貫井徳郎『プリズム』(集英社)

 究極の推理ゲーム。幾重にも繰り返される仮説の構築と崩壊。一筋の推理の光が屈折・分散し、到達するところには―実験的アンチ本格ミステリ。(粗筋紹介より引用)

 ワセダミステリクラブを読んでなるほどなあと感心してしまった。しかし、この作品、仕掛けとしてはお見事と思うけれど、読後感という点で好きになれません。正直言わせてもらうと、マニアのみを喜ばせることを目的としているような気がするんですよね。




真保裕一『ボーダーライン』(集英社)

 男は、握手でも求めるかのように笑顔を見せながら、銃口を向けてきた。彼はなぜここまで酷薄に? 欲望の街L.A.を彷徨する探偵・永岡が見た親と子の地獄、人の心の砂漠。ハードボイルド探偵小説。(粗筋紹介より引用)

 真保裕一久々の快作。新境地を開くと行ったところか。どうしても言っておきたいことは、真保裕一はあの犯罪者を書きたいがためにこの作品を書いたのではない……に違いないということ。あくまでも真保流の私立探偵小説として書かれた作品だと思っています。




貴志祐介『青の炎』(角川書店)

 主人公櫛森秀一は高校二年生。毎日海沿いの134号線をロードレーサーで駆け抜けて通学する。成績も学年でトップクラスである。そんな明るい学生生活を送っているはずだったが彼の頭の中は完全犯罪のことだけだった。家に住み着いているかつての義父。母と離婚し、多額の解決金を持って家を出たはずだった男が10日前の4月初め頃、家に舞い戻ってきた。酒乱で暴力をふるいまくるそんな彼を追い出すことのできない母。秀一は平和だった日々を取り戻すべく、愛する母と妹を守るために完全犯罪を試みる。邪魔者を排除するために。

 古くさい。一言でいうとそんな作品である。だからといって面白くないわけではない。いや、やはり貴志祐介は何を書かせても面白い。
 描写力は相変わらず上手い。今の高校生なんてこういう感じだなと思わず納得してしまう描き方はさすがである。それに主人公の心情は胸を締め付けられる。同じ立場になったら自分の同じ行動をとるのではないかと思う人は多いに違いない。主人公の理解能力度が高すぎる(法医学があんなに簡単に理解できる?)のは引っかかるが、その点を除けば主人公の叫びと行動は、読者の心に突き刺さってくるだろう。
 主人公を取り巻く人々もしっかりと書かれている。主人公に力を入れすぎて、つい周りがおざなりになるといったミスはこの小説にはない。こういう小説にありがちな「わざとらしい正義」を振りかざす人がいないのも好感が持てる。

 それでもである。インターネットなどの新しいアイテムを用いているとはいえ、物語の構成としてはあまりにも古い。現代版「罪と罰」などと書かれているが、これを超えた部分がなければただの模倣になってしまう(もっとも私は『罪と罰』を概略でしか読んだことがないので何とも言えないが、似ているのはせいぜいモチーフぐらいだろう)。この手の物語は、悪く言えば「よくあるパターン」なのである。特に結末。ありきたりだし、多分こうなるだろうと思っていてもこうなってほしくないよなと、読者が頭にすぐ浮かべるであろう形で終わるのである。残念ながら、「これは」と読者がうなるようなものは何もない。筆力がある作家なのでそういう意味ではとても残念である。

 色々書いたが、読んでも損はない作品である。いや、今年度の収穫の一つと言ってもよい。あまりにも哀しい「青の炎」を読者の目で確かめてもらいたい。




はやみねかおる『徳利長屋の怪』(講談社 青い鳥文庫)

 大江戸編の下巻。前々から「江戸城を消す」と言っていたはやみねかおるがどういうトリックを持ってくるのかお手並み拝見と行ったところだったのだが、もちろんこの話はそれが主眼ではない。あくまで人々を幸せにするために謎を解く名探偵の物語なのである。そんな名探偵、夢水の生き方、考え方がこの物語の主眼である。そんな生き方を強烈に訴えるがために、あえて幕末という番外編を書いたのではないかとさえ思えるほどの二編である。
 とはいえ、ミステリ好きのはやみねかおるのこと、きちんと謎も用意されている。メイントリックである「江戸城を消す」は、さすがに無理じゃないかという気もするが、当時の照明事情を考えれば成立してもおかしくない。しかし、うまいなと感じさせるのはむしろ怪盗九院の方。侍たちの食べている団子の中から一本だけ串を奪い取る。ちょっとしたアイディアではあるが、演出がうまいのでお見事と手を叩きたくなる。
 今後、このシリーズはどうなるのだろうか。はやみねかおるが書きたかった「名探偵」の姿が、幕末という時代にあまりにも効果的な描き方で書かれてしまうと、舞台を現代に戻した場合、かなり大変ではないだろうか。「幸せにする」人々の対象が幕末の江戸の町民全部と町中の一部の人々という風に比べてしまうのはよくないのだが、やはりスケールという点ではちょっと落ちてしまう気がする。もっとも逆に、町中で謎を解く姿の方がはやみねかおると夢水清志郎にぴったり来る気もするのだが。




