黒武洋『そして粛正の扉を』(新潮社)

 新潮社と幻冬舎がタッグを組んで始まった日本ホラー・サスペンス大賞の第1回大賞受賞作。とある高校の卒業式前日。いつもは欠席、早退でがらがらな教室も、今日は全員揃っていた。素行の悪い生徒ばかりが集められたこの教室に、いつものように女教師が入ってきた。しかし、その女教師はいつものような気弱な表情ではなかった。女教師は戒厳令を宣言する。人質は教室の生徒全員。そして公開処刑が始まる。一人、また一人。だれも逃げ出すことは出来ない。事前に周到な計画が立てられており、他の教師も警察も近づくことが出来ない。ある警官は、トラップの地雷にやられて死亡した。地団駄を踏む警察。上からはあくまで説得をとの指令だが、とてもそう言う状況ではない。さらに女教師は身代金を要求する。TVで生中継される中、夭死された身代金で前代未聞の「ゲーム」を宣言した。人狩りという名のゲームを……。

 最初は『漂流教室』+『バトル・ロワイヤル』程度の流行便乗ものと思っていたが、とんでもない。最近の少年問題や少年法といった部分、それに殺戮部分あたりが重点的に取り上げられそうだが、この作品の魅力はそんな陳腐なキーワードだけでは語ることは出来ない。細部までよく考えられて作られたサスペンス小説であり、「反社会」小説でもある。ただし、この「反社会」はあくまで作者が道具として使用したものであり、作者自身が持つ主義主張ではない。この点を間違えないでほしいと思う。隅々に至るまでの隙のない構成力、人物の書き分け、集団心理や異常事に対する行動、計画に使用する武器やハイテク機器など、細かいところまでよく調べ上げ、計算された配置を誉めるべきである。心理描写に一部ミスがあるものの、これは些細な傷だろう。全く書き直していないようであるが、応募の時点でこれだけの完成度であったとしたら本当に驚き。一体この才能、どこに隠れていたのかと思ってしまうほどである。
 とにかく最初の一ページから最後の一ページまで一気に読ませる面白さ。久々に寝ることを忘れて読みふけってしまった。
 あえて苦言を挙げるとすれば、桐野夏生の選評にもあったように、教師側の背景が曖昧なままで終わっている部分。個人的にはもう少し書き込んでほしかったと思う。しかし、書けば書くほど小説のスピード感は失われ、緊迫感も薄れるであろう。このあたりはとてもデリケートで、難しい部分である。物足りないと言えば物足りないが、実は書いてほしくない。矛盾しながらも、もどかしいところではある。
 なお選評であるが、宮部みゆきの選評はどうも視点を間違えていると思う。ここまで冷酷に徹し切れたからこそ、この小説の面白さがある。桐野夏生の選評が一番納得するが、重要なところでネタばらしをしている点が問題。注意すべし。
 何はともあれ2001年、ようやく膝を打ちたくなる「面白い」ミステリに出会うことが出来た。傑作といってもよいだろう。今年のベスト5に入る可能性は高い。
 残念なのは、これが「ホラー・サスペンス大賞」であること。この作品のどこがホラーなのだろう? この小説は「サスペンス」小説の傑作ではあるが、「ホラー」ではない。もちろん、この小説の面白さ、そして評価には何の関係もない話ではあるが。




安東能明『鬼子母神』(幻冬舎)

 工藤公恵は都内の保健センターに勤める三十四歳の保健婦。ある日、公恵の勤務先に渡井敦子という若い母親から異常な電話がかかってきた。ただならぬ様子を察し、同僚とともに駆けつけた公恵が目にしたものは、敦子の三歳になる長女・弥音が血まみれとなった姿だった。幼児虐待――そう直観した公恵は渡井親子を注意深く見守り続けるが、しだいに想像を遙かに超えた虐待の真相が明らかになっていった……。急速に壊れゆく母子の絆。なぜ母は我が子を虐げてしまうのか……? 平凡な家庭に潜む地獄図を描いた問題作! 第1回ホラーサスペンス大賞特別賞受賞作。(「BOOK」データベースより引用)
 2000年、第1回ホラーサスペンス大賞特別賞受賞作に加筆訂正し、2001年に単行本化。

