江戸川乱歩賞



【江戸川乱歩賞】
 日本推理作家協会主催、のちに講談社、フジテレビ後援。1954年10月、江戸川乱歩が還暦祝賀会の席上、日本探偵作家クラブへ100万円の寄付をした。日本探偵作家クラブでは、江戸川乱歩の業績を称え、寄付金を基金にして江戸川乱歩賞を創設した。推理小説界の功労者への顕彰としてスタートし、第1回は中島河太郎、第2回は早川書房へ贈られた。第3回からは中島河太郎の提案により、新進の推理作家の発掘、育成を目的にした、公募による長編推理小説新人賞に変更された。新人賞になっての最初の受賞は仁木悦子。以後、一線で活躍する人気作家を世に送り出す。戦後発足した推理小説の新人賞としては、最も古く長い歴史を持ち、推理小説の登竜門として定着している。
 正賞としてシャーロック・ホームズ像(第49回からは江戸川乱歩像)が、副賞として賞金(現在は1000万円)が贈呈される。また、受賞作は講談社から出版される。1992年の第38回からはフジテレビが後援に加わり、受賞作が同局にて単発ドラマ化、あるいは、映画化されるようになった。
(『日本ミステリー事典』(新潮社)及びwikipediaより一部引用)

第1回(1955年)
受賞 中島河太郎『探偵小説辞典』  50年以上も前に連載されていたものだから、説明文等が古いのは当たり前。今ではすでに既知の内容でも、当時は知られていなかったこともある。しかしそんなことは、この本の価値を落とすものではない。まだインターネットもコピーもなかったこの時代に、これだけの量をまとめあげた事実こそが称賛されるべきだ。古い辞典がまとめられてなんだという向きがあるかもしれないが、逆に50年前はこういう風にみられていたのか、という新しい視点も得られるものである。今では顧みられなくなった作家についても頁を割かれており、それもまた面白い。
第2回(1956年)
受賞 早川書房「ポケット・ミステリ」の出版  こればかりは書評を書きようもないので、選考当日までに刊行されたのは148冊であるという事実にとどめておく。
第3回(1957年)
受賞 仁木悦子『猫は知っていた』  公募に切り替わって初めての乱歩賞受賞作。第1回受賞作と言い換えてもおかしくはない。時代を代表する作品であり、そういう観点で読む分には構わないだろうが、純粋に面白さを求められると、今読むには古めかしくて少々きつい作品。この作品の良さは、殺人事件を扱いながらも、仁木兄妹に代表されるような作品の明るさだと思うが、それはあくまで過去の探偵小説に陰湿な部分が多かったことと比較されたことを考慮した方がい。
第4回(1958年)
受賞 多岐川恭『濡れた心』  全編が日記、手記、メモで構成されている凝った構成。女子高校生のレズビアンという、当時としてはかなり斬新的だったと思える題材。そして綺麗な文章に意外な展開。色々な意味でよく考えられたミステリであり、だがその凝り具合を感じさせない読みやすさ。色々な意味で破格な作品であり、受賞も当然である。もっと評価されてもいいと思うのだが。
第5回(1959年)
受賞 新章文子『危険な関係』  それぞれの内面を並行的に書き連ね、徐々に複雑な人間関係を明らかにしく展開は少々長い。当時から考えたら、かなり長めの長編と言えるだろう。登場人物へのイライラ感こそあるものの、読んでいて退屈というわけではなく、しっかり読んでいけば徐々に世界へ引き込まれていくだけの筆致はある。乱歩賞を取っただけの骨太な作品といえるだろう。
第6回(1960年)
受賞 受賞作なし
第7回(1961年)
受賞 陳舜臣『枯草の根』  舞台は神戸の華僑社会であり、登場人物の中国人が多い。名探偵役である陶展文の影響もあるだろうが、作品全体がどことなくゆったりとした、大人(たいじん)の雰囲気を漂わせた仕上がりになっている。人物や背景描写、落ち着いて拡張のある簡潔な文章、作品の構成など、どれをとっても一級品。これが処女作なんて、事前情報を知らなければ誰も信じられないのではないか。乱歩賞でも屈指の傑作。
