最高裁係属中の死刑事件


 
氏 名 岩倉知広
事件当時年齢 38歳
犯行日時 2018年3月31日~4月6日
罪 状 殺人、死体遺棄
事件名 日置市男女5人殺害事件
事件概要  鹿児島県日置市の無職、岩倉知広(ともひろ)被告は2018年3月31日夕方、テレビを見るために近くに住む祖母(当時89)宅を訪れたが口論となった。31日から4月1日にかけ、岩倉被告は祖母の首を絞めて殺害。家にいた父親(当時68)が気付き、もみ合いになった末、父親の首を絞めて殺害。父親の車で、約400m離れた山中の空き地まで2人の遺体を運び、埋めた。
 4日午前、父親がアルバイト先を無断欠勤したため、派遣元のシルバー人材センター職員が父親の携帯電話に連絡するも繋がらなかった。
 6日午前10時ごろ、センター職員が父親の携帯電話に連絡するも繋がらず。勤務先にも問合せし、欠勤が続いていることが判明。午前11時頃、別のセンター職員が祖母宅を訪れると、岩倉被告は父が大分に行っていると説明。正午ごろ、センターが緊急連絡先になっている岩倉被告の伯父へ、「数日前から出勤をしていないと連絡。薩摩川内市に住む伯父は仕事で県外にいたため、午後0時半ごろ、自身の妻(伯母)に安否確認を依頼。伯母(当時69)と近くに住むその姉(当時72)が祖母宅に向かったが、岩倉被告は2人の首を絞めて殺害。連絡が取れなくなったため、伯父は午後2時20分ごろ、日置市の知人男性(当時47)に安否確認を依頼し、知人男性が祖母宅を訪れるも、岩倉被告は知人男性の首を絞めて殺害した。
 伯父は午後2時49分ごろ、県警日置署に相談。午後3時45分ごろ、署員が祖母宅を訪れ、伯母と姉の遺体を発見。さらに別の部屋に倒れていた心肺停止状態の知人男性を発見。男性は搬送先の病院で死亡が確認された。
 4月6日午後6時55分頃、日置市内を一人で歩いていた岩倉知広被告を警察官が見つけ、任意同行を求めて事情を聞いた。岩倉被告が犯行を認めたため、県警は7日午前、知人男性への殺人容疑で岩倉被告を逮捕。8日午後、岩倉被告の供述に基づいて、祖母と父親の遺体が山林で見つかった。
 岩倉被告は子供のころに両親が離婚し、隣町で母親、妹と同居。高校中退後は職業を転々とし、22歳で陸上自衛隊に所属するも1年で依願退職。その後、数か月働いては辞め、貯金が減ったら短期の仕事を探すという生活を繰り返していた。2005年ごろから同居する母親に暴力を振るうようになり、2014年、母親は暴力に耐えかね、家を出て妹宅に住み始めた。岩倉被告は独り暮らしをするも、"仕事もしない男が昼間からブラブラしていて怖い"と近隣から苦情が来て、父親が引き取り、短期間祖母宅で同居。1年ほど前から祖母の持つアパートで独り暮らしをしていた。2018年2月に無職となった後は、父親から小遣いをもらって生活し、時折祖母宅で食事をしていた。知人男性は同じアパートの住人で数年前から住み始め、2階建ての計6室アパートに住んでいるのは2人だけだった。
 4月28日、父親と祖母に対する殺人容疑で再逮捕。5月19日、伯母とその姉に対する殺人容疑で再逮捕。鹿児島地検は6月1日から岩倉被告の鑑定留置を行い、精神鑑定を実施。2度の延長により2019年1月中旬まで鑑定留置を行い、岩倉被告に完全責任能力があると判断。鹿児島地検は2019年1月23日に殺人と死体遺棄の容疑で起訴した。
一審 2020年12月11日 鹿児島地裁 岩田光生裁判長 死刑判決
二審 2023年3月13日 福岡高裁宮崎支部 平島正道裁判長 被告側控訴棄却 死刑判決支持
判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
裁判焦点  裁判員裁判。
 2020年11月18日の初公判で、岩倉知広被告は伯母、姉、知人男性の3人の殺害について「間違いありません」と述べたが、父親については「包丁を持ち出したので、包丁を落とそうと組み合いになった」と主張。祖母についても「死亡原因が違う。殴って死なせてしまった」と述べた。
 冒頭陳述で検察側は「長年折り合いが悪かった祖母に一方的に暴力を振るったことが引き金となり、信頼していた父親にも裏切られたと感じ殺害した。それを機に、一方的に恨みを募らせていた伯父を殺害しようと考え、伯父の依頼を受けて安否確認に訪れた3人を立て続けに殺害した」と指摘した。
 弁護側は「10年以上前に妄想性障害を患い、犯行当時は病状が深刻な状態にあった。祖母や伯父を中心とする一派が迫害行為をしているとの妄想を前提とした反撃だった」などと主張。父親に対する行為も正当防衛が成立するとした。
 証人尋問には、5人の司法解剖に立ち会った法医学者が出廷。「いずれも首を強く圧迫したことによる窒息の所見がある」とし、祖母についても「亡くなってから首を絞めたとは考えられない」と証言した。

