折原一『黒い森』(祥伝社)

“ミステリー・ツアー”の目的地で待っている―――留美男
「ある事件」の後、逢うことを禁じられた恋人から早乙女樹里は連絡を受ける。行く先は、広大な山裾を埋め尽くす暗黒の森、樹海。何人の侵入も拒む異界の奥深く、隠棲した作家が自らの家族を惨殺したと伝えられる山荘だった! 忌まわしき森の中、女は目的地へ辿り着けるのか? そして山荘の一室、固く閉ざされた部屋で、女を待つものとは? 「黒い森 生存者」
“ミステリー・ツアー”の目的地で待っている―――樹里
「ある事件」の後、逢うことを禁じられた恋人から滝川留美男は連絡を受ける。行く先は、広大な山裾を埋め尽くす暗黒の森、樹海。何人の侵入も拒む異界の奥深く、隠棲した作家が自らの家族を惨殺したと伝えられる山荘だった! 忌まわしき森の中、男は目的地へ辿り着けるのか? そして山荘の一室、固く閉ざされた部屋で、男を待つものとは? 「黒い森 殺人者」(以上、粗筋紹介より引用)
 表からも裏からも読める本。結末は中心で袋閉じになっている「解決編 206号室」に隠されている。

 折原一の新作長編は、『倒錯の帰結』に続く表からも裏からも読める本。どっちが表紙かわからなくなるような装丁も一緒だが、どうせだったらバーコードや定価表示も一緒に付ければよいのに、などと思ってしまう。バーコードを2ヶ所に付けるのが違法だという(多分そうだと思う、調べていないけれど)のならば、片方は読み取り不可な飾りにしてしまえばいいわけだし(それも違法か?)。
 隠棲した作家が自らの家族を惨殺した、というのは折原の過去の作品なのだろうか。読んでいない作品もあるのでよくわからない。まあ、本作品とは特に関係はないのだが。
 肝心の中身の方だが、つまらなかったの一言で切り捨ててもいいと思う。
 まずこの装丁自体が無意味。どちらから読んでも確かにいいのだろうが、作者がおすすめするように「生存者」側から読むのがベター。「殺人者」には、「生存者」では語られていなかった真相の一部が隠されている(あまりにも馬鹿馬鹿しい真相だが)。しかし、この設定を活かすのであれば、交互に章を変えて語っていった方がまだ効果的である。似たような話なので、二つ目の作品は、一つ目の作品との相違点を何とかして探そうとする読者以外にとっては、壊れたレコードの繰り返しに過ぎない、つまらないものである。もちろん中盤からは少しずつ話が違ってくるのだが、下手なゲームブックの分岐点程度の効果しか生まれていない。
 そしてなんといっても、袋とじで語られる真相があまりにも安っぽい。この程度のことで騒ぎ立てる主人公たちがアホにしか見えてこない(まあ、実際にアホなんだろうが)。
 作者には、ご苦労様としか言い様がない作品である。ここまで来ると、自分が決めつけたルールに縛られて、作家としての成長を自ら断ち切ったとしか思えないね。




山田風太郎『十三の階段』(出版芸術社 山田風太郎コレクション3)

 かつて探偵小説界では、中・短篇ミステリをリレー方式で書き継ぐ<連作>の試みが盛んに行われた。ラストを決めずに書かれるため、推理小説としての完成度はそれほど高くない代わりに、<連作>は多彩な作家陣が持ち味を活かして腕をふるうお祭りのような楽しさにあふれているのだ。本書には山田風太郎が参加した<連作>を他作家の執筆分まで完全収録した。山田風太郎の手になる明智小五郎や神津恭介が楽しめる奇想横溢の逸品ぞろい!
 さらに幻の少年向け連作『夜の皇太子』を特別収録した決定版!(帯より引用)
 香山滋・島田一男・山田風太郎・楠田匡介・岩田賛・高木彬光「白薔薇殺人事件」。
 江戸川乱歩・角田喜久雄・山田風太郎「悪霊物語」。
 角田喜久雄・山田風太郎・大河内常平「生きている影」。
 山田風太郎・島田一男・岡田鯱彦・高木彬光「十三の階段」。
 島田一男・香住春吾・三橋一夫・高木彬光・武田武彦・島久平・山田風太郎「怪盗七面相」。
 山田風太郎・武田武彦・香住春吾・山村正夫・香山滋・大河内常平・高木彬光「夜の皇太子」。
 以上、6編を収録。

