芦原すなお『ミミズクとオリーブ』(創元推理文庫)

 八王子の郊外に住む作家のもとには大学時代の友人や、高校時代の友人の刑事が訪れてきて、色々な問題の相談を持ち込んでくる。といっても、アドバイスをするのは箱入り娘で料理上手の妻。妻は料理だけでなく、謎解きの才能もあったのだ。
 「ミミズクとオリーブ」「紅い珊瑚の耳飾り」「おとといのおとふ」「梅見月」「姫鏡台」「寿留女」「ずずばな」の7編を収録。

 いわゆる<安楽椅子もの>の短編シリーズ。主に友人の刑事が行き詰まった捜査を聞き、妻が旦那と警部にアドバイスをあたえて現場状況を調べてもらい、家を一歩も出ずに解決するという手法がとられている。どちらかといえば「推理」と言うより「勘」や「ちょっとした疑問」を提示するという方が正しいが、<安楽椅子もの>の歴史の一ページに刻み込まれる好シリーズである。推理の部分もさることながら、小説としてのムードが素晴らしい。作家の妻が作る料理はどれを見てもおいしそうで涎が出てくるし、妻の醸し出す雰囲気は読者を含めた全ての世界を暖かく包み込んでくれる。そのため、殺伐とした事件であっても、読後感はとても心地よい。  不勉強ながら、芦原すなおがこのようなハートフルなミステリを書いてるとは全く知らなかった。続編『嫁洗い池』も是非とも文庫化してほしい。お薦めである。




篠田秀幸『幻影城の殺人』(ハルキ・ノベルス)

 関西地区を中心に活躍してきた名探偵弥生原公彦と、その忠実なワトソン役である築島龍一は、懸賞で当たったフロリダ「ディズニー・ワールド」の旅の途中で偶然角川春樹と知り合う。その結果、同人誌で出版されていた『悪霊館の殺人』が改めてハルキ・ノベルスの一冊となった。
 1999年4月10日、彼らと、そして数々の事件を通して友人となった兵庫県捜査一課捜査一係長の大道寺寛警部の三人は、岡山県笠岡市にいた。「角川映画」をモチーフとした「映像と夢の『ハルキ・ワールド』」という巨大テーマパークが、ここ、笠岡諸島の無人島の一つ、「八島」で建設中であり、夏の一般公開に先駆けて関係者だけでのレセプションに三人が招待されたのだ。角川春樹はその島を「幻影島」と命名していた。その島まではまだ連絡便が整備されておらず、角川事務所専用のクルーザーでしか行き来が不可能であった。しかも招待されていたのは彼らだけではなかった。まずは「『帝都社』超感覚派」から何のつてもなくいきなり作品が持ち込まれ、そのすごさに圧倒されてあっという間にデビュー、人気者になった流行作家大江春泥。「『帝都社』超感覚派」の祖であり、「驚愕シリーズ」などのベストセラー作家鵜飼正彦。現実無視の架空概念推理の積み重ねともいえる大作を連発し、マニアの評価を完全に二分した白河龍神。その「『帝都社』新感覚派」の仕掛け人とも言える帝都社ノベルス出版部部長常盤明。その片腕で副部長高橋隆次。デビュー作を初めて読み、以後大江の担当をずっと勤める竹下淳子。新感覚派の論理的援護者であったが、白河龍神の評価を巡り常盤部長と対立したミステリー評論家古林信明。さらにミステリー同人誌『新時代ミステリー』編集人佐々木洋平。ミステリーサークル「Mの会」京都支部長太田康之。さらにハルキ事務所の関係者や、CBSテレビの特番担当プロデューサー河合弘、そして女優の白鳥小百合。レセプションとは、実は「マーダーゲーム」であった。鵜飼、大江、白河、古林、築島の五人がカードを引き、ジョーカーを引いた人が<犯人役>とななる。<探偵役>は弥生原、そして<警察官>は大道寺が担当になった。
 翌日、早速<第一幕>が実行された。ところが事件はそれだけではなかった。本当に殺人事件が起こったのだ。仕事の都合で笠岡市に戻っていた常磐が<第一の被害者>になった。彼は直接・間接的に「四重密室」となっていたビジネスホテルの部屋の中で、首のみの死体として発見された。しかし、四重密室の謎だけではなく、失踪した大江春泥以外に犯行を行う時間はなかった。他の面子は皆、幻影島の中にいた。さらに凶器となった日本刀「村正」は、角川春樹しか番号を知らない金庫の中にしっかりとあったのだ。さらに、遅れて到着した佐々木洋平が飛んでもないことを言いだした。「幻影城」にあるフォール・アトラクション施設から、空中消失してみせるといったのだ。そしてその実験は予定どおり成功した。ところが、佐々木は消失したまま、<第二の被害者>が新たに現れたのだ。

