岩倉知広 | |
38歳 | |
2018年3月31日~4月6日 | |
殺人、死体遺棄 | |
日置市男女5人殺害事件 | |
鹿児島県日置市の無職、岩倉知広(ともひろ)被告は2018年3月31日夕方、テレビを見るために近くに住む祖母(当時89)宅を訪れたが口論となった。31日から4月1日にかけ、岩倉被告は祖母の首を絞めて殺害。家にいた父親(当時68)が気付き、もみ合いになった末、父親の首を絞めて殺害。父親の車で、約400m離れた山中の空き地まで2人の遺体を運び、埋めた。 4日午前、父親がアルバイト先を無断欠勤したため、派遣元のシルバー人材センター職員が父親の携帯電話に連絡するも繋がらなかった。 6日午前10時ごろ、センター職員が父親の携帯電話に連絡するもつながらず。勤務先にも問合せし、欠勤が続いていることが判明。午前11時頃、別のセンター職員が祖母宅を訪れ、岩倉被告は父が大分に行っていると説明。正午ごろ、センターが緊急連絡先になっている岩倉被告の伯父へ、「数日前から出勤をしていないと連絡。薩摩川内市に住む伯父は仕事で県外にいたため、午後0時半ごろ、自身の妻(伯母)に安否確認を依頼。伯母(当時69)と近くに住むその姉(当時72)が祖母宅に向かったが、岩倉被告は2人の首を絞めて殺害。連絡が取れなくなったため、伯父は午後2時20分ごろ、日置市の知人男性(当時47)に安否確認を依頼し、知人男性が祖母宅を訪れるも、岩倉被告は知人男性の首を絞めて殺害した。 伯父は午後2時49分ごろ、県警日置署に相談。午後3時45分ごろ、署員が祖母宅を訪れ、伯母と姉の遺体を発見。さらに別の部屋に倒れていた心肺停止状態の知人男性を発見。男性は搬送先の病院で死亡が確認された。 4月6日午後6時55分頃、日置市内を一人で歩いていた岩倉知広被告を警察官が見つけ、任意同行を求めて事情を聞いた。岩倉被告が犯行を認めたため、県警は7日午前、知人男性への殺人容疑で岩倉被告を逮捕。8日午後、岩倉被告の供述に基づいて、祖母と父親の遺体が山林で見つかった。 岩倉被告は子供のころに両親が離婚し、隣町で母親、妹と同居。高校中退後は職業を転々とし、22歳で陸上自衛隊に所属するも1年で依願退職。その後、数か月働いては辞め、貯金が減ったら短期の仕事を探すという生活を繰り返していた。2005年ごろから同居する母親に暴力を振るうようになり、2014年、母親は暴力に耐えかね、家を出て妹宅に住み始めた。岩倉被告は独り暮らしをするも、"仕事もしない男が昼間からブラブラしていて怖い"と近隣から苦情が来て、父親が引き取り、短期間祖母宅で同居。1年ほど前から祖母の持つアパートで独り暮らしをしていた。2018年2月に無職となった後は、父親から小遣いをもらって生活し、時折祖母宅で食事をしていた。知人男性は同じアパートの住人で数年前から住み始め、2階建ての計6室アパートに住んでいるのは2人だけだった。 4月28日、父親と祖母に対する殺人容疑で再逮捕。5月19日、伯母とその姉に対する殺人容疑で再逮捕。鹿児島地検は6月1日から岩倉被告の鑑定留置を行い、精神鑑定を実施。2度の延長により2019年1月中旬まで鑑定留置を行い、岩倉被告に完全責任能力があると判断。鹿児島地検は2019年1月23日に殺人と死体遺棄の容疑で起訴した。 | |
2020年12月11日 鹿児島地裁 岩田光生裁判長 死刑判決 | |
2023年3月13日 福岡高裁宮崎支部 平島正道裁判長 被告側控訴棄却 死刑判決支持 | |
