという。それが結局は事件につながったのだろう。
ただし、加藤には小学校、中学校、高校と友人がいた。中学時代は彼女もいたとのことだが、母親に別れさせられたという。本人は車が好きだったから工業高校に行きたかったというが、母親の命令で名門青森高校へ進学した。自動車整備士を目指して中日本自動車短期大学へ進学するも、奨学金を父が渡さなかったことからやる気を失い、進路を決めないまま卒業。職場を転々とするようになるが、友人も居たし、職場によっては正規社員に格上げされたこともあった。しかし自分の性格が徒となり、言いたいことを口で伝えられず、サボタージュなどで行動することにより、徐々に孤独になっている。捌け口であるはずのネット掲示板でもなりすましが現れて荒れ、そして誰もいなくなっていく。
確かに母親の教育は誤りだったかもしれない。しかし、その後の人生は自分に問題があるからと言って間違いない。結局加藤は、大きな事件を起こすことで、自分に目を向けてほしかったというだけに過ぎないと思われる。もちろん、そんな簡単な言葉で片付けられるとは思えないが。
本書は加藤がどういう人物だったかを第三者の目から通して描くことにより、かえって本人の本質に迫っている。
それにしても、加藤に共感する人物がいるという点は信じられない。自殺願望、殺人衝動はわからないでもないが、人の命を奪うということに対する後悔ということを考えないのだろうか。
加藤智大という人物を知るためには、格好の一冊だといえる。
事件のその後だが、地元の信用金庫の要職にあった父親(すでに離婚していた)は、事件から数ヵ月後に、退職を余儀なくされる。自宅には脅迫や嫌がらせの電話が相次ぎ、電話回線を解約した。記者の訪問も後を絶たず、マスコミの姿に怯えながら身を潜めて暮らした。罪の意識にさいなまれた母親は、心のバランスを崩して精神科に入院。一時は誰も面会できないほどの状態だった。退院後は青森県内にある実家に身を寄せたが、孫の事件を知って体調を崩した自分の母が急死するという不幸にも見舞われた。
『週刊現代』2014年4月26日号によると、「兄が母のコピーなら、僕はコピー2号。でも、僕は兄と同じことはしない」「あれから6年近くの月日が経ち、自分はやっぱり犯人の弟なんだと思い知りました。加害者の家族というのは、幸せになっちゃいけないんです。それが現実。僕は生きることをあきらめようと決めました。死ぬ理由に勝る、生きる理由がないんです。どう考えても浮かばない。何かありますか。あるなら教えてください」。そう語った1週間後に自殺したとのこと。28歳没。
作者の中島岳志は1975年大阪府生まれ。北海道大学大学院法学研究科准教授。大阪外国語大学卒業、京都大学大学院修了。2005年、インド独立運動の闘士を描く『中村屋のボース インド独立運動と近代日本のアジア主義』で大佛次郎論壇賞、2006年『ナショナリズムと宗教 現代インドのヒンドゥー・ナショナリズム運動』で日本南アジア学会賞受賞。(文庫本より引用)
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