 元々ホラーは苦手なのだが、本作品は幼児虐待を扱ったもの。はっきり言って苦手中の苦手なテーマ。受賞作でなければ、手に取ろうとはしなかっただろう。我慢して読み進めたが、その内容で鬱になりそうで、本当に苦痛だった。物語の真相自体は割と早めに想像つくだろうが、そこに至るまでの過程がもう駄目。つまらないという意味とは別で、ページを重く感じたのは久しぶり。もう精神的に耐えられなかった。逆を言うと、虐待の方を前面に押し出しすぎて、物語が単調になっている感は否めない。もう少しオブラートに包む方法はなかったのだろうか。真相に気付かない主人公公恵にも苛立つし。
 人の心の恐怖を扱った作品だけど、普通に単語として挙げる「恐怖」とは違う気がする。得体の知れない恐怖とは異なる、触れてはいけない恐怖の類だろう。この手の作品が好きな人でない限り、お薦めすることが出来ない作品。




五十嵐貴久『リカ』(幻冬舎)

 42歳の平凡なサラリーマンである本間隆雄は、大学時代の後輩から教えてもらったインターネットの出会い系サイトで楽しむようになる。妻とひとり娘を愛する彼には、軽い遊びのつもりだった。本間は、ある出会い系サイトでリカと名乗る女性と知り合い、メールのやり取りをするようになる。最初の内は普通にやり取りをし、そのうち携帯電話で話をするようになった。しかし、リカの電話が昼夜関係なくかかるようになり、言動も徐々に常軌を逸していくようになった。怯えた本間は、携帯電話の番号を変え、メールにも一切応じないようにした。ところが新しい携帯電話に入っていたメッセージはリカからだった。しかも、メールで使っていた偽名ではなく、本名で呼びかけて……。リカの狂気はさらにエスカレートしていった。

 第2回ホラーサスペンス大賞受賞作。実によく出来た小説と言える。ストーリーのテンポもいいし、文章も悪くない。出会い系サイトの説明も、物語にうまく取り込まれた形で要領よく紹介されている。本間の怯えも巧く伝わってくる。
 ただ、“怖さ”に欠けている。文章からの怖さは伝わってくるのだが、それ以上のものがない。やはりホラー小説は、行間からの怖さが伝わってこないと、一流品とはいえない。言葉だけで、お手軽な怖さを演出している。
 小器用に纏まったホラー小説。ひとことで言ってしまうと、そんな感じの作品である。物語を作る上手さがあるから、一定の打率で作品を書き続けることが出来そうなタイプだが、ホームランを期待するのは難しいかもしれない。
 今回も、桐野夏生の選評がいちばん的確である。実に鋭い指摘をする。
 関係ないが、宮部みゆきの選評は、訳が分からない。受賞作の選評をしないでどうする?




春口裕子『火群の館』(新潮社)

 高台に建つマンションで共同生活を始めた明日香と真弓。その新しい部屋で奇妙な出来事が次々に起こる。バスルームに残された得体の知れぬ毛髪、新聞受けからこぼれ落ちる蛆虫……。そして真弓が浴槽で謎の死を遂げる。彼女の恋人も失踪し、残された手紙には「僕たちは許されるのか」という走り書きが。やがてマンションの隣人たちは不気味な行動を起こし、暗く湿ったボイラー室の扉が開かれる……。(帯より引用)
 2001年、第2回ホラーサスペンス対象特別賞受賞。2002年1月、新潮社より単行本刊行。

