清水潔『殺人犯はそこにいる 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』(新潮文庫)

発行:2016.6.1



 5人の少女が姿を消した。群馬と栃木の県境、半径10キロという狭いエリアで。同一犯による連続事件ではないのか? なぜ「足利事件」だけが“解決済み"なのか? 執念の取材は前代未聞の「冤罪事件」と野放しの「真犯人」、そして司法の闇を炙り出す――。新潮ドキュメント賞、日本推理作家協会賞受賞。日本中に衝撃を与え、「調査報道のバイブル」と絶賛された事件ノンフィクション。(粗筋紹介より引用)
 2013年12月、新潮社より単行本刊行。2014年、新潮ドキュメント賞、日本推理作家協会賞(評論その他の部門)を受賞。2016年6月、文庫化。


【目次】
まえがき
第一章 動機
第二章 現場
第三章 受託
第四章 決断
第五章 報道
第六章 成果
第七章 追跡
第八章 混戦
第九章 激震
第一〇章 峠道
第十一章 警鐘
あとがき
文庫版あとがき



 本書で登場する北関東連続幼女誘拐殺人事件とは、次の5件である。
 この連続誘拐殺人事件には共通点が多い。

 著者の清水潔はテレビ番組の題材として未解決事件のリストを見るうちに、この事実に気づく。しかし三番目の事件は、すでに犯人が逮捕され、無期懲役判決が確定していた。いったんは連続殺人事件ではないのかと著者は思ったが、この「足利事件」が再審請求中であることを知り、事件を洗いなおすことを決意する。

 清水潔は『遺言』でもわかる通り、徹底的に事件の関係者に取材を重ね、警察が発表して大手マスコミが報道する「事実」の違和感を突き止めようとする。本書でも同様だ。「足利事件」の詳細を知って無罪を確信し、テレビで取り上げた。後に東京高裁がDNA鑑定を実施し、証拠とされたDNA鑑定が誤りであったことが判明した。後に無期懲役中の“犯人”は再審で無罪が確定する。
 清水潔は徹底した取材で、事件の“真犯人”と思われる人物に迫っていく。本書の中では「ルパン」と呼ばれる人物だ。ルパン三世に似ていることから、そのあだ名をつけた。しかし警察は“真犯人”の捜査を続けようとはしない。すでに4件が時効となっていることもあるが、もう一つは暴かれたくない闇があったからだ。それは、「足利事件」と同じDNA鑑定が有罪の決め手となり、死刑判決が確定した「飯塚事件」があったからである。しかも「飯塚事件」のK死刑囚は、すでに死刑が執行されていた。

 正直言うと、清水潔の主張が強すぎるところがあり、その圧に圧倒されると同時に反発を抱くところもある。それでも女児たちの無念を晴らそうと真犯人に迫るその姿は、鬼気迫るものがある。「調査報道のバイブル」と言われるだけのことはある。もっともこれだけの時間と金をかけるのは、よほどのバックでもない限り難しいだろうが。
 もっとも、その後に変わったものがあるかと言われると、あまりない。とくに警察と大手マスコミは何も変わっていない。「関係者からの取材で明らかになった」と書かれている内容が、裁判では全く出てこないこともよくある話だ。ホットな話題のうちに他社より先に記事にできればいいのだろう。特にネット記事が増えるようになって、その傾向が強くなった感がある。ネット上で書かれたことが、紙ではないことも多い。それは紙数の制限だけが原因ではないはずだ。
 ちょっと気になったのは、清水潔が冤罪報道に興味がなかったという事実。これは意外だった。特に足利事件は、裁判中からDNA鑑定に問題がありと騒がれていたのに全く知らなかったというのだ。報道関係者でも知らなかったのだから、裁判で無実だ、冤罪だと叫んでも、本当に無罪が確定しない限り、世間へは広がらないのも無理はない。
 この本がなぜ日本推理作家協会賞を受賞したのかはわからないが、過去にもノンフィクションで受賞したケースはある。力作であることに間違いはない。

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