岩間俊彦 | |
42歳(2016年5月逮捕時) | |
2014年10月19日/2015年8月31日~9月1日 | |
殺人、詐欺、詐欺未遂、電磁的公正証書原本不実記録・同供用罪、有印私文書偽造・同行使罪 | |
マニラ連続保険金殺人事件 | |
山梨県笛吹市の元飲食店経営、岩間俊彦被告は、韮崎市の整骨院院長の男性Tさんの死亡保険金をだまし取る計画を立て、甲府市の無職K・S被告と、笛吹市の会社社長Nを誘った。岩間被告とK・S被告は、住所不定無職K被告と、K・S被告の元妻でフィリピン国籍のS被告に、殺害の実行犯を探すように依頼。K被告はフィリピンで日本人の男に、Tさんを殺害する実行犯の手配を依頼した。岩間被告とK・S被告、Nは、「フィリピンで新事業を設立する資金が必要だ」などと持ちかけて4人で資金を出し合うと伝えて、Tさんから300万円を騙し取り、その一部を殺害の報酬に充てた。その後、岩間被告、Nが私的旅行の費用に充てるため、Tさんから70万円を詐取する計画を立て、K・S被告が加わり、だまし取った。 岩間、K・S被告とK被告がTさんをフィリピンに誘った。2014年10月19日午前0時半(現地時間10月18日)ごろ、マニラ南部でTさん(当時32)をK被告がタクシーに乗せて連れ出し、自分だけ下車した後、バイクで近づいた実行犯に射殺させた。S被告は、Tさんの顔写真を用意したり、殺害の実行犯に支払う現金を保管したりして、殺害を手助けした。K被告は仲介役と実行役に成功報酬を含め計40万ペソ(約92万円)を支払った。 岩間被告とK・S被告は高校の同級生。岩間被告はTさんの整骨院に通院、他の3人は岩間被告を通じてTさんと知り合った。 岩間被告は元々Nを殺害する予定で、K・S被告を誘った。ところが岩間被告とTさんが、台湾での共同事業を巡って対立。そのため、殺害の対象はTさんに代わった。そしてK・S被告とNは、Tさんを「一緒にフィリピンでビジネスを行おう」と説得。岩間被告とNが、Nの会社を受取人とする約1億円の海外旅行保険に、Tさんを加入させた。この会社には、岩間被告、K・S被告が役員に名を連ねていた。 事件後、岩間被告らが会いたいとTさんの父親に繰り返し連絡。Tさんの保険金がNの会社へ支払われる際には、Tさんの家族の押印が必要だったためで、不審に思った父親らが面会を拒否。そして12月1日に契約が解除されたため、保険金は支払われなかった。 岩間、K・S両被告はNとともに、K被告の殺害も計画。2014年12月から2015年3月までの間、同社名義の2億円の生命保険契約を結び死亡保険金を得ようと、K被告が同社の取締役に就任したとする虚偽の申請を法務局に提出するなどした。しかしK被告は2015年3月23日、行方不明となったため、犯行は行われなかった。 岩間被告とNは金銭を巡るトラブルで仲たがいし、岩間被告が保険金殺害計画をK・S被告に持ちかけた。K・S被告は、自首したK被告の行く先を知っている人物がいると嘘をつき、Nをフィリピンに誘い出した。2015年5~7月、K・S被告は殺害のために3回フィリピンに渡航したが、うち2回は実行犯を手配できず、1回はNがパスポートを忘れたと引き返したため、いずれも失敗。その後、K・S被告は仲介役を通して実行犯を手配。2015年8月31日~9月1日、マニラ南部で、実行犯がNを銃で撃って殺害した。Nには約5,000万円の海外旅行保険が掛けられていた。なお、この件でも保険金は支払われていない。 K・S被告は2015年10月、山梨県警に犯行を自供。県警は刑法の国外犯規定に基づいて捜査を行い、2016年2月にはフィリピンに捜査員を派遣して関係者から事情を聞くなどしてきた。県警捜査1課は5月12日、Tさんへの殺人容疑で岩間被告、K・S被告、K被告、元妻を逮捕した。元妻は後に殺人ほう助で起訴されている。6月7日、Nへの殺人容疑で岩間被告、K・S被告を再逮捕した。 岩間俊彦被告は他に2010年10月、男性(懲役刑が確定、出所済み)と共謀し、男性が岩間被告の飲食店に車をぶつけ、保険会社から計約995万円をだまし取った。また2014年4月にも自動車事故詐欺を起こしている。 | |
2017年8月25日 甲府地裁 丸山哲巳裁判長 死刑判決 【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい) | |
2019年12月17日 東京高裁 青柳勤裁判長 被告側控訴棄却 死刑判決支持 | |
裁判員裁判。岩間俊彦被告は逮捕当初から犯行を否認している。区分審理が適用され、詐欺・詐欺未遂事件と殺人事件で審理が分けられた。 2017年5月11日、詐欺未遂事件等の審理の初公判が行われ、岩間被告は起訴内容について「当事者でもなく、計画も共謀もしていない」などと述べ否認した。 冒頭陳述で検察側は「岩間被告は書類を偽造して、殺害された男性の遺族から現金をだまし取ろうとした」と指摘。弁護側は「岩間被告に多額の債務はなく、金銭を得るために事件を引き起こす強い動機はない」と反論した。 17日の公判で自動車事故詐欺の共犯者が証人として出廷し、岩間被告に持ちかけられたと証言した。 25日の公判で岩間被告は、全ての事件について否認した。 26日の公判で岩間被告は、2014年の自動車事故詐欺について、K・S受刑者やNの犯行であると関与を否認した。また保険金詐欺未遂については、K・S受刑者に騙されて行動したと主張した。 6月8日、甲府地裁は詐欺、詐欺未遂事件について全て有罪の判決を言い渡した。丸山哲巳裁判長は「Tさんの死亡後、岩間被告がTさんの印鑑を作成して念書を偽造した」などとし、架空請求と認定。「共犯者に指示するなど積極的な役割を果たしていた」と指摘した。他の事件でも同様、「岩間被告が犯行を計画した」と結論付けた。 6月12日、殺人事件の審理の初公判が行われ、岩間被告は「計画したり実行したりしたことはない。共謀したこともない」と述べ、起訴内容を否認した。 検察側は冒頭陳述で、保険金目的殺人の行為は悪質で岩間被告は計画全体を主導したと主張した。