 ファンでも何でもないのだが、時々買っている山田風太郎。このコレクションも3冊ともすぐに買った。しかし、この本だけは読む気にならなかった。収録作品を見ればわかるとおり、すべてがリレー小説。解説で日下三蔵が「無論、ミステリを複数の作家で書き継ぐ場合、辻褄が合わなくなる可能性は飛躍的に増大するから、これは一種のお遊びとして考えられていたようだ。しかし、作者自身が次にどうなるかわからない状況で書く、という変則的な状況が、読者にとっても一種異様なサスペンスを生み出すこともあり、一概に読む価値なしと断ずることはできない。むしろ、ミステリ・ファンにとっては、他の書き手とのセッションの中で、その作家がどんな「芸」を見せてくれるか、という興味の方が大きいだろう」と書いたとしても、やはりリレー小説はお遊びの要素が強すぎ、作家の苦労ほどは面白いものに出会えない、というのが本当のところだろう。
 ということで、リレー小説を読もうという気は全く起きなかったのだが、一応買っていたのだからととりあえず読んでみた。「悪霊物語」だけは春陽文庫の方で読んでいるので、再読。
 面白かったのは「怪盗七面相」。これは設定だけがリレーになっており、各作家で事件の発端から解決までが書かれるから、どちらかといえば読み切り連作に分類される作品である。それぞれの作家がシリーズ探偵を登用しているから、ファンサービスとしても十分な出来になっている。
 あとはそれぞれの作家が書いた神津恭介を楽しめる「十三の階段」が趣向として面白い程度か。
 まあ、作品そのものを楽しむのではなく、各作家のお遊び精神を楽しむ作品集だろう。




米澤穂信『インシテミル』(文藝春秋)

 求人情報にあったある人文科学的実験の短期アルバイト。期間は七日間、そして時給は1120百円と書かれてあった。1120百円、つまり112,000円。様々な思惑を持った12人が集まり、実験用施設「暗気館」に閉じこめられ、24時間モニタリングされることになる。鍵のかからない各人の部屋にあったのはおもちゃ箱。箱の中にあったのは凶器と、それにまつわる古典ミステリから引用されたメッセージ。渡されたカードキーにはノックスの十戒に似せた「十戒」が書かれてあった。
 閉ざされた同心円状の地下空間「暗気館」にあったのは各人の個室、娯楽室、金庫室、監獄室、守衛整備室、霊安室。中央にある食堂。12体のネイティブアメリカンの人形。ガードと呼ばれるロボット。入ってから12時間後、スピーカーから声が流れてきた。実験の目的、そしてボーナスについて。人を殺した者、殺された者、殺した者を指摘した者、指摘した者を補佐した者はより多くの報酬を得ることができる。8日目の午前0時、隠し通路を見つけて外に出た場合、生存者が二名になった場合に実験は終了する。3日目の朝、食堂に集まったのは11人。そして死体が1つ。殺人ゲームの始まりだった。
 2007年8月刊行、書き下ろし。

 書評を読んでも実物を本屋で見ても、全く読む気にならなかった米澤穂信を初めて読む。防衛反応が働いていたのは事実。多分、この作者を読んでも自分とは合わないだろうな、と。表紙だけを見ると青春ミステリっぽいが、中身は一応本格ミステリであった。だが、自分と合わないという予想は見事に当たった。どこがいいのかさっぱりわからない。
 冒頭に警告が書かれている。「この先では、不穏当かつ非論理的な出来事が発生し得ます。それでもよいという方のみ、この先にお進み下さい」、と。読めば読むほど非論理的な出来事が発生する。不出来なクローズドサークルルール、場の空気を無視したシチュエーション。ミステリファンがそろっているわけでもないのに用いられている古典ミステリの引用文。途中で登場人物が指摘するように、いずれも空気が全く読めていない。他にも首をひねるところはいくつかあり、何らかの意図があるのかと思ったら、結末を読んでがっくり。それって反則じゃないかと思うような回答である。警告を信じて、読むのをやめればよかった。まあ、作者が設定した舞台そのものが推理と大きく矛盾しているわけではないから、文句を言うのは筋違いではあるのだが。
 舞台の不格好な点ばかりに目がいき、途中の殺し合いにサスペンスの「サ」の字も感じられなかった。犯人指摘に至る道筋はまあ悪くなかったが、それ止まり。盲点というより引っかけに近い条件だな、あれは。ただ、犯人の動機は、当人の告白を聞いても納得いかない。あんな綱渡りの条件を満たそうとするのなら、もっと確実な方法を選ぶはずだね。
 最後まで読んでも解けない矛盾もあるしね。流れ弾の可能性も考慮しないなんてどうかしている。そんな時給が求人雑誌やネット上に書かれていたのなら、2ちゃんねるでお祭り騒ぎになっているんじゃないか(笑)。行方不明になった人物に対して警察はどうしたのとか、自分だったら今までの経緯を文章に残しておくとかそういった点に対する配慮も全くされていない。どんなクローズドサークルだって、現実に対する最低限の配慮はされているぞ。
 多分本筋とは離れたところで色々といちゃもんを付けているんだろうと思うんだが、そちらばかりが目に入ったんだから仕方がない。本筋に没頭できなかったということは、その程度の作品だったということだろう。
 逆算式で詰将棋を作ったはいいが、余詰が多すぎるので無理矢理盤上に駒を配置した結果、不格好なままのものが完成した。そんなイメージを持った作品である。




