愛川晶『霊名イザヤ』(角川書店)

新進の童話作家で幼稚園経営者の深沢将人は、開かずの金庫から奇妙な文書を発見する。調べてみると、それは中世キリスト教の異端カタリ派の聖典『イザヤ昇天録』であり、そこには亡き母の手による書き込みがあった。「イザヤにとって、マナセを殺すことは、絶対に避けることのできない運命だ。お前は必ず、ここへ来ることになっている」正体不明の発作に加え、新任の保母・小津江真奈世のオカルトめいた言動に悩まされていた将人は自らの洗礼名イザヤとの符号に愕然とし、精神的に追いつめられていく…。(粗筋紹介より引用)

 カタリ派という中世異端教義、前世を信じ主人公に近づいてくる女、隠されたおぞましき過去……いかにもという感じの設定。それだけなら何も言わないんだけれども、本格としての合理的解決が含まれてしまうと、とたんに興味を削がれてしまう。「ホラー設定」と「本格」は、食い合わせの悪い材料だと思うのは私だけかな。完全に個人的な意見ですが、私の趣味に合いません。読み終わっても、嫌悪しか感じませんでした。他の人が読めば、違った感想になるでしょう、きっと。
 こんな感想しか書かないのなら、書くなって言われそう。分かっていて書いてしまうのは、この本を読んだんだよという顕示欲だけですね。馬鹿みたいだなと思います。




柄刀一『4000年のアリバイ回廊』(光文社)

「九州のポンペイ」と呼ばれる縄文遺跡の歴史的発掘に湧く考古学会。その頃、室戸沖の深海で、遺跡発掘に携わっていた男の死体が発見された。考古学ロマンも含んだ本格ミステリー。(粗筋紹介より引用)

 深海千メートルで発見された男の他殺死体と、“九州ボンベイ”として世界的注目を集めた集落遺跡に秘められた縄文遺跡の謎。この二つが絡み合えば傑作になると思うのだが、残念ながら巧く機能していない。考古学ロマンとして読むことの出来る部分の面白さから比べると、現代の殺人事件の部分があまりにも陳腐に見えてくるのだ。前作『3000年の密室』でも思ったけれど、なぜここまで古代の謎と現代の謎を二つ並べることに拘るのだろうと、不思議に思えてくる。1+1という素材が絡み合って2になれば佳作。3以上になれば問題なく傑作。ところがこの作品の場合、1+1の結果が1+1のままでバラバラである。だから、読者が違和感を抱く。考古学ロマンの部分、ミステリの部分、それぞれ単独に取り出せば結構面白いので、あとはいかに有機的に結合させることが出来るかが、この作者の勝負所だと思う。




福本和也『謎の巨人機』(光文社文庫)

ジャンボ旅客機が羽田空港を飛び立ってまもなく、エンジンが故障したので、Uターンして、滑走路に緊急着陸する。ところが、パイロットと乗客は、それより前に、全員が青酸ガスで死んでいたのである。では、誰がジャンボ機を操縦して着陸したのか。大空の密室大量殺人の謎は。

 藤原宰太郎『乗り物トリック』(廣済堂 豆たぬきの本)でこの紹介文を読んだとき、物凄くワクワクしたものである。一体どんな大がかりなトリックを使ったのか。どんな名探偵がこの謎を解いてくれるのか。
 しかし、実際に読むと、名探偵が出てくるような本格ミステリではなかったのである。この作品は。