第8回(1962年)
受賞 戸川昌子『大いなる幻影』  男子禁制のアパートに住む老嬢たちと、一本のマスターキーをめぐる話。章ごとに主人公となる老嬢が変わっていくので、今だったら連作短編集といわれていたかもしれない。一本しかないマスターキーを軸にして、アパートに隠れ住んでいた老嬢たちの過去が次々と明らかになる展開が面白い。さらに作者によってプロローグから張り巡らされた伏線が、まさに「大いなる幻影」であるところがうまい。まさに濃縮されたサスペンス・スリラーである。
受賞 佐賀潜『華やかな死体』  捜査や起訴、公判に至るまでの展開にはリアリティがあり、検事や警察の心情もよく伝わってくる。意図せぬ方面からの弁護士の攻撃に苛立つところなどは、作者の経験なのかも知れない。物足りないところはあるだろうが、ミステリとしての構成も含め、よく考えられた仕上がりになっている作品である。同時受賞作や最終候補作の評判が高いため、本作の評価が今一つかもしれないが、法定小説の力作といってもいいだろう。ただ、この最後は頂けない。現在ならまだしも、当時の裁判で、こんな判決に終わることがあるだろうか。
第9回(1963年)
受賞 藤村正太『孤独なアスファルト』  社会派推理小説が流行っていた頃の推理小説という感は強い。平凡な被害者、平凡な容疑者、平凡な刑事、そして平凡な犯人。どこにでもいるような人たちが登場人物であり、動機も平凡で、新聞記事の片隅で終わるような事件。とはいえ、考えられたトリックが使われているし、社会背景を取り込み、練られたストーリーである。タイトルも含め、都会への憧れと孤独を上手く書いた作品である。
第10回(1964年)
受賞 西東登『蟻の木の下で』  戦争というもの、そして軍隊の理不尽さに対する作者の怒りが強烈に込められており、それらがもたらした悲劇がこの作品の全体を覆っている。この強烈なメッセージ色と事件の謎、そして新興宗教などの(当時の)現代性が上手く絡み合い、本作のような異色作が生まれることとなった。
第11回(1965年)
受賞 西村京太郎『天使の傷痕』  本作品で作者が言いたかったことは、やはり後半で明かされる「天使」の謎に絡んだ社会的問題と、それに絡む日本人的社会心理への訴えではないのだろうか。前半からの流れを全く無視するかのように最後で語られる訴えは、唐突であるからこそ、読者への心に重く響く。まだこのような問題が世間の表に出てこなかった当時においては、より一層重い響きだったと思える。傑作といわれると困るが、読みごたえはある作品。
第12回(1966年)
受賞 斎藤栄『殺人の棋譜』  将棋ミステリということで当時話題を呼んだというのを何かで読んだ記憶があるが、改めて読んでみると結構無茶の多い誘拐サスペンス。そもそも史上最高位である名人位を、わずか三番勝負で決めてしまおうという設定へ変えてしまうところに、将棋ファンとしてはかなりの無理を感じる。途中途中で意外な展開があるため、退屈することなく読めるテンポの良さしか、褒めるところがない作品。
第13回(1967年)
受賞 海渡英祐『伯林-一八八八年』  
第14回(1968年)
受賞 受賞作なし
第15回(1969年)
受賞 森村誠一『高層の死角』  
第16回(1970年)
受賞 大谷羊太郎『殺意の演奏』  芸能界を舞台にしているも、実際に芸能界の部分に触れているところはごくわずか。密室トリックや暗号トリックも含め、色々と面白くなりそうな要素が散りばめられているのに、生かし切れていない。登場人物も限られており、こうなるとトリックは解けなくてもある程度の流れは読めてしまう。なんとも勿体ない作品である。
第17回(1971年)
受賞 受賞作なし
第18回(1972年)
受賞 和久峻三『仮面法廷』  
第19回(1973年)