 ちょっと長くなったが、粗筋を簡単に書いてみた。この登場人物群、誰がモデルかはだいたい予想が付くだろう。しかも角川映画の映像がやたらとプレイバックされるテーマパーク群。おまけにほんのちょっとではあるが、薬師丸ひろ子まで登場する。当時の角川映画ファンだったらたまらないかも知れないが、ミステリとしては非常にお粗末である。
 まず、これほどの「太鼓持ち小説」はない。角川春樹ならびに角川映画礼賛オンパレード。作者が本気で思っているのならそれでいいが、付き合わされる読者はさすがにしんどい。それでも数々の角川映画をモチーフとした舞台設定を生かし切ることが出来ればそれでいいのだが、まったく生かし切れていない。ただの懐古趣味に終わってしまっている。
 さらに、大がかりな舞台設定の割に、トリックがあまりにもちゃち。初心者推理クイズに出てくるようなトリックを堂々と組み合わせて使い、それを「驚天動地の四重密室」「空中密室人間消失」とまで書かれると笑っちゃうしかない。おまけに森村誠一が出てきて、このトリックは『高層の死角』の密室トリックと同じなんですよ、なんて言われると、おかしさを通り越して呆然としてしまう。
 序盤、中盤、終盤、感想戦なんて章立てをしたり、いきなり内藤国雄の「空中戦法」だの、「相手は最強のコマ、龍を切ってきたんだ」などの台詞が出てきたりと、作者は将棋が好きなんだなと思わせるところがあるが、意味があるのだろうか。普通に第一章、第二章で構わないと思うのだが。
 とにかく、今年最大の「ゲテモノ」と言っていいだろう。前時代的としか言い様がない動機といい、犯人の正体といい、乱歩の通俗物丸出し。しかも下手な出し方。そういう意味では面白く読めた。馬鹿馬鹿しすぎて、逆に笑えてくるのだ。だから「ゲテモノ」。さらに1,619円。本格や横溝、角川映画へのオマージュというのはわからないではないが、もう少しまともなトリックを作ってから作品を書いてほしい。




近藤史恵『この島でいちばん高いところ』(祥伝社文庫)

 夏休みに二泊三日の海水浴に来た17歳の女子高生五人組。近場の海水浴場はごみごみして狭かった。失望しかけた五人に、民宿のおばさんが少し離れたところにある島を教えてくれた。釣りをする人がよく行くから船も通っている。遠浅の綺麗な海岸があり、海水浴場とは段違い。楽しすぎて夢中になっているうちに時間は過ぎ、帰りの船は既に出てしまった。しかし、彼女たちがこの島に来たことは民宿のおばさんが知っているので、夜までに帰らなければこの島に閉じこめられているということはすぐにわかってくれるだろう、と五人は気楽に考えていた。ところがいつまで経っても助けの船は来ない。しかも、島にはもう一人、男が潜んでいた。

 「無人島」競作で無難に纏まっているのはこの作品。とはいえ、巻き込まれ型サスペンスという以外、特に付け加える感想は今のところない。投稿作品に出てきそうな少女漫画サスペンスという印象しか持てなかった。

 4冊の競作を読み終わったけれど、400円の価値が充分あるなと思う作品は残念ながらなかった。これぐらいの長さは逆に苦手なのだろうか。結構中編で感動のある物語を作るというのは難しいことなのかも知れない。




恩田陸『puzzle』(祥伝社文庫):

 長崎県沖にある無人島、島民が去って既に四半世紀が経つ鼎島で三人の男性の死体が発見された。一人目は鼎小中学校の体育館で餓死、二人目は高層アパートの屋上での墜落死、そして三人目は映画館の座席に腰掛けたまま感電死。一人だけ消息が分かったものの、残り二人は不明。しかし、三人とも8月27日の夜から28日の昼にかけて次々と死亡したと推定されている。これは偶然による事故なのか、それとも殺人なのか。この謎を解くべく、二人の検事が島に上陸した。

 恩田陸は初めて。今まで食わず嫌いだったとしか言い様がないが、それ以上にどうもこの作家とは合わないんじゃないかと思い続けていた。この中編1作で恩田陸がどうのこうの言うのはおかしいかも知れないが、正直自分の予感が当たっているのじゃないか。何がやりたいのか、さっぱり見えてこなかった、というのが読後の印象。事象はともかく、行動が無意味にしか思えないんだよね。結局、理解できないまま読了したという印象しかない。うーん、「いったい何が」という部分は興味を引くんだけど、種明かしの方法がつまらないというか、こういう二人の検事を呼び込む理由というのがまったく理解できないというか。もっと素直に、こういう物語だよと思わなければ池なのかな、この作家は。うーん、駄目。どう考えても理解不能。




