無期懲役判決リスト 2010年度





 2010年に地裁、高裁、最高裁で無期懲役の判決が出た事件のリストです。目的は死刑判決との差を見るためです。
 新聞記事から拾っていますので、判決を見落とす可能性があります。お気づきの点がありましたら、日記コメントなどでご連絡いただけると幸いです(判決から3日経っても更新されなかった場合は、見落としている可能性が高いです)。
 控訴、上告したかどうかについては、新聞に出ることはほとんどないためわかりません。わかったケースのみ、リストに付け加えていきます。
 判決の確定が判明した被告については、背景色を変えています(控訴、上告後の確定も含む)。



地裁判決(うち求刑死刑)
高裁判決(うち求刑死刑)
最高裁判決(うち求刑死刑)
46(4)
21(3)+3
13(1)

 司法統計年報によると、一審:46件(控訴後取り下げ4件)、控訴審26件(棄却26件。上告21件、上告後取り下げ1件)、上告審22件。


【2010年度 無期懲役判決】

氏 名
黒部和彦(43)
逮 捕
 2008年11月1日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、銃刀法違反
事件概要
 神奈川県藤沢市の無職黒部和彦被告は2008年10月3日夕、同市に住む知人の無職女性(当時78)に借金を断られたため、両手両足をネクタイで縛った上、ナイフで刺殺。現金9000円が入った財布を奪った。黒部被告は失業中で、生活苦のために消費者金融など約500万円の借金を抱え、アパートの立ち退きを求められていた。
 黒部被告は訪問販売の仕事をしていた5年ほど前、スチーム洗浄機の営業で、女性宅を計3回訪れ、室内の掃除サービスなどをしたことがあった。
 黒部和彦被告は逮捕3日前の10月29日に道交法違反(無免許運転)容疑で現行犯逮捕された。この際の指紋と女性宅に残った指紋が一致し、強盗殺人容疑での逮捕の決め手となった。
裁判所
 東京高裁 植村立郎裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年1月13日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 一審で黒部被告は「金品を奪う目的はなかった」と起訴事実の一部を否定し、殺人と窃盗罪の成立を主張している。
備 考
 2009年9月10日、横浜地裁で求刑通り一審無期懲役判決。

氏 名
田中健次(65)
逮 捕
 2007年9月24日(自首)
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人他
事件概要
 住所不定の無職田中健次被告は2007年9月24日午後11時20分頃、広島市の平和記念講演にある原爆供養塔そばのベンチで寝ていた住所不定の無職男性(当時54)の首などを、ナイフで十数回刺して失血死させた。事件後、田中被告は近くの交番に自首した。
裁判所
 広島高裁 竹田隆裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年1月19日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 弁護側は「有期刑が相当」と主張した。
 竹田裁判長は判決で「死刑になりたいという動機は身勝手。犯情は極めて悪く、遺族の処罰感情も激しい。被告は『人間に復讐できてよかった』と述べるなど十分に反省しているとは言えず、他人の生命の尊厳や身体の安全に対する配慮を著しく欠いている」などと述べた。
 田中被告はこの日も判決後に、「死刑にしていただけないでしょうか」などと発言。竹田裁判長に「刑を重くはできません」と諭された。
備 考
 2009年7月15日、広島地裁で求刑通り一審無期懲役判決。

氏 名
浅田和弘(34)
逮 捕
 2004年5月4日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、銃刀法違反
事件概要
 焼肉店従業員浅田和弘被告は2003年11月26日午前4時25分ごろ、浅田被告が働く焼肉店経営の男性(当時28)の自宅前路上で、営業を終えて帰宅した男性の背後から拳銃2発を発射して殺害し、現金50万円などが入ったバッグを奪った。浅田被告は男性から預かった約500万円を紛失し、返済を迫られていた。
裁判所
 大阪高裁 小倉正三裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年1月21日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 浅田和弘被告は捜査、公判を通じ無罪を主張した。凶器の拳銃は見つかっていない。
 2006年5月25日、一審判決で大阪地裁の和田真裁判長は求刑通り無期懲役とした。
 2007年6月15日、二審判決で大阪高裁の陶山博生裁判長は、浅田被告に拳銃を渡したとされる男性のアリバイを認定したうえで、一審判決が有罪認定の主な根拠とした拳銃の調達を手配したとされるK元被告、J元被告の供述について、「変遷があるうえ、お互い食い違いがある」と信用性を否定した。さらに、浅田被告の知人への「犯行告白」を検討。「犯人性を疑わせる」としながらも、拳銃などの物証が一切発見されていないことから、「ほかの関係者も証人尋問すべきだった。有罪、無罪を判断するには審理は不十分」と結論づけ、審理を一審に差し戻す判決を言い渡した。
 検察側と、無罪判決を求めた被告側の双方が上告。
 最高裁第二小法廷(古田佑紀裁判長)は「2人が服役を覚悟の上で、事実に反してまで、拳銃入手の仲介を供述するとは考えにくい。供述は重要な部分で一致しており、高い信用性がある」として、供述の信用性を認めた。そして、「誤った証拠への評価が判決に影響を及ぼすことは明らかで、判決を破棄しなければ正義に反する」と指摘し、審理を高裁に差し戻した。

 小倉裁判長は判決理由で「共犯者2人の公判供述は信用できる。矛盾点もあるが、浅田被告の犯行を認めた一審判決の事実認定を左右するものではない」と述べた。
備 考
 浅田被告に頼まれたK元被告を通して拳銃調達先を紹介したとして強盗殺人ほう助罪などに問われた元暴力団組員J元被告は2005年9月6日、大阪地裁(和田真裁判長)で懲役8年(求刑懲役10年)が言い渡された。そのまま確定と思われる。
 浅田被告から拳銃調達先を頼まれたK元被告は強盗殺人ほう助他で起訴。すでに実刑が確定している。
 浅田被告に拳銃を渡したS元被告は2006年5月25日、大阪地裁(和田真裁判長)で懲役4年6月(求刑懲役6年)が言い渡されたが、2007年4月20日、大阪高裁はS元被告に対して無罪を言い渡した。また、別の交通事故での業務上過失傷害罪で禁固1年を言い渡した。控訴審で、男性が受け渡し日に神戸市内の中古車オークション会場にいたことが判明。陶山博生裁判長は「拳銃の受け渡し日時のアリバイがほぼ成立している」と述べた。検察側は上告した。2010年6月3日、最高裁第一小法廷はアリバイ成立を否定して二審無罪判決を破棄、審理を大阪高裁に差し戻した。
 2006年5月25日、大阪地裁で一審無期懲役判決。2007年6月15日、大阪高裁で一審破棄、差し戻し判決。2008年11月10日、最高裁第二小法廷で二審判決破棄、差し戻し。被告側は上告した。2011年4月25日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
森本浩一(44)
逮 捕
 2007年4月28日
殺害人数
 2名
罪 状
 殺人、傷害致死、死体遺棄、傷害
事件概要
 暴力団幹部森本浩一被告は大阪府阪南市内の自宅で同居していた無職男性(当時32)の存在が疎ましくなり、2001年12月〜2002年4月、男性を金属バットで殴るなど日常的に暴行。2002年5月上旬、衰弱していた男性を大阪府岬町の漁港から知人男性F被告に指示して海へ突き落とし、竹竿で突いておぼれさせ、殺害した。その後遺体を和歌山県串本町(紀伊半島東部)の山中に車で運び、遺体を埋めた。
 森本被告は2006年12月24日午前2時頃、大阪市西成区のアパートで知人の兄だった男性(当時34)に暴行。男性は外傷性の腹部内出血により午後6時頃に死亡。森本被告は同じ暴力団の組員ら3人と共謀し、25日から26日にかけ、遺体を和歌山県串本町(紀伊半島東部)の山中に車で運び、遺体を埋めた。
 このほか、男性2人、女性4人に暴行したとして起訴されている。うち1件は、2005年10月、堺市内のマンションで知人女性(当時25)に小型の机を投げたり、頭や顔などを殴ったりして軽傷を負わせた疑いである。

 関係者の証言により大阪、大分、和歌山の三府県警合同捜査本部は2007年4月25日、山中で男性とみられる遺体を発見。死体遺棄容疑で組員ら3人を逮捕、28日に森本浩一被告を死体遺棄容疑で逮捕した。
 森本被告は2005年6月8日夜に走行中の乗用車内で同乗者2人を殴ったなどとして、傷害容疑で滋賀県警に逮捕され、起訴されていた。
 森本被告は2007年5月31日、殺人容疑で逮捕された。
 さらに建設作業員F被告が2008年2月に自首。合同捜査本部は9月10日、和歌山県串本町の山中を捜査し、2006年の事件で埋められた遺体のそばから白骨化した遺体を発見。合同捜査本部は2008年10月22日、森本被告とF被告を殺人容疑で逮捕した。死体遺棄容疑は時効が成立していた。
 さらに森本被告の知人3人は合同捜査本部に対し、約10年前、森本被告に指示され、40歳代後半の無職男性の遺体を埋めたと供述。2009年1月29日、兵庫県三田市の山中で、白骨死体の頭や足の骨片を発見した。この事件で森本被告は1999年、当時40歳代後半の男性に暴行し、衰弱した男性を病院へ搬送せず死なせた疑いがあるが、起訴はされていない。
裁判所
 大阪地裁 笹野明義裁判長
求 刑
 死刑
判 決
 2010年1月25日 無期懲役
裁判焦点
 公判で森本浩一被告は大阪・岬町の殺人について「釣りの下見で漁港に行くと、男性が自ら泳ぎ始めた」と殺人を否認。西成区の事件では、和歌山での死体遺棄は認めているが、傷害致死については否認している。
 2009年12月7日の論告求刑で検察側は、「多数人に対し暴虐の限りを尽くして2人もの命を奪い、矯正可能性は絶無」として死刑を求刑。弁護側は殺人と傷害致死罪について無罪を主張し、結審した。
 判決で笹野明義裁判長は「(被告が関与したとする)共犯者らの証言は信用できる。被告の説明は不合理で信用できない。日常的に虐待しており、陰湿で悪質。虐待の発覚を恐れていた被告には殺害の動機があった。衰弱していた被害者に遊泳を強要した行為は、死亡する危険性が極めて高く、強くないとはいえ殺意はあった」と殺人罪の成立を認めた。また傷害致死についても目撃証言などから腹部を数回、相当の強さで踏みつけられたと認定し、弁護側の「死なせるほどの暴力は振るっていない」とする訴えを退けた。その上で「虐待を楽しむなど冷酷で非情な犯行で、酌量の余地はない」と厳しく指弾。一方で死刑を回避した理由を「殺人の被害者は1人で、周到に計画された犯行ではない。残忍な殺害方法で連続的に人を殺すのとは犯情が異なる。過去の同種事例の判決に照らすと、死刑を選択するほどではない。残りの人生をかけてひたすら矯正施設内で贖罪に専念させるのが相当」と述べた。
備 考
 2006年の事件では、死体遺棄容疑で関わった組員ら3人が起訴された。また傷害致死容疑で銀行行員(後に懲戒免職)が森本被告と同日に逮捕されたが、大阪地検は2007年6月20日、暴行に加わっていないなど関与の度合いが低いと判断し、嫌疑不十分で不起訴処分とした。
 検察・被告側は控訴した。2011年5月31日、大阪高裁で検察・被告側控訴棄却。2014年3月17日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
宮本博文(38)
逮 捕
 2007年11月12日(銃刀法違反で逮捕済)
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、住居侵入、銃刀法※違反他
事件概要
 指定暴力団道仁会系の組長岡田充被告は、熊本市で対立する九州誠道会系の組幹部(当時43)の殺害を、幹部の福原大助被告らに指示。暴力団組員である宮本博文被告は福原被告らと共謀し、2007年6月19日夜、会長代行(当時43)方に侵入し、顔を拳銃で撃った後、包丁で背中などを刺して殺害した。死因は銃で頭を撃たれたことによる脳挫滅である。宮本被告は拳銃を発射し殺害したとされる。
裁判所
 最高裁第三小法廷 田原睦夫裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年1月25日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 
備 考
 事件を巡っては11人が逮捕され、9人が起訴された。2人は証拠不十分で釈放された。
 主犯格の岡田充被告は2008年9月22日、熊本地裁で求刑通り一審無期懲役判決。2009年7月1日、福岡高裁で被告側控訴棄却。
 岡田被告と共謀した勝木屋栄二被告は他殺人未遂罪も併せて起訴。2009年12月15日、熊本地裁で求刑通り一審無期懲役判決。
 犯行指示役の福原大助被告は2008年8月8日、熊本地裁で求刑無期懲役に対し一審懲役30年判決。2009年3月24日、福岡高裁で一審破棄、無期懲役判決。2009年7月21日、被告側上告棄却、確定。
 実行役の福嶋尚和被告は2008年8月8日、熊本地裁で求刑無期懲役に対し一審懲役28年判決。2009年3月24日、福岡高裁で一審破棄、無期懲役判決。2009年7月21日、被告側上告棄却、確定。
 凶器の準備および送迎をしたM被告は2008年10月31日、熊本地裁で懲役15年判決(求刑懲役20年)。
 凶器を準備したI被告は2009年1月23日、熊本地裁で懲役6年判決(求刑懲役12年)。2009年8月31日、福岡高裁で検察・被告側控訴棄却。
 凶器を隠したT被告は2008年8月8日、熊本地裁で懲役10年(求刑懲役15年)の判決。2009年3月24日、福岡高裁で検察・被告側控訴棄却。
 見張り役のY被告は2008年9月2日、熊本地裁で懲役12年(求刑懲役15年)判決。2009年3月24日、福岡高裁で検察・被告側控訴棄却。
 2009年1月23日、熊本地裁で懲役27年判決。2009年8月31日、福岡高裁で一審破棄、無期懲役判決。

氏 名
小野朗(41)
逮 捕
 2008年7月30日(現行犯逮捕)
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、銃刀法違反他
事件概要
 北九州市の指定暴力団工藤会系組幹部小野朗(あきら)被告は2008年7月30日午後4時55分頃、福岡県須恵町内に住む工藤会系の別の組の元組長だった男性(当時66)方前で、自宅を出てきた男性に回転式拳銃を3〜4発を発砲し、殺害した。男性は約2年前に組長を辞めており、組は解散していた。
 小野被告はバイクで約100m逃走したが、元組長を送るため近くに乗用車を止めていた男性が車で体当たりし、発砲音を聞いて元組長宅から出てきた別の男性と2人で捕まえ、警察に引き渡した。
 現場の近くにあった中学校で部活動を行っていた生徒約80人は集団下校や保護者同伴で帰宅した。
裁判所
 最高裁第三小法廷 藤田宙靖裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年1月25日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 不明。
備 考
 2009年3月12日、福岡地裁で懲役27年判決。2009年9月30日、福岡高裁で一審破棄、求刑通り無期懲役判決。

氏 名
原平(62)
逮 捕
 2005年3月12日(殺人未遂容疑)
殺害人数
 5名
罪 状
 殺人、殺人未遂
事件概要
 岐阜県中津川市の市職員原平被告は2005年2月27日午前7時半頃、自宅で寝ていた整体業の長男(当時33)、母(当時85)の首をネクタイで絞めて殺害。同日午前11時頃、近くに住む長女(当時30)と長女の長男(当時2)と長女(当時3ヶ月)の3人を車で自宅に連れてきて、ネクタイで首を絞めて殺害した。さらに約2時間後、長女の夫(当時39)も包丁で刺し、2週間の軽傷を負わせた。他に飼い犬2匹も殺害している。原被告はその後、自分の首を包丁で刺し自殺を図った。原被告の妻は不在だった。
 原被告は一時重体だったが、徐々に回復。3月11日になって医師が「拘置に耐えうる」と判断したため、12日正午過ぎ退院し、長女の夫に対する殺人未遂容疑で、逮捕、拘置された。その後、4月2日、母と長男に対する殺人容疑で再逮捕された。
 動機については、同居を始めた1999年頃から母親が妻へ執拗な嫌がらせを続けたため殺意を抱いていたと話している。長男殺害は母を殺害する邪魔をされたくなかったから、長女と孫殺害は殺人者の家族と見られるのが可哀想だったと供述している。
裁判所
 名古屋高裁 片山俊雄裁判長
求 刑
 死刑
判 決
 2010年1月26日 無期懲役(検察・被告側控訴棄却)
裁判焦点
 2009年9月14日の控訴審初公判で検察側は「犯行は計画的で残虐。一審判決は量刑不当。死刑が相当」と主張した。弁護側は、「原被告は犯行時、妄想に支配された心神耗弱状態だった。完全責任能力を認めた一審判決に事実誤認がある。有期刑が相当」などと刑の減軽を求めた。
 11月6日の第2回公判で、原被告に包丁で刺され、軽傷を負った長女の夫が証人として出廷。一審での証言から一転、「死刑が相当」などと厳しい処罰感情を述べた。長女の夫は心境の変化について「(原被告からは)心の底から申し訳ないという気持ちが伝わってこない」とし「原被告と自分たちは別の家族。一家心中というのは違和感がある」などと述べた。被告人質問で原被告は「このまま生きていていいのか複雑な思い」と心境を供述。「毎日、事件のことを考えているが、手紙を書こうと思っても書けない。申し訳ない、ごめんなさいという思いしかない」などと涙ながらに語った。
 11月24日の公判で結審。検察側は、「殺害被害者5人という社会を震撼させた世上まれに見る凶悪重大犯罪。母親への憎悪をきっかけに犯行に及び、残された家族が辛い思いをするからという理由で他の4人を巻き添えにした動機は身勝手で独善的。遺族に何ら謝罪せず、(原被告の)長女の夫も控訴審では死刑を望んでいる。死刑が相当」と主張。一方、弁護側は「被告は罪の意識を感じているが、気持ちを伝える言葉が見つからない。遺族への直接の謝罪には時間が必要。恨みもない子どもや孫まで殺害する動機は説明がつかない。被告は犯行時、心神耗弱状態だった」と懲役刑を求めた。
 判決で片山俊雄裁判長は動機について「(殺害した)母親から、妻が常軌を逸した嫌がらせを受けていた」と言及し、「被告が精神的に追い詰められた面があることは否定できず、一家心中を考えた経緯には酌量の余地がある」と述べた。また犯行に周到な計画性がなく、被告が反省を深めていることや、前科や前歴がなくまじめに社会生活を送ってきたことを指摘。「5人の命を奪った責任は重大だが再犯のおそれは考えがたく、死刑にするにはためらいが残る。残りの人生を全うさせ、被害者らの冥福を祈らせ償いにささげさせることも不合理とは言えない」として検察側の主張を退けた。
 弁護側の主張については、一審判決と同様、「精神障害は認められず、完全な責任能力があった」と退けた。
 また遺族の一人が控訴審になって死刑を求めたが、片山裁判長は「謝罪を受けることで被害感情が癒やされる可能性もある。今の感情をよりどころに死刑にするのは、相当ではない」と退けた。
 片山裁判長は判決言い渡し後、被告に「毎日冥福を祈ってもらいたいと思います」と説諭した。
備 考
 2009年1月13日、岐阜地裁で求刑死刑に対し一審無期懲役判決。検察・被告側は上告した。2012年12月3日、検察・被告側上告棄却、確定。

氏 名
杉本寛治(64)
逮 捕
 2008年3月3日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、殺人未遂
事件概要
 神戸の会社員杉本寛治被告は、神戸市の会社員男性(当時55)へ2004年に貸した200万円を取り戻すため、男性に無断で生命保険8200万円をかけた上、2007年10月には岡山市の会社社長Y被告に2000万円の報酬を支払うと言って犯行を持ちかけた。借金があったY被告はすぐに了承。Y被告は11月に手付100万円を受取り、計画を進めたが、12月中には犯行を2度失敗している。その後Y被告は会社のアルバイト従業員男性(当時46)に数百万円を支払うといって犯行を指示。
 2007年12月30日未明、3人は神戸市で会社員男性と合流。杉本被告とY被告が会社員男性を押さえつけ、従業員男性に軽乗用車ではねるように指示した。しかし従業員男性は怖くなって拒否。そこで両被告は2人を連れて鳥取県智頭町へ移動。杉本被告は会社員男性に「落ちたら許す」とうそをつき、助手席に従業員男性を乗せて、智頭町内の県道から約50mの崖下に落ちるように指示した。会社員男性は指示通りにしたものの、落下前に車から飛び降りた。しかし2人に崖下へ連れていかれて木の棒で複数回殴られた上、落下車両のそばに放置されて翌日に凍死した。従業員男性は肩の骨を折るなど、全治4週間の怪我を負ったが、自力でがけを上った。Y被告が偽名で119番通報した後、2人は現場を離れた。
 生命保険金の受取は男性会社員の親族としており、杉本被告はその親族に保険金が入ったら借金を返済するようにと再三強要していた。
 軽乗用車はY被告の持ち物で、約6000万円の自動車保険に加入していた。Y被告は2008年1月3日に智頭署に電話をかけ、従業員男性が車を崖下に転落させ自力ではい上がったと言ったので現場を訪れたら、車のそばで男性が死んでいたと通報した。
 鳥取県警が従業員男性に事情を聞いたところ、「知り合いの男性を乗せて山道を走っていたところ、道を間違えたのでUターンしようとして、がけの下に落ちた」と話したため交通事故と判断し、1月8日に従業員男性を道交法違反(救護措置義務違反)や保護責任者遺棄致死などの容疑で逮捕した。ところがその後の捜査で車内から従業員男性の血痕は発見されたが、会社員男性の血痕が検出されず、男性従業員の供述にも矛盾が出てきた。さらに、従業員男性は両被告が会社員男性を殴打したことを証言。会社員男性に借金があったことや保険金がかけられたことが判明し、保険金目的の殺人事件の疑いで捜査。3月3日に殺人容疑で杉本被告とY被告を逮捕した。
 杉本被告は住宅ローンなど約2600万円、Y被告は事業の失敗で消費者金融から数4500万円の借金があった。
裁判所
 最高裁第二小法廷 古田佑紀裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年1月27日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 量刑不当を訴えたか。
備 考
 道交法違反(救護措置義務違反)や保護責任者遺棄致死などの容疑で2008年1月8日に逮捕された従業員男性は処分保留とされ、その後5月14日に不起訴となった。しかし従業員男性は山本被告の指示で2006年1月26日、岡山市内のホテル駐車場からレンタカー1台を盗んだとして山本被告とともに窃盗罪で起訴され、5月15日に鳥取地裁で懲役1年6月、執行猶予3年(求刑懲役1年6月)の判決が言い渡された。
 殺害された会社員男性も、従業員男性への殺人未遂容疑で容疑者死亡のまま書類送検されている。
 第2回から公判が分離されたY被告は、公判で杉本被告に脅されたと主張したが、鳥取地裁の小倉裁判長はY被告が事故偽装を提案したと認定し、「果たした役割は大きい」として2009年1月13日、求刑通り懲役30年を言い渡した。Y被告は控訴した。
 2009年1月19日、鳥取地裁で求刑通り無期懲役判決。2009年8月31日、広島高裁松江支部でY被告とともに被告側控訴棄却、確定。Y被告も上告棄却、確定。

