東川篤哉『完全犯罪に猫は何匹必要か?』(光文社 カッパ・ノベルス)

 烏賊川市で探偵事務所を開いている鵜飼杜夫のところへ、回転寿司『招き寿司』チェーンの社長である豪徳寺豊蔵が訪ねてきた。依頼は飼い猫である三毛猫のミケ子を捜してほしいということだった。鵜飼は助手でフリーターの戸村流平、事務所があるビルのオーナー二宮朱美とともに三毛猫捜査に乗り出す。
 その豊蔵が殺害された。犯行現場は豪徳寺家の畑にあるビニールハウスの中。出口にはなぜか等身大の招き猫が置いてあった。それは豪徳寺家の正門の前にいつも置いてあるものだったが、誰がなぜ移動させたのか。そしてこのビニールハウスでは10年前にも殺人事件が起きており、犯人は不明のままだった。砂川警部は部下の志木とともに捜査に乗り出すが、豊蔵の葬式中に新たな殺人事件が発生した。

 烏賊川シリーズ第3作。登場人物も固定し、各キャラクターの個性もはっきりしてきたので、読んでいてとても軽快である。飄々としたユーモアと物語がようやく噛み合うようになってきた。事件の方も招き猫を絡めたアリバイもので、よく考えられている。招き猫などの蘊蓄も物語の流れを乱すことなく、面白く読むことができる。作者は着実に成長しているといえよう。もちろん、この作品から読み始めても十分楽しめる仕上がりである。ただやはりこのシリーズは第1作から読むべきだろう。
 惜しいと思うのは、作者自身がスタイルを確立させようという段階のため、冒険心に欠けているところか。何か一つ、突飛なことをしてやろうという意気込みは感じられない。とりあえず作り上げた枠の中に纏めようとしているのが見えてくるのは少々つらい。
 とりあえず次作を読んでみようと思う。スタイルは固まったのだから、次こそは新たな冒険をしてほしい。それと、タイトルの付け方はもう少しセンスのあるものにしてほしい。




石持浅海『月の扉』(光文社 カッパ・ノベルス)

 週明けに国際会議が開かれるため、厳重な警備体制になっている沖縄、那覇空港。出発予定時刻午後八時の飛行機が飛び立つ寸前、ハイジャック事件が発生した。犯人は3名。それぞれ赤ん坊を人質に取っていた。彼らの要求は、沖縄県警が逮捕、留置している男性を午後十時半までに那覇空港の滑走路まで「連れてくる」ことだった。その男性は、座間味島で不登校児童の教育キャンプを行っている彼らの「師匠」だった。しかし犯人たちは、「師匠」の「釈放」を要求していなかった。
 緊迫した状態が続く中、赤ん坊を人質に取られている母親がトイレに行き、そのまま出てこなかった。そして別の女性がトイレに行き、誤って母親が入っているトイレに入ろうとして腰を抜かした。母親は、右手首を刃物で切られ死んでいたのだ。自殺のはずがない。しかし、ハイジャック下の状況、だれもトイレに近づかなかったのも事実である。ましてや刃物を持ち込むことが極めて困難な飛行機の中。誰が、なぜ、どうやって母親を殺したのか。ハイジャック犯に指名された座間味Tシャツの男性が、この謎解きに挑む。