 司法試験を目指す阿南明日香が主人公。2週間前から共同生活を始めた世良真弓との腐れ縁が大学時代から七年目ということは、25歳かな。粗筋紹介で書かれている失踪した真弓の恋人は、大学時代のサークル仲間・山崎浩太郎だが、実際は大学卒業後に別れている。明日香は同じ仲間で、今は会社員の秀と付き合っている。明日香の周りで異変が起こり、真弓が死に、浩太郎が失踪。そして明日香と秀の周りに魔の手が迫る。
 読み終わった感想は、割とストレートなホラー物という印象。なぜ明日香たちの周りで異変が起きるのかという謎解き、というか被害者自身の捜査シーンが加わっている点は結構読めた。ただその異変が起こる理由はわかっても、どうやって起こすのかという部分がかなり曖昧。もやもやしたまま終わってしまった。また肝心のホラー部分、つまり明日香たちに起きる怪異現象の怖さが今一つ。蛆虫が湧いてくるシーンなんて、本来ならもっと背筋がぞくっと来ないといけないんだけどねえ。上っ面の恐怖しか書けていない点が残念。
 とりあえず最後まで読んだが、何をやりたかったのかわからなかった。ごちゃごちゃしすぎ。もう少し内容を整理できていれば、その分描写に文字を回すことができたと思う。




佐藤ラギ『人形(ギニョル)』(新潮社)

 彼は数年前まで妻子を持つ普通の会社員だった男だが、今は猪俣泰造というペンネームのSM小説家である。そんな彼が場末の飲み屋の常連だった中年男から紹介された男娼の名は「ギニョル」と言った。明らかに西洋人の血が混じっていると思われるその美しい少年の体には、明らかに過激なプレイの結果と思われる傷跡が無数に残されていた。そして尻には、罰と思われる文章が言語と日本語で彫り込まれていた。実際の性やSMには興味のないはずの中年男は、その少年を再び捜し出すべく、若手カメラマンの坂内と協力する。再び「ギニョル」を見つけだした彼らは自室に監禁し、加虐と官能の世界にのめり込む。そう、少年に彫り込まれた「邪悪ナル世界」へ彼らは足を踏み入れたのだ。
 2002年、第3回ホラーサスペンス大賞受賞作。

 SMに興味のない私にとって、表紙の絵や帯の言葉からの購買意欲は全くわかなかった。これがホラーサスペンス大賞受賞作でなかったら、買うことはなかっただろう。実際に読んでみると、思ったほど強烈でもなかった。大沢在昌がいうように「この世界に引きずり込まれていく自分の心に、恐怖を感じた」ことは全くなかったが。本当のところをいうと、SM小説の世界ってもっと残虐度が強いものだと思っていたが、この小説からはそれほど感じなかった。作者がわざとそうしたのか、単に作者の筆力がなかったのか。
 少年を捕まえてからは、途中途中のシーンのみを所々ピックアップする描き方になっており、そのつなぎの部分が簡単に流されている。そのため、フラッシュ写真を途切れ途切れに見せられるだけのイメージしか伝わってこない。少年の妖しさ、この世界の淫靡さなどがもっと書き込まれてもよかったと思うが、そうするとエンターテイメントとして成立するかどうか微妙だし、難しいところかも。少年にファーストフードやホットケーキを与えるシーンが出てくるところなど、作中で少年自身がいうように「甘い」世界で終わってしまったのも、作者の構想内だったのだろうか。
 「邪悪ナル世界」と謳うだけの世界を描くべきだったのでは、というのが本音かも。そうなったら、途中で投げ出していただろうが(苦笑)。
 作者はマレーシア在住。2003年の第10回日本ホラー小説大賞長編賞候補作にネコ・ヤマモト名義で「蜥蜴」という作品が選ばれているようだが、受賞後に作品を発表していない模様。




牧村泉『邪光』(幻冬舎)

