荒井昌一『倒産! FMW―カリスマ・インディー・プロレスはこうして潰滅した』(徳間書店)

 荒井昌一は元FMW社長。一時はプロレス団体No.3の地位にまで登り詰めたインディー団体がなぜ潰れたかを詳細に書いたもの。悪評高きミスター高橋本のような暴露物ではない。逆にその分、倒産までの切迫した状況が読者に迫ってくる。街金融って、借金って怖いなあと思わせてくれる。ビジネス本として読んでも面白いかも。せっかく新生FMWとして順調に育ってきたのに、既に縁が切れたはずの創業者(=大仁田厚)がしゃしゃり出てきて引っかき回し、しかも丼勘定で金を請求するあたりはどこぞの会社と似たような所があるんじゃないかい?




藤子不二雄A『Aの人生』(講談社)

 藤子A初のエッセイ集……ということでいいのだろうか。映画エッセイなどは出していたが。
 いい言葉だなあ。「明日できることを今日するな」「毒蛇は急がない」。「毒蛇は急がない」は名作『まんが道』にも出ていたことを思い出した。人生気楽に、焦らず生きたいな。




林泰広『The unseen 見えない精霊』(カッパ・ノベルス)

「不可能な4つの死」とは? 「ウィザード」に死を与えるために来た美しい少女と、見えることしか信じない彼の戦いが始まる。彼の鋭利な頭脳と巧妙な論理の罠を次々突き破る少女の論理と見えない精霊の力。あなたは解けるか?(粗筋紹介より引用)

 これでは問題と解決が「本格推理小説」じゃなくて「本格推理パズル」。あと30枚ぐらい書き足せば物語に仕上がったと思う。ラストがいい味で終わっているだけに、ウィザードの告白や解決を論文調に書いたことが勿体ない。飾りとなる描写を徹底的に省いたため、読み手に根気を強いる作品。




東川篤哉『密室の鍵貸します』(カッパ・ノベルス)

 烏賊川市立大学映画学科四年生、戸川流平は先輩茂呂耕作の家に遊びに行っていた。先輩ご自慢のビデオルームでビデオを見て、楽しく酒盛り。ところがシャワーを浴びにいったはずの先輩が戻ってこない。風呂場へ行ってみると、先輩がナイフで刺されて死んでいた。思わず気絶する流平、目が覚めたのは翌朝だった。動転した彼は電話で友人に助けを求めようとするが、そこで友人から聞かされたのは意外にも元彼女の紺野由紀が昨夜殺されたこと。しかも刑事が流平を探している。動機はあるが、アリバイはある。しかしそのアリバイを主張できない。証明してくれるはずの茂呂は殺されている。気が付いてみると、茂呂の家はチェーンロックがかかっていた。密室の中に死体ともう一人。ジレンマに陥る流平が助けを求めた先は。

 構成などは考えられているが、登場人物が少ないこともあり、犯人やトリックなどが簡単に見えてきてしまう。やはり短編向きのトリック。推薦の有栖川有栖が「ストレート」と書いていたが、確かにストレートの球を投げてきている。しかし球質が軽い上、手の握りまで見えてしまっては打たれるだけ。もう少し工夫が必要である。
 思いっきり疑問なのは、被害者の抵抗という点をまるっきり無視している点。大体、犯人と被害者に接点はないのだから、短時間での殺害は難しいだろう。まして21時過ぎだし。それに戸川が絶対的なアリバイを持っている機会を狙って殺害すれば疑われることなんか全くないのでは。こんな面倒なトリックを考える必要はない。トリックに操られ、現実を無視している気がしてならない。
 ユーモア溢れる文体なのかも知れないが、登場人物ではない作者がひょこひょこ顔を出して説明するような小説は読者を選ぶだろう。少なくとも私は全くのれず、頭痛がした。
 あとこれは自分の意見だけど、映画を見るとき時間を気にしませんか? だいたい何分経ったかというのをいつもチェックしているけれど、それは私だけかな。




石持浅海『アイルランドの薔薇』(光文社 カッパ・ノベルス)

