西澤保彦『夢幻巡礼』(講談社ノベルス)

 「ひとを殺すことが、こんなにも、おもしろいとは思ってもみなかった」―能解匡緒の部下・奈蔵渉は、警察官でありながら、連続殺人鬼。自己の狂気を冷徹に見つめる奈蔵がかつて遭遇した、人知を越えた密室殺人事件が、十年後、再び新たな闇の扉を開く。西沢保彦が壮大な構図で描く、血も凍るサイコ・ミステリ。(粗筋紹介より引用)

 超能力SF本格としては結構面白し、謎解きの着地としても悪くないはずなのだが、やはり主人公の強烈な印象のせいで、次回以降の作品のプロローグと化していることが残念。勿体ないと見るべきか、それともこの設定があるからこそプロローグとして成り立つのか。なんとも表しがたいサイコ・ミステリ。単独作品として読みたかった気もしますね。★★★。




二階堂黎人『クロへの長い道』(双葉社)

 ライセンスを持たない私立探偵・渋柿信介、6歳。ニヒルで孤独な幼稚園児は、今日も粛々と事件を解決する。「縞模様の宅配便」「クロへの長い道」「カラスの鍵」「八百屋の死にざま」の4編を収録。

 以前にも書いたが、このボクちゃん探偵シリーズは二階堂黎人の作品にしては肩肘張らずに読めるので好きである。ハードボイルドをパロディ化しつつもしっかり本格をやるという難題に挑戦しているのに、すんなり読めるというのは結構難しいことだと思う。ちょっと定型的なネタが増えがちなのは気にかかるが、これからも続けてほしい。★★★☆。




飛鳥部勝則『バベル消滅』(角川書店)

 小さな島で起きた連続殺人事件。その現場には必ず「バベルの塔」の絵が残されていた-。独自のスタイルで目眩く豊饒の世界を構築するミステリーマインド溢れる一冊。(粗筋紹介より引用)

 前作と違い、バベルの塔と事件の絡み方が作者の独りよがりになっている。絵に対する思いとミステリが交わっていない。そのため、読者がついていけなくなっている。そしてはっきり言わせてもらおう。作家はこのトリックを使わないでほしい。ここまで色々と使われると、不快感しか残らない。★。

 気になったのはオーエン・ハートという登場人物。いや、このネーミングが気になったのである。途中でブルーザー・ブロディのことも書いてあったので多分作者はプロレスを知っている人だと思うのだが、もしそうだったら、オーエン・ハートという名前を使ってほしくなかったね。
 ちなみにオーエン・ハートは実際にいたプロレスラー。新日本プロレスでもIWGPジュニアヘビーのタイトルを取っている。天才プロレスラーとして評判が高かったが、アメリカWWFのテレビ中継中に、空から降りてくる演出の途中でワイヤーが切れて墜落死した悲運のレスラーである。私自身好きだっただけに、こういう名前の登場人物があんな扱われ方しかしていないのは悲しい。




奥田英朗『最悪』(講談社)