弁護側は、K・S受刑者らが刑事責任を軽くするために岩間被告に濡れ衣を着せたと主張。フィリピンには2014年まで行ったことが無く、現地を知っているのはK・S受刑者らであり、岩間被告はK受刑者やS受刑者とは数回程度しか会ったことが無かった。経済的にも犯罪行為に及ぶほど困窮しておらず、保険金殺害の計画、実行した事実はないと主張した。 13日の第2回公判でK・S受刑者が出廷し、「Tさんを殺害する約3か月前に、岩間被告から実行犯を探すよう頼まれた」と述べたほか、最初の標的はNだったと明らかにした。K・S受刑者はこのほか、N殺害を自分だけのせいにされることを恐れ、岩間被告との会話を録音していたことも明かした。 15日の第3回公判でTさんの父親が出廷し、事件直後に会ったこともない岩間被告から、電話やLINEで保険金関係の手続きをするよう指示があったことを明らかにした。また事件に関して、岩間被告から聞いた内容と現地警察の説明が食い違っていたことから、「息子の殺害に岩間被告らが関与した疑いが芽生えた」と述べた。Tさんの保険金を受け取ったかについては、「犯人が掛けた金はいらない」と答えた。 16日の第4回公判でK受刑者が出廷し、岩間被告から強い口調でTさん殺害について指示を受けたとし、「『銭、金じゃねえ』と強い口調で言われた。Tさんに恨みつらみがあるんだと思った」と証言した。 19日の第5回公判でS受刑者が出廷し、「岩間被告から『ヒットマンを知ってるか』と言われた」と証言。K・S受刑者から「うまくいけば保険金がおり、岩間被告から金がもらえる」と説明を受けたとした。検察官に「誰が計画のボスか」と問われ、「岩間被告です」と答えた。Tさんらの傷害保険加入などの手続きを行った保険代理店の男性も出廷。「岩間被告の依頼で、TさんらがNの会社名義の海外旅行保険や傷害保険に入る手続きをした」と証言し、受取人欄が空欄だった理由は「岩間被告に言われたから」と説明した。 20日の第6回公判で、保険代理店の男性が出廷。男性はTさんらの海外旅行保険の加入手続きを担当した際、「岩間被告からフィリピンで行う事業の視察に行くと説明を受けた」と明かした。Tさんの死を知った経緯について「現地にいる岩間被告から電話で聞いた」と説明。「傷害保険が下りるか聞かれた。事件性があるから下りないと答えた」と述べた。 22日の第7回公判で、岩間被告の知人男性が出廷。男性が岩間被告のパスポートを取り上げたとする岩間被告らのLINEでのやりとりを「うそのメッセージだ」と否定。Tさんから70万円をだまし取る口実に利用されたとして、「怒りを感じる」と述べた。同日、弁護側の証人として岩間被告の妻が出廷。Tさん死亡時の岩間被告の様子を「泣いて落ち込んでいた」と証言。事件前、岩間被告とTさん、K受刑者が一緒に食事をしていたと説明を受けたとし、「TさんとK受刑者はタクシーで出掛け、タクシーが襲われてTさんが殺され、K受刑者は行方不明になったと聞いた」と述べた。 23日の第8回公判で、岩間被告への被告人質問が行われた。弁護側のS受刑者にヒットマンを雇う依頼をしたかという質問に「(S受刑者とは)ほとんど内容のある会話をしたことがなく、依頼もしていない」と否定。また岩間被告がTさんと事件前に金銭を巡るトラブルになり、K・S受刑者に殺意を打ち明けていたとされることについて「言っていないし、(トラブルは)私が100%悪いことであり、恨みは一切ない」と否定した。 27日の第10回公判における被告人質問で検察側は、岩間被告の自宅にあった本に、実体のない法人、その口座を設けて社員に保険金を掛ける手口があり、K・S受刑者が証言した計画と似ていると指摘。岩間被告は「他の漫画と併用して読んだ。悪用はない」と説明した。押収物やメールのやりとりなどに岩間被告が関わり、K・S受刑者の証言内容と合致すると指摘。証言の正確性をただしたが「違います」と否定した。質問はK・S受刑者が録音していた岩間被告との会話に及び、「おれんとう、売り飛ばされちもうよ」と発言した真意を聞いた。岩間被告は、Nによって「Tさん殺害で自分とK・S受刑者を警察に売られるということ」と説明した。一方、弁護側はこの日、Tさんからだまし取ったとされる70万円の詐欺について「架空請求」とした主張を取り下げた。 29日の第11回公判からNさん殺害についての審理が始まった。検察側は、岩間被告がK・S受刑者らと共謀し、実行役をフィリピンで雇ってNさんを殺害したと主張。実行役に成功報酬を渡すため、フィリピンに20万円を送金したと述べた。弁護側は「(Nさん殺害には)一切関与していない」と否定。送金についても「Nさんの遺体を日本に搬送するため必要と(K・S受刑者から)頼まれた」と反論した。 30日の第12回公判でK・S受刑者が出廷し、Nさんが殺害された事件を巡って「岩間被告の指示でNさんの会社の取締役に就任した。(事件後に)保険金を請求するように促された」と説明し、「Nさんの事件は自分のせいになると思った」と証言した。K・S受刑者は県警に自供後、家族が暮らすフィリピンへ渡ったが帰国した理由を問われ、Tさんが殺害された事件について「Nさんが首謀者になってしまうから」と説明。「今も否認しているやつがいる。本当のことを知らせて良かった」と述べた。またNさんが生前、K受刑者を探していたことにも質問は及んだ。Nさんの目的を問われ「(Tさんの事件で)岩間被告が首謀者だと証言してもらい、ビデオカメラで撮影するつもりだった」と述べた。 7月3日の第13回公判でK・S受刑者が出廷し、Nさん殺害後の実行犯への報酬について、日本からの送金方法を岩間被告に提案した際、「自分の名前が残るから嫌だと言われた」と明かした。また、一連の事件への関与を県警に自供後、岩間被告との会話を録音していた理由については、「岩間被告が主犯だということが(証拠として)出てこないから」と説明した。最後に検察側から岩間被告に言いたいことを聞かれ、「やったことを償ってほしい。全てを話してほしい」と述べた。 4日の第14回公判で、保険の手続きを担当した保険代理店の男性が出廷。