七河迦南『アルバトロスは羽ばたかない』(東京創元社)

 児童養護施設・七海学園に勤めて三年目の保育士・北沢春菜は、多忙な仕事に追われながらも、学園の日常に起きる不可思議な事件の解明に励んでいる。そんな慌ただしい日々に、学園の少年少女が通う高校の文化祭の日に起きた、校舎屋上からの転落事件が影を落とす。警察の見解通り、これは単なる「不慮の事故」なのか? だが、この件に先立つ春から晩秋にかけて春菜が奔走した、学園の子どもたちに関わる四つの事件に、意外な真相に繋がる重要な手掛かりが隠されていた。鮎川哲也賞作家が描く、季節を彩る五つの謎。『七つの海を照らす星』に続く、清新な本格ミステリ。(粗筋紹介より引用)
 2010年7月、書き下ろし刊行。

 鮎川賞受賞作『七つの海を照らす星』の続編となる連作短編集。本作だけでも楽しめるが、やはり前作から続けて読んだ方が、作品への感情移入度は異なると思われる。
 4つの短編の間に、メインとなる「冬の章」が挟まれた連作形式。
 小学六年生の一之瀬界は四年前、Y県の南端近い崖下の道路に倒れているところを発見された。26歳の母親は崖の途中で倒れて亡くなっていた。界が北沢春菜に語ったのは、母親が界を崖下に落とそうとしたことだった。その理由は。「春の章-ハナミズキの咲く頃」。答えの伏線を露骨に書き過ぎており見え見えではあるのだが、母親の愛情を書くという点では悪くはない。
 養護施設対抗のサッカー大会で、城青学園のチーム全員が試合終了後、姿を消してしまった。会場は観客で囲まれ、通路は人気者のメンバーに声をかけようと他の学校の女生徒たちが陣取っていたにもかかわらず。「夏の章-夏の少年たち(ザ・ボーイズ・オブ・サマー)」。チームまるごと誘拐というのは何作かあるが、失踪となると思いつかない。トリックそのものはありきたりかもしれないが、それを成立させるための細かい部分がよくできている。本作品中のベスト。
 小中学生の学習会で、入所したばかりの樹利亜が皆に見せていた、前の学校でもらったお別れの寄せ書きが消えてしまった。唯一機会のあったエリカに疑いがかかり、本人も認めながらも返そうとしないし、どこに隠したかもわからない。「初秋の章-シルバー」。こちらは「なぜ」の部分が重要なウェイトを占めているが、正直言って重すぎる。子どもって結構残酷なんだろうな……。
 5歳の望は三年前、水商売の母親がDVに耐えかねて逃げ出し、やくざの父親が母親を助けた男を半殺しにした罪でつかまり、七海学園に来た。その父親が出所したとの連絡が入った夜、望宛の荷物を届けに来た宅配のおじさんの後ろから、一人の男が娘に会わせろと押しかけてきた。「晩秋の章-それは光より速く」。意表を突く展開だが、小説だよなと思って読んでしまうと仕掛けがすぐに浮かんできてしまう。
 学園の少年少女が通う高校の文化祭の日に起きた、校舎屋上からの転落事件の真相は。「冬の章」。

 個々の短編に事件を解く鍵が散りばめられているのはよくある構成だし、最後に意外な展開が待ち受けているのもよくある話。まあ、確かに衝撃的な内容であったことは事実だが、感心するものではない。「冬の章」に違和感があったので、読み終わってみてフェアプレーに則っているよなと思ったこともあるが、それ以上に、単に読者「だけ」への衝撃をもたらす構成に飽きが来ているというところが大きい。特に前作に寄りかかっている部分があるところも、つまらなさに拍車をかけた。これって結局、作者の自己満足でしかないだろうか。
 単純に学園の登場人物をめぐる青春小説として仕立て上げた方がまだ感心しただろうが、それだけではありきたりすぎることも事実。アルバトロスの下りなんか結構感心したのに、余計な仕掛けをしてしまって台無しにした感がある。評判との落差が大きかった。