 アイルランド統一を目指す北アイルランド武装勢力NCF。NCFはIRAとともにアイルランド和平を目指し、停戦発表、英国を含めた関係者による会議を始めることになっていた。そんな折、和平推進反対派であるNCF副議長が南アイルランド、スライゴーの宿屋で殺害された。NCF党首は、和平に反対する副議長の殺害をある殺し屋に依頼していた。和平反対派の意気を挫くため、副議長はみっともない死に方をするはずであった。それがよりによって南アイルランドで殺害されるとは。南アイルランドで副議長が殺されたことが知られれば、和平反対派が盛り返し、停戦などは夢に終わってしまう。副議長が殺し屋に殺害されるまでのガードを担当していたNCF参謀長は宿屋の客全員を拘束した。昨夜からの大雨でぬかるんでいた地面には外部からの足跡がなかった。犯人は宿屋の中にいた人間しかない。政治的動機があるはずのNCFだが、逆に政治的な理由により殺害を犯すはずがなかった。死んだ亭主がNCFの協力者だった宿屋の女将とコックを除けば、客は誰も副議長に面識はなかった。誰が、何のために副議長を殺したのか。日本人科学者フジが一つ、一つ真実に迫ってゆく。

 北アイルランド紛争が舞台、しかもいきなりの爆弾テロという謀略小説的な始まりだが、それも全ては「閉ざされた山荘」を作り出すための舞台。しかし、ただ扮装を舞台として利用するだけではなく、その背景も事件の動機に取り組んでいるところはうまい。絶妙といってもいい。“作者の作為”が見えてこない「閉ざされた山荘」ものは久しぶりである。しかも中身はガチガチの本格なのである。“何のため”に副議長は殺されたのか。動機と機会から推理を組み立て、犯人を追いつめていくところも無理がない。感心させられた。
 本格を読んで、ここまでワクワクしたのも久しぶり。“本格”だけではなく、“本格推理小説”として面白いからだ。この物語の面白さに私は引き込まれた。普通だったら誰が犯人なのか頭の中で検討するぐらいのことはしそうなものだが、今回はそれすらももどかしいかった。とにかくページをめくりたかった。先を読みたかった。結末までためらいもなく読み進めた推理小説は本当に久しぶりである。“本格”だけ美しくてもどうしようもない。やっぱり物語が面白くなければ、“本格推理小説”は成り立たない。そんなことを再認識させられた。今年の本格、日本ミステリの収穫といってもいい。
 登場人物の書き分けが出来ていないところや、描写の甘さなどの欠点はあるが、そんなことはいずれ直る欠点だろう。本格として、小説としての面白さはきちんと掴んでいる。次作が今から楽しみだ。




黒田研二『嘘つきパズル』(白泉社My文庫)

俺―間男は、エロいながらも不安な夢から目を覚ました。そこは人外のモノが跳梁跋扈する絶海の孤島。天下の美人妻・麗華ちゃんと倦怠期解消の船旅に出たはずなのに、待っていたのは謎と怪奇とドタバタだった!?連続殺人の真犯人とその目的は。島に隠された神の「のろい」とは。熱いというより微妙に暑苦しい空の下に展開する、変本格ミステリー。(粗筋紹介より引用)

 魔夜峰央のイラストと「変本格」の名がふさわしい作品。ここでの「変」は「変態」の「変」だろう。バカミスと書かれているが、西澤保彦風SFトンデモ本格の変形ともいえる。いわゆる「孤島もの」作品。あほらしさを通り越して思わず笑ってしまうギャグとインパクトがありすぎる登場人物とに圧倒され、下品さ丸出しの主人公に脱力してしまうが、最後はきちんと本格になるのだ。暗号は面白くなかったが、「嘘をつけない呪い」が2名にだけかけられた状態における犯人探しの推理はなかなかよく出来ていた。特に最後の名探偵の解決手段は面白い処理の仕方だ。反則のような気もするが、推理によって導くことは可能だと思う。記憶にとどめてもいい作品かも知れない。
 主人公間男(はざま おとこ)と美人女優麗香のなれそめなどは、最初ではなく途中で入れるべきだったと思う。最初の部分が説明調で浮いてしまっている。エリザベスと出会うシーンを最初に持ってきて、ぜにーちゃんに見破られる部分で入れた方がテンポ良く進めることが出来たのではないか。




