綾辻行人『びっくり館の殺人』(講談社 ミステリーランド)
 ぼく、永沢三知也はとある古書店で、一冊の推理小説を見つけた。鹿谷門実『迷路館の殺人』。著者近影の人にはむかし会ったことがある。本を読みすすめていくうちに、謎の建築家・中村青司の名前に反応した。それはあの「びっくり館」を設計した人だ。そして三知也は10年半前、小学6年のときに遭遇した事件を思い出す。近所にあった「びっくり館」と、そこに住んでいた年老いた男と同い年の内気な少年。それとリリカと呼ばれる風変わりな人形。クリスマスの夜、びっくり館の二階にある<リリカの部屋>で起きた密室殺人……。
 かつてこどもだったあなたと少年少女のための――ミステリーランド第9回配本。「館シリーズ」第八作目。

 まさか「館シリーズ」がすぐに(といっても前作から1年以上経っているわけだが)読めるとは思わなかった。しかもミステリーランドからの刊行。これはネタに困った綾辻が二つの依頼を一作ですましてしまおうという一石二鳥を狙ったのか、それともこれを読んだ子供たちに「館シリーズ」全作を手にとってもらうための陰謀か、などと悪い見方をしてしまった。まあ、一応は本作単独で読んでも支障がないとはいえ、シリーズものをここで出す意味はほとんどないよな。私みたいにシリーズものが同じ装丁で揃っていないことに違和感を覚える人間にとっては、なんとも悩ましい刊行であることは間違いない。それとも、『吃驚館の殺人』と改稿した上で講談社ノベルスから出すつもりか?
 中村青司が建てた館が出てくるが、びっくり館の特殊性が事件の謎に絡むことはない。一応鹿谷門実もちょこっとだけ出てくるが、事件の解決に立ち会うわけでもない。実際事件は未解決のままと公式ではなっている。うーん、これ、わざわざ「館シリーズ」で出す必要があったのだろうか。だいたい、中村青司が建てた館の存在と事件を知っている鹿谷が首を突っ込まないというのも変な話だ。作品を成立させるために、今までのシリーズの流れと異なった歪みが生じていることに、綾辻は気付いているのだろうか。
 事件に謎、というほどの謎はない。密室殺人はあるものの、推理は存在しない。例によって例の、綾辻らしいトリックがあからさまに使われている。結末の引きは、囁きシリーズと変わらない。はっきり言ってしまえば、過去の綾辻のエッセンスだけでちょっちょいのちょいと書き上げた作品だ。自らの作品を解体し、つぎはぎをコピーしただけの駄作である。それとも綾辻は、すでにこの程度のパターンしか持ち合わせていない作家に堕ちてしまったのか。このような作品を読んだって、こどもが新たな本を手に取るとは思えない。色々な意味で、「子供騙し」な作品である。
 「綾辻以前、綾辻以後」という言葉が存在するほど大きな存在であったはずの綾辻行人、実はたまたま時代の変換点に『十角館の殺人』を書いただけの作家という位置づけに堕ちてしまう。日本ミステリ史に名前を残す存在なのだから、ここらで逆転ホームランを飛ばしてもらいたいものだ。実際のところ、今のままでは厳しいと思ってしまうが。





久住四季『トリックスターズ』(メディアワークス 電撃文庫)

 国内唯一の魔学研究機関がある城翠大学魔学部に入学した天乃原周は、ふとしたことで知り合った佐杏冴奈のゼミに所属することになる。佐杏冴奈は世界に六人しか確認されていない魔術師で、理事長である薬歌玲が、魔学結社オズから客員教授として招聘したのだ。
 ゼミの割り振りが決まり、魔学部新入生全員が集まったその場に、ゲームと称した不可解な予告が流れる。「この会場内に集まった諸君の中から生贄を選定し、処刑することをここに宣言する」。声の主は魔術師アレイスター・クロウリーと名を明かした。しかしクロウリーは、二十世紀最高位の大魔術師と称され、オズの基礎を築いた故人である。しかし、クロウリーには孫がいた。それが“六人の魔術師の三番目”、クロウリー三世である。そのクロウリー三世は10年前から行方不明のままだ。そして事件は起こった。ゼミの仲間である三嘉村凛々子が、キャンパスの屋上で顔を切り刻まれていたのだ。階段に設置されていたカメラには、彼女の姿しか映っていなかった。しかも予告と異なり、凛々子は死んでいなかった。この密室殺人未遂の謎は。さらに続けて起きる事件。混乱と猜疑と恐怖に巻き込まれる佐杏ゼミの仲間たち。そして得られた結末。
 第11回電撃小説大賞二次選考通過作品が編集部の目に留まり、出版された処女作。