米澤穂信『秋季限定栗きんとん事件』上下(創元推理文庫)

 船戸高校新聞部一年の瓜野君は、学内新聞でも学外の話題を積極的に取り上げるべきだと主張するが、堂島部長の反論の前にあえなく敗退を繰り返していた。そんなある日、同じ新聞部員の小さな提案でにわかに突破口が開けることに。意気込んで何の記事を書こうか模索する瓜野君は、木良市で頻発する小規模な放火事件にある共通項を見つける……みんなが驚くようなすばらしい記事を書いて、おれは彼女にいいところを見せたいんだ。彼女――小佐内ゆきに! 一年近くにも及ぶ放火魔追跡の過程を描く、シリーズ怒涛の第三弾、上巻。文庫書下ろし。(上巻粗筋紹介より引用)
 「やっぱり、俺はこういう話には向いていなかったな。相談しておくべきだった」との呟きを残し堂島部長は新聞部を引退、ついに瓜野君は部長の座を手にする。連続放火の法則性を発見していた彼は、自らの手で犯人を捕まえるべく、新入部員を鼓舞して張り込みを始まるまでに。「おいたは、もうだめ。何もしないのが、一番いいと思うの」小佐内ゆきからそう釘をさされていたにもかかわらず……呆然のエンディングまで一気呵成に突き進む、怒涛の解決編。新世代ミステリの旗手によりシリーズ第三弾、下巻。(下巻粗筋紹介より引用)
 2009年3月、文庫書下ろし刊行。

 小市民シリーズ第三作。小鳩君と小佐内さんが別れてから1年近くかけて放火事件の謎を追うストーリー。もっとも事件を追うのは新聞部員の瓜野君。まあ、登場人物も少ないこともあり、冷静に読んでいれば放火事件の犯人はある程度想像つくのだが、結局このシリーズは小鳩くんと小佐内さんがどうなるか、という点にかかっている。といっても、もどかしさすらないこの二人、盛り上がりにも欠けるし、まあ読み進めてみたら終わった、という印象しかない。
 さっさとシリーズ完結作を書くべきだろうね、これは。としかいいようがない。




カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』(ハヤカワepi文庫)

 優秀な介護人キャシー・Hは「提供者」と呼ばれる人々の世話をしている。生まれ育った施設ヘールシャムの親友トミーやルースも提供者だった。キャシーは施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に極端に力をいれた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちのぎこちない態度……。彼女の回想はヘールシャムの残酷な真実を明かしていく――全読者人の魂を揺さぶる、ブッカー賞作家の新たなる代表作。(粗筋紹介より引用)
 2005年発表、英米でベストセラーとなる。2006年4月、早川書房より単行本刊行。2008年8月、文庫化。

 2017年、ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロの代表作の一つ。ノーベル賞を受賞したからではなく、2016年1月にTBSでドラマ化されるので購入した一冊。結局ドラマは見ていないし、読むのは今頃になったが。
 主人公、キャシーの一人称による回想で、施設ヘールシャム、そして「提供者」の真実と、その運命に振り回されながらも生きるキャシーたちの姿が描かれる。
 「提供者」やヘールシャムの真実は途中で明かされるし、例え明かされなかったとしても容易に想像がつく。何とも感想が書きづらいし、作者が何を語りたかったのかも私には理解できなかったが、人と社会の繋がりを書きたかったのだろうか。小説から迫ってくるものは何もなかったが、それでも不思議な感覚に包みこまれる。何とも形容し難く、それでいて目が離せない作品。うーん、言葉にできない。
 文春の『東西ミステリーベスト』海外編のベスト100に入っていたので読んでみたが、これってミステリなのだろうか?




