鮎川哲也『五つの時計 鮎川哲也短編傑作選T』(創元推理文庫)

 過ぐる昭和の半ば、探偵小説専門誌「宝石」の刷新に乗り出した江戸川乱歩から届いた一通の書状が、伸び盛りの駿馬に天翔る機縁を与えることとなる。乱歩編輯の第一号に掲載された「五つの時計」を始め、三箇月連続作「白い密室」「早春に死す」「愛に朽ちなん」、花森安治氏が解答を寄せた名高い犯人当て小説「薔薇荘殺人事件」など、巨星乱歩が手ずからルーブリックを附した全短編十編を収録。作家デビューから半世紀を経てなお新しい読者を獲得し、熱い視線を受け続ける本格派の驍将鮎川哲也……若き日の軌跡を窺う奇貨居くべき傑作短編集成。(粗筋紹介より引用)
 北村薫編。巻末には有栖川有栖、北村薫、山口雅也の鼎談含む。1999年2月、刊行。

 鮎川哲也の短編傑作選第1巻。北村薫が編集し、1987年に出版された『時間の檻』(光文社文庫)に短編3本を追加。さらに各短編の冒頭には、掲載された『宝石』の編集長だった江戸川乱歩によるルーブリックがついている。また、「薔薇荘殺人事件」には花森安治の解答も付せられている。
 北村薫が編んでいるところから、読み応えのある本格ミステリ短編が並んでいる。ただ、トリックは驚嘆できるところもあるが、物語として読む分には退屈な作品も多い。結局どこで本格ミステリを楽しむかかな。特に最近は、トリックを解くだけの作品が退屈である。本格ミステリは好きだけど、どうしても鮎川哲也とは肌が合わない。