受賞 小峰元『アルキメデスは手を汚さない』  テロパラが出るまで売り上げNo.1だった本作。当時の時代を斬った作品であったのだろうが、主人公たち高校生があまりにも幼い。妙に大人ぶって、それでいてなぜか古臭い。今読むとかなりきついところはあるが、推理小説が時代の合わせ鏡だという見方からしたら、傑作だったのだろう。
第20回(1974年)
受賞 小林久三『暗黒告知』  
第21回(1975年)
受賞 日下圭介『蝶たちは今…』  
第22回(1976年)
受賞 伴野朗『五十万年の死角』  
第23回(1977年)
受賞 藤本泉『時をきざむ潮』  
受賞 梶龍雄『透明な季節』  戦時下の学園生活を舞台にした青春推理小説。一応殺人事件の謎はあるし、ちょっとしたトリックは使われているものの、やはり戦時下の東京の中学生の心境を描いた作品と言い切った方がいいだろう。戦時下でありながらも、中学生の若さと瑞々しさと、そして純粋さは変わらない。記憶と歴史の奥底に沈めてはいけない時代を残そうとした作品。そんな気がする。
第24回(1978年)
受賞 栗本薫『ぼくらの時代』  本作で時代の寵児となった作者の小説デビュー作。受賞当時は25歳。テレビ局が舞台で、歌番組の本番中に観客席で被害者となったアイドルファンの女子高生、事件を解決するのはロックバンドを組んでいるアルバイトの若者たち。まさに時代を写し取った作品で、テンポもよく、リズム感にあふれ、そしてミステリのツボも心得ている。まさに時代が生んだ乱歩賞作品。
第25回(1979年)
受賞 高柳芳夫『プラハからの道化たち』  プラハの春直後を背景とした国際スパイ小説。歴史的には何一つ変わらなかった主人公たちの行動だが、道化には道化の意地があるし、主張もある。そんな人間ドラマは、海外経験が豊富で、しかも当時西ベルリンにいた作者だから書くことのできた作品だろう。ただ作者の経験が表に出てしまったか、ちょっとシビアな部分が寂しかった気もする。
第26回(1980年)
受賞 井沢元彦『猿丸幻視行』  折口信夫が猿丸太夫の正体やいろは歌の暗号などに挑む歴史ミステリ。梅原猛説に寄りかかっていることは否めないが、多くの謎をスピーディーに読ませる構成と腕は見事というしかない。本作以降、乱歩賞に歴史ミステリやお勉強ミステリが増えていく。そういう意味でも、エポックメイキングな作品といってよいだろう。
第27回(1981年)
受賞 長井彬『原子炉の蟹』  厳重監視下の密室殺人や猿蟹合戦の見立て殺人。これだけ聞くと面白くなりそうなのに、全然面白くないというのはこれ如何に。原子力発電所の内幕を描いた「お勉強ミステリ」であるからとしか言いようがない。殺人そのものの動機も弱いし、わざわざ見立て殺人にする動機はもっと弱い。(当時)あまり取り上げられていない題材に、本格ミステリらしい密室や見立て殺人を無理矢理くっつけたような、表面は手堅いがいびつな仕上がりである。
第28回(1982年)
受賞 岡嶋二人『焦茶色のパステル』  競馬に全く無知な読者でも背景がわかるような展開がさり気なく自然に書かれており、割と難題と思う課題を軽くクリアしているのはお見事としか言いようがない。殺害の謎も、調査しているうちにどんどん深化していく流れが巧い。伏線の張り方もさすがだし、結末の意外性もよくできている。最後まで読んで、タイトルに込められた意味を知り、思わずアッと唸ってしまう。乱歩賞の中でもベスト5に入る傑作。
受賞 中津文彦『黄金流砂』  
第29回(1983年)
受賞 高橋克彦『写楽殺人事件』  
第30回(1984年)
受賞 鳥井加南子『天女の末裔』  登場人物は少ないので犯人探しの楽しみもないし、過去の事件の真相もほぼ最初から表に出ているし。トリックは素人でも簡単に見破れるもので、登場人物たちもみんな見破っており、なぜこれが警察は気づかないのだろうかと言いたくなるぐらいのレベル。そして展開がチープな2時間ドラマでもここまではない、というぐらい安易。誉めるところが無い。乱歩賞でもワースト級。
第31回(1985年)