伊坂幸太郎『グラスホッパー』(角川文庫)

 「復讐を横取りされた。嘘?」元教師の鈴木は、妻を殺した男が車に轢かれる瞬間を目撃する。どうやら「押し屋」と呼ばれる殺し屋の仕業らしい。鈴木は正体を探るため、彼の後を追う。一方、自殺専門の殺し屋・鯨、ナイフ使いの若者・蝉も「押し屋」を追い始める。それぞれの思惑のもとに――「鈴木」「鯨」「蝉」、三人の思いが交錯するとき、物語は唸りをあげて動き出す。疾走感溢れる筆致で綴られた、分類不能の「殺し屋」小説! (粗筋紹介より引用)
 2004年7月、角川書店より単行本刊行。加筆修正のうえ、2007年6月、文庫化。

 鈴木、鯨、蝉の3人の視点が切り替わり、物語は進行していく。キーワードとなる人物は、線路や交差点に突き飛ばして相手を殺す「押し屋」。それにしても視点の切り替わりが早すぎて、物語に没頭できない。文章も癖がありすぎて、読むのに一苦労。確かに分類不能なのかもしれないが、小説よりも映像向きの作品といえそう。物語のスピード感に対して描写が不足しており、読者の理解を置いてけぼりにしている。登場人物のだれにも感情移入できないし、不幸感満載なはずなのに、なぜか喜劇っぽい動きに違和感がある。
 結末に向けての強引さにもついていけないし、何とも退屈な一作だった。




別冊宝島編集部『プロレス リングの聖域』(宝島社)

 毎度おなじみ、スキャンダル本。今回はなぜかカバー付。2018年1月刊行。
 巻頭の新日本ネタは、オカダや内藤が一般人に届いていないなどといった相変わらずの内容で面白くない。
 RIZINはどうでもいい。
 猪木婦人の裁判の内容は初めて知ったが、まあどうでもいい内容。
 DDTでの高山の事故の話は、憶測ばかりで今一つ。もうちょい検証してほしいところ。それとワンパターンのプロレスラー高齢化はどうでもいいよ。
 坂田亘なんて取り上げる価値すらないだろう。
 ドン荒川の話はもっといろいろあるはずだから、6つ程度でお茶を濁さず、もっとページを割いてほしかったところ。
 なぜ郷田真隆九段のインタビューがあるんだ? ただのプロレスファンのインタビューでしかない。
 ケンドー・ナガサキの今の話はちょっと哀しい。プロレスラー時代の話ももっと聞けばよかったのに。自伝に書けない話を中心にして。
 50ページ近くに渡る、ミスター高橋によるストロング小林へのインタビューが今回の目玉。内容的には『Gスピリッツ』でのインタビューと重なるところが多いものの、新日本プロレスで一緒だったミスター高橋ならではの突込みが面白い。各レスラーへの印象などをもっと突っ込んでほしかったところ。ただ、「前編」「後編」とあるところを見ると、本当は次号に続く予定だったのに、当初予定していた原稿が載せられなくなったので、慌てて両方載せたというのが真相だろうなあ。ここまで来たら、マイティ井上と小林の禁断の対談でもやってくれれば面白いのに。
 ところで予告にあった、「ノア債権者集会で飛び出した意外な債権者の面々」「倍賞美津子が弟・鉄夫の葬儀に参列しなかった猪木を大批判」「サイバーエージェントに買収されたDDTと切られたW-1の明暗」はどこに行ったの? これを読んでみたかったのに。




Gスピリッツ編集部『実録・国際プロレス』(辰巳出版 G SPIRITS BOOK)

 プロレス専門誌『Gスピリッツ』の人気連載「実録・国際プロレス」が遂に書籍化! 今から36年前に消滅した"悲劇の第3団体"に所属したレスラー及び関係者(レフェリー、リングアナ、テレビ中継担当者)を徹底取材し、これまで語り継がれてきた数々の定説を覆す。あの事件&試合の裏側では何が起きていたのか……驚愕の新事実が続出するプロレスファン必読の一冊。今、埋もれた昭和史が掘り起こされる。(著書案内より引用)
 2017年11月刊行。

