松本恵子『松本恵子探偵小説選』(論創社 論創ミステリ叢書7)

 米屋の隠居が殺害され、百両が盗まれた。大阪出身の出入りの小間物屋である彦兵衛が捕まり、最初は犯行を否定したが、拷問の結果自白。南町奉行大岡越前守によって皮剥獄門の極刑を受け、面皮をはがされた首が処刑場にさらされた。しかし彦兵衛の家族はそんな大それたことをするわけがないと思い、大阪から長男の彦三郎が江戸にやってくる。「皮剥獄門」。夫である松本泰が1921年に興した奎運社から出版された『秘密探偵雑誌』1923年8月号に、中野圭介名義で発表した創作処女作。いわゆる大岡政談の一つだが、原典があるとは思えないので創作だろう。「顔のない死体」トリック変形バージョンが珍しいところだが、大岡ものにする必要性は感じない。
 1か月ぐらい付きまとっていた社内の男が会社を辞めた。ちょうどその時、女の元に真珠の首飾りが送られてきた。ちょうどそのころ、会社で使い込みが発生した。「真珠の首飾り」。中野圭介名義。当時の主流と思われるユーモア恋愛譚。一応どんでん返しはあるが、軽い。
 地下鉄サムが日本に現れたと聞かされ、許婚の百合子を放って逮捕に努力する警視庁の石川探偵。そこへ盗まれた財布を持った乞食老爺が捕まるが。「白い手」。中野圭介名義。これまたユーモア恋愛譚の一つだが、これはやっぱり犯罪じゃないか。
 タバコ屋の看板娘に惚れ、通う男だったが、ある日タバコ屋から菓子折りが届く。「万年筆の由来」。中野圭介名義。これもユーモアもの。タイトルの意味は、この主人公がなぜ万年筆をもらったのかというところにある。この主人公、よほど目つきが悪いのか。
 資産家の飲んだくれの次男が列車に轢かれて死んだ。しかし偶然居合わせた画家の丈吉は、叢から拾った切断された手を見て不審を抱く。「手」。珍しく本格ミステリっぽい作品。もうちょっと長く書けば、もう少し面白くなったかもしれない。
 缶詰の卸問屋の社長が殺害された。警察は先月理不尽な理由で解雇された男を逮捕するが、男の妻は冤罪を晴らす。「無生物がものを云ふとき」。現場の一つの手がかりから真犯人を探し出すものだが、これも枚数が短すぎ、結末がドタバタ。
 赤い帽子をかぶったモダンガールの万里子は三人の青年に揶揄されるが。「赤い帽子」。掌編に近いユーモアもの。表に出る女性が作品に多いのは、作者の性格からだろうか。
 戦争未亡人の女性が、息子と妹と資産家の伯母と食事中に毒を飲んで死亡した。「子供の日記」。母親の妹から送られた日記帳という形式で、9歳の子供の視点から描かれた作品。事件の意外な真相がわかる話だが、無邪気な子供の文章がかえって結末の恐ろしさを引き立たせている。本作品中ではベスト。
 脅迫者を殺害したとして姉が逮捕されそうになるが、現場に呼ばれた妹は姉の冤罪を晴らす。「雨」。推理クイズにあるネタだが、この程度なら警察が分かれよと言いたい。
 ロンドンに住む京子には許婚がいるが、通りかかった青年に惹かれる。「黒い靴」。『女人芸術』1929年3月号の「自伝的恋愛小説」特集に書かれたもので、乗合自動車に乗っているときにすれ違って挨拶したというくだりはロンドンで松本泰との間にあった出来事である。