受賞 東野圭吾『放課後』  謎の設定が興味深い本格推理小説であるし、女子校を舞台としている割には登場人物の描写もしっかりとしていて、青春推理というフレーズにも納得できる物ではある。トリックや犯人像も悪くない。やや手堅いかな、という印象こそはあるものの、これだったら受賞してもおかしくはないだろう。事件の動機についても個人的には納得いった。ただ、最後のシーンが全てをかっさらって行っているように思えてしまうのは何故だろうか。
受賞 森雅裕『モーツァルトは子守唄を歌わない』  
第32回(1986年)
受賞 山崎洋子『花園の迷宮』  文を書くことに慣れているのか、非常に読みやすい。物語の背景もよく描けているし、テンポもよいから、ページをめくる手は進む。ヒロインの未来を見つめる強さも読んでいて心地よい。事件の謎もうまく描かれており、結末まで読者の興味を引く展開も面白い。ただテンポが良すぎて、昭和初期の歓楽街という退廃的なムードが薄まっているという欠点もあるようだが。完成度の高さは見事。
第33回(1987年)
受賞 石井敏弘『風のターン・ロード』  まず主人公に魅力がない。登場人物の造形に説得力がない。展開は作者のご都合主義満載。ペラペラ喋るだけで何の捜査もしていない刑事には失望。あまりにも装飾過多な文章。説得力のない動機。うーん、いいなと思ったところはバイクの描写しかない。それが事件と何の関係もないところが残念。当時史上最年少の受賞だが、売りはそこしかないのかと言いたいぐらいレベルは低い。選評を見てもわかる通り、候補作の出来が悪かった年だった。
第34回(1988年)
受賞 坂本光一『白色の残像』  野球部分については面白かったが、今回の事件については指導者の声しか聞こえてこなかったのは残念。それ以前に、この方法で確実に打撃がアップするかと聞かれたらかなり微妙だと思うのだが。特に密室トリックは、実行こそは可能かもしれないけれど、間違いなく検屍段階でわかるだろう。それ以前に、これをどうやったら素人が推理できるんだ? 乱歩賞のレベルからいったら、かなり低い方。リーダビリティは悪くないけれど。
第35回(1989年)
受賞 長坂秀佳『浅草エノケン一座の嵐』  
第36回(1990年)
受賞 鳥羽亮『剣の道殺人事件』  剣道の試合中という衆人環視での殺人という思い切り魅力的な謎。その後の連続殺人事件やその動機はわかる。ただ、他の部分が古臭い。警察が被害者の周辺を全然調べようとせず、素人の大学生に先を越されるってどういうこと。そもそも、甥っ子に事件の詳細をペラペラしゃべる刑事課長というのも問題だと思うのだが。挙句の果てに犯人の考え方があまりにも古すぎる。特に結末の展開は失笑もの。江戸時代の武士かよ、って言いたい。
受賞 阿部陽一『フェニックスの弔鐘』  
第37回(1991年)
受賞 鳴海章『ナイトダンサー』  
受賞 真保裕一『連鎖』  
第38回(1992年)
受賞 川田弥一郎『白く長い廊下』  病院が舞台というお勉強ミステリ。病院ならではの事件、トリック。本職の知識を生かしたものだが、それ以上の面白さが何もなく、手堅くまとまっているだけの仕上がり。突き抜けた何かがないと、ミステリとしては全然面白くないし、将来の期待もできない。
第39回(1993年)
受賞 桐野夏生『顔に降りかかる雨』  
第40回(1994年)
受賞 中嶋博行『検察捜査』  
第41回(1995年)
受賞 藤原伊織『テロリストのパラソル』  史上初、そして二度とないのではないかと思える乱歩賞と直木賞のW受賞作。形式的にはハードボイルドなのだろうが、むしろ男のダンディズムを追求した作品と言った方がいいかもしれない。とにかく格好良く、そしてどことなくノスタルジックな傑作。
第42回(1996年)
受賞 渡辺容子『左手に告げるなかれ』  ヒロインには共感をもてないし、警察はほとんど何もしていない。タイトルも物語とマッチしない。出だしからイヤになった。乱歩賞でもワーストクラス。
第43回(1997年)