岩間被告はNさんの失効していた生命保険の復活について依頼する際、「金を貸しているから、何かあっても困るので復活させてください」と話したと証言した。また、Nさんが殺害された後、岩間被告からNさんの保険について問い合わせがあったとも証言。「保険を請求するにはどうしたらいいか聞かれた」と述べた。 5日の第15回公判で、岩間被告の知人男性が出廷。男性は、K受刑者の居場所をメモに残し、Nさんはメモを持ってフィリピンへ渡った。男性はNさん殺害が報道される前に「岩間被告から(Nさんは)撲殺され、捨てられていたと聞いた」と証言。メモは「岩間被告から(岩間被告が書くと)筆跡でNさんに気付かれると言われ、自分が書いた」と説明した。 6日の第16回公判で、岩間被告の妻が出廷。Nさん殺害後に岩間被告がK・S受刑者に送った金の原資について、「主人が両親に頼んで貸してもらっていた」と証言。金が必要な理由について「Nさんの遺体搬送費と言っていた」と述べた。 10日の第17回公判で、弁護側はNさんを殺害したとされる殺人罪などの公判の心境を質問。岩間被告は「人生の4分の3を過ごした友人のことでこんなことになり、惨めでつらい」と述べた。殺害計画の持ち掛けや実行犯への送金は否定した。検察側は、K・S受刑者がフィリピンから岩間被告に送ったとされる殺害実行を確認するメールの文言の受け止めを質問。岩間被告は、自分がフィリピンへ行くかどうかを確認する内容と受け止めたとした。また検察側は「殺害計画がばれるかもしれないのに、K・S受刑者がNさんに近い存在のあなたをフィリピンに呼ぶのか」と指摘し、岩間被告は「分からない」と答えた。 11日の第18回公判でNさんの息子の意見陳述を検察官が書面で代読。「岩間被告は父の30年来の友人で、父の性格を分かっていてだまし、利用した。残忍な岩間被告に大切な命を奪われて悔しいし、悲しい」とし、「一番重い刑にして、父の無念や恐怖を味わってほしい」と訴えた。Tさんの両親も意見陳述し、極刑を求めた。同日、岩間被告は検察側の被告人質問で、自白する意思の有無を問われて「僕はやっていないから」と述べ、答えに悔いはないか聞かれると「はい」とした。検察側は銃撃されたTさんが搬送先の病院で岩間被告の名前を連呼したことについても聞いた。岩間被告は「僕に連絡をしてほしかったのかな」と話した。Nさんと岩間被告とのトラブルについての質問に対し、岩間被告は「僕、犯人じゃないから。関係ない」と主張した。Nさんが殺害される直前に「痛いよ、助けて」と叫び、共犯者とされるK・S受刑者に助けを求めた話の感想を求められ、「K・S受刑者はひどい」とした。 13日の論告で検察側は、K・S受刑者が法廷で述べた「岩間被告から保険金殺人を誘われた」などの証言を列挙。通信アプリに残されていた記録をはじめ、客観的な証拠と矛盾点がなく、信用性が高いとした。その上で、岩間被告が中心となって、被害者2人の保険加入手続きを進めていたと指摘し「事件を主導する立場にいたことは明らか」と主張し、首謀者と指摘した。「全ての犯行を共犯者に押し付ける言動をしており、反省の態度がない。金銭を目的とした動機は非人間的で3人目の殺害も計画していた。犯行は巧妙で冷酷、残忍。2人の生命を奪った結果は重大だ」として死刑を求刑した。 同日の最終弁論で弁護側は、岩間被告が保険金を受け取っていなかったことに言及。「K・S受刑者らが意思疎通がなかった岩間被告を事件に引きずり込もうとしたため、計画がずさんになった」とし、K・S受刑者らの証言の信用性を否定した。そしてK・S受刑者らに濡れ衣を着せられたと、無罪を主張した。 岩間被告は最終意見陳述で「何もしていないのにどうしてこの場にいるのか分からない。善意で取り次いだだけなのに『主導した』と言われる。断じてやっていない」と述べた。 判決で丸山哲巳裁判長は、「岩間被告が首謀者だった」とした共犯者の供述について「客観証拠と整合し、信用性を高め合っている」と指摘。被告側の弁解は「不自然、不合理で具体性を欠く」と退け、共謀の成立を認めた。そして「被告が殺害された2人の保険金の契約をみずから行い、受け取り先に自分が大株主だった会社を指定し、ほかの共犯者に殺害計画を実行するよう指示した」と指摘。さらに犯行の発覚を免れるために被害者をマニラに誘い出し、現地の実行役に殺害させたと認定。「非常に巧妙で計画性が高い。犯行態様も極めて冷酷、残虐だ。人命軽視の度合いが甚だしい。金銭を得るためには手段を選ばない非道さ、強欲さがある。死刑選択はやむを得ない」と述べた。 2019年3月26日の控訴審初公判で、弁護側は「K・S受刑者が自分に都合の良い話をし、岩間被告を首謀者にしたてた」と述べ改めて無罪を主張した。 4月16日の控訴審第2回公判で弁護側による被告人質問が行われ、岩間被告は改めて2人の殺害を否認し、うち1人について「女性絡みで殺されたと聞いた」などと述べた。また、共犯のK・S受刑者を名指しし「私に成り済ますなどして暗躍していた」と主張した。 5月23日の控訴審第3回公判で検察側の被告人質問が行われ、共犯のK・S受刑者を名指しし、「自分になりすまされた」などと主張したことに対し、被告の証言が不自然だとする検察側の主張を否定した。 7月18日の控訴審第4回公判で、弁護側の証人として岩間被告の知人男性が出廷。K・S受刑者がTさんの借金を回収しようとしていたが、岩間被告が止めようとしたと主張。「(岩間被告は)『無理だよ』と回収をあきらめるよう言っていた」と証言した。 9月12日の控訴審第5回公判で、弁護側は弁論で「積極的に保険金を引き出そうとしたのはK・S受刑者。自らの罪を軽くしようと岩間被告に殺人犯の汚名を着せようとしている。K・S受刑者をいさめており、そもそも殺害に関与していない」と無罪を主張。検察側は「弁護側の主張は正当ではなく、いずれも理由がない」などと控訴棄却を求め、結審した。 判決で青柳裁判長は、K・S受刑者の「被告が首謀者」とする証言の信用性を認めた一審を追認した。さらに「被告の身辺に犯行に関係する重要な書類があり、男らを主導する内容のメッセージも発信していた」と指摘し、弁護側の主張を退けた。 2023年4月20日の最高裁弁論で、弁護側は、K・S受刑者が一連の事件の主犯であり、「K受刑者の証言は信用できない」と説明。岩間被告は事件に関与していないと無罪を主張した。検察側は一連の事件はいずれも岩間被告の関与なしに遂行するのは困難で、首謀したのは明らかなどと指摘。「保険金目的で1年の間に2人の命を奪ったことは生命軽視にあたり戦慄を覚える。自分の手を汚さず確実に殺害しようとしたことは計画性が極めて高く、悪質な態様。一貫して否認し共犯者に罪を押し付けていることから反省は皆無」などと上告の棄却を求めた。 | |