 あのナザレ人が、ユダヤ人の救い主となる預言者であるに違いない。イスカリオテのユダはそう信じ、必死にイエスに従うのだが、イエスはいつまでたっても戦場に出ようとしない。「ユダの嘆き」。ユダはなぜイエスを裏切ったのかを書いた作品。これもまた一つの解釈か。
 世間で評判の盗賊「鉛筆ウィリー」を捕まえると意気込む、盗難保険会社シアトル支店の新入社員、ジミー。吝嗇家の節約狂、パーソン老人の家から「鉛筆ウィリー」によって銀器類が盗まれたと聞き、ジミーは家を訪れる。レイ・カミングス「節約狂」。些細な手がかりから事件の真相を導き出すというのはよくある話だが、最後のオチがうまい。カミングスはパルプ雑誌で活躍したSF作家。推理クイズファンなら、ある有名な推理クイズでおなじみ。
 質屋を訪れたのは、実はかつての大泥棒の息子だった。質屋は実は贓品買いで、久しぶりに大泥棒と再会するが、大泥棒は息子が金庫破りもできない小盗人であることを嘆く。作者不詳「盗賊の後嗣」。中野圭介名義で発表されたもので、登場人物はいずれも日本名。雑誌には翻案と書かれていたそうだが、実は創作じゃないのだろうか。いわゆる皮肉なユーモアもの。
 十一時を過ぎるのに、金満家で慈善家のマシュー氏はまだ書斎から出てこない。しかも鍵がかかっている。秘書のヘンリーが扉をぶち破って入ると、マシュー氏は後頭部を殴られ殺害されていた。フェンチ探偵が、密室殺人事件の謎を解く。ハリントン・ストロング「拭はれざるナイフ」。犯人は窓から出て外部から鍵をかけたとあるが、その方法は書かれていない。どういうこと? 扉の方は激しく閉めれば自然に錠が下りるようになっていると書かれているが、窓もそうだったということ? あまりにも片手落ちだなあ。ストロングはジョンストン・マッカレーの別名。
 東京に出てきた長吉は、懐の財布を掏られない様に注意していたが、食堂で盗まれたことに気付く。先ほど葉巻をくれた酔っぱらいが犯人に違いない。そこへ酔っぱらいと一緒にいた紳士がやってくる。長吉は紳士を捕まえて警察に届け出るが、長吉が家へ運び込んだ酔っぱらいが死んでいた。「懐中物御用心」。人名、地名はすべて日本語だが、本文の末尾に「カール・クローソン探偵異聞より抄訳」と書かれている翻案。ただし、カール・クローソンがだれかは不明なので、創作の可能性があるのではないか。作者が書きそうなユーモアものだし。
 評論・随筆篇は『紅はこべ』を紹介した「オルチー夫人の出世作に就いて」、シベリア鉄道経由でイギリスにわたる途上の体験を書いた「密輸入者と「毒鳥」」、松本泰への追悼文「あの朝」、馬場孤蝶への追悼文「思ひ出」、作者の夢体験を書いた「夢」、慶應義塾大学へ聴講したときの思い出を書いた「最初の女子聴講生」、松本泰の思い出を書いた「探偵雑誌を出していた頃の松本泰」、翻訳家、小説家の武林夢想庵の思い出を書いた「鼠が食べてしまった原稿」。
 2004年5月、刊行。

