無期懲役判決リスト 2007年




 2007年に地裁、高裁、最高裁で無期懲役の判決(決定)が出た事件のリストです。目的は死刑判決との差を見るためです。
 新聞記事から拾っていますので、判決を見落とす可能性があります。お気づきの点がありましたら、ご連絡いただけると幸いです。
 控訴、上告したかどうかについては、新聞に出ることはほとんどないためわかりません。わかったケースのみ、リストに付け加えていきます。
 判決の確定が判明した被告については、背景色を変えています(控訴、上告後の確定も含む)。



地裁判決(うち求刑死刑)
高裁判決(うち求刑死刑)
最高裁判決(うち求刑死刑)
71(6)
37(7)+2
33(0)+1

 司法統計年報によると、一審:74件(控訴後取下げ5件)、控訴審45件(棄却38件。破棄自判7件(一審死刑1件、一審無期2件、一審有期4件)。上告後取下げ3件、上告36件)、上告審46件(別に公訴棄却1件)。
 一審判決では、東京地裁で起訴された2件およびさいたま地裁で起訴された1件が不明である。罪状別で見ると、麻薬特例法違反1件、強盗致死傷2件が不明である。国別で見ると、日本国籍1名、中国籍1名、イラン国籍1名が不明である。
 検察統計年報によると、一審確定で22件、控訴取下げで確定5件、控訴棄却で確定11件、破棄自判で確定0件、上告取下げ3件、上告棄却で確定50件。



【2007年の無期懲役判決】

氏 名
宮薗智也(22)
逮 捕
 2006年3月22日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗致死、監禁、強盗致傷
事件概要
 埼玉県東松山市の土木作業員宮薗智也被告は、少年院時代に知り合った知人のSH被告、SR被告と共謀。2005年11月29日午前0時半ごろ、熊谷市筑波の国道17号の歩道を歩いていた飲食店店長の男性(当時39)の後頭部を金属バッドで殴り、セカンドバッグを奪った。男性は頭を殴られたことで嘔吐し、のどを詰まらせて窒息死した。バッドで殴ったのは、宮園被告である。
 男性は勤務先の飲食店があるさいたま市内で酒を飲んだ後、JR高崎線で自宅に帰る途中で寝過ごし、たまたま熊谷駅で下車していた。
 また宮薗被告は2004年12月、SH被告と千葉県船橋市で、少年2人(当時16)を乗用車で連れ去り、滑川町内で木刀で殴って重傷を負わせ、うち1人から腕時計を奪った。
裁判所
 さいたま地裁 飯田喜信裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年1月12日 無期懲役
裁判焦点
 検察側は「犯行は遊びの計画を立てるかのように極めて安易に決めて実行に移し、犯行動機は言語道断で悪質」と主張した。弁護側は「SH被告らから実行役を押し付けられ、仕方なく引き受けた。男性の死亡は予期していなかった」と寛大な判決を求めた。
 飯田裁判長は「路上強盗は足や腰を狙うと事前に相談していたのに首を狙い、あまりにも粗暴、危険で生命、身体への配慮がまったく欠けている。少年への暴行も木刀が折れても殴り続けて死亡する可能性があるほどのけがを負わせた」「犯行は残忍かつ冷酷で極めて悪質。酌量減軽する余地はない」と述べた。
備 考
 SH被告は分離公判中。SR被告は分離公判で求刑懲役25年に対し、2006年9月25日、懲役17年の判決。検察・被告側控訴中。
 被告側は控訴した。2007年3月、控訴取下げ、確定。

氏 名
橋本譜康(30)/関沢朋枝(39)
逮 捕
 2005年6月4日(死体遺棄容疑)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、死体遺棄他
事件概要
 福島県郡山市に同居する無職関沢朋枝被告と無職橋本譜康(つぐやす)被告は金に困り、関沢被告の元夫が手にしていた三春ダム建設に伴う補償金を奪おうと計画。橋本譜康被告の母被告と、好子被告の友人であるK被告と共謀。2005年4月18日、関沢被告が男性を呼びだし、深夜から19日早朝にかけ、橋本被告が中心となってK被告方など3ヶ所で暴行し、所持金11,000円とバッグなど計12点(約3,000円相当)を奪った。K被告の自宅に放置された男性は、20日ごろ呼吸不全で死亡した。さらに、24日午前3時半ごろ、三春町柴原の町道脇駐車場に男性の遺体を遺棄した。
 関沢被告は男性と1989年に結婚したが、1年で離婚していた。K被告は橋本被告の母の知人で、かつて同居していた。
 また2004年12月には、知り合いの女性に暴行し、女性の父親を脅して現金20万円を奪った。
裁判所
 仙台高裁 田中亮一裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年1月18日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 2006年11月28日の控訴審初公判で、両被告は量刑不当を主張。
 関沢被告は「最初から殺すつもりはなかった」などと計画的殺人であることを否定。橋本被告は「関沢被告が元凶で従属的な立場だったため、無期懲役は重い」などと話し、被害者の遺族へ書いた手紙などを証拠提出した。
 田中裁判長は「橋本被告は自分の判断で暴行した。関沢被告も積極的に関与した」と訴えを退け、「苛烈な暴行を断続的に加え続けた犯行は残忍、冷酷で、刑事責任は誠に重大」と述べた。
備 考
 K被告は2006年5月26日、求刑無期懲役に対し、一審懲役20年判決、控訴中。橋本被告の母被告は2006年11月2日、求刑無期懲役に対し、一審懲役20年判決、控訴中。
 2006年7月13日、福島地裁で一審無期懲役判決。関沢被告は上告した。橋本譜康被告は上告せず、確定。関沢被告は上告したが、2月22日に取下げ、確定。

氏 名
岩下由美子(47)
逮 捕
 2006年5月28日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、強盗、建造物侵入
事件概要
 大分市の元ビジネスホテルパート従業員、岩下由美子被告は2006年5月5日午前3時ごろ、以前勤めていたホテルに金欲しさから侵入。1階の食堂を物色中、朝食準備のために出勤してきた元同僚でパート従業員の女性(当時65)に見られたため、女性の頭をビアだるで殴るなどして殺害後、現金約76,800円と、女性の手提げバックを持って逃げた。
裁判所
 大分地裁 宮本孝文裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年1月18日 無期懲役
裁判焦点
 岩下被告は初公判で起訴事実について全面的に認めた。しかし弁護側が被告の生い立ちや生活状況、犯行に至った背景について質問しようとすると「答えたくありません」と終始回答を拒否した。さらに、被害者や遺族への思いについて「判決を頂いたあと、遺族に対して考えていることを伝えたい。今は話せないし、その理由も話せません」と述べた。
 検察側は論告で「首を絞めた後、重い鈍器でとどめをさすなど極めて執ようで残虐な犯行だ」と指摘した。また、「犯行は保身のためで、酌量の余地はない。背景にあったとされる貧困も、ギャンブルが原因であり、自ら招いたもの」と指摘し、今回の裁判で争点になっていた情状面で、くむべき点がないことを強調した。
 一方、弁護側は「被告人が自分に有利な情状に関する事実や遺族に対する謝罪の言葉を述べないのは、責任を回避しようというものではなく、何らかの考えがあるようにうかがえる」とした上で、犯行が偶発的だった点や生活面での困窮が犯行の背景にあるとして情状酌量を求めた。最後に岩下被告は「一番重い刑を受けたいと思います。そうでないと、ちゃんと謝れない」と、裁判長に訴えた。
 宮本裁判長は「生活の困窮や犯行に偶発的な側面はあるものの、被告には前科前歴もあり、法を守る意識が欠如していると言わざるを得ない」「在勤中からホテルで盗みを繰り返し、逮捕を免れ証拠を隠滅しようとして殺害に及んだ。動機は身勝手かつ自己中心的で、刑事責任は重い」と指摘した。そして「長期間、罪滅ぼしの生活を送らせるのが相当」とした。
備 考
 公判前に検察側と弁護側が争点などを話し合う公判前整理手続きが適用されており、2006年11月24日に初公判。計3回の公判で12月19日に結審した。
 被告側は控訴した。2007年7月24日、福岡高裁で被告側控訴棄却。2007年12月4日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
永井泰宏(46)
逮 捕
 2006年3月16日
殺害人数
 0名
罪 状
 強盗殺人未遂、銃刀法違反他
事件概要
 無職永井泰宏被告は数年前、建築関係の事業に失敗するなどして生活に困窮。都内の飲食店で知り合った元暴力団幹部に強盗の計画を持ち掛けて、拳銃や実弾を調達した。
 2005年10月17日、神奈川県大井町のパチンコ店駐車場で、現金を搬送中の男性を包丁で刺し、腹部に重傷を負わせた。永井被告は何も取らずに逃走した。
 2005年12月7日、神奈川県小田原市のパチンコ景品交換所の駐車場で、現金輸送会社の男性社員(当時53)が車から現金入りかばんを出そうとしたところ、車に発砲して現金約725万円を奪い逃走。追ってきた社員にも発砲し、脚に3週間のけがをさせた。その後フィリピンに逃走したが、現金を使い果たしたため帰国。さらに強盗を計画した。
 2006年2月3日午後2時50分頃、東京都日野市の郵便局で郵便局長(当時33)に発砲し下腹部に3ヶ月の重傷を負わせ、現金約90万8,000円を強奪した。
 永井被告は2月7日以降、交際していた女性がいるフィリピンに逃走していたが、もう一度強盗をする目的で3月16日に帰国したところを成田空港で逮捕された。
裁判所
 東京地裁八王子支部 長谷川憲一裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年1月22日 無期懲役
裁判焦点
 公判で永井被告は殺意を否定したが、長谷川裁判長は「自分の行為で相手が死亡しても構わないという未必的な殺意があった」と認定。「交際していたフィリピン人女性との生活資金などを手早く稼ぐためという動機は短絡的で身勝手」などと指摘した。
 そして「拳銃を人に向けてちゅうちょなく使用し傷害を負わせた上、現金を奪った極めて非道で悪らつな行為だ」と指摘した。
備 考
 被告側は控訴した。2008年中に東京高裁で被告側控訴が棄却されているものと思われる。上告せず確定と思われる。

氏 名
村上勝広(62)
逮 捕
 2001年1月26日
殺害人数
 1名
罪 状
 電磁的公正証書原本不実記録、同供用、詐欺未遂、殺人未遂、詐欺、殺人
事件概要
 建設会社の実質的オーナー村上勝広被告は、同社社長の男性(45 殺人の罪で懲役18年が確定)と共謀し、保険金目当てで同社役員の女性(当時38)の殺害を計画。2000年11月29日朝、男性に「(女性と一緒に)死んで金をつくれ」「やらないとおまえがやられる」と脅し、ナイフで女性を殺害させた。
 建設会社は1989年頃から女性の夫が社長を務めていたが、1999年11月に不渡りを出すなど経営が悪化し、村上被告の運送会社が資金援助をしていた。村上被告は、9月頃に女性に掛けた生命保険金1億5,000万円をだまし取ろうとしたが、未遂に終わった。
 女性2被告は、女性役員宅に実行犯男性を送るなど犯行に加担した上、証拠隠滅を図ったとされた。
裁判所
 最高裁第三小法廷 堀籠幸男裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年1月22日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 一・二審で村上被告、共犯として起訴されていた女性2被告は、社長の男性による単独犯行であると無罪を主張していた。
備 考
 2004年3月18日、札幌地裁で一審無期懲役判決。2005年7月14日、札幌高裁で被告側控訴棄却。
 女性2被告は殺人の罪で懲役5年が求刑された。一審では無罪が言い渡されたが、二審では殺人ほう助で懲役3年、執行猶予5年の逆転有罪判決が言い渡された。2007年1月22日、共犯の女性2被告の上告も棄却された。

氏 名
満生日出男(56)
逮 捕
 2001年10月19日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人他
事件概要
 元トラック運転手満生日出男(みついき・ひでお)被告は、保険金目当てで福岡県大野城市に住む設計事務所経営者の男性(当時58)の殺害を計画。満生被告は元トラック運転手K被告に殺害を依頼。K被告はトラック運転手の2被告(いずれも逮捕監禁で起訴)と共謀し、2001年11月11日午後9時頃、福岡県春日市の事務所を出て帰宅しようとした男性を車の後部座席に押し込み、「知人から連れてくるように言われた」と言って顔を殴り、両手を縛るなどして拉致した。K被告は2被告を春日市内で降ろした後、福岡県宇美町で男性を絞殺した。
 満生被告は男性の妻と交際しており、数百万円を貸していた。そのため、満生被告が男性に生命保険を掛けるよう男性の妻に持ち掛け、満生被告が保険料を支払っていた。殺害後、妻は保険金1,100万円を受け取り、一部を借金の返済に充てていた。満生被告はK被告に報酬として450万円を渡した。
裁判所
 最高裁第一小法廷 横尾和子裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年1月22日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 一・二審で満生被告は、事件の首謀者、主犯ではないと主張していた。
備 考
 K被告は求刑通り懲役20年判決。2006年6月23日、被告側控訴棄却。11月16日、最高裁第一小法廷(横尾和子裁判長)で被告側上告棄却、確定。
 殺害された男性の妻は殺人の罪で起訴、懲役18年を求刑されたが、2004年5月27日、一審福岡地裁、谷敏行裁判長は「満生被告が殺人計画の詳細を知らせていない」などとして、2人の共謀関係を否定。しかし、「殺害の意図に気付きながら保険に加入し、殺害を心理的に促進した」として、殺人ほう助の罪を適用し、懲役4年の判決を言い渡した。
 しかし2005年4月7日、福岡高裁、虎井寧夫裁判長は、「保険の加入手続きをした時点で、共犯が夫を殺害してもやむを得ないと考えたことが推認できる。犯行に不可欠な手続きを自らしたことにより実行役と刑事責任に差はない」として殺人罪を適用。一審判決を破棄し、懲役12年を言い渡した。2005年9月12日付けで最高裁第一小法廷(横尾和子裁判長)は被告側の上告を棄却、刑が確定した。
 2005年10月5日、福岡地裁で一審無期懲役判決。2006年6月23日、福岡高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
中島長美(57)
逮 捕
 2003年11月16日(殺人容疑)
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、詐欺未遂
事件概要
 栃木県足利市に住む無職中島長美被告は、土地取引を通じて足利市に住む元郵便局員の男性(当時40)に近づき、障害者施設の建設費などのため保険金殺人を計画。男性に、2001年4月に7,500万円の、一時帰国した5月29日に1億円の海外旅行傷害保険に加入させた。2つとも、第三者に殺害された場合は倍額が支払われる契約だった。掛け金は中島被告が支払った。
 中島被告は、当時フィリピンにいた埼玉県吉川市の廃品回収業大谷正三元被告と共謀。大谷元被告は、自身がミンダナオ島ダバオで店長をつとめているのカラオケパブの店員だったフィリピン人男性に殺害を依頼した。フィリピン人男性は2001年6月1日午前3時ごろ、マニラに渡航した男性を刺殺。大谷元被告は中島被告から報酬として140万円を受け取り、大谷元被告は約20万円をフィリピン人男性に手渡した。中島被告らは同8月に第三者による殺害を装い、保険金をだまし取ろうとした。契約の不備を理由とし、保険金は支払われていない。
裁判所
 最高裁第一小法廷 横尾和子裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年1月23日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 一・二審では、大谷元被告との共謀は解消していたと、無罪を主張していた。
備 考
 中島被告は2002年6月、交通事故で死亡した男性(当時54)の妻から、自賠責保険金1496万円を着服したとして逮捕され、同年11月、懲役1年8月の実刑判決を受けた。栃木刑務所で服役し、事件当時は仮出所したばかりだった。
 大谷元被告は2004年11月9日、宇都宮地裁で一審無期懲役判決。控訴したが後に取下げ、確定している。
 2006年2月23日、宇都宮地裁で一審無期懲役判決。2006年9月14日、東京高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
中野敬三(54)
逮 捕
 2004年5月22日(死体遺棄容疑。6月22日、窃盗容疑で再逮捕。7月1日、窃盗容疑で再逮捕。7月15日、強盗殺人容疑で再逮捕)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、死体遺棄、窃盗
事件概要
 三重県鈴鹿市の飲食店従業員中野敬三被告は、フィリピン国籍、住所不定無職のジョーラン・コロナション・デ・オバル被告ら2名と共謀し、2004年5月3日午前4時ごろ、愛知県佐屋町(現・愛西市)に住む知人の無職男性(当時52)方で、男性の首を刃物で刺して殺害し、キャッシュカード2枚を奪ったうえ、遺体をビニール製の袋に詰め込み、男性方の押し入れに放置。
 中野被告はフィリピン人2名及び無職男性と共謀。奪ったキャッシュカードで200万円ずつ計8回、現金1,600万円を盗んだ。遺体は5月9日に発見された。
 中野被告は事業の失敗で多額の借金を抱えていた。男性は2000年、建設作業中に事故に遭い、足が不自由だった。中野被告は男性をマイカーに乗せて食事に出かけたり、男性に頼まれて貯金を下ろしに行くなど、かなり親しく付き合っていた。男性の口座には2003年9月、労災事故の和解金約5200万円が振り込まれていた。
裁判所
 名古屋地裁 伊藤納裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年1月23日 無期懲役
裁判焦点
 中野被告は逮捕当初から罪状を否認。2004年9月16日の初公判でも全ての罪について無罪を主張した。
 検察側は論告で、「(中野被告から指示されたとの)共犯者の供述は信用性が高く、主たる立場で事件を起こしたのは明らか」とした。
 最終弁論でも、被告側は無罪を主張した。
 伊藤裁判長は「遺体を包んだビニールシートから同被告の指紋が検出され、共犯者の供述も信用できる」と述べた。被害者のキャッシュカードの利用明細からも指紋が検出されたことや、被害者が予約していた介護サービスのキャンセル電話を中野被告が入れたことなども「被告と犯人を結びつける有力な状況」とした。
備 考
 ジョーラン・コロナション・デ・オバル被告は2006年1月27日、名古屋地裁で一審無期懲役判決。9月6日、被告側控訴棄却。上告せず、そのまま確定。
 フィリピン人のアピゴ・アナクレト・ペドレスエラ・ジュニア容疑者は犯行後にフィリピンに帰国。指名手配されているが、日本との間に犯罪引き渡し条約がないため、日本には身柄を移されない。
 窃盗の共犯である無職男性は2004年11月9日、名古屋地裁で懲役2年(求刑懲役2年6ヶ月)の判決が言い渡されている。
 被告側は控訴した。2007年12月27日、名古屋高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
小谷晴宣(57)
逮 捕
 2006年7月10日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人
事件概要
 大阪市の無職小谷晴宣被告は2005年1月11日朝、以前勤めていた住吉区にあるスーパーで同僚だったパート従業員の女性(当時48)の自宅マンションを訪れ借金を申し込んだが、断られたため準備していた自転車かご用のネットで首を絞め殺害、現金約61万5,000円などを奪った。
 2006年1月10日、住吉署捜査本部は小谷被告を指名手配した。小谷被告はギャンブルなどで約1,000万円の借金があった。
裁判所
 大阪地裁 川合昌幸裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年1月25日 無期懲役
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
裁判焦点
 検察側は論告で、「多額の借金をギャンブルで全額返済しようとした短絡的な動機に、酌量の余地はない」と指弾。これに対し弁護側は「殺意が生じたのは事件当日で、計画的犯行ではない」と有期刑を求めた。
 川合裁判長は「ギャンブルをやめられず、自宅を担保に入れてまで借金を重ねた末に野宿をするようになり、みじめな生活から抜け出そうと犯行に及んだ。あまりに短絡的な動機に酌量の余地はない。終生、ひたすら贖罪につとめさせるのが相当」と述べた。
備 考
 被告側は控訴した。2007年6月?、大阪高裁で被告側控訴棄却。上告せず確定と思われる。

氏 名
藤原善弘(32)
逮 捕
 2006年7月16日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人
事件概要
 大阪府阪南市の無職藤原善弘被告は、2001年頃から定職に就かず、家出をしながら両親の金を盗んで遊ぶ生活を送っていた。しかし両親は金を隠すようになり、不満を募らせて犯行を決意。2006年3月1日、自宅1階の居間で母親(当時61)を布のようなもので首を絞めて殺害し、約20万円を奪った。その後、遺体を押入に隠して逃走した。
 泉南署は母親の指に残った皮膚の一部をDNA鑑定した結果、善弘被告を犯人と断定。20日に指名手配した。
 藤原被告は7月16日、広島県福山市のスーパーのベンチで寝ていたところを警察官が発見し、逮捕された。
裁判所
 大阪地裁 並木正男裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年1月26日 無期懲役
裁判焦点
 判決は、藤原被告が2001年ごろから定職につかず、両親の金を盗んで遊ぶ生活を送っていたと指摘。「被告から金を隠すようになった両親に不満を募らせ、事前に手袋を準備するなど計画的犯行だった」と判断した。そして「被告の名を呼びながら抵抗する母親を非情にも絞殺するなど凶悪。母親はほとんど自宅を出ず怠惰な生活を送っていた被告にも優しく接しており、その無念さは察するに余りある」「家出して自由で解放された気分になりたいという身勝手な動機に、酌量の余地はない」とした。
 並木裁判長は言い渡し後、「最後に『善弘、なんで』と言った母親が、どういう気持ちだったかをよく考えてほしい」と説諭した。
備 考
 控訴せず確定と思われる。

氏 名
吉岡貞夫(49)
逮 捕
 2006年4月12日
殺害人数
 2名
罪 状
 現住建造物等放火、殺人
事件概要
 千葉県流山市の無職吉岡貞夫被告は離婚後に両親と同居していたが、定職に就かないことなどを両親にとがめられたため逆恨み。2006年4月10日午前2時ごろ、自宅1階に新聞紙を敷いて灯油約30Lをまき放火、木造2階建て住宅約62平方メートルを全焼。2階で寝ていた父(当時78)と母(同77)を焼死させた。
裁判所
 千葉地裁松戸支部 伊藤正高裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年1月29日 無期懲役
裁判焦点
 吉岡被告は2006年7月24日の初公判で、起訴事実を認めている。
 検察側は論告で、あらかじめ自宅物置に灯油があるのを確認していたことや、両親が寝静まるのを待って、2階からの避難経路の階段下に放火したことなど、事件の計画性を指摘したうえで、「両親の注意を逆恨みし、酌量の余地はない。残虐非道で、反省もしていない」と述べた。
 伊藤正高裁判長は判決理由で、怠惰な生活を送っているのを両親から注意されたことが犯行につながったと認定。「逆恨みするのは筋違いも甚だしく、極めて自己中心的。逃走先まで考えるなど、強固な殺意に基づく計画性の高い犯行。反省、悔悟の情がうかがえない」と述べた。
備 考
 控訴せず確定と思われる。

氏 名
東條芳之(33)
逮 捕
 2004年3月5日
殺害人数
 0名
罪 状
 殺人未遂、爆発物取締罰則違反(製造、使用)
事件概要
 建設業東條芳之被告は元妻(28)との離婚をめぐるトラブルから、元妻の母親(50)らを殺害しようと計画。2004年2月27日、アセトン化合物を使った手製爆弾を封筒に入れ、高松市内の元妻の実家に郵送。翌28日午後5時50分ごろ、台所で爆発物を爆発させ、元妻の母親の右手などに大けがをさせたほか、長男ら2人に軽いけがを負わせた。
裁判所
 高松高裁 湯川哲嗣裁判長(異動のため柴田秀樹裁判長代読)
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年1月30日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 東條被告は一審同様無罪を主張。
 弁護側は公判で、犯行に使用したとされる爆発性物質について、「血液中では分解されるため、血だまりの中の遺留品から検出されるはずがない」などと鑑定の誤りを主張したが、判決は「血液中ではすべてが分解されるとの科学的見識はない」などと指摘。
 鑑定時の状況や過程などについても、「不自然なものではない」などとして被告側の訴えを退けた。
備 考
 2005年10月4日、高松地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2007年10月16日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
小瀬義人(23)
逮 捕
 2005年4月6日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反、現住建造物等放火、死体損壊
事件概要
 飲食店アルバイト小瀬義人(こせ・よしと)被告は、2005年4月6日午前0時半頃、広島市安佐北区の飲食店アルバイトの女性(当時47)宅を訪れたが、交際していた女性の長女(当時26)の入院費用を巡るトラブルから口論となり、女性の胸などをナイフで刺して殺害。さらに小銭入れを奪った後、女性の遺体などに灯油をまいて、ライターで火をつけた。火は燃え広がり、木造2階建て延べ約50平方メートルを全焼させた。
 小瀬被告は2004年春から2005年2月まで、女性宅で同居していた。
裁判所
 最高裁第二小法廷 古田佑紀裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年1月30日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 一審で小瀬被告・弁護側は強盗殺人等ではなく、殺人と窃盗罪の適用を訴えていた。
備 考
 2006年1月27日、広島地裁で一審懲役25年判決。2006年10月12日、広島高裁で一審破棄、無期懲役判決。

氏 名
佐々木彰(75)/中村謙二(44)
逮 捕
 2005年6月8日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗致死、窃盗、強盗他
事件概要
 埼玉県草加市の飲食業伊藤萬寿男被告、東京都荒川区の無職佐々木彰被告、住所不定無職城後健一被告、住所不定無職中村謙二被告、群馬県藤岡市の無職I被告、アルゼンチン国籍で群馬県伊勢崎市の無職ルーザック・ミウラ・マキシミリアノ・エルナン・アンドレス被告、ブラジル国籍で群馬県県太田市のレンタルビデオ店手伝いド・アマラル・アンドレ・ルイス・アキラ被告は共謀し、強盗殺人を計画。
 2004年12月7日午前4時頃、主犯格の伊藤被告と佐々木被告、城後被告、アンドレス被告、アキラ被告の5人が、群馬県作詞の無職女性宅に押し入り、同居していた会社員の男性(当時49)の首を絞めて殺害。キャッシュカードや現金5,000円、指輪など貴金属計20数点(時価合計48万円相当)を奪った。
 伊藤、佐々木の両被告と、中村、城後、アキラ、ミウラの4被告は、それぞれ別の窃盗グループを構成。群馬県前橋市に住む女性は中村被告の知人、I被告は中村被告と仕事で知り合った仲という。今回の事件は、伊藤被告と中村被告が知り合って8人がグループになり、I被告が中村被告に情報を提供、計画した。
 また2004年8月から2005年6月にかけて、佐々木被告は関東4県での窃盗や強盗計4事件、中村被告は関東など4県での窃盗、強盗、詐欺など計8事件で起訴されている。
裁判所
 最高裁 裁判長名不明
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年1月? 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 不 明
備 考
 7人と一緒に逮捕された群馬県の女性は処分保留で釈放。佐久署捜査本部が、別の事件でだまし取ったと知りながら貴金属を質店に売ったとして、盗品等処分あっせんの疑いで再逮捕した。
 伊藤萬寿男被告、城後健一被告、ルーザック・ミウラ・マキシミリアノ・エルナン・アンドレス被告、ド・アマラル・アンドレ・ルイス・アキラ被告はいずれも求刑通り一・二審無期懲役判決。全員上告中。I被告は一・二審懲役15年判決。
 2006年4月19日、長野地裁で一審無期懲役判決。2006年9月13日、東京高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
アンドレ・ルイス・アキラ・ド・アラマル(35)
逮 捕
 2005年6月8日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、強盗他
事件概要
 埼玉県草加市の飲食業伊藤萬壽男被告、東京都荒川区の無職佐々木彰被告、住所不定無職城後健一被告、住所不定無職中村謙二被告、群馬県藤岡市の無職I被告、アルゼンチン国籍で群馬県伊勢崎市の無職ルーザック・ミウラ・マキシミリアノ・エルナン・アンドレス被告、ブラジル国籍で群馬県県太田市のレンタルビデオ店手伝いド・アマラル・アンドレ・ルイス・アキラ被告は共謀し、強盗殺人を計画。
 2004年12月7日午前4時頃、主犯格の伊藤被告と佐々木被告、城後被告、アンドレス被告、アキラ被告の5人が、群馬県作詞の無職女性宅に押し入り、同居していた会社員の男性(当時49)の首を絞めて殺害。キャッシュカードや現金5,000円、指輪など貴金属計20数点(時価合計48万円相当)を奪った。
 伊藤、佐々木の両被告と、中村、城後、アキラ、ミウラの4被告は、それぞれ別の窃盗グループを構成。群馬県前橋市に住む女性は中村被告の知人、I被告は中村被告と仕事で知り合った仲という。今回の事件は、伊藤被告と中村被告が知り合って8人がグループになり、I被告が中村被告に情報を提供、計画した。
 その他、県外での強盗など7件の罪で起訴されている。
裁判所
 最高裁 裁判長名不明
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年1月? 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 殺意がなかったと訴えたか?
備 考
 7人と一緒に逮捕された群馬県の女性は処分保留で釈放。佐久署捜査本部が、別の事件でだまし取ったと知りながら貴金属を質店に売ったとして、盗品等処分あっせんの疑いで再逮捕した。
 I被告(二審懲役15年)を除き、いずれの被告も二審で求刑通り無期懲役判決を受けて上告中。佐々木、中村被告はすでに上告が棄却されて確定している。
 2006年5月24日、長野地裁で一審無期懲役判決。2006年10月11日、東京高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
ルーザック・ミウラ・マキシミリアノ・エルナン・アンドレス(33)
逮 捕
 2005年6月8日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、強盗他
事件概要
 埼玉県草加市の飲食業伊藤萬壽男被告、東京都荒川区の無職佐々木彰被告、住所不定無職城後健一被告、住所不定無職中村謙二被告、群馬県藤岡市の無職I被告、アルゼンチン国籍で群馬県伊勢崎市の無職ルーザック・ミウラ・マキシミリアノ・エルナン・アンドレス被告、ブラジル国籍で群馬県県太田市のレンタルビデオ店手伝いド・アマラル・アンドレ・ルイス・アキラ被告は共謀し、強盗殺人を計画。
 2004年12月7日午前4時頃、主犯格の伊藤被告と佐々木被告、城後被告、アンドレス被告、アキラ被告の5人が、群馬県作詞の無職女性宅に押し入り、同居していた会社員の男性(当時49)の首を絞めて殺害。キャッシュカードや現金5,000円、指輪など貴金属計20数点(時価合計48万円相当)を奪った。
 伊藤、佐々木の両被告と、中村、城後、アキラ、ミウラの4被告は、それぞれ別の窃盗グループを構成。群馬県前橋市に住む女性は中村被告の知人、I被告は中村被告と仕事で知り合った仲という。今回の事件は、伊藤被告と中村被告が知り合って8人がグループになり、I被告が中村被告に情報を提供、計画した。
 その他、県外での強盗など7件の罪で起訴されている。
裁判所
 最高裁 裁判長名不明
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年1月? 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 殺意がなかったと訴えたか?
備 考
 7人と一緒に逮捕された群馬県の女性は処分保留で釈放。佐久署捜査本部が、別の事件でだまし取ったと知りながら貴金属を質店に売ったとして、盗品等処分あっせんの疑いで再逮捕した。
 I被告(二審懲役15年)を除き、いずれの被告も一・二審で求刑通り無期懲役判決を受けている。佐々木、中村、アラマル被告はすでに上告が棄却されて、確定している。
 2006年5月24日、長野地裁で一審無期懲役判決。2006年10月18日、東京高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
中筋賢(30)
逮 捕
 2005年3月16日(6月2日の事件について 3月2日、銃刀法違反で起訴済)
殺害人数
 0名
罪 状
 殺人未遂、銃刀法違反他
事件概要
 福岡市小倉南区の暴力団幹部中筋賢(なかすじ・けん)被告はほかの組員と共謀し、元暴力団組員の殺害を計画。2004年6月2日早朝、小倉北区のアパートに住んでいた会社員の男性(当時27)を元組員と勘違いし、会社員の胸や腹をナイフで刺し、約3週間のけがをさせた。被告は刺した後で人違いに気づき、「間違えた。すまんやったのう」と言い残して逃げたが、再び戻り、警察に通報するなと脅した。
 6月11日夜、組関係者の男性被告(控訴中)とともに小倉南区の路上で、知人男性(当時21)にシンナーを浴びせ、ライターで服に火をつけた。男性は全身やけどを負い現在も意識不明の重体。
 6月22日未明、ほかの組員と共謀し、小倉南区の建設会社事務所の出入り口に向け、拳銃2発を発射した。
 6月27日未明には、小倉北区の建設会社営業所のシャッターに拳銃3発を発射した。
 中筋被告は計6事件で起訴された。
裁判所
 福岡高裁 虎井寧夫裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年2月2日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 虎井裁判長は「暴力団特有の凶悪な犯行で、人命軽視の態度も顕著。真摯な反省の言葉は聞かれなかった」「一部被害者と示談が成立するなど酌むべき事情を考慮しても、無期懲役の量刑が重すぎて不当とは言えない」と述べた。
備 考
 2006年6月2日、福岡地裁小倉支部で一審無期懲役判決。被告側は上告した。

氏 名
綿引達也(42)
逮 捕
 2005年12月8日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、銃刀法違反
事件概要
 茨城県水戸市の無職綿引達也被告は無職S被告(強盗致死罪で公判中)に持ちかけられ、強盗を計画。2005年11月27日午前9時50分ごろ、土浦市のバッティングセンター事務所内で従業員の男性(当時54)にナイフを突きつけて金を要求。抵抗されたため胸などを刺し、事務所にあった現金4万円を奪った。綿引被告は、約1年前から同センター内のゲームコーナーに出入りしており、目撃証言や常連客からの聞き込みで浮上した。
裁判所
 水戸地裁土浦支部 伊藤茂夫裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年2月2日 無期懲役
裁判焦点
 逮捕当時は容疑を否認したが、2006年3月4日の初公判では、起訴事実を全面的に認めた。
 検察側は「S被告が見張り役を務め、綿引被告が強盗殺人の実行行為を行った」と指摘。弁護側は「予想外のもみ合いでパニック状態に陥り、殺害に至った」などと反論し、情状酌量を求めていた。
 判決は、犯行を持ちかけたのはS被告で、綿引被告が最初から男性殺害を意図していたわけではなかったと認めたが、「最終的には被害者の生命を奪ってまでも強盗の目的を遂げた。強盗殺人を実行した張本人である綿引被告の負うべき刑事責任は重い」と弁護側の主張を退けた。
備 考
 被告側は控訴した。2007年中で被告側控訴棄却。2007年9月25日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
佐藤徹(31)
逮 捕
 2005年3月?(強制わいせつ容疑)
殺害人数
 0名
罪 状
 強盗強姦、強姦致傷、強姦、強盗強姦未遂、強姦未遂、強制わいせつ
事件概要
 名古屋市中区の無職佐藤徹被告は、2003年7月~2005年2月、排水管伝いにマンションの上層階に登り、窓から部屋に侵入するなどして、名古屋市内の12~37歳の女性15人を「目をつぶす」などと脅して強姦するなどし、4人からは現金約19万円も奪った。
 このうち12人の女性の自宅には無施錠の掃き出し窓などから侵入。女性2人に対しては、自転車に乗っていたところを警察官だと偽って停車させて襲い、車の助手席に乗った知人女性にもわいせつ行為をした。
 起訴されたのは強盗強姦5件、強姦致傷4件、強姦3件、強盗強姦未遂1件、強姦未遂1件、強制わいせつ1件である。
裁判所
 名古屋地裁 柴田秀樹裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年2月5日 無期懲役
裁判焦点
 佐藤被告は「金は奪っていない」などと強盗については否認していた。しかし、検察側は論告で「当初から強盗と強姦が目的だったことは、被害者の供述などから明らか。責任を軽くするための虚偽の弁解にすぎない」と断じた。
 さらに「被害女性の中には精神障害を患い、自殺を図った人もいる」とした上で「金銭欲と性欲を満たすための身勝手極まりない動機に同情の余地はなく、真摯な反省が見られない」「女性を恐怖のどん底に陥れ、人面獣心の非人間性は深刻。矯正不可能だ」と厳しく指摘した。
 弁護側は最終弁論で「長年にわたる両親との対立や大学受験を失敗した挫折感など同情すべき背景もある」と主張した。
 柴田裁判長は判決理由で、被告は親からの多額の仕送りと、複数の交際女性から受け取った金で生活している間、アダルトビデオを見て女性に乱暴する欲望を募らせたと指摘。「女性の人格を一顧だにしない悪質な犯行で常習性は根深く、刑事責任は重大。終生贖罪の日々を送らせるのが相当だ」「ゆがんだ性的欲求を満たすもので、身勝手極まりなく、被害者の中には自殺を図ったものもいる。被告は自分の性格を両親のせいであるかのような供述し、更正の意欲に欠けると言わざるを得ず、終生を矯正施設中でしょく罪の日々を送らせるべき」と述べた。
 佐藤被告の強盗罪否認については、「現金を奪われたという被害者の供述は具体的な根拠もあげ、不合理な点はない」と認定した。
備 考
 佐藤被告は捜査段階で、約70件の犯行を自供する上申書を提出している。
 被告側は控訴した。2007年9月28日、名古屋高裁にて被告側控訴棄却。上告せず確定と思われる。

氏 名
利根川勝(38)
逮 捕
 2006年3月18日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人他
事件概要
 無職小田勝被告は借金を返済するため、既に退社した派遣会社に未払い給料を要求したが逆に寮費などを請求され逆恨みし、給料配達係の男性(当時28)の殺害を計画。別の会社の派遣社員で知り合いだった利根川勝被告を誘い、2006年3月17日午前11時20分ごろ、電話で、男性を群馬県伊勢崎市境矢島のし尿処理施設駐車場に呼び出し、乗用車のドア越しに包丁で刺して殺し、未配達の給料約90万円を奪った。小田被告は2005年7月下旬から2006年3月まで、被害者が勤務していた人材派遣会社に登録し、被害者から給料を受け取っていた。
 利根川被告は計画段階から犯行に加担。殺害方法の指示や現場の見張り、車の運転を受け持ち、奪った現金のうち20万円を受け取った。奪った金は小田被告が家賃返済などに充てたほか、両被告が飲食店や風俗店で使った。
裁判所
 東京高裁 中川武隆裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年2月7日 無期懲役(一審破棄)
裁判焦点
 一審では従属的立場であったとして、懲役30年が言い渡された。検察・被告側が控訴していた。
備 考
 小田勝被告は求刑通り無期懲役判決が一審でそのまま確定。
 2006年9月26日、前橋地裁で一審懲役30年判決。被告側は上告した。

氏 名
市川浩史(46)
逮 捕
 2006年8月4日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人他
事件概要
 東京都清瀬市の無職市川浩史被告は、2006年7月14日午後0時半ごろ、同じ団地の別の棟に住む母(当時69)宅で、母の首を着物の帯ひもで絞め殺害し、室内にあった現金約10万円と腕時計やキャッシュカードなどを奪った。パチスロなどで消費者金融などに200万円以上の借金があり、借金を申し込んだが、断られたため、犯行に及んだ。犯行直後には、返済のため9万円を消費者金融の口座に振り込んでいた。また7月14日から同月31日にかけて、キャッシュカードを使ってATMから現金約119万円を引き出して、盗んだ。
 殺害後、遺体を押入れに入れたが、異臭がするようになったため床下に移して隠していた。さらにひどくなった異臭に周辺住民が気づいたことがきっかけで、8月3日に遺体が発見された。
 市川被告は3日朝から高校2年と小学6年の娘2人を車に乗せて行方が分からなくなっていた。同日深夜、埼玉県警が同県行田市内で手配車両を発見、市川被告の身柄を確保し、娘2人も保護した。市川被告は「ドライブに出かけようと娘たちを誘い、群馬方面に行っていた」と話しており、2人は事情を知らなかった。
 市川被告は以前、消費者金融に約800万円の借金があったが、母が土地を売るなどして清算していた。
裁判所
 東京地裁八王子支部 小原春夫裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年2月9日 無期懲役
裁判焦点
 検察側は「動機は極めて身勝手。自己中心的で酌量の余地がない」とした。
 小原裁判長は、市川被告が一度は母親に借金を清算してもらいながら新たに借金を重ねた経緯を指摘。「母親の子を思う気持ちを裏切り続けた揚げ句の犯行。酌量すべき点はみじんもない」と述べた。
 さらに、市川被告が母親を殺害後も、発覚を恐れて遺体を遺棄したり、大金を引き出した点に触れ、「思いやりや慈しみの感情のかけらも見いだすことはできない」と厳しく批判。「被害者は恩をあだで返されるどころか、これ以上ない仕打ちを受けた」と述べた。
備 考
 控訴せず確定と思われる。

