家には帰りたくない──47歳の男に連れ回され、沖縄で保護された10歳の少女はそう言った。親子のように振る舞い、時に少女が主導権を握っているかのように見えた二人の間に、一体何があったのか。取材を重ねるにつれ、少女の奔放な言動、男が抱える欺瞞、そして歪んだ真相が明らかになる。孤独に怯え、欲望に翻弄される人間の姿を浮き彫りにするノンフィクション。『誘拐逃避行』改題。(粗筋紹介より引用)
2007年12月、『誘拐逃避行―少女沖縄「連れ去り」事件―』のタイトルで新潮社より単行本刊行。2010年5月、改題の上、文庫化。
【目次】
序章 奇妙な親子
第一章 孤独の遭遇
第二章 家族破壊
第三章 脱出
第四章 幻の楽園
第五章 暴かれた闇
第六章 十歳
第七章 彷徨う母
第八章 断罪
終章 置きざりにされたもの
あとがき
文庫版に寄せて それからの二人
本作品で述べられている、「少女沖縄連れ去り事件」の概要は以下。
無職男性(47)は2004年5月7日午後6時頃、千葉市に住む知り合いの小学5年の女児(10)に声を掛け、千葉市内へ連れ去った。10日には羽田空港から飛行機で那覇へ向かい、沖縄県内を連れ回した。
15日午後1時頃、沖縄市内の駐車場にいた男性を捜査員が発見し逮捕。同日午後5時半頃、海岸にいた女児を保護した。
2005年5月2日、千葉地裁は「少女と一緒にいたいというゆがんだ感情の果てに誘拐に及んだ。少女の健全な成育に与えた悪影響は重大」と懲役2年6月(求刑懲役5年)を男性に言い渡した。弁護側は「少女は家庭で虐待を受けており、自ら被告に一緒に行動するよう要求。沖縄への航空券手配なども少女がした」と無罪を主張したが、判決は「少女が被告人と一緒に過ごすことを望んだ節は認められるが、少女を家族から引き離すことが必要なほどの虐待はなかった」と退けた。
また、男性の部屋から児童ポルノビデオが見つかっており、有料で貸し出した千葉市のビデオレンタル会社、同社営業店店長、アルバイトの計6人の男性が児童買春禁止法違反容疑で書類送検されている。
ただし本書を読むと、上記の事件の概要には抜けている部分があることがわかる。
少女めぐ(仮名)は生まれてすぐ両親が別れ父親の顔も知らず、しかも大病を患いすぐに手術を受け、生後六か月まで大学病院に入院していた。母親はめぐが退院すると家を出てしまい、祖父母と叔父の住む家で育つ。5歳頃から周囲に虐待されていると訴えるようになり、児童相談所は、家庭裁判所に申し立てるも、虐待の事実が見つからず、めぐは祖父母の家に戻る。またこのころからめぐは近所の二十代の男性からわいせつ行為を受けていた。
派遣社員でバツ2の46歳、山田敏明(仮名)と小学四年生のめぐはお盆休み、コンビニのレジで偶然知り合う。めぐは帰る山田に、買ったばかりの漫画雑誌『ちゃお』の付録についていたタロットカードがなにかわからず、尋ねた。そのまま二人は店先にしゃがみ込んで話を始めた。そしてめぐは山田の部屋に行くも、汚すぎて入れず、駐車場の車に入って互いの身の上を話す。めぐは臭いから服を変えなよと山田に言い、二人で買い物をする。さらにめぐにせがまれ、山田は百円ショップで口紅など合計3,4千円分を買い与えた。さらにめぐに誘われ銭湯に行き、一緒に男湯に入ったという。さらに近くの海岸で花火をし、焼肉店で夕食を食べ、カラオケ店で一緒に歌った。その日はファミリーレストランで夜を明かし、朝になってめぐは家に帰った。その日の夕方、めぐの叔父がめぐと一緒に山田のところへ来て、礼を言う。その後、山田とめぐは頻繁に会うようになった。
周囲から注意されても頻繁に会っていた二人だったが、ついにめぐがいつもそばにいてと言いだしたため、山田は仕事を止めて月十二万円の生活保護を受けるようになり、二人は遊びまわる。さすがに家族も放って置けなくなったが、警察はめぐが自発的に山田のところに来ていることを知っていたので、始末書を書かせるだけだった。だがとうとう警察も、次にあったら逮捕すると言ってきた。山田はついには引っ越しをすることとなるが、それは同じ町内だった。
山田はめぐと初めて会ったコンビニで待ち伏せるようになり、ゴールデンウィークの合間の平日、二人は再会する。その翌日、二人は健康ランドに泊まることとなる。めぐは山田と一緒に男性風呂に入り、めぐに触った男性客を脅し、金をせしめるようになる。二日後、また健康ランドで山田はめぐをさわったという男性客を脅し、22万円を手に入れる。めぐは沖縄に行きたいと言い出し、二人は沖縄へ旅立つ。二人で遊びまくって金がなくなり、山田は沖縄で働き出すが、警察はUを逮捕する。
