大森望 豊崎由美『文学賞メッタ斬り!』(PARCO出版)

 大森望、豊崎由美の二人が世の中にある文学賞について好き放題語った一冊。芥川賞、直木賞からメフィスト賞、さらに地方文学賞まで幅広い分野の文学賞を、まさにメッタ斬り。読者が文学賞に感じていた不満や疑問、そして一部で流れていた噂話に舞台裏がてんこ盛り。よくぞここまで書いたと思わせる一冊である。
 エキサイトブックスの2003年6月12日分に書かれたニュースな本棚「文学賞メッタ斬り!」も凄かったが、本の方はその何倍もパワーアップしている。ここまで書いて、今後大丈夫なのかと心配してしまう。読者の不満に感じていた部分をここまで公にさらけ出してくれたのは嬉しい。それ以上に感心してしまうのは、多ジャンルの本を読みあさっているところ。自分なんかミステリを読むだけでもひいひい言っているのに。いったい、どうやって読書の時間をとっているのだろう。
 読書を趣味とする人なら、一度は手にとってほしい本だね。読書の世界が十倍広がると思う。ただ、どちらかといえば舞台裏の方に向かってだが。




伯方雪日『誰もわたしを倒せない』(東京創元社 ミステリ・フロンティア)

 凍てつくような寒い日、後楽園外にあるゴミ捨て場の後ろ側に隠すように死体が捨てられていた。富坂署刑事課に所属するプロレスマニアの城島は、その死体が新東京革命プロレスに所属するカタナというマスクマンと体つきが似ていることに気付く。カタナは本名不明、年齢不詳のマスクマン。ルチャ・リブレの使い手として昨年の夏に突如登場、人気者となった。しかも昨日は、昼に後楽園ホールでプロレス、夜は東京ドームでリアルファイトのダブルヘッダーに出場。マスクマンのままリアルファイトを行うという不利な条件で実力者に勝ち、勝利するという偉業を成し遂げていた。某レスラーがマスクを被ったというありがちのパターンではなく、マスコミも含めて誰もカタナの正体を知らなかった。いや、知っているのは革プロの社長であり、プロレス界のカリスマでもある寿仁だけであった。城島と上司の三瓶は寿のもとを訪れ、死体がカタナの正体であることを知る。そしてさらに、殺人事件が起きた。城島は寿の付き人である犬飼優二の協力を得ながら事件の謎に挑む。「覆面(マスク)」。
 六年後、犬飼優二が独立して興したサード・レボリューションの横浜アリーナ大会。エース沢木舞斗とニュージーランド出身の格闘家で世界最強を謳うダレン・スチュアードが闘うことになっていた。その1ヶ月前、城島は犬飼と会っていた。サード・レボリューションのフロント責任者である宮本が安普請のホテルの中で死んでいたのだ。自殺か、他殺か。そして沢木とダレンの試合は意外な結果になった。「偽りの最強」。
 犬飼が語る昔話。新東京革命プロレスの新人道場に犬飼が帰ってきた。1年前、練習生の黒木夏生が犬飼とのスパーリング中に帰らぬ人となった。犬飼はデビュー戦こそ闘うことができたが、体調を崩して入院していたのだ。それから数週間後、犬飼の同期であったヤマトが石で殴られて殺されていた。その時、ヤマトとともに寮にいたのは後輩の佐野と、実力がなくシゴキばかりのコーチであった芝木。寮の周りに足跡はなかった。そして芝木は鍵のかかった自室の中で死んでいた。「ロープ」。
 サード・レボリューションの沢木とダレンが闘った1年後。東京ドームで沢木の後輩である天野勝利とダレン・スチュアードの試合が組まれた。しかし、ダレンは体調不良を理由にリングに上がらなかった。ダレン・スチュアードは控え室の中で首を絞められて死んでいた。首には紐などとは違う痕がついていた。まるでチョーク・スリーパーのようなあとが。そして沢木は“自白”した。俺がダレンを絞め殺したと。俺が最強だと。「誰もわたしを倒せない」。そして「エピローグ」。

