水上勉『雁の寺・越前竹人形』(新潮文庫)

 "軍艦頭"と罵倒され、乞食女の捨て子として惨めな日々を送ってきた少年僧慈念の、殺人にいたる孤独な怨念の凝集を見つめる、直木賞受賞作の『雁の寺』。竹の精のように美しい妻玉枝と、彼女の上に亡き母の面影を見出し、母親としての愛情を求める竹細工師喜助との、あまりにもはかない愛の姿を越前の竹林を背景に描く『越前竹人形』。水上文学の代表的名作2編を収める。(粗筋紹介より引用)

 「雁の寺」は禅寺を舞台とし、日常の描写と愛欲、そして慈念の葛藤が細かく描写されている。慈念が殺人に至るまでの描写が素晴らしく、最後に推理作家だったことを印象づけるかのような結末と完全犯罪ぶりがまた素晴らしい。
 「越前竹人形」は、竹細工師の喜作と、元遊女で喜作の父の馴染みでもあった玉枝の姿を描いた作品である。母の姿を求めてまったく手を出さない喜作に不満を持ち、誤ってかつての馴染み客に身体を許してしまい、挙げ句の果てに妊娠してしまった玉枝が哀れである。そんな玉枝の心情に気付かず、ただただ母の姿を求める喜作もまた哀れである。二人の姿はあまりにも美しく、あまりにも脆い。
 それにしても最後はやや唐突で、しかも無常な終わり方である。もうちょっと二人の幸せを見てみたかったと思うのは私だけだろうか。




デイヴィッド・ローン『音の手がかり』(新潮文庫)

 映画撮影中の事故で失明したハリウッドの元音響技師ハーレック。彼の姪のジェイニイが、何者かに誘拐された。彼女はどこにいるのか? 犯人からの電話の背後には、電車のブレーキ音や風鈴の音や音楽がかすかに聞こえる。犯人の居場所をたどる唯一の手がかりは、この背後の音のみ! 鋭敏な聴覚だけを頼りに、ハーレックが誘拐犯に迫る。シカゴを舞台に展開する異色犯罪ミステリー。(粗筋紹介より引用)
 1990年発表のデビュー作。1993年1月翻訳。

 誘拐もののサスペンス。かかってきた電話から聞こえてきた音を頼りに犯人を追うという展開は何作かあるが、事件を追うのが失明した元音響技師という点が、この作品を面白く仕上げた要因であることは間違いない。それもただ聞こえてきた音を頼るだけではなく、音を分析して距離を推定したり小さな音を聞き分けたりするという科学的な一面が、この作品をより面白くしている。また、同じ犯人を追う側なのに、警察と立ち位置が異なっているところも、本作品のサスペンス度をより高める結果となっている。
 設定勝ちという気がしなくもないが、誘拐小説に一つの足跡を残したことは事実だろう。




シスター・ヘレン・プレジャン『デッドマン・ウォーキング』(徳間文庫)

 貧しい黒人のために活動していたシスター・ヘレンは知人から死刑囚との文通を持ちかけられる。その死刑囚、パトリック・ソニアは若いカップルの女性を強姦したうえに二人を殺害していた。文通をきっかけに面会を重ね、彼の命を救おうと奔走するが、パトリックは電気椅子に送られてしまう。死刑制度のもつ困難な問題に直面しながらも、ヘレンは死刑囚と被害者の家族の救済に取り組んでいく。感動の映画原作。(粗筋紹介より引用)

 作者であるシスター・ヘレンがルイジアナ州立アンゴラ刑務所に収容されていたエルモ・パトリック・ソニア死刑囚と文通を始めた1982年から10年間の活動の記録を綴ったもの。タイトルは、独房から死刑執行室に向かう刑務所内の隠語「死刑囚が行くぞ(DEAD NAB WALKING)」を指している。1993年にアメリカで出版。アメリカ図書館協会賞受賞。翌年にはクリストファー・アウォード・フォー・アーティスティック・エクセレンスを受賞。さらに映画化を受けて1996年に翻訳された。
 死刑囚や被害者遺族と接する彼女の心の揺れがよく書かれているとは思う。死刑制度ばかりではなく人種差別や司法制度などの問題についても書かれている。彼女の活動には素直に感心するが、だからといって「許す」ことができるのは、まず最初に命を奪われた被害者であり、次にその遺族だ。祈りによって許しを請うこと自体が悪いこととは思わないが、祈りとか神とかに逃げの道を造っているという気がしないでもない。自分が祈りの道を歩くのはご自由にと思うが、それを「癒し」という名で強制することは止めてほしい。




斎藤純『ル・ジタン』(双葉社)

