帚木蓬生『逃亡』(新潮社)

 故国が終戦と同時に憲兵に牙をむいた。日本のために諜報活動に明け暮れた報いが、「戦犯」の二文字だった―。身分を隠し名を偽り、命からがら辿り着いた故国も、人身御供を求めて狂奔していた…。(粗筋紹介より引用)

 憲兵側から書いた小説を読んだのは初めて。結局、戦争で被害を被るのは普通の人々なんだなと改めて感じさせられた。どんな理由があっても戦争は侵略でしかない。国が国民を守っているというのは間違いだね。ただ、ちょっと長すぎたかな。もっとシンプルに書いたほうがストレートに伝わったと思う。★★★☆。




北森鴻『狐罠』(講談社)

 店舗を持たず、自分の鑑定眼だけを頼りに骨董を商う「旗師」宇佐見陶子。彼女が同業の橘董堂から仕入れた唐様切子紺碧碗は、贋作だった。プロを騙す「目利き殺し」に陶子も意趣返しの罠を仕掛けようとするが、橘董堂の外商・田倉俊子が殺されて、殺人事件に巻き込まれてしまう。古美術ミステリーの傑作長編。(粗筋紹介より引用)

 北森鴻という作家は、素材の料理が実に上手いと思う。今回も骨董業界という素材の選択の良さだけにとどまらず、面白いストーリー作りは流石。登場人物達も魅力あふれるキャラクターばかりだけれども、救いのあるキャラクターを出してほしかったと思う。息抜きできる場所がなかったからね。★★★★☆。




折原一『遭難者』(実業之日本社)


 白馬岳から唐松岳へ縦走中、不帰ノ嶮で行方不明になった青年・笹村雪彦。彼の山への情熱を讃えるため、彼の誕生から死までを一冊の追悼集にまとめることになった。企画を持ちかけられた母親は、息子の死因を探るうちに、大きな疑惑を抱き…。(粗筋紹介より引用)
「1 不帰に消える」「2 不帰ノ嶮、再び」の二冊組。

 二冊組というあんな本の作り方だったら面白い仕掛けを期待するよなあ、普通。はっきり言って面白くありませんでした。仕掛けも不発でした。それだけです。☆。




小森健太朗『神の子の密室』(講談社ノベルス)

 その時、エルサレムの街は異様な興奮状態に包まれていた。イエスと呼ばれる男が街に乗り込んで来るという。興味をおぼえたエジプト通商隊の一員は、その人物像を探っていくうちに「奇蹟」に出くわす。イエスが十字架にかけられた後、封印された洞窟の中から生還したというのだ!?そこには驚愕のトリックが。(粗筋紹介より引用)

 これ、わざわざミステリ仕立てにする必要性があったんだろうか。イエス・キリストには興味があるので(時代が違うだけで、OやAたちとそう変わっていないだろう)、わりと面白く読めたけれど、これはミステリの面白さとは別。死体消失の謎も大したことないし。★☆。




真保裕一『奇跡の人』(角川書店)

 「圧倒的な人間愛の物語」という帯だが、交通事故で一度は植物人間になりつつも意識を取り戻し、辛いリハビリに耐えて8年間病院に入っていた男が、退院した後に記憶を失った過去を探す物語。

 はっきり言って、事故前の男と退院後の男がまるで別人としか思えない。事故前の性格や行動から考えて、とてもこれだけの「奇跡」を生み出した男とはとても思えないのだ。また、人間は、かつて愛した女を、記憶を失った後でもあれだけ執拗に追いもとめるのだろうかというところに大きな疑問が残る。まあ、記憶を無くしてもまた恋をすることが出来ると言い切った長谷川桜(さあ、何の作品でしょう?)の例もあることだし、恋愛経験が乏しい私には分からない部分であるのだが、正直言って不可解としか言いようがない。
 それ以上に納得できないのはかつての恋人に会ってからの急展開。主人公も、そして相手の女も理解できない。あれでは周りの人間を不幸にしているだけだろう。ましてやラストはもっと気に入らない。自分が腹を痛めた子供よりも、寝たきりのかつての恋人の世話の方を取る女がいるのだろうか。しかも、最後に再び植物人間になってしまうのでは、主人公の母の努力はいったい何だったんだろう。
 真保裕一は好きな作家なのであえて言うが、こんな作品を書いてほしくなかった。これではリハビリを続けた主人公の努力と、そしてそれを支え続けてきた母親が悲しすぎると思う。とてもじゃないが、評価する気にならない。