K・S被告は2017年2月14日、甲府地裁(丸山哲巳裁判長)で無期懲役(求刑同)の判決が言い渡された。主導的な役割を果たしていないこと、自白して積極的に真相解明に協力したため、死刑求刑は免れた。控訴せず、確定。 Tさん殺人の実行役の手配を行ったとして殺人罪等に問われたK被告は2016年11月14日、甲府地裁(丸山哲巳裁判長)で懲役15年(求刑同)の判決が言い渡された。K被告はフィリピンに住む家族と一緒に生活するため、犯行と一緒に持ちかけられた共同事業に加わりたいと考え共謀した。2017年5月16日、東京高裁(朝山芳史裁判長)で被告側控訴棄却。上告せず、確定。 Tさん殺人を手助けしたとして殺人ほう助罪に問われたK・S被告の元妻でフィリピン国籍のS被告は2016年12月22日、甲府地裁(丸山哲巳裁判長)で懲役6年(求刑懲役7年)の判決が言い渡された。控訴せず、確定。 NはTさん殺人容疑で2016年7月13日に書類送検され、容疑者死亡で不起訴となっている。 2017年1月13日、フィリピン警察当局は、Tさん射殺の実行犯としてフィリピン人の男を殺人容疑で逮捕した。男はN殺害にもかかわった疑いがある。また、別のフィリピン人の男も事件に関わっていたとみて行方を調べている。ただし、日本とフィリピンの間には犯罪人引き渡し条約が結ばれてなく、男が日本で裁判を受ける可能性はほぼない。県警や甲府地検は、捜査段階で男の存在を把握していたが、日本の警察権はフィリピンに及ばないため、逮捕することはできなかった。また、今までの裁判の判決でも、実行犯は特定されていない。 2019年3月15日、フィリピン警察はフィリピン人の男に殺害を指示したとして、殺人容疑で首都マニラ在住の日本人男性容疑者を逮捕した。男性は殺害の関与を否定している。 |
上村隆 | |
44歳(2011年4月、逮捕時) | |
2009年4月~2011年2月10日 | |
殺人、生命身体加害略取、逮捕監禁致死、逮捕監禁 | |
姫路連続監禁殺人事件 | |
住所不定、無職上村(うえむら)隆被告は、兵庫県姫路市のパチンコ店運営会社の実質経営者であった、韓国籍のC被告の指示を受け、以下の事件を引き起こした。
2013年10月23日、県警暴力団対策課などはSさんへの殺人容疑でC被告と、上村隆被告を逮捕した。 2014年3月6日、県警暴力団対策課などはTさんへの逮捕監禁致死容疑でC被告と上村隆被告、その他3人を逮捕した。 11月14日、県警暴力団対策課などはMさんへの逮捕監禁容疑でC被告と上村隆被告、その他3人を逮捕した。 2015年2月18日、県警暴力団対策課などは知人男性への逮捕監禁容疑でC被告と上村隆被告、その他1人(後に起訴猶予)を逮捕した。 6月10日、県警暴力団対策課などはMさんへの殺人容疑で上村隆被告を逮捕した。10月23日、殺人容疑でC被告を逮捕した。社長の遺体や拳銃は見つかっていないが、社長の生存が長期間確認できないことなどから同課は社長が殺されたと判断した。 | |
2019年3月15日 神戸地裁姫路支部 藤原美弥子裁判長 死刑判決 | |
2021年5月19日 大阪高裁 宮崎英一裁判長 被告側控訴棄却 死刑判決支持 【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい) | |
裁判員裁判。 2018年10月1日の初公判で、上村隆被告は起訴内容を否認。C被告の関与についても「共謀や指示はなかった」と全面的に否認した。 冒頭陳述で検察側は「C被告からもらえる金を目当てに、共謀して4人の男性を連れ去り、殺害や監禁によって3人の命を奪った」と指摘。 弁護側は2人の遺体が見つかっていないことなどから、「いずれの事件についてもC被告と共謀した事実はなく、有罪を裏付ける客観的証拠がない」と無罪を主張した。 2019年2月7日の論告で検察側は「被害者とは面識も個人的な恨みもなく、C被告からもらえる金目当ての犯行だった」とした上で、「肉体的にも精神的にも屈服させ、3人の命を奪った。人間の尊厳を踏みにじる冷酷で悪質な犯行。遺族に謝罪もなく、無反省な態度からは更生の意欲もみられない」と指弾した。 判決で藤原裁判長は、無罪を主張していたMさんの事件について、「拳銃で殺害し遺体を焼却した」と上村被告から打ち明けられたとする関係者の証言が信用できると認定した。他の事件についても、犯行の経緯を打ち明けられたとする知人の証言や状況証拠などを踏まえ、Mさんの事件を含む3人全員の殺害・死亡についてC被告の関与を認定し、被害者らとの間に過去の刑事事件に絡む怨恨や融資トラブルを抱えていたC被告が主導したと判断。上村被告がC被告の下で「裏仕事」をし、報酬目当てにC被告の指示に従って実行したと指摘したうえで、「上村被告が果たした役割は重要かつ必要不可欠なものだった。3人の人命が犠牲となった結果は重大。不合理な弁解を繰り返し、反省していない。首謀者が他にいることをもって死刑を回避する理由にはならない。極刑をもって臨むほかない」と述べた。 弁護側は即日控訴した。 控訴審初公判は当初2020年11月に予定されていたが、延期された。 2021年2月19日の控訴審初公判で、弁護側は「従属的だった被告の量刑が重くなるのは不当」と主張。遺体が見つかっていないMさんに対する殺人罪などで「事実誤認がある」と無罪を主張した。検察側は控訴棄却を求め即日結審した。 判決で宮崎英一裁判長は一審同様、上村被告から犯行の経緯を打ち明けられたとする知人の証言などから、両被告が元社長ら3人の殺害や死亡に関与したと認定。上村被告は、報酬を得る目的でC被告の指示に従い、犯行に及んだと判断した。そして一審の事実認定について「論理的、経験則に照らしても不合理なところはない」として弁護側の無罪主張を退けた。指示役よりも刑が重いことについては、C被告の裁判とは異なる証拠をもとに審理され、1件の殺人について無罪となるなど前提となる犯罪事実が異なることから、不均衡だとはいえないと説明した。宮崎裁判長は、「実行犯の中で重要な役割を果たし、刑事責任は極めて重い。従属的とはいえ、自らの意思で犯行に及んでおり、死刑はやむを得ない」と述べ、死刑とした一審神戸地裁姫路支部の裁判員裁判判決を支持した。 | |