 プロレスが真正面から書かれたミステリはほとんどない。今ではどんな業界だろうとミステリになってしまう時代なのにである。リザ・ゴディの悪役女子レスラーエヴァシリーズ、桐野夏生『ファイアボール・ブルース』はあくまで登場人物がレスラーというだけである。そういえば牛次郎に長州力をモデルとした作品 『プロレス探偵リキ』があったが、これはあくまでお遊びでしかないだろう。不知火京介『マッチメイク』はプロレスを真っ正面から取り扱った江戸川乱歩賞受賞作で期待を持たせたが、某書からの引き写しがあまりにも多いことからプロレスファンの激怒を買ったことは記憶に新しい。
 本書でも最初からアントニオ猪木をモデルとした寿仁が出てくるなど、これは『マッチメイク』の二の舞かと思ったら、途中からしてやられた。なるほど、こう来るか。思わず一気読みしてしまった。
 使われるトリックは既存のものがほとんどなのだが、プロレスという舞台で用いられると結構新鮮に見えてくるから不思議だ。もっともプロレスにあまり興味がない読者からすると、「トリックが古い」「見え見え」などという感想を抱くだろう。これは、プロレスファン以外の読者を物語に引きずり込むだけの力が足りないということにも通じる。粗筋を書いてみて、ストーリーのふくらみが足りないことに改めて気付いてしまった。逆にプロレスファンは、足りない部分を空想で補ってしまうのだが。
 解説の言葉にもあるとおり、本書は「本格ミステリの形をとして、プロレスとは、最強とは何なのか――という問いかけに必死に向き合おうとした最初の物語」である。ただ、作者が到達した答えがこれなのだろうか。それともエピローグの続きこそが、作者の求める最強の形なのだろうか。WWEのようにエンターテイメントに徹することのできない日本のプロレスラー、そしてプロレスラー最強伝説を求めてしまう日本のプロレスファンの幻想こそが、本書を生み出したといえるかもしれない。
 新日~UWF~PRIDEといった流れを知っているプロレスファンでミステリが好きな読者にとっては、一読を薦める。ただしそうでない方は……退屈かもしれない。

 小説も面白かったが、笹川吉晴の解説も面白い。小説の足りない部分を解説が補っている感がある。それにしても、プロレスと本格ミステリにこれほど接点があるとは思わなかった。気付かなかった自分が不覚だ。
 レスラーと作家を対比させる試みは自分でもやってみたい。解説で述べられている例えには、所々異議有りと言いたい部分もある。どちらかといえば、アメリカで一時代を築いたルー・テーズがエラリー・クイーンで、異邦の地でしか信奉者を得られなかったカール・ゴッチがディクソン・カーだと思う。
 全てを<プロレス>によって考える人間と、そうでない人間か。言われてみれば、自分もそんなところがありそうだ。




西村京太郎『行先のない切符』(徳間文庫)