 猟奇的な大量殺人事件で世間を震撼させた赤光宝霊会。教祖の久江は<邪光>を放つ者は粛正されなければならないという教義に基づき、殺人を繰り返し逮捕された。ある日、32歳の主婦・真琴が住むマンションの隣室に、黎子という少女が引っ越してくる。黎子は教祖・久江の一人娘だった。真琴はそんな黎子に同情し親しくなっていくが、やがて黎子に辛く当たっていた人間ばかりが、死んだり狂いだしたりする。現場には、なぜか黎子の姿が……。黎子が<粛正>を始めたのか? 真琴の疑惑は深まるばかりだった。(帯より引用)
 2002年、第3回ホラーサスペンス大賞特別賞受賞。加筆訂正のうえ、2003年2月、幻冬舎より単行本刊行。

 作者はフリーランスのコピーライターとのこと。そのためかどうかはわからないが、文章は読みやすい。
 大量殺人事件を起こした小さな宗教団体の教祖の娘と平凡な主婦の真琴が知り合うところから物語は始まる。そんな人物が来ればまあいじめられるだろうなあと想像できるだろうが、その通りな状況はちょっとテンプレ的か。それでも少女の不気味さは十分に出ていた。
 ところが物語が、少女の不可解さや不気味さの方向に進むのではなく、真琴の内面と背景に進んでいったのはどうにも不可解。本のタイトルは「邪光」だし、教祖が殺人を繰り返したのは<邪光>を放つものを粛正するため。そして黎子ですら<邪光>の話をしているのだから、そちらをメインのまま話を終わらせるべきではなかっただろうか。
 作品自体も、主人公である真琴の悲しさが主になっており、ホラー要素がどんどん薄れていっているのが残念。書き方を間違えたとしか思えない。




高田侑『裂けた瞳』(幻冬舎)

 神野亮司は幼い頃からある発作に悩まされていた。それは、身近にいる人の感情が爆発した時、その人間の見た光景が脳裏に浮かんでくるのだ。仕事上のミスをフォローしたのがきっかけで長谷川瞳と不倫関係になってしまった亮司は、ある日、得意先を訪れる途中で発作に襲われる。亮司が知覚したのはプレスマシンに挟まれて圧死する男が絶命する瞬間に見た光景だった。最後に見えた若い男の正体と現場近くに残されたカラスの死体の意味するものが結びついた時、亮司は身の危険を感じはじめる。すべては長谷川瞳との関係を清算することで終わるはずだったのだが……。(帯より引用)
 2003年、第4回ホラーサスペンス大賞受賞。2004年1月、単行本刊行。

 今一つ中途半端な感があったホラーサスペンス大賞であったが、本作は特に中途半端というか何というか。小さいころから意に沿わぬ能力のせいで虐められるというシーンが苦手なせいもあり、冒頭からページをめくる手がなかなか進まなかった。変に描写力がある分、読んでいてどんどん気が重くなっていった。特に長谷川瞳という存在が、とにかく重い。こういう女性と不倫をしてしまうと、大変だ。
 ただ、途中から話が迷走し出す。結局作者が何をやりたかったのかわからなくなってくる。ホラーなのか、サスペンスなのか、超能力SFなのか、不倫メロドラマなのか、それとも犯人探しなのか。主となるテーマが絞り切れていないため、話が迷走しているのだ。そして最後は家族という存在がテーマになってしまうし、いやはや、ここまで来るともう何が何だか。もうちょっと内容を整理して、主眼を絞るべきだった。
 テーマが重いだけならまだしも、全ての点について重い作品は読みづらい。作者がやりたいことを何もかも突っ込んでしまった、処女作にありがちの失敗作という気がする。認められるのは筆力だけだった。




誉田哲也『アクセス』(新潮文庫)