一連の事件で兵庫県警はC、上村被告のほかに15人を逮捕し、14人は有罪が確定している。 審理期間は166日間で、これは裁判員裁判で過去最長の207日となったC被告に次ぐ2番目の記録である。 主犯のC被告は2018年11月8日、神戸地裁姫路支部(木山暢郎裁判長)の裁判員裁判で求刑死刑に対し、無期懲役判決。広告会社社長Mさんの殺害容疑については無罪判決が出ており、本裁判とは異なる判決となっている。2021年1月28日、大阪高裁(和田真裁判長)で検察・被告側控訴棄却。被告側のみ上告中。 |
中田充 | |
38歳 | |
2017年6月5日~6月6日 | |
殺人 | |
警官妻子3人殺害事件 | |
福岡県小郡市の県警巡査部長、中田充(みつる)被告は2017年6月5日夜から6日朝の間に、自宅1階の台所またはその近くで、妻(当時38)の首を何らかの方法で圧迫し、2階の寝室で、小学4年の長男(当時9)と小学1年の長女(当時6)の首をひも状のもので絞め、それぞれ殺害した。司法解剖の結果、死亡推定時刻は妻が6日午前0~9時、子供2人は同0~5時とされる。 中田被告は2002年10月に任官。警察署の交番や自動車警ら隊などを経て、2016年8月から県警通信指令課に勤務していた。 同日午前8時40分ごろに小学校から「長男と長女が来ていない」と中田被告に電話があり、依頼されて9時20分ごろに訪ねてきた妻の姉が遺体を見つけ「妹が自殺している」と通報した。当初は母親に目立った外傷がなかったことや、中田被告や姉が育児に悩んでいたと証言。妻の遺体の近くには練炭のようなものが置かれていたことなどから、妻による無理心中の可能性があると県警は発表したが、司法解剖の結果殺人であることが判明し、7日に捜査本部を設置。中田被告は県警に対し6日午前6時45分ごろ家を出たが、「3人は寝ていた」と話した。しかし、司法解剖の結果、子ども2人は同日午前5時までに死亡していたとみられることが判明。出勤前に子ども2人は既に死亡していたことになり、現場の状況と食い違うことから、県警は事情聴取を続けた。8日、県警は中田被告を妻の殺人容疑で逮捕した。13日、県警は中田被告を懲戒免職とした。関与を示す証拠が乏しいため捜査が長期化。家族以外に自宅に侵入した形跡がなく、妻が子どもを殺害する動機がないことなどから、2018年2月21日、2人の子供の殺人容疑で中田被告を再逮捕した。 | |
2019年12月13日 福岡地裁 柴田寿宏裁判長 死刑判決 【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい) | |
2021年9月15日 福岡高裁 辻川靖夫裁判長 被告側控訴棄却 死刑判決支持 【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい) | |
裁判員裁判。 2019年11月5日の初公判で、中田充被告は「一切身に覚えがなく事実無根。直接的な証拠や動機が見当たらないのに、理不尽な理由で起訴された。間違いなく冤罪です」と無罪を主張した。 検察側は冒頭陳述で、2005年の結婚後、生活態度などに関して妻から繰り返し叱責されるようになり、残業と偽って家に帰らなくなるなど夫婦関係が悪化。同僚に「(妻に)死んでほしい」と話し、事件前には離婚話も出ていたと背景を説明した。事件当日には、妻から励まされていた5回目の昇任試験に落ちたとの連絡があったことも指摘した。また「被告による犯行を直接証明する証拠はない」と認めた上で(1)被告が事件当日は家にいた(2)自宅付近の防犯カメラ映像や歩数計アプリの履歴などから、被告は3人の死亡推定時刻に自宅にいて、活動していた(3)妻子の周りにライターオイルがまかれており、被告の勤務先のロッカーに使い残しのライターオイルが保管されていた(4)自宅に第三者が侵入した形跡がない(5)中田被告に新しい傷があり、妻の首から採取した微物のDNA型が被告と一致――などと指摘。こうした状況証拠を積み重ねて有罪を立証すると述べた。 弁護側は「アプリの履歴だけで被告が起床していて、犯行までしたといえるか。防犯カメラに死角があり、第三者が侵入した可能性を否定できていない」などと、証拠に「穴」があると疑問を投げ掛けた。検察側が考える3人の死亡推定時刻は、最大9時間半も幅があるため「本当に死亡推定時刻を特定できているのか」と捜査の不十分さにも言及した。そして「夫婦関係は悪かったが、殺害の動機につながるものではない」と反論。「状況証拠を積み重ねても直接の証拠はなく、被告が犯人とは断定できない。検察側の主張では第三者が介在した可能性を否定できない」とした。 同日、現場の鑑識に当たった福岡県警捜査員は「玄関ドアは不正な方法でこじ開けられた痕跡はない」と証言し、外部の侵入や第三者の犯行を疑わせる事情はないことを立証しようとした。 6日の第2回公判で、検察側証人として3人の司法解剖を担当した医師が証言。3人の死後硬直の状況や直腸内の温度を基に「いずれも未明に死亡したと考えるのが自然で、午前6時半より前の死亡は確実」と述べた。中田被告は捜査段階の調べなどで、死亡推定の時間帯に在宅し午前6時50分ごろ出勤したことは認めているが、「出勤した際に3人は寝ていた」と説明している。