宮部みゆき『名もなき毒』(幻冬舎)

 財閥企業社員である杉村三郎は、実は企業会長の娘を妻に娶っていた。しかし杉村は義父の意向と本人の望みが一致し、会社の中枢とは全く関係のない、いわば島流しのポジションともいえる社内報の編集を担当している。
 杉村はある日、トラブルを起こしたアルバイトアシスタント、原田いずみの身上調査のため、私立探偵である北見一郎のもとを訪れた。そこで出会ったのは、首都圏連続無差別毒殺事件で祖父を亡くした女子高校生、古屋美知香だった。
 首都圏で連続的に発生した無差別毒殺事件。発生した4件はいずれも、コンビニエンスや自動販売機で買った飲み物の中に、青酸カリが混入されていた。しかし美知香の祖父の事件では、警察は無差別毒殺事件に便乗した殺人事件で、犯人は美知香の母、暁子ではないかと疑っているらしい。
 相談にのっているうちに、いつしか杉村は事件の真相を追う羽目になる。さらにトラブルを起こして辞めさせられた原田いずみが、杉村とその周辺に様々な嫌がらせを行うようになった。
 2005年、北海道新聞・中日新聞・東京新聞・西日本新聞に連載。又、河北新報・中国新聞に2005年〜2006年に連載された作品に加筆修正し、最終章を書き下ろした作品。杉村は『誰か……』に続く登場である。

 宮部みゆき3年ぶりの現代ミステリーは、あらゆる場所に潜む「毒」を取り上げた作品。連続無差別毒殺事件が表向きの事件として出てくるが、主人公が巻き込まれるのはその事件とは無関係でこそないものの、あくまで身の回りで起きる事件ばかりである。マスコミに騒がれるような事件ではなくても、人は様々な「毒」を浴び、侵される。だからこそ作者はそれらの「毒」を「名もなき毒」と名付けたのだろう。
 社会に潜む様々な「毒」。それは人の悪意であったり、シックハウス症候群であったり、土壌汚染であったり、単なる噂であったり、いじめであったり。本作では様々な形の「毒」が、杉村の周りで浮かび上がり、事件を形成していく。他にも介護問題や夫婦間の問題など、色々と話題として取り上げられながらも、当事者以外にはすぐに忘れ去られるような問題などを巧みに織り交ぜ、エンディングまでの複数の事件が物語られていく。
 物語の構成力、複雑な複数の事件をわかりやすい形で描く文章力、登場人物の全てに血を通わせる表現力、一度読んだら止められなくなるストーリー展開など、やっぱり宮部みゆきは巧い!と唸らざるを得ない。ただ、そこから先、何が凄いんだ?と聞かれると答えられなくなるのも、この作家の特徴のような気がする。平易な形で書いてしまうから(だから読みやすいのだが)、これぞ!と言ってしまうアピールポイントがあるようでない。それがこの人の最大の長所であり、また短所のような気がしてならない。
 現代を代表するミステリー作家だと思うけれど、乱歩や清張などに比べるとあくの強さというか、その独特の色というものが全く感じられない。もっともこの混沌の時代では、そのような無色さがもっとも受ける時代であり、自らを一番浮かび上がらせる「色」なのだろう。




乙一『銃とチョコレート』(講談社 ミステリーランド)

 少年リンツの住む国で富豪の家から金貨や宝石が盗まれる事件が多発。現場に残されているカードに書かれていた『GODIVA』の文字は泥棒の名前として国民に定着した。その怪盗ゴディバに挑戦する探偵ロイズは子どもたちのヒーローだ。
 ある日リンツは、父の形見の聖書の中から古びた手書きの地図を見つける。その後、新聞記者見習マルコリーニから、「【GODIVA】カードの裏には風車小屋の絵がえがかれている。」という極秘情報を教えてもらったリンツは、自分が持っている地図が怪盗ゴディバ事件の鍵を握るものだと確信する。リンツは「怪盗の情報に懸賞金!」を出すという探偵ロイズに知らせるべく手紙を出したが……。(粗筋紹介より引用)
 かつて子どもだったあなたと少年少女のためにの―――ミステリーランド 第十回配本。

 乙一はほとんど読んでいないのだが、この作者とミステリーランドという言葉がどうも重ならず、どのような作品を書いたのだろうかという不安があった。読み終わってみると、乙一は本当に凄い作家だと、今更ながら脱帽してしまった。
 世間を騒がす怪盗の地図らしきものの発見。少年のヒーローである名探偵ロイズの登場。ロイズとともの行動。急転直下の出来事から、宝探しへ。命を狙われる大冒険。冒険心を揺さぶらせる様々な場面を、これでもかと提供してくれる。特に嫌われ者のドゥバイヨルという配置が絶妙。少年が持ち合わせる残酷さ、ひねくりぶり、大人と対角線にある位置の存在を一手に引き受けている。第一次世界大戦後のヨーロッパのような背景描写が、事件の雰囲気をさらに盛り上げてくれる。怪盗、名探偵、宝探しといった謎と冒険の面白さに、大人社会のずるさ、醜さも巧みに織り交ぜながら、勇気を奮うことの素晴らしさを伝えた作品。平田秀一の不気味なイラストも、事件を盛り上げるのに一役買ってくれている。
 タイトルの「銃」と「チョコレート」という対比も巧いね。作者が持つ「毒」を上手に薄めたことが、本作品を成功に導いた要因だろうか。2006年のベスト10に入る傑作。
 1ヶ所だけ、引っかかった部分があるんだが……、まあ、些細なことなんだろう。