 高級アパートの一室で男が殺され、預金通帳が盗まれていた。来客のあった痕から、顔見知りの犯行と推測された。金に困り、通帳が職場の机にあり、アリバイがなく、凶器のタオルの持ち主であった同じ課の男が容疑者としてあがる。ただ、あまりにも証拠がそろいすぎていた。しかも殺された男は、捜査二課が横領で取り調べをしていた人物であった。もう一人の容疑者で、横領の黒幕とされる課長補佐には、鉄壁のアリバイがあった。「五つの時計」。鬼貫によるアリバイ崩しだが、結局トリック解明で終わっており、物語に起伏がなくて退屈な作品である。
 雪が降り止んでいた午後九時半、女子医学生の佐藤キミ子が座間教授の家を訪ねると、ドアから出てきたのは雑誌編集長の峯だった。家の中には、教授の刺殺体。凶器は無く、明らかに他殺だった。しかし庭に残されていたのは峯とキミ子の足跡だけ。家の中には他に誰もいなかった。死亡推定時刻の午後九時には、二人ともアリバイがあった。雪に囲まれた密室殺人の謎を、星影龍三が解く。「白い密室」。密室三部作の一作。昔は三部作で一番好きだったはずだったんだけどなあ。再読すると、どうもトリックが呆気なさ過ぎるというか。それと描写に前半と後半のギャップがあるため、トリックが解明されても今一つ面白みに欠けるのである。
 茅ヶ崎の製紙工場で働く国領が、東京駅近くのビル工事現場で殺害された。渋谷に住むガールフレンドの柴崎しず子と東京駅で午後八時に待ち合わせていたにもかかわらず、国領は来なかったという。現場に落ちていたライターより、しず子を巡って争っていた証券ブローカーの布田が容疑者として浮上するが、布田は群馬県の旅館にいた。国領が東京駅に着いた頃、布田はすでに新潟行の列車に乗っていた。「早春に死す」。乱歩が言うように、動機の描写に難があり、解決を聞かされるとかえって呆気にとられてしまう。トリックは確かに驚かされるのだが。
 八州運輸関西支社の荷物の取り扱い違いで盗まれそうになった木の函から、高級机ではなく美少女の死体が出てきた。美少女は、八州運輸東京本社に勤務する事務員、灰田なおみであり、この日に人事課長から捜索願が出ていた。荷物の送り主であるマルナカ産業に行くと、支配人は、静岡へ送ったはずの函が大阪に着き、大阪へ送ったはずの荷物が静岡に送られているという。函の大きさが違うから、間違えるはずがない。しかも大阪へ送るはずだった小さい函は、偶々在庫がなく、当日改めて作ったものであった。そして運転手も、大きい函を間違いなく静岡に下ろしたと証言する。「愛に朽ちなん」。ページ数の限界なのか、問題編が長く、解決が唐突。どうでもいいけれど鮎川哲也って、若い女性に偏見でもあったのか?
 楽団ハネ・ワゴンのパトロンである三木氏から貸与された練習所兼合宿所である不二見荘で、シンガーの瓜原まゆみが殺害された。しかも女中のちずが台所で猿ぐつわを嵌められ、椅子にくくりつけられていた。ちずはピエロの格好をした人物に襲われたと証言。しかもピエロは逃げる途中のトンネルで消えてしまった。星影龍三が事件の謎を解く。「道化師の檻」。カーを彷彿させる消失トリック。トリックのための作品にしか見えない。
 神奈川県の真鶴にある薔薇荘は、小栗虫太郎の黒死館を模していた。薔薇荘には様々な大学の学生たちが下宿していたが、そこで連続殺人事件が発生する。事件の謎を星影龍三が解く。「薔薇荘殺人事件」。鮎川哲也による問題編、解決編の他に、花森安治による解決編も付されている。解答を正しく導き出していることから、読む人が読めば犯人までたどり着くのだな、鮎川哲也はフェアに問題を出しているのだな、と感じた。ただ、それだけ。書きようによってはいくらでも長くできそうな題材を惜しげもなく使ってしまうところが、鮎川なんだろう。それが濃縮されるのではなく、物語としては薄味に終わってしまうのが残念なところだが。
 剣豪作家、和田倉大輔はタオルで絞殺された。机がこじ開けられ、現金が盗まれていた。出版社から預かった和田倉の百万円近い現金を電車の中で紛失したとして弁償を求められていた挿絵画家の槇が容疑者としてあがるも、槇はバーの女給吟子と睡眠薬心中を図っていた。鬼貫がアリバイ破りに挑む。「二ノ宮心中」。トリックを聞かされても、はい、お疲れさま、としか思えない。盛り上がりに欠けるんだよな。
 豪雨の山荘で開かれた牧良介の61回目の誕生祝。推理小説家の私、碁敵の猪谷老人、甥の丑太郎と悟、同じく甥で山荘の管理人である海彦と妻のよし子、それに二十年ぶりに対面した姪の絵馬子が集まった。次の日の朝、殺害された良介の死体が発見され、蒐集していたおとの面(お多福の面)の1個だけが逆さまに掛けられていた。がけ崩れのため、警察は来られない。翌日の朝、海彦がガスで爆死し、小型冷蔵庫が逆さまになっていた。夕方、猪谷老人が私のベルトで絞殺され、部屋の油絵が逆さまに掛けられていた。私は星影龍三に電話し、事件の謎を解いてもらう。「悪魔はここに」。物語としてはできているが、今回はトリック、というか謎が単純。星影が10分で謎を解いたというのもわかる気がする。まあ、こういうシンプルなものは嫌いではない。どうしても一点、気にかかるところはあるが、それは野暮というものなのだろう。
 帳簿に開けた大きな穴を返済するよう、出版社を共同経営する田沢に迫られた丸毛。自宅で田沢を殺害し、車で線路まで運んで、列車強盗に遭って社外に突き落とされて殺されたかのように見せかけた。「不完全犯罪」。いわゆる倒叙もので、どこから犯人はミスをしたかを当てるもの。この手の倒叙ものは好き。今回は犯人の性格から足がつくというもので、意外性があってよい。
 雑文書きで一時は売れっ子だったが、不正事件に携わって落ちぶれた三田稔は恐喝屋の道を選ぶ。果樹園の若い園主と婚約した女子学生を恐喝し、ついには殺害された。婚約者が恐喝され、ノイローゼとなって入院したことを恨む園主の唐沢良雄が容疑者としてあがるも、三田が殺害された時刻には急行出雲に乗っていたアリバイがあった。ところが出雲の唐沢の席の近くに座っていた客たちはいずれも唐沢に記憶がないという。「急行出雲」。鬼貫がアリバイを破るのではなく、アリバイを探しに行くという逆転の発想は面白いが、トリック自体は想像しづらいもので面白くない。




海堂尊『チーム・バチスタの栄光』(宝島社)