 19日の第2回公判で、証言台に立った伯父は、はっきりとした大きな声で被害者の人柄をそれぞれ語った。祖母については「優しく厳格な人だった」、父親のことは「15~20年前に足を骨折して引きずっていたが、仕事熱心な人だった」と振り返った。姉については「思いやりのある優しい人だった」と語り、妻(伯母)らの後に安否確認に来て殺害された近所の男性は「(仕事の)同僚で、人懐っこい人だった」と惜しんだ。また、妻のことを語った際は「一緒に旅行に行こうと話していたのに、もう会えない」などと話し声を詰まらせる場面もあった。事件当時について、伯父は、仕事で県外にいたため伯母と男性に祖母宅へ安否確認を頼んだのは自分だったと明かし「自分が行っていれば」と無念さをにじませた。そして、岩倉被告に対して「憎しみでいっぱい。極刑を望む」と述べた。弁護側は、岩倉被告が10年以上前から発症していた「妄想性障害」の影響で殺害した父親以外の4人が「自分を迫害する一派」だと思い込んでいたとし、出廷した伯父にも岩倉被告に対する嫌がらせ行為などの有無を確認したが、伯父は「想像もつかない。覚えがない」と話した。

 20日の第3回公判で、岩倉被告の母親が証人出廷し「私が(被告と)一緒にいれば(殺されるのが)最悪私一人ですんだのに」などと胸中を語った。

 24日の第4回公判で被告人質問が行われ、岩倉被告は弁護側の質問で自身が犯行に及んだ経緯を話した。岩倉被告によると、被告は2002年に自衛隊を辞めてしばらくした後、誰かが自分の悪口を言っている声が聞こえるようになったという。2014年に同居していた母親が被告の暴力に耐えかねて家を出て、同市のアパートで1人暮らしを始めた頃、伯父が悪口を言っている声が聞こえ、伯父が自分の悪評を周囲に広めようとしていると確信したとした。岩倉被告は、同級生を地元から転居させて孤立させようとしたり、自分の車を故障させたりなどの嫌がらせを受けたと主張した。岩倉被告は、伯父らの行動について「でたらめじゃない」と声を荒らげる場面もあった。そして、伯父の妻と妻の姉、近所の男性も伯父に協力する一派だと考え、祖母宅に数日間とどまったのは「執拗に嫌がらせなどをしてきた伯父に復讐するためだった」と強調した。岩倉被告は、祖母について、被告の母方の祖父母の悪口を言われたことについて腹を立て殴ったという。また、父殺害は左腕で首を絞め殺したことを認めたが、殺意を否定し「謝りたい」と話した。2人を山中に埋めた理由は「腐敗する姿を見たくなかった」と答えた。

 25日の第5回公判で起訴後に精神鑑定を行った鹿児島大学の赤崎安昭教授への証人尋問が行われた。赤崎教授は犯行時に岩倉被告は妄想性障害があったと診断。しかし、妄想性障害は極めて軽微だったとし怒りなどを発端とした人格特性が影響したと指摘した。弁護側が妄想性障害の程度が軽微だと判断した理由について質問すると、赤崎教授は重篤な妄想性障害であれば、嫌がらせなどに対しての抵抗を行うはずだが、岩倉被告は行動を起こしていないことから、軽微な妄想性障害だと診断したと話した。