 『Gスピリッツ』に長く連載されていた人気シリーズを再編集した一冊。何といっても624頁というとてつもないボリューム。インタビューに出てくる人物もすごい。故人を除く所属レスラーのほとんどや団体関係者、さらにテレビやマスコミ関係者など、総計23人。せっかくだから並べてみると、ストロング小林、マイティ井上、寺西勇、デビル紫、佐野浅太郎、アニマル浜口、鶴見五郎、大位山勝三、稲妻二郎、米村天心、将軍KYワカマツ、高杉正彦、マッハ隼人、長谷川保夫(リングアナウンサー)、菊池孝(プロレス評論家)、石川雅清(元デイリースポーツ運動部記者)、森忠大(元TBSテレビ『TWWAプロレス中継』プロデューサー)、茨城清志(元『プロレス&ボクシング』記者)、田中元和(元東京12チャンネル『国際プロレスアワー』プロデューサー)、飯橋一敏(リングアナウンサー)、根本武彦(元国際プロレス営業部)、遠藤光男(レフェリー)、門馬忠雄(元東京スポーツ運動部記者)。吉原功社長やラッシャー木村やグレート草津、サンダー杉山などはすでに故人なので、残念ながらインタビューはなし。阿修羅原のインタビューは読みたかったところだが、残念。アポロ菅原は見つからなかったのだろうか、それとも拒否されたのだろうか。インタビューを受けた後に亡くなったのが米村天心、デビル紫、菊地孝。大剛鉄之助のインタビューが大剛の都合(拒否)で中止になったのは残念だった。
 1966年10月に設立され、1981年8月、北海道の羅臼町で終焉を迎えたプロレス団体が国際プロレスである。日本プロレスや新日本プロレス、全日本プロレスといった団体の常に下に位置していた、悲運の団体である。様々な証言から、国際プロレスというのがどういう団体だったかを読み解くことができる。
 国際プロレスはテレビが映らなかったので、雑誌でしか知らない。確か1回だけ、見に行った記憶がある。ラッシャー木村が防衛戦をやっていたような……。ほとんど覚えていない。木村と草津がタッグを組んでリーグ戦に参加していたのは全日本プロレス中継で見た。もちろん、国際軍団も覚えているが、ラッシャー木村を見ると、頑丈そうだけど不器用だな、と思ったものだ。
 デビル紫なんてマイナー中のマイナーどころをよくぞ喋らせた、と拍手したい。佐野浅太郎は初めて名前を聞いた。よく探してきたものだと思ってしまう。
 各選手のプロレス感が出ていて、非常に面白い。猪木を嫌ったマイティ井上、全日本を嫌った寺西勇といったあたりを比べてみると、多種多様な人材がそろっていたのだなと思ってしまう。ただ、華のある選手がいなかった、知らない人でも振り向かせることができるほどの存在感をもった選手がいなかったというのが、国際プロレスの悲劇だったのだろう。あと、金が無いことか。日本プロレスからは徹底的に妨害され、全日本プロレスには利用され、新日本プロレスにはしゃぶりつくされて最後には崩壊させられ……。
 それにしても、全部読んでみると一番悪いのはグレート草津だったとしか思えない(苦笑)。あと、剛竜馬が何一つ評価されていない点が物哀しい(何を評価すればいいんだと聞かれると、答えられないが)。
 残念なのは、いつインタビューをしたかが書かれていないこと。ホームページ上でもいいから、追記してくれないかな。
 ということで、昭和プロレスファンなら絶対買い。平成プロレスファンでも、ぜひ読んでほしい一冊だ。労作という言葉がぴったりくる。
 それにしてもプロレスって、何年経っても語ることがあるんだなと思ってしまう次第。もちろん、それは楽しいし、嬉しいことである。
 ちなみに『Gスピリッツ』Vol.46もお薦め。特集が「1981年8月9日以降の国際プロレス」であり、特にラッシャー木村の素顔や移籍の真相を語った、次男のインタビューはとても貴重である。




