氏 名 | 青葉真司 |
事件当時年齢 | 41歳 |
犯行日時 | 2019年7月18日 |
罪 状 | 建造物侵入、現住建造物等放火、殺人、殺人未遂、銃砲刀剣類所持等取締法違反 |
事件名 | 京都アニメーション放火殺人事件 |
事件概要 |
さいたま市の無職青葉真司被告は2019年7月18日午前10時半ごろ、京都市伏見区の京都アニメーション第1スタジオに侵入し、殺意を持ってガソリンを従業員の体や周辺にまいてガスライターで放火し、3階建て延べ約691平方メートルを全焼した。建物内にいた70人のうち、逃げ遅れた36人が死亡、32人が重軽傷を負った。 同日、京都府警は青葉被告の身柄を確保。青葉被告自身も全身に重度のやけどを負い、京都市内の病院に搬送された。20日、府警は殺人などの容疑で青葉被告の逮捕状を取得。同日、青葉被告は高度な治療が受けられる大阪府内の病院に転院。以後、計5回の皮膚移植手術が行われた。11月14日に元の病院に戻って治療やリハビリを続けた。 2020年5月27日、府警は青葉被告を殺人他の容疑で逮捕した。京都地裁が午後に勾留請求を認め、青葉被告は医療設備の整った大阪拘置所に移された。6月9日、京都地裁での勾留理由開示手続きで、青葉被告はストレッチャーに横たわったまま出廷し、質問に答えた。京都地検は6月9日、京都地裁に鑑定留置を申請し、認められた。12月11日、鑑定留置が終了。16日、京都地検は青葉被告を殺人罪他で起訴した。その後弁護側申請による精神鑑定が行われ、2021年3月に終了した。 2022年5月8日、第1回公判前整理手続きを実施。以後、裁判官、検察官、弁護人による水面下の調整が続けられた。8月31日、第2回公判前整理手続きが京都地裁で開かれ、青葉被告本人が出席した。この日で手続きが終了した。 |
一 審 | 2024年1月25日 京都地裁 増田啓祐裁判長 死刑判決 【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい) |
控訴審 | 2025年1月27日 本人控訴取下げ、確定 |
拘置先 | 大阪拘置所 |
裁判焦点 |
裁判員裁判。京都地裁は秘匿を申し出た遺族の意向を踏まえ、36人中19人の犠牲者の氏名などを法廷で非公開とする決定を出している。 2023年9月5日の初公判における罪状認否で青葉被告は、「私がしたことに間違いありません」と認めた上で、「事件当時はこうするしかないと思っていた。こんなにたくさんの人が亡くなると思っておらず、現在はやり過ぎたと思っています」と述べた。青葉被告は車椅子に乗って出廷した。 検察側は冒頭陳述で、青葉被告が京アニに応募した小説からアイデアを盗まれたとの妄想を募らせ、「人生がうまくいかないのは京アニのせいだ」として、筋違いの恨みによる復讐を決意したと主張した。続いて、青葉被告の経歴と事件に至る経緯が説明された。そして「小説を盗作されたり、公安から監視されたりしているといった妄想があったが、その妄想に支配されていたわけではなく、完全責任能力はあった」と強調した。 弁護側は、起訴内容は争わないとしたうえで、事件当時は善悪を判断して行動を制御する責任能力が損なわれており、刑事罰に問えない心神喪失の状態だったとして無罪を主張。もしくは、責任能力が減退した心神耗弱の状態で刑を軽減するよう求めた。また、「これだけ多くの人が亡くなったのは建物の構造が影響した可能性もある」とも訴えた。 6日の第2回公判で証拠調べが行われた。事件当時、青葉被告が確保された直後の、警察官とのやり取りが録音された音声記録で公開された。その後、青葉被告の家族、母親や兄などの供述調書を、検察官が読み上げた。 青葉被告が自身の小説を京アニに「盗用された」と主張する3作品の一場面が上映され、スマートフォンで京アニ関連のサイトを閲覧していた履歴も説明された。 『映画けいおん!』(2011年)では、女子高生が「私、留年しちゃった。これからは同級生」と言いながら、後輩に抱きつくシーンがある。この部分に関して、青葉被告は自分が応募した小説(注:応募は2016年)でも「最初のところに留年したと書いていた」と述べ、類似していることを主張。 『ツルネ -風舞高校弓道部-』(2018年)は、弓道部の男子高校生たちが、自炊のために肉を買おうと店の中で「割引」のステッカーを貼っているものを買っているシーンがある。青葉被告は「自分が小説を書くためにネタを集めていたノートにそのシーンがあった」と説明した。 『Free!』(2013年)は、水泳部が地区大会に出場が決まり、学校からその報告がなされ、校舎には「地区大会に出場」という垂れ幕が風になびいていた。「自分の小説の中では垂れ幕を垂らしたままで、自由な校風を意味している。垂れ幕がパクられた」と語った。 「パクられたのは3つ以外にあるのか」と聞かれた青葉被告は「ありません」と答えた。 弁護側は、青葉被告がコンビニ強盗の事件で刑務所に収容されてから、京都アニメーションで事件を起こすまでの約7年間の精神状態を中心に説明した。2013年7月以降の刑務所での記録によると、青葉被告は幻聴・幻覚・不眠などによるイライラに悩まされ、自殺のリスクが高い「要注意者」に指定。部屋で不審な動きをして職員に注意された際は強く反発するなど、10回以上も懲罰を受けたうえ、2015年10月には「統合失調症」と診断されたという。刑務所の中で京アニ作品を鑑賞し、2016年1月に出所する際のアンケートには、「1年後に作家デビュー、5年後に家を買う、10年後は大御所」と書き、自身の夢を抱いていたことが明かされた。 出所後、青葉被告を担当した訪問看護の記録などによると、青葉被告は、主に不眠の影響で精神状態が常に不安定だったとし、2018年5月には、自宅アパートを訪れたスタッフに包丁を振りかざし、「付きまとうのをやめないなら殺すぞ」などと脅すこともあったという。室内には、破壊されたパソコン2台とプレイステーションが散乱していたほか、切り刻まれた革ジャンパーや布団が散らばっていたという。 しかしその後、2019年3月に突然連絡が取れなくなり、事件に近づく約3か月間、面会できなかったという。担当していた訪問看護師は、青葉被告が薬を服用できていないことから、対人トラブルが起きないか懸念していたことも説明された。 7日の第3回公判で、弁護側からの被告人質問が行われた。 事件直後の青葉被告と、現場に駆けつけた警察官のやり取りについて「(事件の動機を聞く警察官に対し)『お前らが知ってるんだろ』と3回、同じようなことを言った。『お前ら』とは誰のことか」との問いに、青葉被告は「警察の公安部になります。火災では即座に警察が呼ばれず、救急車や消防車が現れ、その後で警察が呼ばれる。早く来たので公安だと思った」と説明した。弁護人が、警察官がインターネット掲示板の書き込みを知っているとの認識だったのかと聞くと、青葉被告は「そうなります」と述べた。 その後は青葉被告の生い立ちについての質問が続いた。 11日の第4回公判で、弁護側からの被告人質問が行われ、青葉被告が小説を書き始め、京アニに作品を応募しようとした経緯を説明した。 青葉被告によると、小説を書き始めたのは2009年。