笹本稜平『マングースの尻尾』(徳間書店)

 武器専門のセールスマン、戸崎真人は部屋で目を覚ましたとき、拳銃を自分に構えている女性と出会った。武器の買い付けに関してはEU圏内一の目利きであり、横領罪で服役した後にパートナーとして手を差し伸べてくれたラファエル・ポランスキーの娘、ジャンヌだった。戸崎はジャンヌから、ポランスキーが殺害されたと聞かされる。しかも、犯人は戸崎だと。ジャンヌを説得した戸崎は、ある男から留守電のメッセージがあったことを聞かされる。二人の知人、DGSE(フランス対外保安総局)の大物、アントワーヌ・リシャール。通称「マングース」。はっきり言えば、敵だ。戸崎はジャンヌとともに、マルセイユにいる元傭兵、アラン・ル・ティグレ・ピカールを訪ねる。ある情報を入手した三人は、コモロ諸島のムワリ島へ向かった。「マングースの尻尾」。
 ヒースロー空港に着いた戸崎を迎えたのは、MI5(英国保安局)北アイルランド部長のアレックス・ドッドウェル。彼が見せた写真には、戸崎が正体を知らないまま立ち話をしたジョナサン・マクレガー、IRAきっての武闘派が写っていた。イギリスに来た理由を説明し、何とか釈放してもらった戸崎だが、偶然にもジャンヌがオックスフォードに来ていることを知る。さらに取引先から、DGSE西ヨーロッパ部長に異動したマングースが、IRAにちょっかいを出していることを聞かされる。「ベルファストの棘」。
 ここ1週間、戸崎はサン・ジェルマン・デ・プレでジャズを聴いていた。テロ支援国家であるシリア政府へミサイルを輸出するために、フランスの裏ルートを熟知しているマリアンヌと接触するためであった。なんとかマリアンヌと接触し、商売は成立することとなったが、そこへモサド(イスラエル対外諜報機関)パリ支局長の辣腕工作員、アリエル・ヤリフが横槍を入れてきた。ヤリフの影にマングースがいると知った戸崎は、報復としてマングースの商売畑を荒らし始めたが、マングースは逆襲をしてきた。「シャモニーの墓標」。
 マングースとの闘いに決着をつけるため、戸崎はある男に協力を求めることにした。その男の名は檜垣耀二。世界でも屈指の傭兵で、しかもマングースに恨みを持っていた。檜垣の指示に従い、接触するために戸崎はベトナムへ飛ぶ。マングースを殺害するため、檜垣と戸崎は罠を仕掛ける。「残夢のディエンビエンフー」。
 戸崎との攻防戦で相当消耗したマングースは、ベルリンに在住するある男とビジネスを始めているらしい。しかもそれは、核兵器に関する技術や製品の可能性がある。マリアンヌから情報を入手した戸崎は檜垣、ピカールと手を組み、単身モスクワへ飛ぶ。「モスクワ決死行」。
 尻に火がついたマングースは、スーツケース型核爆弾<オレンジ・ボックス>の取引に手を出す。情報を入手した戸崎、檜垣、ピカールはニースへ飛ぶ。そしてそこにはジャンヌの姿も。「シャンソン・ダムール」。
 「問題小説」に掲載された、連作短編集。