受賞 野沢尚『破線のマリス』  路線が心理サスペンスの方向に流れていったのは予想が裏切られた分面白く読めたが、逆に中心になると思わせた投身自殺の謎がなんら解かれることなく終わってしまい、欲求不満が残る。テレビの報道被害とやストーカーの問題も新味のない話であるし、場面展開の意外さ以外に面白さはないといってよい。それでも読ませる小説に仕上がっているのは事実。
第44回(1998年)
受賞 池井戸潤『果つる底なき』  作者が本職の銀行員ということもあるせいか、銀行の描写や銀行員、銀行の仕事の部分は非常にリアルである。ここ最近の受賞作に共通する、手堅くまとめられた作品。
受賞 福井晴敏『Twelve Y.O.』  どこかで見た設定もあるし、ご都合主義的部分も一部あるが、ストーリーは面白い。しかし、このストーリーでは枚数が全く足りない。特に最後の方は駆け足で可哀想。その点では作者に同情する。しかし、文章はあまりにも読みづらい。確かに「鳥肌が立つ」文章だ。そこさえ直せば大化けする可能性あり。
第45回(1999年)
受賞 新野剛志『八月のマルクス』  完全にハードボイルドの公式通りの作品である。ここまで完璧に公式通りになぞった作品も珍しい。そういう意味ではかえって新鮮に感じられた。ただ、せっかくお笑い界を舞台としているのに、突っ込みが浅い。せっかくタイトルにマルクスを出しながらもマルクス兄弟に触れられるのもわずか。もう少しこだわってみてもよかったのではないだろうか。
第46回(2000年)
受賞 首藤瓜於『脳男』  鈴木一郎というインパクトのある主人公。その鈴木一郎の正体が明らかになるまでの医学的、精神的アプローチ。そして連続爆破事件。さらに最後の爆破パニック。サスペンスとして十分面白い作品に仕上がっている。これなら満場一致で乱歩賞を取ってもおかしくはない。ただ、昔のテレビ特撮ものを見ている、という気がしなくもない。
第47回(2001年)
受賞 高野和明『13階段』  設定を生かし切ったドラマ作りに感心。ミステリに相応しい仕掛けも用意しており、ラスト前のサスペンス度は抜群。死刑問題、犯罪被害者救済、犯罪加害者や家族への二次的侵害など、様々な問題に正面から取り組みながら、片方の意見に偏らず、しかも主張を前面に押し出さず、さらりと流すところも巧い。乱歩賞に相応しい佳作といえよう。
第48回(2002年)
受賞 三浦明博『滅びのモノクローム』  下手な2時間ドラマの台本を読まされている気分になった。設定は安直。作者の頭の中で先走りしているのか、説明不足の内容も多い。政治や戦争のことを批判している内容も、新聞からの受け売りにしか見えない。映像化しやすい内容に、男と女を配置して、サスペンスで味付けしただけ。こういう作品を選ぶしかなかった選考委員に同情してしまう。
第49回(2003年)
受賞 赤井三尋『翳りゆく夏』  丁寧な作品だし、登場人物や時代背景なども過不足なく、しかし必要な分だけ書き込まれている。登場人物のほとんどが善意の人物なので、読んでいて気持ちがよい。適度な驚きもある事件の真相も含め、手堅い一作といえる。ただし無難すぎて、新人の作品としての冒険性、面白味はない。
受賞 不知火京介『マッチメイク』  登場人物のほとんどが10数年前の実在レスラーをモデルとしている。プロレスの仕組みについても今更。選考委員にプロレスファンがいたら、最終選考にすら残らなかっただろう。ミステリの部分だけに目を向けてみても、無理が多い。最後のドタバタなんか茶番でしかない。受賞作としての価値はない。
第50回(2004年)
受賞 神山裕右『カタコンベ』  視点が乱れたり、説明不足の部分があったりといった小説技術の未熟さが目立ち、物語を純粋に楽しむことができない。未熟さを跳ね返すだけの作品のパワーがあればいいのだが、物語そのものが荒削りで未完成という印象しか持てなかった。ケイビングという発想は目新しいが、題材を生かし切っていない。
第51回(2005年)