2007年に窃盗事件などで有罪判決を受けた後、兄の紹介で働き始めた郵便局内で、自身の犯罪歴が周囲に知られていると感じたのがきっかけだったという。郵便局を3カ月で辞め、生活保護を受けながら昼夜逆転の生活の中で、「夜に京アニのアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』を見て、小説を書こうと思った」という。その後、京アニが創設したばかりの「京アニ大賞」に応募しようとした。「京アニ大賞は始まったばかりだった。下りではなく、上りのエスカレーターに乗りたいと思い、自分で前例や足跡を作っていけると考えた」と述べた。「ここなら最高のアニメーションが作れる。最高のシナリオがあれば、最高の物語を作れると考えた」ことも理由に挙げた。 応募前、ネット掲示板「2ちゃんねる」で京アニ関連の書き込みを調べ始めた。そこで京アニの女性監督による書き込みを見つけたとし、直接やり取りをするようになったと主張した。小説へのアドバイスをもらうなどしたといい、女性監督に対する当時の思いを「はっきり言って恋愛感情です」「ラブであります」と述べた。だがその後のやり取りの中で、「自分の過去の犯罪を知って『レイプ魔』と言われた」自身の犯罪歴を想起させる書き込みをされたとし、青葉被告は「京アニが探偵を雇って過去の犯罪歴を調べた」「犯罪歴をばらされた経験があるから、(小説を)京アニにも送れないし、作家で食べていくことは不可能」などと考えたと説明した。「それで犯罪をやることになった」と続け、2012年にコンビニ強盗事件を起こした経緯を明かした。 実刑判決を受け服役中、青葉被告は服役していた刑務所の中で刑務官から「あの人がナンバーツー」と紹介を受けたと説明。「ナンバーツー」は「ハリウッドやシリコンバレーに人脈があり闇の世界に生きる」人物だと青葉被告は説明した。なお刑務所の中で青葉被告は医師から精神障害と診断された。その頃は「警察の公安部につけられていると思っていた」などと回顧。過去に与謝野馨財務相宛てにメールを送ったことを持ち出し「(自分は)国家の判断に携わった人間だから、身辺調査されることになったのではないか」と振り返った。出所後にパソコンを買って再び小説を書き始め、2016年、長編と短編を京アニ大賞に応募。その後、京アニに自作が盗用されたと考えるようになったという。 この日は京アニ作品『Free!』『映画けいおん!』の映像の一部が流され、弁護側が、青葉被告がその映像を見た当時、どう感じたかを尋ねた。 『Free!』(2013年)で「水泳部」「柔道部」と書かれた垂れ幕が校舎に掲げられた場面が映された。青葉被告は、自身が書いた小説に垂れ幕を掲げる学校が登場すると説明。その小説は京アニ大賞に応募していないが、「(何らかの方法で)すでに流出した原稿からパクられたと考えざるを得ない」と説明した。 『映画けいおん!』(2011年)で主人公が後輩に「私、留年したよ」と伝える場面。青葉被告は、自身の応募作に「お前、このままだと留年だぞ」との会話があるとし、「(映画を見た)当時はパクられたのかなとの感覚だった」と述べた。 13日の第5回公判で、弁護側からの被告人質問が行われた。 青葉被告は落選した当時の心境について、「頑張って書いたのに通らなかったのかと思い、がっかりしたし、裏切られたと思った。受賞まではしなくても、編集者から目をつけられて、何かしら依頼があるとは思っていた。そこ(京アニ)に送ったのは間違いだと思った」と答えた。さらに誰が落選させたかとの質問については、十数秒間黙り込んだ後、自身を警察に監視させていたとする闇の人物「ナンバー2」の圧力によるものと答え、「自分に発言力を持たせたくなかったのでは」などと持論を展開した。その後、『ツルネ』を見てアイデアが盗用されたと感じ、「最悪なことを考えないといけないと思った」と述べた。青葉被告は事件1か月前に、また自宅のあったさいたま市の大宮駅で無差別殺人事件を計画しており、その理由について、「大きな事件を起こさなければ、京アニが(作品を)パクることをやめないと思った」などと述べた。計画を中止したのは、「大宮駅前に行くと、人の密集度が低く、刺しても逃げられてしまうことは即座に分かった。大きな事件にならないと判断してやめた」と語った。 14日の第6回公判で、検察側、弁護側からの被告人質問が行われ、秋葉原無差別殺傷事件への思いや、事件当日、一度はためらいながら犯行に及んだ経緯を詳述した。 青葉被告はガソリンによる放火を思い立ったのは2018年11月、京アニ作品『ツルネ』をテレビで視聴し、自分の小説が盗まれていると考えた時期だったと説明。ガソリンを使った放火殺人を計画した理由について、2001年の武富士弘前支店での放火殺人事件などを参考にしたと説明。「多くの人を殺そうとしたのか」という質問に「間違いない」と答え、「秋葉原事件の加藤智大元死刑囚が頭にあった」とも述べた。 弁護側から京アニを標的にした理由を聞かれ、闇の人物「ナンバー2」とつながりがあるとし「原稿を落とされたり内容をパクられたりと、根に持つ部分が一番大きかった。最後に狙いたいのが、京アニだった」と言及。「パクることをやめさせるには、スタジオ一帯をつぶすしかないと考えた」などと述べた。事件直前の心境について、京アニ第1スタジオ近くで十数分間、路地に座ってそれまでの人生を振り返ったといい、「殺人をするか迷った。自分のような悪党にも良心の呵責があった。でも、ここまで来たらやろうと思った」と答えた。 19日の第7回公判で、検察側からの被告人質問が行われた。 青葉被告は2009年5月に無職となった後、京アニの作品『涼宮ハルヒの憂鬱』の文庫本を参考に小説の執筆を始めたと説明。7年をかけ、「最高のシナリオ」と思った長編小説『リアリスティックウェポン』と短編小説「仲野智美の事件簿」を京アニに応募したが、2017年に落選し、翌2018年1月にアイデアを書きためたノートを燃やしたと明かした。小説が落選した心境を聞かれ、「小説は真面目に生きるための一筋の希望だった。つっかえ棒がなくなり、やけになり、よからぬ事件を起こす方に向かった」と振り返った。 検察官から「京都に来てからも公安に監視されていると感じていたか」尋ねられると、「京都に着いてから監視はない。監視されていたら犯行できなかった」と述べた。 検察官から罪状認否で「やり過ぎた」と述べた真意を問われると、「30人以上亡くなった事件を鑑みると、いくら何でも小説一つでそこまでしないといけないのかという正直な気持ちが今はある」と答えた。犯行当時、第1スタジオにいた社員への思いを問われると、「作品を盗ったということは全員同じ」と説明。検察側の「同罪ということか?」との質問に、「そういう解釈で間違いない」と答えた。 20日の第8回公判で、遺族からの被告人質問があった。 遺族から「事件前に放火殺人をする対象者に、家族、とくに子どもがいることは、知っていましたか?」との問いに青葉被告は「(しばらく無言のあと)申し訳ございません。そこまで考えなかったというのが自分の考えです」と答えた。 別の遺族の代理人から「あなたにとって(以前語った)『ためらい』や『良心の呵責』とは何を意味するのですか?」との問いに青葉被告は「それなりの人が死ぬだろうと」と答えた。さらに代理人から「人が死ぬとわかっていたものの、被害者の立場では考えなかったということですね?」