 東城大学医学部付属病院は、米国の心臓専門病院から心臓移植の権威、桐生恭一を臓器統御外科助教授として招聘した。彼が構築した外科チームは、心臓移植の代替手術であるバチスタ手術の専門の、通称“チーム・バチスタ”として、成功率100%を誇り、その勇名を轟かせている。ところが、3例立て続けに術中死が発生。原因不明の術中死と、メディアの注目を集める手術が重なる事態に危機感を抱いた病院長・高階は、神経内科教室の万年講師で、不定愁訴外来責任者・田口公平に内部調査を依頼しようと動いていた。壊滅寸前の大学病院の現状。医療現場の危機的状況。そしてチーム・バチスタ・メンバーの相克と因縁。医療過誤か、殺人か。遺体は何を語るのか……。
 栄光のチーム・バチスタの裏側に隠されたもう一つの顔とは。(粗筋紹介より引用)
 2005年、第4回『このミステリーがすごい!』大賞受賞。応募時タイトル『チーム・バチスタの崩壊』。加筆のうえ、2006年2月、単行本刊行。

 人気作家、人気シリーズのデビュー作を読むというのは何を今頃という感もあるが、手に取ったのが今頃なのだから仕方がない。
 よくよく考えてみると見え見えのトリックが使われているのだが、終盤近くになるまで全く想像だにしなかった。ということは、作者の術中にはまっていたのか。リーダビリティもあるし、キャラクターの色付けも抜群。登場人物の描き分けもできているし、言うことないだろう。現役医師らしい問題点の指摘も悪くない。医学的な内容がやや説明口調になっている部分もあるが、それは些細なこと。結末まで楽しめましたよ、本当に。
 これで、結末がもう少し意外性のあるものだったら、傑作といえたと思う。残念ながら、最後はあまりにもパターン化された終わり方だった。一番肝心なところでトーンダウンしてしまったところが、非常にもったいない。動機なんかも、もう少し違ったものが欲しい。無いものねだりかもしれないが、序中盤がよかった分、お見事といえるラストが読みたかった。
 まあ、新人の作品にそこまでの完成度を求めるのは酷だろう。面白かったことに間違いはないのだから。ただ、白鳥というキャラクター、二作目を読みたいと思わせるキャラクターじゃないよな。もう少し後味がよいキャラクターに仕立ててほしかった。




真梨幸子『孤虫症』(講談社文庫)

 「週に三度、他の男とセックスすることを習慣にして」いる主婦・麻美。彼女の不倫相手が、次々と身体全体に瘤のようなものを作って原因不明の死を遂げる。彼女自身の肉体にも異変が起こる。女同士の憎悪や嫉妬、母娘で繰り返される愛憎劇。一見幸せな主婦の誰にも言えない秘密とは……。(粗筋紹介より引用)
 2005年、第32回メフィスト賞受賞。同年4月、単行本刊行。2008年10月、講談社文庫化。

 正直言って、粗筋紹介を見ただけで読む気が失せていた。自分の快楽だけで浮気をしまくるというのは男性女性問わず、苦手なのである。麻美の場合、もしかしたら病気なのかもしれないが、どっちにしても苦手なことには変わりない。メフィスト賞でなかったら、間違いなく手に取らなかっただろう。それでも我慢して読み進めていたが、麻美の言動に一つ一つ苛立ち、ページをめくるのがとても苦痛だった。そのうちに男を取り換えまくった母親は出てくるし、麻美の妹・奈未はミュージシャンと結婚していながらも義兄・隆雄に恋をしているし……。何なんだ、この淫乱な関係は、などと辟易していたのだが、麻美が失踪し、娘・美沙子が事故死してから物語は別の方向に動き出す。
 いやあ、読んでいる間は不快感だらけ。とにかく我慢して読むしかない。そこから先は意外な展開が待ってはいるものの、結局は後味の悪い終わり方。とことん、読者を嫌にさせる小説である。ここまでひどい(誉め言葉)小説も珍しい。こういうものが好きな人にはたまらないのだろうな、とは思ってしまうが、私は嫌いだ。ただ、人をここまで不快にさせるだけの筆力はある小説である。
 まあ、二度と読むことはないだろう。読者を選ぶ作家ではある。それもまた、一つの才能なのだろう。




田郁『花だより みをつくし料理帖 特別巻』(ハルキ時代文庫)