 パリで出会った盲目のギタリストが、持っていたギブソンのエレキギターをネオ・ナチの若者達に盗まれた。その場に立ち会っていたカメラマンの彼と人気歌手の彼女は、成り行きでギターを取り返す事になるが。「小説推理」1993年2月号掲載、第47回日本推理作家協会賞短篇および連作短篇集受賞作「ル・ジタン」。
 岩手のAMラジオ局でパーソナリティを勤める霧島貴子。彼女の番組に届いた投書には、父がT・レックスのボーカル、マーク・ボランにもらったギターが盗まれたと書いてあった。そしてこの盗まれたギターの話は全国紙が取り上げ、全国に拡がっていった。「レスポールの伝説」。
 ビートルズの再結成コンサートを日本で行うから手伝ってほしいと、寺尾圭介はかつて世話になったライブハウスの経営者である益田から頼まれた。そんな益田の元に、テレビ・新聞等のマスコミ関係を牛耳るグループから声がかかる。独自にイベントを成功させたい益田はその誘いをはねつけるが。「ジュリアンの微笑」。
 大学時代同じテニス部で活動した弁護士の手島は、私に特ダネを提供してくれた。美容整形専門の病院チェーンを築き上げたフジモリ・クリニック院長、藤森竜治が賭博容疑で有名人たちとともに逮捕される瞬間であった。さらに手島は私を連れて屋敷内に入り、ゲーム室のテーブルを撮影させたのだが、そのとき刻み模様の入った長方形の木片を一緒に撮らせ、これを記事に載せるように要求した。手島はかつて、藤島の娘と結婚していた。「ヒトラーからの贈り物」。
 ブラジルから来た大物ジャズボーカリスト、ナンシー・オリヴェイラのコンサートが東北の小都市T市で行われ、その打ち上げパーティーがタンゴのアルバムコレクションで有名な喫茶店「カリエンテ」で開かれることになっていた。しかしオリヴェイラは、店に入った瞬間倒れてしまった。そしてその夜、喫茶店のオーナーである瀧沢は、アルバイトの美咲を殺害した。「赤いユトリロ」。
 協会賞受賞作を含む5作を集めた短編集。

 齋藤純は、元FM岩手のディレクター。処女作『テニス、そして殺人者のタンゴ』で一部識者からの評判は得たが、どちらかといえば寡作なためか、今ひとつ人気が出ないという現状は残念。「ル・ジタン」で協会賞を受賞したものの、その現状は変わらず。数年前、『銀輪の覇者』が話題になったが、それ以後の話題はなし。ここらでまた一発、ヒットをかましてほしいところだ。
 「ル・ジタン」はパリが舞台。ル・ジタンは、サンドニ門近くにある店の名前であり、盲目のギタリストを含む六人バンドが演奏をしている飲み屋である。中身は人情物語だが、それを覆うのがパリという舞台と、流れてくるメロディである。本を読みながら、哀しい場面では静かな音楽が、緊迫する場面では激しい旋律の音楽が流れてくる。音楽は国境を越える、と言いたくなる作品かもしれない。音楽を取り扱ったミステリとして、一級品の素晴らしさである。
 「レスポールの伝説」は割とありきたりな設定だが、結末はちょっとかわいそうじゃないだろうか。
 「ジュリアンの微笑」はビートルズファンに読んでいただきたい一品。
 「ヒトラーからの贈り物」は音楽ものではなく、ヒトラーもの。設定は毛色の変わった作品だが、作品に流れるメロディは変わらない。
 「赤いユトリロ」もまた過去が絡んでくる。意外な殺人事件から語られる過去が哀しい。




西澤保彦『彼女が死んだ夜―匠千暁第一の事件』(カドカワノベルズ)

 門限はなんと六時! 恐怖の厳格教育で育てられた箱入り娘の女子大生、通称ハコちゃんこと浜口美緒がやっと勝ち取ったアメリカ旅行。両親がたまたま留守にして、キャンパスの仲間たちが壮行会を開いてくれた出発前夜、家に帰ると部屋に見知らぬ女性が倒れていて……。撲殺らしい頭部の血。パンティストッキングに詰められた長い髪束。テーブルの下の指輪……。助けを求められた男性陣がかけつけると、ハコちゃんは自分の喉にナイフをつきつけて言った。この死体を捨ててきてくれなければ、わたしは死ぬゥ!しかしとんだ難題の処理が大事件に発展して……。通称タックこと匠千暁がすべての真相を説き明かした時、夏休み明けの学園にはもう、あのひとの姿はない……。(粗筋紹介より引用)
 1996年書き下ろし。

 デビュー作『解体諸因』で登場したタックこと匠千暁の第一の事件。色々な推理を繰り広げるところは後の作品と変わらないが、まだこの頃はやや控えめ。登場するキャラクターが多く、裁ききるのに苦労している感じがある。どうにかこうにか、謎の整合性をつけることができた、そんな一冊。まあ、とりあえず第一の事件としては悲しすぎる作品かも。




都筑道夫『なめくじに聞いてみろ』(講談社文庫)

 出羽の山から東京にやってきた桔梗信治。彼の父親は、殺人方法考案の天才であった。東京に十人以上いるという父親の弟子をさがし、信治は行動をおこす。弟子を皆殺しして、父親の発明した殺人方法も闇に葬るつもりだ。しかし、彼にとっては敵の居場所も武器もわからない。奇想天外なコミカル・ミステリイの傑作。(粗筋紹介より引用)

 映画「殺人狂時代」(岡本喜八監督)の原作ともなった一冊。この作品の粗筋を聞き、横山光輝の短編「暗殺道場」や長編『闇の土鬼』を思い浮かべたのだが、よく考えてみるとこちらの作品の方が早かった。映画好きの横山光輝のこと、間違いなく「殺人狂時代」を見ていただろうし、本作品も読んでいたに違いない。
 独創的な数々の殺人方法を、たった1冊に盛り込んでしまうなんて非常にもったいないような気もするが、こういう作品はこれでもかとばかり並び立てるのが、面白さにつながるのだろう。奇想天外な設定で、ともすれば陰惨になりがちなのだが、コミカルタッチで書かれた作者の筆が、暗いムードを吹き飛ばすことに成功している。殺人ばかりのミステリなのだが、読んで楽しい一冊。




