陳舜臣『炎に絵を』(文春文庫)

 陳舜臣は今でこそ歴史作家としての方が有名になってしまったが元々は乱歩賞作家。なんといっても乱歩賞、協会賞、直木賞のグランドスラムを最初に達成した作家なのだ(他には高橋克彦、桐野夏生だけ)。
 陳舜臣は外れのないことでも有名。略歴でいろいろあがっていると思うが、多分どれを読んでも損はないだろう。もっとも私が読んだのは『枯草の根』『玉嶺よふたたび』『孔雀の道』『炎に絵を』ぐらいという情けなさだが。
 上記の4冊でどれと言われればやはり『炎に絵を』か。1966年5月号〜8月号の「オール讀物」に連載された作品である。

 葉村省吾は神戸に転勤することになったが、その際、辛亥革命の軍資金横領という父の汚名を晴らしてほしいと余命僅かの異母兄、一郎から頼まれる。父が革命資金を手渡すことになっていたのは神戸だったので、神戸に行けば何らかの手掛かりがあるというのだ。18歳も離れ、父代わりといってもよい兄の言葉に省吾は頷く。神戸に転勤すると、支店長から奇妙な依頼を受ける。省吾の働く会社であるサクラ商事が製造した家具艶出し剤『ムーンシャイン』を発売するが、その原液があらゆる方面から狙われているとのことで、その原液を預かったことにして、スパイをおびき寄せる囮の役目を引き受けることになったのだ。省吾は神戸支店の同僚で恋人になった服部三絵子や郷土史研究家の山本の力を借りて情報を集めだし、真相が見え始めてきた。ところが省吾が『ムーンシャイン』の原液を預かっているという噂が広まったせいか、省吾の周りで色々な事件が起き、身に危険が迫っていった。

 この作品は何度読んでもうまいなあと唸ってしまう。
 まずは発端。余命僅かの兄が果たせなかった父の汚名を晴らす。古典的ながらもワクワクさせられる展開である。ちょっとあこがれでもある兄嫁に小生意気でも可愛い中学生の姪。この人物配置も絶妙である。兄嫁を登場させることで兄との葉書による意志の疎通をスムーズに取ることができ、姪を出すことによってその葉書に和らぎを与えている。
 そして支店長から頼まれた囮の役目。父の汚名を晴らすというのはワクワクする展開ではあるが、一歩間違えると資料調べのみという単調な流れになってしまう。過去の事件に関わる大物というのならともかく、軍資金横領程度では過去の傷に触れられて困るような展開は付けられない。そこで新たにムーンシャインというアイテムを出すことによって、省吾の周りを取り巻く状況は複雑になり、事件に様々な色を付けることが出来る。
 服部三枝子とのロマンス。この小説は恋愛小説でもあるのだ。もちろん三枝子とのロマンスがメインというわけではないが、二人のロマンスがこの小説を味わい深い物にしている。最初に読んだのがうぶな中学生の頃だったので、二人の恋物語にどきどきしたことを覚えている。
 三枝子の協力もあって、真相に一歩ずつ近づいていく省吾。真相と同時に三枝子との仲もより深くなっていく。このまま幸せに終わればいいなと思わせておいて起きる事件。省吾の周りに危険が迫ってゆき、ここから物語は二転三転してゆく。
 一つの真相にたどり着く度に、この作品の伏線の張り方に膝を打つはず。とにかくこの小説、伏線の張り方が抜群によいのだ。物語の何気ないところに書かれたエピソードが真相の重要なヒントになっている。文章がうまいのですらすらと読むことが出来るのだが、そのすらすらが曲者だ。伏線を伏線と全く気付かずに通り過ぎてしまう。その腕には脱帽だ。

 この作品のタイトル、「炎に絵を」は最後の最後で出てくる。いったいどんな意味があるのか。それはこの事件の真相の全てを語っているのだ。何の事やらさっぱりわからないだろうが、それは読んでのお楽しみ。ラストのどんでん返しの鮮やかさを是非とも味わって欲しい。

 『炎に絵を』は別に難しいトリックなど出てこない。奇妙な「館」があるわけでもない。しかし、隙のない本格ミステリなのである。この文学的香気が溢れる情緒たっぷりのミステリを是非とも読んでもらいたい。そして陳舜臣という作家をミステリの面からも再評価してもらいたいものだ。




殊能将之『ハサミ男』(講談社ノベルス)