芦辺拓『不思議の国のアリバイ』(青樹社)

 芦辺拓お得意の映画の知識をさりげなく散りばめ、怪獣映画復活に若い力を注ぐ監督たちとそれを取り巻く業界人の醜い欲望というありがちながらもすがすがしいパターンを持ってきている。設定としては悪くないのだが、どうも書き方がやや独りよがりすぎて空回りしていると思う。それに、肝心の事件の方がもう一つである。
 全く物証のない人物を犯人として逮捕して自白を迫るのは実際の警察でもよくやっていることなので(冤罪事件、再審請求事件のほとんどはこのパターンだ)、今更どうのこうの書くつもりはない。しかし無罪の人物が捕まっているのにあまり緊迫感がないのもどうか。捕まってしまった若き映画監督やその周りの登場人物にしても、焦っている様子が書かれているのに焦っているという感がまるでない。無罪を証明すべく走り回る弁護士森江春策にしても切羽詰まっている様子が書かれていても切羽詰まっている気がしない。きっぱり言って描写不足だろう。
 あまり魅力が感じられない森江春策に若い女助手をつけるという手法はありきたりながらも面白い設定。しかし、それを生かし切ったかと言われれば全然生かしていない。残念ながら今回は、森江一人でも十分だったんじゃないかと思う。その理由は事件の中に別のヒロインがいること。当然読者はそちらの方に重点を置いてしまう。もともと森江という探偵役の造形もあまり上手いと思われなかったが、謎や知識面を追求するばかりでなく、人の描き方という点をもう少し力入れるべきではないか。よく「人が描けていない」と評される作家が多い。そんな作家でも探偵役そのものは、「描けていない」なりに魅力的なものだ。

 芦辺拓はもっと面白い作品が書ける作家だと思っている。古き良き名探偵の魅力をわかっている作家だと思う。だからこそ、もっと魅力的な事件、魅力的な探偵を望みたい。




東野圭吾『白夜行』(文藝春秋)

 至る所で絶賛されているし、同居人もこれが今年のベストと断言しているのでようやく手に取ってみた。確かに力作だ。今年のベスト3には間違いなく入るだろう。東野圭吾がインタビューで「これがつまらないという人は波長が合わないとしか言いようがない」みたいなことを書いていたのもわかる。綿密な計算、緻密な構成。細かくても無駄のない描写。主役二人の哀しすぎる人生と内に秘めた激情。タイトルの『白夜行』も主役二人の哀しい生き方にぴったりである。しかし読み終わった後に釈然としない物が残ったのも事実だ。何かを忘れている気分なのである。それは何か。彼らを取り巻く登場人物である。
 19年間という長い時間の物語を、各舞台ごとに視点を変えて二人の生き方を浮かび上がらせる、という方式を取ったためか、主役以外の登場人物全てが置いてけぼりを食らっているのだ。人生なんて確かにそんなものかもしれない。中学、高校、大学、会社と自分の周りを取り巻く登場人物は数多くいても、その中で10年、20年と関わってくる人は本当にわずかな数である。だから主役二人を取り巻く登場人物の書かれ方が、たとえ人物描写こそしっかり書かれていようと、風のように吹き飛んでしまう存在になってしまうのは仕方がないのかもしれない。ただ、そんな彼らをたとえ1章であろうと中心視点人物に据えてしまった分、彼らの存在が置いてけぼりになってしまっていると感じてしまうのである。もちろん、そんな彼らの‘その後’も僅かな行数ではあるがきっちりと書かれているのだ。だから東野圭吾が周りの人物を忘れてしまっているわけではない。それでも釈然としない物を残しているのは私だけだろうか。周りに聞いている見ると、どうも私だけらしいのだが。
 そしてこの作品の失敗点と思えるのが結末。なぜミステリ的な結末を持ってきたのだろう。だいたい非常に抜け目のない主役であれば、彼の周りを彷徨く刑事のことなどとうに知っているはずなのに。
 力作だとは思うが、力作すぎるが故に、些細なところで首をひねってしまう。そんな作品である。