氏 名
宇都宮健介(31)
逮 捕
 2005年1月4日(自首)
殺害人数
 2名
罪 状
 殺人、銃刀法違反
事件概要
 愛媛県西伊予市の無職宇都宮健介被告(当時29)は2005年1月4日午後8時半頃、停車させた乗用車内で妻(当時23)の首を絞めて失神させた。さらに午後8時50分頃、包丁(刃渡り約14センチ)で首を刺し殺害。長男(当時5ヶ月)も首を切りつけて殺害した。
 午後9時半頃、自ら110番に通報。駆けつけた宇和署員が宇都宮被告を逮捕した。宇都宮被告は「家庭内でトラブルがあり、かっとなってやった」と供述している。
 宇都宮被告は妻にたびたび暴力を振るっていたため、妻は2004年11月下旬に宇和署へ暴力を訴えていた。さらに相談の2日後には両太ももを打撲し1週間から10日間のけがを負ったとする医師の診断書を持参し、傷害容疑で被害届を提出。しかしさらに2日後には「夫とよりを戻した」として届を取下げていた。
裁判所
 高松高裁 湯川哲嗣裁判長(異動のため代読?)
求 刑
 死刑
判 決
 2007年2月13日 無期懲役(検察側控訴棄却)
裁判焦点
 一審で検察側は「自首は情状を良くしようという保身が目的で、減軽する必要はない」などとして死刑を求刑したが、松山地裁の判決は「検察官が主張するほどの冷徹な計算の基に自首したとまでは考えにくい」と無期懲役を言い渡した。量刑を不服として検察側が控訴した。
 2006年11月21日の初公判で、検察側は控訴趣意書で「計画性の強い犯行で、自首は罪を軽くするのが目的だった」「一審判決の情状認定の判断には誤りがある」と改めて死刑判決を求めた。一方弁護人は「(原審の)事実認定、法律判断は正しい」と控訴棄却を主張、即日結審した。
 湯川裁判長は「結果は極めて重大だが、冷徹に計画した犯行とまでは言えない」「綿密な計画性はなく、(直後に)自首した被告人の姿勢を評価した一審判決の判断は妥当」として一審判決を支持した。
備 考
 2006年5月16日、松山地裁で一審無期懲役判決。上告せずに確定。

氏 名
尾上力(38)
逮 捕
 2003年7月22日(岡山市内における女児(11)暴行容疑)
殺害人数
 0名(死者5名)
罪 状
 住居侵入、強姦未遂、強姦致傷、窃盗、殺人未遂、現住建造物等放火、邸宅侵入、非現住建造物等放火、建造物侵入
事件概要
 無職尾上力(おうえ・ちから)被告は1999年5月22日、大阪府高槻市の住宅のガスボンベのホースに放火して住宅1棟を全焼させるなど、1998年10月~2003年7月に大阪、東京などで放火13件、7~13歳の女児15名に対する強姦致傷2件・未遂13件を起こしたとして起訴された。放火事件では計5人が亡くなり、財産的被害は2億9,000万円を超える。
 放火に関わって死亡した事件は以下。
 1999年5月22日、大阪府高槻市の空き家に放火。延焼した隣家の無職女性(当時62)が焼死した。
 2001年9月25日午前2時前、東京都墨田区の木造2階建てアパートに侵入して放火。アパートは全焼し、2階で病気療養中だった無職男性(当時60)が、逃げるために飛び降り、持病が悪化して約12時間後に死亡した。
 2002年2月6日午後、東京都板橋区のアパートに放火し、ほぼ全焼させた。住人の無職男性(当時70)が一酸化炭素中毒で死亡した。
 2002年2月10日未明、東京都墨田区の空き家をライターで放火。隣接する住宅計3棟、延べ約345平方メートルを全焼させた。隣接する住宅の無職女性(当時80)が全身やけどで死亡した。
 2003年6月30日午後11時20分頃、大阪府高槻市で木造2階建てアパート1階の空き室に侵入し、ライターで火を付け全焼させた。住人の無職女性(当時74)が死亡した。
裁判所
 大阪地裁 中川博之裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年2月19日 無期懲役
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
裁判焦点
 検察側は「東京、大阪、京都、兵庫、岡山において放火約200件、強姦約40件、強制わいせつ約200件を認めており、過去に例のない常習性、計画性の高い犯行だ。空前絶後の放火・強姦魔と言うべきで、もはや矯正は不可能だ」と述べた。
 弁護側は最終弁論で「被告が真摯に裁判を受けてきたことを評価してほしい」などと述べた。
 尾上被告は最終意見陳述で「死刑と思っていた。罪を軽くしてくれと言うつもりはない」と述べた。
 中川裁判長は「被告の性格、性癖の深刻な問題性に根ざす犯行で、人間性の片りんさえ見いだしがたい」と厳しく指弾した。一方で「まれにみる凶悪重大事件。死刑選択の余地もあるが、すべての放火事件を自ら明かすなど、更生の可能性がないとまでは言えない」「反省し、被害者らへの謝罪の言葉、極刑の覚悟も述べている。犯行のすべてを語り、人格態度が変化しつつあると見ることも可能だ」と指摘した。
備 考
 尾上被告は1999~2003年、岡山市で小学生の女児を襲うなど子どもを狙った強姦事件を連続して起こしたとして、大阪地裁で2004年9月に懲役20年を求刑され11月に判決を受ける予定だった。その後、連続放火事件を供述したために捜査・公判が続けられ、検察側が改めて求刑した。
 尾上被告は「放火約200件、強姦約40件、強制わいせつ約200件を起こした」と供述している。
 控訴せず、確定。

氏 名
少年(21)/少年(20)/少年(21)
逮 捕
 2005年6月20日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗致死、強盗致傷他
事件概要
 福島県飯舘村に住む会社員の少年(当時19)、無職の少年2被告(ともに当時19)は会社員のS被告(公判中)と共謀。2005年6月19日未明、出会い系サイトで福島県飯館村の少女(当時17 公判中)に呼び出させた福島市の男性会社員(当時21)をバールや木刀などで暴行、現金約4000円や乗用車などを奪って死亡させた。
 事件前の6月7日、S被告を同様の手口で誘い出した後車で連れ回しながら暴行、全治5週間のけがを負わせたうえ、現金91万円を奪った。S被告はこの事件後、暴行を受けたり脅されたりして、少年たちの犯行に加わっていた。
 他にもう1件、強盗致傷で起訴されており、被害金額は総計で250万円以上になる。
裁判所
 最高裁第三小法廷 堀籠幸男裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年2月19日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 二審で3被告とも量刑不当を主張。うち2被告は一・二審で従属的立場を主張していた。
備 考
 強盗致死に問われたS被告は無罪を主張したが、2006年7月20日、仙台地裁は懲役8年(求刑懲役10年)の判決を言い渡した。山内昭善裁判長は「同じ手口で仲間に金を取られ、その穴埋めをしたいという動機は、私利私欲や身勝手な思考に基づくもの」と述べた。12月14日、仙台高裁は一審を破棄、懲役7年の判決を言い渡した。判決理由の中で田中亮一裁判長は、S被告自身が少年グループに暴行を受けて金品を奪われた強盗致傷事件の被害者であったこと、少年グループの一人が暴力団構成員であったと思い込み、家族や職場に迷惑が掛かるのではないかと心配して犯行に従属的に加わったことを認めつつも、何の落ち度もない男性を死亡させた責任を指摘した。判決言い渡しの後、裁判長は被告に「なにをすべきなのかを自分で考え、それを実行する勇気を持って下さい」と語りかけた。被告側は上告した。
 傷害致死で逮捕された少女は弁護側が家裁への移送を求めており、公判が分離されている。懲役13年が求刑されたが、2006年9月22日、福島地裁(大沢広裁判長)は、無職少女(19 犯行時17)について「相当長期間少年院に収容し、改善更生を図ることがより相当」として、福島家裁に移送する決定を下した。
 2006年4月21日、福島地裁で一審無期懲役判決。2006年10月13日、仙台高裁で被告側控訴棄却。
 被害者の母親は、被告5人および事件当時未成年だった4人の親6人を相手取り、約6500万円の支払いを求めた損害賠償請求を訴えた。2006年12月7日の第1回口頭弁論で、被告側はいずれも事実関係を認め、和解の方向で協議が進められる。訴状によると、母親は男性の生涯賃金や慰謝料などを合わせて約1億800万円と主張。保険会社から受け取った保険金4300万円との差額を求めている。
 うち、無職の元少年被告2人の親3人について、2007年1月9日、和解協議が成立した。1月11日、被告5人に対し、福島地裁は原告の訴え通り6500万円を支払うよう命じた。和解していない元少年と無職少女の親3人も2月末には和解する見通しで、和解が成立すれば、被告11人で解決金を含め計約6500万円を原告に支払うことになる。

氏 名
王震(25)
逮 捕
 2002年12月27日
殺害人数
 1名
罪 状
 身代金拐取、拐取者身代金要求、逮捕監禁、殺人、住居侵入
事件概要
 中国人留学生王震(おう・しん)被告は、同じ留学生の高瞻(こう・せん)被告、毛廟仁(もう・びょうじん)被告、喩貽、●嘯天(●は刑のつくりがおおざと)、孫凱元被告と共謀。2002年12月4日午前6時20分頃、風俗店を経営する中国人女性(当時43)を乗用車で連れ去って約16時間監禁し、内縁の夫の中国人男性(当時43)に身代金8000万円を要求した。その後、840万円まで要求額は下がったが、6人は警察に察知されたと思い込んで身代金受け取りを断念し、同日夜、女性の首を絞めて旅行かばんに詰め込み、名古屋港で海に投げ込んで水死させた。
裁判所
 名古屋高裁 門野博裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年2月20日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 2006年9月25日の初公判で、王被告の弁護側は、一審判決で認められなかった未決拘置日数の刑期への算入を求めた。
 門野裁判長は弁護側の主張を退けた。
備 考
 ●嘯天、孫凱、喩貽被告は2004年2月3日、名古屋地裁で求刑通り無期懲役判決。2004年8月27日、被告側控訴棄却。●嘯天、孫凱被告は上告せず確定。2004年12月15日、喩貽被告の上告棄却、確定。
 高瞻被告、毛廟仁被告は2005年11月29日、名古屋地裁で求刑死刑に対し一審無期懲役判決。2007年2月21日、名古屋高裁で検察側控訴棄却。
 2005年11月29日、名古屋地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2007年5月30日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
高瞻(33)/毛廟仁(27)
逮 捕
 2002年12月27日
殺害人数
 1名
罪 状
 身代金拐取、拐取者身代金要求、逮捕監禁、殺人、住居侵入
事件概要
 中国人留学生、高瞻(こう・せん)被告、毛廟仁(もう・びょうじん)被告は、同じ留学生の王震(おう・しん)被告、喩貽、●嘯天(●は刑のつくりがおおざと)、孫凱元被告と共謀。2002年12月4日午前6時20分頃、風俗店を経営する中国人女性(当時43)を乗用車で連れ去って約16時間監禁し、内縁の夫の中国人男性(当時43)に身代金8000万円を要求した。その後、840万円まで要求額は下がったが、6人は警察に察知されたと思い込んで身代金受け取りを断念し、同日夜、女性の首を絞めて旅行かばんに詰め込み、名古屋港で海に投げ込んで水死させた。
裁判所
 名古屋高裁 門野博裁判長
求 刑
 死刑
判 決
 2007年2月21日 無期懲役(検察側控訴棄却)
裁判焦点
 2006年9月25日の初公判で、検察側は高、毛両被告について「一連の犯行を計画、主導した主犯で、(無期懲役判決を受けた)他の共犯者よりも刑事責任は重い」と一審判決の量刑不当などを主張し、死刑判決を求めた。
 両被告の弁護側は「殺害は計画的な犯行ではない」などと控訴棄却を主張。王被告の弁護側は、一審判決で認められなかった未決拘置日数の刑期への算入を求めた。
 控訴審で検察側は「女性とは面識があったことから、誘拐前から殺害を共謀していたのは明らか」と事件の計画性を指摘。これに対し、両被告の弁護側は殺意を否認した上で「殺害共謀が成立したのは身代金の受け取り断念後で、計画性はない」と主張していた。
 門野裁判長は「誘拐前から殺害を決めていたとの事前共謀は成立せず、(計画性はないとした)一審判決に事実誤認はない」「残虐極まりない犯行だが、事前に確定的な殺害計画があったとはいえず、死刑にはちゅうちょを覚えざるをえない」とした。
備 考
 ●嘯天、孫凱、喩貽被告は2004年2月3日、名古屋地裁で求刑通り無期懲役判決。2004年8月27日、被告側控訴棄却。●嘯天、孫凱被告は上告せず確定。2004年12月15日、喩貽被告の上告棄却、確定。
 王震被告は2005年11月29日、名古屋地裁で求刑通り一審無期懲役判決。2007年2月20日、名古屋高裁で被告側控訴棄却。2007年5月30日、被告側上告棄却、確定。
 2005年11月29日、名古屋地裁で一審無期懲役判決。上告せず確定。

氏 名
男性(24 中国籍、犯行当時19)
逮 捕
 2002年2月7日
殺害人数
 2名
罪 状
 強盗殺人、強盗致死、強盗致傷、銃刀法違反、住居侵入
事件概要
 別府大留学生である中国福建省出身の男性(事件当時19)は、同大留学生朴哲容疑者と共謀。2001年12月26日夕、大阪市内のビジネスホテルに風俗店の女性(当時35)を呼び出し、男がナイフで脅して手足をテープで縛り、キャッシュカードを奪った上、ナイフで胸や首を多数回刺して殺害した。男は朴哲容疑者に約12万円を貸しており、借金の返済を求めたところ、強盗に誘われた。
 男と韓国馬山市出身の金ビン秀(キム・ミンス)被告、中国吉林省出身の安逢春(アン・ホウシュン)被告は、主犯格である同大留学生朴哲容疑者、張越容疑者と共謀。2002年1月18日午前2時半ごろ、大分県山香町の建設会社会長(当時73)宅に強盗目的で侵入し、社長の妻の顔などを棒や拳で多数回殴り、刺し身包丁で胸部を刺すなどして重傷を負わせ、社長の腰部を刺して殺害した。男と金被告、朴容疑者、張容疑者が室内に押し入り、安被告は自動車内で待機していた。男性殺害時転では、張容疑者と金被告が現場にいたとみられている。
 建設会社会長は戦争で亡くなった日本人の慰霊のため、毎年中国を訪れ、残留孤児の身元捜しに奔走。1988年から留学生の身元保証人を引き受けるようになり、今回の犯行グループの中にも、会長が身元保証人になっていた学生がいた。 「日中友好の懸け橋」 として、吉林市の経済顧問や会長の支援で現地に開校した日本語学校の名誉校長にも就任していた。
 安逢春被告は被害者の建設会社でアルバイトをした経験があった。
裁判所
 福岡高裁 正木勝彦裁判長
求 刑
 死刑
判 決
 2007年2月26日 無期懲役(検察側控訴棄却)
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
裁判焦点
 控訴審で検察側は「3被告は刃物を持って(被害者宅に)侵入しており、少なくとも未必の殺意があった」と指摘。弁護側はそろって殺意を否定し、元少年の弁護人は「(大分の)事件では従属的な立場だった」としていた。
 夫婦死傷事件について、裁判長は「もみ合ううちに倒れ込んだ際、その力も加わって包丁が深く刺さった可能性も否定できない」などとして、殺意を認定するには不十分との判断を示した。
 その上で、元留学生に対し「被害者宅に侵入後、悲鳴などが聞こえたために外に逃げ出した上、共犯者に逃げるよう促しており、言動は消極的」と指摘。逃走中の2容疑者が主犯とした。
備 考
 重傷を負った妻は、精神的に不安定になり、今も心的外傷後ストレス障害(PTSD)で通院している。
 遺族として初めて出廷した三女は一審第33回公判で、日中友好を生きがいとしていた被害者が、中国人留学生らに殺された無念さを訴え、「事件から3年近くたっても、ショックは消えない。極刑が相当だと思う」と述べ、死刑判決を求めた。
 遺族は「事件を風化させたくない」などとして、安逢春被告ら5人に損害賠償を求める訴訟を2004年に大分地裁に起こした。遺族側代理人は「刑事裁判で加害者らの反省が十分感じられない。中国に逃亡した加害者については行方すら分からず処罰もされていない現状からとった手段。金銭を目的とした提訴ではない」としている。
 2005年9月22日、大分地裁浅見宣義裁判長は「殺意を持って男性を刺しており、全体として責任を負わねばならない」と原告の主張を認め、約8693万円の請求に対し計7620万円の支払いを命じた。浅見裁判長は「男性を刺し殺した人物は特定できないが、背後から強く刺しており、殺意を持っていた」と指摘し、殺意はなかったとした刑事裁判と異なる判断を示した。
 朴哲容疑者、張越容疑者は国外へ逃亡、国際手配中。2013年11月10日?、朴哲容疑者の身柄を拘束したと中国側から日本政府に連絡が入った。
 2005年4月15日、大分地裁で元留学生に無期懲役判決(求刑死刑)、金被告に無期懲役判決(求刑無期懲役)、安被告に懲役14年判決(求刑懲役15年)。
 同日、金被告は一審破棄(被告側が控訴)、懲役15年判決。安被告の検察側控訴棄却。
 元留学生、金被告に対し、検察側は上告した。2009年12月17日、元留学生に対する検察側上告棄却、確定。同日、金被告に対する検察・被告側上告棄却、確定。

氏 名
佐久間博直(38)
逮 捕
 2004年12月15日(現行犯逮捕)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人他
事件概要
 愛知県豊橋市の無職佐久間博直は、2004年12月15日、安城市の作業服販売店に金品を奪う目的で侵入。店番をしていた経営者の妻(当時61)をナイフで刺して殺害した。
 佐久間被告は現場で女性の家族らに取り押さえられたが、調べに対し意味不明のことを話したり、不自然な行動を示したりしたため、名古屋地検岡崎支部は裁判所に鑑定留置を申請、約3ヶ月間拘置を停止して精神鑑定を実施。その結果、佐久間被告には刑事責任能力が十分あると判断し、起訴に踏み切った。
裁判所
 名古屋地裁岡崎支部 岩井隆義裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年2月28日 無期懲役
裁判焦点
 初公判で佐久間被告は殺害を認めたが、犯行は強盗目的ではなかったとして起訴事実を一部否認した。弁護側は、佐久間被告が犯行当時、心神喪失状態だったとして無罪を主張した。
 検察側は「消費者金融に760万円の借金があるなど強盗目的は明らか。売上金を狙った身勝手な動機で、女性をナイフで14ヶ所も刺すなど残忍かつ悪質」として、無期懲役を求刑した。
 弁護側は「犯行時は心神喪失状態にあり、責任能力はない」として無罪を主張した。
 岩井裁判長は「借金の返済に窮しての犯行で身勝手な動機に酌むべき余地はない」「被害者を鋭利な刃物で十数回突き刺すなど残虐極まりない」などとした。
備 考
 逮捕時、佐久間被告に意味不明の言動があったことなどから検察側は精神鑑定を実施。「精神発達上の異常はない。犯行は計画的で状況をよく把握している」との鑑定結果を得て、2005年3月に起訴した。
 弁護側が公判中に請求した精神鑑定では「是非善悪の判断能力を喪失していた」と結果が分かれた。
 被告側は控訴した。2007年10月3日、名古屋高裁にて被告側控訴棄却。上告せず確定と思われる。

氏 名
村山実(39)
逮 捕
 2004年5月19日(死体遺棄容疑)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、死体遺棄
事件概要
 鹿児島市の住宅リフォーム会社社長村山実被告と部下のI被告は2004年5月6日夜、自社を含むグループの実質的なオーナーで、福岡市にある住宅リフォーム会社社長の男性(当時33)を鹿児島市で絞殺。村山被告は男性の財布から約38万円を強奪し、I被告はうち20万円を受け取った。二人は社長の遺体を宮崎県内の雑木林に遺棄し、村山被告は男性の会社の従業員に、「社長の承諾を得ている」などといって預金口座から6,000万円を自社口座に移し替えてだまし取った。うち4,000万円は社員の給料などに充て、残りは口座に残っていた。
 村山被告の会社の商法をめぐっては、埼玉県警が2004年5月11日、「シロアリで家が倒れてしまう」などとうそを言って換気扇を売りつけていたとして、埼玉営業所長ら3人を特定商取引法違反(不実告知など)容疑で逮捕している。
裁判所
 最高裁第二小法廷 今井功裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年3月6日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 一・二審で村山被告は、強盗目的を否認している。
備 考
 I被告は求刑懲役16年に対し、自首が認められ一審懲役11年の判決がそのまま確定。
 2006年3月30日、福岡地裁で一審無期懲役判決。2006年11月2日、被告側控訴棄却。

氏 名
中村泰(76)
逮 捕
 2004年6月11日(現金輸送車襲撃事件。拳銃所持については、2004年2月12日に逮捕)
殺害人数
 0名
罪 状
 強盗殺人未遂、鉄砲刀剣類所持等取締法違反(発射、加重所持)、火薬類取締法違反
事件概要
 無職中村泰(ひろし)被告は2001年10月5日午前10時25分ごろ、大阪市にある三井住友銀行都島支店(当時)駐車場で現金輸送車の警備員(当時53)に拳銃を発砲して左足に重傷を負わせ、500万円入りのジュラルミンケースを強奪した。また2003年8月、東京都新宿区内の保険会社貸金庫に拳銃10丁と実弾約1千発を隠し持っていた。
裁判所
 大阪地裁 西田真基裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年3月12日 無期懲役
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
裁判焦点
 被告は襲撃事件を全面否認し、かつて武装組織「特別義勇隊」を結成しようと計画し、同志として行動を共にしていた仮名Xが犯人であると訴えた。
 検察側は論告で「武装組織の結成を計画し、テロ行為をするために拳銃などを大量に収集していた」「以前にも警察官を射殺しており、被告の反社会的人格は顕著」「現金を奪うためだけに発砲した凶悪、危険な犯行。襲撃事件について全面的に否認しており、反省も見られない」と指摘した。
 弁護側は、最終弁論で中村被告は無罪であることを主張。また、万が一有罪としても、殺意はなかったと主張した。
 西田裁判長は「独善的な思想を実現するため、法秩序を無視して他人の生命を軽んじる態度は反社会性が強い」と指弾した。中村被告の無罪主張に対しては、現場に残った弾丸と薬きょうの発射痕が、中村被告の拳銃と符合することなどから犯行を認定した。また「命中したのは足だが、弾道がそれれば警備員が死亡するかもしれないことは認識していた」と未必の殺意を認定した。
備 考
 中村被告は1997年11月22日に名古屋市西区のUFJ銀行(当時)で警備員2人に拳銃を発射し、1人の両足に1ヶ月の重傷を負わせたうえ、現金5,000万円を奪ったが、もう1人の警備員に取り押さえられた。中村被告は強盗殺人未遂他で起訴され、2003年9月2日、名古屋地裁で懲役15年(求刑懲役20年)の判決。が、2004年3月15日、名古屋高裁は殺意を認めず、強盗致傷を適用したうえで一審を破棄し、改めて懲役15年を言い渡している判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)。2004年10月26日、最高裁第二小法廷で刑が確定した。
 中村被告は東京大学在学中に窃盗事件を起こして中退。1956年11月23日、東京都武蔵野市の路上で銀行強盗に失敗して車中で寝ているところ、職務質問をしてきた警官(当時22)をピストルで4発撃って射殺した事件で無期懲役(求刑死刑)の判決を受け、服役。1976年3月に仮釈放、1986年に恩赦で執行が免除された。
 被告側は控訴した。2007年12月26日、大阪高裁で被告側控訴棄却。2008年6月2日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
百村穣(60)
逮 捕
 2006年7月22日(無銭飲食などの詐欺で7月13日に逮捕済)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、死体遺棄他
事件概要
 元住宅リフォーム会社社員の百村穣(ももむら・じょう)被告は2006年6月30日午後1時頃、リフォーム工事で知り合った福岡市南区の女性(当時80)の首を絞めて殺害し、現金6,000円が入った財布やクレジットカードなどを奪った。遺体は浴槽に遺棄した。
 また2005年12月~2006年5月、福岡、佐賀、鹿児島県で民家に忍び込み現金を盗むなどして被害総額約370万円に上る窃盗や詐欺などを働いた。
 百村被告は飲食店の女性や風俗嬢と約束していた旅行の代金に加え、風俗嬢へ仕送りしていた月々20万円の工面に困っていた。
裁判所
 福岡地裁 鈴木浩美裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年3月12日 無期懲役
裁判焦点
 百村被告は逮捕時、初公判で犯行事実を認めている。
 検察側は「知り合いの女性と旅行に行きたいがために被害者を殺害し、金を奪おうとした」と指摘し、「利己的な動機 に酌量の余地はない」とした。
 鈴木裁判長は「自己の利欲のために平然と他人の生命を奪う動機は非情かつ身勝手。残りの生涯をかけて罪を償わせるのが相当」と述べた。また「生活費や交際女性への送金に窮して犯行を決意した」と指摘。「周到な準備をした計画的な犯行で、殺害行為は凶悪かつ残忍で人間らしい理性を見いだせない」と批判した。
備 考
 被告側は控訴した。2007年7月31日、福岡高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
織田佳克(23)
逮 捕
 2005年4月27日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、死体遺棄他
事件概要
 北海道由仁町の会社員織田佳克被告は2005年4月24日午前、同居している祖母(当時66)に小遣いを要求したが断られたため、祖母の首を絞めたり、頭などを殴ったりしたうえ、消火器の噴射口を口に当てて噴射させ、粉末をのどに詰まらせて窒息死させた。遺体を一階台所の床下収納庫に遺棄した後、祖母名義の郵便貯金口座から現金500万円を引き出し、一部を数百万円ある消費者金融の借金返済に充て、一部は高級ブランド品の購入に充てた。
裁判所
 最高裁第一小法廷 才口千晴裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年3月13日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 織田被告は二審で殺人を否認していた。
 決定理由で、才口裁判長は「上告理由に当たらない」とした。
備 考
 織田佳克被告は自ら多重人格などと供述したため、札幌地検岩見沢支部は織田被告を精神鑑定するための鑑定留置を2005年5月17日に請求、札幌地裁岩見沢支部は許可した。鑑定期間は16日から3ヶ月間。
 2006年4月20日、札幌地裁岩見沢支部で一審無期懲役判決。2006年11月30日、札幌高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
福島敦紀(68)
逮 捕
 2006年5月16日
殺害人数
 0名
罪 状
 覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)、関税法違反他
事件概要
 暴力団最高顧問福島敦紀被告は指定暴力団組長のM被告ら仲間と共謀し、2002年6月と10月、北朝鮮の貨物船から日本海に投下された覚醒剤約230キロを漁船で回収して密輸入した。同年11月には同じ手口で覚醒剤約240キロを密輸入しようとしたが、悪天候のため回収を断念した。投下された覚せい剤は、鳥取県の海岸に流れ着いた。
 福島被告は密輸された覚醒剤を暴力団関係者に売りさばく密売の責任者だった。
裁判所
 東京地裁 川本清巌裁判長
求 刑
 無期懲役 罰金1,000万円、追徴金9億6,600万円
判 決
 2007年3月14日 無期懲役 罰金1,000万円、追徴金9億6,200万円
裁判焦点
 検察側は論告で「密輸された覚醒剤は230キロにものぼり、末端使用量は約460万回分にも及ぶ」と指摘。「組織的な薬物犯罪の撲滅という国際的な要請に反する悪質な犯行」「犯罪組織の首謀者の一人で、刑事責任は重大」と断じた。
 福島被告側は、起訴事実を認めていることなどを挙げて減軽を求めた。
 川本裁判長は、事件での福島被告の役割を「陸揚げに関する全般で、配下の者に指示した」と判断し、首謀者の一人だったことを認めた。 さらに、福島被告の犯行を「密輸された覚醒剤は大部分が社会に拡散し、乱用された可能性が高く、結果は極めて重大」としたうえで、「多くの乱用者を生み出してしまうことを考えもせずに利益を得るために犯行に及んだことは強い非難に値する。刑事責任は極めて重大」と述べた。
備 考
 福島被告は2005年7~8月、オランダから輸入した合成麻薬MDMA約17万錠(約7億円相当)を所持していた麻薬取締法違反容疑で逮捕され、東京拘置所で拘置中だった。
 被告側は控訴した。検察側も法令適用の誤りを主張して控訴した。

 福島被告は2008年2月18日~25日までの期間で、病気の治療を理由に拘置執行停止の決定を受け、千葉県鎌ヶ谷市の病院に入院した。22日、さらに治療が必要との理由で27日までの拘置執行停止の延長が決定されていた。しかし24日午後9時ごろには、入院先の病室から姿を消していた。福島被告は内臓疾患で車椅子を使っていたという。
 福島被告は3月12日から福岡市内の病院に入院したが、3日後に病死した。東京高検は福島被告の死亡を受けて、東京高裁に公訴棄却を申し立て、東京高裁(池田耕平裁判長)は21日付で公訴棄却を決定した。
 M被告らは2008年5月14日、東京地裁で無期懲役、罰金1,000万円、追徴金9億6,175万円の判決を受けたが、2012年12月14日、東京高裁で一審破棄、無罪判決。上告せず確定。

氏 名
徳永定典(40)
逮 捕
 2006年3月7日(2005年4月22日の事件で)
殺害人数
 0名
罪 状
 強盗強姦、住居侵入他
事件概要
 福岡県太宰府市の空調設備業徳永定典被告は2003年10月~2005年9月、福岡市内で19~22歳の女性5人の自宅マンションに、鍵のかかっていない玄関から侵入し、「騒いだら殺すぞ」などと脅し、手足を粘着テープで縛るなどして暴行を加え(1件は未遂)、計約7万円を奪った。
裁判所
 福岡地裁 川口宰護裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年3月15日 無期懲役
裁判焦点
 2006年12月26日の論告求刑公判で、検察側は「再犯は必至で、社会からの隔離以外に被害を防ぐ方法はない」と述べた。
 判決で川口裁判長は「被害者が最も安心できる場所であるはずの自宅で、鼻うたを歌いながら乱暴した。被害者の肉体的、精神的苦痛は甚大」「自己の欲望の赴くまま犯行に及んでおり、酌量の余地はない」「犯行は残忍で極悪非道。被告の人格に深く根ざしており、改善更生を図ることは著しく困難」と述べた。
備 考
 被告側は控訴した。2007年10月2日、福岡高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
金谷寿康(28)
逮 捕
 2006年7月26日(別の窃盗容疑で逮捕済)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、窃盗、窃盗未遂他
事件概要
 無職金谷寿康被告は2006年7月5日午前4時頃、横浜市南区に住む無職女性(当時72)方に侵入したが、物音で女性が起きてきたため、声を上げられる前に殺そうと、首を両手で絞めて殺害。タンスにあった現金約3万3千円と1万円分の商品券などを奪った。
 また、2006年6月24日~7月8日にも、同市西区や南区の民家などに計8回侵入し、現金計約100万円や18万円相当の物品を盗んだ。
 金谷被告は6月に横浜市西区であった空き巣事件で指名手配され、7月10日に逮捕された。このほか、女性殺害の数時間前、数百メートル離れたアパートで起きた窃盗未遂事件の現場からも、金谷被告の指紋が発見されている。
 女性宅に残された指紋が金谷被告のものと一致したため、県警が取り調べした結果、犯行を自供した。
裁判所
 横浜地裁 大島隆明裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年3月15日 無期懲役
裁判焦点
 初公判で被告は起訴事実を認めている。
 検察側は論告で、「平穏な一般市民に恐るべき害悪を与える反社会的犯行」「金谷被告は自堕落で無為徒食の生活を送り、金銭に困って犯行に及んだ。被害者に気付かれて刑務所に服役したくないと殺害した」と指摘した。
 大島裁判長は「自己の保身と金銭のためには殺人さえちゅうちょしない、強欲的で利己的な動機」と指摘した。
備 考
 金谷被告は2005年に窃盗未遂罪で懲役1年、執行猶予3年の判決を受けている。
 控訴せず確定か。

氏 名
藤田博美(43)
逮 捕
 2006年1月7日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、詐欺未遂
事件概要
 北九州市戸畑区に住む無職藤田博美被告は遊び仲間である建設業M被告、保険代理業N被告と共謀し、郵便局員の夫(当時43)の生命保険金計約7500万円をだまし取ろうと計画。2005年10月12日夕方から夜にかけて、北九州市小倉北区で夫に睡眠導入剤を混ぜた炭酸飲料水や酒を飲ませ、午後10時ごろ、乗用車の助手席に夫を乗せて運転。小倉港の岸壁からわざと車を転落させ、夫を水死させた。博美被告は転落後に自力で車から脱出し、通りがかった人に救助された。博美被告は日本郵政公社などに夫の保険金計2,500万円の支払いを請求したが、事件が発覚して未遂に終わった。
 博美被告はパチンコなどギャンブル好きで、ブランド品を買い集めたり、ホストクラブにも頻繁に通っていた。2003年10月の結婚後まもなく、夫の口座から勝手に現金を引き出し始め、周囲からも借金を重ねて返済額は計数100万円にのぼった。
 その後、夫から貯金約1,000万円の使い込みをとがめられ、借金の返済も迫られるようになり、ホステス時代の客であるN被告と、マージャン仲間の建設業、M被告に夫の殺害などを相談していた。
 殺害の11日前に夫は、N被告の代理店を通じて、博美被告を受取人として、事故や災害死亡特約で約5000万円支払われる生命保険に加入していた。
裁判所
 福岡地裁小倉支部 田口直樹裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年3月19日 無期懲役
裁判焦点
 2006年4月24日の初公判で博美被告は起訴事実をほぼ全面的に認めている。
 2007年1月29日の論告求刑で検察は「一方的に不満を抱いて邪魔になった夫から完全に自由となり、お金を得たいという欲望に駆られた計画的、冷酷な犯行」と指摘した。そして「規範意識の欠如は著しく、矯正は極めて困難」と述べた。
 最終弁論で弁護側は罪を認めた上で改めて「保険金詐取だけが目的ではなかった」と主張。夫婦関係が悪化した時期に、N被告から殺害をそそのかされたことが大きな要因だったとして、無期懲役の求刑に対し、情状を考慮して減軽するよう求めた。博美被告は「どんな理由があれ身勝手に命を奪ってしまった。申し訳ありません」と述べた。
 田口裁判長は「確実に殺害できる方法を計画、実行し、事件の主導的役割を果たした。結婚生活が悪化したことは、殺害を正当化する理由にはならない」「犯行の動機は利己的、自己中心的で身勝手極まりない」と述べた。
備 考
 N被告とM被告も共犯として起訴された。携帯電話のメールのやりとりで殺害計画を提案したなどとされるが、2人は「冗談だと思っていた」と否認。公判は分離されている。
 被告側は控訴した。2007年8月31日、福岡高裁で被告側控訴棄却。2007年12月11日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
宮崎祐輔(28)
逮 捕
 2006年6月25日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、住居侵入
事件概要
 釧路市の漁船員宮崎祐輔被告は2006年4月26日午前1時45分ごろ、金を奪う目的で漁船員の男性(当時63)宅に侵入。男性が目を覚ましたため、持参したマキリ包丁で男性の首など計30カ所を刺すなどして殺害し、現金約11万円を奪った。
 宮崎被告は、男性が勤めていた釧路管内釧路町にある漁業会社の元同僚で、同社に2005年3月から10月まで勤務していた。退社後も男性宅を訪問して酒を飲んだり、一緒に除雪のアルバイトをしたりしていた。
裁判所
 釧路地裁 本田晃裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年3月19日 無期懲役
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
裁判焦点
 初公判で宮崎被告は、起訴事実のうち強盗と住居侵入を否認し、単純殺人を主張。弁護側は「事前に同意を受けて家に入り、現金も被害者自らが渡した。犯行も、被害者がマキリ包丁で向かってきたので取り上げて刺したもので、過剰防衛だった」として、争う姿勢を示した。
 検察側は「遊興費に窮し、金欲しさから被害者をめった刺しにした犯行に情状酌量の余地はない」などとした。
 弁護側は奪ったとされる現金について、被害者が被告に紹介した仕事の賃金をめぐってもめた際、被害者が自らの意思で被告に渡したとして強盗を否認。殺人については過剰防衛が成立する、と有期刑を求めた。
 本田裁判長は弁護側の過剰防衛論について、「供述には不合理な点がある」として退けた。そして「動機は卑劣かつ凶悪で酌量の余地はない」とした。
備 考
 被告側は控訴した。2007年10月11日、札幌高裁で被告側控訴棄却。2008年2月4日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
弘末克己(74)
逮 捕
 2003年1月30日(2001年の窃盗罪で2003年1月14日に逮捕、起訴済)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、窃盗他
事件概要
 高知市に住む無職弘末克己被告は2002年11月29日夜、近所に住む顔見知りの独居老人女性(当時84)宅に侵入。就寝中の女性の顔などを部屋にあった木刀で殴りつけるなどして現金2万8,000円を強奪した。女性は翌30日に外傷性ショックで死亡した。また2001年4月13日、知人女性(当時65)の銀行のキャッシュカードを盗み、計15万円を引き出して盗んだ。
裁判所
 高松高裁 湯川哲嗣裁判長(柴田秀樹裁判長代読)
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年3月22日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 控訴審で弘末被告は「刑事から『お前がやったがやろ』と何度も言われ、否定しても聞き入れられなかった」と自白を強要されたと主張し、一審同様無罪を訴えた。
 弁護側の被告人質問で同被告は取り調べや現場検証の際に捜査官の誘導があったと繰り返し主張。「刑事から『(凶器の)木刀はここに置いてあったやろが』『(被害者方は)蛍光灯が一本ついちょったろが』などと言われ、『知らない』と何度言っても聞き入れられなかった」と述べた。
 犯行状況の調書で、現金強奪と被害者を縛った順序が自白当初とその後で入れ替わっていることなどを指摘されると、「訳が分からない。自分は認めていない」などと繰り返した。
 「本当にやってないなら、やっていないと言い続けられるのでは」と問われると、「刑事に『お前がやったろうが』『認めないと体がズタズタになるばあやるぞ』と机をバンバンたたかれ、怖かった」と主張。逮捕当初は弁護人にも無罪を訴えなかったのは「当時は弁護士も警察と一緒だと思っていた」と述べた。
 湯川裁判長は「自白をするよう迫って圧力が加えられていたことがうかがえ、適切でない面もあったことは否定できない」と指摘しつつ、「客観的事実と合致する供述が多数(捜査官の)誘導によらずなされた。供述に変遷があるとはいえ、自白全体の信用性を否定するものとは言えない」とした。
備 考
 2005年1月28日、高知地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。

