ジェフリー・アーチャー『ロシア皇帝の密約』(新潮文庫)

 1966年、元英陸軍スコット大尉は、無実の罪を着たまま死んだ父から、「皇帝のイコン」と呼ばれる名画を遺された。遺産を受けとりに出かけた彼を待っていたのは――。(粗筋紹介より一部引用)
 1986年、発表。同年10月、新潮文庫より翻訳刊行。

 アーチャーは1985年9月にイギリス保守党副幹事長に抜擢されて政界復帰していたが、本書はそれ以前に脱稿されていたもの。冷戦中の米ソが狙う名画。その目的は何か。それが粗筋紹介に書かれている、というのは反則だよな。
 巻き込まれ型のノンストップ謀略小説。アダム・スコットをなぜそんな都合よく助けるの? といったご都合主義はあるものの、追われ続けるサスペンスはさすがというしかない。ちょっとわかりにくいところはあったが、あまり気にせず読み終えることができた。楽しかった。
 時間がないので、超手抜き感想だが、名作だし、今更いいでしょ。




エリザベス・フェラーズ『細工は流々』(創元推理文庫)

 ある晩、突然トビーを訪ねてきた娘は、理由は聞かずに15ポンド貸してくれないか、といった。翌日、トビーは匿名の男からの電話で、彼女が殺されたことを知る。“時々、殺してやりたくなる”くらい、お人好しで人を疑うことを知らなかった彼女が、どんなトラブルに巻き込まれていたというのか? 警察に嫌がられながらも、現場となった部屋を調べたところ、奇妙な仕掛けが見つかった。どうも、推理小説に出てくるようなトリックをいろいろ試している奴がいるらしい。はたしてその正体は? そして、事件との関係は? 大好評のシリーズ第三弾。(粗筋紹介より引用)
 1940年、発表。1999年12月、創元推理文庫より邦訳本刊行。

 トビー・ダイクシリーズ第三弾。『猿来たりなば』は読んでいるのだが、『自殺の殺人』は買ってあったはずなのにどこにも見当たらない。ということで、先に見つけたこの本を読むことにした。もっとも、実際には本作品は第二作で、『自殺の殺人』は第三作、『猿来たりなば』は第四作。だからまあ、いいか。
 トビーとジョージのねじくれた関係は本作でも健在。被害者も容疑者も癖のある人たちばかり。おまけに色々なところに機械トリックが仕掛けられている。なんとまあ、ひねくれた設定。英国流のユーモアで、本格ミステリを皮肉たっぷりに書いたらこうなる、という典型的な作品かもしれない。きちんと伏線も張られ、明快に犯人が導かれるのに、こうもトビーとジョージの行動と言動に笑えてしまうのはなぜか。これが英国ミステリなんだろうな。
 英国流のユーモアが苦手なんだが、本作は楽しく読むことができた。逆に洗練すぎていないほうが笑えるのかな。




山田ルイ53世『一発屋芸人列伝』(新潮社)

 「一発屋」・髭男爵の山田ルイ53世が、俗に「一発屋」と呼ばれる芸人たちへ行ったインタビューをまとめた一冊。『新潮45』2017年1~12月号連載。2018年、第24回雑誌ジャーナリズム賞作品賞受賞。2018年5月、ソフトカバーで単行本刊行。
 レイザーラモンHG、コウメ太夫、テツandトモ、ジョイマン、ムーディ勝山と天津・木村、波田陽区、ハローケイスケ、とにかく明るい安村、キンタロー。、髭男爵が登場。
 いつしか「一発屋」というジャンルがお笑いでカテゴライズされるようになったが、『エンタの神様』『爆笑レッドカーペット』あたりで一発屋が量産、拡散されるようになり、本文中にもある通り“一発”までいかないうちにテレビから消えてしまった芸人も多い今日。キャラクターが注目を浴び、テレビで消費されまくり、飽きられていつしか出なくなる、というパターンを何度見たことか。
 ただ、本作に登場する芸人のほとんどは、どのような形であれ現在も生き残っているものがほとんどだ。テレビには出れなくても、どのように生き残るか。ある意味人生の教科書ともいえるような内容になっているのかもしれない。まあ、「一発屋」になるということは一度は売れたということであり、売れるだけの実力はあったということなのだから。一発屋にすらなれず、やめていく芸人はどんなに多いことか。
 この人たちクラスでなく、もう少し世間からの認知レベルが低い芸人も扱ってほしい気がする。




北重人『花晒し』(文春文庫)

 元芸者の右京は、亡夫の後を継いで広小路を仕切る元締となった。ある日、美人で評判の娘が行方知れずになり、数日後に家に戻っても引きこもってしまう、という出来事が続いていることを知り、調べを始めたが……(「花晒し」)。急逝した著者の最後の連作短編のほか、新人賞を受賞した幻のデビュー作を特別収録。(粗筋紹介より引用)
 20124年4月、文藝春秋より単行本刊行。北重人の遺稿集。第38回オール讀物推理小説新人賞を受賞したデビュー作「超高層にかかる月と、骨と」を特別収録し、2014年11月、文庫本刊行。

 「秋の蝶」「花晒し」「二つの鉢花」の三編は、元芸者で江戸橋広小路の女元締・右京を主人公とした連作。先代元締・甚五郎の後妻だった右京が、先代の片腕でもあった歳三、交代寄合左羽家の留守居役で、甚五郎の友人であり、今は好い人でもある小日向弥十郎に助けられながら、広小路で起きた揉め事を解決していく。長編『月芝居』のスピンオフであり、おそらくこの後も書き続けられるはずだったのだろう。当時の情景がよく描かれており、人情というものがじんわりと染みてくる連作集。ぜひとも一冊まとめて、読んでみたかった。
 「稲荷繁盛記」は、紙問屋伊賀屋の二代目が商売に失敗して金を借り、その金貸から持家である長屋を手放せと追い出しにあうも、長屋の連中が借金を返すために講じた一計を描いた作品。その手段がなんとも面白く、そしてちょっとほろ苦い一編。書きようによってはこれも連作になりそうだったのだが、この終わり方もまたよし。
 元武士で江戸で塾を開いた夫が亡くなり、一人息子の小五郎を育てながら塾生たちの助けで寺子屋の師匠として務める千嘉が、小間物問屋の扇屋久太郎から誘いを受けた時の恋心を書いた一編。この時代なら、女性一人で生きるのは大変だったのだろうか。それとも今よりも周辺の人たちの助けが手厚かったのだろうか。恋に揺れる女性の機微を描いた作品。
 ボーナストラックの「超高層にかかる月と、骨と」は現代小説。工事現場から発見された白骨死体の記事を読み、23年前に住んでいた西新宿を訪れ、かつて訪れたことのある飲み屋に入り、いつしか当時の話となって、白骨死体の謎が解かれる話。後の作品と時代背景こそ異なるものの、人物や背景の描写などにはその息吹が感じられる。そして地味だが味わい深い作風も一緒。作者の原点として興味深い。
 遺稿集となるが、いずれも心に染みてくる作品ばかり。やはりもっともっと読みたかった。



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