 親友の死から立ち直るまもなく、可奈子の携帯が着信した。電源を切っても聞こえる押し殺した笑い声――「おまえが殺した」。毎日はフツーだった。そう、「2mb.net」を知るまでは。誰かを勧誘すればネットも携帯も無料というプロバイダに登録した高校生たちを、奇怪な事件が次々襲う。自殺、失踪、連続殺人……。仮想現実に巣くう「極限の悪意」相手の、壮絶なサバイバルが始まった!(粗筋紹介より引用)
 2003年、第4回ホラーサスペンス大賞特別賞受賞。2004年1月、単行本刊行。2007年1月、文庫化。

 警察小説や青春小説など幾つものシリーズものを持つ作者の、ホラーサスペンス大賞特別賞受賞作品。作者はその前年、『ダークサイド・エンジェル紅鈴 妖の華』で第2回ムー伝奇ノベル大賞優秀賞を受賞している。
 高校生たちが主役のバーチャルホラー。ただホラー要素をよく見てみると、恐いと言うよりは少々グロいと言った方が正しいかも知れない。誰かを勧誘すればインターネットも携帯電話も無料、などと誘われると、普通の大人だったら胡散臭いと思うだろうが、高校生だったら騙されても仕方が無いかな、といったところ。しかも友達から誘われたら、断りづらいだろうし。まあ、ありがちな展開から始まり、母娘の関係や援助交際などこれもありがちなネタを使いながらも、読ませるだけのストーリー造りはなかなかのもので、新人賞なら十分受賞に値するだろう。普通の女子高校生である麻月可奈子、カッコイイ女になることを求めつつ援助交際を続ける川原雪乃、手当たり次第に女に手を出す宇野翔矢といった主要登場人物のキャラクターも立っている。残念だったのは、前半で所々で過剰かなという描写があるのに、後半の別世界の描写が少なくてイメージを浮かべるのが難しかったこと。一番大事なところだから、前半を少し削ってでもしっかり書いてほしかったな。
 結局スタートはどこだったのだろうとか、設定に首をひねるところはあるが、まあまあ楽しめた。傑作を書けるタイプとは思えないが、読める作品を多く書ける作家だと感じた。後に人気作家となる素養は十分に合ったと思う。




沼田まほかる『九月が永遠に続けば』(新潮社)

 水沢佐知子は41歳。高校三年生の息子と一緒に暮らしている。離婚した精神科医の夫雄一郎のことは忘れられないが、自動車教習所の教官である25歳の犀田と、大人の関係を持っている。ある日の夜、佐知子は文彦にゴミ出しを頼む。文句を言いながら、文彦はゴミを出しに行き、そしてそのまま帰ってこなかった。何も持たず、文彦はどこへ行ったのか。もしかしたら何か犯罪に巻き込まれたのでは。不安に震える佐知子の元に飛び込んだのは、犀田がホームから落ちて列車に轢かれて死亡したという記事。もしかしたら文彦が犯人なのかも……。
 2004年、第5回ホラーサスペンス大賞受賞作。

 日常の恐怖をリアルに書いたサスペンス。前触れもなくいなくなった息子への不安、次々と明らかになる事実に怯える平凡な中年女性の姿をリアルに捉えている。いきなり子供がいなくなるという話は、『消えた娘』が思い浮かぶのだが、あの作品ほどは人の内面を書き切れてはいないのが残念。
 途中までは主人公の不安な気持ちがよく書けていると思うのだが、肝心の結末がつまらない。失踪の理由と周囲で起きる事件が、雰囲気をぶちこわしている。一言で言えば拍子抜け。リアリティを追求すれば、こういう結末がいちばん現実的なのかもしれないが。
 「地に足がついた作品」という評は正しいが、足がつきすぎるのは物足りない。結末の着地が決まっていれば、日常に起きるサスペンスを描いた佳作になったかと思うと、非常に惜しい作品である。




道尾秀介『背の眼』上下(幻冬舎文庫)