氏 名
尹麗娜(54)
逮 捕
 2007年10月15日(殺人容疑)
殺害人数
 2名(うち1名は傷害致死)
罪 状
 殺人、傷害致死、詐欺、有印私文書偽造・同行使、電磁的公正証書原本不実記録・同供用
事件概要
(注:以下に書く文章は起訴事実に新聞報道などを加味したものであり、裁判で認定された事実とは一部異なっている。認定された事実については、「裁判焦点」の判決箇所を確認のこと)
 大阪市で1998年秋からスナックを経営していた中国籍の尹麗娜(イン・リナ)被告は、1998年に結婚した日本人男性と離婚してまもなくの2001年5月、客だった元鉄道公安官の日本人男性との婚姻届を提出、同居するようになった。しかし7月に申請した在留期間更新許可決定が10月になっても下りず、尹被告は偽装結婚を斡旋していたことから強制送還を恐れた。強制送還されれば夫が亡くなっても財産を相続できないため、夫が病死したことになれば多額の財産が早く手に入ると考え、夫同様に糖尿病を患っていた別人を替え玉に仕立てて夫が病死したように装うことを計画。
 夫は尹被告が経営していたスナックを閉店した直後の10月28日、家主に家賃を払いに言ったのを最後に消息を絶つ。
 尹麗娜被告は2001年10月29日〜11月6日の間で、大阪市中央区の自宅で夫(当時77)を殺害した。その後、自宅押入付近で遺体を解体した。夫の遺体は発見されていない。尹被告は10月31日、知人男性の車で奈良市月ヶ瀬(旧月ヶ瀬村)の山中に向かい、ボストンバッグとゴミ袋二つを橋の上から川に投棄した。運転していた知人男性は、何を捨てたのかは知らなかった。逮捕後、この車のトランクから血痕が見つかり、DNA鑑定で夫のものであることが判明している。さらに11月7日には部屋の畳替えを実施している。
 尹被告はすぐにKさんを夫の替え玉にして通院させたが、別のTさんの方が身軽であったため、替え玉をTさんに変更。11月20日から12月4日まで入院させ、尹被告は妻として付き添っていた。しかしTさんは血糖値がほぼ正常に戻った。Tさんは12月18日に別の病院へ通院したのを最後に消息を絶つ。尹被告は2001年12月中旬〜2002年1月頃、Tさん(当時71)を大阪府かその周辺で殺害し、解体して捨てた。
 尹被告は次に無職K被告と共謀。Kさん(同69)を夫になりすませた後、夫の住民票を石川県野々市町に移し、2月4日からK被告の義兄宅で尹被告、Kさんらと暮らし始めた。尹被告らはKさんが糖尿病と知ったうえで、病状を悪化させるためビールを飲ませたり、ステーキを食べさせていた。2月10日、尹被告らはKさんを海岸で数時間歩かせた上、知人宅の納屋に連れていって簀巻きにし、14〜15日頃まで監禁した。その間、インスリンを注射せず、糖尿病を悪化させて殺害した。尹被告は石川県警の調べに対し、夫の戸籍謄本などを示しながらKさんが夫であると強調し、認めさせた。
 尹被告は2月16日、夫が病死したとする虚偽の死亡届を野々市町役場に提出。さらに夫の娘3人の住民票を無断で異動させて印鑑登録し、夫の土地約380平方メートルを尹被告名義にする虚偽の不動産登記を申請した。さらに夫名義の投資信託や預貯金など計約3200万円を不正に引き出した。尹被告は約1000万円を中国に住む親族の生活費や娘の留学資金として送金しているが、残りは逃走資金などで使い果たしたとされる。また相続した土地は売却に失敗した。この土地は事件発覚後、名義が元に戻されている。

 2002年4月、尹麗娜被告の夫の死亡届が出ていることを娘が知り、大阪府警に相談。病死とされた男性の写真を見た家族が別人と訴え、事件が発覚。写真の男性はKさんであることが判明。さらに尹被告が虚偽の不動産登記をした疑いが浮上した。
 2002年4月20日、大阪府岬町の山林でTさんの頭蓋骨が発見された。
 尹被告は事件発覚後の2002年5月、読売新聞大阪本社に手紙を寄せ、「2001年12月10日に夫婦げんかになり、その晩から帰ってこなくなりました」と、夫失跡の経緯を記していた。しかしその後の5月に捜査本部が尹被告の現場検証を行った際、押し入れから血痕と骨格筋の一部が見つかった。畳替えされた畳床からも微量の血痕が発見され、いずれもDNA鑑定で一致した。Tさんが、夫の健康保険証を使っていたことも判明。
 大阪、石川両府県警合同捜査本部は2002年5月、虚偽の登記をしたとして公正証書原本不実記載容疑などで尹被告を指名手配した。
 2002年7月4日、Tさんの両足が包まれたポリ袋が入っているリュックサックが、堺泉北港(堺市)の沖合10mで発見された。
 捜査本部は2002年7月、尹被告がバッグなどを投げ捨てた橋の下にあるダム付近を捜索したが、夫の遺体は発見できていない。
 捜査本部は2003年1月に殺人容疑に切り替えて尹麗娜被告を国際手配した。

 尹麗娜被告は2002年5月、和歌山市の旅館で知りあった男性のトラックに同乗して東京・浅草へ向かい、そこで姿を消した。ここで70歳代の男性と出会い、江東区内で同居を始めた。5ヶ月後、屋台の店を営む別の中年男性と知り合い、この男性らとおでん屋台を共同経営することに。2003年秋ごろ、70歳代の男性と別れ、最後の潜伏先となる共同住宅に転居した。周囲には「江里」と名乗っていた。共同住宅には男性数人が出入りし、尹被告はおでん屋台のオーナーを務めた。屋台は無許可営業だったため、2006年には区の指導で廃業した。
 「江里」の知り合いであった男性が、未解決事件をまとめた書籍に載っていた尹麗娜被告の特徴と写真を偶然見て、「江里」が尹被告と似ていることに気付き、2007年10月15日に大阪府警へ通報。捜査員が17日に尹麗娜被告に任意同行を求め、Kさん殺人容疑で逮捕した。
 2007年10月25日、捜査本部はK被告をKさん殺人容疑で逮捕した。K被告は、土地の不正相続に関与したり、貯金を引き出したりしたとして、2002年に詐欺などの疑いで逮捕され、懲役5年の実刑判決が確定し、服役していた。K被告は当時、合同捜査本部の調べに、替え玉であることは気付いていたが、死亡については関わりを否定していた。
 その後、捜査本部は尹被告を詐欺容疑などで再逮捕。2008年1月9日に夫殺人容疑で再逮捕。さらにTさんの両足が入っていたリュックサックに残っていた女性のものとみられる長い毛髪がDNA鑑定の結果、尹被告のものであることが判明。さらにリュックサックが中国製で国内では販売されておらず、たびたび中国に戻っていた尹被告には入手する機会があったと判断。尹被告が似たようなリュックサックを持っていたという証言も得た。合同捜査本部は1月22日、Tさん殺人容疑で再逮捕した。
裁判所
 大阪地裁 長井秀典裁判長
求 刑
 死刑
判 決
 2010年1月28日 無期懲役
裁判焦点
 尹麗娜被告は3人の殺害について、捜査段階から一貫して否認している。
 2009年8月17日の初公判で、尹麗娜被告は3人殺害について「殺害はしていない。私は無罪です。つじつまの合わない小説のようだ」と主張。起訴された9件のうち5件で無罪を主張した。相続届偽造と遺産の詐取の一部については認めた。
 冒頭、弁護人が裁判官全員について「共犯者(K被告)の審理を担当して有罪としており、予断を持っている」として忌避を申し立てたが、却下された。
 検察側は総括的な冒頭陳述で、尹被告が知人に、夫について「財産を持っている」と話していたとして、財産目当ての結婚だったと主張。3人殺害については、「偽装結婚のブローカーをしていたことが入国管理局に発覚しそうになり、強制送還されれば相続できなくなると考え、早く財産を入手するために病死を装った殺人を計画した」と指摘した。また夫殺害について、予備的訴因として傷害致死罪を追加したことを明らかにした。
 弁護側は、夫が突然失踪し、夫がいないと日本での在留資格が認められないと考えた尹被告が、TさんやKさんにそれぞれ身代わりを頼んだ、と主張。Kさんは病死であり、その後、夫の身代わりと言い出せずに財産を相続することになったが、夫に資産があることは知らなかった、と述べた。そして弁護側は、夫やTさんの殺人日時や方法が特定されていないとして公訴棄却も求めた。
 18日の第2回公判における夫の財産不正取得事件についての被告人質問で、事件を主導したのはK被告であり、自身は従属的な立場だったと強調した。
 公判は初公判から判決まで計42回開かれた。
 2010年1月13日の論告求刑で、検察側は「短期間に3人の命を奪った凶悪な連続殺人事件。財産目当ての動機は身勝手で、犯行内容は巧妙かつ冷酷だ。自分の利益のためには他人の命の重さなど一顧だにしない自己中心的な思考と人間性のかけらもない冷酷な性格、強固な犯罪性向はもはや矯正不可能だ」と主張した。
 検察側は論告で証人40人の証言との矛盾や尹被告自身の供述の変遷などを詳細に検証し、「夫に財産があることを知らなかったなどという尹被告の弁解は信用できない」と指摘した。
 動機については、尹被告が娘の学費などで多額の金を必要としており、強制送還を恐れて財産を早く手に入れるために替え玉殺人を計画した」と指摘。
 夫の遺体は発見されていないが、(1)自宅から発見された骨格筋や血痕のDNA型が夫と一致した(2)尹被告が携帯電話で自宅へかけた通話履歴が2001年10月29日を最後に突然無くなった(3)夫の経済状態に問題はなく失踪の理由がない、などの状況証拠を積み重ね、「遺体を自宅で解体したと推認され、被告が死亡させたとしか考えられない」と主張した。また仮に殺意が無くても、夫の死を隠すために遺体解体や替え玉殺人まで行い、救急車を呼ぶなどしなかったことは夫の死に重大な責任があるからで、傷害致死罪は成立すると主張した。
 Tさんについては、男性の両足が入ったリュックサックから被告の毛髪が発見されたとして、「被告が殺害した可能性が高い」と指摘した。
 Kさんについても「インスリンを与えず、納屋に監禁するなどして糖尿病を悪化させて殺害した」と述べ、病死とする弁護側主張を否定した。
 検察側の論告の読み上げは異例の9時間半に及んだ。
 1月21日の最終弁論で弁護側は「検察側が主張する『替え玉殺人計画』は極めて不合理でそんなものは存在しない」と述べた。尹被告は最終意見陳述で「わたしは殺害していない」と日本語で述べ、再び無罪を主張した。
 判決で長井裁判長は、夫と尹被告が同居していたアパートから夫の血痕や肉片が見つかったことなどを踏まえ、「被告が何らかの暴行を加え死亡させたが、殺意があったとはいえず、証拠隠滅方法も無防備で計画的とはいえない」と指摘し、傷害致死と認定した。また弁護側が否定した替え玉殺人計画の存在は認定したが、「夫死亡後、しばらく後に替え玉殺人計画を思いついた可能性を否定できない」と述べた。
 Tさんを殺害したとされた事件では、堺市の港で発見されたTさんの両足が入ったリュックサックに付着していた毛髪は被告のものとは断定できないとし、仮に被告のものだとしてもどのような機会に付着したのか特定できないと判断。「他人に殺害された可能性が否定できない」と指摘し、無罪と認定した。
 しかしKさんについては、医師が入院を勧めたのに被告が断った経緯や、重度の症状と認識していたことなどから殺意を認定。夫の預貯金などをだまし取った詐欺容疑についても認めた。
 量刑理由について、長井裁判長は「自己中心的で冷酷非道な犯行だが、殺害方法に強い悪質性があるとはいえない。殺人の被害者は1人で、替え玉殺人、資産不正取得に傷害致死事件を加えても死刑は選択できない」と述べた。
備 考
 共犯の無職K被告は2009年3月18日、大阪地裁で求刑通り懲役15年判決。長井秀典裁判長は「糖尿病を悪化させて殺害したのは巧妙で、長時間苦痛を与え冷酷」と述べた。2010年2月9日、大阪高裁で被告側控訴棄却。小倉正三裁判長は「尹被告の殺害計画も知っており、犯行に加担する動機がある。計画的で用意周到な犯行」として、被告側の無罪主張を退けた。2010年7月21日、最高裁第一小法廷(宮川光治裁判長)は被告側上告を棄却した。
 検察・被告側は控訴した。2011年4月20日、大阪高裁で検察・被告側控訴棄却。2013年11月11日、検察・被告側上告棄却、確定。

氏 名
松井健一(43)
逮 捕
 2009年5月20日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、強制わいせつ
事件概要
 静岡県沼津市の建設作業員松井健一被告は2004年11月7日午後5時40分頃、沼津市足高の路上に止めた乗用車内で突然、犬を散歩させていた旧富士川町に住む女性会社員(当時25)に抱き付くなど、わいせつな行為をした。さらに同日午後6時頃、同市宮本の山林で、女性の首の左右をカッターナイフで切りつけ、失血死させた。遺体は11月9日に発見された。
 2009年5月20日、静岡県警捜査一課と沼津署の合同捜査本部は松井被告を逮捕した。現場に残された遺留物のDNAが松井被告のものと一致した。松井被告は逮捕当初犯行を否認したが、後に認めた。松井被告と女性に面識はなかった。
裁判所
 静岡地裁沼津支部 片山隆夫裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年2月4日 無期懲役
裁判焦点
 公判前整理手続きで、争点は主に量刑に絞られた。
 裁判員裁判で、公判は裁判員6人(男性2人、女性4人)と、補充裁判員(男性2人、女性1人)が参加した。
 2010年2月1日の初公判で、松井健一被告は起訴内容を認めた。
 冒頭陳述で検察側は、「強制わいせつの犯行後、被告は自分の犯行が発覚するのを防ぐため、被害者を殺して口封じをしようと考えた」と指摘。松井被告の動機の身勝手さに加え、性犯罪の前科などの常習性に触れ、再犯の可能性や犯行の計画性を主張した。
 弁護側は、「許されるなら線香1本上げさせてください」との被告人の上申書を読み上げた。そして被告の反省状況や、無計画で突発的な犯行である点を指摘した。被告人質問では、母親の愛情を受けず虐待を受けて育ち、特殊な女性観が犯行に大きく影響したと訴えた。
 同日、検察側証人として出廷した被害者の夫は、「犯行後5年間、被告が幸せな生活を送っていたのは許せない。私が望むのは死刑だけです。被告に死刑を宣告してください」と訴え、裁判員に頭を下げた。
 2月2日の論告で検察側は、「被害者は約1年前に結婚し、幸せな新婚生活を送っていた。何の落ち度もなく、あまりに理不尽な死としか言いようがない。被害者は辱めを受けた上、理不尽に殺された。殺害方法は残忍で、罪を逃れたいとする動機は身勝手極まりない。性犯罪を繰り返し、再犯の可能性も高い」と主張したが、「被告人の成育歴などを考えると極刑はためらわれる」と死刑求刑を回避した。
 同日の最終弁論で弁護側は、犯行に計画性はなく、成育歴に酌むべき事情があるとした上で「懲役18年が相当」と主張。交際相手と文通し、「周囲の女性の影響を受け、女性観も変わりつつある」と裁判員に語り掛けた。
 また、被害女性の父親が論告後に被害者参加人として意見陳述し、「求刑を聞いてショックを受けた。(遺族が法廷などで極刑を)これほど訴えたのに伝わらず、むなしい」と切り出し、裁判員に対して「新しい制度が始まったのだから素人の感覚で判断してほしい。『死者数1』と片づけていいのか。私たちは生物的に生きていても、精神的には死に匹敵する苦痛を受けた。人を殺したら殺されるのが道理。被告は死に値する」と訴えた。最終意見陳述で被告人は「どのような処罰も受ける」と述べた。
 判決で片山裁判長は、被告がわいせつ行為の発覚を恐れて殺害を決めたと認定。「面識ない被害者に、身勝手な動機で強姦に劣らない行為をしており卑劣。遺族が厳しい処罰感情を示しているのも無理はない」と指摘した。一方、計画的でない点など酌むべき事情もあるとし、「有期刑を選択する余地はないが、死刑適用にはなおためらわざるを得ない」と述べた。そして「刑事責任は誠に重大。命ある限り罪を償わせるのが相当」と述べた。
 判決後、裁判員だった男性は、遺族が出廷して死刑を求めたことに関し、「遺族も被告も市民。自分としては、感情をなるべく排除して考えるようにした」と複雑な心境を吐露。「自分の意見も少なからず判決に反映され、裁判員でなく報道で知ったとしても、市民として納得できたと思う」と語った。
備 考
 松井被告は1994年に三島市内で女子高校生を、1997年には函南町内で女性会社員を狙って暴行する事件を起こして有罪判決を受けている。
 控訴せず確定。

氏 名
岡田充(52)
逮 捕
 2008年2月8日(銃刀法違反で逮捕済)
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、住居侵入、銃刀法違反他
事件概要
 指定暴力団道仁会系の組長岡田充被告は、熊本市で対立する九州誠道会系の組幹部(当時43)の殺害を、幹部の福原大助被告らに指示。福原被告らは共謀し、2007年6月19日夜、会長代行(当時43)方に侵入し、顔を拳銃で撃った後、包丁で背中などを刺して殺害した。死因は銃で頭を撃たれたことによる脳挫滅である。
 岡田被告は、事件の数日前である6月14日頃に拳銃2丁と実弾数発を所持したとして2008年1月18日に銃刀法違反(拳銃加重所持)容疑で逮捕され、2月8日に処分保留で釈放後に殺人容疑などで再逮捕された。
裁判所
 最高裁第三小法廷 那須弘平裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年2月24日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 量刑不当を訴えたか。
備 考
 九州誠道会系の組幹部殺人事件を巡っては11人が逮捕され、9人が起訴された。2人は証拠不十分で釈放された。
 犯行指示役の勝木屋栄二被告は他の殺人未遂事件なども含めて起訴。2009年12月15日、熊本地裁で求刑通り一審無期懲役判決。被告側控訴中。
 犯行指示役の福原大助被告は2008年8月8日、熊本地裁で求刑無期懲役に対し一審懲役30年判決。2009年3月24日、福岡高裁で一審破棄、無期懲役判決。2009年7月21日、被告側上告棄却、確定。
 実行役の福嶋尚和被告は2008年8月8日、熊本地裁で求刑無期懲役に対し一審懲役28年判決。2009年3月24日、福岡高裁で一審破棄、無期懲役判決。2009年7月21日、被告側上告棄却、確定。
 実行役の宮本博文被告は2009年1月23日、熊本地裁で求刑無期懲役に対し一審懲役27年判決。2009年8月31日、福岡高裁で一審破棄、無期懲役判決。
 凶器の準備および送迎をしたM被告は2008年10月31日、熊本地裁で懲役15年判決(求刑懲役20年)。
 凶器を準備したI被告は2009年1月23日、熊本地裁で懲役6年判決(求刑懲役12年)。2009年8月31日、福岡高裁で検察・被告側控訴棄却。
 凶器を隠したT被告は2008年8月8日、熊本地裁で懲役10年(求刑懲役15年)の判決。2009年3月24日、福岡高裁で検察・被告側控訴棄却。
 見張り役のY被告は2008年9月2日、熊本地裁で懲役12年(求刑懲役15年)判決。2009年3月24日、福岡高裁で検察・被告側控訴棄却。