桜庭一樹『私の男』(文藝春秋)

 優雅だが、どこかうらぶれた男
 一見、おとなしそうな若い女
 アパートの押入から漂う、罪の異臭
 家族の愛とはなにか
 越えてはならない、人と獣の境はどこにあるのか?
 この世の裂け目に墜ちた父娘の過去に遡る―――
 黒い冬の海と親子の禁忌を 圧倒的な筆力で描ききった著者の真骨頂!(帯より引用)
 「別冊文藝春秋」2006年9月号〜2007年7月号掲載。

 書評を読んでも実物を本屋で見ても、全く読む気にならなかった桜庭一樹を初めて読む。防衛反応が働いていたのは事実。多分、この作者を読んでも自分とは合わないだろうな、と。自分と合わないという予想は見事に当たった。どこが傑作なのかさっぱりわからない。
 奥尻島の震災で家族を失った9歳の少女花を、25歳の淳悟が引き取った。二人は本当は、実の親娘だった。二人だけで16年間生きてきた。いつしか二人は、越えては行けない一線を越えていた。その事実に触れてしまった二人の男がいなくなった。花は成長し、やがて別の男と結婚した。新婚旅行から帰ってくると淳悟はいなくなっていた。花は泣いた。
 単純に言うとそれだけの話である。あとはそこにどれだけの心理描写を加え、物語の深みを増すかということなのだが、作者は時系列を逆にし、視点を章毎に変えることによって、別の意味でクリアした。はっきりいってしまえば、構成に変化を加えることによって、時系列に語られるはずだった登場人物の内面の変化を無視する方向に出た。あえて他視点から語ることにより、この二人の純粋かついびつな愛情、二人を取り巻くねじれた感情などを浮かび上がらせようとしたのである。それは、徐々に謎の霧が晴れていくような面白さを生み出すことに成功した。
 ただ、花や淳悟の心の変化がもやもやしたままなのは引っかかる。最後まで読み終えると、その膨れ上がった疑問は解けないままだった。花がなぜ別の男と結婚する気になったのか。淳悟はなぜ花を手放すことに同意したのか。作者はそれを描くことを拒否しているのだから文句を言っても仕方がないのだが。
 夢野久作『瓶詰の地獄』を桜庭が描けばこうなるんだな、と思わせた作品だった。時系列で描いていたら、ただの「22才の別れ」だからな。




ナンシー・スプリンガー『エノーラ・ホームズの事件簿〜消えた子爵家の子息〜』(小学館ルルル文庫)

 シャーロック・ホームズの妹、元気いっぱいのお嬢様エノーラは、失踪した母が残した暗号を解くことで大都会ロンドンに向かうことに! 気の詰まる貴族教育から抜け出した彼女が最初に遭遇した事件は、名門貴族嫡男の失踪事件。名探偵の兄シャーロックゆずりの推理力でエノーラが導き出すのはどんな真実なのか? ヴィクトリア朝時代のイギリスを舞台に、謎と冒険に満ちたミステリーがはじまる。(粗筋紹介より引用)
 2006年、アメリカで発表。