 電撃文庫を読むのは初めて。ラノベとして売り出されているようだが、中身はそれなりにミステリとして仕上がっている。魔術が使える世界ということだが、使える魔術は限られており、読者が謎を解くだけのルールはフェアに設定されている。検証していないけれど。とはいえ、こういう世界での謎は、設定されたルールを最大限に生かした魔術を利用することによって導かれるものであることはほぼ分かり切っているので、最後の解決編を読んでもそんなに感心するものではない。ただそれは、密室殺人未遂事件の謎のことであって、犯人の謎などは結構面白い。表に出てくる謎以外にも、これでもかとばかりに作者は読者を騙してくる。出てくる探偵役が魔術師‐トリックスター‐なら、作者もまた詐欺師‐トリックスター‐である。あからさまに描かれているものも多いが、それでも作者のたくらみを全て見破るのは結構大変だと思う。
 ミステリの手法を用いた作品といえるが、ミステリファンが読んでもそれなりに楽しめる作品である。




大藪春彦『凶銃ルーガーP08』(徳間文庫)

 一丁のルーガーP08。――戦後、日本に流れてきたこのドイツの誇る自動拳銃には、数々の忌まわしい過去があった。無限の冷たさをたたえ鈍く底光りする銃口、そして凶暴な破壊力を秘めた不気味な銃身――それを手にした者は憑かれたように破滅への道を突っ走った。持ち主は転々とかわったが、みんな前者の轍を踏んでいったのだ。
 宿命のルーガーP08を手にしたばかりに運命を狂わせた男たちの壮絶な最後。(粗筋紹介より引用)
 1961年8月、徳間書店から刊行された作品の文庫化。

 大藪にしては珍しい?連作短編集。ルーガーP08を狂言回しに、男たちが破滅への道を突っ走る姿を生き生きと描いている。男なら誰でも持っている破壊願望が、一丁の銃で表面に出てきて、人生を狂わせる。名銃にはそれだけの力を持っている。銃と車を愛した男、大藪だからこそ、拳銃を真の主人公とした連作が書けるのだろう。いずれの作品にも、関根組という暴力団が関わってくる点も、作品の連作性を重視している部分である。
 「暗い星の下に」は、土地と家の金を悪徳不動産屋にパクられ、恋人は黒幕の市長に犯された気弱な男が、ルーガーP08を手に取ったことから狂いだし、復讐への道を辿るまでを書いている。気弱な男から、復讐を貫徹しようとする凶暴な男に一瞬で変わる魔力がよく表されている。
 「出迎えた者」では、けちな罪で入っていた刑務所から出てきた男が隠した覚醒剤を巡る闘いが繰り広げられる。ルーガーP08は、前の作品の最後に主人公の手から放れたところを、三下のやくざが拾ったという設定になっている。このやくざは自滅への道を辿らなかったのかという疑問がないこともないが、それを突っ込むのは野暮というものか。それとも力のない男には扱いきれない銃なのか。男の反撃シーンは見所があるが、最後のやり取りなど見破ることができなかったのかという疑問は残る。
 「はぐれ狼」はアルバイトばかりの苦学生2人が、新宿のクラブで暴れた際に手に入れたルーガーP08ともう一丁を手に、デパートの売上金を奪おうとする話である。これもまた、拳銃に魅入られた男たちの破滅ロードであり、魔銃の威力をまざまざと見せ付けている。
 「穢れたバッジ」は、前作の現場でルーガーP08を拾った若手敏腕警部補が、会社の社長たちが開く賭け麻雀の料亭に押し入り、賭金を強奪する話である。途中からの展開は間抜けかなと思わせるが、野心の強すぎる警察官が堕ちていく姿がリアルである。




柄刀一『ゴーレムの檻 三月宇佐見のお茶の会』(光文社 カッパノベルス)

 サンフランシスコ近郊の研究所に勤める博物学者・宇佐見護博士は、紅茶を飲みながら思索をめぐらし、幻想の旅に出る。M・C・エッシャーの絵画が現実化した街へ。あるいはシュレディンガーの猫の生死の境へ。はたまた未だ書かれ得ぬ空白の物語の中へ。そして、神に見捨てられた牢獄と、神の助けで脱獄した囚人の傍らへ……。呪わしくも美しい、ロマン派本格推理の傑作!(粗筋紹介より引用)
 『アリア系銀河鉄道』に続く宇佐見博士シリーズ。「エッシャー世界(ワールド)」「シュレディンガーDOOR」「見えない人、宇佐見風」「ゴーレムの檻」「太陽殿のイシス(ゴーレムの檻 現代版)」の五編を収録。