受賞 薬丸岳『天使のナイフ』  社会派要素に加え、連続殺人事件の謎というミステリ要素も充実しているのだから大したもの。最後の犯人は割と早い段階で見当が付くが、それでも結末まで読者の目を離さない展開とサプライズは見事。細かい伏線の張り方もうまいし、人物の描写も新人らしからぬ巧さである。近年の乱歩賞では上位クラス。
第52回(2006年)
受賞 鏑木蓮『東京ダモイ』  現在と過去の殺人事件が絡むという展開は、過去の乱歩賞でもおなじみの使い古されたもの。何か隠し味みたいなものがあればよかったのだが。主人公やその上司、勤めている出版社などはよく描けているのだが、もう一方の謎解き手である警察のほうの描写は描き分けができておらずお粗末。文章力が安定しているだけに、もう一歩の努力を求めたい。
受賞 早瀬乱『三年坂 火の夢』  題材はとてもいい。明治初期の描写も悪くない。主人公の設定もなかなか魅力的だ。どことなく幻想的で、そして霧の中を歩いているようなぼやけた感覚の物語進行も、最初こそはとまどいがあったが、慣れてしまえばなかなか味がある。題材の面白さに物語の面白さが負けてしまっているのが残念。
第53回(2007年)
受賞 曽根圭介『沈底魚』  昔からある題材とはいえ、現在の社会情勢を踏まえて作り上げた設定は悪くないし、登場人物もそれぞれ個性的。主人公よりも脇役のほうに存在感があるのは、たぶん作者の計算だろう。ただ、公安刑事なのに素直すぎる主人公に興醒め。都合よすぎる展開がちょっと残念。書ける実力のある人だろうとは思う。
第54回(2008年)
受賞 翔田寛『誘拐児』  文章は手堅いし、視点の切替も良いタイミングだ。昭和36年という時代を感じることはなかったが、その当時ならではの描写はそれなりに生かされている。ぐいぐい読ませるというほどではないが、読者が飽きるということはないだろう。ただし、浪花節か時代劇のラストみたいな結末はどうにかならなかったものか。
受賞 末浦広海『訣別の森』  第一章を読み終わった時点ではかなり期待したのだが、第二章からやや話がおかしくなってくる。知床の環境問題を絡めたまではよかったのだが、覚醒剤絡みの人物達の描写や行動はかなりおざなり。さらに主要登場人物が次々と姿を現すに連れ、その行動動機に首を傾げたくなる。まともな人物は出てこないのかよと突っ込みたくなるのは、作者の書き込み不足だろう。
第55回(2009年)
受賞 遠藤武文『プリズン・トリック』  交通事故の被害者、加害者を取扱い、交通刑務所の描写もそれなりに書かれている。他にも報道被害など複数の社会問題を取り込んでいる。そういう意味では社会派という言葉に間違いはない。それでいて、確かに密室殺人などのトリックも使われている。ただ「志の高さ」を評価するのはいいけれど、そのハードルに出来が全く届かない作品を選ぶのはどうかと思う。
第56回(2010年)
受賞 横関大『再会』  過去のお勉強ミステリと比較すると、等身大の作品といえる。その分物足りなさ、地味さを感じる人がいるかも知れないが、ストーリー自体はそれなりに練られているので、読んでいて退屈さを感じることはない。悪くはない作品といえるだろうが、手慣れた感があるのは否めない。60点の作品は量産できそうなタイプだ。
第57回(2011年)
受賞 玖村まゆみ『完盗オンサイト』  主人公と同様、ストーリーに妙なパワーを感じさせる作品である。欠点は多いが、読んでいて面白いし、読後感そのものも悪くない。「皇居内の盆栽」「ロッククライマー」「三人の病人」の三題噺を結びつけた手腕もなかなかのもの。問題は前半が冗長で後半は駆け足になったことと、視点の切り替えが下手なこと。クライマックスとなるべきクライミング部分が、ほんの僅かしか書かれなかったのは、非常に勿体ない。
受賞 川瀬七緒『よろずのことに気をつけよ』  一言をもって評すれば達者。呪いをキーワードにした事件の真相、一つの謎が解かれると次の謎が現れるという古典的ながら読者を飽きさせない展開、主人公から脇役にいたるまでの人物描写の巧みさ、会話文を主体としたテンポのよい文章と、これが本当に新人かと思わせるほどの作品である。ただしその巧さは、ベテランが読者を飽きさせないで読ませるという巧さであり、完成度は高いものの、評価とすれば平均点だろう。