 26日の第6回公判で起訴前に精神鑑定を行った県立姶良病院の山畑良蔵院長への証人尋問が行われた。山畑院長は弁護側の質問に答え、「犯行当時は生来の自閉スペクトラム症(ASD)に加え、重度の妄想性障害を抱えていた。深刻な精神状態にあった」と主張し、「親族らから水道水に毒物を入れられる」などの被告の妄想が行動に影響したと指摘した。山畑院長は、被告の生活の変化などから妄想性障害を発症した時期を2004年前後と推定。一時的に軽減することを繰り返し、長期的には悪化していたとした。病状の深刻さを踏まえ、統合失調症の可能性も示唆した。妄想性障害の悪化により、「思考・行動に異常があった」と指摘。弁護側から動機や行動選択への影響を問われ、山畑院長は「誤った考えに基づく病的感情は、当然行動に影響を与えている」と述べた。さらに岩倉被告が一昨年11月、精神鑑定のため入院していた病院で、同じ部屋の入院患者からも迫害されていると思い込み、首を絞める暴力をしていたとも証言した。

 27日の第7回公判で岩倉被告への質問が行われ、検察側は、父親が以前被告にうつ病に関する本を渡したことについて質問すると、被告は「自分は病気じゃないから読まなかった」と述べ「自分は病気だと思うか」との質問には「いいえ」と答えた。
 同日、遺族の意見陳述もあり、親族7人が法廷と書面で意見を述べた。父親の妹は法廷で「兄は口数は少ないが優しく、母は女手一つで私を育ててくれた。なぜ自首しなかったのか」と述べた。伯父の妻の娘は終始声を詰まらせながら「母たちがどれだけ痛くて怖い思いをしたか。人間がやることではない」などと話した。伯父の妻とその姉の弟は「姉2人を返せ!」と心情を訴えた。叔父夫婦の息子が岩倉被告に「遺族に何か思うことはないか」と問うと、被告は長い沈黙の後「逆に、なぜあんな陰湿なことをしてきたのか」と2回繰り返した。遺族はいずれも死刑を望むと話した。

 12月1日の論告で検察側は、「(親族に嫌がらせを受けているという)妄想は一部の動機形成の遠因となった程度で、軽微」と指摘。「犯行態様は極めて残虐かつ執拗で、むごたらしい」と指摘。いずれの犯行も被告の言動がそもそもの原因で「何の落ち度もない5人の尊い命が奪われた結果は極めて重大だ」とした。検察側は、最高裁が死刑適用に示した「永山基準」を説明して8項目それぞれに理由を述べ、「妄想性障害の影響などを最大限考慮したとしても、社会を震撼させた重大で凶悪な事案。死刑を回避すべき事情は存在しない」と結論付けた。
 同日の最終弁論で弁護側は六つの起訴事実のうち、父親の殺害は包丁を持ち出され心中を図ろうとしてきたことへの反撃行為で正当防衛が成立し、祖母の殺害は殴打行為によるもので殺人罪が成立しないと無罪を主張。2人の死体遺棄や他3人の殺害も「妄想性障害」の影響による心神耗弱で刑が減軽され、無期懲役が相当とした。また一審で死刑判決が出ても高裁で無期懲役となった過去の判例も示し、慎重な議論を求めた。
 岩倉被告は最終意見陳述で、「妄想の一言で全てを片付けられ、自分の発言をつぶされたのであれば納得いきません」と述べた。被告人質問と同様、迫害を妄想とする鑑定結果などへの不満を口にし、最後まで遺族に謝罪しなかった。

 判決で岩田裁判長は、焦点となった妄想性障害について、起訴後の鑑定が「妄想で嫌がらせを受けている親族に抗議をするなど、妄想が重ければしているはずの行動をしていない」として、信用できると判断。「被告は妄想に指示、支配される状況にはなく、抱いていた妄想も切迫したものではなかった」と退け、完全責任能力があったと認めた。そして「犯行には被告人の衝動的、攻撃的、他罰的な性格が影響したと見るのが合理的だ」とした。
 また岩田裁判長は、被告が首を絞め続けた行為などからいずれも殺意はあったとした。父親への正当防衛は、被告との年齢差や体格差などを踏まえて「被告が反撃行為に出ることが正当とされる状況ではない」として認めなかった。
 そして岩田裁判長は「妄想性障害の影響を考慮しても、5人の命を奪った事実は揺るがない。常軌を逸した凄惨な犯行だ。被害者らに落ち度はなく、人を殺害することへの抵抗感は感じられない。死刑を回避すべき特段の事情は見当たらない。生命をもって罪を償わせるほかない」と述べ、被告に極刑を言い渡した。
 死刑言い渡しの直後、弁護側に座っていた岩倉被告が検察側まで駆け込み、「お前のしていることは、許されんぞ」などと大声をあげ、被害者参加人として出廷していた親族にめがけて飛びかかろうとして取り押さえられた。
 弁護側は即日控訴した。
 2024年10月30日の控訴審初公判で、一審判決後に弁護側が請求し、裁判所が鑑定を依頼した東京科学大学の安藤久美子氏が出廷。証人尋問で、被告は2006年ごろに統合失調症を発症したと指摘。一連の犯行を「被告の現実的思考と病的思考を切り離して説明することは難しい」とした上で、「男女3人の殺害は、統合失調症の影響を受けている」とした。
 一審で鑑定を行った鹿児島大学医学部の赤崎安昭教授も出廷。証人尋問で、鑑定では統合失調症に特有の症状はみられず、妄想性障害と診断したと説明。「控訴後の鑑定は、裁判で出た証言に被告が影響されるなど、前提の異なった条件で行われている」と説明した。
 裁判所は、弁護側が請求した被告人質問を却下した。