島田荘司責任編集『島田荘司読本』(原書房)

 島田荘司のファンのために島田荘司が編集した本。御手洗でも吉敷でも構わないが、島田荘司ファン以外の人が読んでも面白くないだろうな。こういう本だとどうしても島田寄りの作りになってしまうが、もう少し変わった切り口のものを読みたかったな。かつての島田ファンからしてみれば、作品紹介の所で懐かしくなっただけです。★☆。




摩耶雄嵩『メルカトルと美袋のための殺人』(講談社ノベルス)

 男の死顔になぜ化粧の跡が? 計画的な殺人事件に自ら巻き込まれる才能とは!? 奇妙奇天烈な不可能犯罪から雪の密室での「犯人当て」まで─―空前絶後の推理能力で登場するや否や次々と真相を看破。「長編には向かない探偵」といいきる銘探偵・メルカトル鮎とワトソン役の美袋三条が〈七つの奇蹟〉を起こす!(粗筋紹介より引用)

「遠くで瑠璃鳥の啼く声が聞こえる」「化粧した男の冒険」「小人?闍処ラ不善」「水難」「ノスタルジア」「彷徨える美袋」「シベリア急行西へ」の7編を収録。

 銘探偵メルカトルを主人公とする7つの短編集。短編は長編よりページが少ない分、いつもの摩耶不条理ワールドがやや影を潜めるため、結構読みやすかった。この短編集を読むと、摩耶雄嵩は本格ミステリ作家なんだなと改めて感じてしまう。しかしメルカトルって本当に長編には向かない探偵だね。あんな風に乱暴な展開で長編が終わってしまうのならみんな本をたたきつけるだろうな。★★★★。




平野肇『罠が聴こえる』(祥伝社ノン・ノベル)

 渋谷で流れるミニFM局の深夜音楽番組が<コウモリ>と名乗る男に電波ジャックされ、法で裁くことのできない人物(国会議員から街の一般市民まで)の「粛清リスト」が読み上げられていき、そして「粛清リスト」に載った人物が次々と殺害されていった。番組のパーソナリティである盲目歌手由井敬一は<コウモリ>探しを決意し、捜査の遅れる警察を尻目に犯人に迫っていく。<コウモリ>の正体とは誰なのか、そしてその目的は……。

 作者は“昆虫巡査”シリーズで有名らしいが、一冊も読んだことがない。それなのに今回読んでみる気になった理由はただ一つ、帯にある茶木則雄の推薦文だ。

「本年度ミステリーベストテン当確の傑作! 平野肇の才能はここに開花した」

 ここまで言い切られたら読むしかないだろう。
 しかし、実際に読んでみると、ベストテン当確にはちょっと厳しい。主人公は声を聞いただけで相手の年齢や体つき、挙げ句の果てに相手の体調までわかってしまうのだが、実際にそのような超人的な能力を人間は身につけることができるのだろうか。ましてやこの主人公、掌から熱を感じ取ることで恋人がどのような絵を描いているかをわかってしまうとまで言われると、本当?と首をひねってしまう。それとも、この主人公に近いモデルが作者のそばにいるのだろうか。こういうことを書くのは、ようするに作者の書き方に説得力がないからである。
 事件そのものはスピーディに展開が進むのでテンポよく読むことができるが、主人公が最後まで超人的な活躍をしたまま終わってしまうのは読む方からすると興醒めでしかしない。「鮫」の後継者になるにはもう少し挫折感を表に出した方がよいと思う。★★。