探偵小説研究会編・著『本格ミステリ・ベスト100』(東京創元社)


 いったい何をやりたかった本なのだろう。「ベスト」をやりたかったのだろうか。それとも『幻影城』以降の本格の「再評価」をやりたかったのか。作り方があまりにもいい加減で、中途半端なのだ。この本の最大のおかしいところは、たった13人でどうやってベスト100を選定し、順位付けをしたのだろうかという根本的なところにある。ただ100冊を選ぶだけなら問題はない。しかし、順位付けは別だ。この本の中には、1位〜100位までをどうやって選定したのかが書かれていない。これではあまりにもアンフェアだ。選定基準も集計方法も書かれていないベストなんて信用に値しない。しかも13人で100冊あげるには、100位以下の本のことを考えると、一人15〜20冊は挙げた勘定になる。「ベスト」をやるにしてはあまりにも多い数字じゃないか、これは。いくら『生ける屍の死』が1位だ、『姑獲鳥の夏』が2位だなどと言われても何の説得力もない。ましてや高木彬光や仁木悦子がとってつけたように出てくるのはなぜだ? 『大東京四谷怪談』が85位に入るほどの作品か? かつての本格作家を無理矢理出しているとしか思えない。ではこれは「本格の再評価」をする評論集なのだろうか。とてもそうには見えない。100作品に付いている作品紹介とコメントのうち、作品紹介の方のウェイトがとても大きいのだ。とても「再評価」しているようなコメントは見あたらない。だいたい、「本格の再評価」をやりたいのなら、古い方から順を追って解説するはずだ。「ベスト」という形式を取ってしまったがために、漏れてしまった作品は数多い。「本格」を研究するのなら、「本格」とはこうだ、ということを定義するのがまず最初だろう。この100冊の中でポツンと『百舌の叫ぶ夜』『そして夜は甦る』というハードボイルドが入っているのもわからないし、『殺戮にいたる病』や『大誘拐』、『火車』などが本格とはとうてい思えない(そんな作品が10冊以上)。ガイドブックにしては「ネタばれ」寸前のコメントも多いし、正直言って素人作りの中途半端な本。言いたいことはもっとあるが、字数がない。評価としては★。最後におまけ、私の未読は10冊(そのうち3冊は読む気ない)。




『完全保存版 名探偵大百科』(エニックスミニ百科)

 たまたま手に取ってみることがあるよね、こんな本は。エニックスがどんな本を出したのだろうと思って期待して読んでみると、ここに出てくる“名探偵”というのは、アニメ・テレビドラマ(国内、海外)・コミックスの名探偵。それも名探偵だけでなく、怪盗や相手役の警官、探偵なども収録。さすがゲーム本で有名なエニックスらしく、頭脳、能力などのパラメータ付き。
 アニメ・テレビドラマはすべてビデオ化されているもの。「江戸川乱歩の黄金仮面」(当然天知ね)や「探偵物語」、「ブルームーン探偵社」や「ウェクスフォード警部シリーズ」など、コンセプトを全く無視したファイルには笑えてしまう。しかしこんな本もあるんだよ、という意味では持っていてもいいかな。作り方があまりにも小中学生向けだけれども。
 最後の方にはおすすめゲームやワードファイル、おすすめ小説ガイドベスト36が収録されているが、これもどういう基準で選んだのかさっぱりわからない選定ぶりだ。「Yの悲劇」や「そして誰もいなくなった」と「ロートレック荘事件」「三姉妹探偵団1」が同列に並べられているガイドなんて始めて見た。
 この程度の作りで933円はちょっと高いけれども、洒落で持っていてもいいかもしれない本。★☆。




『このミステリーがすごい! 傑作選』(宝島社)

 祝10周年(誰が祝うんだ?)ということで過去の8年のベスト20と「覆面座談会」を完全収録。
 いやあ、これほど安上がりな本はないだろうな。文春ベストの本も相当だったけれど、それよりすごい。もっとも、過去の本が手に入らなかった人には嬉しい本なんでしょうね。全部持っている私だが、「ボロダス」と「覆面座談会に対する作家のアンケート」をじっくり読みたいがために、つい買ってしまった。
 ということで、面白いのはその「作家」側からの反響。作家側から好評な意見が多いのは以外。もっとも、元々ファンだった人たちが中心だからね。「リーグが違う」作家や「草の根読者」Only作家からのアンケートを取らないところがせこい。たとえ出したとしても答えが返ってこないだろうけれど。
「草の根」問題や「リーグが違う」問題の頃はとても楽しかった「覆面座談会」だけれども、最近はすっかりマンネリ。そろそろ担当を変えてみるのもいいんじゃないかな。大体、【覆面】を被らなければいけない評論家を使うから、だんだんと発言がおとなしくなっているんだよね。ここは一発、素人を使ってみるのも面白いんじゃないかな。
 花村萬月が書いているように、今度は小説家が評論家を批評してほしいよね。そうすればネタ晴らし確信犯の某とか、社会的背景を書かないと全く評価しない某や、おちょくった解説しかできない某などは相当たたかれるだろうなあ。宝島編集部には是非とも実現してほしい企画である。
 こんな本で1295円も取るんだから大したもんだ。テレビのNG大賞と同じくらい「あきれたモンチッチ」企画。評価するほどの本でもないね。




森博嗣『幻惑の死と使途』(講談社ノベルス)