 2008年9月22日、熊本地裁で求刑通り一審無期懲役判決。2009年7月1日、福岡高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
小野毅(45)
逮 捕
 2009年8月26日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人
事件概要
 佐賀県唐津市の養鶏場工従業員小野毅(つよし)被告は、2009年7月29日午前7時15分頃、鶏に給餌中の養鶏場で責任者の男性(当時52)の頭をハンマーで殴って殺害。現金14万円が入った財布を奪った。養鶏場には小野被告や男性は、別の男性従業員が住み込んでおり、3人で午前6時頃から作業していた。
 男性従業員が警察に連絡。小野被告は車でJR浜崎駅付近まで逃げ、駅前からタクシーに乗って福岡県前原市のJR筑前前原駅で降りた後は足取りが途絶えた。県警唐津署は同日、小野被告を殺人容疑で全国に指名手配した。
 8月21日、小野被告は東京都台東区の工事現場で手首を数回切って自殺を図った。午前11時ごろ、男が倒れているとの通報で駆けつけた警視庁下谷署員が小野被告を発見し、都内の病院で搬送。残されたメモや運転免許証で指名手配中の小野被告と判明。26日、県警唐津署は退院した小野被告を逮捕した。
裁判所
 佐賀地裁 若宮利信裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年2月26日 無期懲役
裁判焦点
 小野毅被告は捜査段階では強盗目的を自白したが、公判前整理手続きで強盗目的を否定。争点は殺害の動機や強盗目的の有無、捜査段階で自白した供述調書の任意性が中心となった。また弁護側は、遺族2人が被害者として参加することについて「裁判員が被害者遺族の感情に流され、公正な事実認定ができないおそれがある」として、犯罪事実が強盗殺人に当たるかどうかの審理と、情状についての審理を分けて行うよう要望。3日目の朝、事実認定のために中間評議が行われることになった。
 裁判員裁判。2月22日の初公判で、小野被告は殺意を認める一方、「財布を強取する目的は、断じて違います」と強盗目的を否認した。そして傍聴席にいた被害者の遺族に向かって「この度は誠に申し訳ありませんでした」と謝罪した。
 検察側は冒頭陳述で「小野被告は仕事上のミスなどで被害者から叱責を受けていたことに不満を募らせていた」と動機の一端を説明。小野被告は、当時一緒に働いていた男性に責任者の遺体を埋める穴を掘るよう手伝いを持ちかけるなどし、責任者殺害後は、責任者の財布に入っていた現金を山分けしようと計画していたとした。
 これに対して弁護側は「(小野被告は)養鶏場の責任者だった被害者の束縛から解放されたい気持ちや叱責され続けた不満や恐怖心から殺害を考えるようになった」と反論。「小野被告はより遠くに逃げるため、その資金として被害者の財布の中の現金を奪おうと決意した」と、殺人が強盗目的でなかったことを主張した。
 23日の第2回公判で、殺害現場にいた元同僚の証人尋問が最初に行われ、元同僚は計画を聞いたことを認める一方、計画への関与を否定した。逆に小野被告は元同僚と殺害計画を立てたと主張。「(被害者から)怖くて解放されたいという気持ちだった」と動機を語った。財布を奪ったことは「逃走資金だった」と、強盗目的はなかったことを強調した。
 同日は検察官が被告を取り調べた際の様子を記録したDVD映像が証拠として上映された。約8分間の映像は法曹関係者と裁判員だけが見られるモニターに映され、法廷には音声だけが流された。被告の供述の任意性を立証する目的で、上映後、裁判所は任意性を認め、強盗の意思を否認する被告・弁護側が不同意としていた被告の供述調書を証拠採用した。ただしこのDVDには自白部分が含まれていない。
 24日の午前中は、裁判員と裁判官による非公開の中間評議が行われた。午後の第3回公判では被害者の母、妻が証人尋問に立ち、ともに極刑を訴えた。また同日の被告人質問で小野被告は自殺未遂について「謝罪や賠償を放棄する意味もあった」と述べたうえで自ら「情状酌量の余地はない」と言い切った。
 2月25日の第4回公判における論告で、検察側は同僚の発言について「被告に恨みのない同僚がうそをつく必要はなく信用できる」としたうえで、捜査段階で小野被告がいったん自白した調書について「検察官を信頼し、真実を話そうとしたのは取り調べを録画したDVDからも明らか。供述の強要はなく、十分確認して署名している。公判での弁解は信用できない」と指摘した。 そして「事前に養鶏場乗っ取りを同僚に持ち掛けるなど計画的で、供述からも強盗目的は明らか」と述べた。
 同日の最終弁論で、弁護側はDVD強盗目的を認めた部分が録画されておらず無意味とした上で「給料日が近く、現金を奪う必要はなかった」と反論。「被告には現金を奪う意思も必要もなかった。動機は暴力的な被害者の束縛から解放されるため」と述べた。そして「同僚の証言は検察官との事前打ち合わせの結果であり、不自然で信用性がない」と指摘。自白調書については「検察官に迎合したもので、取り調べ過程を再現していないDVDでは調書の疑問点を払しょくできない」と強調し、「更生を支える(被告の)母親が元気なうちに社会復帰させるべき」とした。そして殺人と窃盗の併合罪にとどまるとして「長くても懲役15年」とする意見を述べ、結審した。
 被害者参加制度に基づき裁判に参加した被害者の母と妻は代理人弁護士を通じて「死刑判決を」と求刑意見を述べた。
 最終意見陳述で小野被告は「法廷では事実のみを話しました。かなうなら、いつの日かご遺族の許しをいただけることを願います」と述べた。
 判決では、争点だった殺害が強盗目的だったかどうかについて、まず強盗の意志を認めた調書について「DVDによれば、検察官が供述内容を押し付けたり、被告が検察官に迎合したりした様子はうかがわれない」と指摘し、調書の任意性は明らかと判断。「殺害時に財布を盗む意思があった」とする検察側の主張を全面的に採用した。検察側証人として出廷した元同僚の証言についても「自己に不利益となる事実もそれなりに語っている」と信用性を認めた。量刑理由は「周到に計画され、遺族の処罰感情はしゅん烈」とし、酌量減軽を認めなかった。
 判決後、裁判員4人と補充裁判員2人(男性3人、女性3人)が記者会見。補充裁判員の60代の男性は「人が人を裁く重大さ、人の運命を決める責任を知った」と振り返った。女性3人は「逆恨みされるのが怖い」などと不安を口にした。
 被告の取り調べ状況を収めたDVD上映については「紙(供述調書)だけでは被告の本心が見えないが、動作や表情から一部でも分かる」(23歳の女性)という意見がある一方、「(自白部分のない)まとめだったので完全に証拠になったとは言い切れない」(40代の女性)との指摘もあり、見解が分かれた。被害者参加制度が適用されたことが判決に影響を与えたかどうかを尋ねられた50代の女性は「必要以上に大きくとらえないように、冷静な気持ちを持った」と話していた。
備 考
 養鶏場では2009年4月4日夜、被害者の男性が自宅の購入改築資金として個人的に金融機関から借りた約1470万円が、事務所から金庫ごと盗まれた。そのため捜査本部は当初、この事件と小野被告の関連性も調べていた。2010年1月17日、大分市に住むI容疑者、K容疑者、O容疑者の3人が窃盗容疑で逮捕された。3人は建築関係の派遣会社の同僚。I容疑者は2008年11月から数週間、この養鶏場で働いていたことがあった。金は3人で分け、遊興費などですべて使い切っていた。
 2010年3月18日、佐賀地裁唐津支部(桑原直子裁判官)でI被告に懲役3年(求刑懲役4年)、K被告、O被告に懲役2年(求刑懲役3年)が言い渡された。
 被害者の母親は小野毅被告に対し、「最愛の息子の命を奪われ、甚大な精神的苦痛を被った」「1999年ごろから、毎月15万円を息子から生活費として受け取って生活し、息子が購入した家で同居する予定だったが、息子の命が奪われ、同居する夢を壊されただけでなく、今後の生活の見通しまでも失った」として、慰謝料550万円の損害賠償請求の訴えを4月12日までに佐賀地裁に起こした。5月14日の第1回口頭弁論で小野被告は事実関係を認め、即日結審した。2010年6月25日、佐賀地裁(野尻純夫裁判長)は220万円の支払いを命じた。
 被告側は控訴した。2010年10月29日、福岡高裁で被告側控訴棄却。2011年5月23日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
吉川和人(48)
逮 捕
 2009年2月19日(携帯電話不正利用防止法違反罪で起訴済み)
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、銃刀法違反(発射、加重所持)
事件概要
 指定暴力団・道仁会系幹部の吉川和人被告は2008年9月15日午前9時35分頃、福岡県大牟田市のマンション前路上で、対立する指定暴力団九州誠道会系組長を拳銃で数発撃って殺害した。
 捜査本部は2009年1月、携帯電話の不正利用事件で吉川被告を逮捕。供述に基づき2月12日に殺害現場近くの川から回転式拳銃を発見した。銃を鑑定し、被害者に向けて撃たれた弾と線条痕が一致した。
裁判所
 福岡高裁 松尾昭一裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年3月2日 無期懲役(一審破棄)
裁判焦点
 松尾裁判長は判決理由で「犯行は抗争の一環で、極めて反社会的。一般市民を巻き添えにする危険が高く、厳しく非難されるのは当然」とした上で、一審判決が認めなかった組織の指示や支援について、明確な証拠はないものの「対立抗争が激化する中で敢行され、組織的犯行であることは否定しがたい」とし、有期刑は不当に軽いと判断した。
備 考
 2009年7月30日、福岡地裁で求刑無期懲役に対し、一審懲役30年判決。

氏 名
影山博司(55)
逮 捕
 2009年8月26日
殺害人数
 2名
罪 状
 強盗殺人、死体遺棄、窃盗、有印私文書偽造・同行使、詐欺
事件概要
 鳥取県米子市の会計事務所役員影山博司被告は、事務所の営業終了直前である2009年2月21日午前11時30分頃、来客があったため事務所に来ていた会計事務所社長の男性を、ビル4Fの事務所から5Fの空き室に誘い込み、大型ペンチ(長さ25cm)で頭を殴った上、電気コードで首を絞めて殺害。遺体はそのまま放置した。さらにビル1Fに住む男性方に入り、男性が妻と死別後の約10年前から同居していた女性(当時74)の首をネクタイで絞めて殺害し、男性の現金約70000円やキャッシュカードを奪った。遺体は男性方の物入れに隠した。
 約1週間後、影山被告は女性の遺体を5Fの空き室に運び、2人の遺体を別々にブルーシートでくくり、消臭剤を周囲に置いた。さらに3月末、女性の遺体をビル屋上の倉庫に移した。5F空き室や屋上のドアのカギは影山被告が管理し、他の従業員らは出入りできなかった。
 影山被告は殺害後の2月23日〜4月19日、男性のキャッシュカードや預金通帳を使い、米子市の銀行3店舗の現金自動預け払い機(ATM)から13回に渡って計1200万円を引き出した。また3月9日に米子市内の銀行で、男性名義の預金通帳と印鑑を使用し、普通預金払戻請求書を偽造して現金10万円を引き出してだまし取った。影山被告はだまし取った金を、事務所の運転資金に回すために借りた借金の返済や経費の支払いに充てた。
 2人と急に連絡がとれなくなったことから、男性の娘らが3月23日に家出人捜索願を出した。影山被告が、男性の銀行口座から複数回にわたって現金を引き出す様子が防犯カメラに映っていたことから、県警は6月3日、影山被告に任意同行を求めて事情を聞いたところ、犯行を認めた。自供通り遺体が発見されたため、同日夜、死体遺棄容疑で影山被告を逮捕した。6月24日、強盗殺人容疑で再逮捕した。

 影山被告は1986年に男性の事務所に入社。2007年に役員となり、経理などを担当していた。しかし、事務所の経営は思わしくなかった。犯行現場である鉄筋5階建てのビルは1979年に男性が事務所兼自宅として建てたものだが、2005年と2006年に別の債権者から差し押さえられ、2007年には競売で所有権が第三者に移転。その後男性は賃貸で入居していた。影山被告は自分名義で銀行などから800万を借金して運転資金を工面していた。また影山被告は、2008年には2か月分しか給料がもらえず、ボーナスもなかった。
 男性は大学卒業後、1959年に会計事務所を開いた。地元では名士で、不動産鑑定士や米子商工会議所の相談員、生命保険会社代理店の社長など幅広い顔を持っていた。
裁判所
 鳥取地裁 小倉哲浩裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年3月2日 無期懲役
裁判焦点
 影山博司被告は供述調書で強盗目的を認めたが、後に否認。社長に対する長年の不信感と嫌悪感によって、精神的に堪えきれなくなったのが原因であると、殺人と窃盗罪を主張した。公判前整理手続きで、大きな争点は強盗目的であったかどうかに絞られた。
 裁判員裁判で、男性4人、女性2人が選ばれた。補充裁判員は男女各2人。
 2010年2月23日の初公判で、影山被告は罪状認否で殺害された2人の名前を挙げ、「取り返しのつかないことをしたという思いでいっぱい」と謝罪。さらに「裁判の結果をしっかり受け止めたい」と述べた。ただ「強盗目的で殺害したというのは事実と違います」と述べ、強盗目的を否認した。
 検察側は冒頭陳述で「影山被告は会計事務所の資金繰りのため自ら借金し、返済に苦しんでいた」と指摘。大型モニターで借金の増減のグラフなどを示しながら、「社長は会社から多額の金を引き出し蓄財していた。そのうらみを晴らすとともに、借金返済などの資金を得るため強盗を計画し、凶器の工具を準備した」と主張し、強盗目的だったと強調した。女性については、社長宅にある通帳などを奪うために殺害するしかないと考え、2人の遺体を犯行現場のビル内に隠していた、と説明した。
 一方弁護側は、強盗目的はなかったと主張。影山被告が社長から給料を全額支給されていなかったことや、日常的に叱責され、私的な用事の手伝いを度々強いられていたことなどの事情を指摘。「被告は社長と同居女性から仕事以外の用事を指示されるなどし、『二人がいなくなればどれだけ楽か』と考えるようになって犯行に及んだ。影山被告は精神的に追いつめられており、殺害行為は金目的でなく、2人との関係を解消しようと思いつめた結果である」と反論した。
 検察側証人である元上司は、自分も事務所のために借金の連帯保証人となり、自宅も担保に入れられたと証言。社長は毎月80万円の報酬のほか、飲食費などを会社経費で支払い、事務所には現金2〜3万円しかなかったと説明した。
 24日の第2回公判では、弁護側証人として別の会計事務所を経営する公認会計士が証言。決算書などを基に「約10年前から破産状態に近かった。被告が年400万円以上を事務所に貸し付ける年があった」と指摘。1999年から9年間の約1億円の収益のうち、社長への報酬や関連会社への貸付金として約9000万円が支出されていたと説明した。しかし経営に関する細かい話が続いたため、小倉哲浩裁判長は尋問終了後、検察、弁護側双方に「どういう趣旨で何を立証したいのか、聞いていて分からなくなることがある。できるだけ分かりやすい立証をお願いします」と苦言を呈した。
 また影山被告の前に事務所の経理を担当していた女性が証言。「こういうことを言うと亡くなった方に申し訳ないが」と前置きし、元同僚らと「影山さんの方が被害者だね。影山さんのために何かできることがないかと話した。嘆願書を提出しようと話している」と述べた。また影山被告の妻は被告から渡される生活費は月約10万円で、自分のパート収入を合わせても足りず、信販会社から借金していたと話した。
 25日の第3回公判で影山被告は、強盗目的とされた捜査段階の供述などについて「記憶にありません」と繰り返した。男性裁判員は影山被告に「2番目の暴挙(女性殺害)にまで出ようと思ったのはなぜか」と尋ね、被告は「男性と女性は一体(の存在)だった」と述べた。
 午後には遺族らが証人出廷。女性の長男は「優しくもあり厳しくもある母だった。(被告には)死をもって償ってほしい」と強い口調で話した。社長の長男は弁護側の質問に「約6年間、父の事務所で働いたが給料の未払いが1年半続き、借金をして自己破産をした。殺人事件だが、単純に加害者と被害者の図式でははかれないものだと思う」と述べ、被告が借金で追い詰められていた状況に一定の理解を示した。そして「死刑で終わりではあっけない」と無期懲役を求めた。検察官が「死刑ではなく一生かけて罪を償ってほしい」という社長の長女や次女の供述調書を朗読した。また、弁護側証人として出廷した被告の長男に、被害者参加制度を利用している女性の長男が「もし死刑が確定したら私を恨みますか」と直接尋ねた。この質問を小倉哲浩裁判長が「遺族にそれだけ激しい思いがあることをどう思いますか」と言い換えると、長男は「そう思われても当然です」と答えた。
 26日の論告で検察側は殺害の目的について殺害の目的を「社長への恨みに加え、通帳を奪う目的もあった」と主張。事務所の資金を工面するためにした借金の増加が「重くのしかかったのは明らかだ」とした。検察側は「強盗殺人罪は死刑か無期懲役の事件。死刑については、被告に有利な事情を真剣、慎重にみる必要がある」と説明した。その上で、死刑の適用基準を示した最高裁判例に沿い検討。「2人は信頼しきっていた被告からいきなり襲われて訳も分からないまま絶命し、無念さは察するにあまりある」と指摘。凶器の工具を用意して殺害方法や遺体の隠し場所をあらかじめ決めており、計画的と非難した。一方で、社長が事務所の資金繰りを切迫させ、被告を私的な雑務に使ったと指摘。動機に同情の余地があるとした上、遺族の多くが死刑を望んでおらず、犯行形態が通常の押し込み強盗や路上強盗とは異なる点も有利な事情に挙げ、死刑選択がやむを得ない場合に当たらないと結論付け、無期懲役を求刑した。
 その後、被害者の長男が意見陳述し、「情状があれば死刑にならないのでしょうか。私は極刑を望みます」と涙ながらに訴えた。
 弁護側は最終弁論で「殺害は金目的ではなく、抑圧された人間関係から逃れるためだった」として、強盗殺人罪の成立を否定。検察側の無期懲役求刑について「重過ぎる。影山被告が社長らに長年尽くしてきたことを考えると、これからの人生を社長への償いだけで過ごすのは理不尽だ」と訴えた。過去の判例にとらわれず、市民の裁判員が意見を述べるのが裁判員制度の意義とし、「思い切った温情のある判決を」と有期懲役を求め締めくくった。
 影山被告は最終意見陳述で「2人の無念さ、遺族への思いを死刑なら執行まで、それ以外の刑なら一生背負って頑張りたい」と述べた。裁判員に「全国的に注目されプレッシャーが掛かり大変申し訳ない。話を聞いてくれ、ありがとうございました」と頭を下げた。
 判決で小倉哲浩裁判長は、動機を社長への嫌悪感に加え、「会社の資金繰りや借金返済のため、社長の口座から金を引き出すことを考え殺害した」と認定。金目的ではないとの弁護側主張を退けた。しかし「社長が会社資金を自分のものとしていたため、被告が資金繰りに苦慮して個人的に借金を重ねざるを得なくなった。長年にわたり個人的な雑務にも従事させられていた」と指摘。そして「精神的負担や経済的状況を解決しようと2人を殺害したもので、刑事責任は重大。遺体を長期間放置し、2人の生存を装っていた点は悪質。しかし社長が被告を追い込んだことが原因で同情の余地が大きく、命で償わなければならないとは言い難い。ただ女性まで殺害したことは許されず、減軽は考えられない」とした。
 裁判員経験者のうち2人が記者会見し、「極刑から有期懲役まで涙を浮かべながら評議で話し合った」「無期懲役求刑が出ても意見の幅は狭まらず、いろんな角度から議論した」と述べた。
備 考
 強盗殺人事件で検察側が起訴し、殺害された人数が2名であったことから、裁判員裁判で初めて死刑が求刑される可能性があったため、マスコミが初公判前から連日大きく報道した。
 裁判員選任にあたり鳥取地裁は、選任手続き期日前に裁判員候補者78人の辞退を認めた。22日の手続き当日にも8人の辞退を許可しており、当初の候補者130人のうち66%にあたる86人の辞退が認められ、平均より10ポイント以上高率となった。裁判長との個別面接では、死刑反対を理由に辞退したいと申し出た人もいた。この人たちは選任から漏れている。
 公判中の裁判員らの質問について、検察側は「裁判員は素晴らしい」、弁護側も「どちらに有利不利かは関係なく、非常にいい質問をされている」と評価した。
 被告側は控訴した。担当した杉山尊生弁護士は「裁判官や裁判員に、強盗目的ではないということを伝えられなかった弁護側の技術不足・ミス。それが原因で誤った判断がなされたまま、被告が生涯を刑務所で終えることを許容できない」としている。影山被告に控訴の意思はなく判決を受け入れる姿勢だが、弁護人3人で協議し、影山被告の了承を得た上で弁護人の連名で控訴したという。2010年9月13日、広島高裁松江支部で被告側控訴棄却。2012年7月2日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
三上静男(60)
逮 捕
 2007年1月26日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、詐欺他
事件概要
 茨城県阿見町の男性は1983年に室内装飾会社を設立したが、バブル崩壊後に経営が悪化し、金融機関などからの借金が6000万円を超えた。男性社長は2000年4月頃、長年の飲酒で患った肝硬変や糖尿病が悪化して入院。社長の妻であるKS受刑者、社長の娘であるKK受刑者、娘の夫であるKM受刑者はこのまま社長が死んで死亡保険金を受け取ることができれば借金が返済できると期待したが、社長は6月中旬に退院し、再び酒を飲み始めた。弁護士からは社長の自己破産を勧められたが、金融機関からの借金はKS受刑者、KM受刑者が連帯保証人になっており、家の土地や建物は抵当に入っていたため、できなかった。
 KM受刑者と共同で工務店を経営しているKS容疑者は、社長に約4000万円を貸していたことから保険金殺人計画を持ちかけ、KS受刑者らは了承した。
 KM受刑者らはKS容疑者に紹介された不動産ブローカー三上静男被告に殺害を依頼。2000年7月中旬頃から三上被告は水戸市にある自らの会社事務所に社長を住み込ませ、配下である暴力団組長後藤良次被告や、後藤被告の配下である組員O受刑者、無職U受刑者、土木作業員S受刑者、SH容疑者らを使って、連日、日本酒や焼酎を無理やり飲ませた。糖尿病の持病があった社長は次第に衰弱。8月12日、三上被告、後藤被告、O受刑者、U受刑者は社長(当時67)を会社事務所から日立市にある三上被告の自宅に連れ込み、「家に借りたい」と話す社長を怒鳴りつけ、スタンガンを当てるなどして強制的に飲ませ、さらにウオッカの瓶を口に押し込んで無理矢理飲ませて意識を失わせた。その後、後藤被告や社長の車などに分乗し、会社事務所に戻る途中の13日、男性は呼吸不全で死亡した。男性の遺体は、茨城県七会村(現城里町)の山林に車とともに遺棄された。
 男性は2000年8月15日朝に発見された。いくつかの不審な点はあったものの、県警は病死として処理し、KS受刑者らは生命保険会社から約9800万円の保険金を受け取った。うち6600万円はKS容疑者を通して三上被告が報酬として受け取り、残りを借金の返済に充てたが、返しきれなかった。
KS受刑者らの自宅と土地は2002年3月に差し押さえられた後競売にかけられ、9月にKS容疑者が落札し、その後はKS受刑者らを住まわせていた。
 別の事件で一・二審死刑判決を受け上告中だった後藤良次被告は2005年10月17日、1999年11月から2000年にかけて殺人2件と死体遺棄1件に関与したという内容の上申書を茨城県警に提出した。そのうちの1件が本件である。
 2006年11月25日、茨城県警組織犯罪対策課は詐欺の疑いで、KS受刑者(当時74)、KK受刑者(当時49)、KM受刑者(当時51)、KM受刑者の兄夫婦を逮捕した。5人は2000年10月19日、県内の金融機関で、名義を偽って普通預金口座を開設し、通帳2通、キャッシュカード2枚をだまし取った。この口座は社長の死亡によって受け取った生命保険金の一部を隠すために使われた。
 2006年12月9日、茨城県警は日立市内の飲食店で店員にいいがかりをつけ謝らせたとして三上静男被告(当時57)を強要容疑で逮捕した。三上被告は2005年9月23日午前1時20分ごろ、同市内の飲食店でアルバイト店員(当時21)に「(出されたものが)注文したものと違う」といいがかりをつけ、胸ぐらをつかむなどして謝罪させたとされる。
 2007年1月26日、殺人容疑で後藤被告、三上被告、KS受刑者、KK受刑者、KM受刑者、ON受刑者、UM受刑者、SK受刑者が逮捕された。
裁判所
 最高裁第三小法廷 田原睦夫裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年3月3日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 三上被告は一・二審で無罪を主張している。
備 考
 KS容疑者(当時52)は2006年12月31日に交通事故死している。SH容疑者は2004年10月に自殺している。茨城県警水戸署捜査本部は2人を殺人容疑で容疑者死亡として書類送検した。
 詐欺罪に問われたKM受刑者の兄夫婦は2007年3月14日、水戸地裁で懲役1年執行猶予3年(求刑懲役1年)の有罪判決が言い渡され、確定している。裁判官は「だまし取った保険金を隠すためとは知らなかったことなど、酌むべき事情がある」と指摘した。
 殺人容疑で逮捕されたON受刑者、UM受刑者、SK受刑者は2007年2月16日、「刑事責任は極めて軽微」などとして、起訴猶予処分となった。
 2007年7月26日、水戸地裁の河村潤治裁判長は、KS受刑者とKK受刑者に懲役13年(求刑懲役16年)、KM受刑者に懲役15年(求刑懲役18年)を言い渡した。3被告は控訴したが、KS受刑者は8月28日、KM受刑者が30日、KK受刑者が31日に控訴を取り下げ、確定した。
 後藤良次被告は2009年6月30日、水戸地裁で懲役20年(求刑無期懲役)判決。被告側控訴中。後藤被告は別の事件で死刑が確定しており、有罪判決が言い渡されても、その刑は執行されない。

 2009年2月26日、水戸地裁で求刑通り一審無期懲役判決。2009年8月24日、東京高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
今田文雄(63)
逮 捕
 2007年11月25日(銃刀法違反の現行犯逮捕。12月16日、殺人容疑で再逮捕)
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、銃刀法違反他
事件概要
 福岡市の指定暴力団道仁会系組員今田文雄被告は、2007年11月8日午前7時40分ごろ、佐賀県武雄市の整形外科医院に侵入。2階個室に入院していた同市に住む板金業の男性(当時34)を対立抗争中の暴力団関係者と間違え、拳銃を4発発射、うち2発を命中させて失血死させた。
 九州最大規模の指定暴力団である道仁会(福岡県久留米市 構成員・準構成員約950人)は、2006年5月に松尾義久会長が新たな会長に就任。これに反発した傘下の村上一家などが離脱し、九州誠道会(同県大牟田市、構成員・準構成員約440人)を結成した。
 松尾会長は九州誠道会の結成に激怒、関係者を絶縁処分にしたとされる。その直後から2006年7月にかけ、道仁会を狙った発砲事件が福岡、佐賀、長崎各県で続発した。
 その後、抗争はいったん沈静化したかに見えたが、2007年6月に佐賀県で九州誠道会系組長が刺殺された。8月には松尾会長が福岡市の路上で射殺され、その翌日には熊本市で報復とみられる九州誠道会系組会長を狙った銃撃事件が発生した。11月24日には福岡県大牟田市で、九州誠道会系組幹部が病院前で射殺された。
 今田被告は、世話になった松尾会長が九州誠道会の組員らに射殺され、報復のため同会幹部を殺害しようとしたが所在をつかめなかった。関係者がこの医院に入院しているとの情報を入手し、部屋番号だけを頼りに、関係者と男性が部屋を入れ替わったことも知らずに犯行に及んだ。
 今田被告は事件後逃走。防犯カメラに写っていた映像から、捜査本部は22日に殺人容疑で逮捕状を取った。25日午前0時50分頃、福岡県大野城市内で、福岡県警の自動車警ら隊の捜査員がパトカーを見てUターンするなど不審な白いクラウンに乗った男女を見つけ職務質問をしたところ、今田被告が拳銃1発を空に向けて発砲。捜査員がその場で今田被告を取り押さえた。また一緒にいた福岡市の無職女性(当時44)も覚せい剤取締法違反(所持)容疑で逮捕した。今田被告は上着の内ポケットに別の回転式拳銃1丁を隠し持ち、実弾も20数発所持していた。
 同乗していた女性は後に殺人容疑で再逮捕されたが、処分保留となっている。
裁判所
 最高裁第一小法廷 宮川光治裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年3月8日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 量刑不当を訴えたか?
備 考
 2008年6月10日、佐賀地裁で懲役24年判決。2009年2月3日、福岡高裁で一審破棄、無期懲役判決。
 2014年8月13日、大阪医療刑務所で病死。67歳没。病名は不明。