氏 名
小松代啓史(29)
逮 捕
 2003年11月
殺害人数
 0名
罪 状
 住居侵入、強盗致傷、強制わいせつ、強盗強姦、強盗、窃盗、詐欺、窃盗未遂
事件概要
 無職小松代(こまつしろ)啓史被告は、無職S被告と共謀。2003年8~11月、東京、埼玉、千葉、栃木各都県で「配電盤の点検に来た」と嘘を言って、女性宅計10軒に侵入。殴ったり包丁で脅したりして金品を奪ったほか、5人を強姦するなどした。金品の被害は小松代被告の単独犯行分も含め、約500万円に上った。
裁判所
 最高裁第二小法廷 古田佑紀裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年3月22日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
裁判焦点
 裁判長は、併合罪関係にある複数の罪のうちの1個の罪について死刑又は無期刑を選択する際には、その結果科されないこととなる刑に係る罪を、これをも含めて処罰する趣旨で、考慮できるというべきであり、当該1個の罪のみで死刑又は無期刑が相当とされる場合でなければそれらの刑を選択できないというものではない、とした。
備 考
 S被告は2005年11月2日、求刑通り一審懲役20年判決。2006年10月11日、被告側控訴棄却。
 2005年11月14日、東京地裁で一審無期懲役判決。2006年10月11日、東京高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
渡辺ノリ子(49)
逮 捕
 2004年12月16日
殺害人数
 0名(死者3名)
罪 状
 現住建造物等放火、現住建造物等放火未遂、窃盗、建造物侵入、建造物損壊
事件概要
 さいたま市の無職渡辺ノリ子被告は、交際していた男性との関係が破たんしたうっぷんを晴らし、騒ぎに乗じて商品を盗み出そうと放火。以下の事件を起こした。
  • 2004年11月18日午前4時半頃、さいたま市大宮区のスーパー(12月15日で放火した店)の自動ドアを金づちで割って店内に侵入し、ボストンバッグなど計約5万9,000円相当の商品を盗んだ。
  • 2004年12月13日午後6時40分頃、さいたま市浦和区のスーパーの1階南東側女子トイレで持っていたジャンパーに火を付け、店を燃やそうとし、トイレの個室仕切り板を焦がした。
  • 同日午後7時10分頃、同店2階南東側女子トイレで油を染み込ませた紙に火をつけ、仕切り板を焦がした。
  • 同日午後8時15分頃、さいたま市緑区の量販店にある寝具売り場で灯油を染み込ませたティッシュにライターで火を付けて放火し、鉄筋平屋建て約2,200平方メートルが全焼した。従業員の男性(当時39)、アルバイトの女性(当時19)、契約社員の女性(当時20)の3人が焼死した。また騒ぎに乗じて、CDラジカセなど(約12,000円相当)を盗んだ。
  • 同日午後10時34分頃、さいたま市見沼区の量販店にある婦人服売場で、ガソリンを染み込ませたタオルに火を付け、衣料品218点が焼損した。
  • 12月15日午後3時5分頃、さいたま市見沼区の量販店にある寝具売り場で、ガソリンを染み込ませたタオルに火を付け、毛布など57点を燃やした。また店員が消火活動をしている間に、腕時計2個など計約52万5,000円相当の商品を盗んだ。
  • 午後5時40分頃、さいたま市大宮区のスーパーで1階北側女子トイレで油のようなものを染みこませたティッシュペーパーに火を付け、トイレのドアを焦がした。また火災に乗じて毛布1枚(4,900円相当)を盗んだ。
  • 午後6時50分頃、さいたま市浦和区のスーパーの1階南東側女子トイレで、ガソリンを染み込ませたティッシュペーパーに火をつけ、トイレの個室仕切り板を焦がした。
 渡辺被告は2004年10月末、さいたま市緑区の量販店で商品を万引きしたのを店員に見つかり、取り押さえられた。店側は厳重に注意したが、警察には引き渡さなかった。
裁判所
 さいたま地裁 飯田喜信裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年3月23日 無期懲役
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
裁判焦点
 渡辺被告は逮捕時は犯行を認めたが、初公判以降、「火をつけた記憶がない」などと起訴事実を一貫して否認。弁護側も「放火行為が(あったかどうか)を争う」などとして、無罪を主張していた。第三回公判後、弁護人は記者会見で「被告はずっと否認していた」とした上で、「このままだと死刑になると調べ官に言われ、『死刑になるのは怖いな』との気持ちから調書に署名したのでは」と、検察側の証拠の任意性を全面的に争う姿勢を示した。
 渡辺被告は公判で、13日にはいずれの店も訪れていないと否認。15日の件については、店を訪れたことは認めたが、放火を否認。窃盗については、薬を飲みすぎてボーっとしていたため、覚えていないと話した。
 2006年6月7日、地裁公判で精神鑑定実施が決定。12月15日、公判で刑事責任は問えるとする鑑定結果を証拠採用した。
 検察側は「うっぷん晴らしに放火しており、身勝手な犯行」と指摘。さらに「多数の人が店内におり、死者は3人を上回る可能性があった」「短絡的かつ身勝手で、極めて悪質な犯行。3人が死亡した結果は極めて重大」「刑事責任は極めて重大で、社会から隔離することが再犯防止の唯一の道」と述べた。
 論告などによると、検察側は▽出火前後に渡辺被告と酷似した女性が目撃されている▽留置中、同房者に「3人死ぬとは思わなかった」などと語っている▽捜査段階では「イライラした気持ちで火をつけた」と供述している――ことなどから、「渡辺被告が連続放火事件の犯人であることは明らか」と主張。「元交際相手に会えないうっぷんを晴らす目的で次々と放火に及び、短絡的で身勝手極まりなく、酌量の余地は全くない」と指摘した。
 弁護側は最終弁論で、検察が犯行の動機を「交際相手に会えないことのうっぷん晴らし」と指摘したことには「連続放火を行った心理について具体的な説明がない」と批判。さらに「自白調書には犯人しか知り得ない事実が登場しない」とした。
 一方で、仮に渡辺被告が放火したとしても、抗うつ剤の服用などにより心神喪失や心神耗弱の状態にあったとして減軽を求めた。
 飯田裁判長に意見を求められた渡辺被告は「人を殺すようなことはやってません」と述べた。
 飯田裁判長は判決で「捜査段階の自白調書は任意性に疑いはなく、各犯行の動機を自然かつ合理的に述べていることなどから信用できる。客の証言や現場の証拠などからも、放火犯人であることを合理的に推認される」と指摘。渡辺被告の無罪主張を退けた。「元交際相手に会えないことでいらだちと焦りを募らせ、うっぷん晴らしをしようと放火を繰り返した」として起訴された7件の放火、放火未遂事件をすべて渡辺被告の犯行と認定し、「人の生命や身体に対する配慮に欠けた、短絡的かつ身勝手極まりない犯行の動機に酌量の余地は全くない」と指弾した。弁護側は、万が一被告の犯行だったとしても、当時渡辺被告が心神喪失か心神耗弱状態だったなどと責任能力を否定していたが、判決は被告がガソリンを染み込ませたタオル類を準備していたことなどをあげ、「放火場所の選定や準備、犯行発覚を防ぐ配慮などの点で合理的な思考に基づいて行動している」と責任能力を認めた。
 また、店員3人が焼死した「ドン・キホーテ浦和花月店」について、飯田裁判長は「ひとたび火が放たれれば、早期に拡大する恐れのある特殊な陳列方法で、全焼に至ったのは同店の防火体制の不備が一因となっていると言わざるを得ない」と、店側の問題を指摘した。
備 考
 求刑論告に先立ち、火災で焼死した3人の遺族の意見陳述が行われた。アルバイト女性(当時19)の母は「かわいい笑顔もすべて炭になってしまった。亡きがらを抱きしめてやれない親のつらさをどうかわかってほしい。娘を返せ」と叫ぶように訴えた。契約社員だった女性(当時20)の母は「憎しみからは何も生まれない。生きて罪を償い、本当のことを話してほしい。『ごめんなさい』の一言を待っています」と訴えかけた。
 被告側は控訴した。2008年5月15日、東京高裁で被告側控訴棄却。2008年11月17日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
安藤博(66)
逮 捕
 2006年2月18日(死体遺棄容疑で)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、死体遺棄、詐欺
事件概要
 元保険代理業安藤博被告は、保険の顧客であったさいたま市に住む女性が、家を火災で焼失して土地を売却したことなどにより多額の金を手にしたことを知り、2003年7月、虚偽の資金運用話を持ちかけて1,900万円の小切手を受け取った。しかし、株式運用に失敗し金を返すことができなくなり、女性から返済を求められたことから、女性の殺害を決意。安藤被告が返済を約束した日である2004年12月28日正午ごろ、女性(当時77)のマンション駐車場に止めた自分の乗用車の中で女性の首をロープで絞めて殺害し、同月30日ごろ、遺体を同市浦和区内の雑木林に埋めた。
 女性の家族は2005年1月に家出人捜索願を出していた。安藤被告は株取引の失敗などで5,000万円以上の借金があった。
裁判所
 最高裁第三小法廷 裁判長不明
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年3月26日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 
備 考
 2006年9月27日、さいたま地裁で一審無期懲役判決。2006年12月19日、東京高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
笠原友子(48)
逮 捕
 2003年2月23日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人
事件概要
 会社役員笠原被告は結婚後も工務店経営の父親から経済援助を受けてきたが、家を継いで老後の面倒を見てもらいたいとの願いを断った。父親は親族を養子に入れ、自分への相続を少なくしようとしたことを笠原被告は逆恨みし、心酔し相談相手だった占い師集団「グループ向日葵(ひまわり)」代表・YT被告らに殺害を依頼。これを受けたグループ幹部YY被告は、韓国籍で元暴力団組員のK被告に殺人を依頼。K被告は2001年6月9日夜、実行グループ3人を率いて、東京都板橋区に住む笠原被告の父親(当時70)を自宅玄関で射殺した。
 笠原被告は事件前から高価な水晶玉や曼陀羅の代金として約1,000万円を超える金額をYT被告側に渡したほか、「殺害の報酬として1億円を払う」と約束していた。
裁判所
 東京高裁 大野市太郎裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年3月27日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 量刑不当を主張したか?
備 考
 K被告は2005年1月12日、懲役18年(求刑懲役20年)が言い渡され確定している。実行犯グループ3人も、懲役12~15年の判決が確定している。
 殺人、銃刀法違反などの罪で起訴されたYT(68)、YY(50)両被告には求刑通り懲役20年が言い渡された。グループ幹部T(51)被告には懲役12年(求刑懲役15年)が言い渡された。
 2006年3月14日、東京地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。

氏 名
狩野明男(51)
逮 捕
 2003年10月9日(窃盗・窃盗未遂容疑)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、窃盗他
事件概要
 京都市山科区音羽の住宅リフォーム会社社長、狩野明男被告は、2002年10月31日午後8時から翌朝までの間に、宇治市の自宅にいた会社員の男性(当時52)を殺害、キャッシュカードや現金10数万円を奪った。さらに預金口座から現金約300万円を引きだした。
 遺体は見つかっておらず、殺害方法も特定されていない。
裁判所
 大阪高裁 島敏男裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年3月28日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 狩野被告は逮捕当時から強盗殺人について否認し、公判では黙秘している。
 控訴審でも被告側は一審同様無罪を主張した。
 島裁判長は状況証拠の積み重ねから「財物を奪う目的と推認でき、殺意もあった」と認定。求刑通り無期懲役とした一審京都地裁判決を支持した。
備 考
 2006年5月12日、京都地裁で求刑通り一審無期懲役判決。被告側は上告した。2008年4月15日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
西川純(56)
逮 捕
 1997年11月18日(逃亡中のボリビアから国外退去処分を受けて帰国したところを逮捕。1975年8月4日のクアラルンプール事件において超法規的措置にて釈放されていた)
殺害人数
 0名
罪 状
 逮捕監禁、殺人未遂、ハイジャック防止法違反他
事件概要
 西川純被告は1974年5月13日、和光晴生被告(一審無期懲役、控訴中)、奥平純三容疑者(1977年9月28日のダッカ事件において超法規的措置にて釈放、国際手配中)と共にオランダ・ハーグにあるフランス大使館を攻撃して占拠した。フランス大使ら11人を人質に取り、フランスで逮捕されていた日本赤軍メンバーを釈放させた。また警察官2人に発砲して殺害しようとした。
 その後逮捕、起訴された。1975年7月に初公判が開かれたが、1975年8月4日のマレーシア・クアラルンプール事件において超法規的措置にて釈放された。
 1977年9月には丸岡修受刑者(無期懲役が確定)らメンバー4人と共謀してパリ発東京行き日航機をインド上空で乗っ取り、バングラデシュのダッカ空港に強制着陸させた上、日本赤軍らメンバー6人を超法規的措置で釈放させて身代金600万ドルを奪った。
裁判所
 東京地裁 青柳勤裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年3月30日 無期懲役
裁判焦点
 被告側はハーグ事件の殺人未遂やダッカ事件で無罪を主張している。
 検察側は論告で「事件は国際社会を震撼させたテロ。154人の乗客らを人質にし、生命の危機にさらした犯行は非人道的で悪質極まりない。被告は実行犯の中心的存在で、責任は極めて重く乗客らも厳重な処罰を求めている」「公判でも組織を防衛し、構成員をかばうなど反省はない。国際テロリズムへの断固たる措置も必要」「主義主張のために手段を選ばない国際テロ組織特有の自己中心的犯行」として厳罰を求めた。
 西川被告は、「事件当時、わたしはベイルートにいた」と最終弁論でも無罪を主張。弁護側が「事件に関与したことはなく機内にいたこともない」と述べた。西川被告は最終陳述で自らの活動を振り返り「志と違った結果となり、全く残念。申し訳なく思っている」と述べた。
 青柳裁判長は「独善的、反社会的な犯行でテロリズムによる法秩序への攻撃は断じて許されない」とした。しかし、ハーグ事件での元日本赤軍最高幹部、重信房子被告との共謀は「重信被告に事件に関与する動機があることは認められるが、具体的な証拠がなく、認定できない」と否定。共謀が認定された重信被告の東京地裁判決と食い違う結果となった。青柳裁判長は判決で、西川被告が関与を否定したハイジャック事件について、「乗客の証言から実行犯であることは明らか」と認定。メンバー奪還目的での一連の犯行は「身柄を拘束された仲間をテロによって釈放させ、法的な秩序を混乱させた」「国際的な秩序や民主主義を否定する許されないもの」と断罪した。
備 考
 被告側は控訴した。2008年10月28日、東京高裁で被告側控訴棄却。2011年9月12日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
城後健一(31)
逮 捕
 2005年6月8日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、強盗他
事件概要
 埼玉県草加市の飲食業伊藤萬壽男被告、東京都荒川区の無職佐々木彰被告、住所不定無職城後健一被告、住所不定無職中村謙二被告、群馬県藤岡市の無職I被告、アルゼンチン国籍で群馬県伊勢崎市の無職ルーザック・ミウラ・マキシミリアノ・エルナン・アンドレス被告、ブラジル国籍で群馬県県太田市のレンタルビデオ店手伝いド・アマラル・アンドレ・ルイス・アキラ被告は共謀し、強盗殺人を計画。
 2004年12月7日午前4時頃、主犯格の伊藤被告と佐々木被告、城後被告、アンドレス被告、アキラ被告の5人が、群馬県作詞の無職女性宅に押し入り、同居していた会社員の男性(当時49)の首を絞めて殺害。キャッシュカードや現金5000円、指輪など貴金属計20数点(時価合計48万円相当)を奪った。
 伊藤、佐々木の両被告と、中村、城後、アキラ、ミウラの4被告は、それぞれ別の窃盗グループを構成。群馬県前橋市に住む女性は中村被告の知人、I被告は中村被告と仕事で知り合った仲という。今回の事件は、伊藤被告と中村被告が知り合って8人がグループになり、I被告が中村被告に情報を提供、計画した。
 その他、県外での強盗など7件(現金計680万円や物品計約1000万円相当)の罪で起訴されている。
裁判所
 最高裁 裁判長名不明
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年3月? 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 殺意の有無を訴えたか。
備 考
 7人と一緒に逮捕された群馬県の女性は処分保留で釈放。佐久署捜査本部が、別の事件でだまし取ったと知りながら貴金属を質店に売ったとして、盗品等処分あっせんの疑いで再逮捕した。
 I被告は求刑無期懲役に対し一・二審懲役15年判決。佐々木彰被告、中村謙二被告、アンドレ・ルイス・アキラ・ド・アラマル被告、ルーザック・ミウラ・マキシミリアノ・エルナン・アンドレス被告は求刑通り無期懲役判決が確定。伊藤萬壽男被告は求刑通り一・二審無期懲役判決(上告中)。
 2006年6月8日、長野地裁で一審無期懲役判決。2006年11月27日、東京高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
渡辺毅(23)
逮 捕
 2006年10月7日
殺害人数
 1名
罪 状
 窃盗、住居侵入、強盗殺人
事件概要
 山梨県増穂町のアルバイト店員渡辺毅(しのぶ)被告は2006年7月12日午前0時頃、甲府市に住む学習塾経営者の男性(当時80)方に合い鍵を使って侵入し、男性の首を絞めるなどして殺害、着衣のポケットから現金6千円を奪った。
 渡辺被告は事件当時、甲府市内の電器店に勤務。修理などで男性方に十数回出入りしたことがあった。渡辺被告は女性(6月下旬に別れている)との交際費や趣味の自動車の改造費のため消費者金融8社から計約245万円の借金の返済に困っていた。6月7日午前10時頃、当時顧客だった山梨県甲府市内の別の男性(88)宅へ入り、現金約4万円を盗んだ。また、15日午前2時頃、同じ男性宅に忍び込み、現金約10万円と預金通帳等を盗んでいる。
裁判所
 甲府地裁 渡辺康裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年4月4日 無期懲役
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
裁判焦点
 公判前整理手続を採用。
 3月14日の初公判で渡辺被告側は起訴事実を認めた。
 3月15日の論告求刑で検察側は、渡辺被告が高齢者から現金を簡単に盗めたことで、犯行をエスカレートさせて最終的には強盗殺人に及び、多くの高齢者とその家族に多大な不安を与えたと指摘。男性が渡辺被告を信頼し、鍵の隠し場所を教えたことを逆手に取って強盗に及んだ点を挙げ「犯行の動機は身勝手で卑劣」と非難した。
 同日の最終弁論で弁護側は、予想外の抵抗を受けたためパニックになり殺害したもので、計画的ではないと主張、若年であることなどを理由に情状酌量を求めた。
 求刑を聞いた渡辺被告は「死刑でも構わない。人としてしてはいけないことをした。朝晩と男性の冥福を祈っている」などと、思いを述べた。
 渡辺裁判長は「一人暮らしで無防備な高齢者を狙った卑劣な犯行で、人命軽視の態度は甚だしい」「交際していた女性に渡す金が欲しかったという動機は安易かつ短絡的で身勝手」と指摘。一方で、被告人がまだ若く、前科もないこと、父親がお金を盗んだ男性へ被害弁償していることなどを考慮し、「遺族が望む極刑の選択はせず更生の余地を残す」と述べた。
備 考
 控訴せず確定。

氏 名
柳町左伊(38)
逮 捕
 2005年3月30日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、死体遺棄
事件概要
 横浜市の柳町左伊(さい)被告は、9社13件計1億5890万円の保険金を得るために会社員である夫の殺害を計画。2005年3月6日、知人である元人材派遣会社員の男性と共謀し、夫に睡眠薬を飲ませた後、男性に首を絞めさせたが、夫が目を覚まして抵抗したため、左伊被告がハンマーで頭を数回殴った。ベルトで窒息死させた後、中国籍で鍵製造販売業の男と一緒に遺体を乗用車に乗せ、7日午後11時ごろ、北杜市白州町花水の市道脇に遺棄した。
裁判所
 東京高裁 安広文夫裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年4月5日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 2007年3月9日の初公判で、弁護側は一審同様、殺人について無罪を訴えた。弁護側は一審で認められなかった、殺害時刻とされる2005年3月6日午後11時ごろに柳町被告に会っていたという知人男性の証人喚問や柳町被告の精神鑑定などを求めたが、この日の公判でも棄却された。また、一審で認められなかった、「殺害の依頼を断れば自分が(柳町被告に)殺されると思った」とした男性(服役中)の証言の信用性が低いとして検察調書を証拠として請求する方針だったが、これも棄却された。
 安広裁判長は判決で、「被告人の供述に一貫性はなく、到底信用できない」 「事前にダンボールを用意したり、犯行の直前には子どもに睡眠薬を飲ませたりと、被告の行動は余りにも不自然」と指摘し「殺人の事実があったことが認められる」として柳町被告の控訴を退けた。
備 考
 殺人と死体遺棄の罪に問われた男性は、求刑懲役20年に対し、懲役15年の判決が一審で確定している。中国人の男性は死体遺棄罪で懲役10月・執行猶予2年が確定している。
 2006年10月18日、甲府地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2007年9月3日、最高裁で被告側上告棄却、確定。

氏 名
伊藤萬壽男(68)
逮 捕
 2005年6月8日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、強盗他
事件概要
 埼玉県草加市の飲食業伊藤萬壽男被告、東京都荒川区の無職佐々木彰被告、住所不定無職城後健一被告、住所不定無職中村謙二被告、群馬県藤岡市の無職I被告、アルゼンチン国籍で群馬県伊勢崎市の無職ルーザック・ミウラ・マキシミリアノ・エルナン・アンドレス被告、ブラジル国籍で群馬県県太田市のレンタルビデオ店手伝いド・アマラル・アンドレ・ルイス・アキラ被告は共謀し、強盗殺人を計画。
 2004年12月7日午前4時頃、主犯格の伊藤被告と佐々木被告、城後被告、アンドレス被告、アキラ被告の5人が、群馬県作詞の無職女性宅に押し入り、同居していた会社員の男性(当時49)の首を絞めて殺害。キャッシュカードや現金5,000円、指輪など貴金属計20数点(時価合計48万円相当)を奪った。
 伊藤、佐々木の両被告と、中村、城後、アキラ、ミウラの4被告は、それぞれ別の窃盗グループを構成。群馬県前橋市に住む女性は中村被告の知人、I被告は中村被告と仕事で知り合った仲という。今回の事件は、伊藤被告と中村被告が知り合って8人がグループになり、I被告が中村被告に情報を提供、計画した。
 その他、県外での強盗など7件(現金計680万円や物品計約1,000万円相当)の罪で起訴されている。
裁判所
 最高裁第三小法廷 堀籠幸男裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年4月9日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 伊藤被告は一・二審で殺意を否定している。
備 考
 7人と一緒に逮捕された群馬県の女性は処分保留で釈放。佐久署捜査本部が、別の事件でだまし取ったと知りながら貴金属を質店に売ったとして、盗品等処分あっせんの疑いで再逮捕した。
 I被告は求刑無期懲役に対し一・二審懲役15年判決。上告したかどうかは不明だが、確定しているものと思われる。
 佐々木彰被告、中村謙二被告、アンドレ・ルイス・アキラ・ド・アラマル被告、ルーザック・ミウラ・マキシミリアノ・エルナン・アンドレス被告、城後健一被告は求刑通り無期懲役判決が最高裁で確定。
 2006年5月25日、長野地裁で一審無期懲役判決。2006年12月4日、東京高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
梅田嘉栄(32)
逮 捕
 2004年4月29日(恐喝未遂容疑。5月21日、強盗殺人容疑他で再逮捕)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、逮捕監禁、恐喝未遂他
事件概要
 愛知県岡崎市の暴力団組員で人材派遣業梅田嘉栄(うめだ・かえい)被告は、とび職安達誠受刑囚(無期懲役が確定)と社員の少年(19 一審懲役5年以上8年以下が確定)と共謀して、2004年3月9日夜、市内の路上で元愛知県職員の男性(当時71)を拉致し、車のトランクに監禁して現金約3万円と預金通帳などを奪った。3月11日未明、男性を後ろ手にして手錠をかけ、手足にそれぞれ鉄アレイを針金で結びつけ、同県半田市の岸壁から海に投げ込み殺害した。
 男性は2003年8月、梅田被告夫婦が乗っていた車との接触事故を起こし、梅田被告に治療費など60万円余りを支払った。しかし、梅田被告は安達受刑囚らと共謀して、休業補償などの名目で現金250万円を脅し取ろうと、男性の自宅に押し掛けたりしていた。
裁判所
 最高裁第三小法廷 裁判長不明
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年4月10日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 一・二審同様、無罪を主張したものと思われる。
備 考
 2006年3月22日、名古屋地裁岡崎支部で一審無期懲役判決。2006年12月14日、名古屋高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
和泉フヂヲ(58)
逮 捕
 2005年12月21日
殺害人数
 1名
罪 状
 強制わいせつ致死、殺人
事件概要
 無職和泉フヂヲ被告(当時57)は2005年12月9日午後11時ごろから翌日午前1時ごろにかけ、高知市のアパート自室で同市で居酒屋を経営する女性(当時70)にわいせつな行為をした上、首を絞めて殺害した。
 被害者の女性は和泉被告を子どものころから知っており、仕事を紹介したり、金に困ったときは数万円を貸すなど親切に接しており、和泉被告はかねてから女性に好意を抱いていた。和泉被告は当日、女性が経営する居酒屋で飲んだ後、二人で別のスナックに移動。和泉被告は言葉巧みに自宅に連れ込んでいた。
 和泉被告は犯行後北海道まで逃走。高知南署は12日、殺人容疑で指名手配。21日朝、青森県内で逮捕された。
裁判所
 高松高裁 柴田秀樹裁判長
求 刑
 死刑
判 決
 2007年4月17日 無期懲役(検察・被告側控訴棄却)
裁判焦点
 3月6日の初公判で、検察側は「約10~15分繰り返し首を圧迫しており、確定的な殺意があったことは明白」と主張し、「事実誤認があり、量刑判断を誤っている」などと改めて死刑判決とするよう求めた。弁護側は「飲酒による酩酊により、心神耗弱状態にあった」と指摘し、量刑不当などを訴え、結審した。被告人質問で犯行時について問われた和泉被告は「何も覚えていないので、話したくても話せない」と述べた。
 柴田裁判長は、一審判決が「確定的殺意があったと認定するには合理的な疑いが残り、未必の殺意にとどまる」とした点について、「被告は危険の高い行為を繰り返す中、殺害してでもわいせつ行為を遂げようと考えており、確定的殺意は有していた」と判断したが、「判決に影響を及ぼすとは言えない」と述べた。そして「事前に周到な計画性はなく、被害者が1人であることなどから、無期懲役刑が不当に軽いとは言えない」とした。
備 考
 和泉被告は1973年に高知市内で顔見知りのホステスに「接客対応が悪い」と因縁をつけて顔を殴った傷害の現行犯で逮捕された。さらに1978年10月には高知市内の自宅を訪れた女性(当時39)の首を閉めるなどした強姦致傷事件を起こし、服役した。仮出所してわずか1ヶ月後の1981年5月、高知市内で知り合ったホステスの女性(当時40)を自宅に連れ込んで暴行した上、首を絞めて殺害。懲役12年の刑を受けて服役した。出所後の1997年、高知市内で女性を暴行、首を絞めて怪我を負わす事件を起こし懲役6年の実刑判決を受け、2003年11月に出所していた。服役歴は合計で20年になる。
 他にも数回暴行事件を起こし、いずれも示談で済ませている。
 2006年9月13日、高知地裁で一審無期懲役判決。検察・被告側は上告した。2008年4月21日、検察、被告側上告棄却、確定。

氏 名
高橋正博(37)
逮 捕
 2005年9月14日(12日に出頭 死体遺棄容疑)
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、死体遺棄、障害他
事件概要
 指定暴力団山口組系幹部高橋正博被告は、山口組系組長高見沢勤被告の指示で、2005年9月4日午後11時25分頃、群馬県安中市安中の路上で指定暴力団稲川会系の組長(当時61)を拳銃で射殺した。同5日未明、高見沢被告とともに遺体を同市内の山林に埋めた。
 検察側は論告で、事件の背景について、高見沢被告が、配下の組員への襲撃事件をめぐって対立していた稲川会系暴力団に報復しようと計画。計画に組長を引き入れ襲撃事件の内部情報を得ようとしたが拒否されたため、メンツを保とうとした犯行と指摘した。
裁判所
 東京高裁 須田賢裁判長
求 刑
 無期懲役+懲役1年(確定判決前の傷害罪)
判 決
 2007年4月19日 無期懲役+懲役1年(一審破棄)
裁判焦点
 量刑不当を訴え、検察と被告の双方が控訴した。
 須田裁判長は「関与を従属的と判断するのは妥当とは言えない」「『ヒットマン』である被告の存在なくして本件犯行はあり得なかったと言ってよく、無期懲役刑を酌量減軽する事情はない」などとし「一審判決は軽きに失し不当」と結論付けた。
備 考
 高見沢勤被告は本件及び別の殺人事件で起訴、公判中。
 高橋被告らと遺体を遺棄したとして死体遺棄罪に問われた別の指定暴力団山口組系組長の男性は、懲役1年8月(求刑懲役3年)が前橋地裁から2006年3月14日に言い渡されている。
 2006年10月19日、前橋地裁で一審懲役27年+懲役8月判決。被告側は上告した。2007年8月29日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
織原城二(54)
逮 捕
 2000年10月9日(準強制わいせつ容疑)
殺害人数
 1名
罪 状
 準強姦致死、準強姦致傷、準強姦
事件概要
 会社役員織原城二被告は1992年2月~2000年7月の間、女性10人を神奈川県逗子市のマンションに連れ込み、催眠導入剤を入れた酒を飲ませて意識を失わせた上で強姦した。そのうち、英国人女性(当時21)とオーストラリア人女性(当時21)の2人を死亡させたとされる。英国人女性の遺体は電動チェーンソーで切断し、同県三浦市の洞窟に埋めたとされる。
 元英国航空の客室乗務員である英国人女性は2000年5月4日に来日し、7月1日に男性に電話で呼び出された後、行方不明になった。冒頭陳述などによると、織原被告は(1)2000年7月、女性を神奈川県逗子市のマンションに誘い出し、薬物を飲ませて意識不明にさせたうえで強姦し、薬物中毒で死亡した女性の遺体を切断して同県三浦市内の洞くつに埋めた。英国人女性の死体は2001年2月9日に発見された。(2)1992年2月、同マンションでオーストラリア人女性を同様に強姦し、薬物中毒で死亡させた――とされる。
裁判所
 東京地裁 栃木力裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年4月24日 無期懲役
裁判焦点
 織原被告は死亡した女性2人と面識があったこと、薬物を用いた性行為があったことは認めているが、死亡させたことは否定している。
 論告で検察側は、ビデオの映像などから生存する8人の準強姦は明らかだと主張し、一連の犯行に共通の手口が見られるとした。2人の死亡については状況証拠を積み重ねた。
 英国人女性の事件では、織原被告が(1)女性の失跡前に行動をともにしている点(2)事件前にセメントやチェーンソーを購入していた点(3)遺体から検出された薬物が織原被告が所持していたのと同じだった点――などを総合的に判断。女性に薬物を吸わせて暴行し、死亡させたとの構図を導いた。
 そして検察側は「性犯罪史上、類を見ない猟奇的で悪質極まりない重大事犯。女性を薬物で心神喪失に陥れ、陵辱を繰り返し、2人の生命を奪った人面獣心の所業だ」「恥知らずの自己弁護に終始し、改悛の情がまったく見受けられない。矯正は不可能である」と非難した。
 最終弁論で弁護側は「英国人女性の死亡に関し、DNAなど被告に由来するものは一切検出されていない。検察側はクロロホルムなどの薬物による死亡と主張するが、遺体からクロロホルムは検出されていない」と指摘した。そして「決め手となる証拠は存在せず、死因も明白ではない」とあらためて無罪を主張した。
 織原被告は「女性にプレー代を支払った。性行為の承諾を得ていた」として、準強姦について無罪を主張した。被害者のうち生存している8人には数百万円ずつを「迷惑料」名目で提供した。引き換えに、代理人を通じ「告訴を取下げる」「刑事罰を求めない」との上申書に署名するよう求めた。織原被告は女性たちが告訴取下げに同意した以上、検察が立証の根拠とした捜査段階の調書は証拠として採用すべきではない、と裁判所に求めた。
 また、女性2人を死亡させたことについても無罪を主張した。特に英国人女性の事件については、「知人(故人)が部屋から連れ出した。自分は関与していない」と反論。死体遺棄についても自らの関与を否定していた。  栃木裁判長は、英国人女性の事件については無罪とし、他の事件に置いては検察側主張を認め、無期懲役を言い渡した。
 英国人女性の事件について裁判長は「直接証拠は一切ない」と指摘。織原被告が遺体の損壊・遺棄に関与した疑いがあることは認めながらも「単独でなされたのか、織原被告が女性さんの死にどのような形で関与したのかは認定できない」と判断。その上で、「織原被告と犯行を直接結びつける証拠はない」「準強姦致死とわいせつ目的誘拐は犯罪の証明がない」「織原被告の別の犯罪や性癖から、女性に対する準強姦が存在したと認定することは不可能だ」と述べた。
 オーストラリア人女性の事件については、織原被告と意識を失った女性が一緒に写っているビデオテープなどの証拠から、織原被告がクロロホルムを使って乱暴したことを認めた。その上で「クロロホルム以外に女性の死因となった劇症肝炎を発症させる原因がない」と述べて、織原被告が女性を死亡させたと結論づけた。
 織原被告が有罪とされたのは、オーストラリア人女性に対する準強姦致死、2人への準強姦致傷、6人への準強姦。
備 考
 織原被告は英国人女性の遺族に「お悔やみ金」として1億円を送付している。支払い理由について弁護人は「事件に巻き込んだ道義的責任があるため」と説明している。
 検察、被告側は控訴した。2008年12月16日、東京高裁で一審破棄、無期懲役判決。2010年12月7日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
金寿明(25)
逮 捕
 2005年7月14日(大阪市西成区における監禁容疑)
殺害人数
 0名
罪 状
 強盗強姦、監禁、わいせつ目的略取他
事件概要
 大阪市の無職金寿明(日本名松岡寿明)被告は2004年5月から2005年7月にかけて、大阪市やその周辺で通行中の12~24歳の女性18人を脅して乗用車内や自宅に連れ込み、乱暴するとともに、現金計約24万円を奪うなどの犯行を繰り返した。金被告は黒の背広にサングラス姿の暴力団組員を装い、通りがかりの女性に「おれはチャカ(拳銃)持ってんやぞ。撃ったろか」などと脅して車に連れ込んだ。また犯行が発覚しないよう被害者に『警察に話せば、家族を殺す』などと脅迫していた。
裁判所
 大阪地裁 中川博之裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年4月24日 無期懲役
裁判焦点
 論告で検察側は、犯行の凶悪さや被害者数の多さなどを挙げ「常習性はきわめて顕著で犯罪傾向は根深い。被害を受けた女性は自殺を考えるなど精神的に大きな苦痛を受け、人生を大きくゆがめられた」「まれにみる悪質極まりない事案で、社会内に放置することの許されない存在というほかない」「被害者の人格を無視した極めて卑劣な犯行。更生は到底期待できない」と厳しく非難した。
 中川裁判長は量刑理由で、「被告は黒いスーツにサングラスを着用し、拳銃を携帯しているそぶりもみせて被害者を脅しており、犯行態様は極めて悪辣」と指摘。若年の被害者が多いことにも触れ、「被害者はいずれもまったく落ち度がないにもかかわらず、女性としての尊厳を侵害された。女性の人格を一顧だにしない悪質な犯行で、本来備えているべき人間性が欠落している。有期刑をもって償いきれるものではない」と述べた。
備 考
 金被告は他に20件近い余罪について自供している。
 被告側は控訴した。2007年中に大阪高裁で被告側控訴が棄却されたものと思われる。

氏 名
大沢三明(53)
逮 捕
 2006年9月2日(別の窃盗容疑で逮捕済)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、建造物侵入、窃盗
事件概要
 埼玉県北本市の青果販売会社作業員大沢三明(かずあき)被告は、2006年7月3日午前1時50分ごろ、埼玉県吉見町のラーメン店に盗み目的で侵入した。店内を物色し、ジュース1本を盗んで飲んだところ、経営者の男性(当時38)がエアコンを切り忘れたと思い戻ったが、大沢被告は自分を捕まえようとしていると錯覚し、男性の首をカッターナイフで切りつけた。男性は自宅に戻ろうとしたが、玄関近くで倒れ失血死した。
 また、大沢被告は2006年2月~6月、吉見町内の会社事務所など4か所に侵入し、商品券や食品を盗んだ。
裁判所
 さいたま地裁 傳田喜久裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年4月24日 無期懲役
裁判焦点
 2007年2月16日の初公判で、大沢被告は「殺意はありませんでした」と起訴事実を一部否認した。弁護側は「暗闇でカッターを振り回したら首に当たった」と殺意がなかったことを主張した。
 3月20日の論告求刑で検察側は「確定的殺意のもとに行われた残忍で悪質極まりない犯行」「極めて身勝手で悪質な犯行」と断じた。
 最終弁論で弁護側は「ナイフを握りしめ、男性の左側をすり抜けて逃げようとした際、深く切ってしまった」「偶発的な犯行で殺意はなかった」として強盗致死罪の適用を求めた。
 傳田裁判長は「確定的殺意に基づく悪質かつ残虐な犯行」「捕まりたくないという思いから殺害に及んでおり、身勝手な動機に酌むべきものはない」と述べた。弁護側の主張については、「供述から切りつけた部位が男性の首であることを認識しており、確定的殺意が認められる」と退けた。
備 考
 大沢被告は逮捕時、2005年11月以降に吉見町などで起きた空き巣約40件を認めている。
 控訴せず確定か。

氏 名
渡辺高裕(28)
逮 捕
 2004年7月1日(出頭 死体遺棄容疑)
殺害人数
 1名
罪 状
 わいせつ略取、逮捕監禁、強姦、殺人、死体遺棄、窃盗
事件概要
 無職渡辺高裕被告は2004年6月28日午後11時半頃、山梨県富士河口湖町の県道で、台湾から観光旅行中の女子大生(当時21)をわいせつ目的で無理やり車に乗せ、ナイフで脅した後紐で両手両足を縛り、後部座席に押し込んだ後、山梨県や静岡県など10数時間連れ回し、29日午後3時20分ごろ、富士吉田市内で首を絞めて殺害した。付近の側溝へ死体を遺棄した。
 女性は観光ツアーで一緒に来日していた兄に「電話を掛けてくる」と言い残し、1人で同町船津のホテルを外出。ホテルから約500メートルのコンビニエンスストアに立ち寄った後、行方不明になっていた。
 遺体は7月1日に発見された。県警は目撃情報から渡辺被告を割り出し行方を追っていたが、1日午後「大変なことをした」と東京都内の交番に出頭した。
裁判所
 甲府地裁 渡辺康裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年4月26日 無期懲役
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
裁判焦点
 渡辺被告は2004年11月4日の初公判で、殺害や遺体を遺棄した事実は認めたが、わいせつ目的で無理やり乗用車に乗せたことは「『ドライブに行こう』と声を掛け、時間をかけて話し、応じてくれた」と、わいせつ目的略取、逮捕監禁、強姦を否認した。検察側は、翌朝に山梨を出発する予定だった女性が、深夜に見知らぬ日本人の車に乗ったことの不自然さを指摘し、「行動の自由を奪われていたのは明らか」と主張。対する弁護側は「『お前は死刑に決まっている』などと言われ、自暴自棄になった」と、捜査段階の供述が虚偽だったと主張している。
 弁護側は「子供のころのいじめが、事件に影響しているか判断したい」として精神鑑定を求めたが、地裁は却下した。
 検察側は2006年12月20日の論告で、渡辺被告が事件前日にも女子高生を連れ回しわいせつ行為をしていたことを指摘。「被害者もわいせつ目的で車に連れ込み、ビニールテープで縛るなどした」として、弁護側が否認している強姦とわいせつ目的略取、逮捕監禁の罪も成立すると主張した。殺人については「口封じのために殺害した、慈悲のかけらもないせい惨なもの」と悪質さを強調した。そして「矯正の可能性はない」「反省が全くみられない」「(被害者の)恐怖や屈辱、肉体的苦痛は想像を絶する」と指摘した。
 弁護側は2007年2月7日の最終弁論で、わいせつ目的略取、逮捕監禁などの罪について「同意のうえだった」と改めて無罪を主張。殺人、死体遺棄、窃盗の罪は認めたうえで、自首している点などを挙げ「情状酌量の余地が十分にある」として、有期刑を求めた。
 渡辺被告は最終陳述で「遺族の方に対して慰謝料を払いながら、一生をかけて反省と償いをしたい」と話した。
 渡辺裁判長は「卑劣で悪質。許し難い行為」「非道で執よう、残忍な犯行。被害者が日本旅行を満喫中に受けた苦痛、無念さは察するに余りある」「被害者には何の落ち度もない。母国に与えた衝撃も少なくなく、社会的影響も軽視できない」と指弾した。渡辺被告の一部無罪主張に対しては、「被告の公判供述には不自然な点が所々にみられ、信用性は低い」と退けた。
備 考
 被害者の両親は初公判があった2004年11月4日、渡辺被告を相手取り、慰謝料など総額1億5132万5122円の損害賠償を求め、甲府地裁に提訴した。訴状によると、表現の限界を超える恐怖感や屈辱を受け、死に追いやられた被害者と、愛する娘を無残な死で失い精神的苦痛を受けた遺族への慰謝料のほか、被害者が将来職業に就いて得たはずの収入の逸失などの支払いを求めた。
 2006年8月2日の公判で、被害者の父親は極刑を求めた。途中、被告への気持ちを問われ、「法廷でなければ1発殴りたい」と話した際、渡辺被告が「今殴れよ」とつぶやき、発言を慎むよう注意を受ける場面もあった。被告は後の公判で、「気が済むなら殴ってくれて構わないという意味だった」などと釈明している。
 被告側は控訴した。2007年11月29日、東京高裁で被告側控訴棄却。2008年10月21日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
和光晴生(58)
逮 捕
 1997年2月15日、レバノン当局が別の事件で逮捕。刑期を終えた2000年に帰国し、警視庁に逮捕された。
殺害人数
 0名
罪 状
 逮捕監禁、殺人未遂
事件概要
 和光晴生被告は1973年アラブに渡り、日本赤軍に合流。1974年5月13日、奥平純三容疑者(1977年9月28日のダッカ事件において超法規的措置にて釈放、国際手配中)、西川純被告(1975年8月4日のクアラルンプール事件において超法規的措置にて釈放。1997年11月18日、ボリビアで逮捕。現在東京地裁で審理中)と共にオランダ・ハーグにあるフランス大使館を攻撃して占拠した。フランス大使ら11人を人質に取り、フランスで逮捕されていた日本赤軍メンバーを釈放させた。また警察官2人に発砲して殺害しようとした。
 和光被告は奥平純三容疑者ら4人と共にマレーシア・クアラルンプールのアメリカ領事館を攻撃して占拠した。アメリカ領事らを人質に取り、日本で逮捕されていた5人の人物を釈放させた。この攻撃中に、警察官2名とビル警備員1名が負傷した。
 その後、日本赤軍からは離脱し、独自の戦いを続けた。
裁判所
 東京高裁 植村立郎裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年5月9日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 和光被告側は「拳銃を発砲した他のメンバーに殺意はなく、殺人についての共謀もない」と傷害罪の適用を求めた。
 植村裁判長は、和光被告らが大使館占拠を成功させるために、殺傷力の高い拳銃などを所持していたことから、「発射すれば致命傷を与える可能性が高いという認識があった」「至近距離から発砲しており、確定的な殺意があった」と殺意を認定。「襲撃対象を共犯者に告げた時点には殺人の共謀を遂げたと認められる」と判断した一審判決を支持、被告側の主張を退けた。
 その上で「卑劣、非人道的で悪質な犯行。実行犯グループのリーダー格で共犯者を指揮・統率しており、刑事責任は極めて重い」と述べた。
備 考
 2005年3月23日、東京地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2009年10月27日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
小田義輝(34)
逮 捕
 2005年4月6日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、銃刀法違反
事件概要
 金融業者手伝い小田義輝被告は、元同僚である無職清水久美子被告、会社員杉原正康被告と共謀。2005年3月7日午後5時ごろ、神戸市のマンションの一室で、清水被告が金融業者の男性(当時32)の腹部を包丁で数回刺して殺害し、現金300万円などが入ったセカンドバッグを奪った。
 小田被告は男性のところで清水被告と一緒に働いていたが、男性数百万円の借金があった。杉原被告はマンションの名義をめぐり、男性とトラブルになっていた。
裁判所
 神戸地裁 的場純男裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年5月15日 無期懲役
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
裁判焦点
 検察側は「犯行を主導した刑事責任は極めて重い」「被害者からの多額の借金を免れようとしたばかりか現金を奪った残忍かつ悪質極まりない犯行で反省の情が全くみられない」などと指摘した。
 弁護側は「被告は、実行犯が実際に殺害するとは思わず、故意、共謀が成立しない」として、無罪を主張した。
 判決で的場裁判長は「被告らは会合や連絡を重ね、被害者を殺害し金品を奪う綿密な計画を練っていた」と指摘した。そして「実行犯に犯行を指示するなど、重要な役割を果たしており、奪った金の大部分を得たことから、共同正犯の罪を免れない」とした。
備 考
 清水(現姓芦沢)久美子被告は2006年7月10日、神戸地裁で求刑通り一審無期懲役判決。大阪高裁で控訴棄却(日付不明)。現在、上告中。
 杉原正康被告は分離公判中。
 被告側は控訴した。2008年11月?、大阪高裁で被告側控訴棄却。その後、上告。