と聞かれ、青葉被告は気色ばみながら「逆にお聞きしますが、僕がパクられた時に、京都アニメーションは何か感じたんでしょうか?」「逆の立場になって考えて、パクられたり、『レイプ魔』と言われたことに、京アニは良心の呵責も何もなく、被害者という立場だけ話すという理解でよろしいでしょうか?」と裁判長の静止にもかかわらず質問をした。 また別の遺族からは「あなたが『盗作された』と言うアニメが作られた後に入社しました。そういう職員(社員)がたくさんいたことは考えなかったのですか?」と聞かれると青葉被告は「すみません、そこまでは考えておりませんでした」と答えるも、「京アニがパクっていることや社風を知らずに入って、金をもらって稼いでいる時点で、知らないことに関しては『どうなのか』と思う」と述べた。また「『死ね』と叫んだのは、娘も含め第1スタジオの社員全員に言ったのか」と尋ねたこと対し、「そう思います」と応じた。 別の遺族の代理人からは、「秋葉原(連続殺傷)事件は犯罪史に残っています。放火殺人をすることで犯罪史に名前を残そうとしたんですか」と問われ、「そういうことは考えなかった。(秋葉原事件の犯人は)ひどい家庭環境で育ってきました。そういう部分で共感しました」と答えた。 25日の第9回公判で、裁判官と裁判員からの被告人質問が行われた。 青葉被告は裁判員から「『やってやった』なのか、『火を付けてしまった』という気持ちか」と放火時の心境を聞かれ「ある種『やけくそ』という気持ちじゃないと出来ない。一言で言うと、やけくそという気持ち」と述べた。 「現在は京アニに対してどう思っているのか」と聞かれ、「何度か述べたように、やり過ぎではないかと。作品を盗まれたからといって、人の命を奪うほどのものだったのか」「何度となく人に恨みを抱いてきたが、実際に命を奪うことは軽いものじゃない。意外と悩むこともある」と語った。 また弁護側からの質問に『2018年11月、テレビで偶然「ツルネ」を見て「実際に(京アニが)パクりをやっているんだと考えた」と答えた。 裁判員から「京アニの従業員の方々は、各部署で専門が違っていて、違う部署だと(盗作の)内容を知らない方もたくさんいたと思うが、そのことは青葉被告自身は知ろうとはしなかったのか」と聞かれると、青葉被告は20秒ほど沈黙した後、「知ろうとしなかった部分はあります」と答え、「青葉被告が知ろうとしなかったことは罪にはならないのか」との問いかけには「至らない部分で、努力が必要な部分だと思います」と答えた。 27日の第10回公判では、1階にいた京アニ社員2人の証人尋問が匿名で行われた。 1人目の女性社員は、「知らない男が入ってきて液体をかけ、大声で『死ね』と言って火を付けた」と青葉被告が放火した瞬間を説明。「オレンジ色の炎が天井まで上がり、社員3人を包んでいくのが見えた」と話した。女性は逃げ込んだ女子トイレの小窓から他の2人とともに救助された。 2人目の男性社員は、放火された直後、上階の社員に避難を促すため階段で2階に上がった。押し寄せる煙に意識がもうろうとなる中、2階の窓枠からぶら下がり、飛び降りて避難。その後、1階の様子を見て「猛烈な煙で壊滅的だと思った」と振り返った。 10月2日の第11回公判で京アニの八田英明社長の証人尋問が行われた。八田社長は、「当社は人様のアイデアを盗むような会社ではない。被告の思い込みで事件が起き、断腸の思い」と述べ、小説を盗用されたとする青葉被告の主張を否定した。螺旋階段の設置目的については「アニメを作る上でコミュニケーションは大切。各階が同じ雰囲気になるようにした」と説明した。 弁護側の質問に対し、青葉被告の小説は、1次審査で落選した説明。応募要項を満たしているかや400字くらいにまとめたあらすじで選考するため、落選した作品の中身に目を通すことは「まずない」と述べた。 弁護側は建物の防火体制についても質問した。事件後、3階から屋上に向かう屋内階段で19人が折り重なるように倒れて見つかり、屋上に出る扉は閉じた状態だった。扉が開けにくい構造だったのではないかとの質問に対し、社長は「私は開けたことがない。簡単に開くと認識していた」と言及。火や煙の回りを早めたとされる螺旋階段の危険性については「認識していなかった」と述べた。 続いて京都市消防局員の証人尋問が行われ、事件前の査察の結果を基に証言。検察側からの質問に対し、第1スタジオには消火器や非常警報設備が正しく設置されており、消防法や建築基準法上の不備はなかったと証言した。京アニによる半年に一度の点検も行われていたとした。 弁護側は「屋上に向かう階段に段ボールが積まれ、人が1人通る幅しかなかった」という被害者の供述調書を読み上げた上で尋ねた。消防局員は「物はない方が良いに決まっている」と述べたが、「階下へ避難するのが基本で(屋上への階段は)避難経路として通常は見ない」と指摘した。螺旋階段について「煙は縦に広がる方が速く、影響がないとはいえないと思う」と述べた。 11日の第12回公判で証人尋問を踏まえた被告人質問があり、青葉被告が八田社長の証言に対し、落選後に京アニの女性監督がブログで自身の作品に触れていたとし、「京アニが応募作品を読んでいないということはないと思う。社長の立場上、ああ言うしかない」などと反論した。青葉被告は小説の落選に関し、「京アニが自分の作品を落とす仕事を請け負い、見返りにかなりのお金が流れたのではないか」との主張も展開。京都府宇治市にある京アニ第5スタジオの建設にそのお金が流れたとの持論を展開した。落選を指示したのは、これまでの公判で繰り返し語ってきた闇の人物の「ナンバー2」とした。 増田啓祐裁判長から放火直前の心情を問われると、「京アニなんかなくなればいいと思っていた。(小説を)パクられたことを考え、それなりの死傷者が出ればいいと思っていた」と説明。 裁判官から事件前の想定を聞かれ、青葉被告は「(秋葉原無差別殺傷事件などを例に)上限で8人くらい。2桁までは考えなかった」と語った。そして「螺旋階段がある認識はなかった。1階だけが燃えた認識で、ここまで(被害が)大きくなるとは思わなかった」と語った。 弁護側からの質問で、36人の犠牲者数は逮捕状を読みあげられたときに初めて知ったと語った。全焼した同スタジオの写真も見たといい、「まさかここまで大きくなるとは思わなかった」などと語った。 23日の第13回公判では2回目冒頭陳述があり、検察、弁護側双方が刑事責任能力に絞った意見を述べた。 検察側は「他人のせいにしがちなパーソナリティーから、京アニに筋違いの恨みを募らせたことが犯行動機の基盤」と指摘。青葉被告が「良心の呵責があった」と事件直前に放火をためらう思いを公判で述べたことを受け、「逡巡したかどうかは大きな判断材料だ」と善悪を判断する能力があったと強調した。そして「放火殺人を計画した行動は合理的。妄想の影響はなく、被告自身の判断で行われた」と完全責任能力を主張した。 弁護側は、「妄想が犯行に圧倒的に影響しており、責任能力に疑いがあれば、無罪か刑を軽減するべきだ」と訴えた。また弁護側は、和田医師は起訴前に検察側の依頼で鑑定した一方、岡田医師は弁護側が集めた資料も加えて鑑定したと強調し、「基礎資料に偏りがないか、不足した情報はないか注意してほしい」と裁判員らに訴えた。 