氏 名
栩原慶一(62)
逮 捕
 2008年9月26日?(11月25日、強盗殺人容疑で再逮捕)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人
事件概要
 京都府八幡市の無職栩原(とちはら)慶一被告は2008年4月22日午前11時30分、滋賀県甲賀市内の山林において、知人で宇治市に住む元会社社長の男性(当時63)をナイフで刺すなどして殺害し、通帳(残高約3067万円)や現金約38000円を奪った。
 被害者の男性は2006年秋、経営する矯正下着販売会社の倒産を控えて栩原被告と相談し、栩原被告名義の口座に約3000万円を隠匿し被害者が管理した。殺害直後、全額が栩原被告の別の口座に移した。
 京都府警は詐欺容疑で栩原被告を逮捕。栩原被告が殺害を自供し、府警は被害者の遺体を11月23日に発見。25日、京都府警は遺体が被害者であることが確認し、栩原被告を強盗殺人容疑で再逮捕した。
裁判所
 最高裁第一小法廷 白木勇裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年3月8日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 量刑不当を訴えたか?
備 考
 栩原被告は詐欺容疑で逮捕されたが、京都地検は「強盗殺人に関連する行為で、あえて起訴する必要はない」と判断、不起訴(起訴猶予)とした。また、詐欺事件の共犯で逮捕された女も「関与の程度が低い」として不起訴(同)とした。
 2009年6月3日、京都地裁で求刑通り一審無期懲役判決。控訴審判決日不明。

氏 名
朝倉利明(50)
逮 捕
 2009年6月30日(窃盗容疑)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、死体遺棄、窃盗他
事件概要
 長野県千曲市の鉄工所経営、朝倉利明被告は2009年4月1日午後1時半ごろ、上田市に住む会社役員の男性(当時61)の自宅を訪れ、男性の背中に洋弓銃で矢(長さ37.6cm)を発射し、折り畳みナイフ(長さ9.36cm)を突きつけて男性を脅し、キャッシュカードを奪った。そして再び矢を発射し、ナイフで頭や胸などを約20回刺して殺害した。また男性宅にあった貴金属類や家電(時価合計168,300円相当)などを盗んだ。
 朝倉被告は。翌日、男性宅からプラスチックケースに入れて遺体を運び出した。そして20日、事情を知らない知人に鉄工所内で穴を掘らせ、ケースごと遺体を埋めた。さらに6月下旬に掘り返して、プラスチックの箱ごと鉄製の箱(幅約110cm、奥行き約60cm、高さ約50cm)に隠し、鉄工所の敷地に埋めた。その間、4月1〜17日の21回にわたり、男性の口座から現金合計1105万円を引き出した。
 朝倉被告は、妻の経営する洋服リフォーム店を男性が利用していたことから知り合った。朝倉被告は数百万円の借金があり、事件の数か月前には、男性に鉄工所の土地の購入を持ちかけたり、借金を申し込んだりしたが、いずれも断られていた。
 男性は1人暮らし。行方が分からなくなり、親族の女性が家出人として上田署に届け出た。県警は事件に巻き込まれたとみて捜査していた。
 県警捜査1課と上田署は6月30日夜、朝倉利明被告を窃盗容疑で逮捕、7月21日には死体遺棄容疑で逮捕。そして8月11日、強盗殺人容疑で再逮捕した。
裁判所
 長野地裁 土屋靖之裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年3月18日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。起訴事実に争いはなく、公判前整理手続きで争点は量刑に絞られた。
 2010年3月15日の初公判で朝倉被告は起訴内容を「間違いありません」と全面的に認めた。
 冒頭陳述で検察側は、金に困っていた朝倉被告が2009年3月に受注した工事をめぐり、下請けに支払う代金の期日が4月に迫っていたことなどから、男性から金を奪うことを決意したと指摘。事前に下見をするなど、「犯行は計画的」とした。
 また犯行時、強い殺傷力を持つとされる洋弓銃を男性に向けて使用し、さらに「折り畳みナイフが壊れるほどメッタ刺しした」などと、犯行の悪質さを主張した。口座から引きだした現金を、逮捕されるまでの約3カ月間に遊興費などで約720万円使ったことも明らかにした。
 一方、弁護側は朝倉被告が事件直前の4月1日午前、男性に借金を申し入れたことに触れ、「応じてもらえれば殺すことを回避するつもりでいた。計画を実行に移すことにためらいを感じていた」と主張。朝倉被告が引き出した現金で買ったクレーン車を売却した約100万円を男性の遺族に返す意向を示し、また遺族へ謝罪の手紙を書いたことなどから、「被告が深く後悔し、反省している」と訴えた。
 3月17日の論告で検察側は、男性に洋弓銃を撃ち、ナイフで繰り返し刺すなどの犯行を描写し、被告を「冷酷かつ残虐非道」と強調。動機も「金欲しさにすぎず酌むべき事情はない」と主張した。しかし死刑を求める遺族感情を「考慮に値する」と述べたが、「残虐非道だが、被害者は1名。被告は反省しており、極刑にはちゅうちょを覚える」と、死刑求刑は避けた。
 同日の最終弁論で弁護側は、朝倉被告が「金銭的にせっぱ詰まっていた」ことが事件の動機になったと説明。犯行の悪質さを認めた上で、「ばれたくないという気持ちから、理性的な判断ができなかった」と強調した。
 量刑については「動機には同情の余地があり、更生も可能。死刑は回避すべきだ」と主張。さらに「動機には同情の余地がある。やり直す機会を与えるべきだと思うなら、一歩進んで有期懲役を選択していただければ」と、裁判員らに対して酌量減軽を求めた。
 判決で土屋裁判長は、被告が犯行を計画通りに遂行したことや徹底的に証拠隠滅工作をしたことを挙げながら、「殺害方法は冷酷かつ残虐。遺体は産業廃棄物とともに埋められた。人格の尊厳を踏みにじる行為」と非難した。動機について弁護側が「金銭的にせっぱ詰まっていた」と主張していたが、判決は金融機関の厳しい取り立てなどはなかったとし、「素直に妻に相談して、生活費を節約するなどすればよかった」と指摘した。
 土屋裁判長は死刑も含めて検討すべき事件だったとした上で、「被告は公判中に子供を思って涙を流し、わずかながら人間的な側面を見せた。更生が不可能とは言い切れない」などとして死刑を回避。言い渡し後、土屋裁判長は「被告の刑事責任は極めて重く、その反省も十分とは言えない。被告に対する仮釈放の運用には相当慎重な配慮が必要」と述べた。
 判決後、土屋裁判長は裁判員の意見として、「罪の重さと遺族の無念さを真摯に受け止め、一生かけて被害者のご冥福を祈るようにしてください」と話した。
備 考
 控訴せず確定。仮釈放の運用について土屋裁判長が意見を述べたことについて、青木寛文弁護士は「刑法下での仮釈放の運用は行政権に委ねられており、司法権の介入と取れる」と批判。「反省が不十分と認定された点にも不満があり、弁護人の立場から控訴を検討したが、被告の意思を尊重した」とした。

氏 名
村上友隆(45)
逮 捕
 2009年10月15日
殺害人数
 0名
罪 状
 集団強姦致傷、強姦致傷、強姦、逮捕監禁他
事件概要
 東京都立川市の無職村上友隆被告は、アダルト系のSNS(交流サイト)で女性乱暴関連のスレッドに「助手がほしい」などと書き込んで仲間を募り、応じてきた男とメールでそれぞれ連絡を取って、2人1組で2001年10月〜2008年9月までの間に、20〜30代の女性計5人を車に連れ込み、別の場所で乱暴。また他に1件の暴行事件がある。村上被告の他に埼玉県上尾市の無職KS被告、横浜市の無職KK被告、千葉市の土木作業員NK被告が逮捕された。
 起訴された事件は以下。
  • 2001年10月、村上被告と?被告(未確認)は女性を強姦した。
  • 2002年7月、村上被告とKK被告は東京都武蔵村山市内で、深夜に路上を歩いていた女性を車に連れ込み、瑞穂町内の公園駐車場まで連れて行き、車内で女性を強姦した。
  • 2002年10月2日午後11時頃、村上被告とNK被告は立川市の路上で帰宅途中の30代の女性をナイフで脅した上、麻酔作用のある液体を染み込ませた布で口元を押さえて失神させて乗用車に乗せた。その後、立川市にあった村上被告の当時の自宅に連行し、集団暴行した。女性は薬品で6ヶ月の顔面熱傷を負った。
  • 2003年7月、村上被告とKK被告は東京都立川市内で、深夜に路上を歩いていた妊娠中の女性を車に連れ込み、瑞穂町内の公園駐車場まで連れて行き、車内で女性を強姦した。
  • 2004年7月中旬、村上被告とKS被告は青梅市内の30代女性宅に侵入。ナイフで女性を脅して乱暴しようとした際、手首に4日間のけがをさせた。
  • 2008年9月下旬、村上被告とKS被告は立川市内の路上を歩いていた30代の女性をワゴン車に連れ込み、手足などに2週間のけがを負わせたうえ、粘着テープで縛り監禁。村上被告の自宅で乱暴した。
裁判所
 東京地裁立川支部 山崎和信裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年3月18日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。争点は起訴事実の一部についてと、量刑に絞られた。
 3月9日の初公判で、村上被告は計6人の女性を襲ったことは認めたが「刃物は使っていない」など当時の言動について争う姿勢を示した。
 検察側は冒頭陳述で裁判員に対し「首謀者としてレイプサイトで仲間を募り、ビデオで撮影して口止めする行為を繰り返していて非常に悪質で、被害は重大。再犯の可能性が極めて高く、被告を社会に戻していいか考えてほしい」と訴えた。
 弁護側は「上申書を自ら書いていたことで共犯者の逮捕につながった」と主張。「深く反省していて、どんな刑でも受けるつもりでいる」と訴えた。また「事件から時間がたっており、被害者や検察の言葉すべてが真実とは言えない」と述べた。
 12日の第4回後半における被告人質問で、村上被告は「申し訳ない」と謝罪。検察官から犯行理由を問われると、以前の性的暴行事件で服役した際に「支えになる」と約束していた元妻が、別な男性と再婚していたことに触れ、「女性を憎む気持ちが大きくなった」と説明した。
 3月15日、起訴された6件の被害者のうち5人が書面で「どこまで他人を侮辱すればいいのか」「心が殺された」などと意見陳述した。
 その後の論告で検察側は、弁護人による▽すべての事件で刃物を使ったわけではない▽「騒ぐと殺す」と脅したことはない−−などの主張について、被害者の供述や押収されたビデオの内容から信用性がないと指摘。村上被告が被害女性をビデオで撮影したことについて「血も涙もない」と主張した。また事件後に不眠や神経症に悩まされたり、婚約解消や退職を余儀なくされたりした被害者がいることに触れ「無差別的で通り魔的、計画的な犯行で悪質。以前に同様の事件で服役したが、その後も次々に犯行に及び、再犯の可能性も高い。結果が非常に重大で、被害者は厳しい処罰を望んでいる」とした。
 同日の最終弁論で弁護側は、「検察側に裁判員を意識した過剰な演出がある」と反論。被告が一部事件で被害者に刃物を突きつけたとする検察側主張に対し「刃物を使った記憶はない」などと争う姿勢を見せたことに関連し、「自分がしたこと以外のことで処罰するのはおかしい。冷静で公正な判断を」と情状酌量を求めた。
 判決で山崎裁判長は、量刑の理由として、〈1〉偶然発見した女性を強姦しており通り魔的〈2〉犯行をビデオで撮影するなどしており、聞くに堪えないほどの陵辱行為を加えた〈3〉共犯者に指示しており、主導的な役割を果たした――などを挙げ、5件で村上被告の主導的役割を認定。た。強姦事件での服役経験がある点については、「出所後の手口は格段に悪化している」と述べ、「再犯の恐れは非常に大きい」とした。そして「戦慄を覚えるほど冷酷非情。一生かけて贖罪の日々を送らせるほかはない」と述べた。
 判決後、山崎裁判長は「人間として許されない事件を何件も繰り返した。人の苦しみや悲しみを理解する力が欠けていたことが犯行の大きな原因で、(自身のこうした)問題を見つめて更生に努めなさい」と諭すと、村上被告は「分かりました」と小声で答えた。
 判決後、裁判員経験者(男性3人、女性2人)と補充裁判員の経験者(男女各1人)が、同支部内で記者会見に応じた。
 無期懲役について、30代の男性会社員は「今回の判決が浸透して、こうした事件がなくなれば」、50代の主婦は「判決文に気持ちがすべて込められている」と述べた。また審理期間の長さについては、「今回の事件には必要な期間だった」(20代女性会社員)「被害者や被告にとって、一生の問題なので時間をかけて理解しなければと思った」(50代主婦)など、出席者7人全員が好意的にとらえた。最終弁論で、弁護人が「(検察側の)演出が過剰」と批判した点については、補充裁判員経験者の2人は「あれぐらいでないと裁判員には伝わらない」(女性)、「弁護側には、もっと裁判員裁判を意識してほしかった」(男性)と注文を付けた。
備 考
 村上友隆被告は1994年にも強姦で懲役3年6ヶ月の実刑判決を受けており、事件は服役を終えた3年後であった。
 KK被告は2009年11月11日、東京地裁立川支部(毛利晴光裁判長)で懲役9年(求刑懲役13年)判決。被告側控訴中(2010年2月15日、初公判)。
 KS被告は2009年12月11日、東京地裁立川支部(原田保孝裁判長)で懲役13年(求刑懲役15年)判決(裁判員裁判)。
 NK被告は2010年3月28日、東京地裁立川支部(毛利晴光裁判長)で懲役7年(求刑懲役10年)判決(裁判員裁判)。
 被告側は控訴した。弁護人の永田光博弁護士は「無期懲役では重すぎる。(村上被告は)金銭を奪ったり、被害者に対して殊更にひどい傷害を負わせたりしたわけではない」と話し、「裁判員裁判だからといって、過去の事例と比べて、量刑が重くなるのは不公平」と説明した。2010年8月30日、東京高裁で被告側控訴棄却。2012年3月6?日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
佐藤文彦(49)
逮 捕
 2009年8月14日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、強盗強姦、死体遺棄、窃盗
事件概要
 福島県いわき市の無職佐藤文彦被告は2009年8月10日、茨城県那珂市の建築会社社長の知人女性(当時59)をいわき市に呼び出し、午後7時半頃、車中で女性にナイフを突き付け、銀行キャッシュカード3枚と現金11000円が入っていたバッグを強奪。強姦後の午後9時ごろ、車内で女性の胸や背中をナイフで少なくとも34回突き刺して殺害した。そして午後10時頃、いわき市の山林のがけ下に女性の遺体を投げ捨てた。そして午後8時半頃から12日午前8時頃までの間、11回にわたり、キャッシュカードを使って、いわき市内のコンビニ店など5か所の現金自動預け払い機(ATM)から165万円を引き出した。
 佐藤被告は女性が社長を務める建築会社の顧客で、家の購入を仲介してもらっていた。
 女性の銀行口座から計約160万円を引き出す姿が防犯カメラに写っていたことから、茨城・福島両県警は佐藤被告を追求。佐藤被告は容疑を認めた。14日、女性の遺体を発見し、佐藤文彦被告を死体遺棄容疑で逮捕した。24日、強盗殺人容疑で再逮捕した。
裁判所
 水戸地裁 河村潤治裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年3月19日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。起訴事実に争いはなく、公判前整理手続きで争点は計画性や殺意の発生時期、強盗の犯意に絞られた。
 2010年3月16日の初公判で、佐藤文彦被告は「初めから殺そうと思って呼び出したわけではない」と起訴内容を一部否認した。
 検察側は冒頭陳述で動機について「被告は家のローンなどで3400万円以上の借金があり、返済や生活費に困っていた」と指摘した。殺意を持った時期について検察側は、事件1カ月前の同年7月中旬ごろ計画し、ペティナイフを事前に購入するなど「当初から強盗、殺害を計画していた」と主張。そして「被告は現金を奪いやすい女性から奪おうと考えた。人気のない旧道を選ぶなど犯行は計画的で、発覚防止のため当初から女性を殺害するつもりだった」と指摘した。
 これに対し弁護側は、「犯行前にナイフを購入したのは脅すためで、金を奪った後は解放するつもりだった。車内で暴れた女性に腹をけられたことで殺意が生じた。女性は金持ちだから100万円奪っても警察に通報しないだろうと思っていた」と反論し、殺害は衝動的だったと説明した。
 3月17日の論告求刑で検察側は佐藤被告が借金を重ねて生活に困ったことから、家の購入をめぐり知り合いだった女性の現金を奪って殺害することを考え、凶器などを準備したと指摘。遺体をがけ下に遺棄して逃走し、引き出した現金をパチンコに使うなど、「身勝手な動機に同情の余地はない。冷酷で悪質極まりない」と主張した。
 同日の最終弁論で弁護側は「被告は公判で『ナイフで脅し金を取れれば家に帰す予定だった』と話している。供述調書には『逮捕されないためには殺すしかない』とあるが、信用性がない。取り返しのつかないことをしたと後悔し、遺体発見に協力するなど反省している」として懲役30年が相当と主張した。
 同日、佐藤被告は最終陳述で「死刑で償いたい」と述べた。
 被害者参加制度で意見陳述した女性の長女と次女は「(被告に)同じような思いをさせたい。死刑を望みます。死刑でなく無期懲役になるぐらいなら、わたしたちが死刑になるほうがまし」と強い処罰感情を述べた。
 判決理由で河村裁判長は「容赦なく殺害し、引き出した現金でパチンコに興じている」と指弾。「身勝手で自己中心的な犯行動機にくむべき点はなく、被害結果は重大」として、死刑か無期懲役かを検討したと言及。「市民感覚に照らせば死刑も十分に考えられるが、冷厳な極刑である死刑を持って臨むのは躊躇せざるを得ない」とした。また、検察側と弁護側が争った殺意の発生時期については、乗用車の荷台で縛られていた女性が暴れ、ナイフを持って下車した時点で発生したとして、「最初から殺意があった」とする検察側の主張を退けた。
 判決後には男性裁判員2人が記者会見に出席。「極刑を望む声が最初は強かったが、客観的に事件を見ようという姿勢に変わった」と振り返った男性裁判員は「判決文末尾の『仮釈放について慎重な運用を求める』という付帯文に裁判員の評議が言い尽くされている。遺族感情を考慮し、終身刑に近い無期懲役という意味でつけた」と話した。裁判長からは判決文に付帯文がつけられることは少ないと説明されたという。
備 考
 控訴せず確定。

氏 名
斉藤綾(29)
逮 捕
 2007年1月29日
殺害人数
 3名
罪 状
 殺人、現住建造物等放火
事件概要
 証券会社パート従業員斉藤綾被告は2007年1月29日午前1時35分ごろ、埼玉県熊谷市の自宅で、庭の灯油入りタンクを室内に持ち込み、1階居間と3人が寝ていた寝室に灯油をまき、ライターで居間の座布団に放火し全焼させ、父(当時78)、母(当時61)、長男(当時5)を殺害した。
 斎藤被告は高校卒業後、年下の男性と結婚。成人式のころには長男を出産したが、離婚して2004年から両親と同居していた。育児は両親が行っていた。
裁判所
 さいたま地裁 傳田喜久裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年3月25日 無期懲役
裁判焦点
 さいたま地検は斉藤綾被告の鑑定留置を請求し、地裁は認めた。8月16日、さいたま地検は斉藤被告の刑事責任を認め、起訴した。
 公判前整理手続きで、争点は殺意と責任能力の有無に絞られた。
 2008年7月31日の初公判で、斉藤被告は「私は火を付けました。でも(3人を)殺す気も死なせるつもりもありませんでした」と述べ、殺意を否認した。
 検察側は冒頭陳述で「斉藤被告は当時、仕事や交際相手との別れ話などに悩んでいた」と指摘。「家族を失い一層不幸になれば、交際相手が同情して自分のもとに帰るかもしれないと考え、両親らの殺害を決意した」と動機を説明した。その上で「確実に3人を殺害するため、自らが医師から処方された2種類の睡眠導入剤を事件前に両親に飲ませた」と訴えた。
 弁護側は冒頭陳述で「(斉藤被告は)離婚した夫の暴力などで抑うつや不眠に陥り、精神科医院に通院していた。事件直前に交際相手に冷たくされ、激しい抑うつ感を抱く中で火を付けた。当時、うつ病にかかっていた可能性もある」とし、心神喪失または心神耗弱状態にあったと主張した。
 弁護側は鑑定留置中に行われた精神鑑定結果を不服として、同地裁に改めて鑑定を実施するよう求めているが、地検は「必要ない」とし、地裁は結論を留保している。
 2009年7月1日の期日間整理手続きと公判で、斉藤被告は一転、未必的な殺意を認めた。今後は、確定的な殺意と責任能力の有無が争点となる。伝田裁判長は、弁護側が求めていた精神鑑定の実施を決めた。
 12月24日の論告求刑で検察側は「火を付ける前に多量の睡眠薬を両親に服用させ、外から玄関に施錠して逃げ道をふさいだ。確定的な殺意があったのは明らか」と指摘し「強固な意志に基づく計画的な犯行」と主張した。動機については斉藤被告が当時、仕事に必要な資格試験の出来が思わしくなかったことや、交際相手の男性に別れ話をされていた一方、男性や友人との夜遊びを繰り返していたと指摘。「もともと自己中心的で責任感がない上、『自分が不幸になれば、交際相手が戻ってくるかもしれない』と、悲劇のヒロインを装って気を引く意図があった」とした。そして「責任能力に問題はない。反省も不十分」と述べた。
 2010年2月2日の最終弁論で弁護側は、斉藤被告は生来的にストレスに弱く、犯行当時は会社の試験や交際相手との関係で悩んで適応障害だったとし、「被告の未熟さゆえの衝動的犯行で、情状を考慮すべき精神状態だった」と主張。また、検察側が犯行直前に両親に睡眠薬を飲ませたことなどから計画的犯行と主張している点について「長男には飲ませていないなど、計画性の根拠にならない」と反論した。また検察側が「交際相手に悲劇のヒロインを演じるため」とした殺害の動機については「想像上の産物」などと批判した。
 斉藤被告は最終陳述で「3人はかけがえのない大切な人だったのにこんな事件を起こしてしまった。3人の分も生きていきたい。一生かけて謝り続けます」と涙ながらに訴えた。
 判決で傳田喜久裁判長は「完全責任能力を認めた精神鑑定は信用できる。確定的な殺意も明らか。犯行の際の記憶が保持されている」などとして、被告に責任能力があったと認定。また、動機について「犯行前夜の交際相手の電話でのつれない態度などから孤独感、空虚感、絶望感を募らせ、『すべてを消したい』との思いから犯行に及んだ」と指摘。量刑については「死刑をもって臨むことも十分考えられる事案」と言及した。 そして「数日前に睡眠薬を準備して両親に飲ませており計画的。動機や目的は身勝手極まりなく、人格や生命の尊厳を全く顧みないもので到底許されない」と述べた。
備 考
 被告側は控訴した。控訴取り下げ、確定