氏 名
阿多真也(29)/鷺谷輝行(27)
逮 捕
 阿多被告:2005年2月22日(詐欺容疑)
 鷺谷被告:2005年6月9日(逮捕監禁容疑)
殺害人数
 4名
罪 状
 傷害致死、殺人、死体遺棄、逮捕監禁致傷、逮捕監禁、監禁、組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律違反
事件概要
 コンサルタント会社社長清水大志(たいし)被告をリーダーとする架空請求詐欺グループは、2004年10月~11月、法務省の関連団体を名乗り、実在しない“電子消費料金”の請求はがきを不特定多数に郵送し、電話をしてきた被害者から現金を銀行口座に振り込ませる手口で、26人から約4750万円をだまし取った。
 清水被告が「社長」、無職渡辺純一被告、会社役員伊藤玲雄(れお)被告、芸能プロダクション経営阿多真也被告が「部長」と呼ばれ、それぞれ子グループを統率していた。パチンコ店員鷺谷輝行被告らがその下部に入っていた。
 伊藤被告の部下であった船橋市の飲食店員の男性Nさん(当時25)らは、幹部らに比べて極端に分け前が少ないことに不満を募らせ、中国人マフィアを利用して清水被告ら幹部を拉致し現金を強奪しようと2004年8月に計画し、同じメンバーで東京都杉並区に住む元建設作業員の男性YAさん(当時22)、同区に住む元不動産会社員の男性Iさん(当時31)、千葉県に住む元会社員の男性YOさん(当時34)が参加することとなった。
 約2ヶ月後、4人が東京都内の拠点事務所に姿を見せなくなったことを不審に思い、清水被告ら幹部はYAさんを問い詰めた。計画を知り激怒した清水被告らは、見せしめで制裁を加えようと、他のメンバーらに拉致を指示した。
 10月13日、NさんとIさんが東京都新宿区の事務所に連れて来られた。YOさんは呼び出しに応じた。4人を集団で金属バットなどで殴り、覚せい剤を注射したり、熱湯をかけるなどの暴行を加えた。4人が衰弱すると、16日未明にNさんら2名を熱傷で死亡させ、同日夕には、衰弱した2人の鼻と口を手でふさぎ窒息死させた。計画を告白したYAさんは当初、監禁する側だったが結局、Nさんらと一緒に殺害された。
 清水被告・渡辺被告の指示を受けた伊藤被告らが殺害の実行犯である。
 遺体の処理に困った清水被告らは、暴力団幹部の男性らに1億円を支払い、遺棄を依頼した。4人の遺体は20日夕、茨城県小川町(現小美玉市)の空き地に埋められた。
 詐欺で捕まった阿多被告らが犯行を供述。遺体は2005年6月18日に見つかった。
裁判所
 千葉地裁 彦坂孝孔裁判長
求 刑
 阿多被告:死刑
 鷺谷被告:無期懲役
判 決
 2007年5月21日 無期懲役
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
裁判焦点
 2006年3月29日の初公判、起訴事実の認否で3被告(伊藤玲雄被告、阿多真也被告、鷺谷輝行被告)は、YOさん(当時34)殺害については否認したが、他の3人の殺人、傷害致死についてはほぼ認めた。
 2006年11月13日の論告求刑公判で検察側は「犯行は執拗で残忍」「まれに見る凶悪、重大な犯行。被害者に対する暴行はこの世の地獄を思わせるもので、人間の所業ではない」と指摘した。鷺谷被告の求刑理由を「従属的立場だった」と説明した。
 2007年1月11日の最終弁論で弁護側は、口や鼻を粘着テープでふさがれるなどして殺害されたYOさんの事件について、「殺意はなかった」と傷害致死罪の適用を主張。また3被告は最終陳述で涙ながらに謝罪し、このうち伊藤被告は「裏切ったら家族ごと殺すと脅された。生きて罪を償う道を与えてほしい」と訴えた。
 彦坂孝孔裁判長は「人命を全く軽視した非道な犯行で、主導的に殺害行為をした責任は極めて重大だ」と述べた。検察側は男性3人に対する殺人罪が成立すると主張したが、彦坂裁判長は、テープで縛られて死亡した1人の死亡について「殺意までは認められない」と傷害致死罪を適用。また、殺害の指示を否認しているグループの主犯格メンバー清水大志被告らの指示を認めた。弁護側は「殺害は(グループ内の首謀者とされる)渡辺被告への恐怖心に支配された結果」などと主張したが、彦坂裁判長は「行為に直接関与しており、認められない」と退けた。一方、阿多被告は一部で自首が成立すると認めた上、「伊藤被告らの言動に影響された面があった」として死刑を適用しなかった。鷺谷被告は「伊藤被告に同調した従属的な犯行」とした。
備 考
 一連の事件では殺人や傷害致死、死体遺棄や監禁などの罪で18人が起訴されている。11人は懲役17年~1年2ヶ月の実刑判決、2人に執行猶予付の有罪判決が出ている。また、架空請求詐欺の件で5人が懲役6年~4年4ヶ月の実刑判決、5人が執行猶予付の有罪判決が出ている(他にも逮捕者はいるが、判決は確認できていない)。
 伊藤玲雄被告は求刑通り死刑判決、控訴中。
 清水大志被告、渡辺純一被告は公判中(求刑死刑、判決8月7日予定)。
 検察・被告側とも控訴した。2009年7月3日、東京高裁は鷺谷輝行被告の一審判決に対する検察・被告側の控訴棄却。2009年8月18日、東京高裁は阿多真也被告の一審判決に対する検察・被告側の控訴棄却。阿多真也被告は上告するも、2009年10月19日に取下げ確定。2012年7月19日、鷺谷輝行被告の上告を棄却、確定。

氏 名
吉岡竜彦(28)/小野秀典(29)
逮 捕
 吉岡被告:2004年5月(平塚市の事件における強盗容疑)
 小野被告:2004年9月~12月の間
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗致死、昏睡強盗他
事件概要
 無職吉岡竜彦被告と無職小野秀典被告は2003年6月~2004年3月、同性愛者向け出会い系サイトで、43歳から65歳の男性4人をホテルに誘いだし、睡眠薬を混入したお茶や栄養ドリンクを飲ませて眠らせ、現金合わせて約11万円やキャッシュカードを奪い、現金自動預け払い機からカードを使って計約906万円を引き出した。
 また2004年4月9日、同じく出会い系サイトで知り合った平塚市の男性(当時43)に、横浜市神奈川区のホテルで多量の睡眠薬を飲ませ、中毒死させた。
裁判所
 東京高裁 高橋省吾裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年5月21日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 被告側は一審同様、平塚市の男性の死亡と睡眠薬の過剰摂取には因果関係がないと主張した。また小野被告は、量刑不当を訴えた。
 高橋裁判長は、被告側のいずれの主張も退けた。
備 考
 2006年11月13日、横浜地裁で求刑通り一審無期懲役判決。被告側は上告した。

氏 名
伊藤嘉信(25)
逮 捕
 2006年5月7日
殺害人数
 2名
罪 状
 殺人、殺人未遂、住居侵入、銃刀法違反
事件概要
 山形県飯豊(いいで)町の会社員伊藤嘉信(ひろのぶ)被告(当時24)は、カメラ店経営者の長男から小学4~5年の時、性的いじめを受けた。その時は嫌と思うだけだったが、中学生になって意味がわかり、怒りと悔しさがこみ上げるようになった。数年前に実家に戻り、我慢ができなくなり殺害を決意。
 2006年5月7日午前3時45分頃、自宅から約30mのカメラ店経営者宅に無施錠の玄関から模造刀(刃渡り約43センチ)を持って侵入。寝ていた経営者の男性(当時60)と長男(当時27)を刃物で刺したり素手で殴ったりして殺害。男性の妻で看護師の女性(当時54)も頭や腰などに重傷を負った。女性は襲われた後、自力で逃げ出して隣家に駆け込み、110番通報をした。伊藤被告は逃走したが、同日夜、県警に逮捕された。
 当時、男性宅には母(当時93)もいたが別の部屋にいて無事だった。長男は結婚を控え、山形市内の自宅から帰省中だった。
裁判所
 山形地裁 金子武志裁判長
求 刑
 死刑
判 決
 2007年5月23日 無期懲役
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
裁判焦点
 山形地裁では初めて公判前整理手続きが採用、2006年12月6日の初公判から2007年2月26日まで7回の公判で全ての証拠調べが終了した。争点は(1)殺害された男性と、重傷を負った妻への殺意の有無〈2〉殺害された男性の長男への殺意の強さと、殺害の計画性の有無〈3〉心的外傷後ストレス障害(PTSD)が犯行動機に与えた影響の有無や程度――など5点が審理された。
 弁護側は「PTSDで行動を制御できなかった」として精神鑑定を申し立てたが、金子武志裁判長は「これまでの証拠調べと被告人質問の結果を踏まえ、不必要」と述べ、採用を却下した。
 2007年3月30日の論告求刑で検察側は、嘉信被告が15年前に長男から受けた性的暴行が犯行のきっかけになったとしながらも、「暴行は一過性のもの。被告本人の残虐で凶暴な性格が長男への殺意を募らせた」と指摘。「長男への復讐のため、夫妻まで迷わず襲った」として、嘉信被告が一家3人全員に対し強い殺意を持っていたと強調した。
 「暴行に起因するPTSDの発作が起き、犯行に及んだ」との弁護側の主張に対しては、滑り止めのための手袋や逃走用の軽乗用車を事前に準備していたことなど計画性を指摘し、「被告の生活ぶりを見ると、PTSDには当たらない。完全な責任能力があるのは明らか」と反論。「被告は公判では捜査段階での供述を翻して場当たり的な弁解に終始し、遺族の感情を逆なでする発言を繰り返した。成人している被告の反社会的人格は矯正不可能。極刑を回避する決定的事情は見当たらない」と断罪した。
 4月12日の最終弁論で弁護側は、殺害された長男から小学4年の時に性的暴行を受け、PTSDを発症したことが犯行の引き金だったと改めて主張。恨みによる復讐ではないとし、その上で「犯行当時、心神喪失か心神耗弱だった。体の変調がいつもより激しく、突き動かされるように行動した突発的な犯行で計画性は全くなかった」と述べた。
 夫妻についても「恨みもなく、殺すつもりは全くなかった。もみあってパニックになり、刀を振り回した際、突き刺さった」と殺意を否定し、「PTSDの症状の改善によって矯正は可能。生まれ変わった姿を見てほしい」と情状酌量を求めた。
 金子裁判長は、傷の深さや攻撃の執拗さなどから3人全員に対する確定的殺意があったと認定した。争点だった被告が小学生だった15年前、長男から受けた性的ないじめの影響について「心的外傷後ストレス障害(PTSD)に罹患したと認められないが、可能性は否定できない」と述べる一方「責任能力はあった」とした。
 金子裁判長は「犯行には衝動的な部分もある。更生の余地が相当程度残されており、贖罪の生活を送らせることが必要と判断した」「犯行に10年以上前の性的暴行が大きく影響していることは否定できず、極刑を選択することはできない」と理由を述べた。金子裁判長は最後に「死刑選択も十分に考えた。その意味を考え、今後の反省につなげてほしい」と語りかけ、伊藤被告は無表情のまま小さな声で「はい」と答えた。
備 考
 論告求刑公判を傍聴した二男ら遺族は終了後に記者会見し、「(死刑求刑は)遺族皆が望んでいた。裁判官の判断を信じたい」などと述べた。また二男は伊藤被告について「(性的暴行という)兄に不名誉なことが一方的に被告側の良いように言われ悔しい。だが、昔の幼なじみに『死刑を求める』と言わなければならないことが残念」などと話した。
 判決後、遺族は会見し「亡くなった2人のことなどを考えれば、無期懲役という結果は残念でならない」と話した。
 検察・被告側は控訴した。判決後、遺族は「望んだ結果ではない」と不満を表しており、検察側は「十分に検討し、適切に対応する」としていた。山形地検は控訴した理由を「一審で死刑を求刑しており、量刑に不服がある。犯行の残虐性や結果の重大性なども考慮し、改めて主張していきたい」と説明した。弁護側は「検察側の控訴だけでは、死刑か否か量刑のみの審理になってしまう」として控訴した。2013年1月15日、仙台高裁で検察・被告側控訴棄却。2013年5月10日、被告側上告取下げ、確定。

氏 名
王震(26)
逮 捕
 2002年12月27日
殺害人数
 1名
罪 状
 身代金拐取、拐取者身代金要求、逮捕監禁、殺人、住居侵入
事件概要
 中国人留学生王震(おう・しん)被告は、同じ留学生の高瞻(こう・せん)、毛廟仁(もう・びょうじん)、喩貽、●嘯天(●は刑のつくりがおおざと)、孫凱元被告と共謀。2002年12月4日午前6時20分頃、風俗店を経営する中国人女性(当時43)を乗用車で連れ去って約16時間監禁し、内縁の夫の中国人男性(当時43)に身代金8000万円を要求した。その後、840万円まで要求額は下がったが、6人は警察に察知されたと思い込んで身代金受け取りを断念し、同日夜、女性の首を絞めて旅行かばんに詰め込み、名古屋港で海に投げ込んで水死させた。
裁判所
 最高裁第三小法廷 堀籠幸男裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年5月30日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 控訴審で王被告の弁護側は、一審判決で認められなかった未決拘置日数の刑期への算入を求めたが、退けられている。
備 考
 ●嘯天、孫凱、喩貽被告は2004年2月3日、名古屋地裁で求刑通り無期懲役判決。2004年8月27日、被告側控訴棄却。●嘯天、孫凱被告は上告せず確定。2004年12月15日、喩貽被告の上告棄却、確定。
 高瞻被告、毛廟仁被告は2005年11月29日、名古屋地裁で求刑死刑に対し一審無期懲役判決。2007年2月21日、名古屋高裁で検察側控訴棄却。上告せず確定か。
 2005年11月29日、名古屋地裁で一審無期懲役判決。2007年2月20日、名古屋高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
芦沢久美子(42)
逮 捕
 2005年3月9日(自ら出頭)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、銃刀法違反
事件概要
 無職清水久美子(旧姓)被告は元同僚である金融業者手伝い小田義輝被告、会社員杉原正康被告と共謀。2005年3月7日午後5時ごろ、神戸市のマンションの一室で、金融業者の男性(当時32)の腹部を包丁で数回刺して殺害し、現金300万円などが入ったセカンドバッグを奪った。清水被告は、男性が自己を人間扱いしてくれず、恨んでいた。
裁判所
 最高裁第一小法廷 裁判長不明
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年6月4日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 上告理由は不明。
備 考
 小田義輝被告は2007年5月15日、神戸地裁で求刑通り一審無期懲役判決。被告側控訴中。
 杉原正康被告は公判中。
 2006年7月10日、神戸地裁で求刑通り一審無期懲役判決。大阪高裁で控訴棄却(日付不明)。

氏 名
穂積一(29)
逮 捕
 2003年11月5日(9月6日に自首)
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人他
事件概要
 穂積被告は2000年8月頃、中学時代の同級生だった会社員の女性(当時22)を偶然見かけ、一方的に好意を持って待ち伏せするようになった。10月16日午後8時50分ごろ、徒歩で通りかかった女性を乱暴する目的で車で低速ではね、道路脇の畑地に運び、持参した洋包丁で首を刺して殺害した。
裁判所
 最高裁第三小法廷 藤田宙靖裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年6月12日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 一・二審で穂積被告は無罪を主張している。
備 考
 女性の家族は検察側が一審で無期懲役を求刑した後、「家族の意見、思いが十分反映された判決を」と訴える署名活動を始めた。
 被害者の女性の母(当時53)は、2006年8月1日、横浜市にある踏切にて普通電車にはねられて死亡した。遺書はなかったが、踏切に靴がそろえて置かれていたことなどから、県警は自殺とみている。穂積被告は一審判決の法廷で無期懲役の判決言い渡しを受け退廷する際、「お前ら(家族)が駅に迎えに行かなかったから娘は死んだんだよ」と家族に暴言を浴びせた。その内容を苦にしたものと思われる。
 事件後、母親は心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断され、毎月カウンセリングを受けていたという。控訴審で、「子どもを殺された親ほど辛く悲しいものはない。苦しさに耐えきれず何度も自殺を考え、箱根の山中を車で一晩中さまよった。自傷行為を止めることができなくなり、手首には20本以上の傷が残っています」とする意見陳述書を提出していた。
 被害者の父は、穂積一被告を相手取り、約5510万円の損害賠償を求める訴えを2006年12月22日、横浜地裁に起こした。損害賠償の中には、自殺した被害者の母の相続分を含んでいる。2010年8月27日、横浜地裁は穂積受刑者に対し、原告が求めていた損害額約5510万円全額の支払いを命じた。江口とし子裁判長は判決で、穂積受刑者の犯人性について「自発的に犯行を自白し、約2カ月の間、犯人であるとの供述を繰り返した。自白供述は終始根幹部分が変遷することなく一貫し、客観的、科学的な裏付けもある」と指摘。犯人性を否定する穂積受刑者側の訴えを退けた。2011年1月26日、東京高裁は被告側控訴を棄却。双方が上告せず、判決は確定した。
 2005年3月28日、横浜地裁で一審無期懲役判決。2006年8月29日、東京高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
高橋義政(27)
逮 捕
 2005年1月30日(公務執行妨害容疑)
殺害人数
 2名
罪 状
 強盗殺人、殺人、住居侵入、銃刀法違反他
事件概要
 静岡大生高橋義政被告(事件当時24)は、末期ガンだった知人女性が2003年1月に静岡市内のクリニックで死亡したため、クリニックの医師に殺意を抱いた。2005年1月28日午後5時頃、クリニックに行ったが院長夫妻が不在であったため、クリニックの2階にあり、クリニックの医師の妻が経営している健康商品販売店に侵入。顔を見られたと思いこんで従業員の女性2名(当時60、当時57)の首を刃物で切りつけて殺害、売上金約6万6,000円を奪った。
 2005年1月29日に静岡中央署の捜査本部は高橋被告から任意で事情聴取。30日未明、高橋被告が聴取中に捜査員に暴力をふるったとして現行犯で逮捕した。起訴後、静岡中央署は高橋被告が販売店近くで理由なくナイフ1本を携帯した銃刀法違反(携帯違反)の疑いで、2月18日に再逮捕。そして強盗殺人容疑で3月18日に逮捕した。
 直接証拠はなく、高橋被告は逮捕時に犯行を否認した後は黙秘。弁護側も無罪と捜査の違法性を訴える予定であったが、6月23日、静岡地裁の初公判で高橋被告は殺人を認めた。
裁判所
 東京高裁 大野市太郎裁判長
求 刑
 死刑
判 決
 2007年6月14日 無期懲役(一審破棄)
裁判焦点
 検察側は量刑不当と事実誤認を理由に、弁護側は有期刑を求めて、双方が控訴した。
 2007年3月6日の初公判で検察側は、殺害の計画性をあらためて主張し、現金強取を思い立った時期も2人の殺害前として、2人の殺害行為に強盗殺人罪の成立を指摘した。弁護側は金品を奪う目的はなく、一審の量刑は重過ぎるとし、一審で採用されなかった被告の心理鑑定も請求したが、後に裁判所は却下した。
 検察側は、一審判決を「落ち度のない2人の命を奪ったという事件の本質を看過している」と批判。同様の環境で育った被告人の姉が通常の生活をしていることを挙げ、「同じ環境下で犯罪と無縁の生活を送る者も少なくない」と指摘した。また、虐待とされる父親の行為は「親権の範囲内で、一概に暴力的虐待とするのは誤り」とした。
 一方弁護側は、検察側の姿勢を「虐待に対する無理解」と批判。「どんな理由があろうと子供に暴力をふるうのは虐待だ」として、虐待の影響で被告の理性や暴力への観念がゆがんだと主張した。
 また、控訴審では強盗殺人の事実認定も争点になった。検察側は、被告が初めから関係者も巻き込んで殺害しようと考え、強盗目的もあったとする。弁護側は、2女性の殺害は想定外だったと主張し、強盗殺人が認定された女性殺害に関しても強盗目的を否定している。
 大野市太郎裁判長は判決理由で「無抵抗な女性の首を刃物で切り裂いた犯行は残忍で刑事責任は重大で、極刑で臨むことを十分考慮しなければならない事案」と指摘。「しかし計画的とは言い難く、虐待を受けた境遇が偏った価値観の形成に影響を与えた可能性も否定できない。極刑に処することはためらわざるを得ない」と述べ、死刑を回避した。
 判決では、起訴事実の主要部分である2人の殺害について、女性(当時60)に対しては強盗殺人罪、もう1人の女性(当時57)は殺人罪とした一審の事実認定を踏襲。被告は女性(当時60)を殺害し、(当時57)にも手を掛けようとする直前に強盗犯を装うことを思い付いたとした。情状面に関しても「(幼少時に両親らから暴行を受けるなどした)成育歴が犯行の決意に影響し、事件の責任を被告1人に向けるのは酷ともいえる」とした。
 一審で無罪とした取り調べ時の警察官への暴行などの一部については公務執行妨害罪や器物損壊罪が成立するとして、有罪とした。
備 考
 高橋被告は「取り調べは長時間にわたり、自白を強要するもので違法」と、国と県を相手に損害賠償を求める訴訟を起こしたが、2006年5月に棄却された。
 2006年6月12日、静岡地裁で一審無期懲役判決。検察・被告側は上告した。2008年9月29日、検察・被告側上告棄却、確定。

氏 名
鈴木直樹(28)
逮 捕
 2007年1月1日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人
事件概要
 横浜市の会社員鈴木直樹被告はパチスロで借金があり、女性とのデート代など金に困っていた。2006年11月、飲食店従業員の母(当時59)のクレジットカードを盗んで50万円引き出したり、母の洋服を売ったりした。
 会社へ行かないことや借金などについてのしっ責に反発と不満を募らせていた鈴木被告は、12月22日、クリスマスのデート代やプレゼント代を奪おうと包丁を持って自宅のマンションで待ち構え、午後11時25分ごろ帰宅した母の胸や首を包丁で数回刺して殺害し、現金2300円とキャッシュカード3枚を奪った。鈴木被告は浴室の片開きドアをパテで目張りし、遺体のにおいが漏れないようにしていた。また23日、鈴木被告は母が勤める店に、1週間から10日間ほど休むとの連絡を入れた。鈴木被告は犯行後、カードで現金を引き出そうとしたが、暗証番号が分からず失敗した。
 鈴木被告は母と二人暮らし。12月中旬から市内の勤務先を無断欠勤していた。
 28日午後7時40分ごろ、横浜市にあるマンションを訪れた神奈川県警戸塚署員が、浴室内で死亡している女性を発見した。神奈川県警は29日、鈴木被告を殺人容疑で指名手配。2007年1月1日午後、JR東京駅八重洲口前の路上で鈴木被告を逮捕した。
裁判所
 横浜地裁 木口信之裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年6月18日 無期懲役
裁判焦点
 3月15日の初公判で、鈴木被告は起訴事実を認めた。
 検察側は4月12日の論告求刑で、「親への恩を忘れた背徳的犯行。無気力な生活を送り、無断欠勤を母親にしかられたのをきっかけとして、女性との交際費など遊興費ほしさに殺害に及んだ」と指摘した。弁護側は「母親も老後の生活を被告に依存していた。相互依存が犯行につながった」と寛大な判決を求めた。鈴木被告は「申し訳ないことをした」と述べた。
 判決理由で木口裁判長は、「被告人はパチスロにのめり込むなど享楽的な生活態度を続け、女友達との遊興などに使う金を手に入れようとして犯行に及んだ」と指摘。その上で、「実の息子の手にかかり殺害された被害者の苦痛や衝撃の大きさ、無念の気持ちは察するに余りあり、社会的影響も軽視することはできない」とした。
備 考
 被告側は控訴した。7月19日、控訴取下げ、確定。

氏 名
K・T(41)
逮 捕
 2006年12月21日(自首)
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律違反他
事件概要
 徳島市のカイロプラクティック業K・T被告は、妻で看護士の女性と離婚調停中で、2006年10月下旬頃から別居していた。徳島地裁は11月8日、K・T被告が女性に対し繰り返し暴力を振るったとして、つきまといや訪問を6ヶ月間禁止する保護命令を出した。
 K・T被告は女性の転居先を知らされていなかったが、探偵に依頼して吉野川市の女性宅を12月初旬に探し出し、数回待ち伏せした。
 2006年12月21日夕方、女性の留守宅を待ち伏せ。帰宅した子供が玄関の鍵を開けた隙に押し入った。直後に子供2人も帰宅した。午後6時頃、子供3人の目前で、自宅から持ってきた脇差し(刃渡り約50センチ)で帰宅した女性を刺し、殺害した。さらに子供3人に「生きていても仕方ないから殺してやろうか」と脅したが、長女が死にたくないと訴えたため、思いとどまった。
 K・T被告は約2時間後、親類に付き添われ徳島東署に自首した。
裁判所
 徳島地裁 畑山靖裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年6月19日 無期懲役
裁判焦点
 被告側は起訴事実を全面的に認め、公判前整理手続きを採用。情状面が争点となった。子供への殺意は否認した。
 2007年4月26日の冒頭陳述で検察側は「被告は2003年からマッサージ業を営み、2006年3月ごろから女性をマッサージ師としてホテルなどに派遣するようになった。女性は睡眠を3時間しか取れず、家事をこなせなくなった。これに被告が腹を立て、殴るけるなどの暴力を振るうようになった」と説明。女性が女性支援センターに相談し、2006年10月31日、子供3人と家を出たことを明らかにした。
 さらに「被告は家出が計画的になされた事や命令が出たことに対し、欺かれた気持ちになり、女性への憎しみを強めて殺害を決意した」と指摘。犯行に至る経緯について「興信所に58万円を払って女性の身辺調査を依頼し、気付かれないようにするため130万円の車を購入するなど準備を進めた」とした。「脇差しでは狭い所では使えないため、包丁も3本用意。事前に下見した」と、計画的な犯行であることも指摘した。
 また、DV防止法や接近禁止の制度を変えることを意図したことも明らかにした。
 K・T被告の弟の検察官調書も読み上げられ、K・T被告が「嫁さんを殺して自殺しようと思った。裁判所の命令が間違っていることを世間に知らしめようと思った」などと動機を話していたことも明らかになった。
 検察側は5月29日の論告で「殺害の動機は身勝手な思い込みからで、酌量の余地は皆無」と指摘。「絶命させるためめった刺しにし、被害者は23ヶ所の傷を負った。強固で確定的な殺意に基づく執よう、残虐、凶悪極まりないもので、犯行態様も悪質」「被告人の自己中心的、独善的で、自らの主張が通らなければ殺害もいとわない危険な人格は根深いもので、更生は不可能」とした。
 K・T被告は「妻にマッサージの仕事を強要したり、子供を虐待した事実はなく、妻に対しての暴力も正当な理由があった」と主張したが、検察側は「関係者の証言や客観的状況から信用できない」とした。
 第3回公判(5月8日)まで「子どもたちには申し訳ないという気持ちはあるが、妻に対してそのような気持ちはない」と反省を示さなかったK・T被告は、第4回公判(同15日)から「後悔はしている。申し訳ないという気持ちはある」と態度を一変させた。検察側は「死刑になるのを恐れて供述を変えた。関係者に深い恨みを持ち、反省、悔悟の情はうかがえない」とし、「DV防止制度の存立基盤を揺るがしかねない事件で、制度を維持するためにも厳重に処罰する必要がある」と主張した。
 一方、弁護側は最終弁論で「子供に会えない怒りが動機になった。被告人の犯行は確かに残虐で相当の処罰を受けなければならないが、訴訟進行の中で反省の情が生じたことを考慮してほしい」と述べた。
 畑山裁判長は、判決理由で「法の保護を求めた被害者をめった刺しにした執拗かつ残忍で凶悪極まりない犯行」「被害者に全く落ち度はなく、酌量の余地は皆無。反省がみられず更生が期待できないことから、罪を認め自首が成立するなどの事情を最大限考慮しても、罪責を軽減すべき理由は見いだし難い」と断じた。DV防止法に基づく保護命令(接近禁止命令)を無視した殺害行為について「DV防止法制や司法制度に対する重大な挑戦。保護命令の実効性を担保し、DV防止法制への信頼を維持するためにも厳罰に処する必要性が高い」と述べた。
備 考
 被告側は控訴した。2007年12月11日、高松高裁で一審破棄、懲役30年判決。2010年9月8日、検察側上告棄却、確定。

氏 名
黒岩由美夫(47)/国分信安(59)
逮 捕
 2004年4月2日
殺害人数
 1名
罪 状
 倉山被告:強盗殺人他 国分被告:強盗致死他
事件概要
 漁業黒岩由美夫被告、無職国分信安被告は無職倉山義輝元被告と共謀し、2003年12月29日夜、長崎県対馬市に住む金融業者の男性(当時82)方に強盗目的で侵入。妻(当時79)の頭を木製の棒で殴るなどし、脳挫傷などで死亡させた。
裁判所
 最高裁第三小法廷 近藤崇晴裁判長
求 刑
 黒岩被告:無期懲役 国分被告:懲役15年
判 決
 2007年6月25日 ともに無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 一審から黒岩、国分両被告は殺意を否認していた。
備 考
 強盗殺人容疑で逮捕され、処分保留となっていた厳原町の無職男性については「犯行に対する関与の程度が低い」として不起訴処分となっている。
 倉山義輝被告も最高裁で上告が棄却され、無期懲役判決が確定したものと思われる。
 黒岩被告は2006年3月3日、長崎地裁で求刑通り一審無期懲役判決。2006年9月28日、福岡高裁で被告側控訴棄却。
 国分被告は2006年2月17日、長崎地裁で求刑懲役15年に対し一審無期懲役判決。2006年10月19日、福岡高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
倉山義輝(51)
逮 捕
 2004年4月2日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人他
事件概要
 無職倉山義輝被告は、無職国分信安被告、漁業黒岩由美夫被告と共謀し、2003年12月29日夜、長崎県対馬市に住む金融業者の男性(当時82)方に強盗目的で侵入。妻(当時79)の頭を木製の棒で殴るなどし、脳挫傷などで死亡させた。
裁判所
 最高裁第三小法廷 近藤崇晴裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年6月? 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 
備 考
 強盗殺人容疑で逮捕され、処分保留となっていた厳原町の無職男性については「犯行に対する関与の程度が低い」として不起訴処分となっている。
 黒岩由美夫被告は2006年3月3日、長崎地裁で求刑通り一審無期懲役判決。2006年9月28日、福岡高裁で被告側控訴棄却。2007年6月25日、被告側上告棄却、確定。
 国分信安被告は2006年2月17日、長崎地裁で求刑懲役15年に対し一審無期懲役判決。2006年10月19日、福岡高裁で被告側控訴棄却。2007年6月25日、被告側上告棄却、確定。
 2006年2月17日、長崎地裁で一審無期懲役判決。2006年9月26日、福岡高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
入野秀記(31)
逮 捕
 2007年2月5日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人
事件概要
 住所不定、無職入野秀記被告は、2006年夏に退職後、一切定職に就かず、年末からは千葉県木更津市の実家を出て車に寝泊まりする生活で、消費者金融に100万円近くの借金があった。
 2007年1月30日午後、金の尽きた入野被告は実家に忍び込んで台所などを物色。しかし、家族に見つかって逃げ出し、約400m離れた一人暮らしの叔母(当時63)宅を訪れた。数時間の食事や雑談の後に借金を申し込んだが断られたため、台所にあった文化包丁で女性の首を刺して殺害。貯金通帳1通と印鑑、現金8,842円などを奪った。
 その後、親族が同方を訪ねる2月2日まで滞在し、奪った金で飲食をしていた。
裁判所
 千葉地裁 根本渉裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年6月26日 無期懲役
裁判焦点
 入野被告は2007年5月15日の初公判で、起訴事実を全面的に認めた。
 同日の論告求刑で検察側は、「短絡的で身勝手な行動」「生活費に困った金目的の犯行で、おばの恩をあだで返した」と指摘した。
 同日の最終弁論で弁護側は、「計画的な犯行ではなく、持病の糖尿病の影響などで思考力が鈍っていた」などと情状酌量を求めた。
 根本裁判長は「動機は独善的かつ短絡的で身勝手極まりない」とした。
備 考
 公判前整理手続きが開廷前に行われ、約3時間で結審した。控訴せず確定と思われる。

氏 名
那須野亮(28)
逮 捕
 2006年12月29日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、強姦致死
事件概要
 居酒屋チェーン店アルバイトの那須野亮(まこと)被告は、同じ店でアルバイトをしていた女性(当時22)に一方的な好意を抱いた末、乱暴しようと計画。2006年12月28日未明、盗んだ鍵でつくった合鍵で女性のアパートに侵入。帰宅する女性を待ち伏せ、首を手やビニールヒモで7、8回も断続的に絞めて殺害し、死亡したことに気付かないまま乱暴した。那須野被告は女性殺害後、昼ごろまで室内に居座った。その後、逃走する途中で、手袋をはめていなかったことに気づき、「指紋が残っている」と室内に放火しようとしたが、女性の姉が訪問したため断念した。
 那須野被告は女性殺害後、女性の携帯電話に「警察に言ったらネットで日本中にバラす(笑)」などの脅迫メールを送った。
 那須野被告は10月の居酒屋チェーンの研修で女性と知り合い、好意を持った。食事を誘うなどしたが断られたため、暴行を決意。働いていた店舗は12月中旬にオープンしたばかりで、更衣室が男女兼用の時期が数日間あり、この間に那須野被告は女性のバッグから家の鍵を抜き取って合い鍵を作っていた。
裁判所
 東京地裁 園原敏彦裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年6月28日 無期懲役
裁判焦点
 2007年6月6日の初公判で、那須野被告は「殺意についてはありませんでした」と述べ、起訴事実の一部を否認した。翌日の最終弁論でも、殺意について否認した。
 園原裁判長は、「襲い方や手順、口止めの方策を考え抜くなど周到に計画された犯行で、殺害態様も残忍」「何の落ち度もない被害者の生命を奪った結果は重大。自己中心的な姿勢に終始して改悛の情をくみ取れない」と非難した。殺意の有無については、「馬乗りになり繰り返し首を絞めるなど、未必の殺意が認められる」と判断した。さらに被告が一方的に好意を寄せたが受け入れられず、乱暴しようと決意した経緯を指摘。「完全に証拠を消すため火を付けて部屋を燃やす準備をするなど、被害者を悼む気持ちはみじんも感じられない」と述べた。
備 考
 控訴せず確定か。

氏 名
村山美智子(62)
逮 捕
 2006年11月3日(窃盗未遂容疑 12月22日、強盗殺人容疑で再逮捕)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、窃盗未遂他
事件概要
 西東京市のホームヘルパー、村山美智子被告は日頃から金遣いが荒く、2006年6月に破産宣告を受けた後も、知人から約200万円の借金があったうえ、公共料金など4万円の支払いに追われていた。
 村山被告は、2006年5月の2回、介護支援会社から訪問介護員(ヘルパー)として大田区の女性(当時78)宅へ派遣された。7月、村山被告は女性宅へたびたび忍び込み、現金約133万円を盗んだ。
 2006年10月29日午前11時頃、村山被告は金を盗もうと女性宅を訪問。盗む機会がなく、借金を頼んだが断られたため、室内にあったタオルで女性の首を絞めて殺害。現金約60万円やキャッシュカードが入ったバッグなどを奪った。
 村山被告は同日午後1時頃、奪ったキャッシュカードで現金10万円を引きだそうとしたが、暗証番号が合わず失敗した。
 村山被告は1990年から老人ホームなどで介護の仕事をしており、訪問介護員(ヘルパー)2級の資格を持っていた。2004年からは都内の三つの派遣会社と契約していた。
裁判所
 東京地裁 上岡哲生裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年7月2日 無期懲役
裁判焦点
 2007年5月17日の初公判で、村山被告は女性殺害は認めたが、捜査段階で認めていた強盗の犯意を否認した。検察側は「村山被告は女性のことを、欲しいときに現金を盗むことができる『銀行』と考えていた」と非難した。
 上岡裁判長は判決理由で「現金を盗もうと女性宅を訪れたが盗む機会がなく、借金申し込みも断られたために金を奪おうと殺害した。動機に酌量の余地はない」と断じ、「訪問介護の仕組みに不安を生じさせた社会的影響は軽視できない。足が不自由な被害者を車いすから突き落として絞殺した犯行は残忍。動機も借金返済など利欲的で酌量の余地はない」と述べた。
 村山被告の強盗の犯意を否認した点について、上岡裁判長は「捜査段階の供述は信用できる」と強盗殺人罪を認定した。
備 考
 控訴せず確定と思われる。

氏 名
伊藤金男(50)/李勇(30)
逮 捕
 2006年6月27日
殺害人数
 0名
罪 状
 身代金目的拐取、監禁致傷、銃刀法違反(加重所持)、強盗致傷、強盗未遂、強盗
事件概要
 住所不定無職伊藤金男被告と中国籍の無職李勇(リ・ユン)被告は、韓国籍の電気工S元被告と共謀。
 2006年6月26日午後0時25分頃、東京都渋谷区の美容外科医(当時48)宅付近で、バスを待っていた長女(当時22)をワゴン車に押し込み誘拐。「おとなしくしないと命はない」と脅して川崎市内のマンションなどに監禁し、9日間のけがをさせた。また母親の美容外科医に計14回電話して「我々は世界の人が集まった集団でヤクザもいる。警察に言えばすぐ殺しますよ」と脅して身代金3億円を要求した。
 連れ去りを目撃した女性が、車のナンバーを控え、交番に届け出た。警視庁は、目撃されたナンバーをもとに、約4時間半後に川崎市内でレンタカーの車を発見し、追跡。午後7時過ぎには男らが同市中原区のコンビニで食料品を買う様子などを確認した。男らがコンビニの後に立ち寄った同区内のマンションに長女が監禁されているとみた。27日午前0時40分ごろ、JR川崎駅近くでレンタカーに乗っていたS、李の両被告の身柄を確保した。

 また伊藤被告と李被告はY被告が率いる強盗団に入っており、2006年2~4月には千葉、埼玉、静岡各県で計4回、パチンコ店の現金輸送車を襲うなどして計約3,000万円を強奪し、警備員3人にけがを負わせた。詳細は以下。
  • 李被告は伊藤被告や千葉県流山市のY、YY両被告と共謀。Y被告首謀の元、2006年2月3日、千葉県船橋市の飲食施設従業員用駐車場で、男3人が輸送車を襲撃し、警備員2人に拳銃を突きつけ、1人の背中を刃物で刺して約2週間のけがを負わせ、現金約1,920万円を奪った。