 主人公は、元新聞記者、今はフリーのルポライターで、かつ劇画家の原作もやっている貴島弦一。元々航空工学を専攻しており、新聞記者時代はベテランの航空記者として活躍していた。この日、貴島はペアを組んでいる劇画家の和泉やすしが沖縄に出掛けるというので見送るためと、新しく連載するための劇画の取材のために、和泉のチーフ・アシスタントである玉野と、和泉の編集担当である重信とともに羽田空港に来ていた。ところがちょうど、極東航空のジャンボ七〇五号に異変が生じていた。出発したはいいが、エンジンの一つがおかしくなって緊急着陸を求めてきたのだ。幸い、エンジンの消火に成功し、緊急着陸を始めた。ところが、管制塔からの連絡に一切応答しなくなった。着陸灯も点灯しない。着陸こそは成功したが、ブレーキを踏む気配もない。自然に減速しながら、突き当たりのフェンス2m手前でようやく停止した。ジャンボの中では全員が死亡していた。コクピット・クルー3名、スチュワーデス8名、乗客71名全員である。しかも、その飛行機には和泉やすしが乗っていたのだ。その時レーダー室に勤務していた黒木と新聞記者時代に知り合いだった貴島は、黒木を買収し、警察との取り調べに同席することに成功した。もちろん特ダネである。主に記事を書いている「週刊近代」に原稿を書き、雑誌は二割増しで刷ることになった。そして臨時特集班のアンカーを担当することになり、かつての航空記者のキャリアを活かして具体的な指示、意見を出すことになった。
 彼は事件を追う一方、当初予定していた新連載劇画の原作も始めた。画の方はチーフ・アシスタントであった玉野が担当することになった。玉野の絵は和泉にそっくりだった。編集部内でも好評で、十分まかせることが出来そうだった。
 事件を追い続ける貴島であったが、実は彼にも容疑がかかっていた。死亡した乗客の中に、人気歌手の汀ちどりがいたが、彼女はかつての貴島の恋人であり、売り出しに一役買っていたのだ。彼は容疑者の一人として、警察にマークされながらも、真相に迫っていく。

 不可能トリックを前面に押し出した本格推理小説ではある。一歩一歩真相に迫るその姿には迫力が感じられる。しかし、トリックだけの推理小説ではない。この推理小説にはもう一つのテーマがあった。それは劇画界の内幕である。作者はかつて「ちかいの魔球」「黒い秘密兵器」などのヒット作を生み出しており、漫画原作者として有名な存在でもある。だからこそ、劇画界の内幕には詳しい。当時の劇画界の、ある意味での残酷さを生き生きと描いている。そして貴島はトリックの解明とともに、犯人の悲しい事実を突き止める。
 小説はトリックだけではない。例え奇抜なトリックを考え出しても、それだけで小説は成り立たない。そこには被害者が存在し、そして犯人が存在する。そしてもう一人、追うものも存在する。被害者と犯人、追うものには当然ドラマがある。それぞれの人生がある。
 この『謎の巨人機』は、不可能トリックだけの小説ではない。しかも、そのトリックはあまりにも機械的すぎ、飛行機の構造を知らないものにとっては理解することすら難しいかも知れない。しかし、作者はそこに主眼を置いているわけではない。この小説は、犯人を追う貴島のための小説であり、そして悲しい動機を持つ犯人のための小説であり、そして貴島や犯人を取り巻く人たちのための人生模様を書いた小説である。トリックだけでは推理小説は成り立たない。

 福本和也は、日本における航空ミステリの開拓者であり、なおかつ第一人者である。戦時中は甲種予科練の二飛曹として操縦を取得。戦後は業界新聞に勤務する傍ら、漫画原作の方を手がける。その後再び飛行機の操縦を学び、日大理工学部航空部の教官として後進の指導を続けた。
 1963年、産業推理小説『啜り泣く石』を発表。以後、航空ミステリを中心に活躍する。




田中芳樹『創竜伝12<竜王風雲録>』(講談社ノベルス)

 早く終われよ、と思いながら読み続けているシリーズ。それでも読み始めるとつい引き込まれてしまうのがくやしい。




麻耶雄嵩『木製の王子』(講談社ノベルス)

 比叡山の山奥に隠棲する白樫家は、一点に修練する家系図を持つ閉じられた一族。変わった形の屋敷が雪に覆われた夜、惨劇は起きた。世界的な芸術家、白樫宗尚の義理の娘、晃佳の首がピアノの鍵盤の上に置かれていた。たまたま取材に訪れていて、惨劇に出くわした如月烏有。家族全員にアリバイがあるが、状況は内部のものによる犯行であることは間違いない。名探偵木更津悠也は、助手の香月実朝とともに解決に乗り出す。