氏 名
樋口邦雄(46)
逮 捕
 2008年11月25日
殺害人数
 2名
罪 状
 殺人、現住建造物等放火、住居侵入
事件概要
 会社員樋口邦雄被告は1990年に大学を卒業して上田市の実家に戻ってきたが、真向かいに住む夫婦宅と境界線を巡って長年トラブルとなっていた。樋口被告と夫婦宅は道幅約2mの狭い路地を挟んで向かい合っていた。道は細いクランク状となっており、樋口被告の車がカーブを曲がる際に、夫婦宅の塀にぶつかったり、敷地内を通過したりするなどして「(敷地を)踏んだ」「踏まない」などともめていた。妻は樋口被告の運転状況をカメラで撮影していた。
 樋口被告は2008年11月21日午前7時45分頃、自宅近くの路上で、出勤しようとして運転する乗用車の通行を妻(当時75)に妨害されたことに腹を立て、妻を撥ねた上でひいた。妻は車の下敷きになり、脳挫傷で死亡した。樋口被告はさらに向かい方へ侵入し、夫(当時82)の頭を持ち込んだ傘や宅にあった杖で殴りつけ、杖を首に押しつけて窒息死させた。
 上田被告は殺害後の午前8時5分頃、自殺する目的でガスコンロで火を付けたタオルを向かい宅の1階廊下に投げ、天井や壁など約6平方メートルを燃やした。樋口被告は煙を吸い込んで倒れ、一酸化炭素中毒で一時重体となった。
 捜査本部は樋口被告が退院した11月25日、夫への殺人容疑で逮捕した。
裁判所
 長野地裁上田支部 川口泰司裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年3月26日 無期懲役
裁判焦点
 公判は被害者参加制度が適用され、夫婦の長女らの代理人弁護士が検察官の横に座り、遺族は傍聴席に座った。
 2009年10月2日の初公判で、樋口被告は「(間違いは)ありません」と起訴内容を全面的に認めた。
 検察側は冒頭陳述で、「被告は被害者に嫌がらせをされていると一方的に思い込んだ」と指摘。「被害者夫妻に落ち度はなく、悪質、執拗な犯行で、理不尽な動機に酌量の余地はない」と主張した。弁護側は、「夫婦の継続的な嫌がらせに対して樋口被告が怒りを一気に爆発させた。被害者側にも落ち度があった。当時、被害妄想で被告の判断力は減退していた」として、情状酌量を求めた。
 11月27日の第3回公判で、樋口被告は被告人質問で「我を忘れて申し訳ないことをした」と述べた後、川口裁判長に促され、傍聴席の遺族らに向かって頭を下げた。
 12月18日の論告求刑で検察側は「ゆがんだ思い込みによる殺人」と強調。被害者側からの長年の嫌がらせが犯行につながったとの樋口被告と弁護側の主張に「根拠もなく事実ではない」とし、「被害者に殺されるような落ち度はなく、動機に同情の余地はない」と指摘した。その上で、遺族が公判で死刑を望んだ点に触れ「遺族の思いは尊重されるべきだ。一方で、犯行に利欲性はなく、反省は不十分だが、自殺を図ったり犯行を認めたりしている」と求刑理由を説明した。また、被告が被害者宅に放火した際、妻は死亡していなかったとし、弁護側が主張する非現住建造物等放火ではなく、現住建造物等放火に当たるとした。
 この後、被害者参加制度に基づき参加している夫婦の長女、次女の代理人弁護士は「遺族の精神的苦痛は大きく、処罰感情は和らぐどころか、より峻烈になる一方」と遺族感情を代弁した。そして「厳正な処罰」を求め、量刑には直接言及しなかった。
 1月22日の最終弁論で弁護側は情状酌量を求めた。弁護側は犯行動機について、通行の妨害となるような石が並べ続けられていたことを挙げ、「陰湿な嫌がらせと言うべきだ。被害者側にも犯行を誘発した行為があった」と強調。犯行は計画性がなく突発的で、私利私欲を目的とするものではなく、夫婦宅に火を付け自殺を図り命で罪を償おうとした−と主張した。放火については、火を付けた時には居住可能な人がいないと認識していたとし、非現住建造物等放火に当たるとした。また、被害者遺族が死刑を強く希望していることから、死刑回避を求めた。
 樋口被告は川口裁判長から意見を求められ、「今日で事件から428日。毎日後悔している。本当に申し訳ありません」と述べ、傍聴席の遺族に深く頭を下げた。
 判決で川口裁判長は、事件前に被告宅から国道に出る細い道路で、被害者側が曲がり角に石や支柱を置くなどの通行妨害があったことを認定し、検察側の妄想説を否定した。しかし、川口裁判長は「被害者夫妻が非常識で話し合っても意味がないと思い込み、問答無用で殺害に及んだのは、それこそ非常識で短絡的。被告にも種々の行き過ぎた対応があった。放火も周辺住民の生命財産を一顧だにせず、身勝手。殺害という方法で憤まんを解消することは正当化できない」と厳しく非難。当時被告の責任能力が減退していたとする弁護側の主張も、「一気に憤まんを爆発させた犯行で、責任能力が制限されていたとは言えない」と退けた。ただ量刑については、「謝罪と後悔の言葉を述べており、更生が不可能とは言えず、被害者の冥福を祈り続けるのが相当」とした。
備 考
 控訴せず確定。

氏 名
渡辺勇一(38)
逮 捕
 2009年4月22日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、強盗殺人未遂
事件概要
 北海道南富良野町の会社員渡辺勇一被告は2007年9月14日夜、蘭越町の道路工事現場の土捨て場で札幌市に住む女性(当時37)と長女(当時7)の頭部を鈍器で殴り、女性を殺害、長女に頭の骨を折る重傷を負わせた。そして現金約40万円入りの財布を奪った。女性と長女は翌日朝、現場に倒れているところを発見された。長女は右半身が不自由になる障害が残った。
 道警倶知安署捜査本部の調べによって、渡辺被告が出会い系サイトを通じて女性と知り合い、事件当日も女性と連絡を取っていたことが判明。また渡辺被告が建設作業員として現場付近に行ったことがある、当時渡辺被告が住んでいたところから近い寿都町の海岸で母娘の携帯電話が見つかるなど「状況証拠」がそろったため、道警は20日から6日間連続で渡辺被告を任意聴取した。渡辺被告は事件当日に母子と札幌市内やその周辺で会ったことを認めたものの、「夕方に別れ、その後は休みながら車を運転し午後10時ごろ帰宅した」とアリバイを主張し、関与を否定。直接、事件と結びつく証拠がない中で道警はそれ以上の聴取を断念。道警はその後も任意聴取を求めたが、渡辺被告は応じなかった。
 2009年4月22日、道警は渡辺被告を逮捕した。捜査1課長は記者会見で、渡辺被告が否認する中で逮捕に踏み切った理由について、「新たな物証が得られたため」と説明したが、具体的な中身は明らかにしなかった。また5月21日以降に起訴されれば裁判員制度の下で審理されることになるが、「被疑者が犯行を敢行したと特定した場合は速やかに逮捕するのが警察の使命。裁判員制度は意識していない」と否定した。
裁判所
 札幌地裁 辻川靖夫裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年3月29日 無期懲役
裁判焦点
 渡辺勇一被告は一貫して犯行を否認。公判前整理手続きでは、渡辺被告が事件当日の夕方、殺傷された母子とともに札幌市南区内にいたことに、検察、弁護側双方とも認めた。しかし、その後の足取りでは「母子と事件現場に向かった」(検察側)、「母子と豊平区で別れて帰宅した」(弁護側)と対立している。
 2010年2月17日の初公判で、渡辺被告は「私は犯人ではありません」と述べ、起訴事実を全面的に否認した。
 検察側は冒頭陳述で、携帯電話の基地局に残っていた母子の携帯電話の記録を基に、想定される移動経路や時間を示しながら被告の供述の矛盾を指摘。「被告以外の車で現場に向かったとは考えられない」と主張した。また、現場に落ちていたちり紙から渡辺被告と同じ型のDNAが検出されたことから、「被告は犯行現場に行ったことがあり、土地鑑があった」とした。そして渡辺被告は当時金に困っており、女性が持っていた40万円は被告に頼まれて用意したと指摘した。
 一方弁護側は「被害者の携帯電話の位置情報による移動コースはあくまでも推測で、目的地なども明らかでない。被告は金に困っておらず、動機がない。女性と被告は知り合ったばかりで、金のやり取りをするような間柄ではない。被告には現場の土地勘がない」などと反論し、「検察側の主張は直接証拠に欠ける」と批判した。
 証拠調べでは、検察側がけがを負った女性の長女の父親の供述調書を朗読。「犯人に負わされたけがの後遺症で、娘の右半身にはまひが残っている。犯人は許すことができない」と述べた。
 18日の第2回公判では検察側証人として携帯電話会社社員や道警捜査員が出廷した。同社員は携帯電話の発する位置情報記録の正確さを証言。道警捜査員は渡辺被告の移動ルートを特定するために行った走行実験の有効性を述べるとともに、渡辺被告の供述に基づいて車の走行実験をすると矛盾が生じるとした。
 19日の第3回公判で検察側証人として、事件直前に被告と会った当時15歳の少女が証言。少女は出会い系サイトを通じて渡辺被告と知り合い、事件前日の2007年9月13日午後、小樽市内で会った。当初は渡辺被告が月40万円を支払って交際する約束だったが、渡辺被告は「(少女が本当に交際するか)信用できないから10万でも20万でもいいから払って。明日40万円に上乗せして返す」と“保証料”を要求。少女が断るとさらに「5万円とかでもいい。家にある金目の物でもいい」と求めたという。少女は「どうしてもお金が必要なように見えた」と話した。
 またこの日は捜査を担当した警察官も出廷。渡辺被告と同じ型のDNAが検出されたちり紙が、現場から見つかった状況などを証言した。
 22日の第4回公判で当時重傷を負った長女(10)が証言。心理的な負担などに配慮し、証人尋問は別室からテレビモニターで中継する「ビデオリンク方式」で行われた。長女は「ママが逃げるように(車から)降りて、男が何かで殴っていました。私の方に来て殴りました」と、被害に遭った時の状況を証言した。検察側は、事件当日の夕方、札幌市内で母子を乗せて車を運転した男と母子を殺傷した男が同じ人物かを尋ねると、長女は「一緒です」と答えた。また、事件現場で母親と男が交わしたやり取りについて、「ママは『やめてよ。貸さない』と言いました。たぶん、お金のこと」と述べた。検察官に「ママやあなたを殴った男を許すことができますか」と問われると、「できません」とはっきりした口調で述べた。一方、弁護側が車の後部座席に座っていた女児が運転席の男の顔を見ることができたのかを確認すると、女児は「見えませんでした」と話した。
 この日は渡辺被告の知人女性も検察側証人として出廷。事件前の2007年8月に渡辺被告と2人で事件現場に行ったことがあると証言した。
 23日の第5回公判での被告人質問で、渡辺被告は改めて無罪を主張。「(本当の)犯人が憎い。(被害女児が)かわいそう」と述べた。事件当日夕、被害母子と一緒にいたことを認めているが、札幌市内で別れたとし、「車から降ろした後は見ていない」と話した。当日の会話や行動内容については「記憶が定かでない」と述べた。当日夜、妻に渡した現金については「仕事で以前に稼いだへそくりが30万円前後あった」と説明した。一方、22日までの公判に検察側証人として出廷した少女と女性が「執拗に現金を要求された」「事件現場に2人で行ったことがある」と証言したことについて、渡辺被告はいずれも否定。「犯人を前提として取り調べを受けた」と道警の捜査手法を非難した。
 3月1日の論告で検察側は親子の携帯電話の通信状況から追った移動経路や渡辺被告が事件後にツケにしていた給油代金を一括で支払っていること、犯行現場は土地勘がなければわからない特殊な場所であることなどから「犯人像の条件を満たすのは渡辺被告しかいない」と述べ、「目の前で母親を殺害し、口封じのために長女に瀕死の重傷を負わせた残虐な犯行」と指摘した。
 3日の最終弁論で、弁護側は検察側の立証について「被告を犯人とする前提で事実を評価しており、捜査の方向を誤った」と指摘。被告の服や車、紙幣から血痕反応が見つからなかったことなどを挙げ、「被告以外の人間が犯行に及んだことも十分あり得る」と強調した。
 渡辺被告は最終陳述で「命が尽きるまで犯人と言うことはない。どうか犯人を捕まえてください」と声を震わせて訴えた。
 しかし8日、札幌地裁は審理を再開すると発表。10日の公判で地裁は検察側の証拠について、検察側・弁護側双方が主張を尽くしていないと指摘。現場で見つかったちり紙から被告のDNAが検出されたとする鑑定結果や、被害者の事件当日の移動経路を特定した携帯電話の位置記録の分析結果について、双方に追加の説明を求めた。弁護側は同日、「現時点の証拠で被告が犯人だと認定できないなら無罪を言い渡すべきだ」として、審理再開に異議を申し立てたが、札幌地裁は却下した。
 15日の公判には道警の捜査員らが出廷。道警が事件直後に犯行現場で押収した証拠品の管理状況などについて、検察、弁護側が尋ねた。検察側は追加論告で「立証に矛盾はない」と主張した。
 16日の追加弁論で弁護側は「犯人が犯行の約40分後に、被告がたばこを購入した商店に着くのは不可能」などと検察側立証には矛盾があると主張した。渡辺被告は最終意見陳述で「私は犯人ではない。1日も早く家族の元に帰してください」と述べた。
 判決で辻川裁判長は「本件では、被告人が犯人であるかが争点である」と述べ、主文を後回しにした。そして「豊平区内で母子を降ろしたとすると携帯電話の位置情報と矛盾する上、母子が第三者と連絡を取った形跡はなく、被告の車に同乗したままだった可能性が極めて高い」と指摘。「長女が『車を乗り換えていない』とした供述は信用できる」「渡辺被告が母子の現金を奪う以外に金を入手する手段がなく説明は不自然」とし、「被告が犯人であることは確実な事実として推認できる」と結論づけた。その上で「かけがえのない生命を奪った結果は重く、長女も右半身がまひするなど、将来にわたり重い負担を負う。生涯反省の日々を過ごさせるのが相当だ」と述べた。
備 考
 被告側は即日控訴した。2010年11月11日、札幌高裁で被告側控訴棄却。2012年3月26日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
小川美津子(74)
逮 捕
 2009年2月22日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗致死、昏睡強盗、保護責任者遺棄、窃盗他
事件概要
 東京・歌舞伎町のスナック経営小川美津子被告は、従業員のA被告、風俗店店員T被告と共謀。2009年2月21日午前3時すぎ、客として来店した練馬区の男性会社員(当時50)にウオツカを混ぜた焼酎のウーロン茶割りの酒を飲ませて昏睡させ、現金10万円やキャッシュカードを奪い、店近くのコンビニエンスストアの現金自動預払機(ATM)で現金を引きだした。さらに同日朝、レンタルルーム店員I被告ら男性3人に頼んで、近くの路上に放置し、急性アルコール中毒で死亡させた。
 近くの防犯カメラから犯行が浮上。女性3人とI被告は2月22日、逮捕された。被害者を運んだ男性2人については行方がわかっていない。
 他にも2月21日未明、小川被告らはスナックで、埼玉県草加市の男性公務員(当時47)にウオツカなどを飲ませ、昏睡状態にしてキャッシュカードやクレジットカードを奪い、このカードを使って数回にわたり、近くのコンビニエンスストアのATM(現金自動預払機)から計約130万円を引き出した。犯行後、被害者をタクシーに乗せて帰した。
裁判所
 東京地裁 佐藤晋一郎裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年3月29日 無期懲役
裁判焦点
 2009年11月26日、初公判。
 判決で佐藤晋一郎裁判長は「被告は共犯者を誘って昏睡強盗を繰り返していたもので、首謀者であり、主犯であることは明らか」と指摘した。その上で「2年半にわたり昏睡強盗を繰り返した組織的、常習的犯行の一環。過去に同様の行為で有罪判決を受けながら性懲りもなく犯行を繰り返していて、規範意識は欠落しているというほかない」と非難した。被告側は放置と死亡の因果関係を争ったが退けた。
備 考
 2008年秋から2009年2月下旬にかけて、歌舞伎町周辺で、泥酔したスナックの客がキャッシュカードを抜き取られ、現金を引き出される被害が約30件に上り、被害総額は4000万円を超えているという。
 同日、A被告に懲役22年(求刑懲役30年)、T被告に懲役18年(同25年)が言い渡された。
 被告側は控訴した。2010年9月14日控訴審初公判。2010年中に東京高裁で被告側控訴棄却と思われる。

氏 名
牧野健二(44)
逮 捕
 2008年8月6日(死体遺棄容疑。8月17日、殺人容疑で再逮捕)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人
事件概要
 和歌山県海南市の保険会社員牧野健二被告は和歌山市に住むパート従業員の女性から借金200万円の返済を再三求められ、2009年6月25日午後5時40分頃、和歌山市のパチンコ店駐車場に止めた車内で女性の首を絞めて殺害。午後6時50分頃、紀美野町の山中で財布から約105000円を奪った。
 牧野被告は女性から借金を繰り返しており、多いときは1回に数十万円借りたこともあった。借りた金は遊興費等に使用した。牧野被告と女性は、約2年前に勤めていた同市内の自動車販売店の同僚で、退職後も交友関係を続けていた。
 女性の夫が6月26日に和歌山東署に相談。遺体は白骨化した状態で7月12日に発見された。県警海南署捜査本部は8月6日、死体遺棄容疑で牧野被告を逮捕、8月17日、殺人容疑で再逮捕した。
裁判所
 最高裁第一小法廷 金築誠志裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年3月29日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 量刑不当を訴えたか。
備 考
 2009年6月24日、和歌山地裁で求刑通り、一審無期懲役判決。2009年中に大阪高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
山田十四夫(61)
逮 捕
 2009年3月1日(傷害、住居侵入容疑。3月11日、強盗殺人容疑で再逮捕)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、建造物侵入、住居侵入、強盗傷害
事件概要
 千葉県船橋市の無職山田十四夫被告は2009年1月29日夜、自宅から500m離れた酒店に客を装って入り、顔見知りである店主の男性(当時65)の左胸や首を刃物で刺して失血死させ、現金5万円を奪った。さらに2月6日午後5時35分頃、2008年8月頃まで勤務していた市川市にある自動車工場の社長方に押し入り、社長の妻(当時61)に「金を出せ」と刃物を突きつけ、左手に全治2週間の怪我を負わせた。山田被告は消費者金融に百数十万円の借金があった。
 3月1日、行徳署は山田十四夫被告を市川の事件で逮捕した。3月11日、船橋の事件で再逮捕した。
裁判所
 千葉地裁 渡辺英敬裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年4月8日 無期懲役
裁判焦点
 公判前整理手続きで、争点は強盗目的の有無と、捜査段階の供述の信用性に絞られた。  2010年3月8日の初公判で、山田被告は「強盗目的ではなかった」と起訴内容を一部否認した。
 検察側は冒頭陳述で、山田被告が「捜査段階では強盗目的を認める供述をしていた」と主張した。一方、弁護側は「金が目的ではなく、強盗罪は成立しない」とし、「山田被告の供述は捜査側の筋書きにのせられたもの」と反論した。
 検察、弁護側の双方が山田被告の供述の任意性、信用性を立証するために証拠請求。約1時間20分の映像が裁判長らの手元のモニターに映され、法廷には音声だけが流された。
 検察側は2009年3月25日などに千葉地検で検察官が行った取り調べの様子を撮ったもので、「酒店に入る時には、殺してお金を取ろうと思っていたの」と問われた山田被告が、「はい」と答え、「(到着する前には)もうやるしかないんだと思った」などと話す様子や、取調室で地検や県警の担当者が供述調書を朗読し、山田被告に最終確認している場面で「調書に間違いないか」との質問に山田被告が「はい」と答え、署名、押印する場面が再生された。
 一方、弁護側のDVDは、同22日に船橋東署で警察官が行った取り調べの様子を撮影したもので、山田被告が「最初の頃は適当に言ったり答えたりしていた」「どういうことをやったのか覚えていないことがたくさんある」などと話す様子が流された。
 3月12日の論告で検察側は、「捜査段階で強盗目的を認めた自白は十分信用できる。(再生された)取り調べDVDでも、被告は供述の誘導や押し付けを否定している」とした。そして検察側は山田被告が金に困っており、レジや引き出しなどを執拗に物色して100枚以上の小銭も奪っており、強盗の意思があったと指摘した。「借金を重ねた末の犯行。無抵抗の男性を立て続けに全身8カ所も刺し、犯行は執ようで残忍。動機は自己中心的で、反省もしていない」と述べた。
 同日の最終弁論で弁護側は「供述調書は誘導されたもの。取り調べDVDに明らかな誘導の証拠が映っている。顔見知りを狙っていきなり強盗殺人するのは不自然」とし、強盗罪は成立しないと主張。動機は男性に侮辱され挑発されたため犯行に及んだとした。
 男性の妻と息子が被害者参加制度を利用して意見陳述し、「家族は一生この不幸を背負って生きていく。絶対に許せない」と悲痛な思いを訴えた。
 渡辺英敬裁判長は判決理由で「買い物客を装い、金のありそうな場所を探して店内を物色。顔見知りの被害者を持っていた刃物で殺害し現金を奪った」と指摘。被告側の主張は「不自然かつ不合理」であると退けた。また、DVDに録音・録画された取り調べの状況などから、「弁護側が主張するような違法不当な取り調べはうかがえない。山田被告の捜査段階での供述は十分に信用することができる」と指摘した。そして「強固な殺意に基づいた計画的犯行。何度も突き刺すなど残忍な犯行で、被害者の無念は察して余りある。あまりに身勝手で短絡的」と非難した。
 被害者の遺族は被害者参加人として死刑を求めたが、渡辺裁判長は「更生可能性が認められ、適当でない」とした。
備 考
 