 作者の松本恵子は、1891年函館市生まれ。青山女学院英文専門科を卒業。知人の子女の家庭教師としてイギリスに滞在中、松本泰と結婚。1919年に帰国し、1921年ごろから始まった松本泰の出版活動と創作活動を支え、みずからも翻訳や創作を発表。中島三郎、中野圭介などの名義でも発表。1939年に松本泰が病没した後は児童文学や探偵小説の翻訳を中心に活動。探偵小説ではクリスティー作品が多い。児童文学では『四人姉妹』(若草物語)、『あしながおじさん』などで知られ、1974年に第16回日本児童文芸家協会児童文化功労賞を受賞している。1976年没。1925年に短編集『窓と窓』(奎運社)、1962年に随筆集『猫』(東峰出版)を出版している。

 作者は翻訳家として有名らしいが、不勉強なので初めて知った。アンソロジーでも集録されていた記憶がない。日本最初の女性探偵小説作家は小流智尼(一条栄子)と言われているが、それより前に創作探偵小説を発表したのが松本恵子である。短編集『窓と窓』は少女小説とのことなので、探偵小説集は間違いなく初めて。とはいえ短いユーモアものが中心であり、作品が少ないことから翻訳や評論・随筆も収められている。
 洒落た作品が多いが、イギリスにいたことも関連しているに違いない。おそらく余技だったのだろうが、一応オチのついた作品ばかりであり、読んでいて楽しい。とは言え読んだら忘れてしまいそうな長さの作品ばかりであり、強烈な印象を持つ探偵小説は無く、アンソロジーに採られないのも仕方がないところ。
 はっきり言ってこのような作品集でもなければ一冊に編まれることは無かっただろうから、ある意味貴重な一冊。よほどのことが無かったら読む必要はないだろうが、読んでも損はしない。ただ、2500円を出すかどうかと言われたら悩むだろう。




サラ・パレツキー『サマータイム・ブルース』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 わたしの名はV・I・ウォーショースキー。シカゴに事務所を構えるプロの私立探偵だ。有力銀行の専務から、息子の姿を消したガールフレンドを探してほしいとの依頼を受ける。しかし、その息子はアパートで射殺されており、しかも依頼人自身も偽名を使っていたらしい。さらに、わたしは暗黒街のボスから暴力をうけ、脅迫された。背後に浮かぶ、大規模津かつ巧妙な保険金詐欺……空手の達人にして美貌の女探偵の初登場作!(粗筋紹介より引用)
 1982年発表。1985年翻訳。

 女性私立探偵「V・I・ウォーショースキー」シリーズ第1作。手元にはあったがなんとなく敬遠していた。
 主人公こそ女性だが、私立探偵ものの基礎がしっかりとした作品。逆に言えば、主人公が女性でなかったらありきたりな作品だったかもしれない。しかし、私立探偵を女性にすることで、これだけ幅が広がるのだから不思議だ。女性ならではの視点、女性ならではのやり取り、女性ならではの活躍。これが面白い。ただ、男と寝るシーンはいらなかったな。別に私立探偵が恋をする必要はないのだが、一晩明かしたいという魅力が相手になかった。
 保険金詐欺を絡めた真相探しもなかなかのもの。これは作者の経歴が一役買っているのだろう。
 第一作でこれだけ書ければ、人気になるのもわかる。とはいえ、二作目を読むかどうかとなると、これは好みの問題。私は一作読めば十分だった。




小酒井不木『小酒井不木探偵小説選』(論創社 論創ミステリ叢書8)