 12月24日の第2回公判で、検察側は一審で妄想性障害と判断した鹿児島大学の赤崎安昭教授と、控訴審で統合失調症と認定した東京科学大学の安藤久美子氏の鑑定結果を基に、妄想が各犯行に与えた影響について言及。「精神障害が各犯行に与えた影響はない。完全責任能力は認められると立証し、一審判決は正当」と控訴棄却を求めた。
 弁護側は心神耗弱により自身の行動を制御する能力が著しく低下していたと主張。5人の殺害は統合失調症による妄想の影響で、意思をコントロールできなかったため被告に完全責任能力はなかったと主張。また包丁を持ち出してきた父親の殺害は正当防衛と主張した。死体遺棄については、精神障害の影響を排除した一審判決を誤りだと指摘した。そして一審判決の破棄を求め結審した。

 判決で平島正道裁判長は、精神鑑定の結果について「鑑定人は、岩倉被告が妄想で常に行動が支配されている状態にあったとまでは述べていない」とした上で「どの犯行も、怒りや犯行の発覚を防ぐことなどが直接の動機で、被告の衝動性や他罰的な人格の特性が大きく影響した。精神障害の影響は、あっても軽微なものにとどまる」と、完全責任能力を認めた。また正当防衛の主張に対して「父親の行為は祖母を防衛するための行為で、被告が危険を回避することは容易だった」と判断。弁護側が争った父親と祖母への殺意も認めた。そして「人を殺害することに抵抗感を感じさせない常軌を逸した凄惨な犯行。身勝手な理由から特に落ち度のない5人もの命を奪った結果は極めて重大だ」「死刑の適用は慎重に行わなければならないことを踏まえても、刑事責任はきわめて重大で一審の判決が重すぎて不当であるとはいえない」として死刑はやむを得ないと結論付けた。
 被告側は即日上告した。
備考  
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氏 名 佐藤翔一
事件当時年齢 36歳(2021年10月15日逮捕当時)
犯行日時 2020年2月2日
罪 状 強盗殺人、住居侵入
事件名 宇佐市親子強盗殺人事件
事件概要  大分市在住の会社員、佐藤翔一被告は2020年2月2日午後7時22分~56分の間に、大分県宇佐市安心院町に住む農業の女性(当時79)方に侵入。午後10時20分までの間に、女性と長男で郵便配達員の男性(当時51)の首などを包丁やはさみで多数回突き刺して殺害したうえ、女性の現金を少なくとも約54,000円を奪った(起訴では約88,000円)。
 佐藤被告と親子に面識はなかった。佐藤被告はかつて宇佐市に住んでおり、土地勘があった。
 翌日、男性の同僚から連絡を受けた近所の人が、カーテンに血が付いているのを見つけて通報した。警察官が2人の遺体を発見し、県警は5日に捜査本部を設置した。
 大分県警は2021年10月15日、佐藤被告を強盗殺人容疑で逮捕した。
一審 2024年7月2日 大分地裁 辛島靖崇裁判長 死刑判決
判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
二審 2025年8月5日 福岡高裁 平塚浩司裁判長 被告側控訴棄却 死刑判決支持
裁判焦点  裁判員裁判。
 2024年5月20日の初公判で、佐藤翔一被告は「全てやっていません。僕は犯人ではありません」と起訴内容を否認し、無罪を主張した。
 検察側は冒頭陳述で、「被告は家族に内緒にしていた消費者金融の借金約160万円の返済に困り窃盗に入ろうと考えた。山あいの一軒家に窃盗に入ろうと考え、遅くとも事件2日前までに被害者方に狙いを定めて盗みに入ると決めたと述べた。そして犯行当日は、「温泉に行く」などと家族にうそを言い、1人で車に乗って自宅を出発。その途中、ロケーション履歴を利用したアリバイ工作のために、位置情報を表示するスマートフォンを宇佐市安心院町にある史跡の駐車場に放置した」と主張。そして、「被害者方付近の道路脇に車を駐車し、2日前に購入した運動靴、ゴム手袋、ジャンパーを身に着けるなどして家に侵入。2人と出くわしたことから殺害して現金を奪った。その後、ダイニングの床の上に掃除機をかけ、そのヘッド部分を持ち去り、複数人の犯行に見せかけるため、被害者方にあった4種類の履物による足跡を残した。犯行後、被告は放置していたスマートフォンを回収。由布市内のコインランドリーでジャンパーや持ち去ってきた履物を洗濯し、ゴミ集積場に投棄。翌日には借金の返済として現金1万4000円を入金した」と説明した。事件当日に佐藤被告が運転していた車のトランクから被害者のDNA型と完全に一致する血痕が検出されたことや、現場に残された足跡のうちの一つについて、被告が事前に購入していた運動靴の底の模様と一致したなどと主張。そして事件3日後には、自ら警察に嘘の電話をかけアリバイ工作などを行ったと指摘。被告が「事件の2日前にプロレスマスクをした男から謝礼と引き換えに動画撮影の協力や運動靴の購入を頼まれ、事件当日は血の付いた服や靴などの処分を依頼された」などと供述した点について、検察側は「信用できない」と主張した。
 弁護側は「公訴事実記載の事実については存在しない。被告は被害者方に侵入していないし、殺害もしていない」と反論。佐藤被告が事件当時に現場近くにいたのは、事前に宇佐市内で出会った覆面をした集団の依頼を受けて車の運転などをしていたからだと主張。「(佐藤被告は)事件当時、複数の覆面の第三者と指示を受けて一部行動を共にしていて、謝礼と引き換えに撮影に協力するということになっていた。この複数の第三者が真犯人だと思う。事件後に借金は返済し、また自ら警察に情報を提供。犯行を示す証拠がなく、事件に巻き込まれた可能性がある」などとして、検察側の証拠は不十分であり、被告の無罪を訴えた。