山田は裁判で、めぐの陰部をなめるなどのわいせつ行為を行っていたことを告白。ただし起訴されていないため、その行為が罪に課せられることはなかった。
山田は実刑判決を受け、そのまま確定。めぐは児童相談所に保護されるも結局は祖父母の家に戻った。
本事件の最大のポイントは、沖縄へ行きたいと言い出したのが少女なのかどうか。裁判でもその点には触れられているものの、結局は未成年者誘拐と恐喝で裁かれる。
本書の第四章までは、山田とめぐとの出会いから捕まるまでが書かれている。河合に送られた山田の手記を元に、河合が取材を重ね、積み上げてきたものだ。
ところが第五章で、事件の様相が一変する。第五章から公判の様子が書かれるが、そこで山田がめぐにわいせつ行為を行っていたことが明らかになるのだ。山田はあくまでめぐを救いたいといっていたのに、それは嘘だったのか。河合は愕然とする。
河合は第一部からわいせつ行為についても書くことができただろう。しかし河合はそのことについて触れなかった。取材時点ではその事実を知らなかったことが大きな理由だろうが、それだけではなく、事件の表と裏を強く打ち出したかったのではないだろうか。
孤独な少女が「帰りたくない」と言ったのも真実だろうし、裏にあったわいせつ行為も真実。少女はそこまでされながらも、なぜ男に着いて行ったのか。最後まで解けなかった謎を炙り出すためにも、あえてこの方法を取ったのだろう。
少年法の絡みや少女自身の将来もあることから、裁判で少女への尋問はなされていないし、河合も少女へインタビューを行っていない。事件の当事者であり、主役でもある少女の言葉が無いことが、この事件の真相に闇を覆う結果となっている。
その点がどうしてもこの本に物足りなさを与えているのかもしれない。それでも河合は、祖父にインタビューを敢行し、行方不明だった母親も探し当てている。なぜここまで、と言えるほどの取材である。事件当時の新聞でも、そして裁判でも明らかにならなかった部分まで追いかけ、事件の深層を追い求める。これこそ、ノンフィクションである。力作と言っていい。
文庫本の巻末には、その後が書かれている。山田は生活保護を受けながら働き、いまだに沖縄時代のことを思い出していた。めぐは学校で虐められ、身体に痣を作りながらも、祖父が必死に家で勉強を教え、高校に入学。祖父が死亡し、めぐは初めて母親と会うが、心を病んで言葉も不明瞭で太っている姿を見て会いたくなかったと叫ぶ。祖母と働いていない叔父との暮らしとなり、回転寿司店などでアルバイトを始めるも、トラブルを起こしバイトを辞めてしまう。さらに高校も中退。祖母は施設に連絡し、引き取ってもらった。河合は施設まで行くも、めぐは施設から去っていた。
『週刊新潮』2017年9月28日号に、「「10歳女児誘拐事件」から13年 幼女愛好男が「私はまた必ずやる」という記事が掲載された。60歳になった山田が実名+顔写真付きでインタビューに答えている。
山田は2007年10月に出所後、老人保健センターの介護職員やゆうパックの集荷作業など職を転々とするも、小学生の女児に関心が向くことに代わりは無かった。保育園のバス送迎の仕事をするも、園児の入浴姿を見て興味を湧いてしまう。2008年の夏から世田谷区の小学校で学童保育の職員をサポートする仕事に就くも、小学2年生の女子に下駄箱で下半身を露出したのが1回、小学1年生の女の子二人を肯定の朝礼台の下に連れて行って股間を触らせたのが1回あったという。
山田は祖師ヶ谷大蔵駅近くの8畳一間の古アパートに7年ほど引き籠っている。食事はファミリーレストランのデリバリーとかで済ませ、生活保護の金を引き出すとき以外は外に出ない。風呂には3,4年入っていないという。部屋はゴミが成人男性の背丈ぐらいまで堆積しており、玄関を完全に閉めることすらできない。山田はゴミ部屋に引きこもることで、小さい女の子と接する機会を強制的に絶ち、さらに自ら異臭を放つことで、女の子に懐かれることは無いと言い放つ。
区役所から出ろと言われるも、引っ越し先として紹介された施設の近くには、9歳まで混浴できる天然温泉があるからまずいと思い、8月22日に警察に少女ポルノや動画を持ち込み、逮捕してほしいといった。逮捕されて、受刑者に施されるという「性犯罪者処遇プログラム」を受けさせてほしいと訴えた。しかし警察は逮捕しなかった。部屋からも追い出されていない。
取材にいっしょに立ち会った河合は、このまま山田を放置しておくと、またやるだろうと語る。山田はスマホに保存している10歳当時のめぐの写真を見て、自分を慰めているという。ただし、今のめぐには興味がない。
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