嵯峨島昭『踊り子殺人事件』(徳間文庫)

 セールスマンの久里村は出張先で、偶然レズビアン・ショーの踊り子たちと出会い、その怪しさに魅入られるが、それが原因で金粉ヌード・ダンサー殺人事件に巻き込まれることになった……。
 平凡な一人の男がふとした機縁で踏み込んだ倒錯の世界と謎の殺人事件。彼がそこで見たのは、果たして夢幻だったのか?
 覆面作家として話題を集めつつ妖美の世界で明晰な推理を展開する著者の代表作。(粗筋紹介より引用)
 謎の覆面作家が書いた代表作。1972年9月、光文社より刊行。

 嵯峨島昭の正体は、芥川賞作家の某氏。嵯峨島昭(さがしまあきら)は「探しましょう」をもじって付けたペンネーム。探偵役の酒島警部も、本名は酒島章である。
 レズビアン・ショーの踊り子たちを取り扱っているところが、作者の正体を彷彿させて面白い。
 主人公の久里村が、踊り子たちと偶然知り合ったために事件に巻き込まれるという、典型的な巻き込まれ型サスペンス。舞台の変化(鳥取から鹿児島まで)や最後の犯人の正体も含め、サスペンスの壺を押さえた設定と書き方になっており、読んでいても飽きが来ない。ベテランの芸ともいえる。




都筑道夫『七十五羽の烏』(光文社文庫)

 旧家に起こった殺人事件は、千年も前に恨みを残して死んだ姫君の祟り!? 登場するのはまったくやる気のない探偵、ものぐさ、いや物部太郎――。
 作者は文中で(見出しも含めて)、ひとつも嘘をつきません。そして事件解決の手がかりは、すべて読者の前に明示されます。鬼才が精巧に練り上げ、フェアプレーの精神で読者へ挑戦する本格推理ファン必読の傑作!(粗筋紹介より引用)
 1980年9月、角川文庫で発表。

 本格ミステリにおけるフェアプレイ精神に則り書き上げられた一冊。本格ミステリが好きな作者だから、このような作品を喜んで書くことができたのだろう。この作品は、すでに本格ミステリの古典となった。




西澤保彦『七回死んだ男』(講談社ノベルス)

 同一人物が連続死!恐るべき殺人の環。殺されるたび甦り、また殺される祖父を救おうと謎に挑む少年探偵。
 どうしても殺人が防げない!?不思議な時間の「反復落し穴」で、甦る度に、また殺されてしまう、渕上零治郎(ふちがみれいじろう)老人――。「落し穴」を唯一人認識できる孫の久太郎少年は、祖父を救うためにあらゆる手を尽くす。孤軍奮闘の末、少年探偵が思いついた解決策とは!時空の不条理を核にした、本格長編パズラー。(粗筋紹介より引用)
 1995年10月、書き下ろし。

 どんな世界でもミステリを構築することは可能である。ただ、ミステリとして成立させるために、全く新たな世界を作り上げてしまったのは、西澤保彦の功績だろう。SFとミステリの融合だけではない。ここにあるのは、ミステリ、そして本格における新たな可能性の、一つの道標なのである。




加納朋子『掌の中の小鳥』(東京創元社 クライム・クラブ)

 ここ“エッグ・スタンド”はカクテルリストの充実した小粋な店。謎めいた話を聞かせてくれる若いカップル、すっかりお見通しといった風の紳士、今宵も常連の顔が並んでいます。狂言誘拐を企んだ昔話やマンションの一室が消えてしまう奇談に興味はおありでしょうか?ミステリがお好きなあなたには、満足していただけること請け合い。―お席はこちらです。ごゆっくりどうぞ。 (粗筋紹介より引用)
「掌の中の小鳥」「桜月夜」「自転車泥棒」「できない相談」「エッグ・スタンド」の5作を収録。1995年7月、東京創元社より単行本として刊行。

 日常ミステリという世界に咲いた一輪の花、加納朋子。代表作ならやはり『ガラスの麒麟』になるのだが、好みでは本作を挙げる。登場人物がみんな好き。この作品は、愛すべき男性と、愛すべき女性と、そして愛すべき人々への応援歌である。




津村秀介『時間の風蝕』(ケイブンシャ文庫)

 新横浜のホテルに現れた黒いスーツの美女は、こぼれるような色気を湛えていた。そして女が立ち去った部屋からは、男の毒殺死体が発見された。被害者の身元は分からず、手がかりは現場に残された奇妙な黄金板のみ。捜査に乗り出した港北署の佐伯警部補らは、黒いスーツの美女と奇妙な黄金板の謎を追うが、意外な第二の殺人事件が行く手を阻む。(粗筋紹介より引用)
 1983年2月、栄光出版社より刊行。作者の第2作。

 多作家は損をする。こんな傑作が読まれないのだから。旅情ミステリというジャンルを切り開き、書き下ろしノベルス作家としての王道を歩んだ作者だが、最初期作品である本書は、丹誠込めた鉄道ミステリの傑作なのである。地味かもしれないが、地に足着いた仕上がりぶりを確認してもらいたい。




