岡嶋二人『焦茶色のパステル』(講談社文庫)

 東北の牧場で、牧場長と競馬評論家・大友隆一が殺され、サラブレッドの母子、モンパレットとパステルも撃たれた。競馬の知識のない隆一の妻、香苗を怪事件が次々に襲う。一連の事件の裏には、競馬界を揺るがす恐るべき秘密が隠されていた。注目の競作作家の傑作競馬ミステリー。第28回江戸川乱歩賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
 1982年、第28回江戸川乱歩賞受賞。1984年8月、文庫化。

 ディック・フランシス以外には結構珍しい競馬ミステリ。夫・大友隆一が競馬評論家なのに、自身は全く競馬に無知である女性・香苗が主人公。しかも離婚寸前というのだから……。そのため、香苗の友人である競馬誌記者・綾部芙美子が手取り足取り教えてくれる。そのため、競馬に全く無知(私もそう)な読者でも背景がわかるようになっている。そのあたりは割とあるパターンかも知れないが、描き方が秀逸。さり気なく、自然に書くのは結構大変だと思うが、難なくクリアしているのはお見事としか言いようがない。
 隆一や牧場長がサラブレッドの母子とともに殺害される謎も、調査しているうちにどんどん深化していく流れが巧い。伏線の張り方もさすがだし、結末の意外性もよくできている。最後まで読んで、タイトルに込められた意味を知り、思わずアッと唸ってしまう。文句なし、といいたいところだが、肝心の主人公である香苗の存在感が弱いのがちょっとだけ残念。それでも乱歩賞の中でもベスト5に入る傑作。
 ただ個人的になのだが、前年の応募作、『あした天気にしておくれ』の方が面白かった。この作品を受賞させなかったのは、乱歩賞史上最大のミステイクである。もし作者が筆を絶っていたら、どう責任を取るつもりだったのかと言いたいぐらい。




鳥井加南子『天女の末裔』(講談社文庫)

 岐阜県王御滝郡神守地区、禁男の山中で坐女が生んだ女の子は、民俗学研究の学生が連れていったという。そのとき、村の男が殺され、坐女は殺人犯として服役する。村人たちは「イチミコサマの呪い」と呟くのみであった。そして23年後、再び山中で謎の殺人事件が起きた! 江戸川乱歩賞の話題作。(粗筋紹介より引用)
 1984年、第30回江戸川乱歩賞受賞。同年9月刊行。1987年9月、文庫化。

 乱歩賞史上、一、二を争う駄作との評価がある本作。関口苑生『江戸川乱歩賞と日本のミステリー』には裏話が載っているが、最終選考に残せる作品が3作しかなく、もう少しほしいという編集部の要望で繰り上げ当選みたいな形であげたのが本作であり、なぜか本作が乱歩賞を受賞したものである。今回、20何年かぶりで読み返してみたが、やっぱりつまらない。
 シャーマニズムを扱いながらも主人公兼ヒロインの中垣内衣通絵がその方面に疎いため、ヒロインに惚れている大学の同好会の先輩である石田達彦が教えるのだが、その教え方を読んでいるとどうもまどろっこしい。これは丁寧というのではなく、単に文章が下手なだけ。さらに肝心なところで院卒の論文を使うのだが、これがとても論文の文章とは思えない。もっと噛み砕いて説明する方法はなかったのか。まあその程度なら許せる範囲だが、ヒロイン衣通絵そのものに魅力がなく、相手役の石田もぐずぐずするだけで全く魅力がない。舞台設定の説明も曖昧なところが多い。もっと問題なのは、展開がチープな2時間ドラマでもここまではない、というぐらい安易なところ。母親は誰、父は教えてくれない、先輩もやめろと言って会わなくなるし、父親は殺され泣き暮らし、先輩が復帰し、さて村に行ったらいろいろと教えてくれました、刑事と会いました、真犯人と対峙するぞ。なんですか、この流され具合は。自分でやることと言ったら、当時の新聞を調べるぐらい。歩く歩道に乗ったらゴールに着きましたみたいなこの展開、もう少し工夫してほしかったところ。
 登場人物は少ないので犯人探しの楽しみもないし、過去の事件の真相もほぼ最初から表に出ているし、トリックは素人でも簡単に見破れるもので、登場人物たちもみんな見破っており、なぜこれが警察は気づかないのだろうかと言いたくなるぐらいのレベル。ある登場人物の出世ぶりも異常。誉めるところが無い。
 個人的には『風のターンロード』『浅草エノケン一座の嵐』『左手に告げるなかれ』『マッチメイク』と本作が乱歩賞のワースト5なのだが、その中ではましな方か。一応小説を書こうとする努力は見られる。もっとも実力以上の受賞であったことは、その後の活躍が全く見られないところからもわかる。



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