 ラブホテルに誘った女が、一夜の情事の後、部屋から転落死した。疑いは当然、誘った男にかかるのだが。十津川警部が真実を追う「夜の殺人者」。
 トルコ風呂(出版当時の表記)の女性が殺された。秋には四十過ぎの町工場の男と結婚する予定だった。田口刑事は彼女と親しかった詩人の男性が怪しいと目を付けるが、彼は不思議な性格の男だった。「カードの城」。
 スキャンダルで有名な若手女優の息子が、保健所から配られたネズミ駆除用の毒団子を食べて自殺した。わずか6歳の子どもが自殺するだろうか。田坂刑事は執拗に彼女の後を追う。それは、田坂の悲しい過去が原因だった。「刑事」。
 妻と二人暮らしのサラリーマン藤原広太郎は、満員電車のなかで偶然見かけたスリの手口の鮮やかさに見惚れてしまい、もう一度見ようとスリを捜し回る。そしてとうとう自分も手を染めて捕まるはめに。会社を首になった藤原は、乗り降り自由のフリー切符を片手に、街を歩き回るが、ある日殺害されてしまう。「行先のない切符」。
 集団就職で北海道から上京し、まじめに働いていた20歳の男性が、旅行先の北陸の海で自殺した。なぜか片手には猿の玩具を握りしめていた。なぜ彼は急に自殺したのか。新聞記者の沢木は、男性の母親を連れて北陸に旅立ち、自殺の真相を探し求める。「手を拍く猿」。
 若く美しい義母に憧れる高校生の彼。夏休みの別荘で彼が知る表と裏は。「幻想の夏」。
 離島という名が相応しいぐらい交通の便が悪い南神威島。女性問題で東京を離れたかった医者の私は、二年の契約でその島へ行くことになったが、その島で伝染病騒動が起きた。「南神威島」。
 ここ数日、浅草寺の鳩が続けて死んでいた。悪い餌を食べさせられているらしい。噂を追った田口刑事だったが、そこへ殺人犯の脱走のニュースが入ってきた。「鳩」。

 1983年に双葉ノベルズから発売された短編集。もっとも「夜の殺人者」「鳩」を除く6編は新評社から『カードの城』のタイトルで発売されている。特にテーマがあるわけではなく、雑誌に発表したものを適当にまとめたと思われる。
 読み終わった感想を一言で書くと、可もなく不可もなくか。「行先のない切符」の結末はちょっと面白いが、タイトルとはちょっとはずれている感がある。ただ、読んでいる間は退屈しない。数ページ読むだけで物語に引きずり込まれるし、一度読み出せば終わるまで目が離せない。誰にでもわかる平易な文章で書かれているし、読者を悩ませるような不可解なところは一つもない。一般の読者が雑誌などに求めている短編とはこういうものではないか。過剰な表現、無駄な文章、不可解な世界。読者に過酷な苦労を強いる作品が一部で幅を利かせつつある中、こういう作品集を読むとかえってホッとする。




樹下太郎『サラリーマンの勲章』(文春文庫)

 早起きが嫌で出世したくない男が出世してしまった悲劇を書いた「消失計画」。
 面接試験であった受付の女性に惹かれてその会社に就職した男の悲喜劇「天使勲章」。
 上司の不正現場を見てしまい、冷遇される部下の悲劇と復讐「衣装作戦」。
 年を重ねても結婚しないカタブツ上司の真の姿は「夏は危険」。
 社内でひたすら反骨精神を貫き通した男の末路「反骨勲章」。
 理由もなく上司に嫌われ、冷遇される部下。その原因は「秋風北風」。
 妻が出世を嫌うので、昇進の度に転職する男の結末「反省勲章」。
 詩人であるが故に、出世街道を絶たれた男が取った道は「風と旗と」。

 推理小説でデビューした著者が、サラリーマン小説の方へ軸を移すことになった記念的作品で、直木賞候補作にも挙げられている。「漫画讀本」昭和38年5~12月号に連載、昭和39年1月にポケット文春のシリーズで発行された。それまで書かれていたサスペンス小説とはガラッと変わった作品であり、ユーモアとペーソスにあふれた短編集に仕上がっている。まあ、今の若者から見たらあまりにも古臭いイメージを持ってしまうかもしれないのだが、それでもこの小説のおもしろさに変わりはない。
 初めて書かれたサラリーマン小説のせいか、作品の前半はまだミステリタッチが残っているのはご愛敬か。書かれている内容や教訓こそ古臭いかもしれないが、作品の面白さは時代を超えても普遍。そんな一冊である。




蘇部健一『届かぬ想い』(講談社ノベルス)