続いて、起訴前に検察側の依頼で被告を精神鑑定した大阪赤十字病院の和田央医師の証人尋問が行われた。和田医師は、2020年6月9日~12月11日の間、25回の面談と、被告人の母や兄妹、主治医、訪問看護師などに話を聞いて検討した鑑定結果を報告した。 和田医師は鑑定主文で、「「妄想性パーソナリティ障害」被告人が犯行の対象に京都アニメーションを選んだ点には、京アニに対する被害妄想が影響したが、それ以外には精神障害の影響は認められない」とした。 和田医師は被告の性格の4つの特徴を挙げた。①極端な他責傾向(他人のせいにする)②誇大な自尊心をもつ③不本意な気持ちから攻撃的な態度に転換④一度思い込むと修正が困難。 さらに和田医師は、青葉被告の妄想の特徴についても4つに分析した。①現実世界においては、興味・関心を持つ領域のみに出現する。②その解釈の内容はその時々の心境、置かれた状況と密接に関係する。③妄想内容は現実世界のできごとに関連していて、明確に指摘できる。④妄想内容は被告の判断で行った行動の結果と、性格傾向で決定される。よって、妄想は被告の言動にほとんど影響を及ぼしていないとした。 和田医師への尋問で、弁護側は「他人のせいにする」との鑑定結果を追及。青葉被告の幼少期やアルバイト時代にそうしたエピソードはないと指摘すると、和田医師は「成育歴をうかがい、臨床的な経験に基づいて申し上げた」と反論した。 26日の第14回公判では、弁護側の求めで起訴後に鑑定した東京医科歯科大の岡田幸之医師の証人尋問が行われた。岡田医師は、起訴後の2021年9月3日~2022年2月28日、3時間×12回(計36時間)の面接に加え、母や兄との面接や、京都地裁、京都地検、弁護人からの資料一式で判断した。 岡田医師は鑑定主文で、「「妄想性障害/妄想症」1.相反する証拠があっても変わることのない強い確信(=妄想)を慢性的に持っている。2.この妄想が慢性的に生活に影響をもたらしている。3.この妄想以外に精神障害はない。 ※詐病は認められない」とした。 岡田医師は、青葉被告は慢性的・持続的に妄想が見られる「重度の妄想性障害」と診断した上で、妄想の類型として①被愛型(例:恋愛感情を持つ)、②誇大型(例:有名人と関係があると思っている)、③被害型(例:陰謀、つけられている、嫌がらせをされているなどの確信)の3つの特徴に当てはまり、「混合型」と診断されると示した。また、被告の妄想が「現実にありえない=奇異でない」ものであることから、統合失調症ではないとした。 岡田医師は、「"公安警察やナンバー2に監視されている"などの妄想から被告が孤立していたことや、"自分の小説を落選させた上、京アニはアイデアをパクりまくって利益を上げ続けている"などの妄想から、『こうした状況を終わらせるか、今のまま続けるかどちらか選ぶしかない』と考え火をつけた」と話し、▼「応募した小説が落選した」という現実に対し、"故意に落選させられた"などの被害妄想を持ったという被告の「思考」的側面や、▼猜疑心や独善性が強く、怒りやすく攻撃行動しやすいという被告の「行動特性」については、それも「妄想世界で被害を受けていることのいらだちも関係している」などと、精神障害と犯行の関係について説明し、「妄想は犯行の動機を形成している」との鑑定結果を示した。 岡田医師は検察側の質問に対し、重度でも直ちに刑事責任能力の有無が決まるわけではないとした上で、青葉被告の妄想に犯行を直接指示する内容はなかったとも言及。青葉被告が事件前に実行するかどうか迷うような発言を鑑定時にしたことも踏まえ、「これからやることは犯罪だと理解していた」と語った。また被告が放火殺人という手段を選んだことへの評価については、「病気と関係なく、彼自身が選んだことだと思う」などと答えた。 30日の第15回公判では、両医師の証人尋問が行われた。 検察側から、犯行当時の行動に妄想が与えた影響を問われた和田医師は「(青葉被告が盗用されたと主張する)京アニに抗議するといった現実的な行動を何一つしていない」とし、「妄想の影響はほとんどない」と証言した。これに対し、岡田医師は「京アニの女性監督に好かれている」「闇の組織とつながっている」といった妄想には相互に関係性があると指摘。「(自らでは)訂正できない思い込みが認められる。(妄想で)盗用されたと思っていたので本件が起きたと考えている」との認識を示した。ただ、放火殺人という手段を選び、ガソリンなどを調達したことについては「妄想は関係ない」とも述べた。 青葉被告の妄想の特性にも言及した。和田氏は「その時々の感情が色濃く反映されたもので、現実的な出来事に付随して発生している」と分析。一方、岡田氏は「複数の妄想が相互に関連している。非常に強固で訂正できない」とし、社会生活への影響も生じていると述べた。2人とも被告の妄想が詐病である可能性は否定した。 裁判員の一人は、岡田教授が「妄想は実行行為に影響していない」とする点について「妄想がなかったということか」と尋ねた。岡田教授は「妄想は慢性的に頭の中にあり、事件を起こそうという動機を作る意味で関わった。だが、火を付けると決めることには関係していない」と答えた。 12月6日の第16回公判で中間論告と中間弁論が行われた。 検察側は、青葉被告の妄想は被告の攻撃的な性格や感情を色濃く反映していると主張。「善悪を区別する能力を凌駕する重さではない」と指摘し、「不満をためると攻撃に転じやすい被告の性格により、コンクールに小説が落選したことなどで京アニに筋違いの恨みを募らせ、復讐を決意したことが動機の本質だ」と述べた。そして被告が犯行直前の心境について、「良心の呵責があった」と述べた点にも着目。「被告は『(犯行を)やる、やめる』のラリーを繰り返すなど逡巡し、思いとどまることもできた。その思考に妄想の影響があったとは言えない」とし、精神鑑定を行った医師2人が「犯罪と理解できていた」と証言したことも踏まえ、3日前から下見や用具の準備をした経緯も「首尾一貫して妄想の影響はなく、計画的に自らの意思で放火を実行した」として改めて完全責任能力があると主張した。 被害者参加制度を利用する遺族や代理人も意見を述べ、検察側と同様の主張を展開した。亡くなった京アニ社員の父親は「作品を盗用されたという被告の思い込みと放火殺人には飛躍があるが、犯行は被告の偏った性格によるもので、妄想が影響したとは考えられない」などと訴えた。被害者ら16人の代理人を務める弁護士10人も連名で意見をまとめ、女性弁護士が代表して「京アニへ応募した作品が落選したという現実の出来事を受け止めきれず、疑念から妄想が発展しただけだ」などと述べた。 弁護側は、検察側の請求に基づき、起訴前に大阪赤十字病院の和田央医師が行った精神鑑定を「信用できない」と主張した。和田医師が「妄想が犯行に与えた影響は限定的」と証言した点について、弁護側は「闇の人物に関する妄想が考慮されておらず恣意的だ」と問題視。東京医科歯科大大学院の岡田幸之教授による起訴後の鑑定で、青葉被告について「妄想と現実に全く区別がつかない」とし、「妄想が犯行動機を形成し、犯行の背景に影響した」との証言が信用できるとした。そして青葉被告は少なくとも10年以上は妄想の世界を前提に生きており、被告の性格にも妄想が強く影響しており、「妄想性障害は重度だったと認定すべきだ」と反論。