 美少女を殺害し、研ぎあげたハサミを首に突き立てる猟奇殺人犯「ハサミ男」。三番目の犠牲者を決め、綿密に調べ上げるが、自分の手口を真似て殺された彼女の死体を発見する羽目に陥る。自分以外の人間に、何故彼女を殺す必要があるのか。「ハサミ男」は調査をはじめる。精緻にして大胆な長編ミステリの傑作。(粗筋紹介より引用)
 第13回メフィスト賞受賞作。

 使い古されたパターンでも組み合わせと見せ方でこうも面白くなるかといういい見本。サイコものだが書き方は非常にソフトなので誰でも楽しめるだろう。むしろ本格ファンの方が喜ぶかもしれない。文章もまずまずなので次作が非常に楽しみ。★★★★。




紀田順一郎『第三閲覧室』(新潮社)

 多摩丘陵の広大なキャンパスにそびえ立つ誠和学園大学総合図書館。学長人事を巡る紛争が激化する中、東西の稀覯書一万冊が眠る開かず間「第三閲覧室」で一人の女が死体で発見された。事故か、事件か?すべての鍵を握るのは、幻の詩集『陽炎』―。紙と古書にまつわる該博な知識が知的興奮を呼ぶ傑作ミステリー。(粗筋紹介より引用)

 展開は地味。どことなく詫びさびの心境。それでも、なんとなく目を離せないかなという感じが続いていたが、終盤で怒濤の謎解きの連続。いや、びっくり。単なる古本マニアの事件かと思ったら、こういう展開になるとは思わなかった。ベテランの至芸を見せてもらった気がします。★★★☆。




ルーファス・キング『不変の神の事件』(創元推理文庫)

「これは殺人じゃないわ。処刑よ」リディアは宣言した。姉を自殺に追い込んだ憎むべき恐喝者が、いま、残された家族の目の前で息絶えたのだ。一同は法の手を逃れようと画策するが、死体を運んでいるところを通行人に見られてしまい、事件は早々に警察の知るところになる。目撃者からの通報を受けたニューヨーク市警のヴァルクール警部補は、着実に手がかりを集め、逃走した彼らの跡を追う。逃亡と追跡、この二つの物語は徐々に思いもよらぬ展開を見せていくのだった。ルーファス・キングの代表作。本邦初紹介。(粗筋紹介より引用)
 アメリカの本格ミステリ作家、キングのヴァルクール警部補シリーズ第9長編。1936年作品。1998年、本邦初訳。

 最初の展開からドキドキさせられた。ただ、場面転換はもうちょっと工夫が必要か。ぎこちないギアチェンジという感じ。それでも謎解きの醍醐味は十分。ただ、読み終わってみると、ぬるいサスペンスにぬるい解決という気がしないでもない。サスペンスというより笑えないユーモアという雰囲気が漂ってくるのはちょっと残念。
 黄金時代にはまだまだ色々な作品が未訳のまま残っているものだと思う。創元にはこのあたりを発掘していってほしい。




歌野晶午『放浪探偵と七つの殺人』(講談社ノベルス)

 七つの短編全てが読者への挑戦!周到極まりない殺人者の犯したたった1つの過ちとは?あるべき場所に死体がなかったのはなぜ?最有力容疑者を潔白であると探偵、信濃譲二はいうが?あらゆる角度から「推理小説」の醍醐味を味わってください。袋綴じの中に入った解答編を読むのは全ての謎を解いてから!!(粗筋紹介より引用)
 「ドア・ドア」「幽霊病棟」「烏勧請」「有罪としての不在」「水難の夜」「W=mgh」「阿闍梨天空死譚」の7編を収録。

 七つの短編全てに読者への挑戦状が付き、しかも解答は袋とじ。普通ならそれでワクワクするはずなんだけれどねえ。謎を解こうという気力は全然起きませんでした。やはり心にゆとりがないと駄目ですね、謎解きって。また、こういう風に二つに分けられると、物語としての魅力も半減します、今回は。★☆。




二階堂黎人『名探偵の肖像』(講談社ノベルス)

 怪盗アルセーヌ・ルパンの淡い恋と冒険を描いた「ルパンの慈善」。アリバイ崩しの名探偵・鬼貫警部が活躍する「風邪の証言」。ヘンリー・メリヴェール卿が密室に挑む「赤死荘の殺人」。名探偵の華麗な推理に挑戦した贋作3篇を含む5作品に、敬愛するJ・D・カーについて芦辺拓氏との熱血対談、随筆を収録した新本格作品集。(粗筋紹介より引用)
 「ルパンの慈善」「風邪の証言」「ネクロポリスの男」「素人カースケの世紀の対決」「赤死荘の殺人」「対談 地上最大のカー問答(芦辺拓 二階堂黎人)」「随筆 ジョン・ディクスン・カーの全作品を論じる」を収録。