氏 名
山本敬一(25)
逮 捕
 2007年10月25日(別件の詐欺罪で9月15日に逮捕、起訴済)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人
事件概要
 愛媛県東温市の派遣社員山本敬一被告は2007年9月3日午後、東温市の無職女性(当時87)方で、刃物のようなもので女性の首などを多数回刺して失血死させ、女性の財布と現金約6500円を奪った。
 女性は数年前まで孫らと同居し、孫と中学時代の同級生だった山本被告も宿泊することがあった。また約3年前には数ヶ月居座って寝泊まりし、松山南署員に連れ出してもらっていた。
 山本被告は他に、2004年8月中旬頃、東温市内の知人方で応対した母親に「息子に7万円貸しているから返してくれ」といって、実際は貸し付けていないのに7万円をだまし取った容疑にも問われた。
 山本被告は詐欺罪で9月15日、松山南署に逮捕され、10月6日に松山地裁に起訴された。詐欺罪については本当に課していたと否認している。その後10月25日に山本被告は強盗殺人罪で逮捕された。山本被告の担当弁護士は、「9月に詐欺容疑で逮捕された後、衣服や靴など詐欺と無関係のものの押収やDNA採取、殺人事件に関する取り調べが行われた。不当な捜査だ」と主張している。
 しかし松山地検は拘置期限の11月16日、「必要な捜査を終えることができなかった」として処分保留とした。詐欺罪で同被告を引き続き拘置し、捜査を続けた。
 11月22日の松山地裁初公判で、山本被告は詐欺の容疑について「貸していた金を返してもらっただけ。(起訴状は)間違いだらけです」と起訴事実を否認した。弁護側は「拘留期間が、東温殺人事件の捜査に利用されているのは明らか」として、近日中に拘留取り消し請求を行うことを明らかにした。
 2008年1月11日、松山地検は強盗殺人罪で山本被告を起訴した。起訴に当たり長谷透次席検事は「犯罪事実を十分立証できる補充捜査を遂げた」と述べた。
裁判所
 高松高裁 長谷川憲一裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年4月15日 無期懲役(検察・被告側控訴棄却)
裁判焦点
 被告側は無罪を訴えて控訴。検察側は詐欺罪が無罪となったことを不服として控訴した。
 2010年2月5日の控訴審初公判では、詐欺事件に対する証人尋問があった。弁護側は靴の再鑑定などを申請したが、高裁は却下している。
 長谷川裁判長は強盗殺人罪について「(被告の革靴に被害者の血痕が付着していたことは)被告人と強盗殺人のかかわりを強く推認させる証拠」とし、「被告の犯行だとした一審の事実認定に間違いはない」とした。詐欺罪については、交友関係などから「(被害者の孫に金を貸して母親に返してもらったという)被告人の供述を虚偽と断じられない」と判断した。
備 考
 2009年7月3日、松山地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2011年7月19日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
奥野和徳(34)
逮 捕
 2008年4月11日
殺害人数
 0名
罪 状
 住居侵入、強姦、強盗、強盗未遂、強盗強姦、強姦致傷、窃盗、強姦未遂
事件概要
 大阪市東住吉区の会社員奥野和徳は2007年1月27日〜2008年4月4日まで、大阪府内や神戸市内で一人暮らしの女性宅に侵入して18〜27歳の女性12人を強姦、1人に乱暴した。このうち5人から現金計8万円を奪うなどした。判明分は以下。
  • 2007年3月13日深夜、奥野被告は大阪市内のマンションのエレベーター内で、帰宅した20代の女性にナイフを突き付け「声を出したら刺すぞ」と脅し、非常階段の踊り場で暴行。現金3000円入りの財布を奪い、近くのコンビニエンスストアの現金自動受払機(ATM)で金を引き出すよう指示したが未遂に終わった。
  • 2007年8月12日深夜、奥野被告は大阪府柏原市内のマンションに侵入。20歳代の女子大生にナイフを突き付け、「顔に傷を付けるぞ」と脅して暴行し、約5000円を奪った。
  • 2007年10月、奥野被告は大阪市内のマンションで、20代の女性の部屋に無施錠の玄関から侵入し、乱暴したうえ現金50000円を奪った。
  • 2007年12月31日午前3時10分ごろ、奥野被告は神戸市西区のマンションで、帰宅した当時19歳の女子大生に玄関先で「トイレを貸してくれ」と声をかけ、拒否した女子大生にナイフを突きつけて、室内で乱暴した。
  • 2007年12月31日午後8時25分ごろ、奥野被告は神戸市西区のマンションに住む女子大生の部屋のインターホンを鳴らし、ドアが開くと「電話を貸してください」と話しかけ、拒否した学生をナイフで脅して部屋に侵入し、乱暴した。
  • 2008年1月2日午後9時半ごろ、奥野被告は神戸市西区のマンションで、帰宅した女子学生に「トイレを貸してください」と話しかけ、学生が拒否して部屋に入ろうとするところをナイフで脅し、侵入。乱暴したうえ、現金約12000円を奪った。
 2008年4月10日深夜、被害が多発しているマンション付近で、警戒中の捜査員が目撃情報などによる犯人の特徴に酷似した奥野被告を発見。職務質問して追及したところ、2007年8月の犯行を自供した。最終的に8件の強盗強姦容疑などで逮捕、4件の強姦未遂容疑で追送検された。
裁判所
 大阪地裁 細井正弘裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年4月19日 無期懲役
裁判焦点
 判決で細井裁判長は、奥野被告が口止めのため、暴行の様子をカメラで撮影していたと指摘。多くの被害女性が引っ越したことにも触れ、「性欲と金銭欲を満たすために女性の人格を踏みにじる犯行を繰り返した。犯行の重大性、連続性に照らし、地域社会に及ぼした衝撃の大きさは見過ごせない」と指摘。「被害者が受けた恐怖や絶望感は著しく刑事責任は重いが、真摯に反省していない。女性の人格を著しく踏みにじる凶悪犯罪を繰り返し、酌量の余地はない」と述べた。
備 考
 被告側は控訴した。2010年12月9日、大阪高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
野崎稔(52)
逮 捕
 2008年10月10日(強盗他容疑。11月21日、死体遺棄容疑で再逮捕。12月2日、殺人容疑で再逮捕)
殺害人数
 1名
罪 状
 逮捕監禁、強盗、出入国管理法違反、殺人、死体遺棄
事件概要
 元暴力団幹部野崎稔被告は他3人と共謀。2006年5月15日午後8時半ごろ、千葉県浦安市の会社事務所で「8000万円あるだろ。出さないと殺すぞ」と社長を脅迫。乗用車に乗せて横浜市都筑区の社長宅まで監禁、現金約3900万円を奪った。
 野崎被告を中心とした強盗団は東京都内や神奈川県で、多額の現金を持ち歩く会社経営者らをターゲットに、会社事務所に乗り込んだり、路上で拉致して監禁したりして現金を奪っていた。他の件で起訴されたかどうかは不明。

 東京都江戸川区の運送会社社長TS被告は、古くからの知り合いである男性と10年以上前から投機目的の不動産取引を行い、多額の利益を上げていた。2004年にTS被告は見返りとして男性を会社の役員に就かせ、会社の倉庫用地の取得などを担当させた。だが取引の進め方などを巡り男性とTS被告は次第に対立。また役員に迎えるとき、男性に会社の発行株式の数10%を譲渡する約束をしたものの、実際には譲渡せずトラブルとなった。他に2006年6月頃には、男性が契約した千葉県佐倉市の土地の名義などを巡り言い争っていた。事件当時には、男性の社内での存在感が大きくなり、このままでは乗っ取られるとTS被告は危惧した。
 TS被告は職業不詳T被告に男性の殺害を依頼。男性は暴力団関係者S被告に相談。S被告は野崎稔被告に男性の殺害を指示した。
 野崎被告は強盗団の部下であるI被告、M被告と共謀。2006年9月7日、男性(当時66)の自宅近くの駐車場で男性を車で拉致し、車内でポリ袋をかぶせるなどして窒息死させ、遺体を静岡県内の山林に遺棄した。
 TS被告は5人に報酬計千数百万円を支払った。TS被告は事件後S被告らに長期間にわたって約4億円を口止め料として脅し取られたという報道もある。またTS被告は2005年秋頃、別の人物に男性殺害を依頼したものの、襲撃の機会が無くて実行できなかったことも明らかになっている。
 男性には、運送会社が総額約1億円の保険を掛けていた。保険金は死亡時に会社と遺族が折半することになっていたが、遺族の同意がないためまだ支払われていない。

 男性は10月1日に静岡県富士市の富士山麓の林道近くのヒノキ林で、白骨死体となって発見された。
 警視庁では死体遺棄事件として捜査していたが、2008年に入って、別の窃盗罪で服役していたI被告が男性殺害を供述、野崎被告ら3人の関与が浮上した。
 野崎被告は2007年4月、他人名義の偽造旅券で中国に入国。2008年9月に不法滞在で中国入管当局に身柄を拘束された。神奈川県警は捜査員を中国に派遣し10月10日、成田空港に向かう航空機内で逮捕状を執行した。
 県警の調べに、野崎被告は「事件を起こしたから中国に逃げた」と供述。男性殺害についても全面的に認め、その上で上申書を提出した。
 2008年11月21日、警視庁捜査一課と小松川署は野崎被告、TS被告ら6人を死体遺棄容疑で逮捕した。12月2日、警視庁捜査一課らは野崎被告ら6人を殺人容疑で再逮捕した。
裁判所
 東京高裁 若原正樹裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年4月21日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 判決理由は不明。
備 考
 2009年10月30日の東京地裁判決では、S被告に懲役26年(求刑懲役30年)、I被告に懲役22年(求刑懲役26年?)、M被告に懲役16年(求刑懲役20年)が言い渡された。M被告は控訴せず確定か。S被告、I被告は2010年4月21日、東京高裁で被告側控訴棄却。
 T被告も殺人で起訴されたが、公判は分離された。
 TS被告の公判は分離された。2009年12月18日、東京地裁で一審懲役30年判決(求刑無期懲役)。控訴中。
 2009年10月30日、東京地裁で求刑通り一審無期懲役判決。

氏 名
少年(19)
逮 捕
 2008年12月20日(殺人、死体遺棄容疑)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人
事件概要
 浜松市の土木作業員の少年(当時18)は友人である工員Y受刑者と共謀。2008年12月10日午後6時30分頃、浜松市に住む建設作業アルバイトの少年(当時17)を呼び出し、浜松市の雑木林で金づちやゴルフクラブ、鉄パイプで後頭部を殴った上、車でひき殺し、現金約27000円が入ったセカンドバッグ(時価3000円相当)を奪った。
 少年と被害者は同じ暴走族のメンバー。被害者は幹部、少年は集金係だった。11月下旬、被害者の仲介により、この暴走族グループのメンバーに土木作業員と会社員の男性(ともに恐喝容疑で逮捕)がえとの置物(数百円程度)を売るように脅迫。被害者は少年に置物を販売するように依頼したが、少年は12月初旬に販売は辞めたいと申し出た。そのことがきっかけで、少年は被害者に殴られた。事件当日の10日は、販売代金約9万円を被害者に渡す予定であったが工面できず、払えなかったら何をされるかわからないと、友人であるY受刑者を誘って犯行に及んだ。
 浜松東署捜査本部は12月20日、Y受刑者と少年を殺人と死体遺棄容疑で逮捕。その後金を奪ったことを認めたため、いったん釈放のうえ、22日に改めて強盗殺人と死体遺棄容疑で逮捕した。
裁判所
 東京高裁 小倉正三裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年5月17日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 少年側は刑が重すぎて不当だとして有期懲役を求めた。
 小倉正三裁判長は、「卑劣で残虐な犯行を主導した責任は重く、一審の量刑は正当」と述べ、一審判決を支持した。
備 考
 Y被告は2009年7月24日、静岡地裁浜松支部で懲役30年(求刑無期懲役)判決。控訴せずそのまま確定。
 2009年10月21日、静岡地裁浜松支部で求刑通り一審無期懲役判決。上告せず確定。

氏 名
木村康太郎(37)
逮 捕
 2009年8月25日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、死体遺棄、逮捕監禁、暴力行為法違反他
事件概要
 さいたま市の住吉会系暴力団組員・木村康太郎被告は2009年5月2日未明、配管工の少年2人(ともに18)とともにさいたま市内の中国人パブで酒を飲んでいたが、隣にいた住宅リフォーム会社役員の男性(当時31)と口論になり、少年2人とともに暴行を加えた。さらに少年2人や住吉会系暴力団員T被告とともにさいたま市内の産廃会社敷地内の資材置き場に男性を拉致。ロープなどで椅子に縛り、約12時間にわたって監禁したうえ、3日午後7時頃、睡眠薬を飲ませた男性の頭にビニル袋を被せて窒息死させた。そして千葉市緑区の草むらに男性の遺体を埋めた。
 5月2日午後、男性の妻から大宮東署に通報。6月7日、少年2人とT被告を逮捕監禁などの疑いで逮捕。供述から男性の遺体を発見するとともに、木村被告を暴力行為法違反容疑で指名手配した。さらに捜査本部は12日、木村被告の容疑を死体遺棄に切り替え、写真を公開した。木村被告は巻頭近辺を転々としていたが、8月25日午前11時ごろ、知人男性に付き添われて大宮東署に出頭した。
裁判所
 さいたま地裁 大谷吉史裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年5月18日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2010年5月11日の初公判で、木村被告は「殺意を持って被害者に睡眠薬を飲ませたり、少年と共謀したことはない」と起訴事実の一部を否認した。
 5月17日の論告求刑で、木村被告が当時交際していたホステスに「こいつ(被害者)を殺すのと、おれが捕まっていつ出てくるかわからないのと、どっちがいい」と電話していたことなどに言及、殺人罪の適用を求めた。さらに木村被告が現在も暴力団組織とかかわりがあると重ねて言及した。そして「あまりにも極悪非道で残虐。社会復帰を前提とする有期刑は論外」と述べた。
 同日の最終弁論で弁護側は、検察側の被告人質問で同被告が現在も暴力団とつながっていることを連想させる質問があったとした上で、「暴力団に対して怖さを抱く人もおり、公正な判断に影響を及ぼす恐れがある」と指摘した。
 木村被告は最終陳述で「殺意を持っていないし、共謀して殺害したわけではない」と述べた。
 大谷吉史裁判長は判決理由で「人間の尊厳を一顧だにしない冷酷な犯行。関係者と事件後に口裏合わせをした上、指名手配後も逃走し反省していない」と指摘。「善良な一般市民に対し、暴力団特有の論理を振りかざし、複数で尊い人命を失わせるに至った」と非難した。弁護側は殺意を否定していたが、大谷裁判長は木村被告が当時、監禁場所の資材置き場の経営者に男性を埋める穴を掘るための重機を動かす許可を求めていたことなどを挙げ、「確定的な殺意があったことは明らか」として退けた。また、共謀については、木村被告が少年らに「とどめをさせ。息の根を止めろ」といった指示をしていたなどとし、「殺人の共謀は成立している」とした。

 判決後の記者会見で、証人出廷した暴力団関係者が以前の公判で傍聴していたことについて、裁判員を務めた男性会社員は「割り切ってやったが、なるべく目と目は合わせないようにした」と話した。補充裁判員を務めた男性も「(裁判所から)帰るときに付けられているのではないかと不安だった」と明かした。
備 考
 共犯の少年2人はいずれも殺人、逮捕監禁、死体遺棄容疑などで起訴。T被告は逮捕監禁、死体遺棄容疑などで起訴。木村被告と少年2人は裁判員裁判。
 2010年3月1日、さいたま地裁(佐藤基裁判官)はT被告に判決を言い渡した(求刑懲役8年、判決不明)。7月6日、控訴審判決。判決結果不明。
 2010年4月26日、さいたま地裁(井口修裁判長)は少年1人に求刑通り懲役5年以上10年以下の不定期刑を言い渡した。控訴せず確定。
 2010年7月14日、さいたま地裁(大熊一之裁判長)はもう1人の少年に懲役10年(求刑懲役5年以上10年以下)を言い渡した。少年の役割について判決は「木村被告の意向に率先して従い、一連の殺害行為のほぼすべてを自らの手で行った」と非難。共犯の少年が、ポリ袋をかぶせるなどの殺害行為そのものにはかかわらなかったのと比べ、役割や責任は相当に大きいと結論づけた。2010年12月16日、東京高裁で判決。被告側控訴棄却と思われる。
 被告側は控訴した。2011年中に東京高裁で被告側控訴棄却。2012年12月11日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
S・T(42)
逮 捕
 2008年11月12日
殺害人数
 0名
罪 状
 覚せい剤取締法違反(営利目的密輸入)、麻薬特例法違反(規制薬物としての輸入)、関税法違反(禁制品の輸入未遂)他
事件概要
 中国在住の会社役員S・T被告はインドネシア人船員3人と共謀。2007年12月6日未明、シエラレオネ船籍の貨物船「LUCKY STAR3」(1217t)に積んだ覚せい剤と見られる薬物約500kgを苅田港で陸揚げした。
 またS被告はインドネシア人船員12人と共謀。2008年10月、香港沖で船籍不詳の船から受け取った覚せい剤298.682kg(末端価格約180億円)を、12人が乗ったシエラレオネ船籍の貨物船「UNIVERSAL」(859t)に積み、11月11日午前2時、北九州市門司区の門司港で陸揚げした。
 S・T被告は1992年に福建省から来日し、帰化。神戸市で調理師をして生計を立てていたという。逮捕の約1年前に福建省へ戻り、以降、頻繁に日中を行き来したことが判明している。中国マフィアの関係者で国内と中国の密輸の窓口となっており、頻繁に日中間を往来していた。「その世界では五指に入ると言われる麻薬ブローカー」と呼ばれていた。兵庫県警が逮捕の約1年半前、「大量の覚せい剤を密輸しているようだ」との情報を入手。以来、警察と海保、税関、麻薬取締部(厚生労働省)の4機関が連携し、行動確認などの内偵を続けた。
 2008年11月10日に門司港へ入港した貨物船を福岡県警、門司税関、第7管区海上保安本部(北九州市)、九州厚生局麻薬取締部などの合同捜査本部は11日午前9時から捜査。船底に近い機関室の床下から、黒いビニール袋31袋に分けられた覚せい剤598袋を発見。12日、インドネシア人の全乗組員12人を覚せい剤取締法違反(営利目的所持)容疑で現行犯逮捕し、S・T被告とそのおいを同法違反(営利目的譲り受け未遂)容疑で逮捕した。
 「UNIVERSAL」は10月17日にリン鉱石を積み、ベトナム国境に近い中国・防城港市を出港。10月末頃に門司港に到着予定だった。ところが、出港から約1週間後、船舶代理店に「エンジンが故障した。修理するため、しばらく停泊する」と連絡があった。11月5日に「修理できた」と報告があり、入港は遅れ、10日になった。
 捜査で覚せい剤がいったん陸揚げされていたことなどが判明したため、インドネシア人船員12人とS被告は12月4日、量刑の重い覚せい剤取締法違反(営利目的密輸入)罪で福岡地裁に起訴した。その前日、S被告のおいについては処分保留で釈放。後に不起訴となった。門司税関は12月18日、S被告ら14人を関税法違反(禁制品の輸入未遂)容疑で福岡地検に告発した。
 合同捜査本部は2009年2月10日、S被告、S被告の妹の元夫である日本人男性、既に逮捕されていた12人のインドネシア人船員のうち3人を2007年12月の薬物密輸容疑により、麻薬特例法違反容疑で逮捕した。薬物は覚せい剤と見られるが、現物がないことから供述によって立件できる麻薬特例法の適用に踏み切った。3月5日には、出頭したS被告のおいを逮捕した。日本人男性とおいについては関与の度合いが低かったとして後に不起訴となっている。
裁判所
 福岡地裁 田口直樹裁判長
求 刑
 無期懲役+罰金1000万円
判 決
 2010年5月18日 無期懲役、罰金800万円、追徴金429万円
裁判焦点
 2009年12月24日の初公判で、S・T被告は起訴内容をほぼ認めた。
 検察側冒頭陳述によると、密輸入について「香港を拠点とする国際的組織の犯行」と指摘。国際的密輸組織は「ナンバーワン」と呼ばれる外国人らを中心に構成。組織の幹部は国籍不明の外国人とシンガポール人、インドネシア人の3人で、配下に東南アジアでの密造役、日本への運搬役、受け取り役などがいたとした。日本国籍を取得したS被告は、中国と日本を行き来しながら受け取り役を務めたと主張。密輸1件当たりの報酬は、数百万円と述べた。そして検察側は「2004年ごろからは複数の貨物船を持ち、細工した燃料タンクに隠す方法で東南アジアからの密輸を繰り返していた」と述べ、「2005年10月に博多港で覚せい剤約300kgを密輸するなど少なくとも4回の陸揚げに成功していた。1回あたりの密輸量は200〜500kgだった」と指摘した。
 一方、弁護側は冒頭陳述で「マフィアとかかわりのある香港在住の人物から荷物の受け取りを依頼された」と指摘。「被告は20万〜30万香港ドルの報酬欲しさなどから引き受けたが、荷物については『人を興奮させる薬』としか説明されておらず、覚せい剤だという確定的な認識はなかった」と主張した。
 2010年3月25日の論告で検察側は「国際的密輸組織が首謀した大規模犯罪」と指摘。「被告は、日本における覚せい剤の受け取りと流通の責任者で、組織の主導者的立場だった。わが国犯罪史上、まれに見る密輸事件で、法定刑の上限を選択するほかない」などと述べた。
 これに対し、弁護側は「知人から荷受けを頼まれただけで、密輸組織には入っていなかった」などと述べた。
 判決理由で田口裁判長は「密輸した覚醒剤は莫大な量。日本国内に流通した場合の害悪は計り知れない。大規模かつ国際的な組織的犯行だ」と指摘。S被告が国内の実行担当者という主要な役割を果たしたと認定し「一応の反省の態度を示していることを考慮しても、無期懲役はやむを得ない」と述べた。ただし検察側が2005年10月にも博多港で約300kgの覚せい剤を受け取ったと公判で指摘した点について田口裁判長は、「関与した疑いは強いが、被告は否認しており、証拠上は認められない」と判断した。
備 考
 2008年10月の押収量は、過去4番目となる。国内最大の押収量は、1999年10月に鹿児島県南さつま市(旧笠沙町)の黒瀬海岸で密輸入された約565kg。2番目は1996年の神奈川で密輸入された528kg。
 S・T被告の逮捕により、覚せい剤の売値が2倍以上になったとの報道がある。
 被告側は控訴した。2010年11月2日、福岡高裁で一審破棄、懲役20年、罰金800万円、追徴金429万円判決。