  • 李被告と伊藤被告はY被告首謀の元、2月20日午前2時半頃、千葉県船橋市のパチンコ店で、店舗から出てきた男性店員2人の顔や頭を拳銃などで殴るなどし店員1人の財布(現金15,500円)を奪った。店員2人は腰や手に全治7~10日間のけがを負った。

  • 李被告と伊藤被告はY被告首謀の元、3月1日午後4時15分ごろ、埼玉県春日部市のレストラン駐車場で、集金した現金を現金輸送車に積んでいた警備員2人に持っていた拳銃を向けて脅し、現金を奪おうとした。警備員2人は現金輸送車の金庫に鍵をかけて逃げたため、現金を持ち出せず逃走した。

  • 伊藤被告と李被告は伊藤被告主導の元、2006年4月17日午後0時50分頃、静岡県伊豆の国市のパチンコ店で、売上金約1100万円が入った袋を現金輸送車に運び込もうとした警備員(当時62)に向かって拳銃を発砲し、現金が入った袋を奪った。静岡県警は伊藤被告の逮捕状を取って行方を追っていた。逮捕された運転手の男性は、強盗の事実を知らなかったということで不起訴処分となっている。

裁判所
 東京地裁 小池勝雅裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年7月4日 無期懲役
裁判焦点
 2006年10月3日の初公判で、李被告らは起訴事実を全面的に認めた。
 検察側は2007年5月23日の論告で「娘の安否を気遣う親心を利用した、人間性の片りんも見いだせない悪質な犯行」「いずれも拳銃や包丁などの凶器を使った危険で悪質な犯行。誘拐も計画的で、著名人らを震撼させ多大な恐怖を与えた」と指摘した。検察側はまた、李被告と伊藤被告の2人が主導的役割を果たしたと指摘。警察の追尾に気づいた李被告が、伊藤被告に監禁中の女子大生の殺害を指示し、伊藤被告が拳銃を女子大生の顔に向けていたことなどを挙げ、「本件犯行で女子大生の生命は重大な危機にさらされた」などと述べた。
 弁護側は最終弁論で「反省している」と、寛大な刑を求めた。
 小池裁判長は「母親が一人娘を大切にする親心につけ込んだ卑劣かつ悪質な犯行で、2人は耐え難い精神的苦痛を被った」と非難した。判決は、伊藤被告が長女に拳銃を向けた行為を「生命を脅かす極めて危険なものだった。拳銃を使用した凶悪事件が多発して国民不安が増す中、社会に大きな衝撃を与えた」「白昼、閑静な住宅街で、通学途中の女子大生を標的にしており、近隣住民を不安に陥れるなど社会的影響も大きい」と指弾した。両被告は起訴事実を認め情状酌量を求めていたが「凶悪な犯行で有期刑は選択できない」と退けた。
 小池裁判長は「長女は、このまま殺されるのではないかと恐怖と絶望のふちに立たされ、精神的苦痛は深刻」と指摘。事件後、長女が1人で外出できなくなりボディーガードをつけていることや、母親が自らのマスコミ出演で娘が生命の危機にさらされたと自責の念にさいなまれていることにも言及し、「母と娘が厳重な処罰を望むのはもっともだ」と述べた。
備 考
 誘拐事件で運転役を務めたS元被告は2006年12月11日、東京地裁で懲役10年(求刑懲役15年)が言い渡され、そのまま確定している。
 Y被告は宮城刑務所に服役していた時代の仲間を中心に強盗団を結成して犯行を重ねており、伊藤被告、李被告もメンバーだった。2005年5月~2006年3月の7件の強盗傷害で起訴され、2007年3月15日、千葉地裁で懲役24年(求刑懲役30年)が言い渡されて、現在控訴中である。他のメンバーもそれぞれ実刑判決を受けている。
 被告側は控訴した。2007年12月26日、東京高裁で被告側控訴棄却。2008年4月22日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
中村慎(37)
逮 捕
 2001年11月4日
殺害人数
 1名
罪 状
 恐喝、逮捕監禁、住居侵入、窃盗、詐欺、強盗、殺人、覚せい剤取締法違反
事件概要
 暴力団組員中村慎(旧姓島宗)被告は金銭トラブルから知人の暴力団組員(2004年9月、最高裁で懲役18年が確定)ら7人と共謀。2001年7月16日未明、東京都内で越谷市の高校教諭の男性(当時37)を拉致し、静岡県まで乗用車内に監禁した上、残土置き場で背中を日本刀で刺すなどして殺害した。さらに男性のキャッシュカードで現金約190万円を引き出すなどした。
 男性はメールで知り合った少女(当時19)らとの交際からトラブルに巻き込まれた。
裁判所
 最高裁第二小法廷 今井功裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年7月10日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 
備 考
 島宗被告は1991年7月に殺人罪により懲役7年の判決を受けた前科がある。
 2002年12月26日、一審さいたま地裁で無期懲役判決。金山薫裁判長は「残忍かつ凄惨で、生命に対する畏敬の念はまったくうかがえない」と述べた。2005年5月31日、東京高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
野本富貴(51)
逮 捕
 2006年1月30日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、殺人予備他
事件概要
 長野県松本市の無職野本富貴被告は、甥と共謀。インターネット掲示板で知り合った茨城県土浦市の派遣社員片山直哉元被告に、報酬200万円で父親である男性(当時76)の殺害を依頼した。片山元被告は2005年12月30日午後1時頃、男性宅に侵入。ハンマーで頭などを殴り、男性を殺害し、現金200万円を受け取った。
 野本富貴被告と甥は男性と同居していたが、働かないことを男性から責められ、出て行くように言われたほか、老後のためにと甥に渡していた約900万円を返すよう言われたことなどから、殺害を計画した。片山元被告が2005年12月24日、インターネットの掲示板に「悩みごとを何でも引き受けます」と書き込み、見つけた富貴被告がメールを十数回やりとりして報酬200万円で殺害を依頼。片山被告は借金が100万円ほどあったことなどから引き受け、やりとり開始から6日後に実行した。
裁判所
 最高裁第三小法廷 近藤崇晴裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年7月10日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 一・二審で野本富貴被告は殺意を否認している。
備 考
 片山直哉元被告は2006年6月14日、長野地裁で求刑通り一審無期懲役判決がそのまま確定。
 甥は求刑懲役17年に対し一審懲役13年判決。2006年11月16日、被告側控訴棄却。2007年7月10日、被告側上告棄却、確定。
 2006年6月14日、長野地裁で懲役20年判決。2006年11月16日、東京高裁で一審破棄、無期懲役判決。

氏 名
曽我慶司(50)
逮 捕
 2003年7月14日(死体遺棄容疑)
殺害人数
 2名
罪 状
 強盗殺人、死体遺棄、現住建造物等放火、強盗他
事件概要
 相模川河川敷で野宿生活していた曽我慶司被告は2003年5月16日午後9時半ごろ、神奈川県厚木市内の中津川河川敷で路上生活をしていた住所不定、無職の男性(当時60)らにバイク盗などを知られたとの妄想を抱き、男性の首を絞めて窒息死させ、現金約6万円と乗用車2台を奪った。翌日、男性の遺体を相模川河川敷に掘った穴に遺棄した。
 さらに同年6月10日午前4時ごろ、男性の行方を捜していた神奈川座間市に住むアルバイト従業員の知人男性(当時55)宅に押し入り、男性に高圧電流銃を当てるなどして現金25000円などを奪ったうえ、ロープで首を絞めて失神させた上で灯油をまいて火を付け逃走。男性を焼死させるとともに、男性宅約60平方メートルのうち約30平方メートルを焼いた。
 2003年3月28日、神奈川県大和市の路上で、乗っていたタクシー運転手(当時49)にナイフを突きつけ現金約7万円を奪った。
裁判所
 東京高裁 須田賢裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年7月19日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 須田裁判長は、犯行時に被告が心神耗弱状態だったと認定したが、犯行は合理的・計画的で、被告が自らの行為を明白に認識していたとし、刑事責任は認められると判断した。
備 考
 曽我慶司被告は厚木市における無職男性の死体遺棄容疑で2003年7月14日逮捕。鑑定留置の結果、責任能力を問えると判断され、12月5日に起訴。2004年1月13日、大和市の強盗事件で再逮捕。2004年2月20日、横浜地裁で初公判。2004年3月2日、男性に対する強盗殺人容疑で再逮捕。2004年5月19日、座間市の事件で再逮捕された。
 2006年12月19日、横浜地裁で求刑通り一審無期懲役判決。被告側は上告した。

氏 名
高橋裕子(51)
逮 捕
 2004年7月22日
殺害人数
 2名
罪 状
 殺人、嘱託殺人、詐欺、詐欺未遂他
事件概要
 福岡・中洲のスナック経営高橋裕子被告は1994年10月22日午前3時ごろ、福岡県志免町別府にある2番目に結婚し離婚していた元夫(当時34)の建築設計・施工会社事務所兼自宅で、元夫に酒を飲ませて眠らせ、胸を包丁で突き刺し、殺害した。包丁は遺体近くに置かれていた。
 元夫は建築設計会社を経営。1992年ごろに取引先の経営破たんで約1,600万円の焦げ付きが発生するなどして経営が悪化していた。1994年9月27日に1回目の不渡り手形を出し、同30日に2回目の不渡り手形を出して事実上倒産。1億3,000万円の負債があった。元夫は1回目の不渡りを出す約3週間前の9月3日、福岡県太宰府市の空き地で、2回目の不渡りの翌10月1日には福岡市西区の山中で排ガス自殺を図っていた。
 現場には走り書きの遺書もあったことから、県警は当時、自殺と判断した。遺書は現存せず、実際に誰が書いたかは不明。元夫の死後、高橋被告は1億6,000万円の保険金を受け取り、事務所兼自宅の売却代金5,000万円も得た。
 高橋被告と元夫は当初、元夫の自殺で借金を清算することで合意していた。しかし2回とも未遂に終わったため、高橋被告が借金生活から逃れるために殺害を決意したものだった。
 高橋被告が手に入れた保険金など約2億1,000万円は、大半が、会社の債務整理や福岡市内のマンション購入、福岡・中洲のスナック開業資金などに使われていた。

 高橋被告はスナック経営の悪化や浪費により金が底をつき、再び保険金殺人を計画。1999年6月に結婚した3番目の夫である元会社員の男性(当時54)に五件総額1億3,740万円の契約を締結させた。このうち、8,000万円の保険加入は殺害一ヶ月前で、高橋被告が経営するスナックでホステスとして働いていた女性の母親の外交員が契約を担当していた。
 高橋被告は2000年11月12日午前4時ごろ、福岡市南区にある男性のマンションで、入浴していた男性の両肩を押さえつけて沈め、水死させた。男性は、ウイスキーなどと一緒に睡眠導入剤を飲んでおり、意識がもうろうとなっていた。
 遺体のひじに擦過傷があり、普段は飲まないビールを直前に大量に飲んだなど、当時から不審点は多かったが、男性には血管閉塞が起きる可能性が高いとされる糖尿病の持病があった。検視した福岡南署は持病の発作により、浴槽内でおぼれて水死したと判断した。司法解剖は行われていない。
 高橋被告は生命保険会社に約8,000万円の保険金を請求したが、保険会社は糖尿病を申告しなかったと支払いを拒否。2001年9月、保険会社を相手取り、支払いを求めて提訴したが、福岡地裁は2002年10月、「男性は契約の際、持病を告げておらず、告知義務違反にあたる」として、請求を棄却した。
 高橋被告は他の生命保険会社から、3件2,740万円の保険金を受け取っている。
 高橋被告は2001年6月、「不倫関係をばらす」などと言って、過去に交際していた男性会社員を脅し、同7月、自分の銀行口座に100万円を振り込ませたとして、2004年7月22日に恐喝容疑で逮捕され、8月12日に起訴された。他の同様な事件でも追起訴、計客2人から386万円を脅し取ったとされる恐喝罪についても起訴事実を認めた。
 高橋被告は9月10日に保険金殺人を自供。殺害容疑で2004年9月15日に再逮捕、I被告も1件目の殺人容疑で同時に逮捕された。
裁判所
 福岡地裁 川口宰護裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年7月19日 無期懲役
裁判焦点
 2004年12月13日の初公判で、弁護側は当初、認否を留保する予定だったが、高橋被告は2件の保険金殺人について「間違いありません」と起訴事実を認めた。高橋被告は「死刑になっても構いません。罪を償います」と述べた。
 しかし、2回目の公判で被告側は2件目の保険金殺人について否認に転じた。後の公判で、「警察の取調官や検事から『争ったら死刑、認めたら無期』などと言われた」と述べ、自白の誘導があったと主張した。
 また、1件目の殺人についてはI被告から殺害を持ち込まれたとも主張している。
 2007年5月10日の論告求刑で検察側は、「ぜいたくな生活を続けたいという身勝手な欲望のため保険金目当てに次々に元夫を殺害した」「金のためなら人を殺すことも厭わず、人命軽視は甚だしい」「近寄る男性を手玉に取り、保険金を手にしようという飽くなき欲望に基づく犯行。犯罪性向は極めて深化し、矯正は困難で極刑も考えられる」と指弾したが、無期懲役の求刑を選択した理由については「極刑相当とも考えられるが、事件の経過にかんがみ極刑は控える」と述べるにとどまった。また高橋被告が1件を否認している点について、検察側は「3番目の夫が死亡する直前、相当額の負債があったにもかかわらず、高額の生命保険を契約し、マンションの購入手続きもしており、保険金目当ての殺害を強く推認させる」「犯行を認めた捜査段階の供述は信用性がある。被告は否認に転じた経緯や理由を一切説明していない」と指摘した。
 6月7日の最終弁論で弁護側は「水死には激しい全身けいれんが特徴的な症状として伴う。検察側が体験者しか語り得ないとした自白調書には、鮮明な記憶として残るはずの、この部分が欠落しており信用性がない」などとした。
 高橋被告は、最終意見陳述で「自分の犯した罪としっかり向き合い、永遠に反省し償っていきたい」と述べた。
 川口裁判長はI被告と共謀したという高橋被告の供述について「変遷があり、I被告に責任を転嫁しようとする姿勢が見られ、容易に信用できない」と指摘。「積極的に殺害の動機を持つのは高橋被告であり、I被告には殺害を企てる利益も無かった」とした。そしてI被告については「殺害後の証拠隠滅などを協力するように期待させ、高橋被告の殺害を心理的に容易にした」と認定した。また3番目の夫殺害については、嘱託殺人を認定した。
備 考
 1件目の詐欺容疑については公訴時効(7年)が成立している。
 公判では1件目の殺人の実行犯としてI被告も起訴された。I被告は、福岡市内の大学院生だったころの1993年5月から1994年2月、高橋被告の2人の子供の家庭教師をしていた。I被告は全面無罪を主張。福岡地裁川口裁判長は殺人ほう助罪を認定し、懲役3年6月(求刑懲役12年)を言い渡した。I被告は控訴した。
 被告側は控訴した。検察側は控訴せず。2008年12月18日、福岡高裁で被告側控訴棄却。2011年4月26日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
杉本功司(29)
逮 捕
 2007年1月16日(死体遺棄容疑 2月1日に強盗殺人容疑で再逮捕)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、死体遺棄他
事件概要
 札幌市中央区の焼肉店店長杉本功司被告は、約240万円の借金の返済に困り、隣のアパートに住む大家の女性(当時73)を殺害して現金や通帳などを奪おうと計画。2007年1月9日早朝、焼き肉店で、店の清掃に訪れた女性の胸などを牛刀で複数回刺し、げんのうで殴るなどして失血死させ、店内の使われていない業務用冷蔵庫内に遺体を隠した。翌日、同店から女性方などの鍵束(12,500円相当)を奪った。だが、女性を捜す関係者らの出入りが多く、盗みに入ることはできなかった。杉本被告は遺体を冷蔵庫に隠したまま約1週間、焼き肉店の営業を続けていた。
 杉本被告は焼き肉店の経営者に約7年前から雇われていた。女性と杉本被告は同店の建物管理や駐車を巡ってトラブルになっていた。
裁判所
 札幌地裁 井上豊裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年7月20日 無期懲役
裁判焦点
 2007年5月16日の初公判で、杉本被告は、「間違いありません」と起訴事実を認めた。
 6月22日の論告求刑で検察側は、杉本被告が強奪する金品を紙にリストアップしていたことを明かし、「理不尽極まりない悪質な犯行。(リストに)遊び心で『お菓子』と書き出すなど罪の意識を感じている様子は皆無」と厳しく指摘した。
 一方、弁護側は「低賃金と長時間労働で被告の生活を悪化させたのも要因。ワーキングプアからの脱却を試みた末の行為で、格差社会の病理を色濃く反映している」「雇用主から違法に賃金を減らされるなど劣悪な労働環境で借金がかさみ、人間らしい感情や思考能力を失ったのが原因で、更生の余地がある」と述べ、酌量減軽を求めた。
 判決理由で井上裁判長は、焼き肉店で極端な低賃金での勤務を強いられていたことが事件の一因だったとしたが、「犯行を正当化する理由にはならない」と述べ、情状酌量による有期刑を求めた弁護側の主張を退けた。そして「生命の尊さを一顧だにしない冷酷非道な犯行」と述べた。
備 考
 控訴するも2007年中に取下げ、確定。

氏 名
岩下由美子(47)
逮 捕
 2006年5月28日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、強盗、建造物侵入
事件概要
 大分市の元ビジネスホテルパート従業員、岩下由美子被告は2006年5月5日午前3時ごろ、以前勤めていたホテルに金欲しさから侵入。1階の食堂を物色中、朝食準備のために出勤してきた元同僚でパート従業員の女性(当時65)に見られたため、女性の頭をビアだるで殴るなどして殺害後、現金約76,800円と、女性の手提げバックを持って逃げた。
裁判所
 福岡高裁 正木勝彦裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年7月24日 無期懲役(被告側控訴棄却)
判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
裁判焦点
 6月12日の第1回控訴審で、岩下被告は「遺族に対して正直に話さなければいけないと思ったから」と控訴した理由を話した。その上で、これまで謝罪しなかったのは自ら極刑を望んでいたためで、遺族に対して「本当に申し訳ないと思っている」と初めて謝罪の言葉を口にした。
 判決で正木裁判長は「被害者の無念さ、絶命までに感じた苦痛を考えれば結果は誠に重大」とした。その上で「有期懲役に処するのが相当であるという原告の論旨は理由がない」などとした。
備 考
 2007年1月18日、大分地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2007年12月4日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
志喜屋秀勝(31)
逮 捕
 2007年2月9日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人他
事件概要
 沖縄県宮古島市の飲食店従業員志喜屋秀勝被告は、無免許運転の罰金30万円を工面しようと、以前住んでいた同市のアパートに盗みに入ることを決意。2007年1月26日の午前11時ごろ、アパートの3階に住む一人暮らしの女性(当時48)宅に無施錠のベランダ側から侵入。現金を物色中、入浴中の女性に顔を見られたと思い殺害を決意。台所にあった包丁で女性の背部を突き刺し、下大静脈損傷により失血死させた。
裁判所
 那覇地裁 吉井広幸裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年7月26日 無期懲役
裁判焦点
 検察側は2007年6月28日の論告で「被告の犯行は、極めて凶悪で冷酷非情。犯行後も少しでも発覚を遅らせようとした行為などもあり、身勝手な行動で法を順守する姿勢も欠け、再犯の可能性もある。さらに地域に与えた影響の大きさ、遺族の怒りもあり、その責任は重大で酌量、減軽の余地はない」として、無期懲役を求刑した。
 一方、弁護側は「被告は毎日、被害者の冥福を祈っており、今回の犯行を十分に反省している。更生の可能性も十分にある。また、家族を大切にする優しい気持ちもあり、情状酌量の余地はある」として、有期刑を求めた。
 求刑を受けた志喜屋被告は「身勝手な自己中心型の自分を変えるためにも自分自身のいたらなさをもう一度見つめ直したい。そして心を入れ替えて自分の人生を一からやり直し罪を一生背負い続けていきたい」と述べた。
 吉井裁判長は被害者が10年に及ぶ闘病生活を経て、自立へ向けて一人暮らしを始めたばかりだったことに言及。「第二の人生を歩もうとしていた矢先で、その苦痛、無念さは察するに余りある」とした。そして「無防備な被害者を背後から一突きにしており、犯情は悪質。地域住民が受けた衝撃や恐怖感も軽視できない」「交通違反の罰金を工面するという身勝手な理由で無防備な被害者を殺害しており、酌量の余地はない」とした。
備 考
 控訴せず確定。

氏 名
佐々木勉(62)
逮 捕
 2006年7月1日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人
事件概要
 溶接工佐々木勉被告は2006年6月27日午後8時15分頃、石川県白山市内の自宅アパートで、携帯電話料金の肩代わりを依頼してきた交際中の飲食店経営の女性(当時52)が、電話の使用者を明かさなかったため、隠し事をさればかにされていると激高。とっさに殺害を決意し、女性の首を右手で強く締め、窒息死させた。
 佐々木被告は2005年夏ごろから女性と交際。女性が金沢市に新しくスナックを出店する際などに、計数10万円を用立てた。一方で、2006年5月ごろから、女性が引っ越し先を教えなかったり、携帯電話に度々出なかったりしたことなどで不満を募らせていた。
 佐々木被告は金沢市在住の女性の二女に『お母さんが大変なことになった』と電話をし、二女からの通報で事件が発覚した。また佐々木被告は30日の昼ごろ、知人に殺人を打ち明けていた。石川県警松任署は30日、佐々木被告を指名手配。佐々木被告は出身地である逃走先の香川県高松市内で発見、逮捕された。
裁判所
 金沢地裁 堀内満裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年7月30日 無期懲役
裁判焦点
 公判前整理手続きを採用。
 2007年3月26日の初公判で、佐々木被告は起訴事実を認めた。
 5月30日、検察側は「殺すことで被害者を独占しようとした身勝手な犯行で、酌量の余地はない」として無期懲役を求刑した。
 6月27日の最終弁論で、佐々木被告は「取り返しのつかないことをして申し訳ない。遺族に顔向けできない。命がある限り罪を償いたい」と述べ、弁護側は「十分に謝罪と反省の態度が看取できる」として刑の軽減を求めた。
 堀内裁判長は「動機の根底には被告の強い独占欲と執着心があり、自己中心的だ」と非難。犯行後の態度などからも「犯した過ちと向き合い悔いる姿勢は認められない」と断じた。
 一方、「仮釈放後26年間、新たな刑事事件を起こさず、社会内で更生の道を歩んできた」点を考慮。「極刑をもって臨むべき事案とまでは認められない」とした。
備 考
 佐々木被告は1965年12月、岡山市内の民家に侵入、男性(当時62)を殺害したとして強盗殺人罪などに問われ、66年に無期懲役の判決を受け服役。80年5月に仮釈放され、保護観察中だった。
 控訴せず確定。

氏 名
百村穣(60)
逮 捕
 2006年7月22日(無銭飲食などの詐欺で7月13日に逮捕済)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、死体遺棄他
事件概要
 元住宅リフォーム会社社員の百村穣(ももむら・じょう)被告は2006年6月30日午後1時頃、リフォーム工事で知り合った福岡市南区の女性(当時80)の首を絞めて殺害し、現金6,000円が入った財布やクレジットカードなどを奪った。遺体は浴槽に遺棄した。
 また2005年12月~2006年5月、福岡、佐賀、鹿児島県で民家に忍び込み現金を盗むなどして被害総額約370万円に上る窃盗や詐欺などを働いた。
 百村被告は飲食店の女性や風俗嬢と約束していた旅行の代金に加え、風俗嬢へ仕送りしていた月々20万円の工面に困っていた。
裁判所
 福岡高裁 裁判長不明
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年7月31日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 量刑不当を訴えたか?
備 考
 2007年3月12日、福岡地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。

氏 名
渡辺純一(30)
逮 捕
 2005年6月23日(逮捕監禁容疑)
殺害人数
 4名
罪 状
 傷害致死、殺人、死体遺棄、逮捕監禁致傷、逮捕監禁、監禁、組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律違反、傷害
事件概要
 コンサルタント会社社長清水大志(たいし)被告をリーダーとする架空請求詐欺グループは、2004年10月~11月、法務省の関連団体を名乗り、実在しない“電子消費料金”の請求はがきを不特定多数に郵送し、電話をしてきた被害者から現金を銀行口座に振り込ませる手口で、26人から約4750万円をだまし取った。
 清水被告が「社長」、無職渡辺純一被告、会社役員伊藤玲雄(れお)被告、芸能プロダクション経営阿多真也被告が「部長」と呼ばれ、それぞれ子グループを統率していた。
 伊藤被告の部下であった船橋市の飲食店員の男性Nさん(当時25)らは、幹部らに比べて極端に分け前が少ないことに不満を募らせ、中国人マフィアを利用して清水被告ら幹部を拉致し現金を強奪しようと2004年8月に計画し、同じメンバーで東京都杉並区に住む元建設作業員の男性YAさん(当時22)、同区に住む元不動産会社員の男性Iさん(当時31)、千葉県に住む元会社員の男性YOさん(当時34)が参加することとなった。
 約2ヶ月後、4人が東京都内の拠点事務所に姿を見せなくなったことを不審に思い、清水被告ら幹部はYAさんを問い詰めた。計画を知り激怒した清水被告らは、見せしめで制裁を加えようと、他のメンバーらに拉致を指示した。
 10月13日、NさんとIさんが東京都新宿区の事務所に連れて来られた。YOさんは呼び出しに応じた。4人を集団で金属バットなどで殴り、覚せい剤を注射したり、熱湯をかけるなどの暴行を加えた。4人が衰弱すると、16日未明にNさんら2名を熱傷で死亡させ、同日夕には、衰弱した2人の鼻と口を手でふさぎ窒息死させた。計画を告白したYAさんは当初、監禁する側だったが結局、Nさんらと一緒に殺害された。
 清水被告・渡辺被告の指示を受けた伊藤被告らが殺害の実行犯である。
 遺体の処理に困った清水被告らは、暴力団幹部の男性らに1億円を支払い、遺棄を依頼した。4人の遺体は20日夕、茨城県小川町(現小美玉市)の空き地に埋められた。
 詐欺で捕まった阿多被告らが犯行を供述。遺体は2005年6月18日に見つかった。
裁判所
 千葉地裁 彦坂孝孔裁判長
求 刑
 死刑
判 決
 2007年8月7日 無期懲役
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
裁判焦点
 公判前整理手続きを採用。
 2006年9月4日の初公判で、渡辺純一被告は罪状認否で、死体遺棄罪などの起訴事実は認めたが、「殺害の指示も共謀もしていない」などと述べ、殺人と傷害致死罪については否認した。
 その後の公判では、清水大志被告とともに審理された。
 検察側は清水被告を詐欺グループを取りまとめた「頂点」と位置づけ、渡辺被告を暴力団構成員としての経歴を生かして犯行に加担したなどとした上で、「2人のグループ内での影響力は絶対的だった」と指摘。両被告を、殺害を指示した「主犯格」と位置付けた。  両被告は「暴行は指示したが、殺せとは言っていない」「検察の主張するエピソードは間違えている。やってもいない殺人に対して、反省を求められても困る」と繰り返し、殺人と傷害致死罪に当たるのは実行犯の3被告だと主張。弁護団も「共犯者同士で『殺害を指示された』と口裏を合わせている」との見方を示していた。
 2007年2月26日の論告求刑で、検察側は「まれに見る凶悪重大事件。反省の態度もなく矯正は不可能」と指摘した。
 4月27日の最終弁論で、渡辺被告、清水被告とも殺人と傷害致死の起訴事実を否認。弁護側は最終弁論で「一連の犯罪は計画性がなく、被告はまだ若く更生の可能性もある」と情状酌量を求めた。
 最後に裁判長から「何か言っておくことはないですか」と問われた際、清水被告は「逮捕されてから(仲間が)どんどん敵味方に分かれ、(実行犯の)3人と争う形になってしまった」と言葉少なに、また渡辺被告は「自分はグループのトップではない」と、それぞれ述べた。
 8月7日の判決で彦坂裁判長は、伊藤被告らの「清水、渡辺両被告から殺害指示を受けた」とする供述は認めなかったが、「殺害が最も有力な解決手段との認識をもって伊藤被告らに解決を任せた」と、清水、渡辺両被告と伊藤被告らとの共謀があったと認定した。その上で清水被告について「首謀者として殺害の謀議をまとめ上げ、終始殺害に向けて積極的に行動して共犯者をけん引。殺害実行を唯一止めうる立場にありながら、伊藤玲雄被告に責任を押し付けた渡辺被告の行動を最終的に容認し、次善策を講じようとしなかった」と指摘。その上で「直接的な殺害指示があったとまでは認められないが、首謀者としての罪責はあまりに重大で極刑をもって臨むほかない」「人命を全く軽視し、強固な殺害意思に基づいた極めて冷酷かつ非道な犯行」と断罪した。渡辺被告については「被害者の処遇を自ら決定するような首謀者でなく、当初は清水被告に事の成り行きを任せていた」と述べ、「死刑の選択にはちゅうちょを禁じ得ない」とした。
 また伊藤被告らの判決と同様、検察側が殺人罪を主張した3人のうち1人について、傷害致死罪が相当と認定した。
備 考
 一連の事件では殺人や傷害致死、死体遺棄や監禁などの罪で18人が起訴されている。11人は懲役17年~1年2ヶ月の実刑判決、2人に執行猶予付の有罪判決が出ている。また、架空請求詐欺の件で5人が懲役6年~4年4ヶ月の実刑判決、5人が執行猶予付の有罪判決が出ている(他にも逮捕者はいるが、判決は確認できていない)。
 2007年5月21日、千葉地裁で伊藤玲雄被告に求刑通り死刑判決、阿多真也被告に無期懲役判決(求刑死刑)、鷺谷輝行被告に求刑通り無期懲役判決が言い渡された。検察側は事実認定にミスがあると、3被告について控訴。また、伊藤被告も控訴している。
 2007年8月7日、千葉地裁で清水大志被告に求刑通り死刑判決が言い渡された。
 被告側は控訴した。検察側は量刑不当を理由に控訴した。2009年3月19日、東京高裁で一審破棄、死刑判決。2013年1月29日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
茶野木崇(31)
逮 捕
 2006年12月2日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、死体遺棄、住居侵入
事件概要
 広島県尾道市因島の無職茶野木崇被告は、2006年11月26日午前2時頃、隣に住む無職女性(当時90)の家に無施錠の勝手口から侵入。台所で金品を探していた際、3畳間のこたつに寝ていた女性が目を覚まし気づいたため、両手で首を絞め、窒息死させた後、財布に入っていた1万4,000円やキャッシュカードなどを盗んだ。また死体を2畳間まで引きずり移動させ、押し入れに布団をかぶせて隠した。
 女性は約20年前に夫と死別しており独り暮らし。親族によると、25日夜以降連絡が取れなくなったため、28日午前に女性宅を調べていた同署員が押し入れで遺体を発見した。
 茶野木被告は3年ほど前、妻と娘とともに女性の隣に住み始めたが、その後離婚。経済的にも苦しくなり、家賃を女性が代わりに払うこともあり、女性が不満を漏らしていたという。
 茶野木被告は金に困っており、事件の5日前から何も食べておらず、腹が減っていたため食べ物やお金を盗もうと思って侵入した。犯行後、女性方から奪ったクレジットカードなどを使い、三原市内で現金を引き出そうとしたが失敗していた。
裁判所
 広島地裁 奥田哲也裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年8月8日 無期懲役
裁判焦点
 公判前整理手続きが適用され、争点は殺意の有無と犯行態様に絞り込まれた。
 2007年5月30日の初公判で、茶野木被告は「無我夢中で何も考えていなかったので、殺意と言われてもわからない」と述べ、弁護側は殺意を否認し、強盗致死罪の適用を主張した。
 検察側は論告で「隣人の老女を、自らの金銭欲を満たすのにじゃまになったとして殺害したもので、犯行は極大の非難を免れない」「捜査段階の殺害状況の供述は詳細かつ具体的で、遺体の状況とも一致しており、確定的な殺意に基づいたものであることは明らか」などと主張した。
 一方、弁護側は最終弁論で「殺す故意はなかった。食べ物に困り、家に忍び込み、気づかれたので気が動転して、もみあったら死亡させてしまった」などとして強盗致死罪に当たると主張した。
 判決で奥田裁判長は「体格差のある女性の首を両手で相当の力で絞め続けており、残忍かつ悪質だ」と指摘。動機について「大変身勝手で浅ましく、酌むべき点はない」と述べた。そして「確定的な殺意をもって、体格差がある90歳の女性に対し、必死に抵抗するにもかかわらず両手で締め付け窒息死させた」と指摘。「犯行後、被害者の死亡を冷静に確認し、犯行の隠蔽工作をしている」と悪質性を指弾した。
備 考
 被告側は控訴した。2008年1月17日、広島高裁で被告側控訴棄却。2008年5月19日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
富永修司(34)
逮 捕
 2006年12月23日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、窃盗他
事件概要
 神戸市のトラック運転手富永修司被告は2006年11月18日、神戸市の無職女性(当時70)宅へ空き巣に入り、現金約5万円などを盗んだ。盗み出したキャッシュカードで現金を引き出すため、女性を脅して暗証番号を聞き出そうと、同月23日午前9時30分頃、宅配業者を装って再び女性宅に侵入。女性が応じなかったため、持ち込んだ鉄パイプで女性の頭などを10数回殴って殺害した。殺害後、富永被告は室内を物色したが、何も取らずに車で逃走した。
裁判所
 神戸地裁 佐野哲生裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年8月28日 無期懲役
裁判焦点
 2007年5月1日の初公判の罪状認否で、富永被告は「殺すつもりではなかった」と殺意を否認。弁護人も「キャッシュカードの暗証番号を聞こうと思っただけで強盗は成立しない」と主張した。
 7月3日の論告で、検察側は「ひん死の被害者を放置し、死んでも構わないと考えた」と、被告に未必の殺意があったと主張。「暴行の途中で金品を奪う意志があった」と強盗殺人罪が成立するとした。そして「抵抗するすべを持たない高齢者に、暴行を執拗に加えて殺害したのは冷酷極まりない」と断じた。
 弁護側は同日の最終弁論で、「被告に財物を奪う意思はなかった。殺意もなく、強盗殺人は成立しない」と傷害致死罪を主張した。
 判決で佐野裁判長は、凶器の鉄パイプについて「一方が斜めに切断されており、十分に殺傷能力がある」などと指摘し、殺意について「犯行当初から未必の殺意があった」と判断。「被害者からキャッシュカードの暗証番号を聞き出せないと考えるや金品を奪う意志が生じ、明らかな殺意を持って、被害者が逃げ出さないよう鉄パイプを突き刺すなどの暴行を続けた」と強盗殺人罪が成立するとした。そして「目をつぶりたくなるほど残酷」「利欲的な動機で、高齢女性に何度も暴行を加えるなど人間としての哀れみを感じさせない犯行」「反省状況にも疑問が残り、情状酌量の余地はない」と断じた。
備 考
 控訴せず確定と思われる。

氏 名
高橋正博(38)
逮 捕
 2005年9月14日(12日に出頭 死体遺棄容疑)
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、死体遺棄、障害他
事件概要
 指定暴力団山口組系幹部高橋正博被告は、山口組系組長高見沢勤被告の指示で、2005年9月4日午後11時25分頃、群馬県安中市安中の路上で指定暴力団稲川会系の組長(当時61)を拳銃で射殺した。同5日未明、高見沢被告とともに遺体を同市内の山林に埋めた。
 検察側は論告で、事件の背景について、高見沢被告が、配下の組員への襲撃事件をめぐって対立していた稲川会系暴力団に報復しようと計画。計画に組長を引き入れ襲撃事件の内部情報を得ようとしたが拒否されたため、メンツを保とうとした犯行と指摘した。
裁判所
 最高裁第一小法廷 泉徳治裁判長
求 刑
 無期懲役+懲役1年(確定判決前の傷害罪)
判 決
 2007年8月29日 無期懲役+懲役1年(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 量刑不当を訴え、検察と被告の双方が控訴した。
 須田裁判長は「関与を従属的と判断するのは妥当とは言えない」「『ヒットマン』である被告の存在なくして本件犯行はあり得なかったと言ってよく、無期懲役刑を酌量減軽する事情はない」などとし「一審判決は軽きに失し不当」と結論付けた。
備 考
 高見沢勤被告は本件及び別の殺人事件で起訴、公判中。
 高橋被告らと遺体を遺棄したとして死体遺棄罪に問われた別の指定暴力団山口組系組長の男性は、懲役1年8月(求刑懲役3年)が前橋地裁から2006年3月14日に言い渡されている。
 2006年10月19日、前橋地裁で一審懲役27年+懲役8月判決。2007年4月19日、東京高裁で一審破棄、無期懲役判決。

氏 名
山田英夫(44)
逮 捕
 2007年2月14日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、銃刀法違反(発射)
事件概要
 京都市の指定暴力団稲川会系幹部、山田英夫被告は2005年10月13日午後9時ごろ、指定暴力団稲川会系総長山下真史被告(公判中)の指示を受け、組員2人と高崎市の厚生年金健康福祉センターで、抗争中の指定暴力団山口組系F幹部(当時56)を射殺した。
 殺害されたF幹部は、元稲川会系組長だったが破門となり、山口組系に出入りしていた。2005年8月にはF幹部の自宅に稲川会系M組長ら数人が襲撃し、金属バットで殴るなどして重傷を負わせた。これに対し、山口組系組長の高見沢勤被告(公判中)らは犯人探しを始め、稲川会系のW組長に接触。情報提供や傘下入りを求めた。だが、W組長は拒否し、同年9月4日に安中市の路上で射殺された。翌5日、別の稲川会系組長が拳銃を持って高見沢被告宅を襲撃。そして10月、F幹部が射殺される事件が発生した。
裁判所
 前橋地裁 久我泰博裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年8月30日 無期懲役
裁判焦点
 逮捕時、山田被告は「自分が撃った」と容疑を認めている。
 7月5日の論告で、検察側は「自ら実行役を引き受け、果たした役割は極めて重大」と非難し、「独善的・反社会的論理を優先させた犯行は冷酷で残虐。人命軽視の最たる犯罪」とした。
 久我泰博裁判長は「暴力団特有の組織的かつ暴力的思想に基づき、厳しい非難に値する」とし、「殺人に積極的に関与しており、責任は首謀者に次いで重大」とした。
備 考
 控訴せず確定。