 謀略・冒険小説の新星、笹本稜平の新作は、大物工作員と武器商人との攻防戦を書いた連作短編集。もともとは「マングースの尻尾」単独で発表し、続編は考えていなかったものと思われる。他誌への連載があったからかもしれないが、一作目である「マングースの尻尾」は2004年4月号に掲載されているのに、次の「ベルファストの棘」は2005年5月号に掲載されている。その後は2ヶ月おきに発表された。一作目と二作目にある時間の空白は、掲載当初は連作の構想は頭になく、その後に連作として書き続けたと考えて間違いはないだろう。
 連作を考えていなかったという推測は、一作目「マングースの尻尾」からも伺える。この短編は実に勿体ない。アイディアを盛り込みすぎて、ページ数が足りなくなったとみえ、展開があまりにも急すぎるのだ。戸崎やジャンヌの心情、さらにマングースの背景などもじっくり書き込めば、長篇としても十分成り立つアイディアがぎゅうぎゅう詰めに押し込まれている。ページ数が足りないから、本来なら書きたいはずの描写が短いセンテンスでぶつ切り状態のまま並べられており、読者が物語の中身に追いつくことができない。
 その後、構想をしっかりと温め直したせいか、二作目以降はテーマがしっかり決まっており、実にのびのびと書かれている。アイディアと文字数のバランスがきっちりと保たれているのだ。そこに作者の成長の跡も見られる。ピカール、マリアンヌ、檜垣といった魅力的なキャラクター。マングースが少しずつ追いつめられていく様子。知力を振り絞った攻防戦。短いページ数ながらも過不足ない、魅力的な物語が並べられている。
 なお檜垣耀二は、『フォックス・ストーン』の主人公である。
 『太平洋の薔薇』で大ホームランを飛ばした笹本稜平であったが、『グリズリー』は大きく飛んだがフェンス手前で失速した外野フライ、『極点飛行』は大振りだが当たりそこねの外野フライといった状態で、ファンとしてはフラストレーションが溜まっていた。本作はピッチャー返しが決まったヒットといったところだろうか。面白いのは間違いないのだが、作者に求めるのはやはりスケールの大きい謀略・冒険小説である。ここのところ書き急ぎの感があるので、ここらで腰を据えてほしいと思う。




横山秀夫『陰の季節』(文春文庫)

 D県警警務課で人事を担当する二渡真治警視は、天下り先のポストに居座る大物OBの説得に当たることとなった。しかし、二渡の辞任要求はあっさりとはね除けられた。周辺を探るうちに、ある未解決事件が浮かび上がる。第5回松本清張賞受賞作「陰の季節」。
 警務部監察課監察官の新堂警視は、Q警察署の生活安全課長がパブのママとできているというタレコミの真偽を確かめることとなった。「地の声」。
 似顔絵がそっくりで昨日犯人が捕まり、喜んでいるはずの機動鑑識班、平野瑞穂巡査が無断欠勤をした。警務課婦警担当係長の七尾友子は瑞穂の行方を追う。「黒い線」。
 議会対策を職務とする警務部秘書課の柘植正樹警部。定例議会の質問事項を調べているうちに、保守系の鵜飼県議が一般質問で爆弾を投げるという情報を得る。しかし、その爆弾の内容がどうしてもつかめない。「鞄」。
 4編を収録した、D県警シリーズ第一弾。

 表題作だけは読んでいたが、残り3編は初読。こうして読んでみると、横山秀夫の巧さは処女作から際だっていたことがわかる。警務課の人物を主役とした新しい警察小説。事件を追う捜査畑の刑事ではない警察官を主人公にする着目点が素晴らしい。それでいて、事件捜査ではなくても謎を追う従来のミステリ手法をきっちりと守っている。その謎や解決も舞台設定を十分に生かし切ったもので、切れ味鋭く決まっている。短編の名手という言葉が相応しい。これだけの人材が、なぜ今まで世に出てこなかったのか、本当に不思議である。
 文句のつけようがない、警察小説の傑作。横山秀夫の原点は、ここにある。




水野泰治『武蔵野殺人√4(ルート4)の密室』(講談社文庫)

 数百億円の遺産と会社の実績を残したまま女主人は密室で殺された! 容疑者は相続人全員。遺産と実権を狙い愛憎、陰謀が渦巻く中、武蔵野の風情を残す豪邸“土筆庵(つくしあん)”で次々とおこる密室殺人。美貌の女刑事・鮎川阿加子(あゆかわあかね)も犯人の誘いに乗せられて……。四つの密室が複雑に絡み合いながら事件は意外な結末へ向かう。(粗筋紹介より引用)
 1987年12月、講談社ノベルスより刊行された作品の文庫化。