 少年科学探偵塚原俊夫の叔父は元逓信省の官吏でお金持ち。俊夫君が探偵になることを勧めた探偵小説好き。俊夫君のところに白紙の手紙が届く。明礬で書かれており、窃盗の予告が書かれていた。そこへ叔父からの電話がかかり、祖先伝来の宝である紅色ダイヤが盗まれたという。「紅色ダイヤ」。『子供の科学』に掲載された少年科学探偵塚原俊夫の初登場作品で、1924年に書かれた小酒井不木の創作探偵小説処女作。意外や暗号ものだが、解けばそのまま犯人がわかるというものではないところがいい。しかもさり気なく犯人の手がかりも提示されており、推理が可能。
 近所にある貴金属品製造工場から白金の塊が盗まれた。「暗夜の格闘」。白金を盗むトリックは、いかにも科学探偵ものと言える一作。
 今までで最も強力な毒ガスを発見した遠藤信一博士が殺害された。毒ガスの製法を書いた紙は博士以外にはわからず、欧米諸国のスパイが狙っていたのだが、逮捕されたのは文学好きの息子。俊夫君は博士の遺体を診、特に立派な八の字の口髭を熱心に調べた。「髭の謎」。警察が調べればわかっただろうという謎だが、それを少年探偵が見てもわかるようにして調査が大事だという工夫がなされている点はうまい。
 「Pのおじさん」こと、警視庁の小田刑事は、俊夫君の事務所兼実験室に、5日前に見つかった頭蓋骨をもってきた。衣服から2年前に失踪した不良少年であることがわかる。彼は当時、同級生とそれぞれ50円ずつを持ち出したまま行方不明になっていた。警官は少年の母親が継母であることから嫌疑をかけ、厳しく訊問して白状させた。しかし継母の従兄妹である小田刑事は冤罪であると思い、俊夫君に調査を依頼する。「頭蓋骨の秘密」。日本で初めての復顔術を俊夫君が行う話。ただ復顔術を行うだけでなく、それを基に犯人を誘き出すという探偵小説らしい仕掛けも入っているのはさすが。
 山田留吉という15歳ながらも3歳以下の知恵しか持たない少年の母親が、家に忍び込んだ強盗に絞殺された。現場に残された手拭いから、村のならず者の信次郎が逮捕されたが、信次郎にはアリバイがあった。困った小田刑事は俊夫君に依頼した。「白痴の智慧」。犯人を捕まえた後、俊夫君が「科学探偵とは、顕微鏡や試験管を使うことばかりを意味するのではありません。物事を科学的に巧みに応用して探偵することも科学探偵なのです」と語る通り、俊夫君は犯人に罠を仕掛け、自白を導き出す。
 俊夫君は叔父さんから紫外線を発する水銀石英灯を買ってもらい夢中になる。そこへ小田刑事が現れ、昨夜電車に轢かれて死んだ身元不詳の男が持っていた手紙の暗号文を解いてほしいと知恵を借りに来る。水銀石英灯を使い、手紙に書かれていた住所の空き家を探すと、首飾りが出てきた。それは2週間前、銀座の宝石商の金庫から盗まれた時価八十万円の首飾りだったが、残念ながら模造品だった。「紫外線」。当然のことながら水銀石英灯が活躍するのだが、そこから犯人を推理するロジックはなかなかのもの。
 俊夫君のところへ銀行の重役が訪ね、7歳の長男が誘拐され、拳骨団という組織から3万円の身代金を要求する手紙が届いた。後妻の頼みで警察に電話するのはやめ、代わりに俊夫君に捜査を依頼する。その夜、重役の家から俊夫君と助手の「兄さん」こと大野を迎えに自動車が来たが、俊夫君が車に乗った瞬間、車は走り去り、大野は殴られ気絶する。「塵埃は語る」。解放された俊夫君が、持ち帰った塵埃を顕微鏡で調べ、あっという間に犯人の住処を探し出す。ただ犯人については子供の証言から簡単にわかってしまったのはちょっと安易。
 日本汽船会社員の小野龍太郎は、金銭上の関係から支配人の佐久間を殺そうと決心し、ピストルで佐久間を撃ち殺す。「玉振時計の秘密」。珍しい倒叙もの、それもフリーマンの形式と同じで、前半部で犯行が書かれ、後半で探偵がミスから犯人を捕まえる。大人が読めば一発でわかるだろうが、この時代で倒叙ものを少年探偵小説に組み込もうとした意欲は買える。