 21日の第2回公判で、司法解剖をした大分大医学部の名誉教授が証人尋問に出廷。尋問を受けた名誉教授は「致命傷を負ってから女性は5~15分後、男性は30分~1時間後に亡くなった」と推定。「単独犯で殺害は十分に可能」と述べた。一方で弁護側の質問に対し、複数犯説も否定しなかった。2人には死後、千枚通しなどで多数の傷が付けられていたことも明らかになった。凶器は他に菜切り包丁、はさみ、木製の箸が使われたという。

 23日の第3回公判で、被告の母と妻が弁護側証人として出廷した。妻は事件当日夜の被告の行動について、夕方に温泉へ行くと言って外出した後、連絡が取れない時間があった。深夜に帰宅した後、翌日の午前4時半頃に買い物へ出かけた。普段と変わった様子は無かった」と証言した。そして妻は、事件から3日後の2020年2月5日朝、被告から「自分は宇佐の事件に巻き込まれたかもしれない」と自宅で言われたと説明。妻が被告から聞いた話によると、被告は1月31日、謝礼を受け取る代わりに「ユーチューバー」を名乗るプロレスマスク姿の人物に車を貸した。事件当日の2月2日にも協力を頼まれたため、撮影用の運動靴を買って、覆面姿の3人に車と靴を提供。数時間後に戻ってきた1人から「トランクにごみを積んだ」と告げられ、確認すると血の付いた服があった。被告は「コインランドリーで洗って処分した」と妻に説明したという。妻は「おびえているように見え、すぐに警察に情報提供をするように勧めた」。被告は自ら通報し、同日午後9時ごろまで警察で事情聴取を受けた。妻は「夫はやっていないと信じている」と無罪を訴えた。

