一橋文哉『モンスター 尼崎連続殺人事件の真実』(談社+α文庫)
発行:2016.1.1
10人を超える死者・行方不明者を出し、我が国の犯罪史に残る尼崎連続殺人事件。留置場で自殺した主犯の角田美代子は、いかにしてありふれた5つの家庭に食らいつき、家族を互いに殺し合わせる冷酷な犯行に及ぶことになったのか。被害者たちはなぜ、暴力による支配から逃げ出さなかったのか。知られざる事件の真相に迫る、超一級のノンフィクション。主犯・美代子のノートを明かす後日譚を加筆した文庫完全版!(粗筋紹介より引用)
2014年4月、講談社より単行本刊行。2015年12月、後日譚を追加し、加筆のうえ文庫化。
【目次】
まえがき
文庫版まえがき
序章 怪死
第一章 荒野
第二章 肉親
第三章 降臨
第四章 蹂躙
第五章 淘汰
第六章 崩壊
最終章 真相
文庫版特別編 破り盗られた衝撃の「肉声ノート」
1998年から2011年にかけて兵庫県尼崎市を中心に発生した連続殺人・行方不明事件。複数の家族を標的とし、親族などと一緒に暴力的かつ精神的に支配すると居座り、食事の制限をして暴力を振るうなどの虐待を繰り返し、さらには家族同士で殴り合いを行わせるなどして家族を崩壊させてきた。さらには全財産を奪い、一部は保険金を掛けられて死亡したケースもあった。兵庫県警、香川県警は度々被害相談や通報があったにも関わらず、事件性がない、民事不介入との理由で対応することはなかった。合計3件5家族が家を乗っ取られたとされる。
そして犯人グループ周辺で8人が死亡し、さらに少なくとも3人、実際は十人近い変死者や失踪者がいるとされる。殺人等に絡んで10人が逮捕され、無期懲役、有期懲役判決が確定した。他に傷害致死等に絡んだ数名が時効で不起訴、殺人等に絡んだ数名が死亡による不起訴処分となっている。
しかし主犯である角田美代子(64)は2012年12月12日、兵庫県警本部の留置場でTシャツを首に巻きつけ自殺した。事件の核心部分についてはほとんど何も語っておらず、一通の供述調書さえ残さなかった。そのため、この事件の真相は未だ闇に包まれたままとなった。
美代子は取り調べの捜査員や留置担当者、同房の収容者、弁護人に自殺をほのめかし、ノートにも自殺を示唆する記述をしていた。県警も「特別要注意者」と位置付けて監視していたが、監視体制は監視カメラ+常時監視、常時監視、監視カメラのみ、巡回監視強化のうちの一番軽い巡回監視強化であり、筆者は県警の体勢に落ち度があると非難し、さらに県警側に何か意図するものがあったのではないと勘ぐっている。
筆者は第一章でノンフィクション作品の常識を破り、鍵を握る男の正体を明かしている。山口組系暴力団の下部組織の組員であり、後に組幹部にのし上がったMである。不良少女時代、母親の弟であり、組員でこそなかったが組事務所に出入りしていた虎蔵(仮名)の事務所に遊びに行っているときに知り合い、彼と遊んでいるうちにアパートでレイプされたが、その後も一緒に遊んでいたという。その後二人は別れたが、1981年頃から度々逢っていたという。もっとも男女の仲というわけではなく、仕事や犯罪絡みで相談していたという。1990年代後半からは盛んに連絡し合うようになり、美代子は大掛かりな犯罪に手を染めるようになったという。
本書は美代子を中心に据え、生まれた時から事件、そして自殺するまでの一部始終を記している。共犯者との関係も図を使って詳細に記しているので、事件の全貌がわかりやすい。ただ文章自体が回りくどく、修飾語が多用されていて読みにくいのはどうにかならないだろうか。
Mとの関係については、最初を除いてはほとんど触れられていない。北九州監禁連続殺人事件との相似について触れているのは面白かったが、Mのやり口に従ったとか、教えてもらったとか、そんな話ばかりで何も面白いものはない。
このMは、70歳を過ぎて別れ話のもつれで女性に刺されて亡くなったという。その後の美代子の犯行は、かなり粗いものになったという。それほど影響力があったのなら、もっと深く突っ込んでほしい。最後になって、どこまで本当かどうかわからない「私は警察に殺される」とか、なぜ警察の動きが鈍かったのかとか、Mと兵庫県警OBの繋がりとかを出してくるのも今一つ。匂わせるだけで終わるならもっと突っ込んで取材してくれ、と言いたくなるのだが、裁判の始まりに合わせて出版したかったのだろう。物足りなさは残る。
文庫版特別編は断片的な情報しかなく、大したことは書かれていない。どうせ文庫化するなら、徹底的に改稿すればいいのにと思ってしまう。
すでに全員の裁判結果が出ているので、完全版という形で新たに出してみたらどうだろうか。その頃には取材ももう少し進んでいるだろう、本人がしつこいといっているぐらいならば。
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