氏 名
今村宗則(49)
逮 捕
 2008年11月21日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人
事件概要
 大阪府守口市の元塗装工今村宗則被告は2001年8月28日午後9時頃、大阪市旭区の薬局店で店主の女性(当時84)を絞殺し、売上金約70000円やビタミン剤などを奪った。
 当時今村被告は事件前まで住んでいた大阪府守口市内のマンションを家賃滞納で退去。事件の1ヶ月前には旭区内の塗装会社を辞めており、収入がほとんどなかった。さらに、消費者金融などのブラックリストにも載るなど、借金もできない状況だった。マンション退去後は、レンタカーの車中で生活。契約期間を過ぎても返却せず、乗り回しては放置することを繰り返していた。
 今村宗則被告はこの事件の約2週間前になる8月15日早朝、大阪市北区の洋服店店主(当時84)の店に2階の窓から侵入し、就寝中の店主の頭部を角材のようなもので殴った上、電気コードで首を絞めて殺害。現金約3万円とキャッシュカードを奪った。2001年10月11日、今村被告は逮捕された。無罪を主張していたが、2003年12月1日に大阪地裁で求刑通り無期懲役判決。2004年7月14日、大阪高裁で被告側控訴棄却。2004年12月13日、最高裁で被告側上告が棄却され、翌年1月に確定。その後は徳島刑務所に服役していた。
 今村被告は旭区事件の前日、近くのコンビニエンスストアの防犯カメラに映っており、元妻に「2人殺した」と打ち明けていたことから、捜査本部は事件に関与しているとみていたが、捜査は難航。2003年3月、北区の事件における大坂地裁の裁判で行われた被告人質問で今村被告は、検察官に旭区の事件とのかかわりを尋ねられが、「知りません」と平然と言い切っていた。
 DNA鑑定技術の向上から大阪府警捜査一課は、現場の遺留品であったタオルに付着していた皮膚片のDNA鑑定を実施。2009年8月、DNA型の検出に成功。徳島刑務所で服役中の今村被告から血液を採取し、DNA型を鑑定したところ一致した。2008年11月21日、大阪府警捜査一課は服役中の今村被告を強盗殺人容疑で逮捕した。
裁判所
 大阪地裁 杉田宗久裁判長
求 刑
 死刑
判 決
 2010年5月31日 無期懲役
裁判焦点
 今村宗則被告は逮捕当初犯行を否認。しかし送検後の取り調べでは事件の関与を認めた。さらに無罪を主張していた北区の事件についても関与を認めた。
 2009年10月19日の初公判で、今村宗則被告は罪状認否において強盗目的で犯行に及んだことは認めたが、「死なせたことは認めるが、殺意は持っていない」と殺害の犯意を否定した。今村被告は公判前整理手続きの段階では殺害した事実は認め、この日も死なせた事実をいったん認めたものの、裁判長からの質問に「現金を目的として店には行ったが、首を絞めた記憶も、現金を盗んだ記憶もない」「DNAが出た時点で私が死なせたと思ったが、私の記憶にはない」などと答え、殺害行為やその後金品を奪った行為は「記憶にない」と繰り返した。
 冒頭陳述で検察側は、「今村被告は生活に困窮し、以前利用したことのある薬局には多額の現金があると考えた」と動機を指摘。「逃げる被害者を捕まえ、抵抗しなくなるまで両手で首を圧迫し続けており、殺意は明らか」と主張した。
 同日、弁護側は「被害者の首を絞めた記憶はない。詳細に犯行状況を記した自白調書は捜査官の誘導で作成されたもので、信用性がない」などと述べた。
 10月27日の第2回公判で今村被告は北区の事件について、「私がやったことは間違いないが、(殺害状況などは)記憶にない」などと供述。今回の事件の動機については「もっと金が必要だった」と語った。杉田裁判長は北区の事件について証拠調べをする必要があるとして、以後の期日を取り消し、期日間整理手続きの実施を決定した。杉田裁判長は理由について「犯行に至る経緯として非常に重要なのに、(被告人質問で)予期せぬあいまいな供述だった。再審理をするつもりはないが、ここをおろそかな状態で判決はできない」と述べた。
 2010年3月26日の第4回公判で、被害者参加制度を利用して意見陳述した被害者の長男は、涙ながらに「死刑の判決を下してほしい」と訴えた。
 3月31日の論告求刑で検察側は、争点となっている犯意について「確定的殺意があった」と主張。別の強盗殺人で高齢男性を殺した約2週間後に被害者を殺害した経緯を指摘し、「強欲で人命軽視も甚だしく、厳しい非難に値する。人命の尊厳を一顧だにしない犯行は鬼畜の所業。再度の無期懲役刑による矯正教育は無意味」と述べた。検察側は論告で殺害について「あらかじめ念頭に置いていた」と悪質さを強調したが、杉田宗久裁判長は、薬局へ侵入後、被害者が逃げようとしたため殺害を決意したとする起訴内容との食い違いを指摘。検察側が論告の該当部分を取り消す場面もあった。
 被害者参加している被害者の長男も求刑意見を述べ、「人を簡単に殺すのは自己中心的で卑劣な性格だからではないか。再び刑務所から出れば、母と同じ被害を受ける人が出る」として死刑判決を求めた。
 4月13日の最終弁論で弁護側は「殺意はなく、強盗致死罪を適用すべきで、反省も深めている。死刑を言い渡すべきではない」と無期懲役にするよう求めた。最終意見陳述で今村被告は「大切な命を二つも奪ってしまいました。相応の罰を受けます。申し訳ありませんでした」と被害者参加した女性の長男や、傍聴していた北区の事件の遺族に謝罪した。
 判決で杉田裁判長は、今村被告が無期懲役判決を受けた13日前の強盗殺人事件について「評価し直して刑を加重することは、憲法39条の禁止する二重処罰に抵触する」と述べ、本件の動機などを推測する資料としての範囲内で検討すると位置づけた。
 杉田裁判長は今回の事件の動機について「借金を抱え、現金のありそうな薬局店に侵入した」と指摘。「13日前の事件の反省もなく、人の命をあまりに軽んじた犯行だ。強固な確定的殺意に基づく悪質で冷酷な犯行で、死刑の求刑も十分理解できる」と述べた。その上で、今回の事件と、被害者が1人で死刑判決が確定した過去の強盗殺人事件10件を比較。過去に1人殺害で死刑が確定した事例の半数が強盗殺人罪の仮出獄中に再度強盗殺人に及んだ事件だったと指摘。今村被告については「短期間に強盗殺人を繰り返しているが自暴自棄的で、前科のある場合とは一線を画する。服役を通じ矯正の機会を得たにもかかわらず、また強盗殺人を犯したものではない」と判断した。そして凶器が使われていないことなどから「事件に計画性はなく、更生の余地がないとは言えない。死刑選択にはちゅうちょを覚える」と述べた。
備 考
 別の強盗殺人事件で無期懲役判決が確定し、現在服役中。
 検察側は控訴した。2011年2月24日、大阪高裁で検察側控訴棄却。2012年12月17日、検察側上告棄却、確定。

氏 名
木村邦寛(32)
逮 捕
 2006年12月21日(窃盗容疑。12月28日、強盗殺人容疑で再逮捕)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、強盗致傷、強盗他
事件概要
 住所不定、無職、木村邦寛被告は2006年11月19日午前1時10分ごろ、中学2年の3少年と共謀し、金品を奪う目的で、岡崎市内の乙川河川敷で寝泊まりしていた女性(当時69)の頭部や顔面などを鉄パイプで数回殴打し、ろっ骨骨折やひ臓破裂などで失血死させた。
 他に11月16日には少年2人と共謀し、同市内の北岡崎駅階段下で、男性ホームレス(当時70)に暴行を加え、2500円が入った財布を奪った。同月19日未明、同市内の河川敷で警備員男性(当時39)から5830円を奪った。同月22日には少年1人と共謀し、同じ男性に殴るけるなどして3週間のけがを負わせ、現金6500円を奪った。
 木村被告は2002年、生徒の1人の母親と職場の同僚を通じて知り合った。その後、この生徒の家に出入りし、生徒らと万引などをするようになった。愛知県警の調べでは、木村被告が関与した襲撃事件は11件に上り、計4件について起訴されている。
裁判所
 最高裁第二小法廷 古田佑紀裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年6月7日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 木村被告は一・二審同様、上告審でも「殺意はなかった」「無期懲役は残虐な刑罰で、憲法違反だ」などと争ったが、最高裁は「未必の殺意」「無期懲役は残虐な刑罰にあたらない」とし、一、二審の判断を支持した。
備 考
 共犯である中学2年の男子生徒3人に対して、名古屋家裁岡崎支部(野田弘明裁判長)はいずれも強盗致死で初等少年院送致の決定を出した。収容期間については、事件当時14歳の少年Aと同13歳の少年Bに「4年程度の収容が相当」と勧告。少年の間で中心的な立場にあったとみられる同13歳の少年Cには「短くとも4年以上の収容が相当」と勧告を付した。少年Cは決定を不服とし名古屋高裁に抗告。同高裁は、初等少年院送致は維持したまま、収容の勧告を「短くとも2年以上とし、処遇達成の度合いを見ながら延長するなどの対応が相当」と変更した。
 2009年4月6日、名古屋地裁岡崎支部で求刑通り一審無期懲役判決。2009年12月22日、名古屋高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
長井蔵紀(35)
逮 捕
 2008年10月28日(11月18日、強盗殺人容疑で再逮捕)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、死体遺棄他
事件概要
 松山市の元暴力団幹部長井蔵紀被告は元暴力団組員I元被告と共謀。2005年12月3日午後3時ごろ、長井被告の住むマンションで、飲食店経営の女性(当時31)の首を両手で絞めて殺害。I元被告は両足を押さえていた。現金3万円と乗用車1台(時価153万円相当)などを奪った。さらに仲間2人と共謀し、遺体を布団圧縮パックに入れ、伊予市の山中に埋めた。その後、女性の携帯電話でメールを飲食店の客らに送信し、生きているように偽装した。
 長井被告は女性と交際し同居していたが、別の傷害事件で服役。出所した2005年11月末、同居先に女性の姿が無く、家財道具もなかったため連絡を取ったところ、別れ話とともに2ヶ月分の家賃を請求されて憎悪を募らせた。
 犯行後、長井被告は松山市に住むホステスの女性と共謀し、2007年3月頃、殺害した女性の生命保険契約の解約金をだまし取ろうと画策。女性が被害者になりすまして印鑑証明書を取得し、3月26日に生命保険会社から解約金36万円をだまし取った。2008年12月10日に詐欺と有印私文書偽造・同行使の容疑で逮捕されたが、起訴されたかどうかは不明。
 他に長井被告は暴力団幹部の男性、タクシー運転手の男性と共謀して2007年3月7日午後、松山市内の50歳代の自営業男性の自宅兼事務所に侵入、120万円入りの手提げ金庫を盗んだ窃盗容疑で2009年2月3日に逮捕されているが、起訴されたかどうかは不明。
 愛媛県警は2008年10月28日、死体遺棄容疑で長井被告、I元被告ら3人を逮捕。供述によって女性の遺体が発見された。遺体が埋まっていた場所は、長井被告の実家裏にある山林だった。
裁判所
 高松高裁 長谷川憲一裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年6月17日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 被告側は「殺害時に強盗する意思はなかった」と主張していたが、長谷川裁判長は被告の殺害後の行動や捜査段階の供述から「財産的な問題が殺害の直接の動機になっている。殺害時に強盗の意思があったことは明らか。事前に準備していた通りに殺害し、その直後に所持金品をすべて自分のものとしている状況と整合性がない」などと退けた。弁護側の「強盗の意思を認めた被告の供述は誘導されたもので任意性がない」との主張については「調書の任意性に影響を及ぼすような不当な取り調べはなかった」と退けた。
備 考
 共犯のI元被告は殺人、死体遺棄で起訴。2009年4月16日、松山地裁(村越一浩裁判長)で「指示されるまま犯行に加担し、酌量の余地はないが、地位は従属的で反省している」として懲役13年(求刑懲役20年)が言い渡され、そのまま確定した。
 遺体を埋める穴を掘ったとして死体遺棄ほう助に問われた男性2被告は2008年12月24日、松山地裁(久保雅文裁判官)は「遺棄する認識は積極的ではなかった」として懲役1年執行猶予3年(懲役1年)を言い渡した。すでに確定していると思われる。
 2009年10月16日、松山地裁で求刑通り一審無期懲役判決。被告側は上告した。2011年3月30日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
志村裕史(24)
逮 捕
 2007年2月10日(窃盗未遂容疑)
殺害人数
 2名
罪 状
 強盗殺人、窃盗未遂
事件概要
 東京都杉並区に住む大学生の志村裕史(ひろし)被告(当時21)は2007年1月25日午前3時頃、裏の家に住む無職女性(当時86)方で、女性と会社員の長男(当時61)をナイフで刺殺し、現金約47000円や貴金属などを奪った。凶器の軍用ナイフは、コレクションとして保有していたものだった。
 志村被告は朝になってクレジットカードを使い、杉並区内のコンビニエンスストアのATM(現金自動受払機)から現金を引き出そうとしたが、暗証番号が正しく入力できなかったため、未遂に終わった。コンビニから不審者として通報があり、2月10日に逮捕された。3月2日、強盗殺人容疑で再逮捕された。
 志村被告は、日大理工学部に在籍する3年生だが、授業は休みがちで、2年前には病気を理由に1年間休学するなどしていた。後に大学から除籍されている。
 また志村被告は事件発覚から3日後、警視庁荻窪署員を自宅に呼び、「家の窓ガラスが割られた」と訴えていた。現場周辺では1月下旬、マンションと民家でパチンコ玉を撃ち込まれて窓ガラスが割られる被害が発生していた。
裁判所
 東京高裁 小西秀宣裁判長
求 刑
 死刑
判 決
 2010年6月17日 無期懲役(検察・被告側控訴棄却)
裁判焦点
 2009年12月10日の控訴審初公判で、検察側は完全責任能力の成立を前提に「一審の結論は、ほかの裁判例との均衡が取れず、遺族にも受け入れがたい」と死刑の適用を主張した。弁護側は「脳の障害で衝動を抑えられず、心神喪失か耗弱の状態だった」と反論。さらに志村被告が犯行前に服用していた抗うつ薬について、厚生労働省が一審判決直前に「服用と他者への加害行為に及ぶおそれとの因果関係が否定できない」として副作用についての情報を公表していると指摘。高裁に犯行との因果関係について、新たな精神鑑定を実施するよう求めた。そして無罪か刑を軽くするよう主張した。被告も出廷した。
 2010年5月6日の第4回公判で、検察側は前科のない犯行時18歳の被告(上告中)が死刑とされた山口県光市の母子殺害事件などと比較し、「死刑を適用しなければ量刑のバランスが失われる」と改めて死刑を求め、弁護側は志村被告が心神喪失だったとして無罪を主張し、結審した。
 判決で小西裁判長は争点となった責任能力について、「精神病や脳の機能低下はなかったとする鑑定をもとに、被告に完全責任能力を認めた原判決の判断に誤りはない」と認定して弁護側の主張を退け、「冷酷、非情な犯行で、遊興費欲しさの身勝手な動機に酌量の余地はない」と厳しく批判した。一方、検察側の量刑不当の主張についても、「あらかじめ強盗殺人を計画したのではなく、殺意は犯行の直前に生じた」と殺害の計画性を否定し、被告が犯行時に21歳8か月で前科もなく、被告の父親が遺族に8000万円を支払った点を考慮し、「原判決の量刑が軽すぎて不当だとは言えない」と結論付けた。
備 考
 2009年7月15日、東京地裁で求刑死刑に対し、一審無期懲役判決。被告側弁護人は上告した。検察側は上告せず。2010年7月9日付で被告側上告取り下げ、確定。

氏 名
横山守(42)
逮 捕
 2009年12月6日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、死体遺棄
事件概要
 無職横山守被告は2009年10月8日午後3時頃、名古屋市内の自宅で、中村区に住む無登録の貸金業「090金融」を営んでいた男性(当時41)の首をネクタイで絞めて殺害、現金約24万円と腕時計(時価10万円相当)を奪い、翌9日、遺体を一宮市の雑木林に捨てた。
 遺体は10月20日午前、雑木林の中で上に作業着の上着などが掛けられた状態で剪定業者が見つけた。
裁判所
 名古屋地裁 伊藤納裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年6月18日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 6月15日の初公判で、横山被告は起訴事実の一部を否認した。
 検察側は冒頭陳述で、横山被告には事件当時、ギャンブルや出会い系サイトで知り合った女子高生との交際費などで200万円超の借金があったと指摘。被害者の男性からも5万円を借りたものの返済期限の延長を断られ、ネクタイで首を絞めて殺害し、現金約24万円と腕時計(時価10万円相当)を奪ったと主張した。
 これに対し、弁護側は「腕時計を奪うつもりはなかった」と述べ、腕時計については強盗殺人罪は成立しないと主張した。
 17日の論告で検察側は「ギャンブルや女子高生との交際を続けるため借金を重ねた末の犯行で、酌量の余地はない」と述べた。一方、弁護側は「被害者の冥福を祈って写経を続けるなど、反省している。借金返済の延期を申し入れたが待ってくれなかったため、殺害という最悪の結果に結びついた」と計画性を否定し、懲役25年程度の有期刑が適当だと主張した。
 判決で伊藤納裁判長は「首を絞める練習までして、犯行は計画的で強固な殺意に基づいている」と述べた。
備 考
 被告側は控訴した。2010年11月25日、名古屋高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
成田辰夫(54)
逮 捕
 2009年7月27日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人
事件概要
 新潟市西区の警備会社社長成田辰夫被告は2009年6月22日午前9時頃、新潟市中央区にある金融会社事務所で、社員の女性(当時48)の顔や頭を持参したスパナで殴り、顔などを足で踏みつけたうえ、そばにあった電気コードで首を絞め付けるなどして殺害。事務所にあった現金230万円を奪った。
 成田被告は2009年5月に警備会社を設立したが、仕事の依頼が少なく、従業員の給与支払いが遅れたり、家賃を滞納したりすることがあるなど、経営に苦しんで。また6月上旬には同社役員らに要求されて、役員・従業員の給与は定められた期日に支払うよう、文書で約束させられていた。金融会社は成田被告が顧客だった。
裁判所
 新潟地裁 山田敏彦裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年6月22日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2010年6月14日の初公判で成田被告は「(被害者の顔などを)足で踏みつけた部分は故意ではない」と一部否認したが、その他については認めた。
 検察側は冒頭陳述で、成田被告が経営する警備会社の業績不振で従業員の給料支払いなどに行き詰まり、550万円の融資を受けていた金融会社の社長を殺害して現金を奪おうとしたと指摘。事件当日、社長は事務所におらず、被害者が被告の姿を見て社長に連絡をしているさなかに襲ったと主張。また、成田被告は、被害者に殺虫剤を吹きかけ、スパナで頭を殴るなどして殺害、傷は約40カ所に上ったと指摘した。
 一方、弁護側は(1)被害者の顔などを踏みつけたのは意図的ではない(2)事件前、被告が業績不振に悩み、自殺を図って未遂に終わった直後、金融会社の社長から「また自殺をしたら、女房子どもに死ぬまで働いてもらう」と言われた(3)服用していた抗うつ薬に攻撃性を増す副作用があった−−と情状酌量を訴え、刑の減軽を求めた。
 17日の被告人質問で、検察側から「死刑か無期懲役を受け入れるか」と尋ねられた成田被告は、「開き直るつもりはございません」と答えた。続く論告で検察側は、手から滑り落ちにくいスパナを凶器に選んでいる点などを挙げて「一瞬の衝動ではなく、悪質で計画的な犯行で身勝手極まりない。(犯行は)命の重さを全く無視した言語道断の発想。落ち度のない被害者をスパナで何度も殴るなど残虐で、動機も金銭目的と身勝手」と指摘。裁判員らには「有期刑は被害者の生命を軽視することで許されない」と厳罰を求めた。しかし被告が健全な社会生活を送っていた時期もあることから、更生の可能性があるとして、死刑ではなく無期懲役にとどめたと述べた。
 被害者参加制度を利用して審理に参加している被害者の実兄は、「死刑しかお願いできない」と涙ながらに訴えた。
 一方、最終弁論で弁護側は「殺害は偶発的犯行で、抗うつ薬の副作用の影響」などとし、懲役25年が相当と主張。成田被告は「もし生きることがあれば、復縁した妻と共に、死ぬまで遺族のことを思って反省したい」と述べた。
 判決で山田敏彦裁判長は「落ち度のない被害者を数十回殴り踏みつけて殺すなど残忍で悪質」とする一方、「会社の経営が頓挫する中、精神的に追いつめられた状況での犯行。罪を反省させ、遺族への謝罪を続けさせるためにも無期懲役が相当」と理由を述べた。山田裁判長は、弁護側が求めていた酌量減軽は遺族の処罰感情を理由に認めなかった。被害者の顔などを足で踏みつけたのは故意でないとする成田被告の主張に対しては、靴跡などの状況から意図的に行われたものと認定した。
 山田裁判長は裁判員も含めた総意として「命のある限り遺族への謝罪を続けてほしい」と諭し、成田被告は「かしこまりました」と頭を下げた。
備 考
 被告側は控訴した。2010年8月10日付で控訴取り下げ、確定。

氏 名
勝木屋栄二(36)
逮 捕
 2007年11月12日(殺人容疑。他の暴行、監禁容疑で公判中)
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、住居侵入、銃刀法違反(拳銃加重所持)、殺人未遂、爆発物取締罰則違反、暴行、監禁、未成年者略取・誘拐未遂他
事件概要
 指定暴力団道仁会系幹部勝木屋栄二被告は指定暴力団道仁会系の組長岡田充被告と共謀。熊本市で対立する九州誠道会系の組幹部(当時43)の殺害を、幹部の福原大助被告らに指示。福原被告らは共謀し、2007年6月19日夜、会長代行(当時43)方に侵入し、顔を拳銃で撃った後、包丁で背中などを刺して殺害した。死因は銃で頭を撃たれたことによる脳挫滅である。
 勝木屋被告は組員I被告、元組員O被告と共謀。2006年7月16日午後9時50分頃、九州誠道会系暴力団会長(当時54)が住む熊本県合志市の自宅前で、I被告が会長に拳銃を発射し、右肩に10日間の怪我を負わせた。
 勝木屋被告は他の組員と共謀し、2007年7月上旬ごろ〜2008年10月2日ごろ、県内の道仁会系組関係者の墓に爆発物である対人攻撃用の手りゅう弾1発を隠していた。
 勝木屋被告は他の8人と共謀。2007年4月8日未明、同組を離脱した熊本市の少年(当時18)を同市娯楽施設駐車場に誘い出し、車数台で少年と友人らが乗った軽乗用車を取り囲み、少年を無理やり連れ去ろうとした。しかし少年は逃げ出したため、友人のアルバイト男性(当時20)ら4人に暴行を加えた上、少年を捜すために乗用車2〜3台に乗せて連れ回し、約18時間に渡って監禁した。
 勝木屋被告は2007年7月25日までに暴行容疑で逮捕された。以後、8月13日に監禁容疑で再逮捕。9月4日、未成年者略取・誘拐未遂容疑で再逮捕。11月12日、殺人容疑で再逮捕。2008年1月8日、殺人事件における銃刀法違反(拳銃加重所持)容疑で再逮捕。8月28日、殺人未遂容疑で再逮捕。9月18日、殺人未遂事件における銃刀法違反(拳銃加重所持)容疑で再逮捕。2009年1月9日、爆発物取締罰則違反容疑で再逮捕。
裁判所
 福岡高裁 川口宰護裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年6月23日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 被告側は一部に事実誤認があると控訴したが、川口宰護裁判長は「殺人事件の首謀者の一人と認められる」などとして退けた。
備 考
 九州誠道会系の組幹部殺人事件を巡っては13人が逮捕され、10人が起訴された。3人は証拠不十分で釈放された。
 主犯格の岡田充被告は2008年9月22日、熊本地裁で求刑通り一審無期懲役判決。2009年7月1日、福岡高裁で被告側控訴棄却。2010年2月24日、被告側上告棄却、確定。
 犯行指示役の福原大助被告は2008年8月8日、熊本地裁で求刑無期懲役に対し一審懲役30年判決。2009年3月24日、福岡高裁で一審破棄、無期懲役判決。2009年7月21日、被告側上告棄却、確定。
 実行役の福嶋尚和被告は2008年8月8日、熊本地裁で求刑無期懲役に対し一審懲役28年判決。2009年3月24日、福岡高裁で一審破棄、無期懲役判決。2009年7月21日、被告側上告棄却、確定。
 実行役の宮本博文被告は2009年1月23日、熊本地裁で求刑無期懲役に対し一審懲役27年判決。2009年8月31日、福岡高裁で一審破棄、無期懲役判決。2010年1月25日、被告側上告棄却、確定。
 凶器の準備および送迎をしたM被告は2008年10月31日、熊本地裁で懲役15年判決(求刑懲役20年)。
 凶器を準備したI被告は2009年1月23日、熊本地裁で懲役6年判決(求刑懲役12年)。2009年8月31日、福岡高裁で検察・被告側控訴棄却。
 凶器を隠したT被告は2008年8月8日、熊本地裁で懲役10年(求刑懲役15年)の判決。2009年3月24日、福岡高裁で検察・被告側控訴棄却。
 見張り役のY被告は2008年9月2日、熊本地裁で懲役12年(求刑懲役15年)判決。2009年3月24日、福岡高裁で検察・被告側控訴棄却。
 逃走用のバイクを準備し、案内をしたM被告は殺人容疑で2009年11月25日に逮捕。2010年7月15日、熊本地裁で懲役12年(求刑懲役15年)判決。

