笹沢左保『他殺岬』(カッパ・ノベルス)

「おれは、最も残酷なやり方で、あんたに復讐する!」
 ルポ・ライター天知昌二郎にかかった電話は、彼の一人息子・春彦を保育園から誘拐し、五日後に殺害すると告げた。犯人は環日出夫と名乗った。二ヶ月前、日出夫の義父で、美容界の大御所だった環千之介は天知の筆でその過去を暴かれて自殺! 妊娠八ヶ月の日出夫の妻・ユキヨも父の後を追い、足摺岬から投身自殺した。春彦を取り戻すにはユキヨの死が他殺だと証明する道しかない。が、残された時間はわずか120時間34分! 筆者が十年ぶりに書き下ろしたサスペンス・ミステリーの決定版!(粗筋紹介より引用)

 サスペンス性を中心とした「岬」シリーズ第一弾。月間執筆量約1000枚という状況下でカッパ・ノベルスに書き下ろされた本作は、10年ぶりの書き下ろし推理小説である。そのせいかもしれないが、作者もかなり力を入れて書いているように思える。子供が誘拐された状況で事件を解決に乗り出す緊迫感あふれるストーリー。わずか5日間での決着を目指すスピーディーな展開。そして意外な結末。タイムリミット・サスペンスものとしてページに残されるべき一冊。




山川方夫『夏の葬列』(集英社文庫)

 太平洋戦争末期の夏の日、海岸の小さな町が空襲された。あわてて逃げる少年をかばった少女は、銃撃されてしまう。少年は成長し、再びその思い出の地を訪れるが…。人生の残酷さと悲しさを鋭く描いた表題作ほか、代表的ショート・ショートと中篇を収録。(粗筋紹介より引用)
 「夏の葬列」「待っている女」「お守り」「十三年」「朝のヨット」「他人の夏」「一人ぼっちのプレゼント」「煙突」「海岸公園」を収録。

 山川方夫という作者を知ったのは、中学校時代の国語の教科書だった。収録されていたのは、本書の表題作である「夏の葬列」。教師に本作品の印象を聞かれ、私は「最後のどんでん返しがミステリ的だ」と答え、驚かれたのを覚えている。「夏の葬列」や「待っている女」は、1962年に「ヒッチコック・マガジン」に「親しい友人たち」と題するショートショートの連載作品である。巧妙な仕掛けとどんでん返しがあるのもなるほどと思ってしまった。
 ただ、この人の代表的中編といわれている「海岸公園」はちょっと退屈で、読み続けるのがしんどかった。単に私の好みと合わなかっただけだとは思うが、この人の資質は、やはりショートショートだったのだろうか。




奥田博昭『昭和ドロボー世相史』(社会思想社 現代教養文庫)

 ドロボーもプロとなると、それでめしをくっているわけであるから、簡単に捕まってはならないし、絶えず研究している。「ドロボーは世につれ、世はまたドロボーにつれ」。ドロボーは「時代を映す鏡」である。(折り返しより引用)

「昭和ドロボー世相史」「ドロボー哲学論」「実践的ドロボー論」の章に分け、昭和元年から64年までの様々なドロボーの姿を紹介している。本のタイトルにあるとおり、ドロボーの世相史はそのまま昭和の世相史につながる。戦後の食糧困難期においては、食糧ドロボーの様々な姿が。スーパーマーケットやデパートが増えると万引きが、宅配便が流行るとそれに化けたドロボーが、そこにいる。ドロボーの手口もまた、昭和の歴史のひとつなのである。




有栖川有栖『モロッコ水晶の謎』(講談社ノベルス)

 かつて助教授役で人気のあった俳優が誘拐され、身代金が要求された。妻は犯人の指示通りに動くが、犯人は現れない。「助教授の身代金」
 安遠町で浅倉、別院町で番藤が射殺され、奇怪な手紙が届けられた。犯人は本当にA〜Zまでの殺人を行うのか。「ABCキラー」。
 人気占い師のインタビュー後、ホームパーティーに誘われた有栖川は、目の前で毒殺事件と遭遇する。しかし、被害者が手に取ったジュースには、誰も毒を入れるチャンスがなかった。「モロッコ水晶の謎」。
 中編三編に、掌編「推理合戦」を収録した国名シリーズ第八弾。