「京アニに作品を盗用された」と思い込むなどした結果、追い詰められたと説明した。また、検察側が強調した犯行直前の「ためらい」は「善悪を区別できたこととイコールではない。悪いと思っていても、妄想の世界では区別がつかないこともある」と反論。その上で、「直接犯行を命じる妄想がなくても、闇の人物などの『訂正不能な妄想』の圧倒的な圧力によって動機が形成され、犯行を思いとどまる力はなかった」と述べ、刑事責任を問えないと強調した。 27日の第17回公判で3回目となる冒頭陳述があり、検察、弁護側双方が量刑に絞った意見を述べた。検察側は「筋違いの恨みによる類例なき凄惨な大量放火殺人事件だ」と断じ、「多数の犠牲者や被害者を出した結果の重大性や犯行の計画性に着目するべきで、遺族の処罰感情も強い」と指摘した。弁護側は「死刑求刑の可能性がある」とし、裁判員に向けて、青葉被告に死刑を科すことが「憲法が禁じる残虐な刑罰にならないかを念頭に置いてほしい。人を殺すことは悪いことなのに、なぜ死刑が正当化されるのか考えてほしい」と訴えた。そして「たくさんの悲しみや怒りに触れ、多くの遺族や被害者の立場になって考えることは、これまでの審理で確定した事実を押し曲げる危険がある」とし、処罰感情に影響を受けすぎないよう求めた。 この後行われた被告人質問で青葉被告は弁護側から公判で感じたことを問われ、「あまりにも浅はかだったと思っている。被害者一人ひとりに顔があり、生活があり、病院で苦しんでいる人、子どもがいるのに亡くなった人がいると痛感した。後悔が山ほど残る事件になった」と述べた。鑑定医の証言について感想を聞かれた被告は「(自分の主張に)自信がなくなった。目の前にあったことが事実でないかもしれない」と供述。さらに、被害者の調書や事件の写真など弁護人から差し入れられた証拠には一通り目を通したとして「現実として受け止められず、逃げている気持ちはある」と話した。検察側が後悔という発言の真意を検察側が尋ねると、「(京アニへの)恨みと憎しみを晴らしたからといって、『やってやった』『ざまぁみろ』という思いはなく、逆にこれで良かったのかと思うところが残る」と答えた。さらに「反省しているのか」と質問すると「最初に取り調べを受けた時から全部話してきた。弁護士に黙秘してもよいと言われたが、話すことは話すという形で、自分の反省とさせてもらっている」とした。 遺族も心情などを尋ねたが、弁護側が「被害感情の立証が終わった後に質問するべきだ」と述べた後、青葉被告は一転して「今は差し控える」などと繰り返し、質問に答えなかった。その後、「なぜこのような事件を起こしたのか、本当の理由が知りたい」「一番重い判決が出ることを信じている」などの遺族7人の供述調書や意見陳述書が読みあげられた。 29日の第18回公判で遺族6人が直接意見を述べ、8人の供述調書や意見陳述書が読みあげられた。「厳しい結論を望む。被害者に大切な人がいるという当たり前のことを理解してほしい」「謝罪や反省は求めない。謝罪や反省で償える罪ではないから」「弁護人から、「死刑制度を前提に考えなくてはならない」と冒頭陳述でありました。結論から言うと、今回の裁判と死刑制度を一緒に議論することは適切ではありません。議論は別の場所で行っていただきたいです」「一人一人の命を奪ったことで多くの人に影響を与えたことを考えてほしい」「極刑を求める。恐怖や絶望、悲しみを被告にも味わってもらいたい」「この事件で36人だけが亡くなったとは思っていない。ここにいる家族、ここに来られない家族の心も殺した」などの厳しい言葉が並んだ。 30日の第19回公判で遺族7人が直接意見を述べ、10人の供述調書や意見陳述書が読みあげられた。「「恨みの中で住み続けてはいけない」と言われても、そういう暮らしをしている家族もいる。最も重い刑になるのは当然だ」「人々を元気にするアニメ作品を作る人の命を奪うのは、単なる殺人の範ちゅうではない。万死に値することだと思う」「小説家の夢を否定されたからと裁判で話していたが、息子の夢や人生を奪ったのはあなただ。ただの逆恨みではないか。36人という数字でなく、一人一人に特別な人生があったことを知ってほしい」「私たちは裁判を見守ってきた。被告人や弁護人の発言、態度で傷つけられても、ずっと黙って見守ってきた。黙っているからと言って誤解しないで」「娘の無念さを思うと、極刑を望む」「被告が償える罪には限りがあり、死刑で死んだとしても娘は帰ってこない。帰ってくるなら無罪でもいい」「被告や弁護人から、建物の構造や避難訓練の方法で亡くなったと言われることも耐えがたく感じる」「この国の、この時代に定められた法にのっとり、命の裁きを受け、罪を償うことを願っている」「死刑でも許せないが、この国に死刑以上の罰則がないので仕方がない」「(子供へ歌った子守唄を歌った後)被告人には最も重い死刑を望む。結実たちの命は、被告人の命よりも軽んじられることはなかったよと伝えたいからだ。強くて優しい母でいたいが、この気持ちだけは決して変わらない」などの厳しい言葉が並んだ。被告の言動や弁護人に対しての抗議を述べる言葉もあった。 12月4日の第20回公判で遺族4人と被害者4人が直接意見を述べ、4人の供述調書や意見陳述書が読みあげられた。「犯人がしたことを許すことができない。どういう精神状況でも、許すことができません」「死刑になっても(犠牲者)36人に対し、犯人は1人。奪われた命がすごく軽く思える」「心からの反省や謝罪を期待することはない。正しい裁きが下されることを信じる」「被告は極刑になっても償いとしては不十分だが、判決としてはこれしかない。自分の生涯が終わるその一瞬まで36人の命と負傷者、家族に心からの謝罪をし続けてほしい」「あなたに対して36回死を与えることもできない。死刑すら生やさしい。あえて死刑を望むとは言わない。償いようのない現実に苦しみながら生涯を終えてほしい」「罪を償うことは死刑しかあり得ない」「裁判でのあなたの発言は身勝手な主張ばかりで、謝罪や心からの反省はない」「あなたが盗作したと主張する「ツルネ」のシナリオを決める打ち合わせに参加していた。そこで、あなたの小説の話が出たこととは一度もない。誰もあなたの小説を読んでいなかった。盗作は思い込み。第1スタジオにいた人たちも無関係だ。勝手な思い込みで36人を殺害した。それを心に刻んでほしい」「死をもって償ってほしい。あなたには生きたまま火に焼かれて死んでほしい。裁判官、裁判員には、見合った判決にしてほしい」などの厳しい言葉が並んだ。 6日の第21回公判における被告人質問で、検察官に「遺族らに思うことはあるか」と問われると、青葉被告は「申し訳ございませんでしたという言葉しか出てきません」と述べ、犠牲者や遺族らに対し、初めて謝罪の言葉を述べた。謝罪の気持ちがいつ芽生えたのかと聞かれると、しばらく考えた後、「弁護人と面会している時、裁判が始まる前あたり」と説明。これまで明確に述べてこなかったと指摘されると、「やりすぎだった」との自身の供述に触れ、「『やりすぎ』という形で言っているということ」とした。意見陳述などで多くの遺族らが極刑を求めたことについては、「その通りに、それで償うべきととらえている部分があります」と述べた。 弁護側は、青葉被告自身が事件で重いやけどを負い、周りの介助を受けてきたとし、心境に変化があったかと尋ねた。