 水野泰治を読むのは初めて。何冊か粗筋を読んだことはあるが、この人のイメージは「無駄にトリッキーな作家」である。使う必要のないところで、機械トリックを用いる、ミステリに慣れていない人。そして初めてこの人の作品を読み、その印象は間違っていなかったことを知る。
 愛憎渦巻く豪邸のなかで次々とおこる密室殺人。うまく書けば、新本格ブームに乗ることもできただろう。しかし、密室トリックが、無理矢理にひねり出したという印象しか読者に伝わってこない。自らの頭のなかで租借しきれなかったのだろう。登場人物が俗物過ぎて、機械トリックとマッチしない。それもまた、トリックが浮いた原因の一つになっている。
 本当なら名探偵役になりそうな登場の仕方をした女刑事が、途中で殺害されてしまうというのは意外な展開を狙ったものなのかもしれないが、この作品ではマイナスポイントにしかなっていない。まあ、男女同権を訴えながらレディファーストを守らない男を罵るタイプの女性だから、殺されても読者からの同情が得られないだろうからそれほど惜しいとは思わなかったが。ただ、事件の謎を解くのがあの刑事というのは拍子抜け。それもまた、この作品につまらない印象を与えている。
 ミステリに慣れていない人という印象は、解説を読んでよくわかった。元々は雑誌のアンカー。1978年、集英社の操業五十周年で募集された「一千万円懸賞小説」を『殺意』で受賞。作家活動に入るが、その後は伝記、歴史小説と並行してミステリを発表。ただし作品数は少ない。1990年以降、ミステリの著作はない。




大藪春彦『沈黙の刺客』(角川文庫)

 信原邦夫は、国外逃亡した犯罪者が持ち出した金を奪い返したり、密かに抹殺したりすることを商売としている。今回の仕事は、新富国銀行から20億円をパクった元副支店長吉原と、その親玉である韓国人金を殺害し、横領金を取り返すことだ。報酬は3億円である。信原は、二人の足どりを追って香港、九龍城を訪れた。

 今回の信原は、エージェントものと私立探偵ものの中間に位置する主人公という位置づけになる。小さい頃の戦争体験が書かれるのは、この手の主人公にしては珍しい。ただ、その頃の影を背負っているわけではないので、必要な描写だったかどうか、やや疑問が残る。
 舞台は香港、そしてモナコへと飛ぶ。後の作品と比べると、街並みや酒、料理、女などの描写が淡泊である。肩慣らしというか、海外を舞台にしたエージェントものが受け入れられるかを試しているというか、とりあえず読者の反応を窺ってみようという感じの作品である。




都筑道夫『退職刑事』(徳間文庫)

 私は目下脂ののりきった現役刑事だが、父はかつての硬骨漢が恍惚になりかかっている退職刑事。本来なら孫でも相手にして余生を送っていればいいものを、何かというと私が扱っている事件を聞きたがる。
 ところが、この元刑事、何気なく話しているうちに縺れた事件を整理し、妙に推理が冴えわたる。
 著者自らが自分の代表作と認める本格的安楽椅子探偵小説。(粗筋紹介より引用)
 「写真うつりのよい女」「妻妾同居」「狂い小町」「ジャケット背広スーツ」「昨日の敵」「理想的犯人像」「壜づめの密室」の7編を収録。1973〜1975年、「問題小説」「別冊小説新潮」「小説CLUB」に発表。1975年にトクマ・ノベルズでまとめられた作品の文庫化。

 はい、都筑の代表作をまだ読んでいませんでした。ごめんなさい(って、誰に謝っているのだ? 別に謝る必要はないのに)。なるほど、西澤保彦が好きそうな作風だわ、というかウサコシリーズの短編って、ほとんど退職刑事と一緒じゃないか。ここまで推理の展開が似ているとは思わなかった(こう書くことで、ヤッフェも読んでいないことがわかりますな)。
 父子の会話は読んでいても退屈なのだが、それでも事件を語り出すと物語にのめり込んでしまう。父親が繰り広げる推理は、偶然と強引さがちょっと目立つのだが、それでも話の流れがいいから納得させられてしまう。このあたりは、落語の流れに似ているね。
 個人的ベストは、上着を着ながら上着を二着手に持っていたという「ジャケット背広スーツ」になるかな。




久住四季『トリックスターズD』(メディアワークス 電撃文庫)

