小林泰三『密室・殺人』(角川書店)

 「息子の容疑を晴らして欲しいんです。嫁の浬奈殺害の容疑です」四里川探偵事務所に持ち込まれた依頼をうけ、所長は助手の四ッ谷礼子に事件現場である亜細山中の別荘に向かうよう命じた。雪の夜、密室と化した部屋に閉じこもっていたはずの浬奈が、窓の下の凍った池に墜死したというのだ。だが奇妙なのは事件だけではなかった。亜細神社の祟りを噂する不気味な人々、人皮紙の本を収集する容疑者、そして異様な幻視に悩まされる探偵の礼子自身…。(粗筋紹介より引用)

 いやあ、まいった。とにかくやられた。今年度最大の問題作。一面から見たら単純な仕掛けだし、引っかかる部分がないでもないが、今回は素直に作者の腕に拍手を送ろう。「新本格とホラーの融合」という帯に偽り無し。これを読まないで1998年は語れないぞ。★★★★☆。




貫井徳郎『鬼流殺生祭』(講談社ノベルス)

 時は維新の騒擾(そうじょう)未だ収まらぬ明詞7年、帝都東京で不可解なる事件が発生した。雪に囲まれた武家屋敷で、留学帰りの青年軍人が刺し殺されたのだ。その友人で公家の三男坊、九条惟親(くじょうこれちか)は行きがかり上、事件の解決を依頼された。調査を開始する九条のまえに、謎はより深淵なる様相を明らかにする。犯行は如何(いか)にしてなされたのか?そして、秘密裏に行われた奇妙なる宗教儀礼は何を意味するのか?困惑する九条は、変わり者の友人、朱芳慶尚(すおうよしなお)に助言を求めるが……!?(粗筋紹介より引用)

 社会派新本格(と私は勝手に名付ける)貫井が挑む正調本格。実際の中身は重いのにすらすら読める文章は相変わらずだし、明詞という時代設定も納得行くけど、今ひとつ。この人特有のシニカルな目線がないので魅力が半減。本格としてもちょっと単調。目指した本格って何だったんだろう、★★★。




貴志裕介『天使の囀り』(角川書店)

 作家高梨光宏は恋人北島早苗へアマゾンの最奥地からメールを送っていた。それは新聞社・雑誌社の主催による探検隊の紀行文担当としてである。しかしメールを送ってきてから3ヶ月後にぷっつりと連絡が途絶えた。そして帰ってきた彼はアマゾンへ出かける前の高梨とは全く性格が違っていた。そして過食癖に性欲の増大。そしてあれだけ死に対する恐怖を示していた高梨は死への興味を持つようになり、そして睡眠薬による自殺。アマゾンへ出かける前と性格が180度変わった理由は何か? 死ぬ前に語っていた「天使の囀り」とは何か? そして早苗は探検隊のメンバーが高梨と同様に出発前と異なった性格になって、そして自殺しているという事実を知る。しかも似たような自殺例が探検隊のメンバー以外にも続く。いったいその理由は何なのか?

 ホラー大賞受賞者貴志裕介の受賞後待望の第1作長編。前作が人の心に奥深く住み着く恐怖を書きだしたものであったが、今回はがらっと変わった医学ホラー(でいいのかな?)。その分情報量はかなり増大しているが、説明の上手さのせいか、無理なく頭に入り込んでくるので専門語が飛び交っても混乱無く読むことができる。そのため、よくある設定だが違和感無く物語に没頭することができ、そして恐怖を感じることになる。前作とは異なった怖さだが、その描写力は前作と同様見事である。ホント、怖いって。現実にありそうだからなおさらだね。「よくある設定」と書いてしまったが、料理の仕方が上手い。「よくある設定」を読むと時々「ああ、これか」と失望することがあるが、本作品ではそんなことはない。『黒い家』以上という帯に偽りはないね。次作が楽しみな作家がまた一人増えた。今回は文句無く★★★★★。




芦辺拓・有栖川有栖・二階堂黎人編集『鮎川哲也読本』(原書房)

 インタビューにエッセイ、編者によるパスティーシュ、単行本未収録作品に色々な人のエッセイ、作品・著書目録と豪華な作り。とりあえずは面白いけれど、まあ、こんなもんでしょう読本って。未収録作品も読めてよかったねという程度の作品だったし。もうちょっと本格的な評論がほしかったな。前にも一度書いたけれど、そんなに『黒いトランク』って傑作か(あれは書ききれていなかったのでもう一度この問題についてはチャレンジしたい)? まあ、月並みだしみんな書いているけれど、『白樺荘事件』待っています。一つは絶対書きますって言っていることですし。
 次は『高木彬光読本』あたりはどう? この人こそミステリの全てのジャンルを書いている(しかもそれぞれのジャンルで代表作を残している)作家だと思っているんだよね。




乾くるみ『匣の中』(講談社ノベルス)

 大学生、高校生、中学生で構成された探偵小説ファングループの中心人物伍黄零無が密室である自分の部屋から消えてしまう。そのとき部屋の外にいた以縫くるみ(♂)はこんな言葉を聞く。「揚げ物、メシの残り食うかや?」 グループの仁行寺馬美が書いたモデル小説『匣の中から匣の外へ』の通り、グループのメンバーが次々と殺されてゆく。犯人はグループの中にいるのか。部屋の中に必ず残されている暗号の意味は? 各メンバーの推理合戦の果てに導き出された結末は?