氏 名
藤田博美(44)
逮 捕
 2006年1月7日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、詐欺未遂
事件概要
 北九州市戸畑区に住む無職藤田博美被告は遊び仲間である建設業M被告、保険代理業N被告と共謀し、郵便局員の夫(当時43)の生命保険金計約7500万円をだまし取ろうと計画。2005年10月12日夕方から夜にかけて、北九州市小倉北区で夫に睡眠導入剤を混ぜた炭酸飲料水や酒を飲ませ、午後10時ごろ、乗用車の助手席に夫を乗せて運転。小倉港の岸壁からわざと車を転落させ、夫を水死させた。博美被告は転落後に自力で車から脱出し、通りがかった人に救助された。博美被告は日本郵政公社などに夫の保険金計2,500万円の支払いを請求したが、事件が発覚して未遂に終わった。
 博美被告はパチンコなどギャンブル好きで、ブランド品を買い集めたり、ホストクラブにも頻繁に通っていた。2003年10月の結婚後まもなく、夫の口座から勝手に現金を引き出し始め、周囲からも借金を重ねて返済額は計数100万円にのぼった。
 その後、夫から貯金約1,000万円の使い込みをとがめられ、借金の返済も迫られるようになり、ホステス時代の客であるN被告と、マージャン仲間の建設業、M被告に夫の殺害などを相談していた。
 殺害の11日前に夫は、N被告の代理店を通じて、博美被告を受取人として、事故や災害死亡特約で約5,000万円支払われる生命保険に加入していた。
裁判所
 福岡高裁 仲家暢彦裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年8月31日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 藤田被告は量刑不当を主張したが、仲家裁判長は「利欲目的の冷酷で残忍な犯行。主導的役割を果たした刑事責任は重く、一審の量刑はやむを得ない」と述べた。
備 考
 N被告とM被告も共犯として起訴、分離公判中。二人とも無罪を主張している。2007年5月28日の論告でN被告に無期懲役、M被告に懲役15年が求刑されている。
 2007年3月19日、福岡地裁小倉支部で一審無期懲役判決。
 被告側は上告した。2007年12月11日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
柳町左伊(39)
逮 捕
 2005年3月30日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、死体遺棄
事件概要
 横浜市の柳町左伊(さい)被告は、9社13件計1億5,890万円の保険金を得るために会社員である夫の殺害を計画。2005年3月6日、知人である元人材派遣会社員の男性と共謀し、夫に睡眠薬を飲ませた後、男性に首を絞めさせたが、夫が目を覚まして抵抗したため、左伊被告がハンマーで頭を数回殴った。ベルトで窒息死させた後、中国籍で鍵製造販売業の男と一緒に遺体を乗用車に乗せ、7日午後11時ごろ、北杜市白州町花水の市道脇に遺棄した。
裁判所
 最高裁第三小法廷 那須弘平裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年9月3日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 一・二審で被告側は、共犯である男性の単独犯行であると無罪を主張していた。
備 考
 殺人と死体遺棄の罪に問われた男性は、求刑懲役20年に対し、懲役15年の判決が一審で確定している。中国人の男性は死体遺棄罪で懲役10月・執行猶予2年が確定している。
 2006年10月18日、甲府地裁で一審無期懲役判決。2007年4月5日、東京高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
鷹尾健一(35)
逮 捕
 2000年12月3日
殺害人数
 2名
罪 状
 覚せい剤取締法違反、死体遺棄、傷害、殺人、傷害致死
事件概要
 無職鷹尾健一被告と、無職S被告は1999年夏頃から同居。その頃からS被告の長男(当時6)、長女(当時4)を執拗に虐待。当時住んでいた広島市東区のアパートで1999年9月26日、長男をビニール袋に密封して窒息死させ、遺体を安芸区の山中に捨てた。10月12日には長女を殴って死亡させ、遺体を呉市の山中に捨てた。
 S被告は、殺害現場に居合わせながら鷹尾被告の虐待を止めず、救急車を呼ぶなどの措置を取らなかった。鷹尾被告は2000年11月28日、S被告に金を要求するなどした恐喝と覚醒剤取締法違反容疑で逮捕され、殺害を自供した。
裁判所
 広島高裁 楢崎康英裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年9月11日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 2007年6月12日の控訴審初公判で、弁護側は「未必的殺意はなく、傷害致死罪に当たる」などと主張。検察側は「殺人罪が成立することは明らか」などとして控訴棄却を求めた。
 また同日の被告人質問で、鷹尾被告は「しつけのつもりだったが、今考えればしつけの範囲を超えて異常だった」などと話した。
 楢崎裁判長は判決理由で「長男の死亡には未必的殺意があった」と指摘し殺人罪を適用。「40日間以上、一方的に容赦のない暴行を加え殺害した冷酷かつ残虐な犯行。不安、恐怖を味わわされ絶命したふびんさ、哀れさは語るべき言葉がない」と述べた。
備 考
 2004年4月7日、広島地裁は長男の事件について、「男児を蘇生させるため救命措置を講じており、殺意は認められない」と傷害致死罪を適用。田辺直樹裁判長は懲役15年の判決を言い渡した。検察側が控訴した。
 2005年3月17日、広島高裁は一審判決を破棄、審理を広島地裁に差戻した。判決理由で大渕敏和裁判長は、男児の死亡について「虐待により極度に衰弱した男児をビニール袋に密閉した時点で死亡の危険性が高いことを認識しており、未必の殺意があったことは明白だ」と述べ、「一審判決が殺意を否定した根拠は相当ではなく、事実誤認がある」とした。殺意否定の根拠の一つになった人工呼吸などの救命措置について大渕裁判長は「一一九番もしておらず、真摯な救命行為ではない」と判断した。被告側は上告した。
 最高裁第三小法廷(浜田邦夫裁判長)は2005年7月8日までに、男児の死亡について殺意を認めず懲役15年とした一審判決を破棄して審理の差戻しを命じた二審判決を支持し、鷹尾被告の上告を棄却する決定をした。
 S被告は2004年4月7日、求刑懲役15年に対し、懲役8年の判決。殺人罪ではなく傷害致死罪が適用された。検察側は量刑不当を理由に控訴。瀬川被告は、鷹尾被告からドメスティックバイオレンス(DV)を受け、心神耗弱だったとして刑の軽減を求め、控訴した。S被告は2005年4月19日、広島高裁(大渕敏和裁判長)で一審破棄、懲役12年判決。殺人罪の適用が妥当と判断された。2006年1月23日、最高裁第二小法廷(今井功裁判長)で上告棄却、確定した。

 2006年10月31日、広島地裁で差戻し審無期懲役判決。被告側は上告した。

氏 名
広瀬直臣(31)
逮 捕
 2007年2月22日(覚せい剤取締法違反の罪などで服役中)
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、銃刀法違反他
事件概要
 静岡県沼津市の元暴力団組員広瀬直臣(なおひと)被告は、2003年3月11日未明、車を運転中に三島市内の国道交差点で、赤信号で停止していた同県裾野市に住む金属加工会社社長の男性(当時49)の車に追突。近くの駐車場で追突事故処理を巡るやりとりの中で、男性が暴力団を否定する趣旨の発言をしたことに腹を立てた広瀬被告が、暴力団の威力を思いしらせて謝罪させようと拳銃を突き付けて脅し、謝罪を拒否されたため、男性の心臓を狙って拳銃を5発発射して殺害した。さらに遺体を函南町の山中に遺棄、男性の車を埋めるなどして隠ぺいを図った。
 広瀬被告は当時、無車検・無保険の車を飲酒運転しており、覚せい剤の使用や拳銃を所持していた。
 遺体は2004年1月に白骨化した状態で見つかった。
裁判所
 静岡地裁沼津支部 原啓裁判長
求 刑
 死刑
判 決
 2007年9月11日 無期懲役
裁判焦点
 5月9日の初公判で、広瀬被告は起訴事実を認めている。
 検察側は論告で、広瀬被告が当時、無車検・無保険の車を飲酒運転しており、覚せい剤の使用や拳銃の所持も発覚する恐れがあったことを挙げ、「被害者の口封じが殺害の動機となった」と指摘。さらに、覚せい剤取締法違反の罪などで有罪判決を受けて服役中に遺体が発見されると、出所する同房者に車を掘り出して焼却するよう依頼しており、「狡猾で一片の反省もない」とした。死刑求刑については、「被害者が1人であることで死刑の適用を回避することは、本件の特異性・重大性を不当に軽視するもので罪刑の均衡を害し、司法への信頼を揺るがしかねない」と説明した。そして「一般人が暴力団員に拳銃で射殺されるのは前代未聞で、凶悪極まりない犯行」「社会に与えた影響は大きく、遺族の処罰感情も強い」と断じた。
 弁護側は被告の更生は可能として情状酌量を求めた。弁護側は1人殺害での死刑求刑について「問答無用で殺害したわけでなく、結果回避の可能性はあったと言える。客観的かつ冷静な判断を願いたい」と述べた。
 同日の公判では、男性の妻が陳述に立ち、「夜勤明けの私のために布団を温めてくれる優しい夫だった。行方不明になった1年後に発見された夫は白い骨になっていて、実感がわかなかった。4年たった今でも玄関から帰ってくる気がする。被告人には極刑を望む」と涙ぐみながら述べた。また検察官が代読した手紙で、長女は「生まれた娘は父の顔を知りません。今でも父の愛車のレガシィを路上で見ると涙が出てくる」、次女は「昨年結婚した時に、父におめでとうと言ってほしかった」と遺族の悲しみを訴えた。
 原裁判長は判決理由で広瀬被告が当時、暴力団組員だったことを踏まえ、「自分の過失で事故を起こし、処理をめぐる口論の末、心酔する暴力団を否定され腹を立てて犯行に及んだ。極めて自己中心的かつ身勝手な動機に酌むべき事情は全く見当たらない」と非難した。
 犯行の態様についても「至近距離から心臓を狙って拳銃を撃ち、倒れた被害者に向けて残る弾丸すべてを発射した。哀れみやちゅうちょのない、冷酷で確定的殺意に基づく犯行」と悪質性を強調し、「周辺住民や社会全体に与えた衝撃は極めて大きい」と述べた。
 一方、「市民に拳銃を発射した、従来に類を見ない凶悪事件」などとした検察側の死刑求刑については、原裁判長は殺害が交通事故という偶然に端を発しており計画性がないことや、被害者が多数でない点などを挙げ、「反省悔悟の情を示している。矯正の可能性がないとはいえない。極刑にはちゅうちょを覚える」と退けた。服役後の仮釈放について「被害者の遺族から意見を聴取して意向を十分に尊重することを特に希望したい」と述べ、被害感情への配慮を付け加えた。
備 考
 死体遺棄は時効が成立している。広瀬被告は2003年4月に覚せい剤取締法違反で逮捕され、服役中。
 検察・被告側は控訴した。2008年3月13日、東京高裁で検察・被告側控訴棄却。上告せず確定。

氏 名
安田敬(36)
逮 捕
 2007年1月17日
殺害人数
 2名
罪 状
 殺人
事件概要
 宮城県亘理町の無職安田敬被告は2007年1月1日午後3時頃、名取市に住む無職女性(当時36)の自宅アパートを訪問。妻との離婚や借金の返済を求められ口論となり、同15分ごろ、女性の顔を殴って転倒させ、革ベルトで首を絞めて殺害。ベルトを女性の首に巻き付けたまま浴室のシャワーに引っかけ、首つり自殺を偽装した。
 さらに、「母親が子供を残して1人で自殺するのは不自然」と考え、無理心中を装うために同25分ごろ、寝ていた長女(生後3ヶ月)の口と鼻を布団で圧迫し、窒息死させた。
 安田被告は約3年前に女性と交際を始めた。安田被告には妻と長男がいて、保険外交員として職場を訪れた女性と不倫関係になった。長女は安田被告の実子だった。安田被告は2006年9月に生まれた長女を認知。妻子と別れて女性と再婚することを約束した。しかし、事件当日の午後3時ごろ、女性方を訪ねた安田被告が「今の家族関係を壊せない」と告げると、女性から「奥さんに私たちの関係を伝える」と言われ、激高した。また女性は、安田被告に結婚の意思がないため、約40万円の借金返済を迫っていた。安田被告は事件後まもなく、トラックの運転手をしていた勤務先を辞めていた。
 年末から連絡を取れなくなったことを不審に思った女性の姉が、1月12日午前11時ごろに自宅を訪ねて長女の遺体を発見。その後、岩沼署署員が浴室洗い場に横たわる女性の遺体を発見した。
裁判所
 仙台地裁 卯木誠裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年9月21日 無期懲役
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
裁判焦点
 安田被告は岩沼書の調べに対し、女性及び長女殺害について全面的に認めていた。しかし公判前整理手続きの中で、「死ぬとは思っていなかった」と、長女への殺意を否認する供述をしていた。その後、2007年7月23日の初公判直前になって「布団も掛けていない」などと主張を変更した。そのため初公判が延期された。
 8月29日の初公判で、安田被告は女性殺害を認めたが、長女の殺害については否認した。
 検察側は冒頭陳述で「女性から一緒に暮らすか、借金を返済して養育費を支払うかを迫られ、2人がいなくなればいいと思っていた」と殺害の動機に言及。さらに、「無理心中を偽装するため、女性の遺体を浴室に運び、長女を殺害。メールや通信歴を消去するなど、隠滅工作を図った」と指摘した。
 一方、弁護側は「口論となり、女性が先に被告の首を絞めたため、被告に殺意が生じた。偶発的な犯行だ」と主張。長女については「布団を掛けたことはなく、自白は捜査段階に強要されたものだ」などと争う姿勢を示した。
 9月14日の論告求刑で、検察側は「2人の生命を奪った結果は重大。公判でも荒唐無稽な弁解に終始し、無責任で無自覚極まりない」と断じた。安田被告の、長女殺害否認については、「女性方に自由に出入りできたのは安田被告以外にいない。長女の存在を疎ましく思うなど殺害の動機もあった」と指摘した。求刑については「借金返済を拒むなど強盗殺人に匹敵し、死刑も考慮すべき事案だが、犯行の計画性を認める証拠がない」などと死刑を選ばなかった理由を述べた上で、「無期懲役に処す以外になく、いささかも下回ることは許されない」と付言した。
 弁護側は最終弁論で「女性殺害は偶発的な犯行で、女性の態度にも犯行を誘発する要因があった」と指摘。長女殺害は、あらためて無罪を主張した。
 安田被告は最後に「自分にうそはない。遺族の方には申し訳なく、深く反省しています」などと述べた。
 卯木裁判長は「女性から借金返済などを求められて疎ましく思い、殺害した動機は短絡的で身勝手。無理心中に偽装しようと、わが子の命まで奪ったことは人倫にもとる所業」「公判でも極めて不合理な弁解に終始し、真摯に反省する態度に欠ける」と指摘した。
 安田被告は長女殺害否認について、判決は「女性が自殺したように偽装工作したり、血痕のふき取りなどをしており、長女に気付かなかったという供述は極めて不合理」と退けた。
 動機については「女性から養育費や借金返済を強く求められ、疎ましく思っていた」と指摘。「支払いを引き延ばし、その場しのぎの弁解を繰り返す無責任な被告の態度からすれば(返済の要求は)無理もなく、女性に非難される点は全くない」とした。
備 考
 被告側は控訴した。2008年2月26日、仙台高裁で被告側控訴棄却。上告せず確定。

氏 名
綿引達也(42)
逮 捕
 2005年12月8日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、銃刀法違反
事件概要
 茨城県水戸市の無職綿引達也被告は無職斉藤賢一被告(強盗致死罪で公判中)に持ちかけられ、強盗を計画。2005年11月27日午前9時50分ごろ、土浦市のバッティングセンター事務所内で従業員の男性(当時54)にナイフを突きつけて金を要求。抵抗されたため胸などを刺し、事務所にあった現金4万円を奪った。綿引被告は、約1年前から同センター内のゲームコーナーに出入りしており、目撃証言や常連客からの聞き込みで浮上した。
裁判所
 最高裁第一小法廷 裁判長不明
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年9月25日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 
備 考
 2007年2月2日、水戸地裁土浦支部で一審無期懲役判決。2007年中で被告側控訴棄却。

氏 名
緒方純子(45)
逮 捕
 2002年3月7日
殺害人数
 7名
罪 状
 殺人、傷害致死、監禁致傷、詐欺、強盗
事件概要
 布団販売会社経営松永太被告と元幼稚園教諭の緒方純子被告は1982年頃から交際を始め、事実上の夫婦関係にあったが、1992年に会社が多額の負債を抱えたため逃亡。指名手配されたため、マンションなどに隠れ住むようになった。
 1994年10月、北九州市のマンションで松永被告と緒方被告は不動産会社員だった男性・娘と同居を開始。1996年2月、マンションから逃げ出そうとした男性(当時34)を風呂場に何日も閉じ込め、食事もろくに与えず体に電気を通して衰弱させ、多臓器不全で死亡させた。松永被告はノコギリやミキサーで遺体を解体し、公衆便所や海に捨てさせた。男性の娘はその後、ずっと監禁された。
 1997年から同じマンションで緒方被告の親族6人が両被告と同居を開始。緒方家は財産のほとんどを松永被告に吸い取られていた。松永被告は家族全員に通電による虐待を繰り返し、食事も満足に与えなかった。松永被告は緒方被告にも通電虐待を繰り返していた。
 1997年12月21日、両被告は緒方被告の父親(当時61)の発言をきっかけに通電行為を行い、死亡させた(この事件のみ、傷害致死)。
 1998年1月20日、両被告は逃亡生活や父の死が露見することを恐れ、緒方被告の母(当時58)を絞殺した。手をかけたのは妹の夫、足を押さえたのは妹とされる。
 2月10日頃、両被告は緒方被告の妹(当時33)を殺害した。手をかけたのは妹の夫、足を押さえたのは娘とされる。
 4月8日頃、虐待と不十分な食事で栄養失調の状態にあった妹の夫(当時38)は、高度の飢餓状態に基づく胃腸障害を発症した。しかし両被告は暴行、虐待を加えた事実が発覚することを恐れ、医師の適切な治療を受けさせず、同マンション浴室内に閉じ込めたまま放置して衰弱させ、同月13日ごろ、胃腸障害による腹膜炎で死亡させた。
 5月17日頃、両被告は妹の息子(当時5)を殺害した。両被告はすでに殺害されていた母親に合わせるとだました上に、妹の娘に息子を絞殺させた。足を押さえたのは監禁されていた少女、手を押さえたのは緒方被告とされる。
 6月7日頃、両被告は妹の娘(当時10)を縛り上げ、電気コードの先端にクリップで体にはさみ10分間通電させ、また監禁されていた少女に首を絞めさせ、感電死もしくは窒息死させた
 死体はいずれもバラバラにされた上、海などに投げられたため、見つかっていない。
 また松永被告は学歴などを詐称して女性(当時36?)と交際。緒方被告と共謀して1996年12月30日から1997年3月16日にかけ、女性と二女(当時3)を同市小倉南区のアパート二階の四畳半和室に閉じこめ、入り口には南京錠をかけて監禁。電気コードに取り付けた金属製クリップで女性の腕などを挟み通電させるなど、連日暴行を続け「逃げようとしたら捕まえて電気を通す」などと脅迫した。女性は3月16日未明、すきを見て部屋の窓から路上に飛び降り脱出したが、その際、腰の骨折や肺挫傷などの重傷を負った。また松永被告は女性に対し、「母親から金を引き出せ」などと脅迫し、現金を奪った。
 両被告は2002年、北九州市の別のマンションで少女を感電させるなどして虐待し、約1ヶ月のけがを負わせた。
 2002年3月6日早朝、マンションで監禁されていた少女(当時17)が脱出したため、犯行が発覚。翌日、両被告は逮捕された。二人は別の部屋で男児4人を監禁していた。男児(当時9、6)は両被告の息子であった。双子(当時6)は別の女性(当時35)の家庭の不和につけ込んで預かった子供で、女性から約2500万円を貢がせていた。
裁判所
 福岡高裁 虎井寧夫裁判長
求 刑
 死刑
判 決
 2007年9月26日 無期懲役(一審破棄)
裁判焦点
 緒方被告は一審では起訴事実を大筋で認めていたが、2007年1月24日の控訴審初公判で緒方被告は「過酷な虐待で精神的に支配され、松永被告の『道具』として殺害行為を行った」と述べ、利用された側は罪に問われない「間接正犯」にあたるとして無罪を主張した。また「松永被告からの暴行で行動を制御できない状態で、責任能力は喪失か減弱していた」と精神鑑定を申請した。
 7月2日の最終弁論で松永被告の弁護人は「緒方被告は一連の事件前、別の殺人事件を起こし、それを知った親族を口封じする殺害動機があったが、松永被告にはなかった」と改めて主張し、緒方被告側は「松永被告の暴力で責任能力が喪失、減弱し、道具として利用されたに過ぎない」として、ともに無罪を訴えた。
 被告人質問で、緒方被告は、事件で犠牲となった父らの名を挙げ、「取り返しのつかないことをしてしまった」と涙声で謝罪。松永被告は「(緒方被告らに)殺人するほどの影響を与えていない」と大声で関与を否定した。
 緒方被告側が申請していた精神鑑定請求は却下された。
 検察側は「松永被告の供述は全く信用できない」と主張した。緒方被告については「松永被告の強い影響下で、判断力、批判力が低下したとしても、喪失したとまでは言えない。一連の犯行は緒方被告の存在がなければ実現できなかった」と指摘。両被告の控訴棄却を求めた。
 判決理由で虎井寧夫裁判長は「緒方被告は松永被告に長年、暴力で支配された上、犯行への関与も従属的」と指摘、捜査段階での自白や公判での反省の態度も総合考慮し「死刑の適用はちゅうちょせざるを得ない」と述べた。松永被告については「実行行為にはかかわっていないが、事件の首謀者」と認定、「犯罪史上まれに見る事件で刑事責任は重い」と判断した。
備 考
 2005年9月28日、福岡地裁小倉支部で一審死刑判決。検察側は上告した。2011年12月12日、検察側上告棄却、確定。

氏 名
寺本悟(28)
逮 捕
 2007年4月3日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人他
事件概要
 高知県いの町の無職寺本悟被告は当時の妻から離婚を持ちかけられており、妻の両親に借りていた約200万円を返すことで離婚を思いとどまってもらおうと計画。2007年1月21日午後9時ごろ、高知市福井町に住む占師の女性(当時58)方を訪れ、借金を申し込んだが、断られた。そのため、乗り付けた車にあったナイフを持ち出し、午後11時40分ごろ、女性方の1階居間で、女性の頭や首などをナイフで突き刺して殺害し、現金約230万円の入った財布を奪うなどした。
 寺本被告は2006年6月、当時勤務していた鉄工所の仕事を通じ、女性と顔見知りとなっており、以前に約15万円をもらったことがあった。
裁判所
 高知地裁 伊藤寿裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年9月26日 無期懲役
裁判焦点
 2007年8月29日の初公判で、寺本被告は起訴事実を認めている。同日、弁護側は、寺本被告が女性に借金を依頼した際、女性から「今までやった金を返せ。嫁さんからでも回収するぞ」などと言われたことで、生活を脅かされるのではないかと感じ、阻止するために犯行に至ったと主張した。
 9月5日、論告で検察側は「寺本被告は以前に女性から金をもらうなどしており、殺害は恩をあだで返す行為」と指摘。「被害者の傷は100カ所以上あり、残忍。殺害後も立ち寄った形跡を隠すため指紋をふき取るなどしているうえ、反省・自責の念がない」「確定的殺意に基づく残虐極まりない人間性を失った犯行」と断じた。
 同日の最終弁論で弁護側は、寺本被告は犯行直前に女性から「今までやった金を返せ。ヤクザを使って嫁さんからでも回収するぞ」と言われ、阻止しようと犯行に至ったと主張。「遺族に謝罪するなど後悔・反省し、更正は可能」と有期刑を求めた。
 伊藤裁判長は「首など100ヶ所以上をめった刺しにしており、冷酷かつ残忍」と指摘。「長期間逃亡し、奪った金のほとんどを遊興に使っており、酌量の余地はない」と判決理由を述べた。当時の妻子を守るため犯行に至ったと主張していた点について、伊藤裁判長は「取調官に金目当てだったと供述しているうえ、妻に接触しないよう女性に懇願したわけでもない」などとして退けた。判決理由で伊藤裁判長は、借金を断られたことから殺害に及んだ点について「動機は短絡的かつ身勝手」と指摘。「奪った金も大半は遊興費として消費するなど犯行後の情状もそうとう悪い」とした。
備 考
 被告側は控訴した。2008年1月29日、高松高裁で被告側控訴棄却。2008年4月22日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
塩野仁史(23)/塩野幸恵(22)
逮 捕
 2006年10月5日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人
事件概要
 群馬県富士見村の無職塩野仁史被告と、元妻の塩野幸恵被告は、2006年10月4日午前7時20分ごろ、塩野被告と交際していた高崎市のアパートに住む元看護士の女性(当時34)方で、抵抗する女性を押さえつけて電気コードで首を絞めるなどして殺害し、現金約180万円の入った手提げバック(約8万円相当)などを奪った。
 二人は遺体を赤城山に捨てようと粘着テープでぐるぐる巻きにしたが、隣人が110番したため犯行が発覚した。
 仁史被告は当時働いていた飲食店の客として知り合った女性と2004年頃から交際を始めたが、その前後に、別の女性と結婚して2006年春に離婚。直後の5月に中学時代から交際を続けていた幸恵被告と再婚し、7月に離婚していた。殺害現場となったアパートは、2006年6月、仁史被告が女性との結婚を前提に借りたものだった。
 仁史被告は消費者金融数社から約450万円の借金を抱えていた。2006年9月26日、約13万円の借金返済を迫られ、女性に金を貸すよう依頼。その代わりに入籍を求められたため、女性を「金づる」として利用できないのなら殺害して遺体を赤城山に遺棄し、現金を奪うほかないと考え、幸恵被告に持ちかけたとした。
 また仁史被告は幸恵被告や殺害された女性のほか、別の女性2人とも交際していた。
裁判所
 前橋地裁高崎支部 高野芳久裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年9月28日 無期懲役
裁判焦点
 2007年1月25日の初公判で、塩野仁史被告は起訴事実を認めた。弁護側は女性が2006年5月ごろ、「妊娠した」などとうそをつき養育費や慰謝料500万円を塩野被告に要求していた事実などを明かし、情状酌量を求めた。同日予定されていた幸恵被告の初公判は、幸恵被告が体調を崩し入院したため延期された。
 2007年2月16日の初公判で、塩野幸恵被告は起訴事実を認めた。弁護側は同被告が犯行当時、うつ状態で心神耗弱だったと主張し減軽を求めた。弁護側は、塩野被告が幼少時に祖父から受けた暴力や中学時代にいじめに遭った影響で、2001年に病院で摂食障害とうつ状態と診断されたとし、犯行2日前の10月2日に手首を切る自傷行為をするなど、犯行時もうつ状態だったと主張。病的衝動から女性の殺害を決意したとした。同被告は摂食障害のため先月、病院の精神科に入院したという。
 7月5日の論告で、検察側は三角関係のもつれから殺害に及んだとして、「自己中心的で利欲的」などと厳しく非難した。事件当時、幸恵被告が抑うつ状態により心神耗弱だったとする弁護側の主張を否定し、「殺害方法を検討し、殺害後は犯罪隠滅活動をするなど完全責任能力があったのは明白」と主張。弁護側は「女性が執拗に結婚を迫るなどした。被告側のみの責任とは言い難い」などとして、有期懲役を求めた。
 高野裁判長は判決で「あまりに短絡的かつ身勝手極まりない自己中心的な犯行。動機に酌量の余地はない」として、両被告に、求刑通り無期懲役の判決を言い渡した。判決理由で高野裁判長は、両被告が強固な殺意の下で効果的な殺害、隠ぺい計画を相談したと指摘。仁史被告は、女性に執拗に結婚を迫られ、「ほかの女性関係の継続の妨げになる」と殺害を考えたとし、幸恵被告も女性に幸せを邪魔されてきたものと恨み、殺害することで自身の利益を確保しようとしたとした。
備 考
 両被告とも控訴した。2008年3月24日、東京高裁で被告側控訴棄却。塩野仁史被告は上告せず確定。2008年9月16日、最高裁で塩野幸恵被告の上告を棄却、確定。

氏 名
佐藤徹(32)
逮 捕
 2005年3月?(強制わいせつ容疑)
殺害人数
 0名
罪 状
 強盗強姦、強姦致傷、強姦、強盗強姦未遂、強姦未遂、強制わいせつ
事件概要
 名古屋市中区の無職佐藤徹被告は、2003年7月~2005年2月、排水管伝いにマンションの上層階に登り、窓から部屋に侵入するなどして、名古屋市内の12~37歳の女性15人を「目をつぶす」などと脅して強姦するなどし、4人からは現金約19万円も奪った。
 このうち12人の女性の自宅には無施錠の掃き出し窓などから侵入。女性2人に対しては、自転車に乗っていたところを警察官だと偽って停車させて襲い、車の助手席に乗った知人女性にもわいせつ行為をした。
 起訴されたのは強盗強姦5件、強姦致傷4件、強姦3件、強盗強姦未遂1件、強姦未遂1件、強制わいせつ1件である。
裁判所
 名古屋高裁 片山俊雄裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年9月28日 無期懲役(一審破棄)
裁判焦点
 佐藤被告は一審同様強盗については否認していた。
 判決理由で片山裁判長は「陵辱の限りを尽くした犯行態様は鬼畜の所業で常習性もある」「女性の人格への配慮が全くなく、欲望にのみ突き動かされた動機に酌量の余地はみじんもない」と厳しく批判。一審後に被告が反省を示したことを考慮しても、無期懲役は免れないとした。
 判決は、15件の犯行のうち2件について、「侵入時に明確に金品を要求していない」と認定し、一審判決を一部変更した。
備 考
 佐藤被告は捜査段階で、約70件の犯行を自供する上申書を提出している。
 2007年2月5日、名古屋地裁で一審無期懲役判決。上告せず確定と思われる。

氏 名
徳永定典(40)
逮 捕
 2006年3月7日(2005年4月22日の事件で)
殺害人数
 0名
罪 状
 強盗強姦、住居侵入他
事件概要
 福岡県太宰府市の空調設備業徳永定典被告は2003年10月~2005年9月、福岡市内で19~22歳の女性5人の自宅マンションに、鍵のかかっていない玄関から侵入し、「騒いだら殺すぞ」などと脅し、手足を粘着テープで縛るなどして暴行を加え(1件は未遂)、計約7万円を奪った。
裁判所
 福岡高裁 正木勝彦裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年10月2日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 控訴理由・判決理由は不明。
備 考
 2007年3月15日、福岡地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。

氏 名
廣畑智規(22)
逮 捕
 2006年6月28日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、監禁、傷害他
事件概要
 東大阪大学4年の男子学生Fさん(当時21)は、同じ大学サークル内にいた東大阪大学の女性(当時18)と交際していたが、同じサークルにいた東大阪大短期大学の卒業生でアルバイト従業員TY被告(当時21)が女性に携帯メールを送ったことを知り激怒。相談を受けた無職Iさん(当時21)は仲間2人とともにTY被告から金を脅し取ろうと計画。
 2006年6月16日夜、Fさん、Iさん、男性会社員(当時21)、同大3年の男子学生(当時20)の4人は、TY被告、同じサークルにいる東大阪大3年のSY被告(当時21)を東大阪市の公園に呼び出し、顔などを殴って打撲の怪我を負わせた後、約1時間に渡り車内に監禁。Iさんは実在する暴力団の名前を出し、女性トラブルの慰謝料の名目で、計40万円を要求するなどした。
 SY被告は事件後、中学校時代の同級生だった岡山県玉野市の無職小林竜司被告(当時21)に電話で相談。小林被告は同じく同級生であった大阪府立大3年の廣畑智規被告(当時21)に相談するよう指示した。相談に乗った廣畑被告は仕返し方法を計画。17日、SY被告らは大阪府警に恐喝容疑などで被害届を提出した。また小林被告は、同県内の風俗店で働いていた際の知り合いで岡山市に住むも都暴力団員で無職OK被告(当時31)に電話で対応を相談した。OK被告は相談に対し、「相手を拉致し、暴行して金を取ってやれ」と指示。さらに、山口組関係者と称していたというIさんに関しては「ヤミ金融や消費者金融で借金漬けにしてやるから、連れてこい」と命じた。
 18日、廣畑被告は大阪府に住む大阪商業大4年のSS被告(当時22)、SY被告、無職SH被告(当時21)をつれ、岡山県に行き、小林被告、小林被告の元アルバイト先の後輩だった岡山県玉野市の少年(当時16)と合流。廣畑被告はここで、男子学生らへのリンチ計画を明かし、それぞれの役割を決めた。小林被告には凶器を準備するよう指示し、少年が特殊警棒などを事前に購入していた。 ただしこのときは、殺人までは計画していなかった。同日、小林被告の指示で後輩少年被告が仲間として、玉野市の派遣社員の少年(当時16)とアルバイトの少年(当時17)を連れてきた。
 18日夜、SY被告、TY被告は「被害届を取下げる」「神戸で慰謝料を払う」という口実で男性会社員の車にFさん、Iさんとともに同乗。途中で「岡山なら払える」と偽り、岡山市に誘い出した。
 19日午前3時過ぎ、山陽自動車道岡山インターチェンジで、待ち伏せしていた小林被告は仲間と一緒にFさん、Iさん、男性会社員の3人を取り囲み、仲間と交代で特殊警棒やゴルフクラブなどで殴るなどの暴行を加えた。このとき、携帯電話と現金約98000円を奪った。Iさんが「知り合いのやくざを呼ぶぞ」という言葉に小林被告らが激怒。さらに岡山県玉野市内の公園に場所を移し、執拗に暴行を続けた。現場で直接、暴行したのは小林、SY、TY各被告と後輩少年被告であり、廣畑被告は指示役、他の被告は見張りなどをしていた。Fさんがぐったりしたため「やりすぎた」と後悔したが、警察への発覚を恐れ殺害を決意。そして小林被告が以前働いたことのある岡山市内の資材置き場に移動した。午前4時50分ごろ、Fさんを資材置場で生き埋めにし、窒息死させた。このとき、小林被告が自らパワーショベルを操作して穴を掘り、小林、SY、TY各被告と後輩少年被告がコンクリート片や石を投げつけた上、小林被告が後輩少年に重機で土をかぶせるよう指示。少年がショベル部分で何度も地面をたたいて土を固めた。パワーショベルは、小林被告と少年が以前働いていた解体会社の持ち物で、小林被告の指示で少年が事前に鍵を持ち出していた。廣畑被告はSS被告、SH被告に、資材置き場の入り口付近とふもとの道路で人の出入りや車の通行などの見張りをするよう指示。少年2人やSY被告とTY被告にも、Fさんや一緒に拉致した男性会社員、車のトランクで監禁したIさんが逃げ出さないように監視を指示した。
 その後、男性会社員は最初の暴行に余り関与していないとSY被告やFさん、Iさんが話したことで解放した。男性会社員は廣畑被告、SS被告をマイカーに乗せて大阪に戻り、19日朝、2人を降ろして解放された。「途中、廣畑被告に口止めされた」と証言している。またSY被告らも帰った。
 小林被告と後輩少年被告は廣畑被告にIさんを連れていくことを伝え、了承を得た。小林被告は、Iさんを車のトランクに入れ、自宅マンションに連れ帰ったが、歩行困難なほど衰弱していたため、改めてOK被告に電話で相談。OK被告は「それでは金を取れないから、連れて来なくていい」と言ったうえで、「事件を知られた以上、警察に通報されるので、帰さずに処分するしかないだろう」と、暗に殺害するようほのめかした。小林被告は廣畑被告、SS被告に電話で処置を相談。2被告は「埋めたらいい」と殺害を了承した。小林被告は後輩少年被告とともに20日未明、資材置き場に戻り、パワーショベルで掘った穴にIさんを生き埋めにして窒息死させた。
 翌日の21日、廣畑被告は小林、SY、TY、SH各被告らと岡山県内で会い、「小林と後輩の少年の2人でやったことにしよう」と口裏合わせをした。また小林被告は、暴行後に解放した男性会社員に電話で脅し数10万円を要求した。
 22日、解放された男性会社員が大阪府警に届け出たことから事件が発覚した。
 24日、SY、TY、SH各被告が岡山県警に出頭、逮捕された。
 25日、小林被告が同県警に出頭、逮捕された。
 26日、小林被告の元アルバイト先の後輩の無職少年が同県警に出頭、逮捕された。
 27日、資材置場から2遺体が発見された。また別の少年2人が同県警に出頭、逮捕された。逮捕された。
 28日、大阪府立大3年の廣畑智規被告(当時21)、大阪商業大4年のSS被告(当時22)が逮捕された。
 8月10日、大阪、岡山両府県警合同捜査本部はOK被告を逮捕した。
 TY被告、SH被告は東大阪大短期大学部の卒業生で、SY被告と同じサッカーサークル内にいた。廣畑、SS、小林、SY各被告は中学時代の同級生。廣畑、SS、SYの3被告は小学時代、同じサッカー少年団のチームメートでもあった。
裁判所
 大阪地裁 和田真裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年10月2日 無期懲役
裁判焦点
 2007年2月21日の初公判で、廣畑被告は監禁や傷害などの罪は認めたが、殺人罪2件のうち最初の1件のみを認めもう1件を否認した。検察側は冒頭陳述で、廣畑被告が、主犯格の1人の小林竜司被告に、トラブルになっていた被害者2人への報復を提案した、と指摘。その後、両被告も加わった暴行がエスカレートして殺害に至る過程では小林被告が犯行を主導したが、殺人の実行行為には加わっていなかった廣畑、SS両被告との間でも共謀は成立していたと主張した。
 7月30日の論告求刑で検察は、廣畑被告について「仲間が被害者側とトラブルになり暴行を受けたことを知り、報復計画を発案。殺害場所を指示して実行させた」と指摘した。
 同日の最終弁論で廣畑被告の弁護人は、共謀したとされる小林竜司被告(一審死刑、控訴中)らの供述は信用できないと反論した。
 判決を前に弁護側は、両被告が被害者Fさんの遺族に賠償金として1000万円ずつ計2000万円を支払ったことを明らかにした。
 和田裁判長は、廣畑被告について「なぶり殺しとも言える無慈悲極まりない犯行で、これ以上残忍な殺し方はない。広畑被告は犯行を指示するなど役割は極めて大きい」「自ら手を出していないが、積極的に行動した」と認定。SS被告についても「男性殺害時に見張り役をするなど重要な役割を担った」として、両被告の主張を退けた。
備 考
 殺害されたFさん、Iさん、解放された男性会社員、知人大学生は、SY被告らに慰謝料名目で金を要求したなどとして、恐喝や監禁などの疑いで、2006年9月15日、書類送検されている。
 2006年8月8日、少年2人は殺人の非行事実で家裁送致された。
 後輩少年被告は、2007年5月11日、懲役15年(求刑無期懲役)が言い渡された。検察側控訴中。
 小林竜司被告は、2007年5月22日、求刑通り死刑が言い渡された。被告側控訴中。
 TY被告、SY被告は2007年5月31日、ともに懲役9年(求刑懲役18年)が、SH被告には懲役7年(求刑懲役15年)が言い渡された。判決では、殺意を認めたものの、関与は従属的だったとした。いずれも検察・被告側控訴中。
 OK被告は2007年6月1日、懲役17年(求刑懲役20年)が言い渡された。被告側控訴中。
 SS被告は廣畑被告と同日、懲役20年(求刑懲役25年)が言い渡された。被告側控訴中。
 被告側は控訴した。2009年3月26日、大阪高裁で被告側控訴棄却。2009年10月27日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
佐久間博直(38)
逮 捕
 2004年12月15日(現行犯逮捕)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人他
事件概要
 愛知県豊橋市の無職佐久間博直は、2004年12月15日、安城市の作業服販売店に金品を奪う目的で侵入。店番をしていた経営者の妻(当時61)をナイフで刺して殺害した。
 佐久間被告は現場で女性の家族らに取り押さえられたが、調べに対し意味不明のことを話したり、不自然な行動を示したりしたため、名古屋地検岡崎支部は裁判所に鑑定留置を申請、約3ヶ月間拘置を停止して精神鑑定を実施。その結果、佐久間被告には刑事責任能力が十分あると判断し、起訴に踏み切った。
裁判所
 名古屋高裁 田中亮一裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年10月3日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 弁護側は強盗の意思があった証拠はなく、犯行時は心神喪失状態で量刑不当と控訴したが、田中裁判長は「強盗目的は推認でき、異常行動もなく完全責任能力があった」「刑事責任能力を認めた一審判決に誤りはない」と退けた。
備 考
 逮捕時、佐久間被告に意味不明の言動があったことなどから検察側は精神鑑定を実施。「精神発達上の異常はない。犯行は計画的で状況をよく把握している」との鑑定結果を得て、2005年3月に起訴した。
 弁護側が公判中に請求した精神鑑定では「是非善悪の判断能力を喪失していた」と結果が分かれた。
 2007年2月28日、名古屋地裁岡崎支部にて一審無期懲役判決。上告せず確定と思われる。

氏 名
中村数年(61)
逮 捕
 2002年6月26日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、銃刀法違反他
事件概要
 指定暴力団工藤会系組長F被告、指定暴力団工藤会系組長中村数年被告、組幹部N被告は、1998年2月18日夜、北九州市小倉北区で、若松区の元漁協組合長の男性(当時70)に銃弾4発を命中させて死亡させたとして起訴された。公判で検察側は中村、N両被告を殺害の実行役、F被告を犯行用の車の調達役及び見届け役と指摘した。
 殺害された男性は、地元・響灘の白島石油備蓄基地建設に伴う地元漁協への漁業補償金18億円を不正に配分した「白島事件」で1983年、漁協に1億6,900万円の損害を与えたとして背任罪などで起訴され、1995年に懲役2年が確定した。漁業補償などに強い発言力があったとされ、白島基地をめぐり政治工作資金などが取りざたされた一連の“白島疑惑”の中心人物とされた。
 1997年9月には男性の実弟宅などに銃弾が撃ち込まれる事件も起きている。
 判決では、中村、F両被告は氏名不詳者と共謀し、小倉北区古船場の路上で男性の頭や胸に銃弾4発を撃ち射殺したと認定された。
裁判所
 福岡高裁 仲家暢彦裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年10月5日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 2被告とも無罪を主張していたが、仲家裁判長は「中村被告は実行役と認めるのが相当。F被告は車を調達した上、見届け役を行うなど重要な役割を果たし、共謀があった」と述べた。そして公共工事に影響力があると目されていた男性に接触を図ったが、拒絶され、制裁を加えた。理不尽かつ身勝手な動機に酌むべき事情はない」と述べた。
備 考
 一緒に殺人容疑で逮捕された暴力団組長は「共謀関係を立証する証拠が足りない」として処分保留とされた。
 N元被告は一審無罪判決がそのまま確定している。
 F被告は一審懲役20年の判決。2007年10月5日、福岡高裁で検察・被告側控訴棄却。