 澪が大坂に戻ったのち、文政五年(一八二二年)春から翌年初午にかけての物語。店主・種市とつる家の面々を廻る、表題作「花だより」。澪のかつての想いびと、御膳奉行の小野寺数馬と一風変わった妻・乙緒との暮らしを綴った「涼風あり」。あさひ太夫の名を捨て、生家の再建を果たしてのちの野江を描いた「秋燕」。澪と源斉夫婦が危機を乗り越えて絆を深めていく「月の船を漕ぐ」。シリーズ完結から四年、登場人物たちのその後の奮闘と幸せとを料理がつなぐ特別巻、満を持して登場です!(粗筋紹介より引用)
 書下ろしで2018年9月、刊行。

 74歳になった種市は境内で倒れていた水原東西と名乗る大坂の易者から、来年の桜を見ることが叶わないと言われて落ち込む。大坂にいる澪に会いたいと、坂村堂、清右衛門と一緒に大坂へ向かう。「花だより」。
 17歳で17も年上の小野寺数馬に嫁いで、はや六年。悠馬という嫡男にも恵まれた乙緒(いつを)であったが、数馬という夫は謎であった。乙緒は二人目を懐妊したが、つわりがひどく寝込んでしまった。「涼風あり」。
 大坂に戻り、唐小間物を扱う「高麗橋淡路屋」を再建した野江であったが、大坂には「女名前禁止」という掟があり、家持ちにも店主にもなれない。慣習として三年の猶予が摂津屋のおかげで認められていたが、今年がその期限だった。前の番頭の息子で、今の店の番頭である辰蔵を婿にするように勧められる野江であったが、野江にはかつて命を助けてくれた又次のことがあった。「秋燕」。
 大坂で「みをつくし」の店を出して4年。家主が流行り病で亡くなり、息子は苦しんだ親父を思い出すから売ってしまうので出てほしいという。そんなとき、源斉が疲れから倒れてしまう。源斉の食は進まず、身体はなかなかよくならない。「月の船を漕ぐ」。

 すぐに出るかと思ったら、4年も待つとは思わなかった。作中でも4年後の話を取り扱っているのは、あえて合わせたからか。それとも4年という月日がその後を語るのにちょうどよい年月であったからか。
 既にハッピーエンドとなった作品の後日譚であるが、私はこういう作品群が好き。いつまでもダラダラと続けられるのは嫌だが、登場人物たちのその後というのはやはり気になるところである。
 野江の過去のように本編では語られなかった部分も新たになるなど、単なる後日譚にとどまらないところもいい。読んでいて、ほんわかしてくるのが、この作者の真骨頂。じんわりと幸せが染みてくる。
 みをつくし料理帖は、本巻が最後。残念ではあるが、さすがにこれ以上続けるのは難しいだろうし、妥当なところか。本当に面白い作品を書いてくれてありがとう。作者にお礼を言いたい。と言いながら、今のところ他のシリーズを読む気が起きないのだが。




有栖川有栖『インド倶楽部の謎』(講談社ノベルス)

 前世から自分が死ぬ日まで―すべての運命が予言され記されているというインドに伝わる「アガスティアの葉」。この神秘に触れようと、神戸の異人館街の外れにある屋敷に“インド倶楽部”のメンバー七人が集まった。その数日後、イベントに立ち会った者が相次いで殺される。まさかその死は予言されていたのか!? 捜査をはじめた臨床犯罪学者の火村英生と推理作家の有栖川有栖は、謎に包まれた例会と連続殺人事件の関係に迫っていく!(粗筋紹介より引用)
 『メフィスト』連載。2018年9月、刊行。

 13年ぶりとなる国名シリーズ。まさか出るとは思わなかった。まあ、国名シリーズとはいっても、他の火村シリーズとそんなに違いがあるわけでもないのだが、やはり読まないわけにはいかない。
 今回は、「アガスティアの葉」に出てくる予言がストーリーの核となる。当然、本物であるわけがないので(苦笑)、どういう狙いがあるのかと思っていたのだが、こういう展開になるのかあ、と素直に感心。ただ、面白いかどうかと聞かれると、話は別かなあ。前世の話も含め、あまりにも仕組まれすぎという感が否めない。仕掛けのスパンや動機も含め、共感できない部分が多いせいか、あまり楽しむことができない。連続殺人に至っても同様。こんなことで犯行に手を染めてしまう犯人にちょっと同情してしまった。地味な登場人物、地味な展開、地味な終わり方だが、犯人まで導かれるロジックは悪くないか。ちょっとした親子ものになっている点は、読後感良し。
 全編に散りばめられる過去作言及は、久しぶりの国名シリーズということもあっての読者へのプレゼントかな。作者自身も読み返していたりして(苦笑)。火村と有栖川の関係も含め、今まで国名シリーズを待ってくれていた読者へのサービス作品といっていいだろう。