 浅草Y町の株式仲買人が夜中に自宅で殺害された。妻は療養中で、手代と二人暮らしだったことから、警察は入口の格子戸の錠が何ともなっていないことと、格闘した形跡がないことから、知人が犯人だとして悪所狂いで借金のある手代を逮捕した。しかし手代は白状せず、物的証拠もないことから捜査は難航していた。俊夫君は小田刑事の依頼を受け、現場の写真を見ただけで犯人が左利きであると見破る。「現場の写真」。警察がここまで間抜けだとは思わないが、少年が大人の気付かない点を指摘して犯人を推理するという姿に、当時の読者は憧れたに違いない。それにしても犯人像はかなり意外。今の若い人ならわからないかも。
 元高利貸しの老人が、寝間着のまま首を吊って死亡した。鍵がかかっていたことから自殺だと思われたが、老人には自殺する理由が無かった。警察は自殺だとして捜査を打ち切ろうとしたが、小田刑事は疑問を持ち、俊夫君に捜査を依頼する。「自殺か他殺か」。容疑者になり得る人物は一人しかおらず、俊夫君は尋問から容疑者が犯人であるという証言を引き出す。密室の謎は他愛もないが、尋問の方は時代劇物などでもよくみられる王道パターン。
 俊夫君の家に、殺人の予告電話がかかる。中央局に確認して電話元を探り出すが、そこの家の美容術師の家には盗賊が忍び込み、麻酔剤を嗅がされて今まで眠っていたという。そして数時間後、小田刑事よりT劇場の女優が毒殺されたと連絡が入る。その女優は以前、高価な首飾りを盗まれて俊夫君に依頼し、俊夫君は犯人を明るみへ出すことなしに首飾りを取り返したことがあった。しかも女優の胸の上にあった名刺には、塚原俊夫と書かれていた。しかし俊夫君が小田刑事とともに現場へ行くと、見張りの二人の警察官は眠らされ、遺体は消えてなくなっていた。「深夜の電話」。暗号もので、科学探偵らしいキーが出てくる。最後に科学探偵では解きようのない謎が明かされている点が面白い。
 上野の奥にある三つの寺、法光寺、東泉寺、福念寺の一つ、東泉寺の寺男が石塔の前で男の死体を発見した。駆け付ける俊夫君たち。殴られた跡があるが、メリヤスのシャツとズボン下以外は奪われていたため、遺体の身元がわからない。捜査の結果、男が直前に洋食屋に寄っていたことが分かる。その洋食屋ではもう一人の男と食事をしており、偶々名刺を落としていた。その名刺には歯科医の名前があったが、その歯科医はすでに震災で焼死していた。「墓場の殺人」。俊夫君曰く「最も骨を折った事件の一つ」とのこと。6回に分けて連載された、本シリーズで最も長い一編。途中で読者の挑戦らしき文言が出てくる。もっとも言うほど苦労しているとも思えないし、推理らしい推理もない事件ではあったが。
 東京湾において行われた海軍大飛行演習で、3日連続飛行士が墜落して死亡した。「不思議の煙」。パウル・ローゼンハイン「空中殺人団」の焼き直しではないかと指摘を受け、中絶。科学的なトリックが使われていたようなので、中絶は非常に残念。<参考作品>として、その「空中殺人団」も収録されている。確かに似たような事件が起き、ジェンキン探偵がその謎を解く。汽船の煙突の煙が一つだけ違うという設定も同じなので、偶然の一致というには似すぎなのも事実。ローゼンハインはドイツの探偵作家で、ジョー・ジェンキンズ探偵シリーズがあるとのこと。
 「評論・随筆篇」では以下を収録。「科学的研究と探偵小説」「『少年科学探偵』序」「『小酒井不木集』はしがき」を収録。『少年科学探偵』は本書の塚原俊夫シリーズ六編を収めた短編集で、1926年12月、文苑閣より発売された。『小酒井不木集』は1928年3月に発売された平凡社の「現代大衆文学全集」第七巻に収録されたものである。ちなみに「私の最も力を注いだ探偵小説」として収録されているのは、「疑問の黒枠」「恋愛曲線」「肉腫」「難題」「痴人の復讐」「遺伝」「手術」「卑怯な毒殺」「印象」「秘密の相似」「安死術」「暴風雨の夜」「猫と村正」「メヂユーサの首」「死の接吻」「直接証拠」「三つの痣」「人工心臓」「通夜の人々」「ふたりの犯人」「呪はれの家」「謎の咬傷」「愚人の毒」「龍門党異聞(探偵劇)」「虹色ダイヤ」「暗夜の格闘」「髭の謎」「頭蓋骨の秘密」「白痴の智慧」「紫外線」「塵埃は語る」「玉振時計の秘密」が収録されている。
 2004年7月、刊行。