 あとがきによると、作者のナンシー・スプリンガーはアメリカの作家。児童文学を中心に、ファンタジーやミステリなど、幅広い分野の作品を40冊以上も発表。1995年にエドガー賞(YA小説部門)、1996年にエドガー賞(児童図書部門)を受賞。本作品も2007年度エドガー賞(児童図書部門)の候補に挙がっている。
 ホームズに妹がいた、という設定だけで購入。暗号趣味の母親の失踪。母親が残した様々な暗号。寄宿学校に押し込み、淑女教育を押しつけようとした兄マイクロフトを出し抜いてロンドンへ向かう主人公。遭遇する貴族嫡男失踪事件。兄シャーロックでも解けない母親失踪の謎を追いつつ、嫡男失踪の事件まで解いてしまう14歳のお転婆娘……もとい、レディ。設定が面白い。ヴィクトリア朝のイギリスの描写もなかなかだし、時代の風潮に逆らうような主人公が活躍するというのもワクワクさせる。暗号が多すぎるのはちょっと疲れるが、すぐにエノーラが解いてしまうので、頭がこんがらがることもない。児童図書部門の候補に挙がるのもわかる気がする。
 母親失踪からロンドン逃走までの部分が長く、嫡男失踪事件が短くなってしまった。二つの事件を詰め込んだため、印象が散漫になってしまったのはちょっと残念。どちらか1本にしぼって書いた方がもっと面白くなったと思う。
 それでもなかなかの拾いものだったとは思う。シリーズ化されているのかな? 次も出れば買おうと思う。




船戸与一『降臨の群れ』(集英社)

 1999年1月19日、インドネシアのマルク諸島アンボン島のアンボン市で、イスラム教徒とプロテスタントの凄まじい殺しあいが始まった。独立を叫ぶプロテスタント組織、聖戦を叫ぶイスラム過激派組織などが入り乱れ、戦いは激しくなるばかりであった。そしてアメリカによるアフガニスタン空爆は、イスラム教徒をさらなる聖戦へと駆り立てた。
 毎日血が流されるアンボンで渦巻く様々な思惑。独立派、過激派、インドネシア国軍、CIA、華僑に兵器商人。名の知れた指導者から、歴史に一行も名前が載らないような一個人まで、自らの主義と理想を持って戦い続ける。大爆発を予感させる中、鍵を握る人物がアンボンに送り込まれてきた。インドネシアでエビの養殖事業に長年携わってきた国際事業協力団のメンバーである、初老の日本人元商社マンだった。
「小説すばる」2002年9月号〜2004年1月号掲載に加筆修正を加え、2004年刊行。

 綿密な取材を元に、それぞれの立場の人間模様を描き、すべての登場人物が一点に集まったときのカタストロフィを書ききる。船戸は骨太すぎるくらい骨太の、熱い物語を文字にする。それ自体はものすごいことなのだと思う。とはいえ、似たような骨格の作品が出てしまうと、またかと思ってしまうのは、読者の悲しい性かも知れない。
 今回、鍵を握るのは、本来戦争や情報戦、内戦などとは全く無関係であるはずの、初老の日本人である。そこが珍しいといえば珍しいところかも知れない。しかし、そんな彼を主軸の一人に据えてしまったことから、感情移入できる人物がいなくなってしまった。それがこの作品の小さな失敗だったと思う。
 他の作家が書けば、冒険小説の新星現る!と囃し立てられたところだろう。これを書いたのが船戸だったから、なんとなく失望感を味わってしまう。傑作を書き続けてきた作家の悲劇である。




大藪春彦『戦いの肖像』(角川文庫)

 ――水島の手刀が突き刺さった。瞬間、男の顔はひん曲がり、首の後を破って骨が露出していた。すでに、男は死の痙攣をはじめた……。
 現金輸送車を襲い、殺人を犯した水島はもう引き返せない。彼の前には、野望達成のための戦いがあるだけだ!
“華麗なコーナリング”で、モータースポーツ界を湧かせた天才レーサー水島哲夫の栄光と破壊工作。彼の翳の生活がいま、はじまった。
 凄まじい破壊力を秘めた大藪アクションの最高傑作!(粗筋紹介より引用)

