ひとりの週刊誌記者が、殺人犯を捜し当て、警察の腐敗を暴いた…。埼玉県の桶川駅前で白昼起こった女子大生猪野詩織さん殺害事件。彼女の悲痛な「遺言」は、迷宮入りが囁かれる中、警察とマスコミにより歪められるかに見えた。だがその遺言を信じ、執念の取材を続けた記者が辿り着いた意外な事件の深層、警察の闇とは。「記者の教科書」と絶賛された、事件ノンフィクションの金字塔!日本ジャーナリスト会議(JCJ)大賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
2000年10月、『遺言―桶川ストーカー殺人事件の深層』のタイトルで新潮社より刊行。加筆のうえ2004年5月、文庫化。
【目次】
まえがき
第一章 発生
第二章 遺言
第三章 特定
第四章 捜索
第五章 逮捕
第六章 成果
第七章 摩擦
第八章 終着
第九章 波紋
あとがき
補章 遺品
文庫版あとがき
文庫化に寄せて 猪野憲一
1999年に起きた桶川ストーカー殺人事件。ストーカーという言葉を世に広めるきっかけとなり、2000年には「ストーカー行為等の規制に関する法律」が成立、施行されることとなった事件である。概要は以下。
1999年1月、女子大生Iさん(当時19)は風俗店店長K松(27)とつきあい始めたが、3月に別れ話をもちこんだ。K松はその直後からストーカー行為を始めた。
6月14日には今までにプレゼントしたものや食事代など500万円を返却しろと脅迫。翌日、Iさんと母は前夜の模様を録音したカセットテープを持ち込み、埼玉県警上尾署に相談したが、上尾署は恐喝に当たらず「民事不介入」と説明した。
7月からは、K松は兄や兄の手下の暴力団員とともに中傷ビラを貼ったり、Iさんの父親の勤務先、Iさんの友人などに中傷電話をかけまくるようになった。Iさんは上尾署にK松を名誉毀損容疑で告訴。ところが上尾署の署員3人(後に懲戒免職処分)が告訴調書を被害届に改ざん。さらに係員は告訴取り下げを要請。うその捜査報告書を作成するなど、一切の捜査は行われなかった。
10月26日、JR桶川駅前でKさんは風俗店店長K(35)に刺殺された。殺害報酬は1000万円と言われている。兄たち合計14人が殺人、名誉既存容疑で12月20日を中心に逮捕されたが、中心人物K松は逃亡。翌年1月27日、北海道屈斜路湖で水死体となって発見された。警察は自殺として処理したが、暴力団による見せしめという説も流れている。兄たち4人が起訴された。
2001年7月17日、さいたま地裁は分離公判中の元消防士K松兄が事件の主犯と認定し、殺害行為の実行犯Kに懲役18年、見張り役だった無職I(34)に懲役15年と、ともに求刑通りの実刑判決を言い渡した。Iはそのまま確定。Kも控訴したものの、2002年3月29日控訴取り下げ、一審判決が確定した。
2002年6月27日、さいたま地裁は殺害時の運転手だった風俗店経営K上に求刑通り懲役15年の実刑判決を言い渡し、そのまま確定した。
2003年、さいたま地裁は事件の主犯K松兄に求刑通り無期懲役判決を言い渡した。K松兄は控訴、2005年12月20日、控訴棄却。
事件後、Iさんの告訴調書を改ざんしたりしたとされる上尾署員3人は虚偽有印公文書作成・同行使の罪で元刑事二課長と元係長が懲役1年6か月執行猶予3年、元係員に懲役1年2か月執行猶予3年の有罪判決を受けた。また、当時の県警本部長ら12人が処分された。
Iさんの両親は2000年10月、K松兄ら17名に慰謝料など1億1000万円の損害賠償請求訴訟を起こした。さらに2000年12月、国家賠償法に基づき約1億1千万円の損害賠償を埼玉県に求めて提訴した。
2001年10月26日、ビラばらまきなどの実行犯5名に計490万円の損害賠償支払い命令。11月16日、実行犯K、Iに計9900万円の損害賠償支払い命令。
2003年2月26日、さいたま地裁は総額550万円の賠償を県に命じる判決を言い渡した。広田民生裁判長は、ストーカー被害の申告を受けながら捜査に乗り出さなかったとされる県警の責任について「捜査の怠慢に違法性はあった」と指摘し、中傷ビラをまかれたことの名誉棄損部分の対応について慰謝料の支払いを命じた。ただし、捜査が遅れたことと殺害との因果関係については否定した。原告・被告側は控訴するも2005年に控訴棄却。2006年8月30日、最高裁は上告を棄却、判決が確定した。