 珍し所を集めている論創ミステリ叢書だが、小酒井不木集は子供の科学社(後に誠文堂子供の科学社と変わる)から出版されていた『子供の科学』に1924年12月号〜1927年2月号、及び1928年1月号〜12月号、『少年倶楽部』に不定期掲載された少年探偵塚原俊夫シリーズを全作品収録している。「現場の写真」「深夜の電話」「不思議の煙」は単行本初収録である。
 主人公である塚原俊夫は12歳(多分数えだよなあ)だが、6歳の時に三角形の内角の和が二直角になることを発見するなど頭が良く、尋常二年で中学程度の学識があった。文学よりも科学が好きで、遊星の運動を説明する模型は特許になるほど。結局小学校を中途で辞め、独学で勉強することに。叔父の影響で探偵小説が好きになり、科学探偵になる決心をする。三年で動物、鉱物、植物学、物理、化学、医学の知識を学び、通じるようになる。自宅の横に小さい実験室を建ててもらい、毎日夜遅くまで実験をしているが、事件解決が評判となり、毎日数人の事件依頼者が来るようになる。しかし腕ずくでは犯罪者にかなわないので、両親が雇ったのが、柔道三段の大野で、本シリーズのワトスン役。さらに警視庁の小田刑事、通称「Pのおじさん」が俊夫の手足となって働いたり、難しい事件を持ち込んだりする。
 児童向けの探偵小説の金字塔である江戸川乱歩の少年探偵団シリーズ(1937〜1962)より以前に書かれていたのが本書、塚原俊夫シリーズ。単行本としてまとめられたり、選集にも収録されているため、目を通した事がある人は当時は多かっただろう。しかも「紅色ダイヤ」は作者の創作処女作であるし、シリーズは作者が無くなる数か月前まで断続的ではあるが連載が続いている。よほど思入れが深いのか、『小酒井不木集』にも収録されており、作者自身が「少年諸君のために書かれたものでありますけれど、大人の方々にもきっとお気にいるだろうと信じます」と書いている。
 どちらかと言えば医学知識を用いた変格物が多い作者が、少年ものとはいえこのようなストレートな本格探偵小説を書いていたことに驚き。内容的にはフリーマンのソーンダイク博士の子ども版といった印象もある。そのせいかと言っては失礼だが、活劇シーンが多かった少年探偵団シリーズあたりと比べると、かなり地味。いくら退屈だからといって、事件があったと喜ぶのもどうかと思う。結局万能の探偵が失敗らしい失敗もないまま事件を解決するため、子どもたちが求める冒険心が欠けているのが残念。中ヒット程度だろうが、現代まで人気が続かず、忘れ去られたのはそういった点だろう。
 だからと言って、歴史の流れに埋もれさせるのは惜しいシリーズ。編者の横井司もかなり力を入れたのか、中絶作品に加え、その焼き直しと指摘された元作品まで収録しているのだから、大人の読者にはたまらない。作者が言うように、大人が読んでも鑑賞に耐えられるだけの作品がそろっている。