 24日の第4回公判における証拠の取り調べで、検察側は、佐藤被告の車は2019年3月ごろから民家近くの道路を通るようになり、7月以降に頻度が増えた。カーナビの位置情報から、事件当日の2020年2月2日午後7時20分ごろから午後10時20分ごろまで、現場周辺に停車していたと説明した。一方で、同じ時間帯に被告のスマートフォンの位置情報は直線距離で2.9km離れた駐車場を示していた。検察側は「被告はスマホを駐車場に置いて、車で民家に向かった。その後、スマホを回収した」と述べ、アリバイ工作の可能性を主張した。被告は3日未明から4日夜にかけて、インターネットで「宇佐市 事件」「プロレスマスク」「死刑回避」を検索。ほかに刑事事件に強い弁護士や、車に血液が付いた場合のしみ抜き方法、警察に逮捕される前兆なども調べていたと説明した。また検察側は、佐藤被告が事件翌日に大分市内の店で雑巾などを購入し、その次の日には別府市内の店で洗剤などを買う様子が映っていた防犯カメラの画像を公開した。
 この日は事件当時、捜査にあった警察官が証人として出廷。佐藤被告が事件直後の事情聴取で「プロレスマスクの男からハサミを渡されたが、血が付いていなかったと説明していた」と証言した。凶器には包丁やハサミなどが使用されているが、当時、公表されていなかった。取り調べた警察官は「佐藤被告は興奮した様子でハサミも凶器になると話していた」と供述内容を明らかにした。一方、弁護側は「供述調書の内容について被告に確認していない」と指摘した。

 27日の第5回公判で、鑑定を担った県警科学捜査研究所の職員が出廷出廷。家の中にあったバッグや固定電話に付いていた血痕について、DNA鑑定の結果、殺害された親子のものだったと説明した。そして証人尋問で、「佐藤被告の車のトランクに女性のDNA型と一致する血痕があった」と説明した。弁護側は被告の車のトランクから発見された結婚について質問。職員は「血痕からは佐藤被告や被害者親子とは異なるDNAがみつかった」と話した。第三者の男性の血痕については「大きさは1~2ミリ。男性とも被告の型とも合わず、誰のものかは分からない」と述べた。検察側からの質問に対し、職員は「同じDNAは被害者の自宅からは出ていない」「由来がわからないDNAが検出されることもある」と証言した。検察側はこの日、室内に残された女性のショルダーバッグや財布などに付いた血痕の鑑定結果を示したものの、佐藤被告と一致するDNA型はなかったと述べた。また、殺害現場のダイニングルームにあった掃除機の中には6本の毛髪が残っていた。このうち、血の付いた1本からは女性と男性双方のDNA型が検出された。残る5本は「十分な細胞が毛根になかった」などの理由で鑑定できなかったと述べた。

 29日の第6回公判で、現場で見つかった足跡や、血の付いた靴下痕の証拠調べが始まり、分析を担当した県警職員が出廷した。 職員は「鑑定できた靴下痕22個のうち、13個は靴下の特徴から殺害された男性のもの」と証言。残り9個については「繊維の特徴から同じ種類のものと言えるが、誰の足跡か特定まではできない」と説明した。これに対し、弁護側は鑑定方法について「被害者の足のサイズをきちんと測定していない」などと信頼性について反論した。

 30日の第7回公判で現場に残された血の付いた靴下痕3つの証拠調べが行われ、鑑定を担当した産業技術総合研究所の研究者が出廷した。研究者は「日本人の成人男性の平均データと比べて被告の足幅は非常に広く、小指に珍しい特徴があり、靴下痕と同一の物であっても矛盾しない」などと説明した。弁護側は「足裏の比較対象を予め日本人の男性に絞っていて、鑑定方法に偏りがある」などと、鑑定結果の不十分さを指摘した。

 31日の第8回公判で、現場に残された靴の足跡の証拠調べがあり、分析を担当した県警職員が出廷した。県警職員は「運動靴の足跡は、被告が購入した靴とおおむね同じ特徴で、矛盾はない」と証言した。これに対し、弁護側は「靴底の足跡からは誰が履いていたかは分からない」と反論した。

 6月10日の第9回における被告人質問で、佐藤被告は弁護側からの質問に対する新たな証言として、事件当日、動画撮影のためにユーチューバーを名乗るプロレスマスクの男たちと合流し、このうち1非血を車に乗せて現場近くまで移動したと説明。その後、男から「交通事故があり撮影ができず、運動靴や血の付いた服の入ったゴミ袋を処分してほしい」と頼まれ、コインランドリーで洗濯してから捨てたと説明。また、佐藤被告の携帯電話に「殺人犯が捕まるまで」と検索履歴があったことに対し、プロレスマスクの男と、現場付近にいたことなどから「大量殺人をなすりつけられて自分が誤って捕まるのではないかと不安になった」と説明した。公判の最後で佐藤被告は「証拠の全てに目を通して信じてほしい。僕は犯人ではありません」と改めて無実を訴えた。