 大藪春彦にはユートピア願望があったらしく、自らのユートピアを作るために犯罪を続ける物語がいくつかあるが、この作品もその一つ。
 出だしの天才レーサーぶりは『汚れた英雄』の北野晶夫だし、その後の現金輸送車を襲い犯罪に手を染めるところから共有の夢を持つ仲間と犯罪をエスカレートさせていく展開は『唇に微笑、心に拳銃』そのもの。ただ、どっちが先に書かれたのかは調べていないのでわからないが。『唇に微笑、心に拳銃』では、仲間たちと心で繋がっているようだが、この作品では主人公である水島と仲間たちとの関係が支配者と非支配者であることが違うくらいか。
 自衛隊の兵器やヘリ、アメリカの原子力空母まで強奪する展開は、スピーディーな書き方だから一応読ませるが、さすがに荒唐無稽というしかない。勢いだけで無理を通している印象がある。
 悪のシンデレラストーリーもの(『野獣死すべし』〜『蘇える金狼』)の場合は、似たようなストーリーでも少しずつ違った趣向を入れていたものだが、ユートピアものはやっていることがほとんど変わらない。この辺の作品を読んで、大藪はワンパターンだと言う人がいても、不思議ではないだろう。大藪を50冊以上は読んでいるが、退屈だと思ったのは、自分としては珍しい体験だった。




井上ほのか『アイドルは名探偵』(講談社X文庫)

 私、八手真名子、14歳。アイドルやってます! ナマイキッとか、ワガママッとか、いわれてるけど、いいじゃない。おシゴト楽しいし、人気だってスゴイんだもの。こんどだって大作映画に出演することになって、ハリきってたら、主役争いがもとで、候補の一人、竹崎さんが殺されちゃった! 真名子のとこにも脅迫状が……。ドッキーン! ……こうなったら、ナマイキボーイの克樹を付き人兼探偵助手にして、犯人探し始めちゃおーか!?(粗筋紹介より引用)
 1988年書き下ろし。井上ほのか、デビュー作。

 歌野晶午や法月綸太郎がデビューした頃、島田荘司が巻末に推薦文を載せていた。“新本格”という言葉が生まれた頃である。その頃、島田荘司が彼らと一緒に名前を載せて期待していたのが、井上ほのかだった。そのせいで気になって、買っていたんだろうな。しかし、読んだ記憶は全くない。もう一つの「少年探偵エディ・セロル」シリーズの方は読んでいるのだが。実家の本棚を整理中に出てきたので、読んでみることにした。
 14歳のアイドルが名探偵という、当時のジュニア小説にはありがちな設定(今でもか?)。連続殺人を犯すにしてはやや弱い動機(こういう動機があっても不思議ではないが)ではあるが、当時にしてはなかなかのトリックじゃないだろうか。
 今ではすっかり消えた作家扱いになってしまった井上ほのかであるが、当時のジュニア小説にも、こういう本格ミステリがあったということは覚えておいてもいいだろう。




梶龍雄『蝶々、死体にとまれ』(中央公論社 C★NOVELS)

 最近の学園祭はまさにカオスだ。現代美術の製作実演、昆虫同好会の珍蝶の標本、貨幣研究会の真物の偽札……無秩序と混乱のうちにあらゆるものが集められている。そんな学園祭のさなか、美人女子大生の死体が昆虫同好会の展示室で発見され、密室と化した部屋からは高価な蝶の標本が消えていた。さらにこの蝶をめぐって次々と起こる怪事件……。年齢もタイプも異なった二人の心惹かれる男性と、事件の謎に挑む不思議な魅力の女子大生奈都子。“祭り”がはねたキャンパスの、秋の日に映えるベンチで彼女が知った真実とは。本格青春推理長篇。(粗筋紹介より引用)
 1984年10月刊行。書き下ろしか?

 どういう経路で手にしたのかが全く覚えていない。梶の乱歩賞受賞作『透明な季節』は好きだが、他の作品を読みたいと思うまでではなかったはず。
 とりあえず読み始めてみたが、シラケとかナウいとか、当時の流行り言葉がカタカナで乱れ飛ぶのには、いくら女子大生の一人称視点で物語が進んでいくとはいえ、さすがにきついものがある。はっきり言えば、その時点で読む気力をなくしてしまったというのが本当のところだ。
 確かに不可解な事件が続くものの、読書に没頭していないから、魅力的なものとは感じない。実際に魅力がないのか、自分が見落としているのかはわからないが、解決も大して面白くなかったし、多分その程度なんだろう、きっと。まあ、見落としていたとしても、別段後悔しないが。



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