法月綸太郎『怪盗グリフィン、絶体絶命』(講談社 ミステリーランド)

 ニューヨークの怪盗グリフィンに、メトロポリタン美術館(通称メット)が所蔵するゴッホの自画像を盗んでほしいという依頼が舞いこんだ。いわれのない盗みはしないというグリフィンに、依頼者はメットにあるのは贋作だと告げる。「あるべきものを、あるべき場所に」が信条のグリフィンがとった大胆不敵な行動とは!!(第一部)
 政府の対外スパイ組織CIA(アメリカ中央情報局)作戦部長の依頼を受けたグリフィンは、極秘オペレーション<フェニックス作戦>を行うべく、カリブ海のボコノン島へ向かう。その指令とは、ボコノン共和国のパストラミ将軍が保管している人形を奪取せよというものだったが……。(第二部)  (以上、粗筋紹介より引用)
 かつて子どもだったあなたと少年少女のためにの―――ミステリーランド 第九回配本。

 寡作である作者の新刊は、ミステリーランドから出された怪盗もの。作者初の怪盗ものということで、どんなものを書くのか読むまでは少々不安だったが、実に面白い冒険ものとして仕上がっている。いつもみたいに些末な出来事を延々と悩む姿が書かれなくて、ホッとしたよ。
 グリフィンがいかにして美術館にて絵をすり替えるかという第一部。そしてCIAの依頼を受けた作戦をいかにして成し遂げるかという第二部。怪盗ものを読むときのドキドキ感を作者はよくわかっている。この叢書の趣旨を端的に表した、スマートな怪盗冒険もの。作戦を成功させるトリックもなかなかのものだし、怪盗ものの面白さをストレートに伝えてくれる。ただ盗むというだけでなく、なぜ盗むのかというところにこだわりを持たせたのも、怪盗ものの大事なところ。
 この作者に、こんな素直な面白い怪盗ものが書けるとは思わなかった。第二部結末の、人形をめぐるゴチャゴチャ感は作者らしいけれど。あのあたりは、もう少しスマートに書いてもよかったと思う。クライマックスの高揚が少々冷めてしまうんじゃないかな、あれは。
 個人的には、続編を望みたいね。怪盗ニックみたいに、シリーズ化してもいいと思う。




渡部又兵衛『お笑い芸人 糖尿病と二人連れ』(グラフ社)

 1988年に結成され、様々な方面から高い評価を得てきた社会派風刺コント集団「ザ・ニュースペーパー」(TNP)の結成メンバーであり、現在まで唯一残っている創立メンバーである渡部又兵衛が、自らの生い立ち、劇団時代、コント、TNP結成、糖尿病との日々などを赤裸々に語った一冊。重度の糖尿病にかかり、人工透析を受け、網膜症を患い、そして左足膝下を切断。それでも義足をつけ、TNPの舞台に上がり続ける芸人魂の本音を語る。
 渡部又兵衛を初めて知ったのは、『お笑いスター誕生!!』に「キモサベ社中」のメンバーとして出演したとき。当時の「キモサベ社中」はバックバンド2名を従え、コントやラジオ番組ネタなどをやっていたが、ネタの面白さにムラがあり、何度も再チャレンジをしていたが結局6週までしか勝ち抜けなかった。しかし1983年の「サバイバルシリーズ」では20組のトーナメントで見事優勝。賞金100万円を手にした。この時の出演者の中には、イッセー尾形やでんでん、コロッケなど、現在でも活躍している人も多数いる。
 その後キモサベ社中を解散、新たにコントトリオ「キャラバン」を結成し、第6回オープントーナメントサバイバルシリーズでは初出場で優勝。さらに第1回NHK新人演芸コンクール<演芸部門>最優秀賞を受賞している。
 本では、まず第一章に笑いを掴んだときの快感が書かれている。この辺は当たり前の事でも、実際に演じている人からの言葉には思わず頷いてしまう。第二章では糖尿病生活の日々。糖尿病の恐ろしさを伝えながらも、明るく生き続け、入院生活でもネタを探し続けるその根性には恐れ入る。何も知らない人が読んで、本に引き込まれていくのはこの章であろう。自らの生い立ちなどを最初に配置せず、糖尿病生活を第二章に配置した編集者の腕はさすがである。
 第三章は芝居の面白さを知る少年時代。第四章は芝居づけの青春時代。劇団に入りながらも劇団員になれず、アルバイトと端役ばかりの日々。このあたりは、よくあるのかどうかは知らないが、売れない演劇青年なら一度は通る道ではないだろうか。この辺はそれほど面白さを感じない。
 第五章はキモサベ社中、キャラバンのエピソードが書かれている。お笑いスタ誕ファンなら、やはりこの章が一番興味あるところであろう。キモサベ社中解散のエピソードや背景などは、トリオが抱えている問題点を見事についていると思うのだが、どうだろうか。それにしても、キモサベ解散の背景は予想外。一度は栄冠を勝ち取ったあとの転がりぶりというのは恐ろしい。
 第六章はTNP結成から今までの流れを書いている。TNP結成のエピソードは結構有名だが、その後の流れは初めて知ることが多く、大変面白かった。特にキモサベ時代から行動をともにしてきた松崎菊也(今では『戯作者』としてエッセイやコメンテータ、パーソナリティとして活躍)に対する視点はかなり意外なものだった。この辺は是非とも読んでもらいたいところだ。
 渡部又兵衛の本音というものを包み隠さず書いた一冊。作者自身を知らなくても、糖尿病のくだりなどは感銘を受けるだろう。それでもやはり、この一冊は渡部又兵衛を一度でも見たことがあるという人に、是非とも手にとってもらいたい本である。