 2006年5月12日、福岡地裁小倉支部で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2008年8月20日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
N・K(49)
逮 捕
 2006年1月7日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、詐欺未遂、大麻取締法違反
事件概要
 保険代理業N・K被告は建設業M被告、無職藤田博美被告と共謀し、博美被告の夫である郵便局員の男性(当時43)の生命保険金計約7500万円をだまし取ろうと計画。2005年10月12日夕方から夜にかけて、北九州市小倉北区で男性に睡眠導入剤を混ぜた炭酸飲料水や酒を飲ませ、午後10時ごろ、乗用車の助手席に男性を乗せて博美被告が運転。小倉港の岸壁からわざと車を転落させ、男性を水死させた。博美被告は転落後に自力で車から脱出し、通りがかった人に救助された。博美被告は日本郵政公社などに夫の保険金計2,500万円の支払いを請求したが、事件が発覚して未遂に終わった。

 博美被告はパチンコなどギャンブル好きで、ブランド品を買い集めたり、ホストクラブにも頻繁に通っていた。2003年10月の結婚後まもなく、夫の口座から勝手に現金を引き出し始め、周囲からも借金を重ねて返済額は計数100万円にのぼった。
 その後、夫から貯金約1,000万円の使い込みをとがめられ、借金の返済も迫られるようになり、ホステス時代の客であり、不倫関係にあったN・K被告と、マージャン仲間のM被告に夫の殺害などを相談していた。N・K被告とM被告に面識はなかった。N・K被告は、海での転落死や血管への空気注射を提案。さらに捜査機関に対する弁解や保険金請求手続きについて助言した。
 殺害の11日前に夫は、N・K被告の代理店を通じて、博美被告を受取人として、事故や災害死亡特約で約5,000万円支払われる生命保険に加入していた。
 またN・K被告は、大麻所持でも起訴されている。
裁判所
 福岡地裁小倉支部 田口直樹裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年10月10日 無期懲役
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
裁判焦点
 2006年4月24日の初公判でN・K被告とM被告は共に、「身に覚えがない」「殺害は冗談と思っていた」と無罪を主張している。
 2007年5月28日の論告求刑で検察は、N・K被告を「殺された男性の妻に言葉巧みに働きかけて殺害を決意させており、真の首謀者」とし、M被告は「現場の下見などで重要な役割を果たした」と指摘した。また、「N・K被告の助言で、藤田被告の嫌悪感は殺意に変わった。N・K被告の存在なくして犯罪は発生し得なかった」と主張した。
 判決は、博美被告が夫に睡眠薬入りの清涼飲料水と酒を飲ませるなどして殺害を実行したと認定。N・K被告が不倫相手の博美被告と「分担共同して犯罪を実行した」と指摘した。M被告については「博美被告の相談に乗り、忠告・助言をして精神的に支え、殺害意思をより強固にしたが、直接的な関与は認められない」として、ほう助罪を認定した。
 両被告は公判で「殺害を共謀した事実はない」と無罪を主張したが、田口裁判長は博美被告と両被告の携帯メールのやり取りなどから、N・K被告との共謀関係を認めた。
備 考
 M被告は求刑懲役15年に対し、「殺人の実行行為への関与は薄く、殺人罪のほう助にあたる」として懲役5年が言い渡された。M被告は無実を主張し控訴した。
 藤田博美被告は起訴事実を全面的に認めている。2007年3月19日、福岡地裁小倉支部で求刑通り無期懲役判決、8月31日、被告側控訴棄却。現在、上告中。
 被告側は控訴した。2008年7月16日、福岡高裁で一審破棄、懲役25年判決。2009年1月19日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
宮崎祐輔(29)
逮 捕
 2006年6月25日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、住居侵入
事件概要
 釧路市の漁船員宮崎祐輔被告は2006年4月26日午前1時45分ごろ、金を奪う目的で漁船員の男性(当時63)宅に侵入。男性が目を覚ましたため、持参したマキリ包丁で男性の首など計30カ所を刺すなどして殺害し、現金約11万円を奪った。
 宮崎被告は、男性が勤めていた釧路管内釧路町にある漁業会社の元同僚で、同社に2005年3月から10月まで勤務していた。退社後も男性宅を訪問して酒を飲んだり、一緒に除雪のアルバイトをしたりしていた。
裁判所
 札幌高裁 矢村宏裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年10月11日 無期懲役(被告側控訴棄却)
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
裁判焦点
 被告側は、強盗目的ではなかったとして減軽を求めた。
 矢村裁判長は「強盗目的はなかったという弁解は信用できない」「(強盗目的を認めた)自白と符合する事実が多々認められ、自白に任意性、信用性がある」とした。
備 考
 2007年3月19日、釧路地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2008年2月4日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
鄭永善(35)
逮 捕
 2006年2月17日
殺害人数
 2名
罪 状
 殺人、銃刀法違反、傷害、公務執行妨害
事件概要
 滋賀県長浜市の主婦鄭永善(ていえいぜん 中国籍)<当時の日本名・谷口充恵(みえ)>被告は、長女(当時5)と近所の園児らを送迎する「グループ送迎」当番だった2006年2月17日午前9時頃、同市の農道に軽乗用車を止め、後部座席に乗っていた女の子(当時5)と男の子(当時5)を刺し身包丁(刃渡り約21センチ)でそれぞれ約20ヶ所刺し、出血性ショックにより殺害した。長女も同じ車の中にいた。
 鄭永善被告は事件から2時間後、現場から南西約50キロの大津市の湖西道路真野インター入り口で、長女を連れて軽乗用車を運転しているところを緊急配備中の警官に見つかった。停止命令に素直に応じ、「子どもを刺して殺したことは間違いありません」と認めた。事件後、日本人の夫とは4月に協議離婚している。
 鄭被告は事件翌日の2月18日午後0時10分ごろ、拘置先の大津署で留置場に向かう際に、付き添った女性警官2人の肩や腕にかみつきけがをさせたとして、傷害と公務執行妨害の罪でも起訴されている。
裁判所
 大津地裁 長井秀典裁判長
求 刑
 死刑
判 決
 2007年10月16日 無期懲役
裁判焦点
 鄭永善被告は精神的に不安定になって2003年9月~2005年10月、通院や入院をしていたが、大津地検は「完全に責任能力はあった」と判断し起訴した。大津地検は刑事責任能力の有無について、殺害を決意して実行し逃走するなど、一連の動きを合理的に考えて行っていることなどから判断した、と説明。「責任能力を疑わせるものはない」としている。動機については、「非常にデリケートで、複雑な内容」として、公判の中で明らかにするとした。
 公判前整理手続きが適用され、6月12日に第1回手続きが行われた。鄭被告は捜査段階で犯行を認めていたが、公判前整理手続きで「私は犯人ではない」と否認。弁護側の要求により、大津地裁は鄭被告の精神鑑定の採用を決定した。
 2007年2月2日の初公判で、鄭被告は「刺したが、砂人形なので血も流れていないし声も出していない。人は殺していない」と述べ、殺人罪の起訴事実を否認した。また、床につばを吐いたり突然机をたたいて叫んだり不規則な言動を繰り返した。鄭被告はその後の公判でも不規則言動を繰り返し、退廷命令を数回受けている。
 検察側は冒頭陳述で、鄭被告が事件前に、▽家から鋭利な刺し身包丁を選んで持ち出した▽逃走資金として現金2万3000円を持ち出した▽刺殺直前、長女に「見たらあかんよ」と声を掛けた――と指摘。事件後、県警の職務質問を受けた際には、「私は頭がおかしい」と発言し、刺殺の事実を認めたことを明らかにし、善悪の判断や行動制御ができたと主張し、完全に責任能力があるとした。
 一方、弁護側は冒頭陳述で、鄭被告が仲介業者の紹介で日本人と結婚して1999年に来日後、慣れない生活のストレスで2003年ごろから精神疾患になり、事件前の半年は治療、服薬を受けず、統合失調症が悪化したと主張。事件当時は善悪の判断も、自身の行動の制御もできなかったとして、被告は心神喪失か耗弱の状態だったとして無罪を主張した。
 8月10日の公判で、長井秀典裁判長は「犯行時は統合失調症で善悪を判断する能力が著しく低下していた」とする精神鑑定書を証拠採用した。また、鄭被告を精神鑑定した京都府立洛南病院長の岡江晃医師の証人尋問が行われた。
 長井裁判長は公判で、精神鑑定書の要旨について「統合失調症は2003年8月に発病し、幻聴や被害妄想などの症状が悪化と軽快を繰り返し、発病後は攻撃性と衝動性が顕著になった」などと朗読。その一方、「ある程度の計画性と準備の下に実行され、犯罪の認識はあり、逮捕前後には精神障害であることで罪を逃れられるかもしれないという認識を持っていた。弁識に従って行動する能力が著しく減退していた」などと読み上げ、心神耗弱状態だったとの鑑定結果を明らかにした。
 検察側は「本件は統合失調症ではなく、被告の人格障害によるものでは」と質問。岡江医師は「めいの電話での供述などによると、元々、乱暴ではなく、むしろ、おとなしく、我慢強いとのことだった」と証言した。
 大津地検は精神鑑定の再鑑定を地裁に請求したが、地裁は却下した。
 9月11日公判の被告人質問で、鄭被告は「知らないうちに包丁で刺した。園児2人が娘をいじめたと思ってやった。申し訳ありません」と公判で初めて謝罪の言葉を口にし、「自分は何でこんなことをしたのか。後悔している」と小声で述べた。一方で、「殺そうと思ったのか」との弁護側の質問には「傷がつくかなと思って軽く突いただけ。懲らしめるためで、殺そうとは思わなかった」と殺意を否認。初公判で「刺したのは砂人形」とした発言については「男女10人ぐらいが耳栓のような形で中に入っていて、教えてくれた」とした。さらに「無罪になって、(遺族の)家に行っておわびしたい」と述べ、弁護側が「死刑になるかもしれないが、言い分はあるか」とただすと「ない」と答えた。
 検察側は9月18日の論告で、鄭被告について「精神鑑定で指摘された統合失調症の症状は犯行時になく、人格障害であった可能性がある」と指摘。(1)事件当日、自宅の3本の包丁のうち、最も鋭利な刺し身包丁を選び、逃走資金を用意していた(2)犯行後、包丁を隠した上、車を正常に運転した(3)逮捕後、犯行状況について具体的に供述した――などから「完全責任能力を有していた」と主張した。
 動機についても、長女が他の園児にいじめられていると一方的に邪推し、自分が中国人だから仲間外れにされているとの被害者意識があったと指摘。園児らに対する憎悪を増幅させたとした。
 そして検察側は「何の罪もない未来ある幼児2人を無慈悲にも殺害し、犯情は重大悪質。遺族らの処罰感情も極めて峻烈で反省の情もない。完全責任能力も認められる」と述べた。
 弁護側は同日の最終弁論で「投薬治療の結果、統合失調症の症状はかなり改善し、事件に関する供述が比較的鮮明になってきた」として「2人を刺した実行行為は認める」と述べたが、「被告は統合失調症で、自己の行動を制御することはできなかった」と心神喪失の主張は変えず、無罪、または減軽を求めた。検察側の「反省の情がない」との指摘についても、「病気で共感性を喪失している被告に反省の情を示せと言うのは無理な要求」と反論した。また、家族など周囲の理解不足が鄭被告を心理的に追いつめた可能性にも触れ、情状酌量を求めた。
 鄭被告は最終陳述で「申し訳ございません。二度とこんなことが起きないように頑張りますから助けてください」と述べた。
 判決は被告の殺意について、鋭利な刺し身包丁で胸部などを20回以上刺すなど確定的殺意があったと認定。そのうえで、犯行準備をしたり、事件後に逃走したりしたことから、「自己の行為による被害児童の死亡の結果を十分に認識していた」と判断した。しかし、「統合失調症の影響により心神耗弱の状態において行われたものであること、前科前歴がないことなど、被告人のために考慮すべき事情も認められる。しかし、これらの事情を最大限に考慮してみても、犯行の悪質さ、被害の重大さ等に照らせぱ、被告人に対しては、その終生をもって罪の償いをさせるべきものというほかはない」として無期懲役を言い渡した。
備 考
 検察・被告側は控訴した。2009年2月20日、大阪高裁で検察・被告側控訴棄却。上告せず確定。

氏 名
東條芳之(33)
逮 捕
 2004年3月5日
殺害人数
 0名
罪 状
 殺人未遂、爆発物取締罰則違反(製造、使用)
事件概要
 建設業東條被告は元妻(28)との離婚をめぐるトラブルから、元妻の母親(50)らを殺害しようと計画。2004年2月27日、アセトン化合物を使った手製爆弾を封筒に入れ、高松市内の元妻の実家に郵送。翌28日午後5時50分ごろ、台所で爆発物を爆発させ、元妻の母親の右手などに大けがをさせたほか、長男ら2人に軽いけがを負わせた。
裁判所
 最高裁第一小法廷 泉徳治裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年10月16日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 弁護側は上告審で、爆薬購入などの状況証拠は認めつつ「他の使途に使った可能性がある。それらが確実に否定されなければ、犯人と認定できない」と主張した。
 和泉裁判長は決定で、「有罪認定に当たって必要とされる合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証とは、抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても、健全な社会常識に照らしてその疑いに合理性がないと一般的に判断される場合を含む趣旨であり、このことは、直接証拠によって事実認定をすべき場合と情況証拠によって事実認定をすべき場合とで何ら異なるところはない」との認識を示した。
 最高裁で、「犯罪事実の認定において、直接証拠でも状況証拠でも何ら異なるところはない」との判断を示したのは初である。
備 考
 犯罪事実の立証で、直接証拠でも状況証拠でも、同程度に合理的疑いを挟む余地がないことを証明すれば足りると最高裁が明確に述べたのは初めて。
 2005年10月4日、高松地裁で一審無期懲役判決。2007年1月30日、高松高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
木下和紀(32)
逮 捕
 2006年10月16日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、銃刀法違反他
事件概要
 福岡県那珂川町の無職木下和紀被告は2006年10月13日午前11時半ごろ、アパートの隣室に住む女性(当時69)に「米のとぎ方を教えてほしい」と声を掛けて自室に招き入れ、米をとぐ女性の背後からネクタイで首を絞めて窒息死させた。さらに、女性のバッグから現金19,000円の入った財布を奪った。
 木下被告は、母親とその内縁の夫と3人で暮らしており、定職にはつかず、時々、アルバイトをしていた。母親と内縁の夫は10月4日から親族の看病のために家を留守にしていた。木下被告は犯行後、同町や福岡市の空き家などで寝泊まりしていた。
 また、木下被告は「(逮捕された日に)もう1人殺して金を奪うつもりだった」と供述しており、県警に身柄を拘束された時、包丁を所持していた。
 女性は1998年3月にこのアパートに一人で入居し、年金暮らしだった。
裁判所
 福岡地裁 鈴木浩美裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年10月22日 無期懲役
裁判焦点
 2006年12月18日の初公判で、木下被告は人定質問と罪状認否で「言いたくありません」と述べた。
 検察側は冒頭陳述で「木下被告は小説や漫画に影響されるなどして殺人願望を強め、パチンコや風俗店に行くための大金を得るのが犯行の目的だった」と指摘。さらに「人を殺して現金を奪って遊び回り、警察からも逃げ続ける『殺人マシン』のような生活をするしかない。隣室で質素な生活をしている被害者なら金をため込んでいると思い込んだ」とした。
 弁護側は「心神耗弱状態だった」として責任能力について争う姿勢を見せており、簡易鑑定の実施を請求したが却下されている。
 2007年8月6日の論告で検察側は「パチンコや風俗遊びの享楽を続けるために生命、財産を奪っており、身勝手極まりない。反省の態度を示さず、再犯のおそれは極めて強い。社会に放てば、第2、第3の犠牲者を生む」と述べた。
 9月6日の最終弁論で、弁護側は「事件に計画性はなく、強固な殺意もなかった。衝動的、場当たり的なものだった」と情状面も主張。「事件当時、被告は心神耗弱状態にあった」などと有期刑への減軽を求めた。
 判決で鈴木裁判長は「殺人願望を満たし、遊興費を得るための強盗殺人で、殺害後もさらに強盗殺人を実行するため牛刀を持ち歩いた」「ネクタイで繰り返し首を絞め、殺害行為を楽しむかのような様態。公判で『また人を殺してみたい』と述べ、反省が見られない」と指摘した。弁護側の心神耗弱の主張に対しては、「隠匿しやすいように、凶器には刃物を避け、ネクタイを選んだ」などと指摘し、責任能力を認めた。
備 考
 被告側は控訴した。2008年3月21日、福岡高裁で被告側控訴棄却。2008年6月30日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
福本久雄(72)
逮 捕
 2005年1月26日(死体遺棄容疑 2004年11月に有印私文書偽造・同行使容疑などで逮捕済)
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、死体遺棄、死体損壊、有印私文書偽造・同行使、強盗致傷、窃盗他
事件概要
 住所不定のパート工員福本久雄被告は2003年6月、島根県で起こした強盗致傷事件で指名手配されたため、車上で逃亡生活を続けた。2004年5月頃から、福本被告は無職男性ともに行動。2005年6月、男性に成り済まして大阪府八尾市内のアパートを借りた。しかし、男性に持ち掛けた就職話が進まないことで詰問され、警察に通報されるかもしれないと懸念を抱き、殺害を決意。  福本被告は2004年7月6日ごろ、大阪府藤井寺市の無職男性(当時49)に睡眠薬を投与し、暴行を加えるなどして殺害。同8月8日ごろまでに、遺体を切断し、胴体部分を軽自動車で奈良県五条市まで運び、雑草地に投棄した。また殺害直後には男性の車を男性の車を無断で中古車店に60万円で売却した。
 福本被告は2004年11月、有印私文書偽造・同行使容疑などで逮捕。さらに福本被告の車に男性の血痕がついていたことから追求、2005年1月26日、死体遺棄容疑で再逮捕。そして2月24日に殺人で再逮捕した。
 他に福本被告は2003年6月15日午後11時10分ごろ、島根県松江市内の商店に侵入し、休憩室にあったブリキの箱から20万5000円や海産物などの食料品23点(2万4400円相当)を盗んだ。さらに15日午後11時40分ごろ、島根県松江市の土産物店に侵入。レジから約7万7000円を盗み、物音に気付いた女性従業員の首を絞めて階段に押し倒すなどして頭などに10日のけがを負わせた。
裁判所
 奈良地裁 石川恭司裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年10月29日 無期懲役
裁判焦点
 福本被告は逮捕当時、別の男性が殺害した死体を、死体と知らずに捨てにいっただけ、と殺人と死体遺棄を否認した。
 福本被告は2005年2月16日の初公判で、有印私文書偽造・同行使の容疑については認めた。またその後の公判で、強盗致傷と窃盗の容疑については認めた。4月15日の公判では、殺人と死体遺棄の容疑について否認している。
 検察側は、福本被告には▽男性の車を売却した▽自宅に睡眠薬や男性宅の鍵を持っていた--ことなど、多数の状況証拠があるとした。指名手配された福本被告が、男性に事件がばれるのを恐れていたことなど、明確な動機があったと指摘、事件への関与は明らかとした。
 2006年9月26日の公判で、検察側は福本被告の起訴事実について、殺人罪でこれまで「共謀」としていた部分を改め、単独犯行とするなど訴因を変更した。
 2007年5月21日の論告で、検察側は「逃亡生活を続けるため被害者に成り済まして殺害した近年まれに見る極悪な犯罪。すでに高齢の域に達し更生は困難」などとした。別の男の犯行として起訴事実を否認している点について検察側は「別の男の存在を伺わせる証拠はない」と指摘した。
 7月3日の最終弁論で、弁護側は殺人と死体損壊・遺棄の罪について「立証不十分」と無罪を主張した。
 石川恭司裁判長は「男性の口封じを図ったものと考えられ、動機は誠に身勝手」「周到に計画された確定的犯意に基づく犯行で、極めて悪質、残忍。反省態度は全くみられず、終生をもって償いをさせることが相当」と述べた。福本被告の無罪主張については、福本被告の車から見つかった被害者の血痕から睡眠薬の成分が検出されたことや、福本被告が同成分の睡眠薬を所持していたことなど、さまざまな間接的事実から「被告の主張は不自然かつ不合理」として、すべての罪について犯行を認定した。
備 考
 被告側は控訴した。2008年?中に大阪高裁で被告側控訴棄却。2009年12月7日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
金相浩(48)
逮 捕
 2007年1月9日(殺人と住居侵入の容疑。韓国で身柄拘束。日韓犯罪人引き渡し条約に基づき逮捕)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人
事件概要
 韓国籍の金相浩(キムサンホ)被告は2004年4月10日から11日にかけて、東京都品川区にあるパチンコ景品交換所に侵入して金を奪うため、2階で住んでいたホテル従業員の女性(当時69)方に侵入。女性の首をストッキングで絞めて殺害した。その後、畳や床板をはがして1階に侵入しようとした。金被告は2003年4月まで、このパチンコ店の従業員だった。
 金被告は犯行後に韓国に出国。遺留品のドライバーに付着した生体資料をDNA鑑定したところ、金被告の肉親のDNA型と一致したため2006年1月19日に殺人容疑で逮捕状が請求され、国際手配された。9月下旬、韓国・京畿道で警察官の職務質問を受け、本人と判明したため身柄拘束された。ソウル高裁は、11月23日付で、日韓犯罪人引き渡し条約に基づき、身柄引き渡しを認めた。警視庁組織犯罪対策2課は2007年1月8日に捜査員を韓国に派遣。金被告は日韓犯罪人引き渡し条約に基づき、9日午前、韓国・金浦空港で警視庁の捜査員に引き渡され、羽田空港行きの航空機内で逮捕状を執行された。
裁判所
 東京地裁 高橋徹裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年10月29日 無期懲役
裁判焦点
 金被告は逮捕当初から犯行を否認。
 2007年7月31日の初公判で、金被告は罪状認否で、「殺すつもりもなかったし、殺してもいません」と述べ、起訴事実を全面的に否認した。弁護側も冒頭陳述で、「被告は、別の男と一緒に現場を訪れたが、殺人には関与していない」などと述べた。
 高橋裁判長は、「何の落ち度もない高齢女性に強い暴行を加えて絞殺した。冷酷非道で刑事責任は重大だ」と述べた。金被告は「一緒に行った男が殺害した」と否認したが、判決は「現場には金被告だけだったという目撃証言がある」として金被告の単独犯行と認定。「男の存在をうかがわせる証拠は一切ない。不合理な弁解に終始して反省が全くない」と強く非難した。
備 考
 金被告は事件の1年前、2003年4月には、窃盗事件で神奈川県警に任意同行を求められた際、交換所や女性の部屋に立てこもる事件を起こしていた。金被告は立てこもった際に交換所から約1700万円を盗んだとして窃盗などの罪で起訴され、有罪判決を受け国外退去処分となったが、日本に戻ってきていた。
 被告側は控訴した。2008年4月12日、東京高裁で被告側控訴棄却。2008年10月20日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
佐々木盛夫(53)
逮 捕
 2006年8月17日
殺害人数
 2名
罪 状
 殺人、銃刀法違反
事件概要
 広島県廿日市市の無職佐々木盛夫被告は、2006年8月16日午後9時20分頃、とび職の男性(当時41)の男性が市営住宅の自宅から出てきたところを、用意した大がま(刃渡り約49.5cm)と刺し身包丁(同約26.5cm)で襲い、男性方にいた女性(当時38)の胸を刺し身包丁で刺すなどして、2人を殺害した。事件当時、女性の子ども2人も室内にいたが、けがはなかった。
 男性が佐々木被告の名前を連呼していたことから、県警が捜査。17日未明、広島市内のスーパー駐車場で軽乗用車内にいるのを発見、同被告は睡眠薬のようなものを飲んでいたため、病院に運ばれた。
 佐々木被告と女性は以前、交際関係にあった。
裁判所
 広島地裁 奥田哲也裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年10月31日 無期懲役
裁判焦点
 2007年7月11日の初公判で、佐々木被告は起訴事実をほぼ認めたが、弁護側は事件当時は心神耗弱だったとして、減軽を求めた。検察側は冒頭陳述で、「同棲していた女性と口論が続き別居。その後、女性が男性と暮らすようになったため2人に殺意を抱き、事前に凶器を準備、犯行後は自殺するつもりで睡眠薬を多量に持っていた」などと指摘した。弁護側は「覚せい剤や睡眠薬、精神安定剤を常用しており、幻覚や幻聴などがあった。また被害者2人から金を要求されるストレスがあり、事件当時は心神耗弱状態だった」などと主張した。
 弁護側は精神鑑定を請求したが、地裁は却下した。
 8月6日の論告求刑で、検察側は「強固で確定的な殺意に基づく残虐かつ執拗で冷酷な犯行」として無期懲役を求刑した。責任能力の有無が争点となり、検察側は論告で「凶器や防御用のヘルメットなどを用意し、周到な準備をしていた」と、犯行前の合理的な行動に言及。動機については「交際していた女性と男性の親密な関係に嫉妬して殺害を決意し、自殺を図った」として、責任能力に問題はないと結論づけた。
 同日の最終弁論で、弁護側は改めて「被告は覚せい剤の使用などにより、心神耗弱状態だった」と、刑の減軽を求めた。
 判決で奥田裁判長は、「被告は、犯行当時の状況などを具体的に供述しており、意識障害は認められない」と弁護側の主張を退けた。その上で、「佐々木被告は、女性とよりを戻そうとしたがかなわず、逆に2人への憎しみを募らせ殺害するという自己中心的で短絡的な犯行」「周到に計画され、残忍かつ凶悪な犯行」「前科10犯を重ね、粗暴な犯罪傾向は相当に根深い」とした。
備 考
 控訴せず確定と思われる。

氏 名
野崎隆(42)/松本光司(59)
逮 捕
 野崎被告:2006年8月31日(別の詐欺容疑で8月10日に逮捕、起訴済。9月14日に強盗殺人容疑で再逮捕)
 松本被告:2006年8月24日(死体遺棄容疑。9月14日に強盗殺人容疑で再逮捕)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反、詐欺、死体遺棄、窃盗、有印私文書偽造、同行使、強盗
事件概要
 住所不定無職野崎隆被告と横浜市の警備員松本光司被告は共謀して、2006年4月17日午後7時半ごろ、千葉県松戸市の無職男性(当時47)宅で、男性を包丁で脅してロープで緊縛、キャッシュカード入りの財布を強奪。脅して暗証番号を聞きだし、埼玉県内の遊技場の従業員を使って金を引きだした。さらに乗用車に乗せ、18日午前4時ごろ、茨城県取手市の利根川河川敷で男性の胸を包丁で刺して殺害し、同県鉾田市内の防砂林に埋めて遺棄した。二人は19日にもキャッシュカードから現金を引きだした。2日間で計520万円にのぼる。男性から借りていた550万円の支払いを免れる目的だった。
 野崎被告はリフォーム会社を経営しており、松本被告は会社に出入りしていた。男性宅をリフォームしたことから二人は男性と顔見知りであった。
 野崎被告と松本被告は6月27日午後4時50分頃、鉾田市の郵便局でカウンターにいた男性局長(当時50)と女性局員(当時41)を包丁と火炎瓶に見せかけたペットボトルで脅し、現金約112万円を強奪。局の出入り口付近で約90万円を落とし、残りの20万円余りを奪って車で逃げた。
 野崎被告は2006年5月16日、松戸市の60代の無職女性方で、女性に実体のない会社の株券を示し「株式を上場する予定で、確実に株価が上がる」などと偽り、60株分を売りつけて現金300万円をだまし取った。同被告は茨城、千葉両県で同様の詐欺を繰り返し、10人ほどから計約2,000万円をだまし取ったとみられる。
裁判所
 千葉地裁 彦坂孝孔裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年10月31日 無期懲役
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
裁判焦点
 逮捕時、野崎被告は強盗殺人容疑を認めている。松本被告は、死体遺棄容疑は認めているが、強盗殺人と銃刀法違反容疑は否認した。
 2007年6月6日の初公判でも、野崎被告は起訴事実を大筋で認め、松本被告は「強盗はしたが殺人はしていない」と起訴事実を一部否認した。
 8月13日の論告求刑で検察側は「強固な殺意に基づく計画的かつ、冷徹残忍な犯行」「バカラ賭博などで負債を重ねた末の犯行には規範意識もなく、身勝手極まりない」と断罪した。首謀者の野崎被告に対して従属的立場とされた松本被告だったが、検察側は全責任を野崎被告に回避する発言を続けた松本被告について「野崎被告の殺害する意図や包丁を持ち出したのを認識し、犯行にも加担した」「殺害する際に口を押さえるなど、積極的に重要な役割を担っている」と指摘。さらに「犯行内容を自白した野崎被告と比べて、松本被告は全く反省しておらず、人間性のひとかけらも見て取れない」と述べた。
 9月3日の最終弁論で、弁護側は検察側が両被告に求刑した無期懲役を軽減するよう求めた。野崎被告の弁護側は、殺人以外の詐欺事件などについて「事件発覚前に詳細を告白した」とし、一部で自首が成立したと指摘。「被害者の冥福を祈るなど反省しており寛大な処分を求める」と述べた。松本被告の弁護側は茨城県鉾田市内の郵便局強盗を含め「(野崎被告に)従ったに過ぎず共謀はない」などと主張した。
 彦坂裁判長は「極めて周到な計画に基づく大胆かつ粗暴な犯行」と述べた。野崎被告側は、強盗殺人や別の郵便局強盗など起訴事実の一部で自首の成立を主張していたが、同裁判長は「自発的な申告とは認められない」と否定。松本被告側が野崎被告との共謀を否認していたことも「供述は信用できない」として退けた。
 また彦坂裁判長は「白血病だった被害者の妹は骨髄移植を受けるはずの被害者が殺害され、最善の治療を受けられずに死亡した」と指摘。「兄と妹2人を殺害されたに等しい」という遺族の心情に理解を示した。
備 考
 被害者の妹は白血病で、被害者より2005年12月に骨髄移植を受けていた。2006年春に再発し、医師は移植の効果を強めようと、ドナーだった被害者の血中のリンパ球を輸血する「ドナーリンパ球輸注」という新たな治療を計画。しかし被害者は輸血1週間前の2006年4月18日に殺害されたため、治療ができなくなった。妹は2006年10月、別のドナーから骨髄を再移植したが、元々成功率は20%と低く、2007年6月、急性骨髄性白血病で亡くなった。享年43。被害者の弟は、「被告らは兄に加え、妹を殺したも同然」と憤りを隠さず、厳刑を求めた。
 両被告は即日控訴した。野崎被告は上訴期間中に控訴取下げ、確定。松本被告は2008年7月8日、東京高裁で被告側控訴棄却。2009年6月10日、最高裁で松本被告の上告棄却、確定。

氏 名
大山徳太郎(30)
逮 捕
 2006年10月8日(虚偽告訴容疑)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、虚偽告訴
事件概要
 福岡市博多区の元古着店経営、大山徳太郎被告は2006年10月6日午後1時10分ごろ、福岡市中央区の古着店で経営者の女性(当時44)の首などを刃物で刺して殺害し、商品のバッグ2個と衣類123点(計約144万円相当)を奪った。
 大山被告は7日午後11時頃、福岡県警中央署を訪れ、「市内の古着店に女性の遺体がある。自分の知人が殺した」と届け出た。県警は8日朝、同署に捜査本部を設置し、殺人事件として捜査を始めたところ、知人は市外で勤務中というアリバイがあったことが判明。同日夜、県警は大山被告を虚偽告訴容疑で逮捕した。10月28日に、強盗殺人容疑で再逮捕した。
 大山被告は同じ中央区内で2006年7月まで古着店を経営し、女性が経営する古着店と取引があった。
裁判所
 福岡地裁 鈴木浩美裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年11月5日 無期懲役
裁判焦点
 2007年6月4日の初公判で、大山被告は「殺害したのは知人。商品は代金を支払って購入した」と起訴事実を全面的に否認し、無罪を主張した。
 冒頭陳述で検察側は「自分の古着店が売れない原因を、近所で店を構える女性に責任転嫁して立腹し、怒鳴り込んだこともあった」と指摘。「古着店閉店後は生活費に窮し、店を再開するための商品を手に入れようと考え、殺害を決意した」と動機を説明した。「(発生時刻ごろ)ナイフを持った大山被告を店の前で見た」とする住民の証言も明らかにした。また被告の主張については、「知人は当時、店から約40キロの住宅で、樹木の伐採作業をしていた」とアリバイがあることを主張。女性のセーターに着いた血痕などが、大山被告のDNA型と一致し、「大山被告の車内からは、古着などの商品がタグが外されていない状態で見つかっている」と指摘した。
 一方、大山被告の弁護人は「事件前日に、女性と商品購入の合意をしていた。当日、代金を現金で渡して商品を運び出した直後、男が店に入って女性を刺した」と反論した。
 9月6日の論告求刑で検察側は「身勝手な動機で生命・財産を奪い、第三者に責任をなすりつけた結果は重大で悪質極まりない」として無期懲役を求刑した。大山被告の無罪主張について、検察側は「自身が古着店を開店するため、女性を殺害して商品を奪う動機があった。目撃証言など証拠も十分で、被告人の弁解は信用しがたい」と指摘した。
 9月20日の最終弁論で、弁護人は「被告に女性を殺害する動機はなく、商品は購入したもの」と指摘。「被告には、強盗殺人を犯してまで商品を確保する緊急性や必要性はなく、事件後に商品を隠さなかったのも適法に購入した証拠」と述べた。大山被告は、犯人は知人男性であると改めて訴えた。
 鈴木浩美裁判長は「身勝手な動機に酌量すべき点は全くなく、真摯な反省も見られない。知人が犯人だと虚偽告訴し、卑劣」と述べた。
 大山被告の無罪主張について鈴木裁判長は、事件が発生した時間帯に大山被告とみられる男が現場近くで刃物を持っていたとの近所の住民の目撃証言は信用できると認定。犯人だとして同被告が届け出た知人には、別の民家にいたアリバイがある、大山被告方のブーツから被害者の血液が検出されたことを指摘。さらに大山被告の経済状況は逼迫しており、代金を払うのは難しい状況だったとして、被告側主張を退けた。
備 考
 被告側は控訴した。2008年3月28日、福岡高裁で被告側控訴棄却。2008年11月11日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
佐々木恒(39)
逮 捕
 2007年5月14日(殺人容疑)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人他
事件概要
 住所不定、無職の佐々木恒(ひさし)被告は滞納していた携帯電話の料金1万5千円を支払うため、元交際相手である神戸市のエステ店店長の女性(当時45)から5千円を借りてパチンコで増やすことを計画。2007年4月27日午後8時半ごろ、女性のエステ店を訪れ、借金を申し込んだが、断られたため首を絞めて殺害し、現金900円が入った財布やデジタルカメラなど42点(約2万8千円相当)を奪った。
 佐々木被告は、女性から100万円近くの借金があった。
裁判所
 神戸地裁 佐野哲生裁判長(野の字は、堅の臣を田に)
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年11月6日 無期懲役
裁判焦点
 2007年9月10日の初公判で、佐々木被告は起訴事実を認めた。
 10月2日の論告求刑で検察側は「金銭欲実現のためには、かけがえのない他人の生命を奪ってもかまわないという冷酷非道な動機に酌量の余地はなく、生涯をかけて罪を償う必要がある」「まひした金銭感覚や生活態度から、凶悪事件を再び起こす恐れが極めて強い」とした。論告に先立ち、女性の母らが意見陳述し、「エステ店を開く夢を実現したのに殺され、かわいそうでなりません。佐々木被告には死を持って償ってほしい」などと述べた。
 佐野裁判長は「わずかな携帯電話料金を工面するためという短絡的な動機に酌量の余地はなく、積極的な殺意があった」「人間としての憐憫の情を感じさせない冷酷、残忍な犯行」「開業の夢を実現させた店で、無残に殺害された被害者の無念さは察するに余りある」と述べた。
備 考
 控訴せず確定と思われる。

氏 名
竹崎幸博(53)
逮 捕
 2007年3月26日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人
事件概要
 熊本市のリース会社パート従業員竹崎幸博被告は2007年3月23日午後6時15分頃、同市のリース会社事務所で経営者の女性(当時59歳)の首をナイロンロープで絞めて殺害、現金約148万円などが入ったショルダーバッグを奪った。竹崎被告は同社に20年ほど勤めていた。
裁判所
 熊本地裁 野島秀夫裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年11月8日 無期懲役
裁判焦点
 9月10日の初公判で、竹崎被告は起訴事実を認めている。
 検察側は冒頭陳述で「サラ金などへの借金で高校生の長男の学費が滞り、金に困っていた。被害者に借金を申し込んで、断られたら殺害して金を奪おうと考えた」と指摘した。
 2007年9月20日の論告で検察側は「金銭欲から恩人である被害者を計画的に殺害した。身勝手極まりない犯行で酌量の余地はない」として述べた。
 論告前には女性の姉が出廷し「被告を殺したい。『(妹を)返せ、返せ』と叫びたい心境です」などと意見陳述した。
 弁護側は「消費者金融に多額の借金があり、高校生の長男の学費が滞っていた。女性に借金を申し込んだが、邪険に扱われたことが事件の背景」などと主張した。
 野島秀夫裁判長は「計画性が高く強固な殺意があった。長年被告を雇い、援助してきた被害者の無念は計り知れない」と断じた。量刑理由で野島裁判長は「犯行前に二日間、ロープを準備して被害者宅で待ち伏せするなど、犯行態様は残忍で悪質。被害者の恐怖や無念さは計り知れず、遺族が厳罰を望むのも当然」とした。被告が借金を抱え、生活苦にあった点は「自らの娯楽に相当額を消費している上、周囲に相談していない」と指摘。「罪を認め、後悔している点などを最大限考慮しても、減軽するまでの事情があるとはいえない」と述べた。
備 考
 被告側は控訴した。2008年3月27日、福岡高裁で被告側控訴棄却。2008年6月30日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
田中光雄(63)
逮 捕
 2007年3月27日(殺人容疑)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、銃刀法違反、窃盗他
事件概要
 無職田中光雄被告は2007年3月9日午前10時10分ごろ、強盗目的で静岡市の質店に押し入り、店主の男性(当時68)の腹や胸を持っていたレジャーナイフで何度も突き刺して失血死させたが、現金を見つけられず、何も取らずに逃走。殺害直前には逃走用のため、近くのパチンコ店駐輪場に止めてあった自転車(約5,000円相当)を盗んだ。
 田中被告は2006年末に退職後、食事に困っていた。3月上旬から路上生活を始めていた。
裁判所
 静岡地裁 長谷川憲一裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年11月14日 無期懲役
裁判焦点
 2007年10月3日の初公判で、田中被告は起訴事実を認めた。弁護側は、「被害者に抵抗されたため、殺害直前に殺意を持って刺した」と、殺意を抱いた時期などについて争う姿勢を示した。
 10月10日の論告求刑で検察側は「被害者には全く落ち度がなく、動機は路上生活から抜け出して楽な生活をしたいという身勝手なもの。犯行は計画的で確定的殺意を持って殺害した」と指摘した。被告がいつ、どのような内容の殺意を持ったかについて、「自筆の上申書の中で犯行前日に野宿した際、『もし主人があばれたりすればナイフで最悪殺して金をとろうときめました』と記載している」と指摘。犯行時に確定的殺意があったとした。そして、「遺族は重い処罰を望んでおり、実父母が不明で養父に暴力をふるわれ育ったという被告の不幸な生い立ちを考慮しても、無期懲役が適切」と述べた。
 弁護側は最終弁論で「被告は犯行時、店主がよもや反抗してくるとは思っていなかった」と述べ、ナイフを所持していたのはあくまで店主を脅すためだったと主張。「被告が殺意を抱いたのは被害者に抵抗されてもみ合うなどした後だった」と計画性を否定。さらに「背景には被告の生い立ちなどもある」などと刑の減軽を求めた。
 田中被告は、公判の最後で「自分の身勝手で、申し訳ない。男性には、心からご冥福を祈りたい」と頭を下げた。
 長谷川裁判長は「野宿生活に耐えられなくなっての短絡的、身勝手極まりない犯行で、周到に準備されている。被害者を手加減なく刺しており、様態も冷酷かつ執拗」と述べ、求刑通り無期懲役を言い渡した。
 判決で長谷川裁判長は動機について、「新幹線のグリーン車を利用しての観光やパチンコなどで退職金65万円を無計画に浪費し、余儀なくされた野宿生活から抜け出すため、強盗して大金を得ようとした」と言及。
 被告の男が殺意を持った時期については、(1)12ヶ所の大きな刺し傷のうち、胸など5カ所で凶器に使われたレジャーナイフの刃体の長さ(約9.5センチ)を上回る10センチの深さがあり、力いっぱい突き刺した形跡がうかがえる(2)「抵抗されれば殺して金を取ろう」などと記した上申書の内容は自然で信用性が高い―などの理由から、強盗を計画した犯行前日の時点で「条件付き確定的殺意」が認められるとし、「店主ともみ合っている中で殺意が生じた」とする弁護側の主張を退けた。
 情状面で弁護側が酌量を求めていた被告の生い立ちなども、判決は「反省の情や強盗は未遂だったこと、年齢や生い立ちを最大限考慮しても情状酌量の余地はない」とした。
備 考
 被告は控訴しない意向。