 城翠大学の一大イベント、3日連続の学園祭、その一日目。周と凛々子は異常な閉鎖空間の中に閉じ込められていた。すっぽりと闇のようなものに覆われてしまった講義棟。その中で、脱出するすべを探し、あがく周たち。この状況がどうやら魔術によるものであり、さらに周たちの中に魔術師の息がかかった裏切り者がいるらしいことが判明する。それが、それぞれの疑心暗鬼を招くことになり…。招かれざる客“D”が来たりしとき、逃げ場のないその空間は恐怖と緊張で満たされる。魔術師と“D”の物語、登場。(粗筋紹介より引用)
 “推理小説(ミステリ)(かたど)った現代の魔術師の物語”『トリックスターズ』第3作。

 順調に出ているシリーズ三作目。今回は学園祭が舞台。一応学生ものなんだよなと思わせる出だしである。ただ今回は閉ざされた空間を舞台にした割に、登場人物の書き分けが下手(一部意図的ではあったのだろうが)でごちゃごちゃしている。しかも、事件の結末は早い時点でほぼ予想できる。そのせいか、読んでいても面白さを感じることがなかった。読んでいて苦痛だったな、今回は。第1作の一部ネタばらしは勿体ない。ここでやることではなかったと思う。
 言ってしまえば、シリーズものを続けていると一度は手を染めてしまう悪トリックものである、今回の作品は。このトリックを成立させるためには、かなりの実力と力業が要求されるが、到達するまでにはまだ力が足りなかったようだ。とにかく、次回は復調してほしいものだ。
 もっとも、この感想は、例のトリックが好きになれない私だからこう書いてしまった感があるのは否定できない。好きな人は好きなんだろうな。




大藪春彦『血と背徳の街』(角川文庫)

 車に轢かれた中年男は、たまたま通りかかって送ることになった津村の車の中で死んだ。事件に巻き込まれながらも、巧妙に立ち回る私立探偵津村雅信。「揉め事は俺に任せろ」。
 悪事から足を洗い、妻や子供と平和に暮らしている天城の元に、二人の刑事が訪れる。かつての仲間が出所するから、スパイとして彼に近づけということだった。「前科者」。
 強盗の正体は警視庁O分署の警部や刑事たちだった。腐敗だらけの分署にある日、恐喝者が訪れる。「汚れたパトカー」。
 総理交代で、政府の庇護が受けられなくなった暴力団大東洋会。武器調達係である小泉は、いずれ起きる闘いのため、まだ政府の締め付けが届いていない沖縄に飛ぶ。「裏切者」。
 妻と赤ん坊を人質に取られた警部補の宮部は、誘拐者の要求に従い、デパート売上金の強奪に手を貸す。「苦い札束」。
 1960年代に書かれた作品を集めた短編集。

 文庫解説の小峯隆夫(懐かしいな、オールナイトニッポン)がいいことを書いている。(「苦い札束」の感想で)「僕はこのときの主人公の怒りの大爆発後の大ドンパチ・ドカーン銃撃破壊戦を楽しみとしている。しかし、短編だとアクション部分がさーこれからだというときに終わってしまう。それだけに不満が残る」。確かにそうだ。アクション部分に限らないことだが、大藪の短編はこれからというときに終わってしまうものが多い。初期短編は特にそうだ。長篇に昇華できる題材を短編に惜しみもなく使うから、そうなるのだろう。それでも本短編集はすっきりと収まったものが多いと思う。
「揉め事は俺に任せろ」に出てくる津村は、『血の来訪者』で登場した津村とは別人である。しかし実際は同一人物といってよいだろう。この探偵のシリーズをもう少し読んでみたかった気もする。
「前科者」は読んでいて哀しくなってくる。一度罪を犯したものが永遠に背負わされる十字架と、前科者は人と思わない警察のやり方は、小説だけとは限らないはず。
「汚れたパトカー」「裏切者」「苦い札束」はいずれも結末にどんでん返しが待っている。特に「汚れたパトカー」の結末は面白い。分署ぐるみの強盗という事件も含め、もう少しページを使ってくれれば傑作になったかもしれない。




大藪春彦『殺人許可証No.3』(角川文庫)

 ズボンのベルトにはモーゼルHsc自動拳銃、靴の踵には分解したデリンジャーを忍ばせて…。私はいわゆる覆面刑事。そしてやむを得ない場合には殺人も許可された特殊な刑事だ。
 ――さて、今回の仕事は、せっかくの公休が始まって、これからたっぷりお楽しみ…というときに飛び込んできた。偽金貨の製造団を叩き潰せというのだ。
 上司の命令は絶対だ。“殺生な話だ”そう思いつつも、私はまずさぐりを入れるために、暴力団根岸会の牙城にもぐり込んだ!
 命知らずの刑事が、悪い奴らを相手に大暴れする、傑作痛快アクション。(粗筋紹介より引用)
 1966年発表。