裁判員裁判。 2020年11月18日の初公判で、岩倉知広被告は伯母、姉、知人男性の3人の殺害について「間違いありません」と述べたが、父親については「包丁を持ち出したので、包丁を落とそうと組み合いになった」と主張。祖母についても「死亡原因が違う。殴って死なせてしまった」と述べた。 冒頭陳述で検察側は「長年折り合いが悪かった祖母に一方的に暴力を振るったことが引き金となり、信頼していた父親にも裏切られたと感じ殺害した。それを機に、一方的に恨みを募らせていた伯父を殺害しようと考え、伯父の依頼を受けて安否確認に訪れた3人を立て続けに殺害した」と指摘した。 弁護側は「10年以上前に妄想性障害を患い、犯行当時は病状が深刻な状態にあった。祖母や伯父を中心とする一派が迫害行為をしているとの妄想を前提とした反撃だった」などと主張。父親に対する行為も正当防衛が成立するとした。 証人尋問には、5人の司法解剖に立ち会った法医学者が出廷。「いずれも首を強く圧迫したことによる窒息の所見がある」とし、祖母についても「亡くなってから首を絞めたとは考えられない」と証言した。 19日の第2回公判で、証言台に立った伯父は、はっきりとした大きな声で被害者の人柄をそれぞれ語った。祖母については「優しく厳格な人だった」、父親のことは「15~20年前に足を骨折して引きずっていたが、仕事熱心な人だった」と振り返った。姉については「思いやりのある優しい人だった」と語り、妻(伯母)らの後に安否確認に来て殺害された近所の男性は「(仕事の)同僚で、人懐っこい人だった」と惜しんだ。また、妻のことを語った際は「一緒に旅行に行こうと話していたのに、もう会えない」などと話し声を詰まらせる場面もあった。事件当時について、伯父は、仕事で県外にいたため伯母と男性に祖母宅へ安否確認を頼んだのは自分だったと明かし「自分が行っていれば」と無念さをにじませた。そして、岩倉被告に対して「憎しみでいっぱい。極刑を望む」と述べた。弁護側は、岩倉被告が10年以上前から発症していた「妄想性障害」の影響で殺害した父親以外の4人が「自分を迫害する一派」だと思い込んでいたとし、出廷した伯父にも岩倉被告に対する嫌がらせ行為などの有無を確認したが、伯父は「想像もつかない。覚えがない」と話した。 20日の第3回公判で、岩倉被告の母親が証人出廷し「私が(被告と)一緒にいれば(殺されるのが)最悪私一人ですんだのに」などと胸中を語った。 24日の第4回公判で被告人質問が行われ、岩倉被告は弁護側の質問で自身が犯行に及んだ経緯を話した。岩倉被告によると、被告は2002年に自衛隊を辞めてしばらくした後、誰かが自分の悪口を言っている声が聞こえるようになったという。2014年に同居していた母親が被告の暴力に耐えかねて家を出て、同市のアパートで1人暮らしを始めた頃、伯父が悪口を言っている声が聞こえ、伯父が自分の悪評を周囲に広めようとしていると確信したとした。岩倉被告は、同級生を地元から転居させて孤立させようとしたり、自分の車を故障させたりなどの嫌がらせを受けたと主張した。岩倉被告は、伯父らの行動について「でたらめじゃない」と声を荒らげる場面もあった。そして、伯父の妻と妻の姉、近所の男性も伯父に協力する一派だと考え、祖母宅に数日間とどまったのは「執拗に嫌がらせなどをしてきた伯父に復讐するためだった」と強調した。岩倉被告は、祖母について、被告の母方の祖父母の悪口を言われたことについて腹を立て殴ったという。また、父殺害は左腕で首を絞め殺したことを認めたが、殺意を否定し「謝りたい」と話した。2人を山中に埋めた理由は「腐敗する姿を見たくなかった」と答えた。 25日の第5回公判で起訴後に精神鑑定を行った鹿児島大学の赤崎安昭教授への証人尋問が行われた。赤崎教授は犯行時に岩倉被告は妄想性障害があったと診断。