アメリカ探偵作家クラブ(著)/ロ−レンス・トリ−ト(編)『ミステリーの書き方』(講談社)

「米国の売れっ子ミステリー作家たちによる書き方指南」(裏表紙)とあるとおり、アメリカ探偵作家クラブ(MWA)の作家たちによるガイド本。1976年、発表。1984年2月、翻訳、刊行。
 書き方は人によって色々と変わるだろうから、章によっては多数の作家による書き方を教えてくれるのは理にかなっている。ただ、各作家のコメントがずらずら並んでいるため、逆にわかりにくい部分もあった。
 読んでいて、作家によって小説の書き方が違うのだな、という発見はある。各作家が書いた作品を思い浮かべながら、コメントと比べてみるのも面白いかもしれない。ただ、最近の私は作者の背景にはそんなにこだわらなくなったので、なるほどねという以上の内容が無かったのも事実。作家や評論家になりたい人ならぜひ読んでみるべきだが、単に小説を楽しみたいという人にとってはそれほど面白いものでもない。
 ちなみに目次は以下。作家の名前が書いているのは、その章に限り個人で書いている部分である。作家名が無い章は、多数の作家のコメントが載っている。

 はじめに
 第一章 なぜ書くのか
 第二章 未知の豊かさを求めて ブルース・キャンディ
 第三章 アイディアの見つけ方
 第四章 プロットの組み立て方 フレデリック・ブラウン
 第五章 ストーリーの構成法 ボーリン・ブルーム
 第六章 わたしはアウトラインをつくらない ヒラリー・ウォー
 第七章 状況設定からプロットづくりへ ゲイナ・ライオン
 第八章 いつ、どんなふうにして書くか
 第九章 シリーズ物と単発物 ヒラリー・ウォー
 第一〇章 殺人その他の犯罪捜査 トマス・M・マクブード
 第十一章 エレノア・サリバン
 第十二章 本格らしさを求めて バーバラ・フロスト
 第十三章 語り出し マイケル・アヴァロン
 第十四章 人物に厚みを持たせる方法 ジョン・D・マクドナルド
 第十五章 視点の選び方 ジャネット・グレゴリー・ヴァーマンデル
 第十六章 ワトソン役は必要か レックス・スタウト
 第十七章 サスペンス リチャード・マーチン・スターン
 第十八章 背景描写と雰囲気づくり ドロシー・ソールズベリ・デービス
 第十九章 会話 グレゴリー・マクドナルド
 第二〇章 文体について アーロン・マーク・スタイン
 第二一章 「手直し」というさびしい仕事 スタンリー・エリン
 第二二章 もう一度、よく考えて ローレンス・トリート
 第二三章 削除─外科医それとも肉屋? ヘレン・マクロイ
 第二四章 ステレオタイプを避けよ
 第二五章 つまずきの処理法
 第二六章 ゴシック小説とは何か? フィリス・A・ホイットニー
 第二七章 ペーパーバック・オリジナル ダン・マーロー
 第二八章 短編の楽しみ エドワード・D・ホック
 第二九章 ミステリーの秘訣





甲賀三郎『甲賀三郎探偵小説選』(論創社 論創ミステリ叢書3)

