森雅裕『北斎あやし絵帖』(集英社)

 文化十四年(1817)の正月、葛飾北斎は洋琴(ピアノ)を作りたいという芝居の道具師・あざみに出会うが、北斎が収集した図譜、画帖の中にあったその資料が、何者かに盗まれてしまう。北斎とあざみは危機を救ってくれた千葉周作を仲間に加え、盗まれた資料を追ううち、かつての老中・田沼意次が前将軍・家治とその世子を暗殺し、その事件に絡んで、東洲斎写楽が抹殺されたらしいことを知る。事件の背後に松平定信や水野忠邦の思惑も交錯し、幕府内部の暗闘へと繋がる、壮大なスケールの痛快時代ミステリー。(粗筋紹介より引用)

 この人のうまさってもっと評価されてもいいと思う。ただ問題なのは蘊蓄の傾けすぎというところだろうか。物語の合間に出てくる蘊蓄自体は楽しいのだが、話の興味をそいでしまうところが残念。最後、あまりにも丸く収まる(というより波乱がない)ので盛り上がりに欠ける。もっとはちゃめちゃでもよかったのになあ。★★★★。




光原百合『時計を忘れて森へいこう』(東京創元社 クイーンの13)

時計を捜して森をさまよう若杉の前に現れた、穏やかで柔らかい声の主。瞳に温かい光を宿すそのひとは、手触りの粗い「事実」という糸から、美しい「真実」を織りあげる名人だった――。心やさしいミステリ連作集。(粗筋紹介より引用)

 昔の青春小説を読んでいるみたい。今時こんな高校生いるのか(すごい偏見)? はっきり言って謎らしい謎はありません。この作者ならもっとミステリ味の強い作品になると思ったんだけどなあ。青春小説として★★☆。装丁は創元シリーズのベスト。おかげで探すのに苦労したじゃない。




北村薫『朝霧』(東京創元社 創元クライム・クラブ)

 卒業論文を仕上げ巣立ちの時を迎えた主人公《私》は、アルバイトの縁で編集者として社会人生活のスタートを切ることになり、新たな抒情詩を奏でていく。「山眠る」「走り来るもの」「朝霧」三編収録の、シリーズ第五作。(粗筋紹介より引用)

 お久しぶりの円紫シリーズにいつもの北村ワールド。十分楽しめるけれど、ミステリから普通小説のフィールドに移りつつあるのが少々寂しくなってきますね。ミステリらしさはほとんどなかったし、主人公の描写もつらいし。久々に北村本格を読みたいと思うのは私だけ? ★★★。




戸板康二『團十郎切腹事件』(講談社文庫)

 「團十郎切腹事件」は歌舞伎の老優中村雅楽を名探偵に据えた「雅楽探偵譚」の七作目で第42回(昭和34年下半期)直木賞を受賞した作品である。今でこそミステリが直木賞を受賞するのは当たり前になったが、この頃ミステリで直木賞を受賞するのはきわめて希なことであり、そういう意味でも記憶にとどめたい作品である。この作品より前にミステリで直木賞を受賞したのは第4回(昭和11年下半期)『人生の阿呆』木々高太郎(現創元推理文庫)と第40回(昭和33年下半期)『落ちる』他で多岐川恭の二人だけである(話はそれるが、『落ちる』みたいなミステリ短編の中でも屈指の名作である作品を読むことができないのは、ファンとしてとても悲しい。出版業界の方、再考してほしい)。さて、直木賞であるが、この後に受賞しているのは第44回(昭和35年下半期)の黒岩重吾『背徳のメス』。その後は第57回(昭和42年下半期)生島治郎『追いつめる』が受賞するまで7年待たなければいけない。それほどミステリが直木賞を受賞するのは難しかったのである。最近では当たり前のようにミステリが直木賞を受賞するようになっているが。

 老優中村雅楽の初登場は昭和33年。赤字続きで廃刊寸前の「宝石」(今の総合雑誌「宝石」とは別)の編集長になった江戸川乱歩が歌舞伎評論家として名を成していた戸板康二に声を掛け、元々推理小説好きだった戸板が書いたのが「車引殺人事件」。「車引」の舞台の途中で役者が毒殺されるが、チャンスのあった者に動機はない。そのうち容疑者が浮かび上がるが、彼にはアリバイがあった。その謎を77歳の老優雅楽が解き明かす。「宝石」昭和33年7月号に載り、好評であったことから書きつがれ、そして「團十郎切腹事件」で直木賞を受賞する。
 前6作が歌舞伎界で起きる事件(ただし「盲女殺人事件」は日本舞踏)を取り扱っているが、「團十郎切腹事件」は同じ歌舞伎界でも江戸時代の名優八代目團十郎の謎の死を、定期検診で入院中の中村雅楽が解き明かすベッド・デティクティブ物。『時の娘』と同系列に位置づけされる作品である。
 とはいえ単純なベッド・デティクティブ物だけに終わらないのが戸板康二の面白さ。きっちりと物語にメリハリがあるので、歴史推理物を読むときのような退屈さは全くない。短編で「すっきりさわやか」なのが雅楽物の特徴。本作品でもその面白さは保証付きである。今考えると、北村薫から始まる“日常の謎派”の元祖ってこの人なんだろう。最初こそ殺人事件があるものの、「グリーン車の子供」とかは完全な「日常の謎」だし。今でこそもっと読まれていい作家だと思う。