 有栖川のこのシリーズは、品質のよい本格ミステリとして安心して読むことができる。館や孤島を舞台としなくても、警察が普通に捜査をしていても、良質な本格ミステリを読むことができるのは嬉しい。ただ、常に一定レベルが保たれているので、“平均的”というイメージ・評論から逃れることができない。“安定した”という言葉はいつしか“マンネリ”という言葉に変わってしまう。とくにこういう短編・中編集の形で並べられてしまうと、よけいにそういうイメージが伝わってくる。ここはやはり、何らかのアクセントが必要となるだろう。本作品集でいえば表題作がそのアクセントに当たるだろうか。この殺人手段には驚かされた。似たような手段はあったような記憶があったが、こういう舞台で使われるとより効果的だろう。ただ、モロッコとほとんど関係のない事件であるし、他の人には推理のしようがないトリックであることが残念だが。
 作者はマンネリを防ぐ意味でも、そろそろ気分を変えて江神シリーズを書いてみるべきだと思うのだが、どうだろうか。




島田一男『古墳殺人事件』(扶桑社文庫 昭和ミステリ秘宝)

 少年タイムス編集長・津田皓三の元に旧友の考古学者・曽根辞郎の訃報が届いた。多摩古墳群を発掘調査していた曽根が、その古墳の中で頭蓋を砕かれて殺されたというのだ。彼の遺した謎の詩は、誰を告発しているのか?船を模して建てられた奇怪な家を舞台に、津田の推理が冴える。考古学のペダントリィと怪奇趣味に彩られた『古墳殺人事件』に、義経伝説に取り憑かれた一族の間で発生する連続密室殺人に津田が挑む『錦絵殺人事件』を併録。後に「事件記者」で一世を風靡する著者が最初期に手がけた純本格ミステリ。(粗筋紹介より引用)
 1948年に自由出版から書き下ろされた長編デビュー作『古墳殺人事件』。1949年「宝石」に「婦鬼系図」と題して一挙掲載された後、翌年岩谷選書から出版された『錦絵殺人事件』。さらにルブランのパスティーシュ「ルパン呪縛」を収録。

 島田一男といえば事件記者シリーズ、南郷弁護士もの、鉄道公安官シリーズ、捜査官シリーズなど、軽快なシリーズものでいくつものベストセラーを出している人気作家だったが、デビュー作は本格ミステリだった。『古墳殺人事件』は春陽文庫で読んでいたが、『錦絵殺人事件』はなかなか手に入らなかったので、嬉しい復刊だった。
 両方とも探偵役は津田皓三がつとめている。事件発生場所が違うからか、相手役の検事の名前が異なっているが、もし統一されていたらその後もシリーズものとして成立したのかもしれないかと思うと、ちょっと残念である。
 『古墳殺人事件』はタイトル通り古墳群の中での密室殺人を扱ったもの。その後の作品と比べると、文章に硬さがみられるし、ここで使われるトリックもスマートなものとはいえない。それでも、戦後の本格探偵小説の息吹を感じさせる作品であり、作者の意気込みが伝わってくる好著である。
 『錦絵殺人事件』は作者の長編第二作。義経伝説に取り憑かれた一族が、湘南の怪城を舞台に繰り広げる連続殺人事件である。今の読者だったら諸手をあげて歓迎しそうな舞台ではないだろうか。作者が述懐するように、もう少しページ数があったら大傑作になっていたと思う。舞台設定を全て生かし切ることができず、消化不良を起こして、なおこの面白さなのだから。




夏樹静子『蒼ざめた告発』(角川文庫)