 私立大学生の竹友吉雄は、恋人の時子に電話をしようとしたが、気品のある美女に先に自働電話に入られてしまった。外で待っていると、女はわけのわからない言葉で喋っている。ここ数日、ある富豪に電話であらゆる国の言葉を使い脅迫する女性の話を思い出し、もしかしたらと思う吉雄。偶然聞いた電話番号を確認すると、それはなんと吉雄の伯父で、元検事の竹友吉之進の家だった。時子の件でご無沙汰だった吉之進の家に行くと、吉之進は脅されていた。しかも十数年前に裁いて死刑となった事件の被害者が生きているという手紙を元死刑囚の娘からもらっていた。「電話を掛ける女」。3回連載の短編。数奇な運命と偶然を書いたストーリー重視の作品。こういうのもありかなとは思うが、作者が甲賀三郎だと思うと推理らしい推理が無いのはかなり物足りない。
 原稿料をもらったばかりの探偵小説家の土井港南は、酔っ払って一人で浅草に行った。「人殺しを見たくありませんか」という老人に誘われ家に入ると、二階に居たのは柱に縛り付けられた女の姿。老人は女の紐を切った後、短刀で刺殺した。土井はその老人に見覚えがあった。神出鬼没の怪盗・葛城春雄の手によって1か月前に脱獄した強盗犯・由利鎌五郎であった。「原稿料の袋」。甲賀三郎自身を模したと思われる土井港南シリーズの一作。巻き込まれ型の事件に意外な真相が隠れている作品。その展開自体は楽しめる。ただ、推理する間もなく事件が解決するため、ちょっと物足りない。
 銀座のバーを追い出されて車に乗った作家の土井港南。着いたのは見たことのない洋館。隣りに居た見知らぬ女性に誘われ、相談を受ける。父が亡くなったが、あるはずの遺産が見つからない。家に隠し部屋があり、その中に四角い大きな鉄の箱が三つ並べられていた。しかしその中にはくだらない書類と暗号が書かれた書類しかなかった。土井は後日思い出したが、それは新聞紙上を賑わしている事件であった。遺族は死の床に居た看護婦を疑い、行方を捜したがどこの看護婦会にも所属しておらず、行方はつかめないままだった。「鍵なくして開くべし」。暗号とあるが、実際には出てこない。遺産の隠し場所トリックだが、最後に怪盗・葛城が出てくる意外な展開に。これも本格ミステリの要素はほとんど無いが、意外なオチを楽しむべき作品か。
 いつものように酔っぱらった土井港南は、歩いている途中で見知らぬ女から小さな紙包みを預かる。その直後、横丁から飛び出してきた男が、紙包みを掏り取る。追いかける土井はビルディングの三階まで行き、部屋の壁から囁き声を聞く。しかし落ちていた?燭に火を付けてみても、人はいない。いや、二人の男女が息絶えていた。さらにそばには紙包みが落ちており、中からは大粒のダイヤがはまった指輪が出てきた。「囁く壁」。囁く壁のトリックはあまりにも非科学的で、解きようがないもの。むしろ事件の謎の方が面白いか。偶然に頼り過ぎだが。
 昭和7年に実際に起きた「向島八つ切死体事件」、今では「玉ノ井バラバラ殺人事件」の名前の方が有名な事件の謎に、土井港南が挑む。「真夜中の円タク」。実際に挑むと言いながら推理らしい推理はほとんどなく、最後はなぜか作者が巻き込まれるという不思議な展開。それとバラバラにする動機というか理由は差別的なものなので、現在では受け入れられない。
 残りは「評論・随筆篇」。「『呪はれの家』を読んで」「印象に残る作家作品」「探偵小説はどうなつたか」「探偵小説の将来」「実は偶然に」「本当の探偵小説」「エレリー・クイーンの『和蘭陀靴の秘密』」「漫想随筆」「新探偵小説論」「探偵小説と批評」「探偵小説とポピウラリテイ」を収録。
 2003年12月、刊行。

 戦前本格派の代表的作家として知られている甲賀三郎だが、残念ながら長編は通俗物ばかりで、本格ミステリはほとんどないといっていい。短編は理化学トリックを用いた本格ミステリが知られているが、怪奇物や犯罪物なども色々とある。今回収められた短編も、どちらかと言えば通俗物と呼ばれている範疇のものであり、正直なことを言うと肩透かしにあった気がした。やっぱり甲賀三郎には、本格ミステリを求めてしまう。もっともそれが、あまり面白くないのも事実なのだが(苦笑)。逆に言えば、今回収められた作品の方が読みやすい。例え、求めていたものとは違ったとしても。
 創作篇より評論・随筆篇の方が割合が多いというのは、本のタイトルに偽りありと言いたいところだが(苦笑)。「『呪はれの家』を読んで」の『呪はれの家』は、小酒井不木の作品。ちなみにここでは、「本格」ではなく、「純正探偵小説」という言葉が用いられている。評論・随筆篇で一番長いのは、「新探偵小説論」。第一部が総論、第二部が各論、第三部が探偵小説の新傾向となっている。もちろん、書かれているのは本格派の作品の事ばかり。「探偵小説は謎の文学である」「探偵小説は決して犯罪小説ではない。推理を楽しむ小説である」「文学的要素よりも謎の要素の方が重い」などは、甲賀三郎らしい発言である。
 個人的にはもっと小説の方を読みたかったが、まあそれは別の本で読めばいいか。甲賀三郎の最大の問題点は、まさにこれぞという本格探偵小説を書けなかったことだろう。もし作者がもっと「面白い」本格探偵小説を書いていれば、日本のミステリ界ももう少し変わったかもしれない。



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