早坂吝『メーラーデーモンの戦慄』(講談社ノベルス)

 メーラーデーモンを名乗る者から「一週間後、お前は死ぬ」というメールが届いた後、殺害される連続殺人が発生! 「お客様」を殺された上木らいちは捜査を開始。被害者は全員、X‐phone社のガラケーを所有していたことが判明する。一方、休職中の元刑事・藍川は「青の館」で過ごすが、小松凪巡査部長のピンチを知り、訳ありの宿泊者たちと推理を展開。らいち&藍川、二人は辿り着いた真相に震撼する!!(粗筋紹介より引用)
 2018年9月、書き下ろし刊行。

 援交探偵上木らいちシリーズ最新作。今回はガラケーに死ぬというメールが送られた1週間後に殺されるという劇場型犯罪。上木らいちが捜査に乗り出すとともに、前作で心にダメージを追って休職中の藍川警部補が「青の館」の宿泊客とともに推理を展開する。
 前作までの登場人物たちや舞台が登場(『RPGスクール』まで絡む)。さらに作者自身までテレビのコメンテータとして登場するメタな展開。しかも「読者への挑戦状」まで登場。一方連続殺人事件の謎の方は、あまりにも情けないというか……。こんな動機で連続殺人を犯すなよ、と言いたくなるが、小説上の登場人物に行っても無駄か。
 ある意味でらいちシリーズの総集編といっていいような内容。前作のような一発大物といったものはなく、逆にジャブのように細かいネタやトリックが繰り出される印象。企業名云々のお約束には笑っちゃった。「騙される喜びを味わいたいから推理はしないという軟弱な読者よ」という挑発にも、笑うしかないよね。それでもバカバカしいから、推理はしないよ(苦笑)。犯人なんてどうでもいいやと思わせる内容なのに、真面目に推理を繰り広げる展開をどう読めばいいのか。
 何とも理解し難い作品だが、どう読めばいいのかな。バカバカしいと笑っちゃえばいいのだが、それだけではない不思議な印象を持たせる作品。とはいえ、傑作とはとてもじゃないが言えないが。




市川憂人『グラスバードは還らない』(東京創元社)

 マリアと漣は、大規模な希少動植物密売ルートの捜査中、得意取引先に不動産王ヒュー・サンドフォードがいることを掴む。彼にはサンドフォードタワー最上階の邸宅で、秘蔵の硝子鳥や希少動物を飼っているという噂があった。捜査打ち切りの命令を無視してタワーを訪れた二人だったが、あろうことかタワー内の爆破テロに巻き込まれてしまう!
 同じ頃、ヒューの所有するガラス製造会社の社員とその関係者四人は、知らぬ間に拘束され、窓のない迷宮に閉じ込められたことに気づく。傍らには、どこからか紛れ込んだ硝子鳥もいた。「答えはお前たちが知っているはずだ」というヒューの伝言に怯える中、突然壁が透明になり、血溜まりに黄たわる社員の姿が……。
 鮎川哲也賞受賞作家が贈る、本格ミステリーシリーズ第3弾!(粗筋紹介より引用)