 バーのホステス、美紀は不倫関係にある弁護士の架山が三日も連絡をくれないことに愛しさを募らせ、約束を破って彼の事務所を尋ねた。そこで見たのは、絞殺された架山の変わり果てた姿であった。最初は犯人扱いされた美紀であったが、あることが判明して容疑が晴れる。いったい誰が犯人なのか。事件と不倫の意外な真相は。「冷ややかな情死」
 人妻厚子は衝動的に一度だけ、夫の友人に身をまかせてしまった。堅物の夫は全く疑おうともしなかったが、一年後に厚子の周りで連続殺人事件が起きる。もしかしたら夫の犯行では。厚子の中で疑惑が膨れ上がっていった。「蒼ざめた告発」。
 同級生だった高倉京子に頼まれ、ルポライターの私は、京子の夫の浮気の確証を集めることになった。その女性は、私と京子の同級生である雪江であった。そのことを京子に伝えるかどうか迷っているうちに、京子は別荘で殺害され、火を放たれた。容疑者は会社が倒産寸前の夫、不倫相手の雪江、そして独立の金に困っていた雪江の婚約者、田川。「二粒の火」。
 弁護士薮原のもとに依頼人が現れた。妻の大学時代の同級生だった乃木蓉子は、現代日本画の大立者、寺島禅平の内縁の妻であったが、寺島は先日殺害されたばかりであった。しかも、内縁の妻である蓉子に財産を譲るという遺言書を作成する前日に。犯人は先妻の子供たちか。それとも金目当ての行きずりの強盗か。調べていくうちに意外な犯人像が浮かび上がる。「男運」。
 芸能週刊誌の記者である私は、憧れている荻野純子に相談される。純子と、姉で美術評論家の妻である倉石謙二郎の妻である佳乃は誰かに狙われている、と。私は二人の周りを調査すると、なるほど怪しい人物が何人か浮かび上がってきた。しかも謙二郎が不倫をしていることまで知った。そんなある日、佳乃が殺害された。動機を持つ容疑者は純子を含めて5人。「お話中殺人事件」。
 不倫相手に子供ができた菅のもとに、交換殺人を申し出た男が現れた。彼の条件をのみ、彼が妻を殺害したと報告を聞いた菅は、殺人を犯す。しかし帰ってみると、妻は生きていた。「見知らぬ敵」。
 一人暮らしの典子のところに、姉から電話がかかってきた。しかし姉は、一月に事故で亡くなったばかりだった。しかし電話の姉はいう。あれは殺人であった。ある男を調べてくれ、と。「死者からの電話」。
 揺れ動く女性の心理を、様々な愛のかたちで描いた短編集。1978年、集英社より文庫で出ている。

 ひとつひとつの短編には違いを持たせようと工夫が施されているし、状況設定も全て異なる。ありがちではあるが、現実でも使用可能なトリックを用いたアリバイ工作もある。読んでいるうちはわりと物語に引き込まれるのだが、それでも立て続けにこう読んでしまうと、同工異曲かなと思ってしまうのは私だけだろうか。女性の心理と愛のかたちを書き続けている夏樹静子ならではの作品集だが、逆に夏樹静子らしさしか見えてこず、それ以上に飛び抜けたものがないため、物足りなさを覚えてしまう。書き続けている作家を読み続ける読者に共通の悩みかもしれない。




景山民夫『遥かなる虎跡』(新潮文庫)

 ボルネオの森林保護区で働く西緑郎は、病院で死を前にした老人から封筒を託される。西は手紙と3カラットのダイヤが入ったそれを老人の従妹アイリーンに届けるが、2人は何者かの襲撃をうける。手紙は"マレーの虎"山下奉文の幻の財宝のありかを教えるものだったのだ。アイリーンの愛車ダッジ・チャレンジャーを駆って、マレー半島を舞台にすさまじいカー・チェイスが始まった。(粗筋紹介より引用)

 再々読ぐらいになるのかな。何回読んでも手に汗握りますね。まあ、こんなに都合よく逃げることができるのかなという思いはありますが、それは野暮というものでしょう。  カー・チェイスと同様、物語そのものもスピーディーに動くから、ページをめくるスピードがどんどん速くなる。ジェットコースターに乗っている感じだ。少しずつ動き出し、どんどん加速する。様々な起伏に驚き、歓声を上げ、いつの間にかゴールにたどり着く。ジェットコースターと同様、もう一度読んでみたい。そんな気にさせられる作品である。最近はこういう本が少なくなった。
 冒険小説の新しい波が、誰の目にも見えるようになった頃、本作品が生まれた。放送作家で、ひょうきん族のフルハム三浦がこんな冒険小説を書くのかと驚いたのが懐かしい。




伊藤秀雄編『明治探偵冒険小説集I 黒岩涙香集』(ちくま文庫)

 売り出されたいわくつきの古い屋敷。先祖の縁で屋敷を買った叔父の命で下検分に出かけた主人公は、そこで謎めいた美しい女性と出会う。次々と現れる謎の人物。首なしの死体。時計塔のからくり。……
「その怖さと恐ろしさに憑かれたようになってしまって、(中略)部屋に寝転んだまま二日間、食事の時間も惜しんで読みふけった」(江戸川乱歩「探偵小説四十年」)という名作「幽霊塔」と、父親の死をめぐる意外な顛末が面白い中編「生命保険」を収録。(粗筋紹介より引用)