第58回(2012年)
受賞 高野史緒『カラマーゾフの妹』  ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』の13年後という設定。読んだことは無いが、原典を読まずとも舞台はわかるようになっている。奇妙なぐらい文章が硬いのに、妙な軽さしか残っていない。ミステリにする意味がほとんど感じられないし、小説としても面白さは感じない。それ以上に問題なのは、二次創作にすぎない点。これが乱歩賞というのは許せない。
第59回(2013年)
受賞 竹吉優輔 『襲名犯』  文章が悪くても中身が面白ければ許せるのだが、内容自体もすっきりしないところが多い。最大の問題点は、本事件の犯人が憧れた連続殺人事件犯の死刑囚に何の魅力もないこと。警察捜査に首をひねる部分があるのはまだしも、登場人物が少なすぎて、かつ言動から読者には犯人が容易にわかってしまい、作品の面白さが減る原因の一つとなっている。Aを付けた選考委員ゼロで受賞させるなよと言いたい。受賞作のレベルではない。
第60回(2014年)
受賞 下村敦史『闇に香る嘘』  序盤の矛盾に首をひねりながら読んでいくうちに、いつの間にか物語の筋に引き込まれている自分に驚いた。今頃中国残留孤児を扱うのかと思っていたが、今でも苦しんでいるものが多くいる現状がうまく描かれているし、主人公が少しずつ核心に近づくうちに別の事件に巻き込まれている点も悪くない。点字による暗号や透析に苦しむ孫もうまくからめ、最後のサスペンスな展開も入れて盛りだくさんながらも破綻せずにまとめている腕もお見事。取材力と文章力に、構成力がうまくからみあがって一級の作品に仕上がった。
第61回(2015年)
受賞 呉勝浩『道徳の時間』  これだけ面白い謎を提示してくれ、しかもその見せ方が非常にうまい。描写が大げさだし、読んでいて誰が喋っているんだろうと思うところもあったが、その程度には目をつぶってもいいと思うぐらいの謎だった。これはどんな傑作になるだろうかと期待していたのだが、読み終わって完全に裏切られる。読了して、ここまで裏切られた思いをしたのは久しぶり。何、そのつまらない終わり方、と言いたい。がっくりきた。
第62回(2016年)
受賞 佐藤究『QJKJQ』  家族全員がシリアルキラーという現実的ではない、異様な設定。兄が殺害され、死体が消え、母が失踪。誰が兄を殺害したのかという謎が、いつしか主人公の自分探しに話は変わり、殺人論など大きな話まで広がりながら、最後はあまりにも閉じた世界で終わってしまう。文章や描写などは巧いし、伏線の張り方も巧みなのだが、作者に都合のよい設定が後から出て、説明不足の登場人物が都合よく出てきて話が転がっていくため、世界観に説得力が欠けているのが残念である。
第63回(2017年)
受賞 受賞作なし
第64回(2018年)
受賞 斉藤詠一『到達不能極』  小説のテンポもいいし、人物描写もいい。過去と現代が切り替わりながら、どちらも徐々にピンチとなり、二つの時代が重なり合う時、人類の危機が迫る。読んでいてワクワクした。しかしだ。肝心のアイディアがあまりにも古い。しかも後半からはB級アニメより安っぽく、ドタバタしているのが非常に残念。これだけの筆力がありながら、なぜこんな仕上がりになってしまったのか。
第65回(2019年)
受賞 神護かずみ『ノワールをまとう女』  企業の炎上鎮火請負人、主人公が女性で恋人も女性、韓国ヘイト、AIなど、平成の終わりならではといった感はあるが、そういう表層をはぎ取ってしまえば、あまりにもスタンダードなハードボイルド。企業に雇われた私立探偵もしくはトラブルシューターが総会屋の難癖を処理する、みたいな話を現代に置き換えた、という印象しかない。プロの作家が畑違いの作品を依頼され、本を何冊か読んで今時のテーマに置き換えて料理しました、という小説。達者だが新味はない。
