北森鴻『メイン・ディッシュ』(集英社)

 『紅神楽』は推理劇を得意とした人気劇団。代表であり、座つき作者の小杉隆一とともに劇団を作った看板女優紅林ユリエの部屋には不思議な同居人が居る。通称ミケさん、本名三津池修。半年前に拾い、そのまま居着いた。そんな彼の特技は料理。劇団員は、彼の料理を楽しみにしている。そんなミケさんとユリエ、小杉が、『紅神楽』で遭遇する様々な事件で名推理を繰り広げる。しかし、ある日、ミケさんはユリエの部屋から姿を消して……。
 「アペリティフ」「ストレンジテイスト」「アリバイレシピ」「キッチンマジック」「バッドテイストトレイン」「マイオールドビターズ」「バレンタインチャーハン」「ボトル"ダミー"」「サプライジングエッグ」「メインディッシュ」の10話を収録。料理を基本ベースに置いた連作短編集。

 連作短編集と書いたが、全てユリエを主人公としているかといったらそうではない。二話目「アリバイレシピ」は『紅神楽』とは全然別の登場人物が出てきて、おやっと思わせる。しかし三話目はまたもや『紅神楽』での出来事。そして四話目で二話目の登場人物が出てきて、二つの流れは一つに絡み合ってくる。単純な連作ではなく、二つの流れをどう一つにまとめて、物語を収束させるかという話であり、作者のお手並み拝見といったところ。そして終わりが近づくにつれ、読者は作者の術中にはまっていることを知る。洒落でなく、料理法が上手い。北森鴻からますます目が離せなくなってきた。




彩胡ジュン『白銀荘の殺人鬼』(カッパ・ノベルス)

 スキーシーズンも盛りのペンション村。その中心からはずれた位置にある白銀荘…。スキー客で賑わうこのペンションに、血腥い殺人鬼の匂いを纏った客が紛れ込んだ。多重人格に悩む彼女は、ある目的を果たすため、連続殺人をもくろんでいた!おりしも、豪雪により白銀荘は外界と遮断され密室状態に!殺戮への胎動に身を委ね始めた彼女だが…。さらなる悪夢が、白銀荘を覆っていた!今、血の惨劇の幕が開く!!謎が謎を呼ぶサイコ・ミステリー異色作、著名作家二人による超合作として、カッパ・ノベルスに登場!二人の覆面作家は誰か。(粗筋紹介より引用)

 著者当てじゃなかったら、とても最後まで読めなかっただろう。“一冊でなんどもおいしい”? とてもじゃないけれど、再読する気にならない。トリックの部分が単純ということもあるが、それ以上にサイコの部分が悪趣味すぎる。小説として気持ち悪いのではない。書き方そのものが気持ち悪いのだ。多分、こういうものに慣れていない人が書いたな、二人とも。ちなみに正体は愛川晶と二階堂黎人。




黒田研二『ウェディング・ドレス』(講談社ノベルス)

 純愛か裏切りか。結婚式当日の凌辱から、わたしとユウ君の物語は始まった。そして「十三番目の生け贄」という凄絶なAV作品に関わる猟奇殺人。ユウ君と再会したとき、不可解なジグソーパズルは完成した!全編に謎と伏線を鏤めた新本格ミステリの快作、驚嘆の魔術師・黒田研二の手で、メフィスト賞に誕生!第16回メフィスト賞受賞作。(粗筋紹介より引用)

 第16回メフィスト賞受賞作。また例の手法が取られていることには辟易したが、それでも最後まで楽しめた。見え見えの部分はあるが、伏線の張り方も悪くはない。あのバカトリックは、逆に感心した。本編の映像の方の趣向だけで充分面白いミステリに仕上がったのにと思うと、非常に残念。文章も読みやすいし、次作も期待できそう。ただ、過去の作家とは異なる何かが見えなかった。過去にあった新本格のエッセンスで書かれた作品。もう一つ、何かほしいね。




新世紀「謎」倶楽部『堕天使殺人事件』(角川書店)

 堕天使!堕天使!この稀代の怪人は一挙に男女十数名を惨殺し、日本各地に花嫁衣裳の死体をバラ撤いた。警察の必死の捜査を尻目に、完全密室に殺人を敢行し、はたまた空中に雲散霧消したかと疑わしむるなど、その妖術はまさに千変万化。この恐るべき兇賊に狙われた人々の悲運…ところへ躍り出た義侠の名探偵がどうしてこれを黙過すべき、敢然奮起してここに知恵比べ腕比べ胆比べ、殺人鬼と雌雄を決する痛快壮烈の大活躍!!現代を代表する11人のミステリー作家による、リレー形式の「長編本格推理小説」800枚書き下ろし。(粗筋紹介より引用)
 二階堂黎人、柴田よしき、北森鴻、篠田真由美、村瀬継弥、歌野晶午、西澤保彦、小森健太朗、谺健二、愛川晶、芦辺拓によるリレー小説。