 脱出を得意とする天才マジシャンが衆人環視の脱出ショーの最中に殺される。しかも葬儀中の棺の中から遺体が消えた。この謎に犀川と萌絵が挑む。

 事件そのものは安っぽい本格ミステリの作り。たぶん処女作でこんな謎を書いたって誰も買わないだろうし、本にもならない。ということで、読ませようとしている部分はやはり犀川と萌絵の関係。この二人、ホントにじれったい。だいたい犀川、35歳だろう。あれだけ露骨に態度を示している女性に対して、態度も決めずに何もしないというのは相手に対する拷問じゃないのか。それにしても、二人の関係のシチュエーションが一昔前の少女マンガの世界に近づいていっているのは笑える。
 森博嗣の頭の中にある“ミステリィ”っていったいどういうものなのだろう。このままじゃ、ちょっとした謎のあるキャラクター小説のままで終わってしまうんじゃないだろうか。少なくとも本作品のような小説なら、世間からずれている助教授と教え子の恋愛小説でしかない。“ミステリィ”の部分が二人の恋愛のためのスパイスにしかなっていない。別にヒューマニズムをかざすつもりはないし、本格ミステリは“知的ゲーム”だとも思っているけれども、登場人物までそのような態度をとるのは不快である。
 次作の『夏のレプリカ』が同時期に進行するため本作品は奇数章しかないとのことだが、なんらかの仕掛けがない限り、このような手法は無意味だろう。最後の台詞の“ひき”だけのためにこのような仕掛けをしたというのなら、読者を馬鹿にしているとしか思えない。また、わざわざ時系列の事件設定を書く必要もない。このシリーズで何をやりたいんだろうね、森博嗣は。  いろいろ書いたけれども、とりあえずシリーズが完結するまで読み続けることになるだろう。一応気になるからね、犀川と萌絵の関係は。そういう意味ではすごい作家なのかもしれない。退屈だけれども購入させ続けさせようとするんだから(こんなこと思うの私だけ?)。★☆。




戸川昌子『猟人日記』(講談社文庫)

 戸川昌子『猟人日記』は昭和三十八年作で戸川昌子の第二作に当たる。そして、『大いなる幻影』とともに戸川昌子の代表作である。
 今回の特集に当たり『猟人日記』の講談社文庫版を引っぱり出した。解説も含めて253頁。最近の長編の長大化傾向から見ると、長編というよりはむしろ中編と言ってもいい分量だが、最近の薄っぺらい長編とは比べものにならないくらい中身は濃い。


 プロローグは酒場で出会う見知らぬ男と女。流しのバイオリンとギターが奏でる“流浪の民”を口ずさむ男と女。そして一夜限りのランデブー。場面は切り替わり、6ヶ月後の女。一夜の出来事で妊娠し、そして自殺をする女。「妊娠」という事実に驚く姉。そして事件は10ヶ月後……。
 第一部の章題は「狩と獲物」。主人公はホテルに長期滞在中の本田一郎。大阪には妻がいるものの、仕事の関係で東京でホテル暮らしである。仕事は電子計算機のエンジニア・コンサルタント。社会的地位もあるところから相当優秀らしい。そんな彼の楽しみは女漁り。仕事が終わるとホテルに戻り、着替えをして食事をする。食事が終わり、新聞を読み終え、八時になると夜の街へと出かける。そして、孤独な愛に飢えている女を狩るために、音楽喫茶やダンスホール、映画館へと繰り出す。そして、そんな狩猟の結果を1冊の大学ノートに書いていた。「猟人日記」というタイトルを付けて……。
 前日も房子という女を狩ることに成功した夜、夕食を食べながら新聞を読んでいると、彼が二ヶ月前に狩った女、君子が殺されていた新聞記事を発見する。そして1ヶ月後、女子学生美津子に後一歩というところで拒まれた本田が房子の家に行き、そして殺されている房子を発見した。そして彼が使った偽名の人物が重要参考人として警察に追われていることを新聞で知る。
 さらに1ヶ月後、本田が美津子の部屋を訪れると、美津子は死んでいた。三時間前には電話で元気な声を出していたのに。慌てて部屋を飛び出そうとしたが、ドアのノブにはいつの間にか鍵がかかっている。下駄箱の靴もなくなっていた。裸足で逃亡したものの、10日後、現場に残っていた靴から本田は逮捕される。最大の決め手は、美津子の爪の間に残っていた血痕の血液型が、彼と同じAB型Rh(-)であったことだった。そこまでが第一部である。
「インターバル」で本田は死刑の判決を受ける。逮捕されてから156日後であった。君子の殺人こそ証拠不十分で無罪だったが、房子、美津子の犯罪で有罪とされた。被告は判決を不服として控訴した。

 第二部の章題は「証拠の採集」。何人もの死刑を宣告された被告を救っていて、本田の控訴審の弁護士となった畑中の法律事務所に勤める進士は、畑中の指示に従い本田の周辺を洗い始める。そして調査をしていくうちに、かつて本田と関係し、妊娠して死んだ女の姉の姿が浮かび上がってくる……。

 戸川といえば官能サスペンス小説というイメージが強いが、『大いなる幻影』『猟人日記』の初期二作はトリッキーな部分も結構多かった。最近、講談社大衆文学館にこの二編の合本が出版された。トリックを前面に押し出さず、それでいて読み応えのある、しかし洒落たサスペンス。今読んでも全く古ぼけていない名作である。