尾崎諒馬『ブラインド・フォールド』(カドカワエンタテインメント)

 世界最強のチェス・プログラム「Deep Sky」。ここ数年で大きく成長したスーパー・コンピューター・メーカーDBIの天才コンピューター・エンジニアであるボブが作成し、1997年に世界チャンピョン・パスカロフ氏に四連勝した、レイティング3000、まさに敵なしのプログラム。様々な挑戦者が現れたため、現在ではインターネット上に公開し、64局までの同時対局が可能にしてある。しかし、負けたことはなかった。それが1998年8月24日、ついに敗れたのだ。全く不正なしで。しかも相手は「人間」だった。しかも同日、勝ったとはいえ、レイティング2950の挑戦者もあった。世界チャンピョンでさえ、レイティングは2700である。ボブはこの対戦者「orish」に挑戦状のメールを送った。日本人の「orish」はとんでもない勝負形式を申し出た。64局同時対局、しかも「ブラインド・フォールド」、すなわち盤面を使わない勝負だというのである。ただし、公開は一面のみ。残りは非公開。一切のトリックがないように、テレビ公開された。公開局面こそ勝ったものの、結果は2勝2敗60引分であった。
 ここで挑戦状が出される。−見えないならば、思案せよ−
 このフィーバーは日本にも波及し、今度は将棋による64面同時指し。相手はプロ、奨励会、トップアマ、コンピュータプログラム。結果は32勝32敗。さらに最後は真蟲七冠王との三番勝負へと。

 第17回横溝正史賞において最終選考手前で落選した長編を手直しした作品。作者はよほどこのトリックに自信があるようだが、言わせてもらおう。あまりにも単純で、そしてすぐにわかってしまうと。将棋やオセロ、チェス、囲碁などで対局をしたことがある人なら簡単に見破ってしまうトリックである。パソコンファンなら、一度は試みたことがあるはずだ。そのネタ一本でこれだけの長編を書いてしまうのだから、ある意味ではずうずうしく、ある意味では馬鹿馬鹿しい。わからない人がいる方が不思議である。作中でも、コンピュータならいざ知らず、人間相手の将棋対局となると棋譜を覚えているだろうから、プロ同士、もしくはアマ同士で線形を会話した時点でばれてしまうだろう。とても「驚天動地」とは言えない。作者はこれらのゲームをやったことがないのだろうか。
 本格としては全く評価できないが、戸田氏とのメールで「通俗ミステリとしては面白い」と言われ、納得するものがあった。こんなたわいもないトリックで世界中に衝撃が走るなんて書かれると、確かに面白く読めてしまう。馬鹿馬鹿しいという意味での面白さだが。また、冗長であるという欠点は未だ解消されていない。期待していた作家だが、かなりランクを落とさざるを得ない。次作は性根を据えて掛かってきてほしい。




本多孝好『ALONE TOGETHER』(双葉社)

「ある女性を守って欲しいのです」三年前に医大を辞めた「僕」に、脳神経学の教授が切り出した、突然の頼み。「女性といってもその子はまだ十四歳…。私が殺した女性の娘さんです」二つの波長が共鳴するときに生まれる、その静かな物語。『MISSING』に続く、瑞々しい感性に溢れた著者初の長編小説。(粗筋紹介より引用)

 とても感動しました。みんなが傑作だという理由がよく分かる。今年のベスト3級ですね。もしかしたら1位かも知れない。それほど凄い作品でした……
って、自分の日記に書いたのですが、日にちが経つにつれ、その思いが何となく薄らいできたんですよね。なんでだろう……。来月までに考えてから、この作品の感想を書きたいと思います。
 読み終わったときは感動したのだが、3日もすると内容をほとんど忘れている自分に気が付いた。インパクトが弱すぎるんですね。小説としてはうまいし、面白いのですが、後に残るものがありません。こういう作風を続けると、いずれ忘れ去られてしまう作家になってしまうでしょう。ここが踏ん張りどころではないでしょうか。




二条睦『死刑台の女』(ハルキ・ノベルス)