 1993年、小早川嗣利は妻広子と9歳の娘美香と幸せに暮らしていた。しかし美香は誘拐され、生死のわからぬまま行方不明となった。1ヶ月後、嗣利は久しぶりに仕事へ出たが、帰ってみると血まみれの広子の死体があった。右手には剃刀が握られていた。
 1年後、嗣利は新入社員の安永百合子から告白され、さらに1年後結婚した。しかし、生まれた娘は不治の病にかかっていた。嗣利は娘を助ける方法を知り、実行に移すが。

 さて、どう感想を書いたらいいのやら。SFではお馴染みのよくある手法を用い、一ひねりすることにより一風変わった作品に仕上がった。そういう書き方でいいだろうか。読み終わって、なんだかもやもやした気持ちが残った。読後感がやるせないというか。こんな理不尽な話をよく書けたものだ。逆の意味で感心してしまう。
 一作一作、作者は新しい世界を作り出していっている。下手なユーモアで升目を埋めることが多かった最初の頃と比べると、格段の進歩を見せている。割り切れない部分は残るものの、こんな奇妙な読後感を与える小説は珍しい。“届かぬ想い”というタイトルの皮肉さと使われ方に、蘇部健一の実力を見ることができる。良くも悪くも衝撃的だった処女作と比べると小粒に見えるかもしれないが、作者が一歩一歩自分の書きたい世界を作り上げていっているのがわかるだろう。蘇部が目指しているものはどこにあるのか。一読者として、これからも付き合っていきたい。




坂東眞砂子『死国』(マガジンハウス)

 明神比奈子はイラストレーターとして活躍していた東京から高知へやってきた。小学校時代を過ごした矢狗村へ。一緒に遊んだ日浦莎代里の事を思い浮かべる比奈子であったが、電車で会った同級生に、莎代里は中三で死んだことを教えられる。比奈子は莎代里の家を訪ねたが、莎代里の母は日浦家に昔から言い伝わる逆打ちを行っていた。左回りは、死の国に行く道。死んだ者のことを一生懸命考えながら、四国を死んだ者の歳の数だけ左向きに回れば、死の国から連れて帰ることができる。莎代里の母は言う。昨日で15回目、莎代里の死んだ歳の数だけ回った。そうしたら、莎代里は帰ってきた。昔のままの姿で。
 比奈子は初恋の相手で、今は村役場で働く秋沢文也と同窓会で再会し、恋に陥る。しかし、二人の周りで奇怪な出来事が次々と起こる。

 1993年に発表された坂東眞砂子のブレイク作。今頃といわれそうだが手にとって読んでみたのだが。うーん、読んでいても全然のれなかった。恐怖より先に苛立たしさだけが本から伝わってきた。それがどういう理由なのか、さっぱりわからない。自分と波長が合っていないのだろうか。ページを捲るのが苦痛だった。それだけ。




鍬本實敏『警視庁刑事 私の仕事と人生』(講談社文庫)

 築地八宝亭事件、カービン銃公金ギャング事件など、38年間に80件以上の殺人事件を手がけた名物刑事が語る警察、刑事、捜査、事件、そして人生。捜査の実態、刑事という仕事、愛すべき(?)犯罪者などをユーモラスに、そして真面目に、人情味たっぷりに。交流の深かった小杉健治、高村薫、出久根達郎、宮部みゆきが語る著者への思い出のエッセイも収録。
 刑事が語るエッセイなんて自慢話か説教話ばかりだと思っていたらとんでもない。これほどユーモアたっぷりな、人情味あふれる暖かいエッセイがあっただろうか。座談の名手とエッセイで書かれているが、なるほどと頷ける。刑事なのだから、人の表も裏も嫌というほど見せられたのだろう。しかしエッセイからはそんな暗い部分は全く感じられない。読んでいて本当に心が温かくなる。越路吹雪との交遊で、さらりと流しながらかえって当人の寂しさを浮かび上がらせる語り口が素晴らしい。本当に、素晴らしい人だったのだろう。お薦めの一冊。



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