 11日の第10回公判における被告人質問で、検察側がこれまでの「プロレスマスクの男に車を貸した」という供述と内容が変わっており、矛盾していると質問、佐藤被告は供述が変わっていることを認めたうえで、「現場付近にいたと言ったら、男から報復と自分の関与を疑われると思ったから」と説明した。また、この男の連絡先を聞かなった理由については、「報酬をもらったので、わざわざ自分にいたずらをするとは思わなかったので。聞かなかった」と話した。男から処分を依頼されたと主張する血の付いた服などについては「交通事故で飛び散った血を拭く際に服を使ったと聞いた。話を信じていた」と述べた。

 12日の第11回公判における被告人質問で、検察側は供述内容が変わったことについて、再度質問、佐藤被告は「男たちは大量殺人犯でその濡れ衣を着せられると思った。自分と家族が男から襲われると思ったから」と説明した。また、弁護側からの質問では「自分が疑われているので、法廷で真実を言うように弁護士のアドバイスに従った」と話した。被害者参加人として遺族の男性が、殺害された親子に対しての思いを質問すると、佐藤被告は「悲しい事件だが、遺族が本当の犯人を目の当たりにしていないことが不幸で残酷な事実。証拠の一つ一つに目をつむらず、ちゃんと見てほしい」と述べ、引き続き、無罪を主張した。

 17日の第12回公判で行われた被害者遺族の意見陳述で、遺族3人が出廷。女性の次男は「被告が犯人だと確信している。荒唐無稽な主張は被害者をさらに苦しめる。真実が分からないことが苦しい。犯人を絶対に許せない」と語気を強め、「なぜ殺されたのか、事実を説明してほしかった。私たちの傷は一生消えないし、被告を許すことは一生ありません」などと意見を述べ、死刑を求めた。事件当時高校生だった男性の娘は事件直前、男性から進路について「応援するけん、頑張れよ」と声をかけてもらったばかりだった。死後、父親が自分の名義で貯金をしていたことが分かり、「父にありがとうと言いたいが、かなわなくなった。悔やんでも悔やみきれない」と話した。男性の妻も「(夫は)今でも生きている気がする。もっと娘の話をしたかった」と声を震わせた。
 論告で検察側は、佐藤被告には妻らに隠していた借金があり、「盗みに入るという動機に結びついた」と強調。現場で見つかった血液の付着した靴下の足跡が被告の足形と類似していたほか、被告の車の中にあった遺留物から被害女性とDNA型が一致する血液が検出されており、現場に残された足跡も佐藤被告が事前に購入していた運動靴と一致していたと主張。また、事件当日、宇佐市内の駐車場にスマートフォンを放置して位置情報を利用したアリバイ作りをし、事件翌日には自身の口座に計4万円、消費者金融に14,000円を入金したことなどに触れ、「被告が犯人であると認められる」と述べた。そして「別に犯人がいるかのようなウソのストーリーを重ね、客観的な証拠と矛盾があればその都度上塗りし続けて供述が変遷するなど、全く信用できない」と主張。「被告には借金があり無関係の被害者の自宅に窃盗に入り、2人に出くわしたため殺害した。強い社会的非難に値する残虐で極めて強固な殺意に基づく犯行で、人命の軽視も甚だしい。落ち度のない2人の命が失われた結果は重大で、遺族の処罰感情も強い。事件に向き合う姿勢は皆無。更生の可能性は乏しく死刑が相当」と述べた。
 最終弁論で弁護側は、弁護側は複数の凶器が使用されたことに言及し、「(単独犯とすれば)凶器を不必要に変更している」として複数犯の可能性を指摘した。また被告の車の中で見つかった血痕の鑑定で、被害者2人と被告以外のDNA型が検出されたことなどから、第三者の犯行だと反論した。佐藤被告が自ら警察に事件について話したことも「メリットがなく、犯人であればあまりに不自然」とした。そして「検証が不十分で被告のものではない。検察の主張は被告が犯人ではなくても説明が可能だ。被告が犯人であることの決定的な事実はない」と無罪を訴えた。
 最終意見陳述で佐藤被告は「この法廷でうそはありません。犯人がとても憎い。無実の人間が犯人として仕立て上げられている現実に恐怖しかない。僕は犯人ではありません。全ての証拠を先入観なく見てほしい」と述べ、改めて無罪だと訴えた。