氏 名
坂元誠司(62)
逮 捕
 2007年3月24日(殺人未遂容疑。9月14日に強盗殺人容疑で再逮捕)
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、殺人未遂、現住建造物等放火
事件概要
 神奈川県横須賀市の元県警警部補坂元誠司被告は、2007年3月23日午後1時15分頃、三浦市に住む義母(当時81)宅で、義母の身体にスプレー型のプラスチック容器に入れた灯油を吹きかけ、ライターで火を付けて焼死させた。義母の悲鳴を聞いて駆けつけた隣に住む義妹(当時52)にも灯油をかけ、ライターで火をつけ、石で頭を殴ったうえ、もう一度灯油をかけて火を放ち、重傷を負わせた。火を付けられた義妹は助けを求めて近所の主婦宅に駆け込み、助かった。さらに坂元被告は、木造2階建て約110平方メートルの義母宅を全焼させた。
 坂元被告は、被害者の長女の夫。義母が自分の土地と建物を長女に相続させず、次女名義に変更していたことを不満に思っていた。また坂元被告は妻が体調不良になったのは、義母の愚痴が原因と恨みを持っていた。
裁判所
 横浜地裁 鈴木秀行裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年11月26日 無期懲役
裁判焦点
 2007年8月1日の初公判で坂元被告は、殺害について「間違いありません」と起訴事実を認めたが、「(家を)燃やすつもりはなかった」と放火について無罪を主張した。
 10月17日の論告求刑で検察側は論告で「屋内にはカーペットなど燃えやすい物が多数あり(放火に)未必的故意があったのは明らか」と強調。「妻の体調不良を義母のせいと思いこみ、犯行を見られた義妹まで口封じしようとした。生きたまま焼き殺す方法は残虐」と指摘した。
 最終弁論で弁護側は事実関係を認めた上で「放火の故意がない」として放火罪について無罪を主張した。
 判決理由で鈴木秀行裁判長は「犯行の結果は重大で深刻。被害感情も強い」と指摘。「被告は妻の体調不良が義母のせいだと考え、被告自身も義母に陰口を言われたことを知って怒りを募らせ殺害を決意した。犯行を目撃した義妹も口封じのために殺害することを決めた」と述べた。
備 考
 2007年12月6日午前7時頃、坂元被告の妻(58)が住む神奈川県横須賀市の自宅の居間兼寝室約4平方メートルが燃えた。布団の上で、女性の遺体が見つかった。焼身自殺と見られる。
 被告側は控訴した。2008年3月14日、東京高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
中井嘉代子(66)
逮 捕
 2006年2月9日
殺害人数
 4名
罪 状
 殺人、殺人未遂、現住建造物等放火、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反
事件概要
 神戸市のテレホンクラブ「コールズ」を経営していた中井嘉代子被告は1999年12月ごろ、神戸市内で経営するテレホンクラブの営業をめぐり、ライバル関係にあったテレホンクラブ「リンリンハウス」の営業を妨害しようと、広島市の覚せい剤密売グループ会長坂本明浩被告に1,000万円で犯行を依頼した。
 坂本被告は、依頼を承諾し、重機オペレータ佐野和幸受刑者と無職亀野晋也受刑者、暴力団員H容疑者に犯行を指示。3人は2000年3月2日午前5時5分頃、盗んだナンバープレートを付けた乗用車で神戸駅前店に乗りつけ、一升瓶で作った火炎瓶1本を店内に投げ込んで同店の一部を焼き、店員1人に軽傷を負わせた。10分後には東約1キロの元町店に2本を投げ込んでビル2、3階部分計約100平方メートルの同店を全焼させ、男性客4人を一酸化炭素中毒で殺し、店員ら3人に重軽傷を負わせた。
 中井被告は坂本明浩被告の求めに応じ、犯行後、報酬や逃走資金などとして計約1億100万円を渡した。
裁判所
 神戸地裁 岡田信裁判長
求 刑
 死刑
判 決
 2007年11月28日 無期懲役
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
裁判焦点
 中井被告は、逮捕当初から「営業妨害を依頼した事実も、放火事件への関与もまったくない」と全面否認している。
 2006年11月30日の神戸地裁におけるN被告への判決の中で、岡田信裁判長は中井嘉代子被告について殺意を否定した。
 12月21日の初公判で、中井被告は、罪状認否で「犯行を依頼し、金を渡した事実はない。共謀もしておらず、なぜ逮捕されたのか」と無罪を主張した。
 検察側は冒頭陳述で、「同被告はリンリンハウスの進出で、自分の店の売り上げが減ったことに腹を立て、会社役員に営業妨害を依頼。電話交換機を壊す方法などを提案した」と指摘。「火炎瓶を投げ込めば、店内の客らが死傷する事態を認識していた」とした。
 一方で弁護側は「同被告の店の売り上げが落ちた事実はない。脱税で大阪国税局の調査を受けた被告が、金をかけて営業妨害を依頼するとは考えられない」と主張。さらに「この事件は、坂本被告らが中井被告の多額の資産を狙って仕組んだこと」とした。
 2007年8月2日の論告求刑で、検察側は「リンリンハウスの営業を妨害したい被告と、多額の報酬を期待した共犯者の間で合意があった」として、殺人などの共謀共同正犯が成立すると指摘。顧客を奪ったリンリンハウスに対する激しい憎悪が動機で、人が死んでもやむを得ないと考えていたとし、殺意については「客らが死亡する危険を認識しながら、犯罪を達成するためにはやむを得ないと考えていた。積極的ではないが、未必の殺意は認められる」と指摘した。そして「首謀者として、計画的に行った無差別放火殺人というほかなく、落ち度のない一般人を巻き込んだ責任は極めて重い」として、死刑を求刑した。中井被告は「実行グループのリーダーが私から金を引き出せると思って勝手にやった」と無罪を主張していたが、検察側は論告で「被告人は報酬として金を渡しており、その主張は不自然かつ不合理」と指摘した。
 8月8日の最終弁論で、弁護側は「犯行方法について謀議したという証拠がなく、共謀共同正犯は成立しない」と述べ、無罪を主張した。検察側の主張に対しては、「謀議を認めているのはN被告だけ。裏付けがなく信用性がない」などとして、謀議自体がなかったと反論した。また中井被告の犯行動機についても「リンリンハウスの影響で、被告のテレクラ店の売り上げが激減したとはいえず、営業妨害を依頼するなどありえない」とした。中井被告は最終意見陳述で「営業妨害の依頼は一切していない。私は無実です」と述べた。
 判決で岡田裁判長は、中井被告が実行グループのリーダーに犯行を依頼したとする下見役とされた中根一弘被告の供述について、「謀議の内容などは具体的で臨場感にあふれ、信用できる」と指摘し、中井被告の共謀共同正犯の成立を認定。さらに「中井被告は以前同じ場所でテレクラを経営しており、火炎瓶を投げ入れれば、店の構造上、出入り口付近が火の海になり、客らが脱出できずに死者が出ることを容易に想像できた」と未必の殺意を認めた。そして「商売敵の営業を妨害するという目的のためには手段を選ばない凶悪な犯行で、首謀者の一人として責任は極めて重大」と断じた。死刑を回避した理由について、岡田裁判長は「死者が出ることは本意ではなく、殺意の程度は低く、生涯罪を償わせるのが相当」などと述べた。
備 考
 佐野和幸受刑者(求刑死刑)と亀野晋也受刑者(求刑無期懲役)は2003年11月27日、神戸地裁で一審無期懲役判決。2005年7月4日、大阪高裁で検察・被告側控訴棄却(検察控訴は佐野受刑囚に対して)。2006年11月14日、最高裁で被告側上告棄却、確定。
 H容疑者は指名手配中。
 坂本明浩被告は公判中。
 下見に同行したり、佐野和幸受刑者がやけどを負った際、広島市内の病院に入院するのを手助けしたりするなどした神戸市の元土木資材販売業N被告は、殺人容疑で起訴された。2006年11月30日、神戸地裁にて岡田信裁判長は「N被告が客らの死亡を予測していたとするには、疑いが残る」と殺意を否定。また共犯者との共謀についても「犯行を側面から支える補助的なもの」として、傷害致死ほう助などの罪で、懲役9年(求刑懲役15年)を言い渡した。岡田裁判長は「犯行が、店舗全体を使用不可能にするとか人的損害の発生を目的にしておらず、被告は死者が出ることまで思い至らなかった」とし、「共犯者の仲立ちをするメッセンジャー的存在にすぎない」とした。また岡田裁判長は判決の中で中井嘉代子被告についても、殺意を否定した。検察・被告側双方控訴。2007年10月18日、大阪高裁で古川博裁判長は一審判決を破棄、殺人のほう助罪などを適用したものの「重要な役割を果たしたとは言えない」と懲役6年に減軽した。被告側上告中。
 坂本被告、N被告と一緒に殺人容疑で逮捕された無職男性は、関与の度合いが低かったとされ、起訴猶予となっている。
 検察・被告側は控訴した。2009年3月3日、大阪高裁で検察・被告側控訴棄却。2010年8月25日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
渡辺高裕(28)
逮 捕
 2004年7月1日(出頭 死体遺棄容疑)
殺害人数
 1名
罪 状
 わいせつ略取、逮捕監禁、強姦、殺人、死体遺棄、窃盗
事件概要
 無職渡辺高裕被告は2004年6月28日午後11時半頃、山梨県富士河口湖町の県道で、台湾から観光旅行中の女子大生(当時21)をわいせつ目的で無理やり車に乗せ、ナイフで脅した後紐で両手両足を縛り、後部座席に押し込んだ後、山梨県や静岡県など10数時間連れ回し、29日午後3時20分ごろ、富士吉田市内で首を絞めて殺害した。付近の側溝へ死体を遺棄した。
 女性は観光ツアーで一緒に来日していた兄に「電話を掛けてくる」と言い残し、1人で同町船津のホテルを外出。ホテルから約500メートルのコンビニエンスストアに立ち寄った後、行方不明になっていた。
 遺体は7月1日に発見された。県警は目撃情報から渡辺被告を割り出し行方を追っていたが、1日午後「大変なことをした」と東京都内の交番に出頭した。
裁判所
 東京高裁 安広文夫裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年11月29日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 2007年10月23日の控訴審初公判で、弁護側は、六つの罪のうち、わいせつ目的略取や逮捕監禁、強姦について無罪を訴え、「有期刑が相当」と記載した控訴趣意書を提出。検察側は「控訴は理由がなく、棄却されるべき」と反論した。
 渡辺被告は、一審・甲府地裁で、「声をかけたら、女性が車に乗ってきた。乱暴したわけではない」と供述していたが、認められなかった。この日の公判でも、弁護人からの被告人質問に対し「(殺害したことについては)生涯をかけて償っていきたいが、やっていないことはやっていない」と改めて主張した。
 安広裁判長は判決理由で「残忍な犯行で、何の落ち度もない外国人女性が、異国の地で命を奪われた無念さは察するに余りある」と述べた。
 弁護側の一部無罪主張について、安広裁判長は「不合理で信用できない。捜査段階で事実関係を認めた供述の方が具体的で迫真性がある」と退けた。
備 考
 女性の両親は、渡辺被告を相手取り慰謝料など約1億5100万円を求める民事訴訟を甲府地裁に提訴。渡辺被告側は殺人と死体遺棄を認めたが、監禁など一部の行為を否認。賠償金額も争った。2008年2月5日、甲府地裁(太田武聖裁判長)は約8600万円の支払いを命じる判決を言い渡した。
 2007年4月26日、甲府地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2008年10月21日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
佐久間則子(50)/関和幸(43)
逮 捕
 2006年11月9日(窃盗容疑。12月7日、強盗殺人容疑で再逮捕)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗致死、詐欺、強盗他
事件概要
 住所不定無職佐久間則子被告と、交際相手で無職関和幸被告は、2006年10月28日0時頃、日立市に住む佐久間被告の母親宅に侵入。布団で横になっていた母親の頭を陶器製の貯金箱で殴り、両手足をひもで縛ったうえ、頭や背中に暴行を加え、母親の貯金通帳や現金7,000円入りの財布などを奪って逃走した。女性は頭蓋内損傷で死亡した。2被告は10月30日、埼玉県内の郵便局で母親の通帳から22万7,000円を引き出した。
 遺体は11月5日に発見された。
 他にも2被告は、2006年10月23日深夜、松本市井川城の駐車場で、女性(当時20)に声を掛け、女性の腹部をなぐるなどし、バッグ(現金1万2,500円など在中)を奪った。
裁判所
 水戸地裁 河村潤治裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年12月3日 無期懲役
裁判焦点
 逮捕時、2被告は殺意について否認している。
 2007年9月3日の初公判で、佐久間則子被告は起訴事実を認めた。関和幸被告も大筋で認めた。則子被告の弁護側は「統合失調症の治療中断中の事件で、心神喪失か心神耗弱状態だった」として精神鑑定を求めた。
 9月10日の第2回公判で、河村裁判長は、長女の弁護側が申請していた長女の精神鑑定を却下した。
 12月1日の論告で、検察側は暴行されぐったりした女性を放置すれば死亡するのを予見できたのに逃げた点を「強盗殺人に限りなく近い」と指弾した。そして「養育してくれた恩をあだで返す、人倫にもとる許し難い犯行」と述べた。
 則子被告の弁護側は精神疾患の影響を主張。「関被告に見捨てられまいと病的な努力をし、犯行は従属的だった」。関被告の弁護側は「交際後、精神的不安定さが相互にエスカレートした」と情状酌量を求めた。
 判決で川村裁判長は、「娘を心配する被害者の心情を利用して、被害者から多額の援助を受けて1年以上も遊びほうける生活を続けていながら、所持金がなくなると被害者を強盗の標的に定めた」「人間性を失った冷酷な犯行」と断じた。
 判決理由で河村裁判長は、両被告の犯行態様について「被害者に暴行を執拗に加え、押し入れに押し込んで逃走するなどの残酷な犯行は同種事案でも際だっている」と厳しく非難した。
 また、佐久間被告について「犯行は関被告に持ちかけられた。刑事責任は関被告より軽いことは否定できない」としながらも、「果たした役割は関被告に勝るとも劣らない」と非難。「それほど大きな違いはなく、酌量減軽すべきほどの事情は認められない」とした。則子被告の弁護側は「統合失調症などで心神喪失または耗弱の状態だった」と主張したが、判決は完全責任能力を認めた。
備 考
 控訴せず確定と思われる。

氏 名
小村美奈子(49)
逮 捕
 2004年4月26日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、死体遺棄、業務上横領、現住建造物等放火、現住建造物等放火未遂他
事件概要
 神奈川県三浦市の機械部品製造会社に勤めていた小村被告は、2000年から2004年3月まで約1,515万円を横領していたが、2004年3月に会社をリストラされた。小村被告は解雇を不満とし、事務所に押し掛けるなどのトラブルを起こした。横領発覚を恐れた小村被告は、4月5日と9日に横須賀市にある同社久里浜工場を放火し、11日と17日には会社社長の住む三浦市の自宅周辺で放火未遂事件を起こした。
 小村被告は4月19日午後5時ごろ、三浦市三崎の同社工場の事務室で、会社社長(当時80)の頭部などを社内に置いてあった鉄板で複数回殴ったうえ、両手で首を絞めて窒息死させた。さらに遺体を乗用車後部座席に積み込んで松田町まで運び、午後9時45分ごろ、がけ下に捨てた。
 小村被告は横領した金を元に、ペットショップを経営していた。
裁判所
 最高裁第一小法廷 泉徳治裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年12月3日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 一・二審同様無罪を訴えたか?
備 考
 2006年3月13日、横浜地裁横須賀支部で求刑通り一審無期懲役判決。2006年10月31日、東京高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
岩下由美子(48)
逮 捕
 2006年5月28日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、強盗、建造物侵入
事件概要
 大分市の元ビジネスホテルパート従業員、岩下由美子被告は2006年5月5日午前3時ごろ、以前勤めていたホテルに金欲しさから侵入。1階の食堂を物色中、朝食準備のために出勤してきた元同僚でパート従業員の女性(当時65)に見られたため、女性の頭をビアだるで殴るなどして殺害後、現金約76,800円と、女性の手提げバックを持って逃げた。
裁判所
 最高裁第三小法廷 堀籠幸男裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年12月4日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 上告理由は不明。
備 考
 2007年1月18日、大分地裁で一審無期懲役判決。2007年7月24日、福岡高裁で被告側控訴棄却。

 服役中の2011年11月16日、9年前の強盗傷害事件の容疑で時効1か月半前に逮捕された。2002年1月2日午前7時10分頃、大分市のホテルで、フロント係の女性(当時55)を部屋に呼び出し、ハンマーで頭や左腕を10回以上殴って全治1か月のけがをさせた上、ホテルの事務室から売上金を奪おうとしたが、ほかの従業員に気付かれて逃走。ホテルの休憩料金など4670円を支払わなかった。警察によると、現場の部屋に残された遺留品のDNA型が岩下容疑者のDNA型と一致し逮捕につながった。
 11月17日午前4時10分ごろ、岩下容疑者は大分中央警察署の留置場内で、持っていたジャージと髪を結ぶゴムを使って自殺を図った。巡回中の警察官が発見し、岩下容疑者は病院で手当を受け命に別状はなかった。
 大分地検は12月7日、強盗致傷罪で大分地裁に起訴した。裁判員裁判で審理される。2012年5月11日、大分地裁は岩下由美子被告に懲役7年(求刑懲役8年)を言い渡した。真鍋秀永裁判長は「頭部を何度も激しく殴りつけ執拗」と指摘した。

氏 名
杉山武樹(45)
逮 捕
 2007年4月25日(窃盗容疑。5月15日、死体遺棄容疑で再逮捕。5月25日、強盗殺人容疑で再逮捕)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、死体遺棄、窃盗他
事件概要
 葛飾区の解体工、杉山武樹被告は埼玉県三郷市のくい打ち工、F被告と共謀。2007年2月12日夜、杉山被告に借金返済を迫っていた東京都葛飾区の男性会社員(当時37)を、両被告が勤めていた三郷市の土木会社の寮で頭をバールで殴り、背中を包丁で刺して殺害。現金約20万円とキャッシュカード入りの財布を奪った。同日夜、男性の遺体を同被告の乗用車に乗せて運び筑波山中に遺棄した。
 F被告は分け前として11万円を受け取り、福井県の家族への仕送りなどにあてた。
 杉山被告は3月12日午後8時ごろ、都内の銀行が発行した男性名義のキャッシュカードを使い、埼玉県三郷市内にあるコンビニエンスストアの現金自動預け払い機(ATM)から現金十数万円を引き出した。
 男性の遺体は4月7日、筑波山中を通る県道下の斜面で発見された。ピンク色の毛布の上から灰色のカーペットで包まれ、荷造り用のひもで縛られていた。
裁判所
 水戸地裁 河村潤治裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年12月6日 無期懲役
裁判焦点
 2007年11月5日の初公判で、杉山被告は「金品の強取は企てていない」と起訴事実を一部否認し、現金を奪う意思がなかったと主張した。弁護側は「遺体の身元が判明するのを恐れて、身分証明書をとるつもりで財布を奪ったら、現金が入っていた」と主張した。
 11月12日の論告で検察側は杉山被告を殺害の実行犯とし、「現金目的の犯行は、共犯者のF(被告)の供述で明らか」とした上で、犯行後、杉山被告が被害者のカードを使い現金を引き出そうとするなど金銭に執着していたことを指摘した。そして「利欲的かつ計画的な犯行で、遺族の処罰感情も強い」などと断じた。
 同日の最終弁論で、杉山被告は「脅されてやってしまった。金が欲しくてやったわけではない」と主張。弁護側は「共犯者の証言は信用性が乏しい」などとしてあらためて現金奪取目的での犯行を否定した。そして「自身と家族に危害が加えられることを恐れた」と述べた。
 河村裁判長は杉山被告が無計画に借金を重ねて男性殺害を計画し、実行行為をすべて担当したことを指摘。「被害者からの借入金の返済を逃れ、所持する金品を奪うための利欲的、自己中心的で生命の尊さを軽視した犯行」「生命の尊さをあまりにも軽視した犯行で、酌むべき点は乏しい」と述べた。殺害時、杉山被告が金品を奪う目的があったかどうかの争点について、河村裁判長は、被害者が常時所持している7,80万円の現金を奪って折半する計画を、殺害前日に杉山被告から持ち掛けられたとするF被告の証言から、金品を奪う目的があったと認定した。また、「高利貸をしていた被害者の脅迫的な取り立てが(犯行の)引き金であることは否定できない」としながらも、「殺人を正当化する事情にはなりえない」と非難した。
備 考
 F被告は2007年11月1日、水戸地裁で求刑無期懲役に対し一審懲役25年判決。検察側控訴中。
 被告側は控訴した。2008年3月4日、東京高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
塩川高範(38)
逮 捕
 2006年1月25日(強姦容疑)
殺害人数
 0名
罪 状
 強姦致傷、強姦、住居侵入他
事件概要
 愛知県の住宅設備業塩川高範被告は2001年12月~2005年12月、女性を暴行する目的で名古屋市内や東海市内などを乗用車で走り回った。気に入った女性を見つけると、あとをつけ、無施錠の玄関から部屋や会社に侵入したり、エレベーターに一緒に乗り込んだり、神社の境内などに連れ込んだ。さらに、女性にカッターナイフを突き付けて脅す手口で、15~38歳の計16人の女性に暴行を加えた。
裁判所
 名古屋地裁 伊藤新一郎裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年12月10日 無期懲役
裁判焦点
 逮捕当初、被告は一部事件については否認している。
 10月11日の論告で検察側は「カッターナイフやひもを事前に用意するなど計画的で悪質な犯行」と述べた。
 判決理由で伊藤裁判長は「自己の性欲を満たすためだけの動機に酌量の余地はみじんもない」と厳しく非難。「強い常習性があり再犯の可能性も高い。取り返しのつかない精神的被害を受け、人生を狂わされた人もいる」と指摘した。
備 考
 伊藤新一郎裁判長は判決理由を述べた後の説諭で「社会復帰後は二度とこのようなことをしないように。家族も待っているんだから」と語りかけた。傍聴していた女性は「強い常習性、再犯の可能性を認めておきながら、社会復帰について話すのは違和感があった」と話した。
 被告側は控訴した。2008年2月12日、本人控訴取下げ、確定。

氏 名
藤田博美(44)
逮 捕
 2006年1月7日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、詐欺未遂
事件概要
 北九州市戸畑区に住む無職藤田博美被告は遊び仲間である建設業M被告、保険代理業N被告と共謀し、郵便局員の夫(当時43)の生命保険金計約7,500万円をだまし取ろうと計画。2005年10月12日夕方から夜にかけて、北九州市小倉北区で夫に睡眠導入剤を混ぜた炭酸飲料水や酒を飲ませ、午後10時ごろ、乗用車の助手席に夫を乗せて運転。小倉港の岸壁からわざと車を転落させ、夫を水死させた。博美被告は転落後に自力で車から脱出し、通りがかった人に救助された。博美被告は日本郵政公社などに夫の保険金計2,500万円の支払いを請求したが、事件が発覚して未遂に終わった。
 博美被告はパチンコなどギャンブル好きで、ブランド品を買い集めたり、ホストクラブにも頻繁に通っていた。2003年10月の結婚後まもなく、夫の口座から勝手に現金を引き出し始め、周囲からも借金を重ねて返済額は計数100万円にのぼった。
 その後、夫から貯金約1,000万円の使い込みをとがめられ、借金の返済も迫られるようになり、ホステス時代の客であるN被告と、マージャン仲間の建設業、M被告に夫の殺害などを相談していた。
 殺害の11日前に夫は、N被告の代理店を通じて、博美被告を受取人として、事故や災害死亡特約で約5,000万円支払われる生命保険に加入していた。
裁判所
 最高裁第二小法廷 中川了滋裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年12月11日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 量刑不当を訴えたか。
備 考
 M被告は求刑懲役15年に対し、「殺人の実行行為への関与は薄く、殺人罪のほう助にあたる」として懲役5年が言い渡された。M被告は無実を主張し控訴した。
 N被告は無実を訴えたが、2007年10月10日、福岡地裁小倉支部で一審無期懲役判決、控訴中。
 2007年3月19日、福岡地裁小倉支部で一審無期懲役判決。2007年8月31日、福岡高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
山岡千里(50)
逮 捕
 2007年3月24日(詐欺罪で逮捕、公判中)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、詐欺他
事件概要
 女性従業員の山岡千里被告は2007年1月26日午前9時ごろ、広島県東広島市の鉄工所で経営者の男性(当時73)の頭を重さ約5キロのハンマーで2回強打して脳挫傷で死亡させ、男性の通帳と印鑑を奪った。その後、市内の信用金庫で、男性の通帳と印鑑を使って90万円を引き出した。その後10時頃に、「(男性が)血を流して倒れている」と、近くの会社に駆け込み、119番を要請した。
 さらに山岡被告は3日後の1月20日にも500万円を引き出したが、同日、詐欺容疑で逮捕された。3月22日の初公判で、山岡被告は奪った金のうち、400万円を自分の口座に入れ、40万円を孫の入学祝いや犬の購入に充てていたことを明らかにした。
 山岡被告は2006年6月ごろから同鉄工所に勤務していたが、2007年に入ってからほとんど出勤していなかった。
裁判所
 広島地裁 奥田哲也裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年12月12日 無期懲役
裁判焦点
 2007年10月3日の初公判で、山岡被告は「計画性はなく、金品目的で殺害したのでもない」と起訴事実の一部を否認した。冒頭陳述で検察側は「被告は生活費に困窮し、通帳を入手して預金を引き出したいと考え、被害者を殺害するほかないと考えるようになった」と計画性を指弾。弁護側は犯行は突発的で、殺害後に窃盗の犯意が生まれたとし、殺人罪と窃盗罪を主張した。被告人質問では、山岡被告は弁護側からの質問に対し、「『役に立たない』などとなじられ人格を否定され、怒り、悲しみがこみ上げてきた」と、衝動的犯行だったことを強調した。
 既に詐欺容疑で公判が開かれていたが、この日の審理で併合された。
 10月22日の論告で検察側は「犯行は利己的で身勝手極まりなく、極悪非道」と述べた。弁護側の計画性否定の主張に対し、殴打後、約1時間で口座から現金を引き出し、第1発見者のふりをしたことを挙げて「行動に何の迷いもない。計画していたことは明白」と厳しく指弾した。
 最終弁論で弁護側は、「『殺してやる』というような死を意図したものではない」「通帳、印鑑を盗もうと思ったのは、殺害行為の後」などと述べた。そして強盗殺人ではなく、殺人と窃盗が相当すると主張した。
 判決理由で奥田裁判長は「極めて破壊力の強いハンマーで強打しており残忍かつ凶悪。欠勤を繰り返していた被告に温かく接した被害者に、恩をあだで返す行いは身勝手であさましい」と述べた。弁護側は計画性と強盗目的を否認していたが、奥田裁判長は「遅くても被害者を強打した時点で、殺害だけでなく通帳や印鑑を奪う意図を抱いていた」と指摘した。
備 考
 控訴せず確定と思われる。

氏 名
橋本佐内(76)
逮 捕
 2007年5月22日(3月25日の傷害事件で逮捕、起訴済)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、傷害、恐喝未遂
事件概要
 無職、橋本佐内被告は2007年3月14日に自動車窃盗などの罪で執行猶予付きの判決を受けて釈放後、市内の簡易宿泊施設に寝泊まりして、パチンコなどで浪費を続けていた。橋本被告は2007年3月24日午後2時50分ごろ、浜松に住む知人女性(当時88)宅を訪ね、10万円の借金を申し込んだ。しかし、女性に断られたため、女性の後ろから両手で首を絞め、あおむけに押し倒した後も約10分にわたって絞め続けて殺害した上、ショルダーバッグなど2点が入った耐火金庫1個(6,000円相当)を盗んだ。遺体は「誰か来たらまずい」と玄関から見えない奥の部屋に移動させた。タクシーに乗せて鍵専門店に行き、金庫の鍵を開けたが、中に現金は入っていなかった。
 橋本被告は約5年前に転居するまで女性宅近くに居住し、女性とは家族ぐるみで付き合う仲だった。転居後も女性の内縁の夫の葬式に出るなど交流があった。橋本被告は約2年前、年金を頼りに市内の養護老人施設に入居したが、2007年1月に退去。その後は市内の簡易宿泊施設を転々としていた。
 橋本被告は25日午後2時40分ごろ、同市の金融機関のATMコーナー付近で、同市の派遣社員の女性に小刀を突き付けて脅した上、女性の顔面を傘で殴って顔に10日間のけがを負わせた。
裁判所
 静岡地裁浜松支部 北村和裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年12月25日 無期懲役
裁判焦点
 2007年11月13日、初公判の罪状認否で被告は起訴事実を全面的に認めた。
 同日の論告で検察側は、被告が事件の10日前、窃盗罪の裁判で執行猶予付きの判決を受けて釈放され、以後、簡易宿泊施設で寝泊まりしていた経緯を明らかにし、「金を手に入れ、自堕落な生活を続けたい一心で、顔見知りだった被害者を狙った」と動機を説明。「ちゅうちょなく首を約10分間絞め続けて殺害し、犯行翌日にも金目的で再び別の女性を襲うなど身勝手極まりない」と指摘した。
 被告人質問で被告は、犯行時の状況について「10万―20万円くらいは欲しかった。(女性を)殺すことに迷う気持ちはなかった」「申し訳ないことをしたと思う。(厳刑も)やむを得ない」と淡々と述べ、検察側や裁判官が「本当に反省や後悔しているか」「なぜ謝罪しないのか」と何度も問う場面もあった。弁護側は最終弁論で、酌量減軽による有期懲役を求めた。
 北村裁判長は「パチンコに興じ、酒を飲む生活を一日でも長く続けたいというだけの理由で犯行に及んだ」「自堕落な生活を1日でも長く続けたいというだけの動機は身勝手で短絡的。強固な殺意に基づく非情かつ残忍な犯行で、人命軽視も甚だしい。今後の人生すべてをかけて罪を償わせるべきだ」と指摘した。橋本被告が女性殺害翌日にも、金銭目的で別の事件を起こした点に触れ、「人をあやめたことへの悔悟や罪を重ねることへのちゅうちょが全く見て取れない」と批判した。
備 考
 公判後、被害者の親族の女性は「被告が『自分はどうせ無期懲役だ』というつもりで裁判を受けているのが許せない。罪を悔いて人生を送ってほしいが、絶対外には出してほしくない」と涙ながらに話した。
 控訴せず確定。

氏 名
中村泰(77)
逮 捕
 2004年6月11日(現金輸送車襲撃事件。拳銃所持については、2004年2月12日に逮捕)
殺害人数
 0名
罪 状
 強盗殺人未遂、鉄砲刀剣類所持等取締法違反(発射、加重所持)、火薬類取締法違反
事件概要
 無職中村泰(ひろし)被告は2001年10月5日午前10時25分ごろ、大阪市にある三井住友銀行都島支店(当時)駐車場で現金輸送車の警備員(当時53)に拳銃を発砲して左足に重傷を負わせ、500万円入りのジュラルミンケースを強奪した。また2003年8月、東京都新宿区内の保険会社貸金庫に拳銃10丁と実弾約1千発を隠し持っていた。
裁判所
 大阪高裁 森岡安広裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年12月26日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 中村被告は襲撃事件について無罪を主張したが、森岡裁判長は「現場で見つかった薬きょうの発射痕などから、犯行に使われたのは被告の拳銃」と述べた。森岡裁判長は判決で「被告の関係先から現金輸送車の運行状況を記したメモが押収されるなどいくつも間接事実がある」と指摘。また、警備員に発砲する際、体の重要部分に弾丸が当たる可能性を認識していたとして、未必の殺意も認定した。森岡裁判長は量刑理由で「周到な計画に基づく凶悪で重大な犯行。反社会性は顕著で、人命軽視の態度も著しい」とした。
備 考
 中村被告は1997年11月22日に名古屋市西区のUFJ銀行(当時)で警備員2人に拳銃を発射し、1人の両足に1ヶ月の重傷を負わせたうえ、現金5000万円を奪ったが、もう1人の警備員に取り押さえられた。中村被告は強盗殺人未遂他で起訴され、2003年9月2日、名古屋地裁で懲役15年(求刑懲役20年)の判決。が、2004年3月15日、名古屋高裁は殺意を認めず、強盗致傷を適用したうえで一審を破棄し、改めて懲役15年を言い渡している判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)。2004年10月26日、最高裁第二小法廷で刑が確定した。
 中村被告は東京大学在学中に窃盗事件を起こして中退。1956年11月23日、東京都武蔵野市の路上で銀行強盗に失敗して車中で寝ているところ、職務質問をしてきた警官(当時22)をピストルで4発撃って射殺した事件で無期懲役(求刑死刑)の判決を受け、服役。1976年3月に仮釈放、1986年に恩赦で執行が免除された。
 2007年3月12日、大阪地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2008年6月2日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
伊藤金男(51)/李勇(30)
逮 捕
 2006年6月27日
殺害人数
 0名
罪 状
 身代金目的拐取、監禁致傷、銃刀法違反(加重所持)、強盗致傷、強盗未遂、強盗
事件概要
 住所不定無職伊藤金男被告と中国籍の無職李勇(リ・ユン)被告は、韓国籍の電気工S元被告と共謀。
 2006年6月26日午後0時25分頃、東京都渋谷区の美容外科医(当時48)宅付近で、バスを待っていた長女(当時22)をワゴン車に押し込み誘拐。「おとなしくしないと命はない」と脅して川崎市内のマンションなどに監禁し、9日間のけがをさせた。また母親の美容外科医に計14回電話して「我々は世界の人が集まった集団でヤクザもいる。警察に言えばすぐ殺しますよ」と脅して身代金3億円を要求した。
 連れ去りを目撃した女性が、車のナンバーを控え、交番に届け出た。警視庁は、目撃されたナンバーをもとに、約4時間半後に川崎市内でレンタカーの車を発見し、追跡。午後7時過ぎには男らが同市中原区のコンビニで食料品を買う様子などを確認した。男らがコンビニの後に立ち寄った同区内のマンションに長女が監禁されているとみた。27日午前0時40分ごろ、JR川崎駅近くでレンタカーに乗っていたS、李の両被告の身柄を確保した。

 また伊藤被告と李被告はY被告が率いる強盗団に入っており、2006年2~4月には千葉、埼玉、静岡各県で計4回、パチンコ店の現金輸送車を襲うなどして計約3,000万円を強奪し、警備員3人にけがを負わせた。詳細は以下。
  • 李被告は伊藤被告や千葉県流山市のY、YY両被告と共謀。Y被告首謀の元、2006年2月3日、千葉県船橋市の飲食施設従業員用駐車場で、男3人が輸送車を襲撃し、警備員2人に拳銃を突きつけ、1人の背中を刃物で刺して約2週間のけがを負わせ、現金約1,920万円を奪った。

  • 李被告と伊藤被告はY被告首謀の元、2月20日午前2時半頃、千葉県船橋市のパチンコ店で、店舗から出てきた男性店員2人の顔や頭を拳銃などで殴るなどし店員1人の財布(現金15,500円)を奪った。店員2人は腰や手に全治7~10日間のけがを負った。

  • 李被告と伊藤被告はY被告首謀の元、3月1日午後4時15分ごろ、埼玉県春日部市のレストラン駐車場で、集金した現金を現金輸送車に積んでいた警備員2人に持っていた拳銃を向けて脅し、現金を奪おうとした。警備員2人は現金輸送車の金庫に鍵をかけて逃げたため、現金を持ち出せず逃走した。

  • 伊藤被告と李被告は伊藤被告主導の元、2006年4月17日午後0時50分頃、静岡県伊豆の国市のパチンコ店で、売上金約1100万円が入った袋を現金輸送車に運び込もうとした警備員(当時62)に向かって拳銃を発砲し、現金が入った袋を奪った。静岡県警は伊藤被告の逮捕状を取って行方を追っていた。逮捕された運転手の男性は、強盗の事実を知らなかったということで不起訴処分となっている。

裁判所
 東京高裁 池田耕平裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年12月26日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 両被告は「無期懲役は重すぎる」と、控訴していた。
 池田裁判長は「極めて卑劣な犯行。母娘が受けた精神的苦痛は計り知れない」「娘の安否を憂慮する母親の心情に乗じた極めて卑劣な犯行」と指摘した。
 両被告側は「別の首謀者がいて、その手足となって動いただけだ」などとして量刑が重すぎると主張したが、池田裁判長は「犯行の準備、実行に主体的に関与しており、刑事責任は同等で極めて重大だ」「凶悪性、反社会性は著しく、模倣性が高いことも考慮すれば厳罰で臨む必要が高い」と退けた。
備 考
 誘拐事件で運転役を務めたS元被告は2006年12月11日、東京地裁で懲役10年(求刑懲役15年)が言い渡され、そのまま確定している。
 Y被告は宮城刑務所に服役していた時代の仲間を中心に強盗団を結成して犯行を重ねており、伊藤被告、李被告もメンバーだった。2005年5月~2006年3月の7件の強盗傷害で起訴され、2007年3月15日、千葉地裁で懲役24年(求刑懲役30年)が言い渡されて、現在控訴中である。他のメンバーもそれぞれ実刑判決を受けている。
 2007年7月4日、東京地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2008年4月22日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
中野敬三(55)
逮 捕
 2004年5月22日(死体遺棄容疑。6月22日、窃盗容疑で再逮捕。7月1日、窃盗容疑で再逮捕。7月15日、強盗殺人容疑で再逮捕)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、死体遺棄、窃盗
事件概要
 三重県鈴鹿市の飲食店従業員中野敬三被告は、フィリピン国籍、住所不定無職のジョーラン・コロナション・デ・オバル被告ら2名と共謀し、2004年5月3日午前4時ごろ、愛知県佐屋町(現・愛西市)に住む知人の無職男性(当時52)方で、男性の首を刃物で刺して殺害し、キャッシュカード2枚を奪ったうえ、遺体をビニール製の袋に詰め込み、男性方の押し入れに放置。
 中野被告はフィリピン人2名及び無職男性と共謀。奪ったキャッシュカードで200万円ずつ計8回、現金1,600万円を盗んだ。遺体は5月9日に発見された。
 中野被告は事業の失敗で多額の借金を抱えていた。男性は2000年、建設作業中に事故に遭い、足が不自由だった。中野被告は男性をマイカーに乗せて食事に出かけたり、男性に頼まれて貯金を下ろしに行くなど、かなり親しく付き合っていた。男性の口座には2003年9月、労災事故の和解金約5,200万円が振り込まれていた。
裁判所
 名古屋高裁 片山俊雄裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2007年12月27日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 中野被告は逮捕当初から罪状を否認。控訴審でも無罪を主張した。
 片山裁判長は「被告の供述は不合理で、物証からも被告が高度に犯行にかかわったと推認できる」と一審判決を支持した。
備 考
 ジョーラン・コロナション・デ・オバル被告は2006年1月27日、名古屋地裁で一審無期懲役判決。9月6日、被告側控訴棄却。上告せず、そのまま確定。
 フィリピン人のアピゴ・アナクレト・ペドレスエラ・ジュニア容疑者は犯行後にフィリピンに帰国。指名手配されているが、日本との間に犯罪引き渡し条約がないため、日本には身柄を移されない。
 窃盗の共犯である無職男性は2004年11月9日、名古屋地裁で懲役2年(求刑懲役2年6ヶ月)の判決が言い渡されている。
 2007年1月23日、名古屋地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。




※最高裁は「判決」ではなくて「決定」がほとんどですが、纏める都合上、「判決」で統一しています。

※銃刀法
 正式名称は「銃砲刀剣類所持等取締法」

※麻薬特例法
 正式名称は「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」

※入管難民法
 正式名称は「出入国管理及び難民認定法」

※確定について
 求刑死刑について一審無期懲役判決、検察側のみ控訴して無期懲役判決が下された被告については確定したものと見なしている。

※高裁判決
 小谷晴宣被告(2007年1月25日、一審無期懲役判決)は、2007年中に大阪高裁で被告側控訴が棄却されている。日付がわからないので、ここに記す。
 綿引達也被告(2007年2月2日、一審無期懲役判決)は、2007年中に東京高裁で被告側控訴が棄却されている。日付がわからないので、ここに記す。
 金寿明被告(2007年4月24日、一審無期懲役判決)は、2007年中に大阪高裁で被告側控訴が棄却されているものと思われる。日付がわからないので、ここに記す。

※最高裁
 陳明金被告(2006年7月11日、一審無期懲役判決)は、2007年中に最高裁で被告側上告が棄却されていると思われる。日付がわからないので、ここに記す。



【参考資料】
 新聞記事各種



【「犯罪の世界を漂う」に戻る】