 警視庁公安部公安第三課に所属する秘密捜査官、名無しの覆面刑事が、偽金貨製造団を追って最後は香港まで足を伸ばす。邪魔するやつは叩きつぶすだけ。そこには大藪初期の主人公たちの誰もが持ち合わせていた「暗い青春」は姿を消し、ただひたすらアクションを楽しむだけの作品となっている。そして大藪はこの後、エージェントを主人公にした作品をしばらく書き続けていくことになる。
 事件そのものはやや小粒であるため、後の作品群に比べて盛り上がり方は今ひとつだが、本作品は後期傑作群を書くための第一歩と考えればいいだろう。




岡崎隼人『少女は踊る暗い腹の中踊る』(講談社ノベルス)

 連続乳児誘拐事件に震撼する岡山市内で、コインランドリー管理の仕事をしながら、無為な日々を消化する北原結平・19歳。自らが犯した過去の“罪”に囚われ続け、後悔に塗れていた。だが、深夜のコンビニで出会ったセーラー服の少女・蒼以によって、孤独な日常が一変する。正体不明のシリアルキラー“ウサガワ”の出現。過去の出来事のフラッシュバック。暴走する感情。溢れ出す抑圧。一連の事件の奥に潜む更なる闇。結平も蒼以もあなたも、もう後戻りはできない!!(粗筋紹介より引用)
 1985年12月生、弱冠19歳の新星のデビュー作。第34回メフィスト賞受賞作。

 久しぶりにメフィスト賞受賞作を手に取った。一段組で461ページ、1143円というのは本来なら納得いかないところであるが、本書は一段組で正解だろう。二段組でこんな話を読まされては、不快感が倍増してしまう。
 連続乳児誘拐、シリアルキラーによる連続一家皆殺し猟奇事件、さらには小学生の体の皮膚を丸く剥ぐ連続傷害事件と、出てくる事件のいずれもが不快感を誘うものばかり。登場人物たちもまた、頭のいかれた人たちばかり。異様な事件を引き起こす人は、どこか壊れた心を持っているものが多いが、本書ではそんな人物たちばかりが登場し、まとも(何を持ってまともというかはさておき)な人物は登場しない。いわば、壊れた人たちばかりで繰り広げられるノワールである。ここまで来ると、一体何が正常なのか、わからなくなってしまう。
 それでも私は、面白く読むことができた。それは、自分に壊れた部分があるからだろうか。こういう作風を帯に書いてあるとおり「青春ノワール」と呼ぶのが正しいのかどうかすらわからない。荒削りで、感情の暴走をそのまま文章にした、そんなイメージが私にはある。怒りとも憎しみとも違う感情の爆発、形容しがたい作品だ。
 舞城のデビュー作に似ている部分はあるが、個人的な意見では“似て非なる作品”。舞城作品は、舞台そのものまで壊れた世界を取り扱っているが、岡崎作品は日常の中における壊れた人たちを取り上げている。殺人を殺人として認識している人たちが出てくる分だけ、岡崎作品の方がまだ日常の枠組みを残している。
 この作品を通して、作者が何をやりたかったのか、私にはつかみ取ることができなかった。読者を選ぶ作品である。この感情の爆発を、一般の人から共感が得られる作品にまで昇華することができたとき、作者の名前は世間一般に広がるだろう。まだまだ荒削りだが、第二作を期待したい。ただせめて次作は、警察の存在を考慮してほしいものだ。これだけ証拠を残して、捕まらない方が不思議だ(というのを野暮な突っ込みという)。




大藪春彦『輪殺(まわし)の掟』(角川文庫)