 短編集のトーンを考えるのなら贋作のみで揃えるべきだったと思うが、収録短編自体は面白い。特に「読書ラン」の発想はばかばかしくて笑える。また、H・Mやルパンの贋作は原作の特徴をよく生かした快作。二階堂は『私が捜した少年』のように肩肘張らない作品の方が面白い。★★★★。




西澤保彦『黄金色の祈り』(文藝春秋)

 いやあ、辛い。自分とオーバーラップするところが多いのでとても辛い。何かあっても自己防衛に走ってしまうよね、この頃って(今でもそうだが)。これ、半分自伝で半分嘘なんでしょうね。そういう意味においてはページが進むのですが、ミステリとしてはがっかりの度が強いかな。謎らしい謎もないし。★★。

 8月号の謎宮会、新田さんの「井戸端ミステリ会議」に物申す!……西澤保彦『黄金色の祈り』評に対してを楽しく読ませてもらいました。「井戸端ミステリ会議」を初めて早3年、ようやく反論記事が来ました。今まで一度も公式に反論されたことがなかったので寂しかったのですが、ようやく所期の目的の一つを達成できました。

 この「井戸端ミステリ会議」は私と葉山君がまだ東京分科会にいた頃、私が葉山君に持ちかけて出来た企画です。元ネタはおわかりでしょうが、かつてミステリマガジンに連載されていた「みすてり長屋」です。これは都筑道夫、今は亡き瀬戸川猛資、関口燕生の3人がそれぞれ挙げられた4冊に簡単な感想と座布団(3枚で満点)で評価していたものでして、三人の視点や評価の違いが実に面白かったことを覚えています。このクロスレビューというパターンは多分ミステリ研究会関連の雑誌ならどこかでやっているものでしょう。
 なぜ私と葉山君でやってみようかと思った理由は、話をしていると、二人の評価が結構異なるミステリが多いことに気付いたからです。過去のを調べてみればおわかりでしょうが、結構私と葉山君、異なる評価をしているものがあります。ミステリの評価は人それぞれだと思うので、その差異を楽しめればと思い、このコーナーを企画しました。ただ、なかなか参加者が増えないのがちょっと寂しいです。10人寄れば10の評価があるのですから、もっと参加してほしいですね。1冊でも構わないですから。

 ということで今回、新田さんが取り上げたのは西澤保彦『黄金色の祈り』(文藝春秋)。しかし、西澤保彦のエポックメーキングともいうべき秀作かというのはちょっと疑問があったので、個人的に反論しようと思います。それとなぜ★★の評価だったのか。ネタ晴らしはしないつもりなのでご安心を。

 新田さんは「西澤さん、随分思い切って自分をさらけ出したなあ」と書いているが、私から言わせてもらえれば「だから何なの?」ということになります。
 確かにこの作品、読んでいると辛くなってきます。自分の青春時代と重なる部分が多い、特に情けない、格好の悪い部分でオーバーラップするところが多いんですよね。井戸端会議でも似たような意見が多かったですし。20〜40代の男性にとっては過去の過ちを振り返ってしまうような作品です。そういう意味では、新田さん曰く「男であれば誰もが持っているであろう情けない面、小汚い面を、西澤氏は誇大化せず、かといって見栄えがいいように取り繕うこともなく、実に率直に描いているのである。」ということになるのでしょう。ところがこれを「これだけ書くのにどれ程の勇気を必要としたか、想像するに余りある。 」と書かれると、ハテナと首をひねりたくなるのであります。
 日本には私小説という独特の型式があります。私は純文学を読むと眠くなる体質なので全く読んだことはありませんが、幾つかの作品ならあらすじを知っています。これらの作品の粗筋を読むと、文豪と呼ばれている作家達のなんと非常識なことかと思わずにいられません。例えば島崎藤村ですか。自分の姪と関係を持ってしまって、すったもんだしたあげく、それを小説『春』に仕立て上げてしまう。細かい心理描写はどうでもいいのですが、結局近親相姦をしてしまったことを堂々と世間に公表しているわけですよね。日本人というのは内面暴露の好きな人種ではないのでしょうか。海外は知りませんが、自叙伝を書く人のなんて多いことか(まあ、これは自慢話の方が多いのですが)。インターネット上で日記がとても多いこともそれを物語っているのではないかと思います。人のことを言えませんけれどね。
 『黄金色の祈り』という作品は、「思い切って自分をさらけ出して」いるのかもしれません。ただ、私から見たら、西澤保彦が今回、こういう傾向で書いたんだな、という程度でしかなかったわけです。