 ここでちょっと考えるけれど、この謎の背景って、全部雅楽がしゃべっているんだよね。江戸〜終わりまでの道中の失踪事件にしたってただの伝聞でしかないわけだし。考えようによっちゃ、全部雅楽の創作なんて疑うこともできるわけだ。事実として伝わっているのは八代目團十郎の切腹だけだしね。入院で暇になった雅楽が考えたおとぎ話じゃないのかな、実は。まあ、こんなこと考えるのは私だけかも知れない。

 私は全く知りませんでしたが、この八代目團十郎の切腹は事実だということです。そして、切腹の理由が謎であることも事実だそうです。ミステリ読むと勉強になりますね、ホント。
 本当はもっと書こうかなと思ったけれど、時間がないので今回はここまで。お茶を濁してごめんなさい。まあ、すっきり終わるのが戸板ものの良さと言うことで逃げます。




篠田真由美『美貌の帳』(講談社ノベルス)

 建築探偵桜井京介の事件簿シリーズ最新作かつシリーズ第二部開始作。いつの間にか舞台は1996年に進み、桜井や栗山はフリーター、そして蒼は高校生とそれぞれ立場を変えている。オテル・エルミタージュ(フランス語、隠れ処という意味)の舞台に置いて伝説の女優が復活。演ずるは三島由紀夫の『卒塔婆小町』。かつての美貌の女優が演ずるにはあまりにも残酷すぎる舞台かと思われたが、彼女は落ちぶれた老婆から美女へと華麗なる変身を遂げる奇跡の演技を見せる。しかし、舞台の途中で倒れるホテルのオーナー。彼は女優のパトロンであり、昔深い関係にあったらしい。そして女優と対立している演出家の失踪。そして炎上するパトロンの館。犯人は消えた演出家か。女優への脅迫電話が鳴る。そして殺人事件が。

 桜井シリーズ待望の新作。今回も期待を裏切らない出来である。篠田真由美のうまいところは、建築というアイテムを用いながらも、必ずしもそのアイテムのみに寄りかかるわけでなく、それでいてそのアイテムを十分に生かし切った物語を描くところにある。今回もジョサイア・コンドルという建築家、そして鹿鳴館が重要な舞台となっていながらも、作品で描かれるのはかつての美貌の女優を巡る物語である。今回の作品はこの彼女に尽きる。それほどの存在感だ。今回の物語はそんな彼女を中心とした愛憎劇である。だからこそ結末に我々は感動するのだ。
 ただ、その分ミステリとしてやや希薄になった感は否めない。事件そのものはそれほど難しくない。だからといって桜井が手を拱いていたわけではない。これは女優がいたからゆえに起きた必然の事件ではないのだろうか。こう書くと死者への冒涜という気もするが。ミステリ味が薄いことを減点材料として★★★★。




西澤保彦『ストレート・チェイサー』(光文社 カッパ・ノベルス)

 名前も素性もわからない二人の女性とバーで飲んで意気投合したリンズィ。彼女が勤めているオフィスに場所を変えて飲み直し始めたが、そのうち「トリプル交換殺人」の話が起きる。酒に酔っていたリンズィは上司であるウェイン・タナカを殺して欲しい相手に挙げるが……次の日、そのタナカ邸に殺人死体が。しかも死体のある部屋は密室だった。驚いたリンズィは警察に「トリプル交換殺人」の話を打ち明けるが、そこに第二の殺人事件が起きる。

 今回は平凡な話なのかなと思ったらやっぱりあった“仕掛け”。しかしその仕掛けがうまくいったかどうかは疑問。たしかに伏線を張っているけれども、こういう使い方をしてしまうとそれこそ「何でもあり」の世界になってしまうのではないだろうか。はっきり言っちゃうと、「こんなのあるか!?」という解決。それほど、伏線とは言えないような伏線だった。この仕掛けも物語の内容からすればはっきり言って浮いている。実際に想像してみると無理だと言うことがすぐにわかるんじゃないだろうか。それに騙されたという快感がまるでない。最後がドタバタしているのも気になるし。★☆。
 作品とは全然関係ない話だけれども、舞台がアメリカで登場人物が全員カタカナ名前って、カッパ・ノベルスの読者には受け付け難いんじゃないのかな。雑誌掲載時はEQだから問題なかったかも知れないけれど。




藤桂子『人形の家殺人事件』(カッパ・ノベルス)

 警視庁捜査一課ただ一人の女性キャリア・大江沙織警部シリーズだが、特に前作から引き続く設定はないので特に本作品から読んでも気にすることはない。十一月末より同一犯の犯行と思われる連続殺人事件が四件起きていた。被害者はいずれも鋭利な刃物で切り刻まれており、そばには必ず黒塗りの西洋人形−ビスクドールが置かれてあった。共通する点はもう一つ、第一発見者は完璧にアリバイのある十代の、そして肉親の少年少女であった。全く共通点のない被害者たちであったが、「心に傷を持つ刑事」沙織は、被害者たちの家族の中にある共通点を見いだす。それは一体何か。そして犯人は?

 人の心を描くことに重点を置く藤圭子らしい作品。そしてここに描かれるのは現代日本の家族が抱えるような問題ばかりである。けれどそこには問題の提示しかない。ミステリであり、教育書ではないのだから問題の解決を書く必要がないのはもちろんだが、その分救いがないまま終わったような気がする。かすかに「希望」を残したように書かれてはいるが。このような作品にトリックはむしろ邪魔。そのため、途中で出てくる密室には違和感を感じる。
 こういう作品を読むとどうしても暗くなってしまう。心理物を書くとどうしてもそうなってしまうよね。ハッピーエンドが好きな私にはちょっとついていけない重さである。力が入っていることは認めるが。★★★。