しかし、妄想性障害は極めて軽微だったとし怒りなどを発端とした人格特性が影響したと指摘した。弁護側が妄想性障害の程度が軽微だと判断した理由について質問すると、赤崎教授は重篤な妄想性障害であれば、嫌がらせなどに対しての抵抗を行うはずだが、岩倉被告は行動を起こしていないことから、軽微な妄想性障害だと診断したと話した。 26日の第6回公判で起訴前に精神鑑定を行った県立姶良病院の山畑良蔵院長への証人尋問が行われた。山畑院長は弁護側の質問に答え、「犯行当時は生来の自閉スペクトラム症(ASD)に加え、重度の妄想性障害を抱えていた。深刻な精神状態にあった」と主張し、「親族らから水道水に毒物を入れられる」などの被告の妄想が行動に影響したと指摘した。山畑院長は、被告の生活の変化などから妄想性障害を発症した時期を2004年前後と推定。一時的に軽減することを繰り返し、長期的には悪化していたとした。病状の深刻さを踏まえ、統合失調症の可能性も示唆した。妄想性障害の悪化により、「思考・行動に異常があった」と指摘。弁護側から動機や行動選択への影響を問われ、山畑院長は「誤った考えに基づく病的感情は、当然行動に影響を与えている」と述べた。さらに岩倉被告が一昨年11月、精神鑑定のため入院していた病院で、同じ部屋の入院患者からも迫害されていると思い込み、首を絞める暴力をしていたとも証言した。 27日の第7回公判で岩倉被告への質問が行われ、検察側は、父親が以前被告にうつ病に関する本を渡したことについて質問すると、被告は「自分は病気じゃないから読まなかった」と述べ「自分は病気だと思うか」との質問には「いいえ」と答えた。 同日、遺族の意見陳述もあり、親族7人が法廷と書面で意見を述べた。父親の妹は法廷で「兄は口数は少ないが優しく、母は女手一つで私を育ててくれた。なぜ自首しなかったのか」と述べた。伯父の妻の娘は終始声を詰まらせながら「母たちがどれだけ痛くて怖い思いをしたか。人間がやることではない」などと話した。伯父の妻とその姉の弟は「姉2人を返せ!」と心情を訴えた。叔父夫婦の息子が岩倉被告に「遺族に何か思うことはないか」と問うと、被告は長い沈黙の後「逆に、なぜあんな陰湿なことをしてきたのか」と2回繰り返した。遺族はいずれも死刑を望むと話した。 12月1日の論告で検察側は、「(親族に嫌がらせを受けているという)妄想は一部の動機形成の遠因となった程度で、軽微」と指摘。「犯行態様は極めて残虐かつ執拗で、むごたらしい」と指摘。いずれの犯行も被告の言動がそもそもの原因で「何の落ち度もない5人の尊い命が奪われた結果は極めて重大だ」とした。検察側は、最高裁が死刑適用に示した「永山基準」を説明して8項目それぞれに理由を述べ、「妄想性障害の影響などを最大限考慮したとしても、社会を震撼させた重大で凶悪な事案。死刑を回避すべき事情は存在しない」と結論付けた。 同日の最終弁論で弁護側は六つの起訴事実のうち、父親の殺害は包丁を持ち出され心中を図ろうとしてきたことへの反撃行為で正当防衛が成立し、祖母の殺害は殴打行為によるもので殺人罪が成立しないと無罪を主張。2人の死体遺棄や他3人の殺害も「妄想性障害」の影響による心神耗弱で刑が減軽され、無期懲役が相当とした。また一審で死刑判決が出ても高裁で無期懲役となった過去の判例も示し、慎重な議論を求めた。 岩倉被告は最終意見陳述で、「妄想の一言で全てを片付けられ、自分の発言をつぶされたのであれば納得いきません」と述べた。被告人質問と同様、迫害を妄想とする鑑定結果などへの不満を口にし、最後まで遺族に謝罪しなかった。 判決で岩田裁判長は、焦点となった妄想性障害について、起訴後の鑑定が「妄想で嫌がらせを受けている親族に抗議をするなど、妄想が重ければしているはずの行動をしていない」として、信用できると判断。