 ヤクザの縄張り争い激しい関西のある歓楽街にあらわれた三人の凄い男たち。荒削りだが彫りの深い顔の男、津場。クールでハンサムな男、本城。陽気な感じの岩下。みな、銃、車、そして殺しのテクニックと、どれをとっても超一流の奴らだ。
 男たちの胸に秘めたある野望――それはこの歓楽街に寄生するヤクザ集団を恐怖のどん底におとしいれた!
 死を恐れぬ三人のスーパー・プロフェッショナルたちのすさまじい武闘――アクション小説の極み。“掟シリーズ”第七弾。(粗筋紹介より引用)

“掟シリーズ”の一冊だが、この“掟シリーズ”は単にタイトルが「○○の掟」となっているだけで、主人公が統一されているわけでもないし、何らかのテーマを持ち合わせているわけでもない。よくわからないシリーズではある。
 舞台は志賀県湖南市。知事や市長、警察本部長をも支配下に置く山田建設の山田社長が抱えている暴力団淡海会と、日本有数のトルコ街である湖南市を手中に収めたい全国組織野崎組の争いに加味しながら大金を奪い取っていく三人の活躍は爽快だ。しかしここまで彼らにしてやられる暴力団や警察、それに山田社長などはただのバカではないかと本気で思ってしまう。それぐらい間抜けな行動を取っており、三人のことなど全く疑いもしない。そこが気に入らないといえば気に入らないが、エンターテイメントとして割り切った方がいいのかも。
 田口首相や三本内閣、福本などお馴染みの政界の面子は、今回はあくまで名前だけの登場。権力者の僕たちが、権力者の闘争に応じて態度をあっちこっちに変える姿は間抜けそのもの。まあ政治家なんてそんなものなんでしょう。ところで何で舞台は志賀県なんだろう?




久住四季『トリックスターズL』(メディアワークス 電撃文庫)

 その怪事件は、新緑芽吹く初夏、人里離れた魔学部付属研究所にて幕を開けた。
 車椅子の“五番目”の魔術師が主催する魔術実験に招かれた周たちは、あり得ないはずの殺人現場に遭遇する。
 ――密室と化した実験場にて繰り返される惨劇。外からの侵入を寄せ付けないこの研究所に置いて、考え得る犯人は内部のものしかいない。それはまさに、“嵐の山荘”ともいうべき状況であった。
 美しき女魔術師が舞台を去り、幕引きは周の手へ委ねられる。『――犯人は詐欺師(トリックスター)だ』という彼女の言葉を頼りに、周が辿り着いた驚愕の事実とは!?
 魔術師と“L”の物語、登場!(粗筋紹介より引用)
 “推理小説(ミステリ)(かたど)った現代の魔術師の物語”『トリックスターズ』の続編。

 前作が好評だったのか、続編が登場。続編を作りやすい設定とはいえ、一応ミステリ縛りもあることから、結構難しいかと思っていたが、その辺は軽々とクリアしている模様。今回は密室が登場するが、魔術師が絡む以上、その解決は一筋縄ではいかない。もっとも、気付いてしまえば簡単な謎なのだが、舞台設定がいい目くらましになっている。やはりこのシリーズは、設定の勝利だと言いたくなる。これでストーリーの面白さが備われば、もっと注目されると思う。できれば「推理小説を(かたど)る」のではなく、「推理小説でもある魔術師の物語」を産み出してほしい。
 作品の性格上、主人公やその他の登場人物の描写が少し物足りないのは仕方がないところではある。そろそろ、例の縛りを解いた方がいいのではないだろうか。今の縛りも読んでいて面白いと言えば面白いのだが、このネタを引っ張るのはそろそろ限界である。




大藪春彦『裁くのは俺だ』(角川文庫)

 悪くて強い虚無主義者・毒島徹夫。彼は保守党の実力代議士に雇われた怪文書屋だ。主な仕事は、敵対する政治家を失脚させる情報を入手し、マスコミ等に流すことだ。そしてついに、彼は現職の首相らのスキャンダルを握った!
 ところが彼は、何者かの手によって手錠をはめられ、拷問を受けるミジメな境遇に陥ってしまった。このままでは今回の仕事の報酬はおろか、命までも奪われかねない。しかも毒島の雇い主の代議士も暗殺されたらしい。刻々と危機が迫る中で、彼は罠を仕掛けたやつに復讐することを誓った!
 政界の黒幕・実力者たちを、徹底的にやっつける痛快アクション!(粗筋紹介より引用)
 「宝石」1968年7月〜1969年12月号連載。