 柄刀一はデビューの頃の読みにくいというイメージが先行していたため、近年の作品は全く手に取っていなかった。第6回「本格ミステリ大賞」の候補作にあがったので久しぶりに読んでみたのだが、その印象は全く変わらない。
 本格ミステリを成立させるために特殊な設定を用意したり、特別な能力を加味したり、舞台を近未来に設定したりという作品は多くある。ただ通常の場合、一般常識世界の延長線上に舞台を設定する。しかし柄刀は違う。舞台を一から作ってしまうのだから驚きだ。だから読者は、物語の世界を把握するのに苦労する。柄刀はその辺を全く考慮せず、話をどんどん進めてしまい、謎を投げかけてくるのだから始末が悪い。本格ミステリとして成立させるための苦労はかなりのものだと思うのだが、その苦労が全く伝わらず、逆に読者が苦労するのだから皮肉だ。本当ならかなり凄いことをやっていると思うのだが、それも全く伝わってこない。わかる人にだけわかればいい。そういうスタンスで書かれてしまうと、私みたいな保守的な読者にはお手上げだ。
 巻末に杉江松恋の詳細な解説があるが、これを読んでも全貌を把握するのは難しい。ただ、一度理解してしまうと、病みつきになってしまうのだろう。だからこそ今回、候補作に挙げられたのだと思う。
 もっと平易な文章で、もっとわかりやすい設定で、これだけのレベルの作品を書くことができれば、この人の名前は一般的にも知れ渡ると思うのだが、それは無理な相談か。一部の人から偏愛を受ける。それが現時点でのこの作者の立ち位置であり、多分それは永遠に変わらないだろう。




島田荘司『摩天楼の怪人』(東京創元社 創元クライム・クラブ)

 1969年10月3日、大女優ジョディ・サリナスはニューヨーク摩天楼にある高層ビルの34階にある自室で亡くなった。しかし彼女は死ぬ直前、友人たちに告白したのだ。1921年10月3日、嵐でニューヨークが停電になった夜、ジョディは1階にいた興業家のジーグフリードを射殺したという。しかし彼女は自室におり、姿が見えなくなったのはわずか15分間しかなく、停電でエレベータが動かない夜に34階から1階へ降りるのは到底不可能であった。死の床に立ち会っていたコロンビア大学助教授のミタライは、大女優からの挑戦状を受け取る。
 立て続けに起きた女優の自殺。時計塔での殺人事件。建築家の爆死。ジョディを影から助ける仮面の男、ファントムとは何者か。半世紀にも渡る謎を、若き日の御手洗が解き明かす。
 「ミステリーズ」2003年12月〜2005年6月に連載された作品を加筆訂正。

 御手洗潔シリーズ最新作は、1969年のマンハッタン。しかも解き明かす事件はそれから50年も前の大事件。ハードカバーで600ページという大変な量であるが、読者を引き込む力業はさすが島田荘司。当時のマンハッタンやブロードウェイの描写、それに摩天楼史も巧みに盛り込んでの一大犯罪劇である。冒頭のアリバイトリックやファントムの正体などは、当時の捜査で発見されそうなものだと思うのだが、些細な疑問などをねじ伏せてしまうのも、島田荘司の魅力である。
 ただ、この小説をジャンル分けすると、本格ミステリではなく、本格探偵冒険小説になると思う。この事件の全容を、推理で解くことは実際に可能だろうか。読み返しているわけではないので自信はないが、御手洗潔以外には誰にも解けない謎だったと思う。そう、スーパーヒーロー、御手洗潔だけなのだ、この事件を解くことができるのは。乱歩通俗もので、明智小五郎が超人的推理と行動(毒薬をシャンペンに代えたりすることなんか、超人でなければ無理でしょう?)で事件を解決するのと同様、本作の御手洗潔は推理を越えた超人推理で事件を解き明かしてしまっている。そこにあるのは推理のようで推理ではなく、神のように先を見通すことが出きる眼である。推理はもはや、超人的能力を隠すための道具に過ぎない。
 御手洗潔がスーパーヒーローと化した作品。もはや彼に、名探偵の言葉は似合わない。



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