 また、東野圭吾『秘密』に新田さんがふれている部分は、少々違うのではないかと思います。『黄金色の祈り』を取り上げるために、あえてこの作品を無理矢理対象に出した感があります。
「男の格好悪さを、本当に突っ込んで描き切れなかったところに(厳しい言い方だが)東野氏の限界がある。」とあります。確かに「格好いい格好悪さ」という書き方なのかもしれません。もっとも私は主人公を格好悪い人物とは全く考えていませんが。『秘密』は新田さん曰く「口当たりのよいメルヘン」になるように書かれた作品であり、そういう作品に「どろどろとした内面の描写」が書かれてしまっては作品全体の流れを損ねてしまう可能性が非常に高くなるでしょう。そんな作品だから、マスターベーションやセックスのことをどろどろ書くのは全くの場違いといえます。『秘密』という作品では行為そのものが必要であり、行為の綿密な描写は必要とされていません。

 また、私はミステリとしては物足りないと『黄金色の祈り』について書きました。確かに「著者がフェアプレイに徹する為に、実に細心の注意を払って全体の文章を書いている」ことに間違いはありません。それが職人芸かどうかといわれれば、別に職人芸とは思いません。細心の注意を払って面白く書くのがミステリだと思います。それに「叙述および意外性」についてはどうでしょうか。「意外性」を感じることは全くありませんでした。
 この作品、ミステリとしてよりも青春小説としてのウェイトが大きいといえます。胸を締め付けられるような思いを感じさせるのですから、青春小説としては佳作だと思いますが、それとミステリとは別物だと思います。この作品は、無理にミステリを混ぜることはなかったのです。東野圭吾『秘密』がミステリを離れ、「秘密」という一点に向けて話を突き進めたように、『黄金色の祈り』も青春小説として最後まで話を進めるべきでした。「事件」を青春小説に入れるのは別に問題ないのでしょうが、「ミステリ」を青春小説に解け合わせようとするのはなかなか至難の業です。両方をうまくブレンドできればよいのですが、『黄金色の祈り』では「青春小説」の方に力点を置きすぎているため、「ミステリとして物足りない」結果になったと思います。
 なお、個人的には、『夢幻巡礼』の方が西澤保彦のターニングポイントとなる作品であると思います。今までユーモアという殻からちらちら見えていたダークな部分を前面に押し出してきた作品です。

 もちろん、ミステリの読み方は人それぞれだと思います。これは私なりの『黄金色の祈り』評であります。読者は読者なりの読み方を見つけるべきだと思います。




篠田秀幸『悪霊館の殺人』(ハルキノベルズ)

 平成五年七月下旬に始まり、ひと夏かけて不気味に進行した挙句、九月十四日の深夜、ある悲劇と共に突如として終結した「小此木家霊魂殺人事件」。白マスク男、密室殺人、降霊会、幻影の塔…次々と現れる謎に挑む、精神科医にして名探偵の弥生原公彦。複雑にして因縁からむ人間模様にひそむ遠大なる罠とは。(粗筋紹介より引用)

 最初から最後まで、昔風の本格ミステリ。逆に言うと、先人の雰囲気を忠実に移植しているので、どこか見た風景ばかりなのが残念。それに冗長な描写が目立つ。それでも1999年に、こういう昔ながらの本格が読めたことには満足。懐かしいなという方が強かったけれど。★★☆。




折原一『暗闇の教室』(ハヤカワ・ミステリワールド)

 叙述トリックと現実の事件を絡めるのが最近の折原一の作品傾向であるが、本作品は水不足で干上がったダム底の小学校で行われた中学生の悪童達の百物語と、大久保清と永田洋子(連合赤軍)を絡めたサスペンス作品に仕上がっている。台風が近づく中、夜を徹して行われる百物語と悪童たちに実際に迫りくる恐怖。そして舞台は二十年後に飛び、成長した悪童たちが同窓会の名目で再び干上がったダム底の小学校に集まる。
 百物語の内容と実在の内容を絡めてサスペンスを盛り上げようとしているのだが、語りの部分と実際の部分の境目が曖昧なため、かえって恐怖感を失わせる結果になっている気がする。しかし、その部分をのぞけばいかにも折原らしい巧みな構成といえる。昔の折原一は叙述トリックにこだわるあまり、いかにもといった作り物風のミステリになりがちだった(まあ、そこが良いと言えるときもあるが)が、ここ最近の作品は無理にこだわらず自然な流れで叙述トリックを使うようになった分、格段に読みやすくなった。本作品でも百物語の部分を除けば軽い叙述トリックを使うことにより読者のサスペンスを盛り上げることに成功している。そういう意味ではすでに円熟の境地に達したと言えるかもしれない。
 とはいえ、この解決には疑問の残る人も多いのではないか。ちょっと犯人像として想像を浮かべるには難しい。とはいえ、最後のオチはなるほどとうなずかせてくれる。とりあえず、安心して読める作品である。