 児童失踪事件が続く白峠村で、作家の道尾が聞いた霊の声。彼は恐怖に駆られ、霊現象探求所を営む真備のもとを訪れる。そこで目にしたのは、被写体の背中に人間の眼が写り込む、同村周辺で撮影された4枚の心霊写真だった。しかも、彼ら全員が撮影後数日以内に自殺したという。これは単なる偶然か?第5回ホラーサスペンス大賞特別賞受賞作。(上巻粗筋より引用)
 「ゴビラサ…」道尾の前で謎の言葉を呟いた男は、数日後に刺殺体で発見された。やがて、彼の残した言葉と度重なる霊現象が結びついた時、孤独な少年の死に端を発した一連の事件にまつわる驚愕の真実が明らかになる。美貌の助手を伴う怜悧な霊現象探求家・真備と、売れないホラー作家・道尾のコンビが難事件に挑む。(下巻粗筋より引用)
 2004年、第5回ホラーサスペンス大賞特別賞受賞。2005年1月、幻冬舎より単行本で刊行。2006年1月、幻冬舎よりノベルス化。2007年10月、上下巻で幻冬舎より文庫化。

 本格ミステリ大賞、日本推理作家協会賞、大藪春彦賞、山本周五郎賞、直木賞を立て続けに受賞し、現在も一線で活躍する作者のデビュー作。ホラー作家の道尾秀介と霊現象探求所を構える真備庄介が活躍するシリーズ(といっても長編2作と短編集1作しかないけれど)の初登場作品でもある。
 解説の中のインタビューにもあるけれど、「最終的に本格の仕掛けで落とすホラー長編」という趣向。そういう意味での仕掛けとしては見事に成功していると言わざるを得ない。ホラー小説ファンからしたらがっかりするところがあるかもしれないが。まだまだ怖くできる要素はあったと思う。
 応募時1200枚あった原稿が900枚に切り詰められているとのことだが、道尾と真備の会話がやや冗長という感があることは否めない。今だったらもっと刈り込むか、逆にもう一つ二つアイディアを入れていたような気がする。
 なんでこれが特別賞なんだろうと思ったら、大賞は沼田まほかるか。小説としての面白さなら道尾の方が上だったが、賞のコンセプトを考えると特別賞で終わったのも仕方がないか。




吉来駿作『キタイ』(幻冬舎)

 8人の高校生は、死んだ仲間・葛西を甦らせようと死者復活の儀式・キタイを行う。それから18年、復活を遂げた葛西はキタイの秘密を知る仲間を殺し、永遠の命を得ようとするが……。死者による、時を超えた惨劇が始まる。(「TRC MARC」の商品解説より引用)
 2005年、第6回ホラーサスペンス大賞受賞。加筆修正のうえ、2006年1月、幻冬舎より単行本刊行。

 第一章は、18歳の姿のままの葛西が、かつての仲間を殺し続け、女は犯しまくる。第二章は18年前の話。第三章は、第一章で残った者たちと葛西が対峙する。
 綾辻行人が選評でスティーブン・キングの『IT』や『ペット・セマタリー』を先行作品として挙げていたが、どっちも読んでいない身としてはさっぱりわからない。死者が甦る方法としてはなるほど、ありだなとは思って読んでいたが、対象によって異なる部分があったりしてご都合主義だなと思わせる。そもそも、肝心の中身が読みにくくて辛い。第一章は唐突に視点が変わるし、登場人物の描写が足りなくてどんな人物だかよくわからないまま話は進むしといった次第。そして第二章はなんだか痛々しい高校生がたどたどしく破局に向かっている印象しかない。第三章になってようやくホラーらしさが出てきて、物語もテンポよく進む。登場人物をもっと減らし、過去パートをもっと整理すれば、より怖い作品ができたんじゃないか?
 改善点がいっぱいあって、何だかもったいない。葛西のあくどさをもっと突き詰めて書いた方がよかったと思う。なんかアイディアを整理しきれないまま、勢いだけで書いたような作品だった。



【「ホラーサスペンス大賞」に戻る】