谷甲州『遙かなり神々の座』(ハヤカワ文庫JA)

 マナスル登頂を目指す登山隊の隊長になってくれ、さもなくば―得体の知れない男から脅迫され、登山家の滝沢はやむなく仕事を請け負った。が、出発した登山隊はどこか不自然だった。実は彼らは偽装したチベット・ゲリラの部隊だったのだ。しかも部隊の全員が銃で武装している。彼らの真の目的は何なのか。厳寒のヒマラヤを舞台に展開する陰謀、裏切り、そして壮絶な逃避行―迫真の筆致で描く、山岳冒険小説の傑作。(粗筋紹介より引用)
 1990年8月、早川書房より単行本として刊行。

 国内山岳冒険小説の走りといえる作品。不自然なメンバーの登山隊を率いる滝沢。山に慣れていないメンバーを率いつつ、幾つものトラブルに遭遇しながらも厳寒のヒマラヤを越える滝沢たち。しかし彼らを待っていたのは、陰謀と裏切りだった。滝沢ともう1名の、必死の逃亡劇。冒険小説ならではの、王道の展開。読んでいると、なぜか体に震えが来る。冬山ならではの厳しい寒さを、体が感じ取っているのかもしれない。それぐらいの臨場感がある。迫力がある。
 残念なのは、ヒロインである君子や摩耶の描写や扱いか。存在感そのものが希薄で、いっそのこと後半に登場することはなかったんじゃないかと思うぐらい、描き方がおざなりである。
 冒険小説ファンなら避けては通れない一冊である。




結城惺『MIND SCREEN4』(新書館 ウィングス文庫)

 久志の親友友藤、そして久志の従姉妹である杉原香奈里と仲がよくなる俊一。香奈里からは「香奈里って呼んで」とお願いされ、以後「香奈里ちゃん」と呼ぶことになる。逆に香奈里は「俊ちゃん」と俊一のことを呼ぶようになった。
 久志の誕生日が近づき、友藤と香奈里は誕生会を計画する。そして俊一もその片棒をかつぐことになった。「君が好き」。
 高校卒業後、一年間は祖父のいるアメリカへ留学するはずだった久志。ところが祖父から、父の仕事を継ぐためには一年の留学ではなくこちらの大学に入学するするように求められた。悩む久志。俊一はそんな久志のためにサプライズを仕掛ける。「BOY'S ROAD」。
 香奈里は出会ったときから俊一のことが好きだった。しかしそれは口に出してはいけない。そんな彼女の思いを知っているのは、久志のことが好きでも口に出せなかった友藤だけだった。
 大学卒業後、地元でOLをやっていた香奈里の処に、友藤が現れた。サイオンが独立し、今までマネージャーをやっていた山崎が社長となるため、代わりのマネージャーを香奈里にやってほしいという。その頃、香奈里は同僚の男性にプロポーズされていた。「あなたは知らない」。
 1995〜1996年、「小説WINGS」に掲載された作品及びノヴェルス書き下ろし作品をさらに加筆。

 第4巻は、主人公である「あなたは知らない」を含め香奈里本となっている。個人的には香奈里好きなので、とても嬉しいですね、本巻は。それにしても、別の人を思っている一人の人をいつまでも恋し続ける、というのは大した者。考えてみれば「MIND SCREEN」シリーズって、そんな人ばっかりなんだよな。まあ最後の方になると、全員の恋に決着が付くわけだが。  ネタばらしすると、香奈里・久住・孝充・寛は俊一のことが好き。友藤・千鶴美は久志のことが好き。それでも、恋する人のことを思って行動できる彼らって凄いと思う。




結城惺『MIND SCREEN3』(新書館 ウィングス文庫)

 久志とつきあい始め、少しずつ明るくなった俊一。久志は俊一をどこかのクラブに入れようと動くが、父親がなく母親が病気がちなためアルバイトをしている俊一に、部活動は無理だった。ある日、俊一は長田秀己という年齢不詳の男性と知り合う。長田は、土曜日はライブハウスをやっている喫茶店「モノクローム」を経営していた。俊一は長田の誘いを受け、時給の低いコンビニの代わりにそこでウェイターのバイトをすることとなる。そして俊一は、忙しい久志の代わりに誘った友藤とともにライブを見学し、自らもバンドをやりたいと告げる。「エールをおくろう」。
 朝寝坊をしていた俊一の処へ、妹の千鶴美から電話がかかる。弟の寛が家出をして、俊一の処へ向かっているという。小さいころから俊一になついていた寛は、俊一と一緒にいたくて東京へ来たのだという。とりあえず二三日泊める久志と俊一。アルバム作成中のスタジオに寛を連れていった俊一だったが、寛は同い年の孝充と仲がよくなる。「ぜいたくなペイン」。
 1995年、1991年、「小説WINGS」に掲載された作品を加筆。「ぜいたくなペイン」は初収録作品。

 幻とまでいわれた「ぜいたくなペイン」が雑誌に掲載されてから八年目にしてようやく収録。アナザストーリーやアフターストーリーの同人誌ばかり読まされ、本編を読むことができなかったから、やっと読むことができて満足。
 こうしてみると、俊一って本当に皆から愛されていることが分かる。問題は本人がその事実に気付いてなく、久志しか目に入っていないことなのだが(苦笑)。
 「エールをおくろう」はバンド“サイオン”結成前夜を描いた話である。こうも簡単に人が集まってくるところが、都合よすぎといってしまうのは失礼か。