東川篤也『探偵部への挑戦状 放課後はミステリーとともに2』(実業之日本社)

 私立鯉ヶ窪学園高等部二年生で、探偵部副部長の霧ヶ峰涼が様々な事件に遭遇し、謎を解こうとする。『放課後はミステリーとともに』の続編。
 体育祭二日前の十月某日、親友の高林奈緒子と帰宅しようと校舎の脇を歩いていた涼は、衝撃音と男の悲鳴を耳にする。中庭に駆け付けてみると、同学年の三人の男子が、渡り廊下のコンクリートの上で仰向けの状態で寝そべっている自称高校陸上界のスーパースター、足立駿介を見ていた。足立は誰かに殴られたらしいが、記憶が飛んでいた。足立は運動靴を履いていたが、足跡が無かった。当然三人の男子が怪しかったが、三人とも否定。凶器は見当たらず、三人には犯行は不可能と思われた。「霧ヶ峰涼と渡り廊下の怪人」。
 学園祭でお好み焼屋の屋台を開いていた探偵部。部長の多摩川流司、ナンバー2の八橋京介とともに放課後に非常階段の踊り場で反省会をしていた涼は、瓢箪池でプレイボーイの三年生が女の子に棍棒のようなもので殴られるところを目撃する。プレイボーイはそのまま池にダイブ、女の子はそのまま逃げた。プレイボーイは軽傷だったが、殴ったのは知らない女だと話す。保健室に連れて行ったプレイボーイは、殴られたのではなく、切り付けられたのだと証言し、保険医も眉間の傷を見てそれを肯定。目撃内容と違うのはなぜか。「霧ヶ峰涼と瓢箪池の怪事件」。
 学園祭二日目。多摩川と八橋はミスコン見学に行ったため、屋台にいたのは涼と、応援から戻ってきた同じ探偵部の赤坂通。結局二人もミスコンに行こうと、赤坂が持っていたチラシを基に屋上に行ったら、待っていたのは同じ二年で鯉ヶ窪学園ミステリ研究会の部長、大金うるる。大金は「ミステリ・コンテスト」と称し、密室殺人事件の謎をもって涼に挑戦してきた。「霧ヶ峰涼への挑戦」。
 地学教師・池上冬子と一緒の帰宅中、涼は教会の庭で神父が倒れているのを発見した。殴られたようだが、雨上りの地面には、池上と涼を除くと、神父の足跡しかなかった。UFO好きの池上は、宇宙人襲来と騒ぎ出す。「霧ヶ峰涼と十二月のUFO」。
 映画部へDVDを返しに行った時、部員で同学年の加藤から、部長卒業記念の映画の撮影に代役として出演を依頼された涼。撮影中、ビデオのバッテリが切れ、取りに帰った一年生部員が、40インチテレビが消えていることを報告。先ほど涼がDVDを返しに来たときは、確かにあったはずなのに。テレビは壊され、焼却炉に捨てられていた。ところが周囲の証言から、犯行予想時間に映画部からテレビを持ち出した人物がいないことが分かった。「霧ヶ峰涼と映画部の密室」。
 赤坂に誘われ、探偵部の活動を行うと空家に誘われた涼。テーブルの上にあった珈琲には薬が盛られており、眠ってしまった。目を覚ますと、目の前にいたのは大金うるる。隣の部屋では、赤坂が包丁で刺されて殺されていた。雪が積もった外にあったのは、涼と赤坂の足跡と、うるるたちが乗ってきたときの自転車痕のみ。うるるからの二度目の挑戦状は、雪の密室。「霧ヶ峰涼への二度目の挑戦」。
 三月、卒業生から先生たちへの伝統の「お礼参り」のシーズン。涼は第二校舎で学生服の男子が体育教師の柴田を棍棒で殴り、池に突き落とすところを目撃する。慌てて駆け付け、柴田を救出すると、近くから言い争いの声が。マスク姿の男子生徒がぶつかってきたと、茶髪ヤンキー風の女子生徒に文句を言われていた。この男子生徒が犯人かと思われたが、棍棒を持っていない。そして現場の周辺にも棍棒は無かった。消えた凶器はどこへ行ったのか。「霧ヶ峰涼とお礼参りの謎」。
 2011〜2013年、月刊『ジェイ・ノベル』に不定期掲載。2013年11月、ソフトカバーで刊行。