 ハイジャックされた飛行機の中での殺人事件。過去に様々な「閉鎖状況」下での殺人事件を取り扱ったミステリが書かれてきたが、ここまで緊迫した空間を作りだした作家がいただろうか。しかも「誰が」「なぜ」「どうやって」殺害したか全くわからない殺人事件である。この設定を思いついたことと、結末まで完成させたというだけで感動ものである。しかも中身は極めて論理的な推理が繰り広げられる本格ミステリ。派手な殺人トリックや、エキセントリックな名探偵を求める一部の本格ミステリファンから見たら地味かもしれないが、論理を重んじる一部の本格ミステリファンから見たら涙ものだろう。物語としても、途中でハイジャック犯と警察とのやり取りが加味されるため、推理を繰り広げるだけの単調な話にうまいアクセントをつけており、退屈することはない。ここまで来れば名人芸だろう。
 これだけ綿密に作られた本格ミステリなので、最後のドタバタだけはちょっと勿体ない気がする。多分結末をつけるとしたらこれしかなかったのだろう。それでもなお勿体ないと言わせてほしい。いっそのこと、ファンタジーな結末でもよかったんじゃないだろうか。ここでいう結末とは物語の結末であって、「殺人事件」の解決とは別である。「殺人事件」は論理的な推理により、たった一つの可能性が明らかにされている。再読してみて、細かなところまで張ってある伏線に感心した。推理の条件は、すべて文中にあった。きわめてさりげなく。

 前作『アイルランドの薔薇』も感心したが、本作はそれ以上の出来である。もう読者も迷いはないだろう。論理的な推理を主眼とする本格ミステリを今後引っ張っていくのは、石持浅海である。今年のベスト候補。




真保裕一『繋がれた明日』(朝日新聞社)

 中道隆太は19歳のとき、殺人事件を起こした。付き合っていた彼女につきまとっていた男と喧嘩になり、相手がかかってきたところをナイフで逆襲したら死んでしまったのだ。しかし目撃者は、隆太が先に手を出したと主張し、裁判は懲役5〜7年の判決を下した。
 6年後、隆太は仮釈放となり、少年刑務所を出所した。保護司である大室の紹介で、小さな建設会社で見習いとして働くことができた。さらに安いながらも一人暮らしができるアパートに住むことになった。人殺しの前科を持つ身にとっては、十分すぎる条件だった。
 仕事にも何とか慣れてきた頃、会社やアパートにビラが配られた。そこには六年前に隆太が起こした事件の新聞記事とともにこう書かれてあった。「この男は六年前に殺人を置かしています」。さらに妹の会社にも似たようなビラが配られ、妹は恋人と別れ会社をやめることになった。いったい、誰が何のためにこんなことをしたのか。殺人犯として世間から白い目で見られながらも、隆太は犯人さがしを始めるが、さらに事件が降りかかる。

 仮出所した殺人犯というのはありがちなテーマに思えるが、ミステリでここまで正面から取り上げた作品は珍しいのではないだろうか。思いがけず殺人犯になってしまった隆太の苦悩、焦燥、戸惑い、そして怒り。さらには仮出所してからの苦悩。世間からの冷たい視線と仕打ち。こうやって一つ一つ並び立て、隆太の心情を細やかに書かれると、かつては殺人者であったはずの隆太に読者は感情移入してしまう。
 加害者の弟を主人公に扱った東野圭吾『手紙』と比べると、筋立てそのものこそ『繋がれた明日』が作り物っぽいのに、作品全体の印象は『手紙』の方が作り物っぽく思えてくる。直木賞の選考経過で阿刀田高が語っているように「小説の技法を評価されながら、技法が勝ち過ぎて読者の心を打つものに欠ける」のだ。『手紙』だけを読んだときは気付かなかったのだが。
 このテーマならお涙ちょうだいの物語として仕上げることも可能だっただろうが、あえてミステリとして完成させたため、阿刀田高に「きまじめにきちんと書かれてはいるが、小説としての感動が薄い」と書かれてしまったが、むしろ隆太の感情を控えめに書いた分ミステリとしては成功しているのではないだろうか。結末までの流れは読者を翻弄させる。
 久々の真保だったが、小役人シリーズより小説技術は格段に進歩している。他の作品も読んでみたくなった。ただ真保には、小役人シリーズのような重厚なハードボイルド、それに冒険小説を期待したい。




芦原すなお『嫁洗い池』(創元推理文庫)