弁護側は「気温や湿度により死亡推定時刻は変わる」と反論した。 15日の被告人質問で中田被告は「家族のためにもう一度捜査して犯人を捕まえてほしい」と改めて無罪を主張した。被告は同6時の起床時には全員寝ていたと説明。検察側が殺害時に抵抗されてできたと指摘する左腕の傷は「前夜に風呂から出た時、妻からたたかれ付いたと思う」と述べた。また、被告のスマートフォンの記録から被告は6日未明に活動していたとする検察側の主張には「妻から定期的にスマホを点検すると言われており、妻が操作したのかと思った」と反論。「子供が一番大事で、子供のために死ぬことはあっても手をかけることは絶対にない」とも語った。 18日の中間論告で検察側は、①殺害時刻とされる2017年6月6日未明に、被告のスマートフォンのアプリに自宅の1階と2階を上り下りした記録がある②被告の左腕に真新しい傷がある③第三者の侵入はうかがえない――などの間接証拠を列挙。さらに夫婦が長年不仲で、事件直前には警部補昇任試験に不合格となったことを妻から責められるなど「動機となり得る事情」があったと主張し、「これだけの事実が偶然に重なることはあり得ない」と結論付けた。 弁護側は、スマホは妻が操作した可能性があり、左腕の傷も事件時のものとは限らないと反論。昇任試験の結果は妻に伝えておらず、子供との関係も良好で殺害動機はないと訴えた。 12月2日の論告で検察側は、被告が事件後に普段通りに出勤し、他人の犯行であるかのように振る舞ったとして「無理心中とは全く異質の身勝手かつ自己中心的な犯行」と主張。また、3人が数分間にわたり首を絞められて殺害されていることから「強固な確定的殺意に基づく、冷酷かつ残忍な犯行だ」と非難した。これら事件の悪質性を踏まえ、事件に計画性が認められない点や、殺害の動機が明確になっていない点が死刑回避の理由にはならないと強調。さらに、事件後に3人の遺体をつなぐようにライターオイルをまいて燃やすなど証拠隠滅を試みたと主張、遺族の厳しい処罰感情などからも、3人が死亡した他の殺人事件と比較し死刑が相当と結論付けた。 弁護側は同日の最終弁論で、いずれの証拠も「被告を犯人と推認するものではない」とし、第三者が殺害した可能性を指摘するなど無罪を主張した。また無罪が認められなかったとしても、量刑については「死刑の適用は回避されるべきだ」と主張。過去の判例から、殺害への計画性の有無は、死刑かそれ以外かを分ける大きな点であると主張した。その上で、事件後の証拠隠滅行為も場当たり的で計画性はなく、現職警察官が逮捕されたとはいえ「被告が権限利用した犯罪とは異なる」と指摘。被害者が3人の殺人事件の判決を挙げ、「死刑は生命を奪う究極の刑。特別な検討が必要で、特に慎重に考えるべきだ」と訴えた。 最終意見陳述で中田被告は、「量刑に関して言うことはない。適切な判断をお願いします」と述べた。 判決で柴田裁判長は、仮に第三者の犯行だとすると、この時間に自宅にいた被告に「気付かれることなく3人を殺害したとは考えられない」とし、周辺の防犯カメラ映像や自宅の指紋状況などからも第三者侵入の可能性を排除した。その上で、被告の左腕に妻が抵抗した際に付いたとみられる傷があり、妻の右手薬指の爪の間から採取した微物が被告のDNA型と一致したことなどは、妻を殺害した犯人と裏付けるものだと指摘。動機は「不明」としつつも、被告が妻から日常的に叱責されるなどしていたことを踏まえ、育児や県警の昇任試験などをめぐる夫婦関係の悪化を挙げ、「何らかのきっかけでこれまでの鬱憤を爆発させ、衝動的に犯行に及んだとみるのが自然」と述べた。さらに、妻が日ごろから熱心に子育てに取り組み、事件以降の子供の予定も入れていることなどから、妻が子供2人を殺害した可能性も否定。「妻を殺害した被告が冷静さを欠いた心理状態のまま衝動的に子供たちを殺害したという想定は可能」と判断した。また、3人の遺体をつなぐようにライターオイルをまいて火をつけた痕跡があることについて「証拠隠滅を図ろうとしたと推測できる」と指摘。「現職警察官が妻子3人を殺害したという衝撃的な事件で社会的影響も軽視できない。結果は重大で、とりわけ子供たちを殺害したことに酌量の余地はなく、犯行態様が非常に悪質」と指弾し、「計画性は認められないとはいえ、死刑の選択は免れない」と結論づけた。 2021年4月23日の控訴審初公判で、弁護側は「事実誤認がある」などとして改めて無罪を主張する一方、検察側は、控訴棄却を求めた。 5月14日の第2回公判で、弁護側は無罪を主張しつつ、有罪だとしても「刑事責任能力に関する審理が尽くされていない」として被告人質問や精神科医の証人尋問を求めたが、辻川靖夫裁判長は「いずれの必要性も認められない」と退けた。 7月9日の第3回公判における弁論で弁護側は、遺体の硬直状況などから死亡推定時刻は被告が自宅を出た後で、第三者が3人を殺害した可能性があると主張。「死刑は究極の刑罰。慎重な事実認定が求められる」と訴えた。検察側は「中田被告の出勤前に亡くなったとした医師の判断に不合理な点はないとして、一審の判断は合理的で、弁護側の主張は失当」と控訴棄却を求めて結審した。 判決で辻川靖夫裁判長は、遺体の状態から、被告が出勤する前3人が死亡していたとする法医学者の証言を信用できるとし「 、遺体の状態から、被告が出勤する前の時間帯に3人が死亡していたとする法医学者の証言の信用性を認定。「3人の死亡推定時刻に被告が在宅し、外部犯の明らかな侵入形跡がない。第三者が、家にいた被告に気付かれず3人を殺害し、被告だけを殺害しないとは考えられない。外部犯の可能性を否定した一審判決は不合理ではない」と指摘し、弁護側の主張を退け、被告の犯人性を認めた一審判決を追認した。量刑については「家族3人を殺害した結果は誠に重大」と指摘。計画性が認められないことや、日常的に叱責されていた妻の殺害に至る経緯に同情の余地がないとはいえないことを考慮しても「死刑選択はやむを得ないとした一審判決の判断は合理的」と結論付けた。 | |
小松博文 | |
32歳 | |
2017年10月6日 | |