第66回(2020年)
受賞 佐野広実『わたしが消える』  元々プロであり、文章はしっかりしている。地味な展開だが、老人の過去を探す前半は読んでいて面白かった。ところが、黒幕が徐々に出てくる後半はいけない。貫井徳郎をはじめとする選評委員が上げた問題点はごもっとも。素人の私が読んでもおかしいと思うし、はっきり言って不自然でつまらない。貫井の言う「ファーストチョイスがおかしい」というのが一番正しい。こんな作品を書くようじゃ、プロとして売れなかったのも仕方がない。
第67回(2021年)
受賞 桃野雑派『老虎残夢』  南宋の時代を舞台とした武侠小説に本格ミステリを組み合わせた作品。前半を読んでいると、作者は楽しんで書いているのだろうな、ということがわかるくらい、筆がのっている。会話の軽妙なやり取りや、所々で挟まれる戦闘シーンは読んでいて実に面白い。ただ後半になるにつれて、筆がどんどん重くなり、作品そのものもテンションが下がっていく。謎解きそのものが面白くないというのは致命的か。作者は本格ミステリにこだわらない方が、絶対面白い作品を書けると思う。なお、帯の「館」×「孤島」×「特殊設定」×「百合」は無視した方がいい。
受賞 伏尾美紀『北緯43度のコールドケース』  ほぼ選評通りの内容。小説は拙い。相当書き直したと思われるが、それでも読みにくい。内容も詰め込みすぎ。だけど誘拐事件の謎はいい。主人公を含む登場人物の造形はよくできている。悪くはない作品ではあった。そう、「悪くはない」という言葉がぴったりくるんだよな。確かにこれは、受賞させないのは勿体ない。だけど「いい作品」だったとは言えなかった。次作以降も書き続け、もうちょっと整理整頓できるようになれば、テレビ朝日の人気刑事ドラマシリーズぐらいにはなれそう。
第68回(2022年)
受賞 荒木あかね『此の世の果ての殺人』  史上最年少となる23歳とは思えないぐらい、地に足が着いた作品。登場人物の描き方が巧い。作品のテンポもいい。連続殺人事件の謎はちょっと肩透かしかもしれないが、小惑星衝突寸前という特殊設定下においてはかえってこの方がいいだろう。受賞には問題ないが、傑作には一歩届かない。ミステリならではの「何か」が足りないところが、佳作で留まってしまったのではないか。
第69回(2023年)
受賞 三上幸四郎『蒼天の鳥』  ベテラン脚本家ということもあり、ストーリーの強弱のつけ方は巧い。鳥取の町や村の描写も悪くない。やや大げさで芝居がかった台詞回しや行動はちょっと鼻につくが、よくまとまっている作品ではある。だけど、面白くない。登場人物に魅力が感じられないこともあるが、それ以上にミステリを書きながらミステリの部分が弱すぎる。
第70回(2024年)
受賞 霜月流『遊廓島心中譚』  幕末の遊郭島を舞台とし、主人公をらしゃめんにして世界観を作り上げようとした意欲は買う。ただ、殺人にいたるまでの動機に説得力がない。選評でもかなり議論になったようで、作者も加筆修正をしているのだが、それでもまだ首をひねってしまう。作者のやりたいことに、筆力が追い付いていない。できれば文庫化のときには、徹底的に改稿してほしい。
受賞 日野瑛太郎『フェイク・マッスル』  人気アイドルのドーピング疑惑を新人記者が負う話だが、殺人事件がなく、その取材だけでほぼ終盤まで引っ張っていけるのは大したもの。ボディビルの知識が一から語られる「お勉強ミステリ」になるかと危惧していたが、テンポのある小気味好い文章とストーリーのおかげでほとんど気にならなかった。ドーピング疑惑の意外な真相も含め、よく書けている。難点を言えば、あまりにも取材がスムーズすぎるところか。ただ、傑作とまではいかない。小説を書く力があることは間違いないのだが、そつがなさすぎる。


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