 一見、閉じられた雪の山荘内のアリバイ崩し。細かい時間軸をわざわざ図にしてくれて有り難うという感じ。ただでさえ時刻表とかを見ると頭痛するタイプなので、こういうアリバイ崩しはほとんど考えない。とはいえ、そこは麻耶雄嵩、単純なアリバイ崩しなど書くはずもない。
 常人には理解しがたい動機、世界観。しかもそれを推理のないまま解決してしまう探偵。結局は麻耶ワールドであり、パスポートを持っていない読者にとっては、何のことだか理解し難い作品である。その分、麻耶雄嵩を好きな人にはたまらないだろう。『翼ある闇』『夏と冬の奏鳴曲』『痾』で閉じられていた麻耶ワールドの時間軸がようやく動き出したのだ。いったいここから何が起きるのか。分かっているのは、麻耶ワールドの創世主、麻耶雄嵩だけである。
 しかし、唐突に思ったことが一つ。麻耶雄嵩を極端にデフォルメすると、清涼院流水になる。




有栖川有栖・篠田真由美・二階堂黎人・法月倫太郎『「Y」の悲劇』(講談社文庫)

 E.Q.の名作『Yの悲劇』に捧げる文庫書き下ろしアンソロジー。全て「Y」のダイイング・メッセージものというのも、E.Q.に捧げる意味では最適だろう。ただ、肝心の中身がねえ。一つ一つ、簡単にコメントを。解決に納得いかない部分は反転させています。ネタバレですので。
 有栖川「あるYの悲劇」は火村もの。コンスタントに作品を出しているせいか、ミステリとして無難にまとまっている。今回の4作品の中では、一番出来がいい。
 篠田「ダイイングメッセージ《Y》」。ちょっと舞台装飾、人物設定を狙いすぎたんじゃないかな。むしろもう少しトリックを増やして、長編にした方が面白くなったと思う作品。
 二階堂「「Y」の悲劇−「y」がふえる」はメタもの。「Y」の字は、右45°傾いている。はっきり言ってひどい出来。いくらなんだって、怒るぞ、これは。それに、内藤の「内」って、先に「えんがまえ」の方から書くんじゃないのか?
 法月「イコールYの悲劇」。これは力が入っている。設定といい、論理展開といい、さすが法月って言いたいところなんだけれども、肝心の「=Y」が不自然。わざわざ文字を挿入しなくても、「ミドリ」の部分に丸をするとか、「キッサ カザ」を消せば、犯人が特定できるんじゃないのか? その方が、被害者も楽じゃないか? それに文字を挿入するにしても、「Y」より「V」の方が楽だし、自然だと思う。
 残念ながら、4作とも「Yの悲劇」に負けているね。クイーンファンの有栖川や法月ならともかく、なんで篠田や二階堂に書かせたのかな?




20世紀アニメ研究会編『黄金の80年代アニメ』(双葉文庫)

 80年代に作られた930本のアニメの中から主要作品を紹介。巻末には全作品リストを収録。80年代といえば、私もアニメにはまっていた時期だったので、思わず買ってしまいましたという1冊。読み終わってしまえば、懐かしさしか残らないけれどね。




鮎川哲也監修/山前謙編『名探偵の憂鬱』(青樹社文庫)