結城惺『MIND SCREEN2』(新書館 ウィングス文庫)

 サイオンにミニコンポのイメージキャラクターをやらないかという声がかかった。コンポのCMで歌う曲の作詞に、高瀬俊一が選ばれる。同時発売されるウォークマンの方は、アイドルである倉本瞳が選ばれる。サイオンのリーダーである友藤が、デビュー当時から曲を提供しているとのこと。サイオンと瞳の初顔合わせ、瞳は友藤を除くサイオンのメンバーに冷たい態度をとる。特に俊一に対して、きつい態度をとった。「風を感じて」。
 高校卒業後も北海道でアマチュアバンドとして活動していたサイオンの基に、プロへの誘いがかかる。全員が東京へ行き、練習を重ね、ついにプロデビューの声がかかった。ただし、敏腕マネージャーである山崎はこうも言った。友藤・俊一のツインボーカルの代わりに、新しくボーカルを入れる、と。それが五つ年下の菅野孝充だった。「サークル・ゲーム」。
 レコードデビュー直前、野外ホールでのアマチュアバンドジョイントコンサートに参加することが決まった。実力派アイドル菱宮理那がゲストで来るため、チケットの売り上げも上々。歌う曲は『パラダイス』『VOICE』、そしてデビュー曲であるはずの、曲名が決まっていない一曲。「冒険者たち」。
 倉本瞳とのジョイントライブが終わって一ヶ月後のある日。サイオンは初めてテレビの音楽番組で歌うこととなった。一緒に出演した中に、元アイドルの二人組「STAY」がいた。しかしSTAYは、すでに解散が決まっていた。番組出演の夜、サイオンのメンバーはSTAYの二人、瞳とともに飲みに行く。「NO RETURN」。
 1993年に出版されたノヴェルス作品を加筆訂正して文庫化。

 プロとしてのサイオン結成秘話や、後に角川ルビー文庫『STAY』シリーズに登場する二人組の話など、シリーズのファンにとっては盛りだくさんの内容。逆に久志がほとんど出てこないのは、久志ファンにはちょっと残念か。
 「MIND SCREEN」を続ける上で、方向性を決定づける作品となったのが、この第2巻だと思う。以後、プロとしてのサイオン、高校時代の久志と俊一を軸とした話、この二つの話が交互に描かれることとなる。




結城惺『MIND SCREEN1』(新書館 ウィングス文庫)

 ロックバンド“サイオン”のギタリスト、高瀬俊一は、街の雑踏の中で思いがけない再会をした。斉木久志……金色の髪にブルーの瞳をもった彼は、かつての夢のためにあきらめ、けれど忘れることのできない人だった。短い一瞬の幻のような北海道の夏、そしてなつかしい高校時代が俊一の胸によみがえる……(粗筋紹介より引用)「MIND SCREEN」。
 高校二年の六月、俊一のところへ、バレー部のキャプテンである浅生雅広が手紙をもってきた。その手紙は、バスケット部に所属する久志の後輩であり、浅生の幼なじみである西村奈槻が書いたものだった。そこには告白の内容が書かれていた。「素顔のままで」。
 中学を卒業した春、久志は空き地で兄弟と遊ぶ少年を見掛けた。優しい声、優しい瞳、そして悲しい瞳をもつ少年。高校へ進学した久志は、隣のクラスで少年を見つけた。その少年の名は高瀬俊一。しかし彼は、自ら壁を作り、幼なじみである久住をはじめ誰とも話をしようとしなかった。久志はそんな俊一と仲良くなりたいと、必死に声をかけるのだが。「長い夜」。
 プロになって初めてのコンサートが始まるサイオン。久志は仕事が忙しく、俊一となかなか会うことができなかった。「I MISS YOU」。
 1991年にノヴェルスで出版された作品を加筆訂正して文庫化。イラストは高河ゆんからおおや和美に変更。

 大好きなシリーズ「MIND SCREEN」の文庫化第一弾。こうして改めて読むと、自分がこのシリーズを好きなことが本当に分かる。何回読んでも面白いし、胸が切なくなってしまうし。まあ、男同士のピュア・ラブストーリーだから、変に感じる人がいるかもしれないけれど、人を好きになるという行為には男も女もないと思うし。




稲見一良『セント・メリーのリボン』(新潮文庫)

 駆け落ちに失敗し、女性を殺された男性が逃げまどう山中で出逢った老人。「焚火」。
 写真撮影のため、花見川周辺を散策していたカメラマンが見つけた太平洋戦争の頃に出来たと思われるトーチカ。そしてそこに住む不思議な少年と老女。「花見川の要塞」。
 第二次大戦中のイギリス。爆撃機は敵から弾を浴びたため、銃座に一人の兵士が閉じこめられてしまった。「麦畑のミッション」。
 東京駅の構内で赤帽として働く私の前に現れたある荷物。「終着駅」。
 都会暮らしをやめ、相続した大阪西北端の山林に暮らす竜門卓。暴力団が彼の山林を狙っているが、卓は全く気にしていない。そんな卓の職業は、猟犬を探す探偵である。ある日、失踪した盲導犬を突き止める依頼を受けた。依頼主は、目の不自由な令嬢だった。中編「セント・メリーのリボン」。
 1993年6月に刊行された短編集。“男の贈りもの”が共通の主題となっている。