 竹本健治『匣の中の失楽』の類似品と作者自身が謳っているが、作品世界と現実が入ったり来たりする『匣の中の失楽』に比べれば『匣の中』は序章と終章、そして作中作だけなので読みやすさからいったらこちらの方が上である。
 まず『匣の中の失楽』という作品を私は評価していない。作者が読者を混乱させて何が楽しいの、というのが私の率直な感想である。『匣の中』でも書いてあったけれど、あまり解決に意味のない蘊蓄を繰り広げられてもつまらないのである。どうせ繰り広げるのならもっと読者が読みやすい書き方をしてほしい。知っている事実(知らない事実でも一緒だが)を延々と読まされる身にもなってほしい。
 正直言って、やりたいことがまったくつかめません。『匣の中の失楽』がわからない(良さを理解しようとしないといった方がいい?)私が類似品たる『匣の中』を正当に評価していいのかどうか疑問だが、個人的評価としては★☆ぐらい。政宗さんに聞いた方がいいや。クイーンを神としているくせにこういうのが好きだから。本年度最大の問題作っていう帯は嘘でしょう。この手のネタは過去に結構思いつくんだよね。「本年度最大」って言葉、軽々しく使ってほしくない。
 最後に作品評価とは全く関係ないところでひとこと。作中に詰将棋が出てくるけれど、手順は単なる追い詰めだし、持ち駒余りになるので詰将棋のルール違反。はっきり言えば「詰む将棋」ですね。まあ、初型と詰み上がりに意味を持たせるには仕様がなかったのかな。まあ、詰将棋の世界を取り扱った小説ではないのでそれほど気にならないけれど。また、曲詰めの説明に間違いはないのですが、曲詰めは詰み上がりの玉の位置が盤のど真ん中の5五の升に来なければならないという決まりはありません。別に詰み上がりで玉がどこに来ようが曲詰めは曲詰めです。玉が5五の位置で詰み上がりにならなければいけないという趣向詰めはありません。しいてあげれば都詰型煙詰くらいでしょう。ちなみに、5五の位置で詰むことを都詰(みやこづめ)といいます。




東野圭吾『ある閉ざされた雪の山荘で』(講談社文庫)

 人気演出家東郷の舞台オーディションに合格した7人が早春の乗鞍高原のペンションに集まる。雪に閉じこめられた山荘という設定で今後起きる出来事に対処していくといういわば実践での役作りを目的とした稽古なのだ。そして一人、一人と仲間が消えてゆく。これは本当に稽古なのか、それとも実際の殺人事件なのか……。

 こちらは変化球の達人、東野圭吾。それでもストレートの良さ(もしくは形)を分かっているから変化球が生きてくる。最近の本格は訳の分からない魔球を使ったり、いきなりボークや隠し玉みたいな作品が多いので少しホッとする。ただ東野圭吾って達者すぎて損をしている。設定こそ変わっているが文章も登場人物も素直(あくがない)なのでスムーズに読むことができる。その分、読んでいるときは面白いのだがあまり頭に残らない。何かの拍子に思い出すというタイプでしょう。本作品も同様。上手くできているなと思うんだけれど、それだけ。後に全く残らない。なんでだろう。★★★☆。東野圭吾は達者なんだけど、その分逆に損しているなあというイメージが強いのだが、本作品を読んではっきりした。この程度の設定じゃだめなんだ。もっとあくの強い設定じゃないと。東野圭吾がブレイクした作品が『名探偵の掟』なのは、そういった理由も一つにあるだろう。根底に流れているものは殆ど変わっていないのだから。




新堂冬樹『血塗られた神話』(講談社ノベルス)(講談社ノベルス 第7回メフィスト賞受賞作)

 野田秋人は二十六で金融会社野田商事を設立してわずか七年で月商五千万をあげる会社にした男である。かつては「悪魔」と呼ばれるほどの過酷な取り立てを行っていたが、五年前の客の自殺事件以来、今の仕事に嫌悪感を抱きつつ生きている。そんなある日客の一人が殺され警察が野田の前に来る。しかしその客は昨日に金を借りていっただけの客だ。アリバイもあるので特に問題はないと思われたが、一応調べてみるうちにかつての恋人が殺された客のところで勤務していたらしいリストを見つける。調査をしていくうちに野田に危険が迫る。この事件は五年前に起こした自殺事件の関係者の復讐なのか。それとも別の目的があるのか。

 メフィスト賞ははっきり言って本格畑亜流を中心とした、いわば定形から外れた小説に対する作品ばかりと思っていたけれど(だから『事件記者が死んだ夜』は受賞しなかったに違いない)、今回はストレートなハードボイルド。厚さも手頃だし、期待して読んでみたけれど……。
 帯は青木雄二(『ナニワ金融道』の作者)「計算され尽くしたハードボイルドミステリー」。ところがこの作品、あまり計算された様子が見られない。たった一日前に借りた客が殺されて、金融会社の社長を容疑者と見なそうとすること自体がまず難しい。いくら刑事が金融会社に偏見を持っていたとしても、かなり無理がある。登場人物もちょっと少ないんじゃないかなあ。黒幕の正体、簡単に見抜けると思うんだよね。金融業界の描写は上手いんだけれども、他の部分があまりにも定型過ぎる。別に型を外せというつもりはないけれど、昔の公式を使うにしてもちょっとストレート。もうちょっと変化球を混ぜないと……。★★。