 トリック別に分類したミステリー・アンソロジー「本格推理展覧会」シリーズの最新刊。といっても、今回はトリックではなく、名探偵をテーマとしたアンソロジー。収録作は、島田荘司「疾走する死者」、小栗虫太郎「後光殺人事件」、横溝正史「蝙蝠と蛞蝓」、島久平「夜の殺人事件」、高木彬光「罪なき罪人」、戸板康二「車引殺人事件」、津村秀介「昇仙峡殺人事件」、山口雅也「「むしゃむしゃ、ごくごく」殺人事件」。それに鮎川哲也「巻頭随筆」、山前謙「名探偵の系譜」が付く。
 名探偵アンソロジーにしては、やや異色なところが揃ったが、それはそれで面白い。島田、小栗、戸板、山口は妥当な作品選択だろう。横溝は金田一ものの異色作。これは好きな作品なので嬉しい。島久平は意外なところだが、アンソロジーになかなか選ばれない作家ということであえて選択したのだろう。高木彬光は文庫未収録作品というボーナストラック。とはいえ、あまりよい出来の作品ではない。津村はトラベル・ミステリの代表ということだろう。この人の短編は初めて読んだが、意外といける。
 全体的に見て、統一感があまりないアンソロジーだった。ページ数と短編を組み合わせて一冊にしただけという気がする。この薄さなら仕方がないのかな。どうせやるのなら、島久平の短編集を出すとかしてくれたほうが嬉しいのだが。




乙一『夏と花火と私の死体』(集英社文庫)

 第6回ジャンプ小説・ノンフィクション大賞受賞作「夏と花火と私の死体」は、発売当時、かなり話題に上っていたのだが、正直言って大したことないだろうと思っていた。読んでみて、愕然とした。これは凄い。話題に上るのも当然である。夏休みの木登り中、九歳の少女は殺された。同級生に。死体を隠さなければ。そう思った同級生の少女と、二歳上の兄による悪夢の四日間。それが、殺された九歳の少女の目から語られる。別に幽霊というわけではない。記述者が死体というだけだ。その発想が凄い。そして淡々と語られる四日間。田舎の、あまりにものどかな夏の風景と、「死体が発見されるかもしれない」同級生の恐怖感。その対比が、何の装飾もなく描かれる。それが逆に、スリルを盛り上げる役割を果たしている。お見事としか言いようがない。発売当時に読むんだったと、かなり後悔しています。ただ、同時収録「優子」はもう一つ。淡々とした語り口は同じだが、ストーリーや道具立てがいかにも作り物という感があり、無理矢理小説を作ったなという印象は免れない。しかし、次作が楽しみな作者が一人増えた。新刊、買ってこようかな。周りの評判を聞いてから考えよう。




芦辺拓『和時計の館の殺人』(カッパ・ノベルス)

 巨大な塔時計の一風変わった文字盤が見守る中、怪事件が連続する!和時計の刻む独特の時間は、事件と関わりなく流れているようでもあり、犯罪に荷担しているようでもあり…。邸内を和時計に埋め尽くされた田舎町の旧家・天知家で、遺言書の公開と相前後して起こる不可能殺人。遺言の内容からは、殺人を起こす動機はうかがえないのだが…。遺言の公開に訪れた弁護士・森江春策が、複雑に絡み合った事件の深層に切り込んでいく。(粗筋紹介より引用)