 厳しさの中にあるかくれた優しさ。本書での稲見一良は、“男の贈りもの”を通してその優しさに徹底的にこだわっている。短編という制約された枚数の中で、作者は徹底的に言葉を選ぶ。削れる言葉は徹底的に削る。短い言葉の中で、厳しさと優しさを表現する。簡単なようでものすごく難しいことである。わずかな言葉で広い世界を描ききっている。稲見一良は凄い作家だった。
 どれも優れた短編だが、選ぶとしたら表題作「セント・メリーのリボン」よりも「焚火」を取りたい。山中で出逢った老人はなぜ彼を助けてくれるのか。なぜこのようなところに住んでいるのか。そもそもこの老人は何者なのか。それでも読者は、老人がどのような人物かを、頭の中で思い浮かべることが出来るだろう。それはパチンとはねる火のように、鮮やかな一瞬の情景なのである。




西澤保彦『解体諸因』(講談社文庫)

 死体が六つのパーツに解体されていた「解体迅速」。
 死体が34個に切り刻まれていた「解体信条」。
 エレベータで16秒間の間でバラバラにされた「解体昇降」。
 バラバラ死体が数個のゴミ袋の中から発見された「解体譲渡」。
 ぬいぐるみのクマの腕がもがれていた「解体守護」。
 男の死体が六つの箱に分断されていた「解体出途」。
 街の全てのポスターの首が切り取られていた「解体肖像」。
 七つの首が順繰りにすげ替えられた「解体照応―推理劇『スライド殺人事件』―」。
 二つの首をすげ替える「解体順路」。
 匠千暁や辺見祐輔、中越正一警部らが入れ替わり立ち替わり事件の謎を解く連作短編集。謎の全てがバラバラ事件。西澤保彦、デビュー作。

 もちろん1995年1月に講談社ノベルスで出たときにすぐ読んでおり、その奇抜な着想と、どことなく漂うユーモア。学園ものっぽいノリなどを好ましく思ったものだ。こうして改めて再読してみると、後のタックシリーズにつながるキャラクターの面白さが、すでにしっかりと書かれているんだよね。事件とトリックがやや奇抜すぎて、日常推理の雰囲気とかけ離れているという欠点はあるし、事件の部分の書かれ方が軽すぎるのも問題だとは思うが、バラバラものをここまで追求した作品も珍しいし、記憶に残る一冊だと思う。




樋口有介『初恋よ、さよならのキスをしよう』(講談社文庫)

 本書では娘の加奈子ちゃんとスキー場に出かけ、そこで高校時代の初恋の人、卯月実可子に20年振りに出会います。そして1ヶ月後、卯月、いや、永井実可子が殺されたことを知り、姪で実可子の娘梨早の家庭教師早川佳衣から依頼を受けます。しかも、実可子が「自分に何かあったら柚木さんに相談するように」と残していたとのこと。クールに見えて実は情に厚い柚木さんのこと、事件に乗り出さないわけはありません。しかし調査をしていくうちに、容疑者が自分のかつての同級生達であることに気付きます。
 今回の柚木さんはちょっとセンチメンタルになっていたのかもしれません。そのせいかもしれませんが、冴子は出ていませんね。それでもいつもの軽妙な会話はそのままです。

「ロマンチックな夢を見る以外には、生きている価値がないからな」

 こんな台詞、柚木さんでなければいけない台詞でしょう。  犯人がかつての同級生であったことにちょっと苦悩しながらも事件はきちんと解決。しかも最後には佳衣からバレンタインのチョコをもらうあたり、いやあ、「いい女」にモテル男はホント羨ましいです。




樋口有介『探偵は今夜も憂鬱』(講談社文庫)

「雨の憂鬱」「風の憂鬱」「光の憂鬱」と3編ですが、柚木さんの魅力を知るには充分と言って良いでしょう。本書でもエステクラブ経営者、女優、そして雑貨ショップのオーナーとあいも変わらずの「いい女」ばかり。分かっていながら女に懲りない性格に呆れつつ、しっかり事件を解決していく姿は何とも言えません。柚木さんは既に中年かもしれませんが、心はいつまでも青春時代のままのかもしれません。本書では知子からの恐怖の電話がないため、充分に羽を伸ばした柚木さんが見られます。




樋口有介『誰もわたしを愛さない』(講談社文庫)

 1996年、雑誌「メフィスト」で久しぶりに貴方の活躍を読むことが出来ました。それが『誰もわたしを愛さない』(97年 講談社)。
 冒頭は今回も加奈子ちゃんとのデートから。柚木さんの歳は38歳のままなのに、いつの間にか加奈子ちゃんは小学5年生になっていました。まあ、樋口さんが何かの都合でこういう記述をしたのでしょう。それとも単なる勘違いかもしれません。
 そういえば、「月刊EYES」の担当がいつもの石田貢一さんから新人編集者の小高直海さんに変わっていましたね。「いい女」に強い柚木さんにわざわざ「いい女」をあてがうなんて、石田さんはいったい何を考えているのでしょうか。
 事件の方は「女子高校生ラブホテル殺人事件」。最近のコギャルワールドへ挑戦するところはさすが柚木さんといったところ。当然捜査過程で高校生とも遭遇するのですが、そんな高校生たちをもを惹き付けてしまうところは、同じ男として逆に憎たらしくなってしまいます。