 辛島裁判長は主文を後回しにし、判決理由を読み上げた。
 辛島裁判長は、「被害者宅付近に事件当時あった同被告の普通乗用車のトランクから、被害女性の血液が採取されたことは、被告が犯人であることを強く推認させる」と指摘。さらに「被害者宅に残された靴下の足跡と被告の足の形が、特徴的な形状が共通している。さらに室内にあった運動靴の跡は、被告が2日前に購入したものと特徴が似ている。そして被告が事件の2日後に靴を捨てた不審な行動を加えると、被告が被害者方に存在していたと強く推認できる」と述べた。また、「事件の翌日、翌々日に「灯油に火をつける」「殺人犯が捕まるまで」「血液 車 落とすには」などと検索していたことは、犯行の隠滅工作を図ったものと評価できる」とした。
 奪われた金額については、検察側は女性の日記やレシートなどから約88,000円と主張したが、弁護側の主張通り、記録に残らない支出がなかったとは言い切れないとしたうえで、「被告が事件翌日に自身の口座に入金した約40,000円と、消費者金融に返済した約14,000円の計約54,000円が奪われた金額である」とし、さらに「特段の臨時収入があったわけではなく、54,000円の現金を手にしていており、被告が消費者金融から借り入れしていたことを妻や両親に話していないことから、借金返済に充てる資金欲しさに侵入計画したとしても不自然ではない」と動機を述べた。
 被告の供述の信用性については、「プロレスマスクを被った見ず知らずの男から声を掛けられたのに、依頼に応じて車で送迎したり、血の付いた衣類が入ったビニール袋を処分するという内容自体、余りに不自然、不合理である」と批難。さらに「供述通りであると、男らは無関係の被告を犯行に巻き込んでいるが、発覚のリスクを増大させるものであり、到底考えられるものではない。被告の供述は信用できない」と被告の主張を退けた。
 弁護側の複数犯主張に対しては、「犯人は証拠隠滅工作の一環で多数の足跡を残した可能性が考えられる。また証人の科学捜査研究所職員の供述によれば、さまざまな荷物や人が乗る車内から第三者のDNA型が検出されるのは、ありふれた事象といえる。また被害者宅から被告の毛髪や結婚、指紋が見つかっていないことは、犯人が殺害後に掃除機をかけるなどの隠滅工作を行ったと合理的に推認できる」と否定。さらに被告が事件後間もなく、自ら上司や妻、警察に事件の話をしたことについても、「被告がプロレスマスクの男に車を貸すなどした虚偽の弁解を考え出し、それに沿った行動を取ったとの見方も成り立ち得る」として、不自然ではないとした。
 以上から、裁判長は「被告が本件の犯人であると優に認められ、合理的な疑いを差し挟む余地はない」と結論付けた。
 量刑については「被害者2人をはさみなどでそれぞれ数十回刺すなど極めて強固な殺意に基づく執拗かつ残酷なもの。何ら落ち度のない2名の生命が奪われた結果は重大で、遺族らの悲痛な感情は理解できる。自己中心的で身勝手な動機に酌量の余地はなく、生命軽視の態度は強い社会的非難に値する。種々の証拠隠滅工作に及び、公判でも不合理な弁解を続け、反省の態度を示していない。刑事責任は極めて重大だと言わざるを得ない」と断じた。そして「侵入当初から殺害を計画していたものではないこと、前科がなかったことなどを考慮しても、死刑を選択することはやむを得ない」と述べた。
 弁護側は即日控訴した。
 2025年6月18日の控訴審初公判で、被告側は「一審判決が指摘した犯人が現金を奪ったとする点や被告の犯人性を認めた点に事実誤認がある」として改めて無罪を主張した。検察は理由がないとして控訴を退けるよう求めた。
 弁護側は証拠7点の採用を求めたが、いずれも棄却された。また検察側が求めた遺族の心情の意見陳述も行われず、即日結審した。

 判決で平塚浩司裁判長は、佐藤被告の車のトランクから検出された被害者の血液のDNA型が検出されたことや、事件後に『殺人犯が捕まるまで』などとインターネットで検索をしていたその後の行動などについて被告の犯人性を強く推認させると指摘。さらに現場の住宅に残された靴下跡と被告の足形は特徴的形状が酷似していることも、被告の犯人性を補強すると評価できると述べた。
 また経済的にかなり困窮していた被告が、事件の翌日に現金5万4,000円を返済したことなどを踏まえ、一審判決の認定、判断はその説明に一部適切でない部分があるものの佐藤被告が犯人であると認定し 現金を奪ったと認めた結論が論理則、経験則に照らして不合理であるとは認められず、弁護人の主張を検討しても評価は変わらないと結論付けた。
 そして「刑事責任は極めて重大で、極刑はやむを得ない」と断じた。
 弁護側は即日上告した。
備考  
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