佐野洋『推理日記VI』(講談社文庫)

 こう読めば、推理小説はもっともっと面白くなる!驕らず、見くびらず、持ち上げず。私心なく、ただミステリーの発展と向上を旨として巨匠・佐野洋がライフワークとして取り組む極上の推理エッセイ集。実作者ならではの視点・論点は、まさに目から鱗が落ちる思いです。超辛口な正真正銘の骨太評論77編を収録。(粗筋紹介より引用)
 「小説推理」1991年5月号〜1997年7月号まで掲載。『小説推理PARTVII』『小説推理PART8』として単行本刊行された作品の文庫化。

 佐野洋のライフワーク。作家ならではの視点・論点はさすがと思わせるものがあるが、目から鱗かどうかはちょっと疑問。ときどき、こんな些細なことでねちねち書くのかな(本書で言えば、『「全弁連」と「日弁連」』とか)、と思うときがあるのは事実だし、言葉にものすごくこだわりすぎているんじゃないか(「すべからくとあげる」とか)などと思うことはあるのだが、それこそが作家としてのこだわりなのかなとも思う。ミステリ作家になりたいと思う人ならば、一度は読んでみるべきシリーズ(とはいえ、絶版が多いのは納得いかないが)であると思うし、作者にはこれからも頑張ってほしいと思う。




霧舎巧『四月は霧の00(ラブラブ)密室』(講談社ノベルス)

 講談社ノベルス20周年企画「密室本」の1冊。丸ごと袋とじになっているので面倒と言えば面倒。
 私立霧舎学園へ転入してきた高校二年生の羽月琴葉は、転校初日から遅刻した。既に閉められている門扉を乗り越え、足下60cmぐらいまで人工の霧が漂っている中を体育館へ向けて走っていたら、噴水からいきなり水が噴き出し尻餅をついた。そこへ覆い被さってきた一人の男子学生。彼の名前は小日向棚彦という普通の高校生。倒れてきた拍子に棚彦の手は琴葉の胸に。そして二人の唇同士が重なっていた。ちょうど9時の鐘が鳴ったところだった。とうぜん喧嘩になるはずの棚彦と琴葉だったが、二人が倒れた横に白衣を着た男性が倒れていたのにびっくり仰天。しかも男性の腹は血に染まっていた。死んでいたのは転任教師の長尾だった。ほとんどの教師、学生は入学式で体育館にいたため、容疑者は琴葉、棚彦も含めてごくわずか。いったい犯人は誰か。

 著者は『金田一少年の事件簿』をライバルとしてラブコメミステリを書こうとしたらしい。確かに形式はそうなっている。母親が署長で事件を担当しているので情報が流れてくるとか、都合がよい偶然があるなどはミステリの許容範囲としても、いまどきこんな“ラブコメ”ないだろう! 「霧の中で9時の鐘が鳴ったときにキスをしたら幸せになる」という伝説はまだ笑いでおさまるが、「ぶつかって倒れた拍子に手が胸に当たる」だの「唇同士が重なる」だの「喧嘩ばかりしている相手だけれども気になる」などの展開は何年前のラブコメなんだよって突っ込みたくなる。かつて「樋口有介の作品に出てくる女子高生の姿はおじさんの理想の女子高生だ」みたいな論が一部にあったが、本作は「おじさんが憧れたご都合主義満載のラブコメ」そのものじゃないだろうか。この方面を目指すなら、現在進行形のジュニア小説やマンガを読んで勉強すべきだと思う。でなければ、今の若い読者は手に取ろうとしない。
 最後に一つ。「めー」が五月(メイ)を指しているというのは発音から考えても納得いかない。




古処誠二『ルール』(集英社)