「ねえ、柚木さん、このジントニック、レモンかライムを入れたいですね」
「あいにく切らしてる」
「柚木さんでも忘れることがあるんですか」
「俺はすべての過去を忘れたい」

 もう、まいりました。普通の会話なのにいきなり飛び出すこのフレーズ。さすが柚木さん。久しぶりに読ませてもらいましたが、柚木さん健在でした。あいかわらずこんな台詞を吐きながら「いい女」を酔わせてしまうんだから、ホント、イヤになっちゃうな。
 おまけにこの事件では珍しくアリバイトリックなんて飛び出すものですから、柚木さんはハードボイルドだけでなく本格も実はお得意なのでは……と思っちゃったりして。




西村京太郎『名探偵なんか怖くない』(講談社文庫)

 昭和43年12月に起こった有名な三億円事件。そんな三億円事件をそっくりそのまま再現する、名探偵にその後の行動を推理させる。そんな酔狂な企画を成金の財産家が考え出し、名探偵を招いた。招かれた名探偵はエラリー・クイーン、エルキュール・ポワロ、メグレ元警部、そして明智小五郎。成金の友人である男が探し出したモデルは、成金の計画通りに三億円を奪い去り(それも三億円事件と同じ12月10日)逃走した。名探偵たちはそんなモデルの行動を推理する。モデルを監視している友人からの報告は、名探偵が推理したとおりの行動だった。
 モデルは名探偵の推理通りに都心のマンションを買い、そこに引っ越す。たまたまそこが成金の持つマンションであったため、成金や名探偵たちはそのマンションへ移り、モデルを監視する。そのうちにクリスマス・イヴとなり、成金はマンション内でのクリスマスパーティーを開く。そんなパーティの夜、マンション内で殺人事件が起こり、事件が意外な方向へ流れていく。

 昭和46年に発表された『名探偵なんか怖くない』で初めて4人は共演する。名探偵たちを競演させるだけでかなりの腕が要求されるのに、さらに扱う事件が三億円事件の再現というかなりの難題である。普通の作家なら考えるのも恐れ多い設定ではあるが、西村京太郎は、易々とその難題をクリアしている。まず、実際の本のタイトルを挙げたり癖を書いたりすることなどにより、老人となった名探偵を巧みに描写した。また、三億円事件という迷宮入りの実在事件と、解けない事件はない神のごとき「名探偵」を並べることにより、読者の興味を倍増する事が出来た。そして最後に「名探偵」を4人並べることにより、本格ファンの夢を実現させた。そんなところが成功の理由と思われる。ただ、肝心の謎の方は難度が今ひとつであるのは残念だ。
 この作品では、本格ファンには見逃せない皮肉な台詞も用意されている。

「確かにわれわれは、多くの難事件を解決して、名声を得ています。その過程で、警察に協力したこともあるし、警察を出し抜く形になったこともあります。だが、われわれが手掛けた事件を子細に調べて頂けばわかると思うのですが、全て一定のルールの下で起きた事件、いい代えれば、ある限られた時間、空間の中で起きた事件ばかりなのです。その時間、空間の中に何人かの人間がいて、その中に犯人がいるというルールです。」(講談社文庫版 p33)

 作中で作者がクイーンに語らせている台詞だが、この台詞をどう取るかは読者次第だろう。ただ本格ファンとしては、このようなルールであることを知っていて、作品世界に浸るのであるし、非本格ファンはそのようなルールを「非現実的」という台詞で片づけようとするだけのことだ。
 ただ、このような台詞をあえて書くことにより、この小説は名探偵の競演という単なるパロディではないんだよ、ということを訴えているとも思える。作者の訴えたかったことは本格の楽しさ・名探偵への愛情とともに、「名探偵」時代の終焉ということではないのだろうか。この時期、既に「名探偵」という言葉は死語に近かったとは思うが、それにとどめを刺そうとしたのではないかとも思えてくる。そんな‘隠れたコンセプト’はこの後の作品にも続いている。




西村京太郎『名探偵が多すぎる』(講談社文庫)

明智がクイーン、ポワロ、メグレ夫妻を日本の観光旅行に招待する。旅行中の客船の中で、アルセーヌ・ルパンからの挑戦状が届く。そして客船の中で密室殺人事件が起こり、名探偵たちがその謎を解くという設定である。
 ルパンの挑戦状の後に殺人というショッキングな事件が起き、ルパン像から離れたことをしまったのではないか。また、名探偵と怪盗との勝負にどう決着をつけるのか、と読者を冷や冷やさせるが、そこはテクニシャン西村京太郎、それぞれの名探偵・怪盗のファンを裏切ることなく、かつ、鮮やかなエンディングを用意している。
 ここで描かれるのは、名探偵よりもむしろルパンが自分で定めたルールにジレンマする姿である。




西村京太郎『名探偵も楽じゃない』(講談社文庫)