 発売されたときからこれは面白いぞと思って早々に買いながらも、積ん読状態だった一冊。いろいろあってようやく読むことが出来たのだが、やはりその予感は正しかった。確かにこれは1999年度の話題作である。
 主人公は三人。騒音公害や事業拡大の誘惑に悩む零細鉄工所主。トルエンを盗む際にやくざの車を使ってしまいその落とし前を付けさせられ、さらなる犯罪に手を染めるカツアゲ常習犯のチンピラ。近所の老人にまとわりつかれ、上司にセクハラを受けながらも会社の対面ばかりが優先され、誰にも傷ついた心が理解されなくて落ち込む女性銀行員。ディティールがとても細かいので、読んでいると本当に「最悪」という気分になってくる。そんな彼、彼女に対する読者の同情(チンピラは自業自得という気もするが)、そして「最悪」感が頂点に達したときに三人は交錯する。
 人が犯罪を犯すのはこんなところからなんだなというのがとても実感できる。描写がとても細かく、それでいて無駄がない。読んでいると本当に同情したくなってくるし、もしかしたら自分もいつかこういう目に合うんじゃないかと思わせるほどリアリティがあり、身につまされる。そんな気分が最高潮に達するところで三人が交錯する。全体の3/4までは実にゆっくりとした展開であるが、だからこそ「最悪」感が読者にひたひたと忍び寄ってくる。この三人が交錯する瞬間から物語はジェットコースターのようになだれ込む。この交錯する瞬間だが、見事にしてやられた。全く接点など見当たらない三人がどう交錯するのだろうと思ったら、こういう風に交わるとは夢にも思わなかった。作者の一本勝ちといってもよい。そしてそこからの怒濤の展開は読者の予想を確実に上回るだろう。
 今現在の話ではあるが、今年読んだミステリの中ではベスト3に入る(あとの二冊は『永遠の仔』と空席)。二作目の新人とは思えないほどの傑作である。今更書くのもなんだが、とにかく読むべし。




竹本健治『入神』(南雲堂)

 初期の「ゲーム殺人事件」三部作(ピンポイント)や、『狂区の爪』『妖霧の舌』『緑衣の牙』(全て光文社文庫)に出てくる囲碁棋士牧場智久が主役の本格囲碁漫画。恋人武藤類子やライバル桃井雅美、植島も登場する。
 書きはじめると聞いてから早数年。ようやく一冊の本に纏まった噂の漫画。作譜協力にプロの春山勇九段、製作指導が「半熟探偵団」(秋田書店きらら16コミックス)や「人形はこたつで推理する」(ソニーマガジン社 きみとぼくコミックス)の河内実加、プロの漫画家や小説家を含むアシスタント130名。メンバー的にはあまりにも豪華過ぎる布陣であるが、さて、実際の出来はどうかというと……ストーリーは良しと言うところだろうか。
 将棋をメインとしたコミックは『5五の龍』(つのだじろう 中央公論社)や『燃えろ一歩』(堂上まさ志 秋田書店チャンピョンコミックス 絶版)など思いつくのだが、囲碁をメインとしたコミックスはほとんどないといってよいのではないか。最も最近、ジャンプで『ヒカルの碁』という作品が出ていますが。
 閑話休題。自分が将棋を趣味としているせいか、この作品のネタ、神の領域への到達というのは今更な気分。それでも実際に棋譜を作ってしまうあたり、囲碁ファンであり、アマ強豪でもある竹本健治の面目躍如といったところか。絵に関しては、ご本人があとがきで書いているから言うこともないでしょう。
 おまけの一言。P64の「囲碁はもっともコンピュータが不得意なゲーム」というくだり。聞いた話だが囲碁のソフトは弱いらしい。確かに将棋より囲碁の方が数理化しにくい(もっとも理由は、囲碁の方が将棋より盤面が広いということなのだが。将棋は9×9だし、囲碁は19×19だ)のだが、日本の場合、将棋より需要が少ないからあまり作られないだけじゃないかと思う。もっとも、将棋や囲碁はどちらも難しいゲームです。




近藤史恵『カナリヤは眠れない』(祥伝社文庫)

 文庫書き下ろし。買い物依存症の若妻が周りの悪意によって徐々に事件に巻き込まれていく姿を中心とする事件そのものはよくあるパターンである。しかし本作品はここからが違う。まず、事件の解決役に“身体の声を聞く”能力に長けている整体師を持ってきたこと。変わり者ながらも実は優しいその視線がこの物語をふんわりと温かいミステリに仕立て上げている。謎解きだけを見るなら物足りないだろう。しかしこのミステリはそういうミステリではない。現代の人が持つ心の病を鋭く取り上げながらも、全てを暖かい毛布で包んでしまうような、読み終わると心がリフレッシュされるようなミステリである。この整体師にかかってすっきりするように、あなたの脳味噌もこのミステリを読むとすっきりするに違いない。
 有栖川有栖の解説にもあるとおり、この小説が文庫書き下ろしとは本当にお得である。各社ももっと文庫書き下ろしに力を入れてほしいものだ。中身がないのにページ数ばかり厚くなるようなハードカバーはもう疲れるばかりである。そのせいか、最近肩が凝ってしょうがない。どれ、この整体師のところでも行こうか。




