ヘレン・マクロイ『ひとりで歩く女』(創元推理文庫)

 西インド諸島を発つ日、わたしは滞在していた屋敷で、存在しない庭師から手紙の代筆を頼まれた。さらに、白昼夢が現実を浸蝕したように、ニューヨークへ帰る船上で生起する蜃気楼めいた出来事の数々。曰くありげな乗客たち、思いがけず出現した十万ドルの札束……。“誰かがわたしを殺そうとしています”--タイプライターで打たれた一編の長い手記から始まる物語は、奇妙な謎と戦慄とを孕んで、一寸先も見えない闇路をひた走る。縦横無尽に張り巡らされた伏線が感嘆を誘い、贅肉を削ぎ落とした文体が強烈な恐怖を産む、超絶のサスペンス!(粗筋紹介より引用)
 1948年発表、マクロイの第10長編。1998年翻訳。

 マクロイは『暗い鏡の中に』のイメージしか持っていない。サスペンスと書かれているが、本格ミステリの味も含まれているとは思わなかった。途中で読んでいてまどろっこしいなあと思っているところでも、最後には伏線が回収されているからよかったといえばよかった。まあ、トニーみたいな登場人物には読んでいてイライラさせられたが。ただサスペンスよりは技巧というイメージのほうが強い作品。
 ただ実際のところを言うと、とりあえず読みました、感心しました、という程度の感想しかない。いやあ、本当だったらもっと語れる作品なんだろうけれどね。結局最初の手記が長すぎた、疲れた、というのが本音でもある。




伊吹隼人『「トキワ荘」無頼派 漫画家・森安なおや伝』(社会評論社)

「のらくろ」作者の田河水泡に師事。寺田ヒロオ、藤子不二雄A、藤子・F・不二雄、赤塚不二夫、石ノ森章太郎たちとの「トキワ荘」での青春。時代とその個性ゆえ導いた挫折……。「廃業」後の40年、孤独死に至るまでの生涯を追ったノンフィクション。終生描き続けた、「孤高のまんが道」。代表作「赤い自転車」127頁・完全収録!(帯より引用)

 藤子不二雄A『まんが道』に出てくるコメディ役として有名な人物だが、貸本漫画への執筆が中心であるため、どのような人物だったのか、どのような漫画だったのかを知る人はほとんどいなかったと思われる。そういう意味では初めてこうして一冊にまとめられたことは非常にうれしい。昭和20年代、30年代では彼よりもっともっと売れていた漫画家が埋もれている現状を考えると、こうして評伝が一冊にまとめられたことは幸せなのだろう。とはいえ、こうした挫折の人生が書かれていることは、本人が天国から苦笑いしているのかもしれない。
 内容そのものは『まんが道』『トキワ荘青春日記』に書かれているエピソードが多い。本人が亡くなっている以上、漫画家時代の本人を知るための参考図書としては、この2冊が最も適切だからである。そのため、そちらの二冊を熟読している人から見たら、退屈と思う部分があるだろう。この本の面白い(というと本人には申し訳ないが)のは、やはり挫折した部分の人生である。漫画を愛しながらも、思うように描けない苦悩が浮かんでくる。
 本書には代表作である「赤い自転車」が収録されている。こうして読むと、絵柄も内容も古い。とはいえ、ストーリーそのものは昭和30年代の少女漫画なら割と当たり前の作品だったのだろう。横山光輝の初期少女漫画作品(『母さんふたり』とか)を読むとそう思える。ただ絵柄は当時から見ても古いと思われたのではないか。今読むのは非常につらい。復刻されないのも仕方がないところだろう。もし本人にトラブルがなかったとして、漫画家を続けようと思っていても、出版社からは古いと切られていたのではないだろうか。
 それにしても、いまだ「トキワ荘」がらみの本が出てくるところに驚嘆する。もちろん読みたいと思う私のような読者が多いからだろうが、伝説だけが先走ってしまう前にこうして一冊にまとめられることはとても嬉しい。




今中慎二『中日ドラゴンズ論 “不気味”さに隠された勝利の方程式』(KKベストセラーズ ベスト新書)

 中日ドラゴンズを評してよく言われる言葉「不気味」。なぜ、中日ドラゴンズは「不気味」なチームといわれるのか。2010年シーズンのセ・リーグを制覇し、9年連続でAクラス入りを果たした“負けない”球団の秘密に、元中日ドラゴンズのエース、今中慎二が迫る。常勝球団を築きつつある落合博満をはじめ、星野仙一、高木守道らの監督力。他球団を圧倒する投手力はどのように生まれたのか。そして、知られざる伝統の力とは。今こそ知りたい、中日ドラゴンズのすべて。(粗筋紹介より引用)
 2010年11月刊行。

 巨人や阪神の本はたくさんあるが、中日を解説した本はほとんど見たことがない。まあどちらかというと、一部の元監督とか、目立つ人ばかりを書いた本が多かったからだろう。正直言って、「論」といえるほどの内容が書かれているかというと疑問、というか、スポーツ新聞でも普通に論じられている内容程度しか書かれていない気もするし、特殊な中身があるというわけでもなかった。帯にある落合監督の言葉通り、プロにとって当たり前のことをしているだけ、というのが中日の強さなんだろう。練習量が多いとよく言われているけれど、練習が多いのは当たり前だろう、プロなんだから。そこがピックアップされる点で、今のプロ野球ってどうなっているんだろうと思ってしまう。
 小説を読む気力がなかったので、リハビリみたいな気分で新書に手を出した。活字を読んでいないのに、活字に飢えていない。困ったな、これは。



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