殺人、非現住建造物等放火、有印公文書偽造・同行使、詐欺 | |
日立妻子6人殺害事件 | |
茨城県日立市の会社員、小松博文被告は2017年10月6日午前4時40分ごろ、3階建て県営アパート1階の自宅和室で妻(当時33)、長女(当時11)、長男(当時7)、次男(当時5)、双子の三男(当時3)と四男(当時3)を包丁で刺した後、玄関付近にガソリンをまいて放火した。6人は一酸化炭素中毒や失血、心タンポナーデで死亡した。 小松被告は午前5時ごろ、日立署に出頭。同署が出荷を確認して市消防本部に通報。午前5時48分に鎮火したが、妻、男児4人の遺体が見つかった。さらに長女が市内の病院に搬送されたが、死亡が確認された。同日、日立署は小松被告を長女の殺人容疑で緊急逮捕した。 小松被告は日立市内の自動車関連会社に見習いとして勤務していたが、9月下旬に、妻の体調が悪く入院するため、しばらく会社を休むとメモ書きを残したまま出社していなかった。犯行の6日前に妻のスマホを見て浮気を知り、問い詰めたところ逆に別れ話を持ち出された、誰にも渡したくないと思ったのが動機だった。 10月26日、長女を除く5人の殺人と現住建造物等放火容疑で小松被告を再逮捕。水戸地検は11月8日から2018年2月16日まで鑑定留置を実施。2月23日、殺人と非現住建造物等放火の罪で起訴した。地検は「小松被告は6人が既に亡くなったと思い込んで火をつけた」と判断した。 他に小松被告は、2017年5月11日午前11時35分ごろ、日立市内の銀行で、氏名の部分を偽造した自身の運転免許証を提示した上、書類に偽名を書き込んで預金通帳を受け取った。さらに、同日、同市内の携帯電話販売店でその免許証と預金通帳を使って、携帯電話など3点(総額約13万円)をだまし取った。2018年7月17日、日立署は小松被告を有印公文書偽造・同行使と詐欺の疑いで逮捕した。 小松被告は2018年11月26日、日立署での勾留中に突然倒れ、病院に緊急搬送された。持病の肺高血圧症によるもので、一時、心肺停止状態になった。手術で一命を取り留めたものの、約2カ月間入院。後遺症で記憶の一部が欠落した。 | |
2021年6月30日 水戸地裁 結城剛行裁判長 死刑判決 【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい) | |
2023年4月21日 東京高裁 伊藤雅人裁判長 被告側控訴棄却 死刑判決支持 | |
有印公文書偽造・同行使や詐欺罪については区分審理となった。 2020年6月2日、区分審理の初公判で、小松博文被告は「覚えていないので、何とお答えすればいいのか分からない」と態度を明らかにしなかった。弁護側は、被告が勾留中の2018年11月26日に心肺停止状態となり、後遺症で事件当時の記憶が欠落していると主張。「法廷で防御の前提となる事実の記憶がなく、自ら反論することができない」とし、公判停止を求めた。結城剛行裁判長は精神鑑定の結果などから、被告の記憶障害は投薬などの治療をしても回復の見込みがないと判断。その上で「自分の名前を答えられるなど状況は判断できており、弁護人の援助や裁判所の後見的支援があれば、意思疎通は可能だ」と指摘し、心神喪失にも当たらないとして公判停止を認めなかった。検察側は冒頭陳述で、被告がだまし取った携帯電話をリサイクルショップに売却していたことを明らかにした。 弁護側は公判で、小松被告の訴訟能力を鑑定するよう水戸地裁に求めたが、地裁は鑑定しない方針を示した。 2021年3月25日、水戸地裁は記憶喪失については認めたうえで「被告人質問の状況からみても心神喪失には当たらず、訴訟能力を有することは明らか」だとして、有罪の部分判決を言い渡した。 殺人と非現住建造物等放火については裁判員裁判となった。 2021年5月31日の初公判で、小松博文被告は「倒れてしまってからは記憶がなくなってしまったので、分からないとしか言えない」などと態度を示さなかった。弁護側は罪状認否に先立ち、「事件当時の記憶を失い、真実を述べることができず、訴訟能力に欠ける」として公判を停止するよう求めたが、結城裁判長は「裁判所の支援や弁護人の援助があれば、意思疎通を図ることはでき、訴訟能力があることは明らか」などとして退けた。 検察側は冒頭陳述で、小松被告が定職に就かず、妻から愛想を尽かされて、離婚を切り出されていたと指摘。「他人に妻子を取られるなら全員を殺そう」と考えたと動機について、説明した。そして弁護側の主張に対し、包丁、ガソリンを準備していたことを挙げ、「事件後、警察で殺害当時の状況を具体的に供述しており、被告自身が行い、行為の危険性を認識していたのは明らか」などと指摘し、事件当時に精神障害はなく、責任能力はあるとした。弁護側は、小松被告が離婚話で悩み、「当時は善悪の判断能力や行動を制御する能力が失われていたか、著しく低下した状態だった。凶器は自殺のために購入したもの」と強調した。 6月4日の第4回公判で妻の友人女性が出廷。被告の日常生活について女性は「働かず、家にいるときは基本的にゴロゴロしながらテレビを見たり、スマホを触ったりしていた。子どもたちが『遊ぼう』と言っても応じていなかった」と証言。妻と小松被告がけんかをする場面にも遭遇したと話し「子どもたちの目の前で、物を投げたり妻に暴力を振るったりしていた」と説明した。また小松被告の雇い主だった男性は小松夫妻が「家賃を滞納している」と、15万円以上を前借りしにきたことがあったと説明。小松被告について「仕事はまじめだが、お金の面でいい評判は聞かなかった」と話した。また事件前、妻から、結婚したいと考えている相手がおり、小松被告との離婚について、相談を受けていたことも明かした。 8日の第6回公判で妻の両親が出廷し、父親は「6人を殺すなんてむごすぎる。どうか最高の刑をお願いします」と極刑を求めた。母親は、小松被告の仕事が長続きせず、生活費を援助していたと証言。孫たちの足や娘にあざを見つけたこともあり、被告の暴力的な部分を目撃したと語った。