霧舎巧『ドッペルゲンガー宮 《あかずの扉》研究会流氷館へ』(講談社ノベルス 第12回メフィスト賞受賞作)

ゴシック様式の尖塔が天空を貫き屹立(きつりつ)する、流氷館。いわくつきのこの館を学生サークル《あかずの扉》研究会のメンバー6人が訪れたとき、満天驚異の現象と共に悲劇は発動した!……20世紀最後の新本格派、霧舎巧が島田荘司氏の推薦を受けて放つミステリフェロモン100%のデビュー作。第12回メフィスト賞受章。(粗筋紹介より引用)

 「20世紀最後の新本格派」のフレーズは嬉しい。しかも推薦は島田荘司。といっても島田荘司推薦は当たり外れの差が激しい。さて中身はどうかといったところだが。
 著者は本格推理小説ファンのために書いたと著者の言葉で述べているが、これは本格推理小説ファンではなく、「新本格推理小説ファン」のために書いた作品と訂正した方がよいようだ。
 ここで話はちょっと横道に行くのだが、本格推理小説ファンは新本格推理小説を難なく受け入れることが出来る人が多いと思う(あの文章についてゆけないと言う人もいるかもしれない)。しかし新本格推理小説ファンには本格推理小説をも受け入れることが出来る人と、あくまで新本格のみを求める人に別れることが出来るのではないだろうか。別に統計やアンケートを取ったわけではないのだが、京極夏彦や森博嗣、有栖川有栖に篠田真由美の桜井京介シリーズなどのファン(特に若い人)の感想を読んでみるとそういう印象を特に受けるのである。謎よりもシリーズ主人公の行動に一喜一憂したりする姿を見るとどうしてもそう思ってしまう。もちろん、そう言う読者が居てもいいと思う。ただ、ここで言いたいことは、新本格のみが好きなファンが存在するだろうということを言いたいだけだ。
 話は『ドッペルゲンガー宮』に戻る。この作品のよいところでもあり、悪いところでもあるのだが、過去の新本格の影響が強すぎるのである。「流氷館」という館、《あかずの扉》研究会という胡散臭い大学サークル、過去を秘めている先輩達、一部登場人物のちょっと変わったネーミング……。確かに新本格のフェロモンとスピリットバリバリである。ただ、これがいい方に作用しているかどうかと言うとちょっと疑問である。
 無理気味でかつバレバレに近いトリックはまだよい。ラストの冗長さについてもまだ許せる。しかし、登場人物の緊迫感のなさはこの作品の減点部分だろう。いつ殺されるかわからない、仲間がいつ殺されるかもしれないというのに、その緊迫感が読者の方まで伝わってこない。特に真の探偵役である「会長」の言動に至っては、「あなた何様」状態の割に一向に全く解決できず、ただ騒いでいるだけとしか思えない。この作品、そこそこの長さであるのだが、舞台を作るのに一生懸命になり、人の動きの方はページ数こそあるものの力が入っていない。人の命が懸かっているのにサークル活動の延長線上な行動にしか見えない書き方を修正してほしい。
 いろいろ苦言を書いたが、この作者、一皮むければあっと言わせる新本格を書いてくれるのではないか、そう言う期待を抱かせる物は持っていると思う。最近、メタばかりが目につくようになった今の新本格であえて「館」にこだわってくれるのはとても嬉しい。文章自体も悪くはないし、独りよがりな部分も見当たらない。純粋な新本格を書いてくれる人がほとんど居なくなった(もしくは全く書かなくなった)今、こういう才能は貴重であると思う。まだ1作目なのだから、次作に期待したい。
 だって、もうメタは読みたくないんだよ。