 東京郊外に妻と二人で住んでいる作家のぼくのところに、同郷で高校時代からの友人、河田警部が訪れる。ときには美味そうな食材を持ってくる。そして自分では解けない不思議な謎も持ってくる。妻は食材を美味しい料理を作るとともに、不思議な謎も解決してしまうのだ。『ミミズクとオリーブ』に続く安楽椅子探偵シリーズ第2弾。「娘たち」「まだらの猫」「九寸五分」「ホームカミング」「シンデレラの花」「嫁洗い池」の6編を収録。

 河田警部から事件の概要を聞いてヒントを示唆。河田とぼくが再捜査をすると見事事件の謎を解く。典型的な、そして優れた安楽椅子探偵ものである。解く謎も「娘たち」の日常系謎から、「まだらの猫」の密室殺人事件、目撃者もいて本人も犯行を認めているのに何かおかしい「九寸五分」など本格ミステリファンをくすぐるような謎までがラインナップされている。
 しかし本書の面白さは、やはりぼくと妻と河田の掛け合い、そして読んでいるだけで涎が出そうになる料理の数々だろう。三人の掛け合いは漫才を見ているようで楽しく、それでいて温かい。ほんわかとしてくるのだ。ハートウォームなのだ(なんだそりゃ)。ぼくと妻との夫婦の会話は、互いに相手をわかり思いやっているのが伝わってきて、ああ、こんな夫婦になりたいなと思わせる。そしてなんといっても料理描写の素晴らしさ。ことさら大げさに書くのでなく、それでいて美味しさが伝わってくる。お腹がすいてくるから、ダイエットに非常に悪い(それは個人的事情)。
 もちろん、本格ミステリとしても十分に楽しめる。先に並べた謎が、ちょっと視点を変えることで鮮やかに解かれるその過程は秀逸だ。
 安楽椅子探偵の王道であり、本格ミステリの佳作。できればこの続きも読みたいところだ。




スニーカー・ミステリクラブ編『綾辻行人 ミステリ作家徹底解剖』(角川書店)

 デビュー作『十角館の殺人』から最新作『最後の記憶』までの全作品における作者自身のコメント。映像化作品やエッセイ等も含む綾辻行人全作品リスト。円堂都司昭、佳多山大地、笹川吉晴による評論。岡田准一(V6)、飯田譲治との対談。作家や漫画家など綾辻行人と交流のある21人が語る綾辻行人。さらに担当編集者からのアンケート。安藤満、片山まさゆき、萩原聖人との「麻雀本格位決定戦」。原作書き下ろしホラーコミック「人間じゃない」(児嶋都画)。以上を収録した、綾辻行人作家生活15年を纏めた一冊。

 綾辻行人ファンなら絶対押さえなければならない一冊だし、綾辻行人の過去の作品を振り返りたい人にとっても便利な一冊だろう。綾辻行人の本格ミステリ観、作品観を知るには読んでおいた方がいいかもしれない。ただ、あくまで過去を振り返る企画本であり、中身についてどうのこうのいう本ではない。
 「乱歩以前・以後」「清張以前・以後」というミステリ用語とともに「綾辻以前・以後」という言葉がある。ただ乱歩、清張は開拓者であったが、綾辻行人は発掘者の位置付けになるだろう。しかし若い読者にとっては、彼もまた開拓者なのかもしれない。「新本格」というジャンルの。「新本格」というジャンルは「本格ミステリ」と同じはずのものであったが、いつしか似て非なる要素が混じってきている。綾辻行人が長編本格ミステリ作品の著作を書かなくなって早8年。沈黙している間に新しい作家がどんどん出てきた。本格ミステリは拡散し、方向性が失われつつある。『暗黒館の殺人』で、今一度綾辻行人は道標となることができるのだろうか。それとも綾辻行人は、既にその役割を終えてしまっているのだろうか。
 この本からは、今後の綾辻行人について、何も読み解くことはできない。



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