「被告は妄想に指示、支配される状況にはなく、抱いていた妄想も切迫したものではなかった」と退け、完全責任能力があったと認めた。そして「犯行には被告人の衝動的、攻撃的、他罰的な性格が影響したと見るのが合理的だ」とした。 また岩田裁判長は、被告が首を絞め続けた行為などからいずれも殺意はあったとした。父親への正当防衛は、被告との年齢差や体格差などを踏まえて「被告が反撃行為に出ることが正当とされる状況ではない」として認めなかった。 そして岩田裁判長は「妄想性障害の影響を考慮しても、5人の命を奪った事実は揺るがない。常軌を逸した凄惨な犯行だ。被害者らに落ち度はなく、人を殺害することへの抵抗感は感じられない。死刑を回避すべき特段の事情は見当たらない。生命をもって罪を償わせるほかない」と述べ、被告に極刑を言い渡した。 死刑言い渡しの直後、弁護側に座っていた岩倉被告が検察側まで駆け込み、「お前のしていることは、許されんぞ」などと大声をあげ、被害者参加人として出廷していた親族にめがけて飛びかかろうとして取り押さえられた。 弁護側は即日控訴した。 2024年10月30日の控訴審初公判で、一審判決後に弁護側が請求し、裁判所が鑑定を依頼した東京科学大学の安藤久美子氏が出廷。証人尋問で、被告は2006年ごろに統合失調症を発症したと指摘。一連の犯行を「被告の現実的思考と病的思考を切り離して説明することは難しい」とした上で、「男女3人の殺害は、統合失調症の影響を受けている」とした。 一審で鑑定を行った鹿児島大学医学部の赤崎安昭教授も出廷。証人尋問で、鑑定では統合失調症に特有の症状はみられず、妄想性障害と診断したと説明。「控訴後の鑑定は、裁判で出た証言に被告が影響されるなど、前提の異なった条件で行われている」と説明した。 裁判所は、弁護側が請求した被告人質問を却下した。 12月24日の第2回公判で、検察側は一審で妄想性障害と判断した鹿児島大学の赤崎安昭教授と、控訴審で統合失調症と認定した東京科学大学の安藤久美子氏の鑑定結果を基に、妄想が各犯行に与えた影響について言及。「精神障害が各犯行に与えた影響はない。完全責任能力は認められると立証し、一審判決は正当」と控訴棄却を求めた。弁護側は心神耗弱により自身の行動を制御する能力が著しく低下していたと主張。5人の殺害は統合失調症による妄想の影響で、意思をコントロールできなかったため被告に完全責任能力はなかったと主張。また丁を持ち出してきた父親の殺害は正当防衛と主張した。死体遺棄については、精神障害の影響を排除した一審判決を誤りだと指摘した。そして一審判決の破棄を求め結審した。 判決で平島正道裁判長は、精神鑑定の結果について「鑑定人は、岩倉被告が妄想で常に行動が支配されている状態にあったとまでは述べていない」とした上で「どの犯行も、怒りや犯行の発覚を防ぐことなどが直接の動機で、被告の衝動性や他罰的な人格の特性が大きく影響した。精神障害の影響は、あっても軽微なものにとどまる」と、完全責任能力を認めた。また正当防衛の主張に対して「父親の行為は祖母を防衛するための行為で、被告が危険を回避することは容易だった」と判断。弁護側が争った父親と祖母への殺意も認めた。そして「人を殺害することに抵抗感を感じさせない常軌を逸した凄惨な犯行。身勝手な理由から特に落ち度のない5人もの命を奪った結果は極めて重大だ」「死刑の適用は慎重に行わなければならないことを踏まえても、刑事責任はきわめて重大で一審の判決が重すぎて不当であるとはいえない」として死刑はやむを得ないと結論付けた。 被告側は即日上告した。 | |