2006年3月31日、さいたま地裁はK松兄やその両親に計約1億250万円を支払うよう命じた。被告側は控訴したが、東京高裁は、3人が訴訟費用となる収入印紙などを納付しなかったため、6月に控訴を却下した。その後3人は却下の告知を受けてから最高裁への特別抗告などの手続きをしなかったため、7月に一審の判決が確定した。
2006年9月5日、最高裁はK松兄の上告を棄却。無期懲役判決が確定し、事件を巡る裁判は全て終結した。
桶川ストーカー殺人事件では、被害者遺族に対する取材が殺到。マスコミが被害者遺族宅を囲み、午前1時過ぎまでコメントを求める声が続くなど加熱。葬儀社に嘘をついてまで、被害者の葬儀を撮影しようとしたテレビ局もあったという。問題が出ると一応は反省するけれど、結局元の木阿弥が多いマスコミ。「マスゴミ」と言われても仕方がないと思うけれどね、自浄作用が欠片もないし。
本書は、当時『FOCUS』の記者だった清水潔によるノンフィクション。偏った被害者情報が表に出てくることに疑問を抱き、そして被害者の友だちから聞いた話を信じ、取材を続ける清水潔。そして犯人までたどり着く清水。その裏にあったのは、上尾警察署による事件隠しだった。
それにしても、上尾警察署の対応はひどい。被害者側がストーカー被害を相談しながらも全く対応しようとしなかったのもさることながら、告訴状を提出しても全く捜査せず、被害者の家族に告訴の取り下げを要求していたのだから。これだけの被害者の背景をわかっていれば、犯人など容易に辿り着くことができただろうに、まともに捜査もせず、被害者の悪印象ばかりをマスコミに流して印象操作していたのだから、呆れるにもほどがある。警察は元々身内に甘く、自らのミスを隠ぺいしようとする体質にあるが、ここまで露骨なのもひどい。ストーカー被害にあっていたのを知っていたのだったら、犯人が誰かすぐに見当がつくはずなのに、全く捜査していないのだから。所詮警察もお役所か。
本事件における清水潔であるが、特段変ったことをしているわけではない。被害者周辺の声を聴き、それに基づいて調査しているだけのことだ。『FOCUS』もそれなりに大手ではあるが、大手新聞社だったらもっと早く犯人に辿り着いていたと思われる。それを全くできず、警察の垂れ流す嘘の情報をそのまま載せるだけなのだから、新聞記者というのも実にお手軽なお仕事である。記者クラブなどさっさと解体すればいいのに。
粗筋紹介で「記者の教科書」とあるが、本当にそう思う。嘘の情報に惑わされず、自分の目で調査した事のみを信じ、真実に向かって突き進んでいく。記者としては当たり前のことをしているだけにすぎないと思う。そんな当たり前の仕事をできる記者が、現在では本当にいなくなったということだろう。
当時、写真週刊誌なんて全く信用していなかったが、この連載だけは食い入るように読んでいた記憶がある。そして、こんなまともな記者もいるのだと、我が不徳を恥じたものだった。
清水潔は後に『FOCUS』で埼玉県警不正キャンペーンを行い、それに鳥越俊太郎が目を付けて広めたため、大きく取り上げられるようになった。埼玉県警は後に不正捜査を認めて謝罪する。
清水潔は本連載により、2001年の日本ジャーナリスト会議(JCJ)大賞ならびに編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞を受賞した。
今更ではあるが、本書はぜひ多くの人に手に取ってほしいと思う。警察が我が身を守ることが第一であることであり、必ずしも市民の味方とは限らないことが分かる。そしてマスコミは当てにならないが、信頼できる記者もまだ存在することもわかる。でなければ、被害者の父親が、文庫版の最後に言葉を寄せることなどないだろう。
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