貴志裕介『クリムゾンの迷宮』(角川ホラー文庫)

 せっかくの文庫書き下ろし作品。目が覚めると異世界、火星に設定された場所に連れ出されていた。傍らには携帯用ゲーム機。そこに書かれていたメッセージは「火星の迷宮へようこそ」「ゲームは開始された。無事に迷宮を抜け出て、ゴールを果たした者は……」とあった。連れ去られていたのは九人。血で血を洗うゼロサムゲームが始まった。
 途中でゲームブックが出てきて、この舞台がゲームブックの世界を参考にしたことが書かれている。連れ去られた九人は、ある組織によって現実のゲームブックの登場人物と化してしまったわけだ。この小説はまさにゲームブックを小説化した作品なのである。そのせいか、ゲームブックを解くような面白さはあっても、ホラーとしての恐怖がまるで感じられない。途中で出てくるサバイバルを生き抜く知識は面白いし、グールに追われる部分も臨場感はある。それでもやはりゲームブックを読まされている程度の臨場感しかない。『黒い家』『天使の囀り』などにあった現実感の恐怖に比べるとどうしても一歩劣っている。特に、最後までゲームブックにこだわってしまったのはどうか。登場人物だけでなく、読者にとってもすっきりしないものが残るだけではなかったか。もっとも、ゲームブックらしさという点にこだわりさえしなければ、十分面白い娯楽作品に仕上がっている。もっとも、ジャンル的にはホラーというよりも冒険小説に近いのではないだろうか。




依井貴裕『夜想曲(ノクターン)』(角川書店)

 4年半ぶりの新作。「華麗なる論理パズルの誕生」が帯の言葉だが、その言葉に偽りなし。同期会で集まった山荘で三日続けて殺人が起きる。それも全て絞殺。今は俳優になった桜木も同期会に参加していたが、なぜかその間の記憶がない。しかし、ロープで首を絞めた感触だけは手に残っていた。そんな桜木の所に事件を小説化した原稿が送られてくる。犯人は一体誰なのか。桜木本人なのか。
 途中で「読者の挑戦状」が入る古典的といってもよい本格。確かに手掛かりは全て示されているし、論理は全く隙がなく美しい。そういう意味ではお見事といってよいだろう。一つの仕掛けについては堂々と書かれているので気付きやすいのだが、作者がねらったもう一つのトリックを見破った人は少ないと思われる(もっとも、本格に多重人格なんか使ってほしくなかったけどね。ネタ晴らしなのでここは伏せ字)。ところがである。このミステリ、読んでいてもワクワクしない。それは事件がつまらないからである。仕掛けの方に重点を置きすぎたのか、事件の描写が淡泊になっている。論理パズルにこだわりすぎて、パズルに不必要な部分を削りすぎてしまったため、逆に殺人事件自体のスリルが無くなってしまった。そのため、解決編を読み終わった後に何も残らなくなってしまった。
 最近のミステリは不必要な部分を書きすぎている作品が多いと思っている。しかし、不必要な部分を削りすぎると今度はクイズで終わってしまう。その加減が難しい。どんな舞台だって演出過剰は嫌われるが、演出がまるでない舞台はつまらない。




梅原克文『カムナビ』上下(角川書店)