青葉被告は「昔ほど徹底的にやり返したいという考え方は減った。早く拘置所に来ていれば、こんな事件を起こさなかったのではないか」と答えた。 被害者参加制度を利用した遺族は、京アニ作品「涼宮ハルヒの憂鬱」への思いを問われ、青葉被告は「今も好きであり、手本にするべき作品だと思うが、出会わなければ事件を起こし得なかった」と答えた。青葉被告が主張する「京アニによる盗用」が今も許せないのかと質問には、「そういう感情は薄れてきた」とし、京アニに対しては「犯罪をやった当初は怒りが残っていたが、今は申し訳ない気持ちが大きい」と述べた。一方、遺族の代理人弁護士が「多くの死傷者が出ると思わなかったのか」と質問すると、青葉被告は「構造上のせいにするわけではないが、火が早く回りすぎて多くの人が亡くなったと聞き、ツキや運がなかったことも否定できない」と述べた。 裁判長から「ご遺族の方々、助かった被害者の方、あなたからそういう方に何か声をかけようとしたら、どういうことを言いたいか」と問われ、「申し訳ございませんでした」「やはりそこまでしなければならなかったのかという思いがどこかにある」と答えた。 12月7日の論告求刑公判で、検察側は「36人の尊い命が奪われ、34人が命を奪われかけた。日本刑事裁判史上、突出して被害者数が多い」と述べた。そして「地獄さながらの状況にさらされた恐怖、絶望感は筆舌に尽くしがたい。亡くなった被害者の無念さは察するにあまりある」と述べた。また、「被害者の多くは非常に重篤な後遺症を伴う全身やけどなどの傷害を負った。被害にあった精神的苦痛のほか、同僚の多数が亡くなったことによる苦しみも極めて大きい」とし、さらに「アニメ制作の拠点が全焼して全従業員の4割が被害にあい、会社にも甚大な損害を与えた」とした。 さらに「犯行態様は残虐で、従業員を一瞬にして阿鼻叫喚の渦に巻き込む非道極まりない犯行だ」と非難。動機についても「筋違いの恨みこそが犯行動機の本質。人生の行き詰まりを何の落ち度もない京アニらに責任転嫁する、理不尽そのもので身勝手極まりないものだ」と非難した。 妄想の影響については、「現実ベースで生じた筋違いの恨みを強化した程度」であり、影響程度は限定的と主張した。さらに青葉被告が事件3日前に居住地の埼玉から京都に移動し、ガソリンを購入するなど犯行の準備をしたと指摘。事件直前、現場近くの路地で十数分間逡巡したことも挙げ、「引き返すこともできたのに実行した。強固な殺意を犯行まで抱き続けた」と主張した。そして「被害者遺族らの処罰感情も強く、社会駅影響も大きい」「反省の弁も極めて皮相的」として極刑を選ぶべきと述べた。 同日の最終弁論で弁護側は、被告の首の皮がやけどで薄くなっていることを踏まえ、絞首刑は憲法で禁じられている残虐な刑罰に当たると主張した。また責任能力について、被告は永年妄想性障害に苦しまれ、さらに事件前4か月間は服薬もせず、妄想や幻聴が生まれ続けている状況だったと主張。心神喪失、もしくは責任能力が大きく減退している状況で無罪を選ぶべきと主張。仮に心神耗弱にも至らないと判断されても、それにほぼ近い状態であり、減軽すべきと述べた。 さらに被告は建物の中の人数やスタジオの構造も知らず、大きな被害を及ぶことは想定していなかったとして、「前代未聞の大変な火災が起こるということを被告は当時予期できていなかった」と訴えた。 そして「被害者遺族の処罰感情は、十分にくみ取られるべきものだが、守られる一線があり、考慮は限定的にするべきだ。処罰感情が峻烈だからといって、死刑にしてはいけない」と主張し、「被告には改善の可能性があり、服薬の継続で精神状態が安定した。周囲のサポートで、感謝の気持ちも生まれており、死刑を選択するべきではない」と訴えた。 最終意見陳述で青葉被告は、「質問などに答えることは自分のできる範囲でやってきたので、この場において付け加えることはございません」と述べた。 2024年1月25日の判決で増田裁判長は、「有罪判決ですが、主文は後回しにします」と最初に述べた。 起訴前の鑑定の中で、妄想に関する部分については、その時点で「闇の人物」の妄想などを供述していなかった点で採用できないとした。その上で、起訴後の鑑定を重点的に検討。家族の証言やアルバイト時の行動などから、「青葉被告は独善性、猜疑心が強い、怒りやすい、攻撃行動をしやすいという性格傾向があると認められる」とした。そして「小説を盗用されたなどの被告の妄想から、京アニや監督を攻撃するという動機の形成に影響している」とした。しかし、「攻撃の範囲や京アニ全体への放火殺人という手段を選択した点には影響しておらず、秋葉原事件の犯人に共感するなど自身の考え方や知識から選択しており、妄想の影響はほとんど認められない」とした。また「犯行直前に逡巡したり、犯行準備時は人との接触を最小限にとどめるなど、合理的な行動をとり、善悪を区別していた」とした。そして「犯行当時、善悪を区別する能力やその区別に従って犯行を思いとどまる能力は、いずれも著しく低下していなかったと認められ、完全な刑事責任能力があった」と認めた。 また、絞首刑を合憲とした過去の最高裁判例を引用し、「絞首刑自体は残虐な刑罰にあたらず、憲法に違反しない」と述べ、弁護側の主張を退けた。 そして、「36人の命が奪われた結果は重大で悲惨」「生命の危機にひんした34人の被害者らが受けた肉体的、精神的苦痛もまた重大」と指摘。さらに「全従業員の4割が被害に遭い、2割が亡くなり、売り上げや作品の制作ペースは半分以下となった」として会社に与えた損害も重大と述べた。また建物の構造などの影響は限定的で、ガソリンを使って放火した青葉被告の刑事責任が減じられるものではないと、弁護側の主張を退けた。 そして「強固な殺意に基づく計画的な犯行で、残虐非道。会社や被害者に一切の落ち度はない」と強く非難。「遺族の多くが厳重な処罰を訴え、極刑を望むことも当然」とし、「著名なアニメ作品を生み出し、感銘を与えていた会社の社屋を全焼させ、社会に衝撃を与えた」と述べた。そして「罪責は極めて重く、動機の形成に妄想性障害が影響している。一応の反省の情を示したことを最大限考慮しても、死刑を持って臨むしかない」とした。 増田裁判長は最後に「主文を告げます。被告人よろしいですか」と確認した。語気を少し強めて「被告人を死刑に処する」。2度繰り返した。青葉被告は大きく頭を下げた。説諭はしなかった。 |
青葉被告の弁護人は、1月26日に控訴した。青葉被告本人も、2月7日付で控訴した。 青葉被告は2025年1月27日付で大阪高裁への控訴を取り下げた。検察側は控訴しておらず、一審判決が確定した。1月30日付で弁護人は、控訴取下げ無効を大阪高裁に申請した。 2月28日、大阪高裁で行われた非公開の三者協議で、弁護側は青葉死刑囚が控訴を取り下げた理由として、一審に続いて控訴審でも自身の言動を「妄想」と主張されることに不満があったと述べた。 |
|
その他 |