 もと警察官の山崎は、敏腕弁護士榊原のもとを尋ねる。かつて罪に落とした女は、実は無罪である。なんとか再審できるよう手を貸してほしいと。その女は、死刑執行命令書にサインされるのを待つ身であった。法務大臣が命令書にサインをすると、五日以内に死刑を執行しなければならない。
 若宮冴子は富士見ヶ丘刑務所の医務課長に就任したのは九ヶ月前の三月一日だった。そして冴子は現職の刑務所長らの不正を暴き出した(前作『監獄女医』)。所長らが逮捕され、一ヶ月後、茅場新所長が着任した。茅場と冴子は全くそりが合わなかった。
 十二月十二日、冴子は茅場に、仙台の女性死刑囚の執行に立ち会うよう、命令された。半分は嫌がらせだったが、冴子は気にもせぬふりをしてその命令を受け、そして仙台に向かった。
 仙台・青葉台拘置所の村田拘置所長は冴子が来ると人払いをした。村田は冴子に告げる。処刑予定の山村敦子には再審の動きがあると。口には出さなかったが、山村の処刑を止めたいと村田が思っていることは、冴子にはありありと分かった。山村敦子は顔見知りの女児を誘拐し殺害した上に、身代金一千万円を要求した理由により、死刑判決を受けていた。山村の身分帳を見てもらちがあかない冴子は、知り合いの弁護士、榊原に相談する。残された時間はたったの二日。無実は証明できるのか?

 作者はかつて刑務所職員として働いていたらしい。網走から沖縄までほとんどの矯正施設を見て回った経験を生かして、“ヒューマン・プリズン・ミステリー”という新たなジャンルに挑戦した『監獄女医 地下牢の囚人』でデビューした。本作は監獄女医シリーズの第2作に当たる。
 多分、刑務所職員として働いていて、現在の刑務所、矯正施設のあり方に大きな矛盾を感じたのだろう。そんな問題点を数々挙げ、司法当局に冴子が挑むというスタイルを取っている。今回は、今でも賛成反対の議論が激しい「死刑問題」を取り上げている。確かに現状の「裁判制度」に問題があることは誰もが十二分に承知している。「死刑問題」についても様々な矛盾が指摘されている。ただ、その問題点が問題点として羅列されているだけで、小説とマッチングしていないのが残念。また、死刑判決を受けた山村敦子の犯罪の捜査があまりにも杜撰(もっとも、再審請求が出されている事件のほとんどは、杜撰な捜査が原因であるが)であること、冤罪を証明するまでの動きがあまりにも都合が良すぎる。そして関係者が短絡的で間抜けすぎるため、死刑目前の女性の救出という大きな命題の割には、事件があまりにも軽すぎる。テーマが重たすぎるため、事件そのものも綿密に計画する必要があったのではないか。言ってしまえば、テーマに負けてしまったのである。
 取り上げるテーマそのものは悪くない。あとは事件の綿密な構成をたて、都合の良すぎる展開部分を直せば、新しい社会派ミステリ作家として注目されるようになるのではないだろうか。




歌野晶午『生存者、一名』(祥伝社文庫)

 キリスト教系新興宗教団体「真の道福音教会」の教えに従い、JR大*駅を爆破した宗像達也、森俊彦、永友仁美、大竹三春の男女4名は、鹿児島から遙か沖の孤島、屍島に降り立った。JR大*駅を爆破事件により死者十三名、重傷者五十九名というテロ行為の犯罪者として捕まることを避けるため、海外逃亡の準備が整うまで孤島に息をひそめるよう、教会の糀谷法王より指示を受けたナンバーフォー、関口秀樹司教よりの指令であった。屍島には、関口も、そして関口のカバン持ちの稲村裕次郎も一緒だった。鹿児島の南端の港からクルーザーに乗り、屍島に着いた。乾燥食品や栄養剤が主であるが、食料も水も半年は持つほど大量に用意されてあった。ところが翌日、関口はクルーザーに乗って逃亡した。そして稲村から、四人は孤島にほったらかしで閉じこめておく計画だったことを打ち明けられる。五人は絶海の孤島に閉じこめられた。組織に裏切られた怒りと、食料をめぐる喧嘩、疑心暗鬼。そして一人、また一人と殺されていった。いったい誰が犯人か、そして最後に生き残る者は?

 閉じこめられた孤島内での連続殺人。ストレートすぎるほどの本格推理である。今、純粋に「本格推理」を書く意欲があるのは、歌野晶午か法月倫太郎ぐらいであろう。それぐらい、論理がかっちりした本格推理小説である。とはいえ、今回はあまりにもストレートすぎた。
 背景がありきたりすぎる新興宗教なのは仕方がない。しかし中編のためか、伏線の張り方が単純である。推理をしなくても、ちょっと勘のいい人であれば、犯人が誰か、そして生存者が誰か予想が付くだろう。先が見えてしまうため、一人ずつ殺されていってもサスペンス度は全く高まらない。読み続けるのが辛くなるのだ。このページ数で、孤島ものの本格に新味を求めるのは無理なのかと、本気で思ってしまう作品である。

 最後にネタバレで一言、犯行を告白する時点で相手を殺さないか、普通。告白して背中向けて寝るわけないだろ。無理にリドル・ストーリーの結末に持ち込むために、このような不自然な行動を取らせているんだよな。それが失敗。結末にこだわりすぎだね。



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