 とにかく圧倒的なエンタテイメントなのである。ハイパーホラーという言葉が過去にあったのかどうかはさっぱりわからないが、とにかく面白い。ところが他の書評を見るとどうもあまり芳しくない。ネット系でも評判が二分しているとのことなので、珍しく(普段、人の書評は見ない)色々さがしてみると、まあ、出てくる出てくる酷評が。確かに言っていることは納得するけれど。
 最後の真相が天文学上から見るととんでもないらしい。そんなこと、天文学に弱い私にとってはキズでも何でもない。そんな風に物理学的な面から追いつめていくと、本格ミステリのほとんどはキズだらけじゃないのだろうか。有名な例は佐藤友之『金田一耕助さん、あなたの推理は間違いだらけ』。たとえ物理学的に不可解なところがあっても横溝正史の価値は何ら揺らがない。そういう事言っていたら、京極だって清涼院だって同じ反論が出るんじゃないだろうか。
 ちょっと脱線したが、まあ、私にとっては「1999年、北極星は南にある」とでも書かれない限り、天文学的なことは問題にしない。
 人物描写がワンパターンという評も多かった。同じ描写がしつこいほど繰り返されるという評も多い。これは全くその通りだなと思う。ただ、説明部分の繰り返しは、むしろ親切な作者だなと思ったけれどね。もちろん、そこまで計算していたんじゃないだろうけれど。
 主人公が情けない。これはその通り。なんであんな情けないのになぜ一目惚れする(笑)。ま、恋は盲目か。色男、金と力はなかりけり。
 文章が下手? 『ソリトンの悪魔』の時もそんなに文章がうまいとは思っていなかったので気にはならなかった。文章力を点数付けの判断にはしますが、文章力を作品評価のトップにするつもりはないし。
 超能力者がパチンコで生計を立てる? 当然の事じゃないだろうか。テレポートや予知能力でも持っていれば別でしょうが。世間にばれないように動いているのだから、パチンコで生計を立てるのが一番手っ取り早いんじゃないかな。
 途中で語られる解説文らしき蘊蓄が退屈という評も多いが、私はむしろあれが面白かった。知っている人には退屈かも知れないが、知らない人が読めば歴史の謎解きというのは実に面白い。ただ、知っている人が読めば退屈な描き方というのは減点材料でしょうね。知っていることをずらずら続けているからつまらないという評というのは単なる優越感じゃないだろうか。
 まあ、いちいち反論挙げていってもしょうがない。そんな数々の欠点がありながらもなぜ今年のベスト1などと書いたか。今年読んだ本の中で1番面白かったからである。

 古代史にまつわる壮大な謎が解かれる快感。やはりこれに尽きるでしょう。上巻はゆったりとした、まるで読者をいらだたせることを楽しんでいるかのような展開。そして下巻ではそのフラストレーションを一気に解消させるジェットコースター的テンポで読者に息を付く暇を与えない。強引とも言える書き方で読者を結末まで引っ張ってゆく。最後まで引っ張った割には、現実世界へ引き起こす事件規模が小さいという不満があるにしろ、これだけのスケールで書いてくれれば大満足。待っただけのことはある。
 近未来ものも良いのだが、やはり卑弥呼や神武天皇、それに日本武尊などの謎に包まれた日本の歴史を一気に解き明かしてくれるというのは魅力的である。それは、「日本人」という摩訶不思議な存在のルーツの一つを解き明かしてくれるという、いわば日本人の琴線に触れているからではないだろうか。
 細かい点を言えばきりがないが、壮大なスケールで、かつ、読者を引っ張ってくれる作品はなかなかない。そういう意味で私はベスト1だと思うわけである。
 今更だけど、バッシングを受けた一番の原因は他にあるんでしょう。キジも鳴かずば撃たれまい。




中嶋博行『第一級殺人弁護』(講談社)

 現在の社会犯罪を舞台にした短編集。五編のタイトルもそのまま「不法在留」「措置入院」「鑑定証拠」「民事暴力」「犯罪被害」と、蛇頭、最先端精神医療、DNA鑑定、銀行不良債権、犯罪被害者救護を取り扱っている。横浜で小さな法律事務所を営む若手弁護士京森英二を探偵役(狂言回しに近い気もするが)に据え、刑事当番弁護士制度という、弁護士が交代で毎日待機して、逮捕された被疑者の元に無料で駆けつけ、法的なアドバイスをする制度の弁護士リストに登録してしまった自分を呪い、弁護費用が出ることを祈りつつ被害者のために走る(もしくは巻き込まれる)。
 トリックそのものはワンアイディアであるが、その周辺のディティールが簡潔ながらもリアリティがあるので読んでいて楽しい。著者が弁護士なだけあって、売れない弁護士の悲哀と、それでもつい走り回ってしまう小さな正義感の書き方は納得させられてしまう。社会犯罪はいつ自分のに降りかかってくるかわからないなと思わせる短編集。地味だが、決して退屈させることはない。お薦めである。作者の法廷物をもっと読みたいものである。