 マリアと漣シリーズ第3作目。過去作品でのキーワードであるジェリーフィッシュや青いバラが出てくるところは、シリーズファンをにやりとさせてくれる。
 72階建てのビルが爆破テロに巻き込まれ、しかも爆破とは別に殺害された複数の遺体が見つかる展開。一方では、ガラスの迷宮に閉じ込められた関係者たちが続けて殺害される。電気を流すとガラスになるという壁の中。1983年当時には存在しない物を利用した、作者ならではの不可能犯罪である。
 緊迫した展開であることは事実なんだけれども、タワーの爆破テロの描写にはそれほどの緊迫感はないのがちょっと残念。まあ、パニックものではないから仕方がないか。一方の連続殺人事件も、人工的な匂いが強すぎ、面白みに欠ける。グラスバード(硝子鳥)についても、描写についてちょっと問題があるんじゃないかと思わせるものがあるものの、容易に想像がつく。最後のトリックについては、伏線こそ張っているものの、アンフェアに近いんじゃないかな。
 いろいろ文句は書いているけれど、読んでいる途中は面白かった。マリアと漣やジョン・ニッセン少佐のやり取りは、読んでいて楽しい。シリーズものならではの楽しさなので、途中から読んだら少々厳しいかもしれないが。できればもう少し、ストレートな本格ミステリを書いてほしいかなと思う。とはいえ、わけのわからないことに巻き込まれて暴れ回るマリアが楽しいから、今のままでもいいのかな。




R・D・ウィングフィールド『フロスト気質(かたぎ)』上下(創元推理文庫)

 ハロウィーンの夜、行方不明の少年を探していた新米巡査が、ゴミに埋もれた少年の死体を発見する。そのうえ連続幼児刺傷犯が新たに罪を重ね、15歳の少女が誘拐され、謎の腐乱死体が見つかるなど、デントン警察はいつも以上に忙しい。よんどころない事情で払底している幹部連の穴埋めをするべく、これら事件の陣頭指揮に精を出すのは、ご存じ天下御免の仕事中毒、ジャック・フロスト警部その人。勝気な女性部長刑事や、因縁浅からぬ警部代行とやりあいながら、休暇返上で働く警部の雄姿ここにあり! 警察小説の大人気シリーズ、待望の第4弾。(上巻粗筋紹介より引用)
 カービィ少年の失踪は誘拐事件へと変貌を遂げた。身代金受け渡しの場に急行したジャック・フロスト警部だが、その鼻先で事態は思わぬ展開を見せる。果たして少年の安否は? 母子四人殺害事件や少女誘拐事件など、解決を要する案件は他にも山積みで、フロスト警部の疲労とマレット署長の不機嫌は募るばかり。数年前に起きた愛娘轢き逃げ事件にいまだ固執するキャシディ警部代行との仲も悪化する一方で、状況は見事なまでに八方ふさがりだ。悪態をつきながら雨の中を駆けずり回るフロスト警部に、光明は訪れるのか? 大人気シリーズ第4弾。(下巻粗筋紹介より引用)
 1995年、発表。2008年7月、邦訳刊行。

 デントン署の嫌われ者で仕事中毒のフロスト警部シリーズ第4作。久しぶりに手に取ったが、何のことはない、厚すぎて手に取る気力が湧かなかっただけだ。
 デントン署は相も変わらず事件が重ねて起きるし、人がいない、金が無い、などと自分の出世欲しかないマレット署長は相変わらず。嫌味っぷりには磨きがかかったといっていい。今回はアレン警部がいない区て安心できるかと思ったら、フロスト警部と因縁のあるジム・キャシディが警部代行として事件に首を突っ込む。曲がったことが嫌い、規則を曲げることが嫌いなどと言いながらも、事件はすべて自分の手柄にしようとする性格の悪さは、アレン以上。マレット署長といいコンビである。本当に、登場するたびに苛立ってしまう。ここまで来ると、フロスト警部がとてもいい人に見えてくるから不思議だ。いや、実際にはいい人なのだろう。今回はなんだかんだ言いながらも部下たちには慕われているシーンが出てくる。下品すぎる下ネタジョークは相変わらずだが、事件を解決しようという意欲は強いし、なんだかんだ言いながらも弱者に優しい視点も持っている。部下にしっかり手柄も譲るし。あれ、ここまでいい人だったっけ、フロストって?
 モジュラー型の警察小説である点は変わらず。殺人事件に刺傷事件、窃盗事件に誘拐事件など色々な事件が輻輳するが、最後にはなんだかんだ解決している。ここまで事件が重なるときの毒としか言いようがない。そのため、作品はどんどんと長くなるが、読んでいる間はその長さを忘れてしまう。やっぱり面白いのだよ、フロストは。
 面白いのは分かっているのだが、長いから時間はどうしてもかかる。面白いから一気読みしてしまうため、気が付いたら時間は過ぎ去ってしまう。うーん、手に取るのはとても勇気がいる。それでも本箱のどこかには新刊が隠れているから、いつか手に取ろうと思ってしまうのだろう。



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