被告に対しては「6人がされた以上につらい処罰を与えてほしい」と述べた。 9日の第7回公判で、事件を担当した警察官3人が出廷。取り調べを担当した男性警察官は、小松被告が妻を殺害する際、まず首を狙ったと供述したことに触れ、その理由を「(妻に)声を出されて子どもたちが起き、犯行が邪魔されるのを防ぐため」と話したと証言した。さらに「妻については数十回ほど刺したと聞いた」と述べた。小松被告が日立署に出頭した際に対応した男性警察官は「動揺していたが、受け答えははっきりしていた」と振り返り、精神的な異常などは感じられなかったと話した。別の男性警察官は、逮捕直後の被告が犯行の様子を詳細に供述していたとして、「本当のことを話しているようだった」と説明した。 10日の第8回公判で、小松被告が記憶障害を起こしたきっかけになった疾患を発症後、被告を精神鑑定した医師が検察側証人として出廷。医師は2019年11月から2020年3月まで、小松被告の精神鑑定に当たった。診断基準に照らし合わせ、面接や身体検査、捜査の証拠などを踏まえて複合的に判断した結果、「精神障害は認められなかった」と述べた。犯行前から不眠や食欲不振などの抑うつ的な症状はあったものの、うつ病とまでは言えず、「離婚を切り出されたことによって引き起こされた正常な反応」と説明した。 15日の第10回公判で被告人質問が行われ、弁護側の「殺害をした記憶はあるか」との質問に、小松被告は「全くない」と答えた。結城裁判長が事件直後の状況について「自分の手から血が垂れていたり、足がやけどしていたりした記憶はあるのか」と尋ねたのに対しては、「映像として頭の中にうっすら残っている」と説明した。被告は事件前の出来事で最後に記憶していることとして、事件の4日前に妻と親しかったとされる男性の自宅に出向き、関係を尋ねたことだと述べた。裁判員から事件についてどう思っているのかを問われると、「自分がしたことだとしたら責任を取る」と述べた上で、殺害したとされる6人に対しては「とにかく『ごめんね』としか言えない」と語った。 17日の公判で被害者参加制度で出廷した妻の父親は、「幸せな日々を奪った被告への憎しみは今も消えない。可能な限り一番厳しい刑罰を与えて」と述べた。 同日の論告求刑で検察側は、小松被告が出頭後の調べに対し、殺害を迷っていたと供述した上で、殺害行為の一部や放火の経緯を具体的に説明したと主張。「完全な責任能力があった」と述べた。また、妻と子供5人の就寝中に襲いかかり、心臓などを狙って刺していたと説明。「危険性を認識しながら殺害したことは明白」とした。そして「6人の命が奪われた結果は重大。就寝中で無防備なところをためらいなく包丁で刺すなど、殺害方法は残虐極まりない」と指摘。妻から離婚を求められたので殺害を決意したという動機も身勝手で強い非難に値するとし、被告には責任能力があったと主張した。 同日の最終弁論で弁護側は、小松被告は離婚を切り出されてほとんど眠れず、うつ病や抑うつ状態だったと主張。「善悪の判断能力や行動を制御する能力が失われていたか、著しく低下した状態だった」と述べ、心神喪失か心神耗弱の状態だったと指摘。改めて無罪か刑の減軽を求めた。このほか、勾留中の2018年11月に病気で心肺停止となり、「後遺症で事件の記憶を失った」と改めて訴えた。法廷で認否すらできず、訴訟能力がないとして、公訴棄却も求めた。 最終意見陳述で小松被告は結城裁判長から「言っておきたいことはあるか」と問われ、「特にないです」と答えた。 判決で結城剛行裁判長は、「小松被告が事件の数日前、妻の母らを訪ねた際に不自然な言動がなかった」「小松被告が離婚によって家族を他人に取られたくないとして殺害を計画し、犯行直前まで数日間にわたり思い悩んだ上で実行に及んだ。日立署に出頭し、犯行内容を相当程度具体的に供述している」と指摘。「犯行の違法性や重大性など、自らの行為を十分理解しており、心神喪失でなかったことは明らか。犯行時だけ意識解離状態になるというのは考えにくい」と指摘し、刑事責任能力はあると認定。小松被告が事件当時の記憶を失ったと認めたが、弁護側の援助などにより意思疎通は可能で、訴訟能力はあると判断した。量刑の検討にあたっては、柳刃包丁やガソリンをあらかじめ準備し、被害者を複数回刺したことなどから計画性や殺意があったと認定。6人が殺害されたことなどを踏まえて「犯行態様が危険かつ残忍で同種の事件と比べても悪質。妻や子を取られたくないために殺害するなど、動機は身勝手かつ自己中心的。被告が1年間定職に就かないことから離婚を切り出されたなど、強い殺意に基づく残虐かつ悪質な犯行で、死刑を回避すべき事情はない」とした。 2023年1月27日の控訴審初公判で、小松被告の弁護側は、「勾留中の心不全の後遺症で事件当時の記憶がない」としたうえで、死刑判決を破棄して審理を地裁に差し戻し、記憶が戻るまで裁判を停止すべきなどと主張した。これに対し、検察側は「手続きに問題はない」と反論した。 2月15日の第2回公判で行われた被告人質問で小松被告は、妻子6人を殺害した動機や方法の記憶があるかどうか弁護人に問われ、いずれも「ないです」と繰り返した。事件で使用したナイフやロープ、ガソリンを購入した記憶もないと語った。 弁護側は「被告は、自らの記憶に基づき防御する機会を与えられるべきだ」と強調し、「被告は記憶を喪失し、訴訟能力が認められない」として一審判決を破棄して差し戻すよう求め、結審した。 判決で伊藤裁判長は、「被告は記憶を喪失しているものの、物事の理解力や判断力、意思疎通能力が障害されている様子はうかがわれない」と指摘。一審の公判時も弁護人の援助を受けることで、被告としての利害を認識し、自身を守る訴訟能力はあったと結論付けて、弁護側の主張を退けた。 さらに「離婚を切り出されたことを発端に、就寝中の妻と幼い子どもたちを柳刃包丁でかなり強い力を込めて突き刺した。強固な殺意に基づく非常に残虐な犯行で、動機も身勝手だ。結果の重大性や悪質性を踏まえると、同種事案の中でも特に悪質であるとした一審判決の認定、評価に誤りはなく、死刑を回避する事情はない」と指摘した。 | |