 そもそも、「リレー小説」という形式にはあまり期待していない。遊びとしては面白いが、それ以上のものが産まれるとは思えないからだ。いくら前の作者が伏線を張ったとしても、次の作者が気付かなければどうしようもない。逆に、予想もしないネタから推理が産まれたなどの面白みなどはあるかも知れないが、それはあくまで作者側の喜びであって、読者から見たら何でもないことだ。だから、裏話的な面白さを除くと、労多くして得るものは少ないと思う。
 今回も、作者によってどうしても作品のトーンが変わり、バラバラである印象を拭うことが出来ない。なんとか着地点はうまくいったと思うが、純粋に物語として楽しむことは出来なかった。
 しつこいようだが、結局はお遊びである。それ以上の面白さはなかった。




近藤史恵『茨姫はたたかう』(祥伝社文庫)

「童話の眠れる茨姫は、王子様のキスによって百年の呪いが解け、幸福になった。もしそれが、ストーカーのキスだったら?」対人関係に臆病で頑なに心を閉ざす梨花子は、ストーカーの影に怯えていた。だが、心と身体を癒す整体師合田力に出会ったのをきっかけに、初めて自分の意志で立ち上がる!若者たちに贈る繊細で限りなく優しい異色のサイコ・ミステリー。(粗筋紹介より引用)

 整体師シリーズ第2作。シリーズとしての骨格、主要キャラクターの性格付けが固まった分、前作『カナリヤは眠れない』を読んでいる人にとっては面白く読めたはず。ただ、ストーカー編との絡みは今ひとつだったんじゃないだろうか。癒し系ですので、疲れたときにどうぞ。これが文庫で読めるのは幸せだ。




歌野晶午『ブードゥー・チャイルド』(角川書店)

 今ぼくは第二の人生を送っています。つまりぼくには前世があるのです。ある雨の日の晩にバロン・サムデイがやってきて、おなかをえぐられて、そうしてぼくは死にました。前世、ぼくは黒人でした。チャーリー―それがぼくの名前でした。―現世に蘇る、前世でいちばん残酷な日。不可解な謎を孕む戦慄の殺人劇に、天才少年探偵が挑む!長編本格ミステリ。(粗筋紹介より引用)

 いわゆる「自分探し」もの。これが「本格ミステリ」とは思えない。面白いけれど。「新本格」はますます拡散しつつある。
 最近の本格は、一般人が持っている知識以上の科学、化学、医学的知識を必要としたものが多く、してやられたと膝を打つようなトリック、謎が全然ないと言って等しい。ただ、歌野晶午は、デビュー作の頃の小説的稚拙さから格段に進歩しており、読む分には非常に面白い。




香納諒一『幻の女』(角川書店)

 五年前に愛を交わしながらも突然姿を消した女、瞭子と偶然の再会を果たした弁護士の栖本誠次は、翌朝、彼女の死を知った。事務所の留守電には、相談したいことがあるとの短い伝言が残されていた。手がかりを求めて彼女の故郷を訪ねると、そこには別の人間の少女時代が…。愛した女は誰だったのか。時を遡る執拗な調査は、やがて二十年前の産業誘致をめぐる巨大な陰謀と、政財界をも巻き込んで蠢く裏社会の不気味な構図に行き当たる。(粗筋紹介より引用)
 第52回日本推理作家協会賞受賞作。

 これが香納のベストなのかといわれるとやや疑問。昔の方が鮮烈だった。




岩崎正吾『探偵の冬あるいはシャーロック・ホームズの絶望』(東京創元社)

 なんと10年ぶりの「本歌取り」シリーズだが、その分逆に切れ味が鈍ってしまったか。それともホームズものの本歌取りはすでに荒らされて何もなくなってしまったか。苦労した跡が見えるものの、その分の効果が得られたとは残念ながら言えない。タイトル、トリックも無理気味。ちょっと悲しすぎる結末は、逆に岩崎正吾らしくて良かったけれど。横浜を舞台にしてしまったからか、岩崎特有の牧歌的風景、文章が見られない。この人は、やはり田園ミステリを書いたときに、その真価を発すると思う。次作に期待したい。




逢坂剛『禿鷹の夜』(文藝春秋)

舞台は渋谷。渋谷の暴力団のシマに南米マフィアが侵攻、シノギをけずっている状況下で、新たに神宮署に赴任した禿富鷹秋。通称禿鷹。いつも単独行動、平気で暴力を振るい、暴力団に金から金をもらう。ところが、この姿が実に小さい。「警察暗黒小説」というわりには、主人公禿富刑事のスケールが小さく、退屈である。この禿富、ただの考えなしである。うまく立ち回っているようで、結局恋人は殺されるし。これでは暴力をふるって金をせびるチンピラとたいして変わらない。徹底的に悪に撤するのなら少しは面白くなるだろうに、主人公の設定、行動、すべてが小さい。言ってみれば、籠の中の悪ぶっている鼠程度。だから、書かれる事件も登場人物も卑小にしか見えない。逢坂ってこんなにつまらない小説を書く作家だっただろうか。好きだった作家だけに、点数が厳しくなるのも仕方がない。
 暴力団側の幹部の書かれ方に興味を引かれてしまうし、こちらを主人公にした方がよっぽどいい。シリーズものなのらしいが、これでは全く期待できない。



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