 すっかり人気作家となった東川篤哉の、霧ヶ峰涼シリーズ第二弾。前作に引き続き、本作でも涼は探偵役にはなれず、狂言回しで終わってしまう。本作では本シリーズの探偵部三人も登場。なぜ今まで遭遇しなかったか、見事なくらいギャグで逃げ切るその開き直りには素直に感動。おまけに、時の流れ(実際の執筆では10年経っている)もギャグにしてしまうところは、ユーモアミステリの面目躍如(いや、違う)。
 日常の謎に、ギャグ混じりのトリックも入った解決。ユーモアミステリとしてお手軽かつ楽しく読める。お手軽すぎて物足りない、という読者もいるだろうが、そこは好みの問題。時間を潰すにはちょうどいい、作品集である。逆に言えば、それ以上は特になし。
 ところで、部長たちは卒業し、涼たちも進級するようだが、シリーズはどうなっているのだろう。




逢坂剛『相棒に気をつけろ』(新潮社 新潮エンターテインメント倶楽部)

 「いやはや、とんでもない女と組んだものだ」ハッタリと出任せには俺も自信があるが、相方は一枚も二枚も上手。ヤクザの香典はパクるわ、地上げ屋の眼前でストリップショウを企むわ、欲深い奴らを手玉にとって涼しい顔。「四面堂遥」この女、タダモノではない……。要領よし、逃げ足早し、正義感少しあり、腕力なし。世渡り上手の世間師コンビが大活躍するウィットたっぷりの痛快短編集。(粗筋紹介より引用)
 「いそがしい世間師」「痩せる女」「弦の嘆き」「八里の寝床」「弔いはおれがする」の5編を収録。『小説新潮』1998年〜2001年掲載。2001年8月、単行本刊行。

 主人公の「俺」は、詐欺師。各作品で会社も名前も違うのだから、シリーズとわからず雑誌で読むと、何が何だかわからないところがあったんだろうなあ。
 ユーモアを含んだコンゲームものだが、はっきり言って犯罪じゃないか、という部分もあるので、必ずしも全編が爽快感を得られるわけではない。まあ、作者もその辺は十分わかっているし、男と女の騙し騙されを楽しむ作品だから、気軽に読めばいいと思う。
 やられた、と思うのは「痩せる女」。融資を得るために女が15kgダイエットの挑戦を受けるものだが、まさかそこでそれを持ってきますか。
 いい話かと思ったら、最後はそう流れるの、みたいな「八里の寝床」。地上げ屋から依頼され、唯一居残っている居酒屋を追い出そうとする話だが、最後は見事逆転。それにしても男がちょっと可哀想。
 「弔いはおれがする」は、男が世話になった組長の香典を遙が盗んだので、取り返す話。単行本の最後らしく、ドンパチ派手な作品。さすがに盛り上げ所を知っている。
 いくつもの顔を持つ逢坂剛だが、こういう作品もあると知って驚く人もいたのではないか。それにしても、厚すぎる長編や時代物ばかりでなく、こういう路線ももっと書いてほしいものだが。




安東能明『撃てない警官』(新潮文庫)