深川拓『らぶドル〜solo etude〜』(エンターブレイン ファミ通文庫)

 “らぶドル”第三期メンバーの中で、12歳と最年少でありながら一番芸能生活の長い野々宮舞。歌、演技、モデルとしても充分な素養を持つ彼女だが、他のメンバーのように、自分からファンに歩み寄っていくことができずにいることを、信頼するマネージャー・智弘から指摘され悩む。しかしそれには、かつて舞がファンから受けた心の傷が大きく影響していた……。『マジキュー』から飛び出したアイドル達が、ファミ通文庫から今、衝撃のデビュー!

 「らぶドル」はあまりよく知らないが、雑誌「マジキュー」に長期連載されていること、第1期・第2期の12人を主人公としたプレステ2のゲームがあること、原画が西又葵であること、登場人物はみな同じ顔を持つ判子絵であること、アニメ化されていること、ぐらいは知っている(充分か)。
 アニメの主人公は榊瑞樹(一応調べた)なのに、なぜ野々宮舞を主人公にしたかというと、作者は「書きやすそうだった」とあとがきで書いている。どうせだったら、書きにくそうな人物を主人公にしたほうがよかったんじゃないかな。なんとなく無難にまとめて終わった、という印象を与えてしまっている。どうせこの「らぶドル」はストーリーよりも「萌え」に重点を置いているんだろうから(違うの?)、それを強調してもよかったんじゃないかな。そうなると、作者の考えている方向性と異なるか。
 まあ、「らぶドル」ファンならこういう物語もあり、っというところじゃないかな。前知識がなくても、アイドルものとして読むことができます。どうせなら、残り5人も書いてくれないだろうか。特に北条比奈あたりは読んでみたいぞ。

 一部で作者(この人)を知っているから買うけれど、表紙が恥ずかしいと書かれていたが、この程度だったら平気で買えるな。むしろ女子中学生や高校生の写真集を買う方が、よっぽど恥ずかしい。その辺は、人の好みというか、個性というか(誤解されるかもしれないので一応書いておくが、特に他意はない)。




道尾秀介『骸の爪』(幻冬舎)

 ホラー作家の道尾は、取材のために滋賀県の仏所・瑞祥房を訪れた。その夜、彼が見たのは、口を開けて笑う千手観音と、闇の中、頭から血を流す一体の仏像だった。話を聞いた霊現象探求所を営む友人・真備は、早速助手の凛とともに瑞祥房に向かう。数日後、工房の天井に血痕を残して、一人の仏師が忽然と姿を消した。残された者たちがひた隠す、二十年前の悽愴な事件と仏像に込められた怨念とは?(帯より引用)
 第5回ホラーサスペンス対象特別賞受賞作『背の眼』に続く、真備シリーズ第2作。

 『向日葵の咲かない夏』は自分の好きになれない作風だったし、『背の眼』も読んでいなかったので、この作品に手を出すことにちょっとためらいがあったのだが、今ではものすごく後悔。ちょっと地味に見えるかもしれないが、背景から登場人物の内面まで含めて、じっくりと書き込みながらも、端正に仕上がった本格ミステリだった。
 頭から血を流す仏像などの超常現象から始まる作品の謎だが、仏師の失踪や過去の事件が語られながらも、謎の本質がなかなか見えてこないという不思議なもどかしさ。いくつも散りばめられた謎が、結末で一気に解かれるその快感。舞台背景や登場人物の過去に感情移入しながらも、本格ミステリの素晴らしさを味わうことができる。まだ三作目とは思えないぐらい、見事な仕上がり。2006年を代表する本格ミステリである。
 一作毎に作風から本格ミステリの仕掛けまで変えて発表するのだから大したもの。新作『シャドウ』がとても楽しみになってきた。



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