 ミステリーマニア9人の組織の例会が会長の経営するホテルで開かれ、そこに特別ゲストとしてクイーン、ポワロ、メグレ、明智が招待される。そこへ名探偵と自称する青年が乱入し、殺人が起きると予言。そして連続殺人事件が起き、マニアたちが次々に殺されていく。
 ここでは4人の名探偵は表に出ず、名探偵と自称する青年を見守る立場になっている。そして最後に助言するという形を取っている。名探偵たちは、自分たちの後に続く探偵が、いずれも小粒か妙に小市民的なことに嫌気がさしている。そして最後に書かれるエンディングでは、そんな台詞に対する皮肉ともいえよう。
 ただ本作品では、次々と一般市民が殺されていっているのに、それに対して何も行動を起こそうとせず、傍観者として描かれている名探偵の姿には疑問を感じる。




西村京太郎『名探偵に乾杯』(講談社文庫)

 <今は亡きエルキュール・ポアロに捧ぐ>の献辞がつけられている。ポワロが亡くなったことに対する追悼の意味で明智はクイーン、メグレ、そしてヘイスティングスを、所有する孤島に招待する。その準備ということで、未だに助手をやっている小林芳雄および娘もその孤島に行く。そこへ現れたのはポワロ二世を名乗る青年。本物か偽物かと騒ぐうちに、名探偵の集結を聞きつけた新聞記者やボートに乗っているカップル、作家などが島に流れ着く。そして殺人事件が起き、ポワロ二世を名乗る青年は謎を解こうとするが‥‥。
 リンゴのようなほっぺを持つ少年だった小林芳雄がここでは腹の出ている中年として描かれていることにはちょっと疑問を持つのだが(これも作者の皮肉と言える)、ポワロ二世という存在をうまく使った完結編にふさわしい作品に仕上がっている。しかしポワロ二世の使われ方そのものに、名探偵という存在の無情さが浮かび上がってきているのは作者の狙いだろう。また、ここで登場している作家は、ある意味では作者自身をさしているとも思える。
 本作品以後、パロディシリーズは書かれていない。やはり、名探偵の代名詞ともいえるポワロが死んだことにより、西村京太郎も筆を置くことにしたものと思える。

 この名探偵パロディ4部作は“遊び”の精神と本格の楽しさに満ちた傑作として挙げられることが多い。もちろん、その評は間違いではない。しかし、その裏に隠されたメッセージにも我々は注意する必要がある。名探偵の時代は終わりなのかどうか? このシリーズは、名探偵の存在を渇望する者へ対する、西村京太郎なりの「名探偵終結宣言」ではなかったのだろうか。

 しかし一方、雑誌「幻影城」では亜愛一郎が誕生しており、数年後には御手洗潔が彗星のごとくデビューする。さらに数年後、新本格ブームが生まれ、様々な名探偵が産み出されることになる。このブームを見て、西村京太郎はどう思っているのだろうか。どうせだったら、御手洗や島田潔、京極堂や法月などの共演を読んでみたいと思うのでは私だけではあるまい。いっそのこと、西村京太郎にお願いしてみようか。




隆慶一郎『影武者 徳川家康』(新潮文庫)

 慶長五年関ヶ原。家康は島左近配下の武田忍びに暗殺された! 家康の死が漏れると士気に影響する。このいくさに破れては徳川家による天下統一もない。徳川陣営は苦肉の策として、影武者・世良田二郎三郎を家康に仕立てた。しかし、この影武者、只者ではなかった。かつて一向一揆で信長を射った「いくさ人」であり、十年の影武者生活で家康の兵法や思考法まで身につけていたのだ……。(上巻)
 関ヶ原で見事な勝利を収めた徳川陣営。しかし、嫡子・秀忠による徳川政権が確立すれば影武者は不要となる。その後の生命の保証がないことを知った影武者・二郎三郎は、家康を斃した島左近を軍師に、甲斐の六郎率いる風魔衆を味方に得て、政権委譲を迫る秀忠、裏柳生と壮絶な権力闘争を始めた。そして、太平の世を築くため、江戸・大坂の力を拮抗させるべく駿府の城の完成を急ぐ。(中巻)。
 いまや二郎三郎は、秀忠を自在に操る家康並みの智将であった。彼の壮大な夢は、江戸・大坂の和平を実現し、独立王国=駿府の城を中心に自由な「公界」を築くことだった。キリシタン勢力を結集した倒幕の反乱を未然に防ぎ束の間の平安を得るが、秀忠の謀略からついに大阪の陣の火の手が上がる。自由平和な世を願い、15年間を家康として颯爽と生き抜いた影武者の苦闘を描く渾身の時代長編!(下巻)
 1986年1月4日〜1988年11月30日「静岡新聞」に連載。1989年5月、新潮社より刊行された、筆者畢生の大長編。

 いま我々の目の前に現れている歴史的事実を改変せずに、全く新しい物語を作り出す。とても難しいことである。しかもそれが、誰もが知っている歴史的事実であればなおさらである。関ヶ原から大阪の陣。歴史に興味がない人でも知っている事実である。関ヶ原で東軍家康が勝ったこと。家康が幕府を江戸に開いたこと。二代目を三男秀忠に譲ったこと。そして大阪冬の陣、夏の陣。そして家康の死。これら表に出ている歴史を一切変えることなく、これだけ壮大なスケールの時代長編を生み出すことができる作家は他にいないだろう。関ヶ原以前と以後で全く異なる家康像。そして様々な歴史書にある不可解な出来事。様々な断片的事実を組み合わせ、家康が影武者だったというアイディアをもとに、時代小説最後の大傑作ともいえる長編が誕生した。読者はただ読み始めればよい。すぐに読者はその世界に飲める込むはずだ。



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