 総監へのレクチャー中、部下の拳銃自殺を知った。柴崎令司は三十代ながら警部であり、警視庁総務部で係長を務めつつ、さらなる出世を望んでいた。だが不祥事の責任を負い、綾瀬署に左遷される。捜査経験のない彼の眼前に現れる様々な事件。泥にまみれながらも柴崎は本庁への復帰を虎視眈々と狙っていた。日本推理作家協会賞受賞作「随監」収録、あなたの胸を揺さぶる警察小説集。(粗筋紹介より引用)
 2010年10月、新潮社より単行本刊行。2013年6月、文庫化。

 鬱病から回復傾向にあった木戸巡査部長が射撃訓練中に自殺。柴崎は企画課長の中田から電話で許可をもらっていたが、中田はそのような連絡はしていないと言う。結局柴崎だけが責任を取り、綾瀬署警務課課長代理に異動と左遷させられた。柴崎に電話をしたのは誰か。「撃てない警官」。
 アパートで一人住まいの老女が変死体として発見される。柴崎は副署長兼警務課長の助川に命じられ、実況見分に同行する。自殺かと思われたが、一人娘に1年1か月前、2000万円の生命保険金を掛けられていたことが判明。娘が犯人かと思われたが、柴崎はある事実に気づく。「孤独の帯」。
 極秘扱いの警備計画書が証拠保管庫から紛失した。明らかに内部の犯行。しかも表に出すことはできない。署の幹部だけによる必死の捜査が行われた。「第3室12号の囁き」。
 26歳の女性・小西から警務課に入った電話は、55歳になる交番の森島警官に3か月前からストーキングをされているというものだった。柴崎が尾行すると、森島は確かに小西の部屋を見上げ、小西に電話をしていた。妻と子供があり、今まで真面目に勤めて何一つ問題を起こさなかった森島がなぜこのような行動を。「片敷」。表題はストーカーを指す昔の刑事用語。
 柴崎は休日の土曜日、小松川署交通課長代理の石岡と会っていた。「内通者」。
 柴崎が宿直の夜、方面本部の随時監察が入った。署内の交番で、被害届が放置されていたことが発覚。届を受理した巡査に確認すると、交番所長である広松に、届け出を放置しろと命令を受けたことが分かる。早速広松を呼び出すも、上司は呼び捨て、監察官はおまえら呼ばわり、そして広松は簡単にその事実を認めた。署内の調査を柴崎が行うこととなった。「随監」。
 柴崎は、自分を左遷した中田の賄賂の出所を見つけた。どう使おうか悩んでいるとき、ショッピングセンターの女子トイレで女子高生が赤ん坊を生むも放置し、本人も大量出血で会談で倒れていた。運ばれた先は、義父が警視庁退職後に勤めている総合病院。翌日、赤ん坊が誘拐された。「抱かれぬ子」。

 安東能明の柴崎シリーズ第1作となる連作短編集。どちらかといえばサスペンス小説が主だと思っていた作者の警察小説ということで少々意外だったが、これが意外にはまっている。
 それにしても、主人公の柴崎をはじめ、感情移入できる登場人物が全然いないというのはどういうことだと思いつつ、それでも読んでいると面白い。嵌められた柴崎が、一癖も二癖もある助川に振り回されつつも、何とかして出世コースに戻ろうと足掻く姿が実に楽しい。エリートが道を踏み外して苦労する姿を楽しむというのは、庶民のちょっとした復讐だな。内容としても、殺人事件はわずか1件であり、署内の問題に取り組む方が多いというのは、かえってリアルな警察像を浮かび上がらせており、読んでいて引き込まれる。それぞれに意外な真相も用意してあり、作品の構成も悪くない。
 協会賞受賞作の短編が収録されていることから気にはなっていたのだが、ようやく手に取ることができた。ただ、シリーズ化されているとのことだが、二作目を読むかと聞かれると、少々微妙。もうちょっと読者受けする人物を出せばいいのにと思うが、そうすると本シリーズの路線とは外れてしまうし、難しいところである。



【元に戻る】