青葉真司被告は2012年6月、茨城県のコンビニで販売店員に包丁を突き付け、2万円余りを奪った。約10時間後に自首。懲役3年6月の実刑判決を受けて10月、水戸刑務所に入った。出所3か月前の2015年10月には担当医が統合失調症と(確定)診断した。2016年1月に出所し、更生保護施設に移った。 本事件を受け総務省消防庁は省令を改正し、ガソリン小分け販売時には身元と使用目的を確認することを義務付けた。 京都市消防局は生存者への聞き取りなどに基づき2020年3月、放火被害に遭った際などに命の危険を低減させる方法を列挙したマニュアルを策定。他市の消防局でも独自の避難マニュアルを作成したり、京都市マニュアルを生かした訓練や指導を実施している。 |
氏 名 | 土肥博文 |
事件当時年齢 | 32歳 |
犯行日時 | 2017年10月6日 |
罪 状 | 殺人、非現住建造物等放火、有印公文書偽造・同行使、詐欺 |
事件名 | 日立妻子6人殺害事件 |
事件概要 |
茨城県日立市の会社員、小松博文(旧姓)被告は2017年10月6日午前4時40分ごろ、3階建て県営アパート1階の自宅和室で妻(当時33)、長女(当時11)、長男(当時7)、次男(当時5)、双子の三男(当時3)と四男(当時3)を包丁で刺した後、玄関付近にガソリンをまいて放火した。6人は一酸化炭素中毒や失血、心タンポナーデで死亡した。 小松被告は午前5時ごろ、日立署に出頭。同署が出荷を確認して市消防本部に通報。午前5時48分に鎮火したが、妻、男児4人の遺体が見つかった。さらに長女が市内の病院に搬送されたが、死亡が確認された。同日、日立署は小松被告を長女の殺人容疑で緊急逮捕した。 小松被告は日立市内の自動車関連会社に見習いとして勤務していたが、9月下旬に、妻の体調が悪く入院するため、しばらく会社を休むとメモ書きを残したまま出社していなかった。犯行の6日前に妻のスマホを見て浮気を知り、問い詰めたところ逆に別れ話を持ち出された、誰にも渡したくないと思ったのが動機だった。 10月26日、長女を除く5人の殺人と現住建造物等放火容疑で小松被告を再逮捕。水戸地検は11月8日から2018年2月16日まで鑑定留置を実施。2月23日、殺人と非現住建造物等放火の罪で起訴した。地検は「小松被告は6人が既に亡くなったと思い込んで火をつけた」と判断した。 他に小松被告は、2017年5月11日午前11時35分ごろ、日立市内の銀行で、氏名の部分を偽造した自身の運転免許証を提示した上、書類に偽名を書き込んで預金通帳を受け取った。さらに同日、同市内の携帯電話販売店でその免許証と預金通帳を使って、携帯電話など3点(総額約13万円)をだまし取った。2018年7月17日、日立署は小松被告を有印公文書偽造・同行使と詐欺の疑いで逮捕した。 小松被告は2018年11月26日、日立署での勾留中に突然倒れ、病院に緊急搬送された。持病の肺高血圧症によるもので、一時、心肺停止状態になった。手術で一命を取り留めたものの、約2カ月間入院。後遺症で記憶の一部が欠落した。 |
一 審 | 2021年6月30日 水戸地裁 結城剛行裁判長 死刑判決 【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい) |
控訴審 | 2023年4月21日 東京高裁 伊藤雅人裁判長 被告側控訴棄却 死刑判決支持 |
上告審 | 2025年2月21日 最高裁第二小法廷 草野耕一裁判長 被告側上告棄却 死刑確定 |
拘置先 | 東京拘置所 |
裁判焦点 |
有印公文書偽造・同行使や詐欺罪については区分審理となった。 2020年6月2日、区分審理の初公判で、小松博文被告は「覚えていないので、何とお答えすればいいのか分からない」と態度を明らかにしなかった。弁護側は、被告が勾留中の2018年11月26日に心肺停止状態となり、後遺症で事件当時の記憶が欠落していると主張。「法廷で防御の前提となる事実の記憶がなく、自ら反論することができない」とし、公判停止を求めた。結城剛行裁判長は精神鑑定の結果などから、被告の記憶障害は投薬などの治療をしても回復の見込みがないと判断。その上で「自分の名前を答えられるなど状況は判断できており、弁護人の援助や裁判所の後見的支援があれば、意思疎通は可能だ」と指摘し、心神喪失にも当たらないとして公判停止を認めなかった。検察側は冒頭陳述で、被告がだまし取った携帯電話をリサイクルショップに売却していたことを明らかにした。 弁護側は公判で、小松被告の訴訟能力を鑑定するよう水戸地裁に求めたが、地裁は鑑定しない方針を示した。 2021年3月25日、水戸地裁は記憶喪失については認めたうえで「被告人質問の状況からみても心神喪失には当たらず、訴訟能力を有することは明らか」だとして、有罪の部分判決を言い渡した。 殺人と非現住建造物等放火については裁判員裁判となった。 2021年5月31日の初公判で、小松博文被告は「倒れてしまってからは記憶がなくなってしまったので、分からないとしか言えない」などと態度を示さなかった。弁護側は罪状認否に先立ち、「事件当時の記憶を失い、真実を述べることができず、訴訟能力に欠ける」として公判を停止するよう求めたが、結城裁判長は「裁判所の支援や弁護人の援助があれば、意思疎通を図ることはでき、訴訟能力があることは明らか」などとして退けた。 検察側は冒頭陳述で、小松被告が定職に就かず、妻から愛想を尽かされて、離婚を切り出されていたと指摘。「他人に妻子を取られるなら全員を殺そう」と考えたと動機について、説明した。そして弁護側の主張に対し、包丁、ガソリンを準備していたことを挙げ、「事件後、警察で殺害当時の状況を具体的に供述しており、被告自身が行い、行為の危険性を認識していたのは明らか」などと指摘し、事件当時に精神障害はなく、責任能力はあるとした。弁護側は、小松被告が離婚話で悩み、「当時は善悪の判断能力や行動を制御する能力が失われていたか、著しく低下した状態だった。凶器は自殺のために購入したもの」と強調した。 6月4日の第4回公判で妻の友人女性が出廷。被告の日常生活について女性は「働かず、家にいるときは基本的にゴロゴロしながらテレビを見たり、スマホを触ったりしていた。子どもたちが『遊ぼう』と言っても応じていなかった」と証言。妻と小松被告がけんかをする場面にも遭遇したと話し「子どもたちの目の前で、物を投げたり妻に暴力を振るったりしていた」と説明した。また小松被告の雇い主だった男性は小松夫妻が「家賃を滞納している」と、15万円以上を前借りしにきたことがあったと説明。小松被告について「仕事はまじめだが、お金の面でいい評判は聞かなかった」と話した。また事件前、妻から、結婚したいと考えている相手がおり、小松被告との離婚について、相談を受けていたことも明かした。 8日の第6回公判で妻の両親が出廷し、父親は「6人を殺すなんてむごすぎる。どうか最高の刑をお願いします」と極刑を求めた。母親は、小松被告の仕事が長続きせず、生活費を援助していたと証言。孫たちの足や娘にあざを見つけたこともあり、被告の暴力的な部分を目撃したと語った。被告に対しては「6人がされた以上につらい処罰を与えてほしい」と述べた。 9日の第7回公判で、事件を担当した警察官3人が出廷。取り調べを担当した男性警察官は、小松被告が妻を殺害する際、まず首を狙ったと供述したことに触れ、その理由を「(妻に)声を出されて子どもたちが起き、犯行が邪魔されるのを防ぐため」と話したと証言した。さらに「妻については数十回ほど刺したと聞いた」と述べた。