 怪文書屋という設定は珍しいが、それを除けばあとは政界の悪者を悪でやっつけるアクションものという設定であり、他の作品とそれほど変わらない。ただ、この主人公、的に捕まるケースが多い。毎回毎回、よくぞ逃げられるものだと、逆に感心する。というか、敵なんだからさっさと殺してしまえよと突っ込みたくなるのは私だけか。
 前半は一つのシチュエーションが長く、そして徐々に展開が早まり、事件の規模と反比例するように一つ一つのエピソードに割かれるページが短くなるのも大藪らしい。まだロッキード事件の影も形もない時代に航空機汚職を題材にするところはさすがだと思うが、あとは良くも悪くも大藪春彦、という一品。




大藪春彦『戻り道はない(続 凶銃ルーガーP08)』(角川文庫)

 数々の血塗られた過去を秘めて、夜よりも深く、闇よりも暗く底光りする一丁の自動拳銃――ルーガーP08。ドイツが第二次大戦でその名を知らしめた、美しくも忌まわしい鋼鉄の悪魔。この凶銃を手にした者は、みな己の野望の虜となり、そして死への道へと突っ走る。男たちは、ほんのひとかけらの痛みも知ることなく、ただ輝くばかりの「生」の証を求めて、やがて運命の引金を引くのだ――。
 闇を切り裂く一閃の銃火に、男たちの咆哮が刻まれてゆく。壮絶な闘いの果てに、人間の情念を浮き彫りにする大藪春彦ハード・アクション屈指の名作、ここに堂々の登場。(粗筋紹介より引用)
 1961年8月、徳間書店から刊行された作品の文庫化。

 『凶銃ルーガーP08』の続編である連作短編集。前作よりもより凶暴に、より破壊的に、そしてより破滅的に男の生き様が描かれてゆく。時には筆の走り過ぎとも思える凶暴性が見られるが、それもまた大藪の怒りの現れであろう。心の奥底からわき出る怒りこそが、大藪春彦に筆を取らせる原動力なのだから。
 「戻り道はない」は、元四回戦ボクサーの19歳のチンピラが、バーテンとして働いているバーのホステスを助けたところから始まる。そのホステスは、前作「穢れたバッジ」の主人公である警部補の女であった。その女が現場から拾ったというルーガーP08を奪い取ったチンピラは、恐れを知らぬ殺しで一気に成り上がる。もちろん、成り上がりものの運命は決まっているが、そのタイトル通り、戻り道を閉ざされた若い男の爆発力が、凶銃を手に取って変わってしまった男の凄まじさを物語る。
 「若者の墓場」は前作の男が載っている車と衝突したダンプに助手席に乗っていた夜間高校三年生の若者が、上流家庭の子息が結成している不良グループに誘われ暴れまくる。この不良グループというのは、たぶん当時を騒がしていたのだろう。時事ネタを自作に取り入れるのは大藪の十八番である。高校の描写や、不良高校生の描写はちょっと珍しく、シリーズでも異色作品に仕上がっている。
 「死を急ぐ者」は、前作結末の現場で拳銃を拾った若者が、暴力団所属の幼なじみを偶然拾ったところから、裏切り者を捜す暴力団との争いに巻き込まれる。このシリーズでは珍しい巻き込まれ型。ただ、拳銃を拾ったことでより共謀になっていく姿は変わらない。
 「凶銃の最期」は、前作の犯人が家の庭に逃げ込んで絶命してしまい、親の遺産を食いつぶした若者が拳銃を手にとってしまったことから事件を引き起こす。連載に疲れて投げやりになったのか、心理描写も今ひとつで、結末はあっけない。
 大藪の作品は、竜頭蛇尾というと失礼になるが、結末はあっさりしすぎていることが多い。この連作もそんな印象を受ける。凶銃の終わり方など、もっとページを割いてもよかったはずだ。それでも、あっさりと命を散らしてしまうのが大藪春彦のダンディズムなのかもしれない。主役は潔く身を引く。そこに余計な感情は必要がない。感情を持ち合わせていないはずの凶銃が、様々な人間の運命を狂わせ、高笑いし、そして最期は自らが狂い咲きするのだ。



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