 和時計で埋め尽くされた田舎町の大邸宅。顔中に包帯をした男。大富豪の死、そして弁護士森江春策による遺言状公開。立て続けに起きる不可能連続殺人。これだけお膳立ては揃っており、トリックも面白いのに……全然小説にのめり込むことができない。なぜそうなってしまうのか。
 まず、蘊蓄部分が小説のリズムと合わないこと。和時計というものについての学習部分が第二章にあるが、長すぎる。面白く読ませようと会話体にしたり、説明の途中で別の登場人物を出したりするのだが、これが逆に小説としての面白さを削いでいる。もっとわかりやすくするとか、小出しにするとか、工夫が必要だ。芦辺拓の作品ではよく蘊蓄が書かれるのだが、蘊蓄部分を書くことが楽しすぎるのか、小説の流れを無視しているところがある。蘊蓄を読むのは嫌いではないし、むしろ好きといってもよいのだが、程度問題である。どんなことでも、度を超してはいけない。
 さらに、これだけの道具立てを準備し、連続殺人が起きるのに、サスペンス度が何もない。これは、道具の組み合わせを間違えたことに端を発する。不審な人物もいないし、遺言状にも特に動機となるような事項が書かれていない。これでは、読者にゾクゾクする恐怖感(もしくは快感)を与えることができない。裏表紙に二階堂黎人が『犬神家の一族』を同列作品の一例に挙げているが、この作品では、あまりにも不可解な遺言状の内容であり、連続殺人が起きても不思議ではないという状況を作り上げ、サスペンス度を盛り上げていた。本作ではそこが欠けている。料理を楽しむための調味料が何もない状態では、小説を楽しむことはできない。
 そしてもう一つ、小さなことだが、森江春策の助手、新島ともかの脳天気さが好きになれない。殺人が起きることを楽しみにするという感覚は、私には理解不能である。これは、森博嗣作品に出てくる西之園萌絵の嫌らしさに通じる部分がある。被害者の親族に平気でインタビューをするマスコミの野次馬根性といってもよい。
 作者も作者だ。第四章のタイトル「森江春策 ようやく殺人に遭遇する」。確かに読者からしたら「ようやく」かも知れないが、作者がそれを書いてはいけない。まるで殺人が起きることを全員が待ち望んでいるみたいではないか。少なくとも森江は、事件が起きることを望んでいなかったはずである。
 芦辺拓は、材料はとびっきりのものを用意し、料理本通りの形のものができあがるのに、味が今ひとつであるという欠点があった。残念ながら、この小説にも同様であった。魅力的な謎、論理の美しさ、フェアプレイと、本格推理の王道を歩きながら、読後感は今ひとつ。別に乱歩や横溝のコピーになれとはいわないが、一体ミステリのどこにドキドキしたか、もう一度考えてもらいたい。




はやみねかおる『少年名探偵虹北恭助の冒険』(講談社ノベルス)

 ひとりでにふえてゆく駄菓子屋のおかし。深夜、アーケード街をさまよう透明人間の足跡。なんでも願いをきいてくれるお願いビルディング。虹北(こうほく)商店街で巻き起こる不思議な不思議な謎・謎・謎!美少女・野村響子ちゃんをワトソン役に、講談社ノベルス史上最年少の名探偵(小学6年生)・虹北恭助の推理が冴える!!(粗筋紹介より引用)
「虹北ミステリ商店街」「心霊写真」「透明人間」「祈願成就」「卒業記念」の5編を収録。

 せっかくの講談社ノベルスなのに、わざわざ小学六年生を主人公に設定しなくてもと思う。無難に面白く読めるけれど、ジュヴナイルの域を出ていないのは残念。それが、はやみねかおるらしくっていいのかも知れないけれど。この人は、「推理の楽しみ」だけでなく、「ドキドキハラハラ」も書ける人だと思うんだけれどなあ。ええと、イラストは好きです。ファンになりました。
 しかし、講談社ノベルスも若年層読者の取り込みに本腰を入れたか。




グレアム・グリーン『ヒューマン・ファクター』(ハヤカワNV文庫)

 スパイ小説不朽の名作。予想はしていたが、こんなにもまどろっこしい展開だとは思わなかった。英国情報部第六課の情報がソ連に漏れていることが判明する。第六課Aは主にアフリカ関係を担当していた。Aには課長を除くと二人しかいない。既に62歳のモーリス・カースルと、若いアーサー・デイヴィス。デイヴィスの行動には不審点が多かった。そんなある日、デイヴィスが死んだ。酒の飲み過ぎで肝臓をやられすぎたらしかった。しかし、真実は違った。
 物語は主にカースルの目を通して進んでゆく。特に世界を揺るがすような事件が起きるわけでもない。ピストルの弾が飛び交うような場面などこれっぽちもない。しかし、それが本当のスパイの姿なのではないだろうか。007ではないのだ。スパイはあくまで地味な裏方。しかし、スパイにも理由があり、愛する者がいる。グリーンは克明にその姿を書くことにより、スパイの悲しみを描くことに成功した。スパイはヒーローではない、人間なのだと。
 あまりにも地味な展開で、退屈と思う人がいるかも知れない。しかし、読み続けるうちに、いつしか引き込まれていくはずだ。なぜ今まで読まなかったのだろう。本当に悔やまれる。



【元に戻る】