小松被告が日立署に出頭した際に対応した男性警察官は「動揺していたが、受け答えははっきりしていた」と振り返り、精神的な異常などは感じられなかったと話した。別の男性警察官は、逮捕直後の被告が犯行の様子を詳細に供述していたとして、「本当のことを話しているようだった」と説明した。 10日の第8回公判で、小松被告が記憶障害を起こしたきっかけになった疾患を発症後、被告を精神鑑定した医師が検察側証人として出廷。医師は2019年11月から2020年3月まで、小松被告の精神鑑定に当たった。診断基準に照らし合わせ、面接や身体検査、捜査の証拠などを踏まえて複合的に判断した結果、「精神障害は認められなかった」と述べた。犯行前から不眠や食欲不振などの抑うつ的な症状はあったものの、うつ病とまでは言えず、「離婚を切り出されたことによって引き起こされた正常な反応」と説明した。 15日の第10回公判で被告人質問が行われ、弁護側の「殺害をした記憶はあるか」との質問に、小松被告は「全くない」と答えた。結城裁判長が事件直後の状況について「自分の手から血が垂れていたり、足がやけどしていたりした記憶はあるのか」と尋ねたのに対しては、「映像として頭の中にうっすら残っている」と説明した。被告は事件前の出来事で最後に記憶していることとして、事件の4日前に妻と親しかったとされる男性の自宅に出向き、関係を尋ねたことだと述べた。裁判員から事件についてどう思っているのかを問われると、「自分がしたことだとしたら責任を取る」と述べた上で、殺害したとされる6人に対しては「とにかく『ごめんね』としか言えない」と語った。 17日の公判で被害者参加制度で出廷した妻の父親は、「幸せな日々を奪った被告への憎しみは今も消えない。可能な限り一番厳しい刑罰を与えて」と述べた。 同日の論告求刑で検察側は、小松被告が出頭後の調べに対し、殺害を迷っていたと供述した上で、殺害行為の一部や放火の経緯を具体的に説明したと主張。「完全な責任能力があった」と述べた。また、妻と子供5人の就寝中に襲いかかり、心臓などを狙って刺していたと説明。「危険性を認識しながら殺害したことは明白」とした。そして「6人の命が奪われた結果は重大。就寝中で無防備なところをためらいなく包丁で刺すなど、殺害方法は残虐極まりない」と指摘。妻から離婚を求められたので殺害を決意したという動機も身勝手で強い非難に値するとし、被告には責任能力があったと主張した。 同日の最終弁論で弁護側は、小松被告は離婚を切り出されてほとんど眠れず、うつ病や抑うつ状態だったと主張。「善悪の判断能力や行動を制御する能力が失われていたか、著しく低下した状態だった」と述べ、心神喪失か心神耗弱の状態だったと指摘。改めて無罪か刑の減軽を求めた。このほか、勾留中の2018年11月に病気で心肺停止となり、「後遺症で事件の記憶を失った」と改めて訴えた。法廷で認否すらできず、訴訟能力がないとして、公訴棄却も求めた。 最終意見陳述で小松被告は結城裁判長から「言っておきたいことはあるか」と問われ、「特にないです」と答えた。 判決で結城剛行裁判長は、「小松被告が事件の数日前、妻の母らを訪ねた際に不自然な言動がなかった」「小松被告が離婚によって家族を他人に取られたくないとして殺害を計画し、犯行直前まで数日間にわたり思い悩んだ上で実行に及んだ。日立署に出頭し、犯行内容を相当程度具体的に供述している」と指摘。「犯行の違法性や重大性など、自らの行為を十分理解しており、心神喪失でなかったことは明らか。犯行時だけ意識解離状態になるというのは考えにくい」と指摘し、刑事責任能力はあると認定。小松被告が事件当時の記憶を失ったと認めたが、弁護側の援助などにより意思疎通は可能で、訴訟能力はあると判断した。量刑の検討にあたっては、柳刃包丁やガソリンをあらかじめ準備し、被害者を複数回刺したことなどから計画性や殺意があったと認定。6人が殺害されたことなどを踏まえて「犯行態様が危険かつ残忍で同種の事件と比べても悪質。妻や子を取られたくないために殺害するなど、動機は身勝手かつ自己中心的。被告が1年間定職に就かないことから離婚を切り出されたなど、強い殺意に基づく残虐かつ悪質な犯行で、死刑を回避すべき事情はない」とした。 |
2023年1月27日の控訴審初公判で、小松被告の弁護側は、「勾留中の心不全の後遺症で事件当時の記憶がない」としたうえで、死刑判決を破棄して審理を地裁に差し戻し、記憶が戻るまで裁判を停止すべきなどと主張した。これに対し、検察側は「手続きに問題はない」と反論した。 2月15日の第2回公判で行われた被告人質問で小松被告は、妻子6人を殺害した動機や方法の記憶があるかどうか弁護人に問われ、いずれも「ないです」と繰り返した。事件で使用したナイフやロープ、ガソリンを購入した記憶もないと語った。 弁護側は「被告は、自らの記憶に基づき防御する機会を与えられるべきだ」と強調し、「被告は記憶を喪失し、訴訟能力が認められない」として一審判決を破棄して差し戻すよう求め、結審した。 判決で伊藤裁判長は、「被告は記憶を喪失しているものの、物事の理解力や判断力、意思疎通能力が障害されている様子はうかがわれない」と指摘。一審の公判時も弁護人の援助を受けることで、被告としての利害を認識し、自身を守る訴訟能力はあったと結論付けて、弁護側の主張を退けた。 さらに「離婚を切り出されたことを発端に、就寝中の妻と幼い子どもたちを柳刃包丁でかなり強い力を込めて突き刺した。強固な殺意に基づく非常に残虐な犯行で、動機も身勝手だ。結果の重大性や悪質性を踏まえると、同種事案の中でも特に悪質であるとした一審判決の認定、評価に誤りはなく、死刑を回避する事情はない」と指摘した。 |
|
2025年1月20日の上告審弁論で弁護側は、土肥被告は起訴後に心不全となり、その後遺症で事件当時の記憶を失っていることから、「訴訟能力が認められない」として法令違反のため公訴棄却すべきだと主張。時間をかけて記憶が戻るのか審理するよう求めた。さらに「ずさんな裁判で死刑にすることが決してあってはならない」とし、慎重な手続きや証拠の再検討を求めた。検察側は上告の棄却を求めた。一審は記憶の回復について検証した上で手続きをしていたと反論し、犯行により6人が死亡したことや、順次殺害を繰り返した態様から「死刑選択は正当」と改めて主張した。遺族の処罰感情について、一様に極刑を望んでいるとも述べた。 判決で草野裁判長は、弁護側が「心神喪失状態で訴訟能力が回復していないため、公判手続きを停止するべき」などと主張した上告趣意は、単なる法令違反や事実誤認、量刑不当の主張であり、上告理由に当たらないと判断した。被告の訴訟能力の有無については踏み込まなかった。裁判官4人全員一致の結論。 草野裁判長は、事前に柳葉包丁を購入していることなどについて、「妻から離婚を切り出されたことを契機とした、事前の準備に基づく犯行だ」と指摘。そして動機について「身勝手で酌むべきものとはいえない」と結論づけた。さらに「6人の命を奪ったという結果は極めて重大。遺族も厳しい処罰感情を示している」と指摘。それぞれ包丁で数回突き刺したのは強固な殺意に基づき残虐だとし、「人命軽視の態度が甚だしい」と述べた。そして放火後に自首したことなどを考慮しても、死刑とした一審判決はやむを得ないとした。 |
|
備考 | 高裁判決後、土肥に改姓。 |