 終戦直後のフィリピンが舞台。鳴神中尉率いる第二小隊はルソン島北部を目指していた。米軍はあざ笑うように爆撃を落としてくる。隙を見せればゲリラが襲ってくる。しかし、彼らの敵は米軍でもゲリラでもなかった。飢えであった。捕虜になった米軍パイロットスミス大尉は、日本軍の地獄を見ることになる。

 戦記文学はほとんど読んだことがないのだが、人にとって最重要問題点である「飢え」をここまで正面切って取り上げた文学は少ないと思う。すでに極限状態を越えているのに、上司の命令に従って目的地へと進行する日本軍の姿を我々はどう捉えればいいのだろうか。淡々と書かれた描写が、逆に残酷さを浮かび上がらせる。
 太平洋戦争、というより大東亜戦争での日本軍の愚かさ、悲しさを浮き上がらせた戦記文学として高い評価を得る作品かと思う。しかしタイトルから考慮すると、飢えという極限状態で人はどういう行動を取るか、人が作り上げたルールとは何かという点を問うがために終戦間近の日本軍を舞台にしたのではないだろうか。人はあくまで理性の動物なのか。それとも理性という衣を被った獣なのか。天皇陛下現人神という明治政府以降のマインドコントロール教育も含め、戦争を知らない我々の世代が考える事なのかも知れない。古処が終章で示した人の姿は、あくまで一つの解答でしかない。
 古処誠二は「平成の松本清張」になる可能性を秘めている作家だと思うが、戦記文学でホームランをかっ飛ばした。問題は、これをミステリとして評価すべきかということ。私は、ミステリのカテゴリには入らないと思う。もちろん、様々なジャンルを包容しているものがミステリであるということを充分認識した上で。




近藤史恵『桜姫』(角川書店)

 大物歌舞伎役者市村朔二郎の「愛人の子」小乃原笙子は、一通の招待状を受け取った。大部屋役者たちが演じた歌舞伎「桜姫」である。笙子に招待状を送ったのは、主役桜姫を演じた若手歌舞伎役者市川銀京だった。銀京は笙子に、笙子の兄である音也と子供の頃の親友だったと伝える。笙子は銀京に自分の悪夢を話す。自分は兄である音也の首を絞めて殺したという悪夢である。表向きでは音也は10歳で病死したことになっていた。銀京と笙子は音也の死の真相を追う。
 女形役者瀬川小菊は「桜姫」に出演することになっているが、なぜか銀京のことが気に入らない。そんなとき、師匠瀬川菊花の舞台で子役の景太郎が出演終了後行方不明になり、翌日死体となって発見された。小菊は師匠の頼みで探偵今泉に真相を探ってもらう。

 近藤史恵待望の歌舞伎ミステリ。近年のミステリ、特に本格は化粧や衣装が厚ぼったい作品が多いが、近藤史恵は徹底的に肉を削ぎ落とす。だからといって骨しかないのではなく、きちんと化粧がなされている。小説を読んでいるのに、切り絵でできた和綴じの本を読んでいる気分になるのは気のせいだろうか。
 事件そのものは単純である。しかし明かされた真相の奥は深い。男性社会である歌舞伎役者の娘として生まれた者の悲哀は、親に愛情を求める子供の姿とラップする。探偵今泉にできることは縺れた糸を解くことではなく、縺れた糸が縺れているという事実を伝えることである。解き明かされた謎に立ち向かうのは当事者だけだ。
 近藤史恵の一つの到達点だろう。完成度は極めて高い。モノクロの夢は、結末で艶やかな色を付けることになる。




佐藤友哉『水没ピアノ―鏡創士がひきもどす犯罪』(講談社ノベルス)

“暗澹たる日々に埋もれた無様な青年。悪意から逃れられない少女を護り続ける少年。密室状況の屋敷で繰り広げられる贖罪を含んだ惨殺劇。”(以上、書籍データより引用)鏡創士がひきもどす犯罪とは何か。三つの物語が一つに交わり、悲劇は幕を閉じる。
 相変わらずの独りよがりだがパワーのある文体。ようやく気付いたことが一つ。ヘタウマ漫画の小説版だね、この作者は。まあ、ヘタウマほどの実力があるとは思えないので、せいぜいウマヘタぐらいか。



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