 そうか、明治時代の探偵小説、冒険小説がまだアンソロジーになっていなかったか。おっとびっくりの明治探偵冒険小説集Iは、やはりこの人、黒岩涙香。そして黒岩涙香とくれば当然編者は伊藤秀雄。そして収録されたのがあの『幽霊塔』と来れば読まないわけにはいかないでしょう。
 江戸川乱歩の翻案作品は、『白髪鬼』『幽霊塔』『三角館の恐怖』『緑衣の鬼』『幽鬼の塔』があるけれど、一番好きだったのが『幽霊塔』。まあ、『白髪鬼』『三角館の恐怖』も面白いし、捨てがたいが。乱歩に夢中になった後、古本屋で涙香の『幽霊塔』を見つけたのだが、あまりにも読みづらい文章だったので買うのをやめた中学時代が懐かしい。
 今初めて読んでみると、思ったより読みやすい。今の読者から見ると堅苦しいところや古めかしい部分が多いが、それにさえ慣れてしまえば、あとは話がすいすいと頭の中に入っていく。もっともそれは、乱歩の『幽霊塔』を十回以上読んでいるからかもしれないが。  あの乱歩が「食事の時間も惜しんで読みふけった」と書くぐらいの、波瀾万丈の冒険探偵小説。美しいヒロインに襲いかかる苦難と、それを払いのけようとする主人公。乱歩版で読んだときは、この主人公がちょっと情けない坊ちゃんにしか見えなかった。実際のところ、名前こそ日本人ではあるが、舞台は19世紀末のイギリスで、主人公は貴族の出身だとわかってしまえば、当時抱いた不満はあっさりと解消され、あとは主人公とヒロインの冒険談を楽しむばかりである。さらに乱歩版にはないもう一つの謎もあり、結末で思わずあっと言ってしまった。乱歩版を読んだ方も、是非とも読んでもらいたい。明治を代表する冒険小説の一品である。
 中編「生命保険」は涙香のオリジナル作品なのかな。一服にはいいかなという感じ。




皆川博子『死の泉』(早川書房 ハヤカワ・ミステリワールド)

 第二次大戦下のドイツ。私生児をみごもりナチの施設「レーベンスボルン」の産院に身をおくマルガレーテは、不老不死を研究し芸術を偏愛する医師クラウスの求婚を承諾した。が、激化する戦火のなか、次第に狂気をおびていくクラウスの言動に怯えながら、やがて、この世の地獄を見ることに…。双頭の去勢歌手、古城に眠る名画、人体実験など、さまざまな題材と騙りとを孕んだ、絢爛たる物語文学の極み。(出版社紹介より引用)

 病院の待ち時間で一気読みしようとしたけれど挫折。それでも3日間でなんとか最後まで読んだけれど、だめだ。全然のれない。この人の文章とはどうも肌が合わない。苦痛でした。




横山秀夫『臨場』(光文社)

 辛辣な物言いで一匹狼を貫く組織の異物、倉石義男。その死体に食らいつくような貪欲かつ鋭利な「検視眼」ゆえに、 彼には‘終身検死官’なる異名が与えられていた。誰か一人が特別な発見を連発することなどありえない事件現場で、倉石の異質な「眼」が見抜くものとは……。
 組織と個人、職務と情。警察小説の圧倒的世界!(出版社紹介より引用)
 2000〜2003年に「小説宝石」に掲載された作品を加筆再構成。「赤い名刺」「眼前の密室」「鉢植えの女」「餞」「声」「真夜中の調書」「黒星」「十七年蝉」の8編を収録。

 あの執筆量でこれだけハイレベルな短編を書くことができるのか。横山秀夫という作家は本当にすごい力の持ち主だ。
 倉石という圧倒的な存在感を持つ人物を解決役に配しながら、倉石はあくまで脇の人物。普通だったら倉石を主役に据えてシリーズに仕立て上げるだろう。しかし主人公はあくまで事件の当事者たち。保身に走ったり、出世を考えたり、同僚に邪心を抱いたりと、警察という巨大機構の中にいるとはいえ、どこにでもいる普通の人たちである。読者はそんな等身大の人物と同じ位置に立つことで、物語の中に取り込まれ、主人公たちと一緒に泣き、笑い、感動することになる。そして倉石という無頼な男の本当の優しさと強さを知ることになる。
 そしてこのシリーズの、横山秀夫の凄いところは、警察機構の中にいる人物を描くだけではなく、事件の謎と解決をきちんと織り込むところである。物語の中に巧妙に伏線を張り巡らし、周りの人物(=読者)が何気なく見過ごしそうな風景、動作、証拠などから事件の真相を導き出す腕は見事としかいいようがない。論理的な推理は少ないだろうが、本格ミステリファンにもお勧めできる。
 これは去年のうちに読んでおくんだったな。確かにベスト級の作品。ただ、横山秀夫ならこれぐらい書けるだろうと思うところがあるのも事実。全く別の素材を扱った横山秀夫を読んでみたい。



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