 九州誠道会系暴力団会長殺人未遂事件では他に2人が起訴された。
 実行犯であるI被告は2009年12月15日、熊本地裁で懲役12年判決(求刑懲役16年)。2010年10月15日、福岡高裁で被告側控訴棄却。
 送迎役であるO被告は2009年3月16日、熊本地裁で懲役6年判決(求刑懲役10年)。

 2009年12月15日、熊本地裁で求刑通り一審無期懲役判決。被告側は上告した。2010年11月1日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
鈴木勇夫(51)
逮 捕
 2009年11月14日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、窃盗他
事件概要
 住所不定、無職鈴木勇夫被告は2009年10月17日午前6時頃、東京都大田区にあるビル4階のマージャン店に侵入。従業員の男性(当時60)の胸や背中を刃物で刺し、頭を店にあったサイドテーブルで殴りつけ殺害。売上金約14万円を奪った。鈴木被告は知り合いの暴力団関係者から借金するなど、生活に困窮していた。
 鈴木被告は4月末から同店で働いていたが、5月下旬に店の小銭を持ち出したまま出勤しなくなっていた。
 捜査本部は事件直後に同店近くの防犯カメラに鈴木被告が映っていたことからDNA型を調べたところ、店内に残された血痕と一致して逮捕した。
 他に知人宅などで2件の窃盗事件を起こした。
裁判所
 東京地裁 波床昌則裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年7月2日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。初公判は6月29日に開かれた。
 判決は「マージャンに負けて金に困った犯行動機は誠に身勝手。警察に通報されると思い、殺害行為に及んだという動機は誠に自己中心的で酌量の余地はない。犯行後も、関係者に犯人の情報を持っていると持ち掛け金銭を要求するなど情状はすこぶる悪い。被告には獄中で反省の余生を送らせることが相当だ」と指摘した。
備 考
 鈴木被告は強盗致傷などの前科が5件あり、刑務所出所後1年足らずで事件を起こした。東京地裁本庁での裁判員裁判で無期懲役は初めて。被告側は控訴した。

氏 名
石田昇(37)
逮 捕
 2009年6月14日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人
事件概要
 呉市の無職石田昇被告は2009年6月14日午前4時半頃、以前勤務していた呉市の会社工場で、当時勤務中だった元同僚男性(当時26)に借金返済の猶予を求め会いに行ったが、男性に拒まれ口論となった。石田被告は男性の頭や顔などを事務所にあったバール(長さ約90cm)で殴り、殺害した。さらに現金約11万円などが入った財布などを奪った。石田被告は2年前に同会社を退社。男性から約400万円の借金があり、事件当日が返済期限だった。
 朝、出勤してきた同僚が男性の死体を発見。県警は石田被告が借金していたことを知り、同日午後に任意で事情を聞いたところ、借金を巡るトラブルで男性を殺害したと認めたため、強盗殺人容疑で逮捕した。
裁判所
 広島地裁 伊名波宏仁裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年7月8日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 6月30日の初公判で、石田被告は「殺意はなかった」などと起訴事実の一部を否認した。弁護側は「返済延期を断られるなどし、頭が真っ白になって発作的にバールで殴った」などと主張、強盗殺人罪ではなく、傷害致死罪の適用を求めた。
 7月6日の論告で検察側は「ギャンブルの金欲しさに借金を繰り返し、借金返済を免れようとするなど、動機は身勝手で、強い殺意を持っていた。計画的で、悪質な犯行」と述べた。弁護側は「被告に殺意はなく、殺害したことで借金を免れたと考えていない」として衝動的な犯行と主張、自白も任意性がないとした。
 被害者参加制度が適用され、法廷に立った男性の妻は「長男の成長を見ずに夫が死んでしまったことが悔しい」と声を詰まらせ、死刑を求めた。
 伊名波裁判長は判決理由で「動機は身勝手で、犯行態様は残忍。反省もしておらず、遺族の処罰感情は強い」と指摘。「死刑を選択する余地も十分あり得たが、これまでの判例を考慮した」と述べた。
備 考
 判決で弁護人が遅刻し、午後2時半の開廷予定が約1時間遅れた。
 被告側は控訴した。2010年12月7日、広島高裁で被告側控訴棄却。2011年4月20日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
吉井誠(54)
逮 捕
 2006年10月30日(2月14日、別件の詐欺罪で逮捕、起訴済)
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、詐欺未遂、詐欺、有印私文書偽造・同行使
事件概要
 東京都の不動産会社社長吉井誠被告は、社員のMY被告、YT被告、元暴力団員IK被告、会社関係者の男性と共謀。2005年7月29日未明(現地時間28日午後11時45分頃)、フィリピン北部バタンガス州の路上で関係者の男性が社員の男性(当時41)を拳銃で撃ち殺害した。男性には会社を受取人とする7500万円(殺害時は1億円)の海外旅行保険がかけられていた。男性は4日前から、社員旅行としてMY被告、YT被告、IK被告、関係者の男とともにマニラを訪れていた。
 殺害から約半年後の2006年1月23日、保険会社に1億円の支払いを請求したが不審な点があるとして拒否された。
 吉井被告には暴力団などに約1千数百万円の借金が、他の3被告にも多額の借金が確認されている。
 また吉井被告らは、2005年2月23日午後6時ごろ、東京都千代田区の路上で交通事故を起こしたよう装い、うち6人が首や腰を負傷したとして、保険会社2社に「休業せざるを得なくなった」と虚偽の申告をして、休業補償金約1550万円をだまし取った。
 2006年2月14日、交通事故の詐欺容疑で吉井被告、MY被告ら7人が逮捕。2月17日、新たに1名が逮捕された。3月6日、詐欺罪で起訴された。また殺害された男性も事件に関与していたが、死亡を理由に不起訴処分となった。
 5月29日、吉井被告は拘置先の警視庁万世橋署の留置場でつめ切りで首を切って自殺未遂を図り、1週間の怪我を負った。つめ切りは留置場への持ち込みが禁止されていたが、社長は直前の体操の時間に運動場から持ち出し、署員が入室検査で見落としていた。
 7月13日午後7時35分頃、一緒にフィリピンに渡航した会社関係者の男が、拘置先の警視庁品川分室のトイレでハンカチをつないで首をつっているのを同房者が発見。病院に運ばれたが14日午後2時40分頃、死亡した。男は当初「自分が撃った」と男性殺害を認めたが、その後は供述を拒んでいた。
 10月30日、吉井被告ら4人が殺人容疑で再逮捕された。
 11月23日、吉井被告ら4人が保険金の詐欺未遂容疑で再逮捕された。
裁判所
 最高裁第二小法廷 岡部喜代子裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年7月7日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 弁護側はDVDについて「取り調べのごく一部の記録。自白した供述調書と同じ内容を繰り返させたにすぎず、証明力は慎重に判断すべきだ」と主張していた。
備 考
 吉井被告は旧さくら銀行の元副支店長らと共謀し、1996年4〜7月、東京都内の化粧品会社や道路サービス会社の担当者に架空の高利運用話を持ちかけて約18億5000万円をだまし取った詐欺の罪で1997年12月11日、東京地裁から懲役5年6月(求刑懲役8年)の実刑判決を受けて服役した。MY被告やYT被告は東京拘置所に拘留中や服役中で知り合い、出所後、自らが経営する不動産会社にMY被告らを社員に迎え入れていた。
 2007年5月10日、東京地裁(高木順子裁判長)はMY被告に懲役23年(求刑懲役25年)、IK被告に懲役22年(求刑懲役25年)を言い渡した。そのまま確定。
 2007年10月10日、東京地裁(高木順子裁判長)はYT被告に懲役25年(求刑懲役30年)を言い渡した。被告側は控訴した。2008年6月27日、東京高裁(中川武隆裁判長)はYT被告の控訴を棄却した。中川裁判長は、検察側が調書の任意性を補強する証拠として提出していたDVDについて、「否認から自白に転じた理由などを、誘導されることなく自らの言葉で供述している」と指摘。限定的なものとした一審判決に比べて、証拠価値を高く評価した。2010年4月7日、最高裁第一小法廷(白木勇裁判長)はTY被告の上告を棄却した。
 2008年3月18日、東京地裁で一審無期懲役判決。2009年2月25日、東京高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
川俣浪男(60)
逮 捕
 2009年7月14日(殺人未遂容疑)
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、殺人未遂、死体損壊・遺棄、凶器準備集合、銃刀法違反(加重所持)、監禁他
事件概要
 茨城県潮来市の暴力団組員川俣浪男被告は無職O被告、無職S被告、解体業U被告と共謀。2009年6月15日午前11時半ごろ、那珂川町内の病院駐車場で拳銃や鉄筋棒などを準備して集合。午後1時25分頃、栃木県那須烏山市の民家敷地で借金取立中の無職UT被告、無職A被告、無職男性(33)を待ち伏せ、UT被告を殺害しようと発砲。銃撃戦となり、UT被告に右肩や右腹を撃って重傷を負わせるとともに、男性の右太股を拳銃で撃ち、重傷を負わせた。さらに男性をトランクに押し込んで発車。失血死により死亡させた。その後、男性の遺体をバラバラにし、頭部と手足を茨城県城里町の山林に、胴体を茨城県大子町の山林に遺棄した。
 那須烏山署捜査本部は7月13日、川俣浪男被告他を殺人未遂、銃刀法違反(加重所持)容疑で逮捕。8月3日、4被告を凶器準備集合容疑で再逮捕。さらにS被告らの供述に基づき8月25日、切断された頭部や両手足などが茨城県城里町の山林で発見された。そして26日、胴体が茨城県大子町の山林で発見された。9月1日、川俣被告ら6人が死体損壊・遺棄容疑で再逮捕、1人が死体損壊・遺棄容疑で逮捕。9月24日、川俣被告ら4人が殺人容疑で再逮捕された。
 UT被告は数年前に川俣被告と同じ暴力団を脱退。その後、川俣被告との間で「那須烏山市には入らない」と約束したが、借金の取り立てなどでたびたび同市内を訪れていたといい、川俣被告は「何度も縄張りを荒らされて、許せないという思いが積み重なった」と供述した。
 UT被告は川俣被告に対する殺人未遂容疑で、A被告は銃刀法違反容疑で逮捕されている。
裁判所
 宇都宮地裁 井上豊裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年7月15日 無期懲役
裁判焦点
 7月12日の初公判で川俣被告は「殺意はなかった」と、殺人罪について否認し、凶器準備集合罪についても一部争う姿勢を示した。
 7月14日の被告人質問では裁判員3人が「男性が亡くなったことを知った時の気持ちは」などと質問。川俣被告は「動転しているような状態でショックはショックだった」などと答えた。また裁判官から心境を聞かれ「申し訳ないとは思っているが、自分の行動に後悔はない」と答えた。
 同日の論告求刑で検察側は争点となった殺意について、「人が死ぬ危険性が高いと分かった上で、殺傷能力の高い拳銃を撃った被告には殺意があった」と主張した。川俣被告が敵対関係にあったUT被告に対し、「激しい憎悪を抱いていた」と拳銃所持の動機を改めて述べ、川俣被告を「事件の首謀者で、主導的役割を担った」と指摘。「川俣被告の行為や指示がなければ事件は起きなかった。刑事責任は極めて重い。拳銃で2人を殺傷した結果は重大で、犯行態様は極めて危険で悪質。暴力団特有の理論に基づく動機に同情の余地は全くない」などと述べた。
 同日の最終弁論で弁護側は「被告に男性への殺意はなかった。太ももを撃てば死亡することが当然とは言えない」と改めて殺人罪については無罪を主張。そして「当日は予想に反して事件となった。特別に計画し襲撃したわけではない」とした。拳銃については「男性が持っていたものを被告が奪った」と述べ、川俣被告も重大な被害を受けた可能性があったと説明した。そして「事件は暴力団関係者の闘争の結果起きたもので、本人も反省している。懲役20年が相当」と主張し、結審した。
 判決は、争点だった男性への殺意の有無について「重要な血管が多数ある右太ももへ拳銃発射は人が死ぬ危険性が高く、被告はそれを分かった上で発射した」と殺意を認定した。拳銃についても、証人の証言などから「準備したのは被告」と認め、「男性の拳銃を奪った」とする弁護側の主張を退け、男性の遺体を切断し埋めた犯行を「極めて残虐かつ悪質」と指摘、「白昼の銃撃戦は近隣住民に多大な恐怖感を与えた」と言及した。そして「被告は各犯行を主導した首謀者。暴力団抗争を本質とする経緯や動機に酌むべき点はなく、刑事責任は極めて重い」と述べた。
備 考
 最終的に6人が起訴された。また敵対側も2人が起訴された。
 逃走を手助けしたM被告は2009年11月18日、宇都宮地裁(小林正樹裁判官)で懲役1年8月、執行猶予3年(求刑懲役1年8月)が言い渡された。
 逃走を手助けしたK被告は2009年11月30日、宇都宮地裁(佐藤正信裁判官)で懲役1年6月、執行猶予3年(求刑懲役1年6月)が言い渡された。
 監禁致死の罪に問われたO被告は2010年7月1日、宇都宮地裁(井上豊裁判長)で懲役9年(求刑懲役13年)が言い渡された。被告側は控訴した。
 監禁致死の罪に問われたS被告は2010年7月30日、宇都宮地裁(井上豊裁判長)で懲役8年(求刑懲役12年)が言い渡された。
 死体損壊・死体遺棄、覚せい剤取締法違反などの罪に問われたU被告は2010年8月2日、宇都宮地裁(高島由美子裁判官)で懲役6年(求刑懲役7年)が言い渡された。
 敵対側で銃刀法違反(発射)の罪に問われたA被告は2010年3月19日、宇都宮地裁(池本寿美子裁判長)で懲役6年6月(求刑懲役8年)が言い渡された。控訴せず確定。
 敵対側で川俣浪男被告への殺人未遂などの罪に問われたUT被告は2010年11月12日、宇都宮地裁(井上豊裁判長)で懲役13年(求刑懲役17年)が言い渡された。
 被告側は控訴した。
 川俣浪男被告は他に2007年6月15日、市貝町の工場で那須烏山市の男性(当時60)を殴るなどし、アパートまで来るまで無理矢理連行して監禁。更に暴行を加えて約3週間の怪我を負わせた恐喝未遂、傷害、逮捕監禁罪で別に起訴された。2010年8月6日、宇都宮地裁(井上豊裁判長)は懲役2年6月(求刑懲役4年)を言い渡した。
 2011年度中に東京高裁で被告側控訴棄却。2012年2月13日、最高裁で被告側上告棄却、確定。

氏 名
藤木誠司(60)
逮 捕
 2010年1月11日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人
事件概要
 福岡県小竹町のタクシー運転手藤木誠司被告はギャンブルなどで消費者金融や勤務先などから約650万円の借金があり、暴力団から返済を迫られていた。そこで藤木被告は、知人の北九州市に住む元タクシー運転手の無職男性(当時82)に借金を申し込んだ。2009年12月24日、男性は銀行に借りた150万円を含む約160万円を貸そうと藤木被告の自宅を訪れたが、保証人を巡って口論になった。そして午前0時半頃、藤木被告は居間で男性の首を包丁で刺すなどして殺害し、現金約158万円を奪った。そして遺体を廊下に遺棄した。奪った金は借金返済やパチンコなどに使った。
 藤木被告と男性は10年来の付き合い。男性は2009年1月からタクシー会社で働いていたが健康上の理由で退職し、11月に知人の藤木被告をタクシー会社に紹介し、身元引受人にもなっていた。
 男性は一人暮らし。親族が2010年1月8日に捜査願を提出。10日に藤木被告宅から大家らが遺体を見つけて通報。11日、福岡県警が筑紫野市で身柄を確保し、逮捕した。
 逮捕時は死体遺棄も容疑に含まれていたが、起訴時の容疑からは外されている。
裁判所
 福岡地裁小倉支部 重富朗裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年7月16日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2010年7月14日の初公判で、藤木被告は起訴内容を認めた。検察側は「借金返済のために金を必要とし、2日前から犯行を計画していた」と主張。弁護側は「男性に援助を求めたが、断られたため、突発的に事件を起こした」と反論した。
 15日の論告で検察側は「男性は、被告がタクシー会社に就職する際に世話をしてくれた恩人。その恩を仇で返すなど動機にくむべき事情がない」と主張。同日の弁論で弁護側は「男性を殺害したのは突発的なことで、現在は反省している」と述べた。
 判決で重富裁判長は「被害者の恩をあだで返した経緯などを重視すれば刑事責任は極めて重い」と指摘した。また、「再犯の可能性も否定できず、極刑にすべきだとの意見も出たが、生きて罪を償わせる観点から無期懲役が相当との意見で一致した」と評議の過程も説明した。
備 考
 補充裁判員を務めた大阪市の男性会社員(24)が、選任手続きに参加するため職場に休暇を申請したところ、「できれば参加しないでほしい。欠勤扱いにする」と告げられた、と記者会見で述べた。男性は福岡県内に住民票を置いていたため、同支部から呼び出し状が届いた。公判が行われた14〜16日は会社を休んで参加した。男性は「有給休暇や特別休暇が取りやすくなるよう、国にも配慮してほしい」と訴えた。
 被告側は控訴した。2011年2月4日、福岡高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
ホセ・マヌエル・トレス・ヤギ(38)
逮 捕
 2005年11月30日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、死体遺棄、強制わいせつ致死、出入国管理及び難民認定法違反(不法入国、不法在留)
事件概要
 ペルー国籍で広島市安芸区に住む無職ホセ・マヌエル・トレス・ヤギ被告(当時33)は、2005年11月22日、小学1年女児(当時7)を部屋に無理矢理連れ込みわいせつ行為をした後、午後0時50分〜1時40分頃までの間、首を手で締めるなどをして殺害。段ボール箱に入れてテープで封じ、自転車で近くにある広島市安芸区の空き地に運んで遺棄した。
 遺体は22日午後3時頃に見つかった。警察は30日未明、近くのアパートに住むトレス被告を三重県内の親類宅で逮捕した。
 トレス被告は日系三世ペルー人、ピサロ・ヤギ・フアン・カルロスの偽名を用いて2004年4月18日に来日した。2005年8月からは隣町の自動車部品工場で働いていたが、無断欠勤や同僚との喧嘩が多いこともあり、10月中旬に人材派遣会社の登録を抹消され、11月1日にアパートに引っ越してきたばかりだった。
裁判所
 広島高裁 竹田隆裁判長
求 刑
 死刑
判 決
 2010年7月28日 無期懲役(検察・被告側控訴棄却)
裁判焦点
 2010年4月8日の控訴審初公判で、検察側は一連の犯行を「人倫の根本を根底から覆す野獣の所業」と断じ、従来の死刑適用基準を踏襲して無期懲役とした一審判決を批判した。被告に判決が確定した「前科」がない点については、ペルーでの性犯罪歴を挙げ「犯罪性向をうかがわせる事情」と主張。そして「わいせつ目的で少女を殺害した比類なき悪質な犯行。更生の意欲も認められず極刑はやむを得ない」と改めて死刑を求めた。
 弁護側は「前歴の証拠には確定判決が存在せず、事実認定はできない」と強調。差し戻し前の控訴審で高裁が証拠採用した、被告が母国で起こしたとされる女児2人への性犯罪歴の捜査資料を証拠から排除するよう申し立てた。竹田隆裁判長は「判決で判断を示す」とした。弁護側は、ヤギ被告は心神喪失だったなどとして、殺人、強制わいせつ致死罪は無罪を主張し、一審判決の無期懲役からの刑の軽減を求めた。死体遺棄と出入国管理法違反は認めた。さらに弁護側は精神鑑定と情状鑑定を請求。竹田隆裁判長は1週間から10日をめどに採否を決めることにした。そして竹田裁判長は、ヤギ被告が女児の両親に送った謝罪文を証拠採用した。
 同日は女児の父親の意見陳述もあり、「裁判のたびに事件を思い出し、つらい」と訴え、被告に「真実が話せる最後の機会になると思う。真実の証言を」と求めた。法廷でヤギ被告は、床に座り込んだり、奇声を上げたりし、裁判長が注意する場面もあった。閉廷間際にヤギ被告は「ごめんなさい。心からごめんなさい」と傍聴席の父親に日本語で叫んだ。
 4月14日、竹田隆裁判長はヤギ被告の精神鑑定を「必要性がない」として、弁護側の申請を却下する決定をした。
 6月1日の公判で、検察側は「遺族の衝撃や喪失感は想像を絶し、処罰感情は極めて厳しい」と強調。被告は犯行を悪魔のせいにするなどして精神に異常があるように装っていると指摘し、「刑事責任の回避を狙った行為」と述べた。そして証拠採用されたペルーでの性犯罪歴の資料に言及し、「犯罪性向から矯正が困難だと推認させるのは明らか」と指摘した。さらに従来の死刑適用基準を踏襲した一審判決を批判し、「死刑はやむを得ない」と結論付けた。
 同日の最終弁論で弁護側は、被告の生育歴や法廷での異常行動からも精神障害の可能性があり、犯行時は心神喪失だったと主張。無期懲役からの軽減を求めた。被告の精神鑑定、情状鑑定の請求を却下した高裁の判断を「真相解明を放棄した」と指摘。また、証拠採用されたペルーでの性犯罪歴についても、「刑が確定しておらず、証拠能力がない」とした。
 竹田裁判長は判決理由でヤギ被告のペルーでの性犯罪歴についてペルーで黙秘権が確立しているか不透明なことや、被告が前歴を否認していることを考慮し、「十分な検討がされておらず、国内前科と同様のものと評価することはできない」とし、量刑の判断材料から排除した。また弁護側が否認していた殺意とわいせつ目的について、竹田裁判長はいずれも認定。殺害方法を巡る事実認定を「片手で首を強く絞めた」から「手かひもで首を強く絞めた」に変更した以外は一審判決をほぼ全面的に支持した。そして竹田裁判長は、永山則夫元死刑囚に対する最高裁判決(1983年)が示した基準を用いて量刑を検討した。被害者が1人であることや、計画性や前科・前歴がないことなどから、死刑を回避した一審判決の量刑を妥当と判断した。検察側の「従前の判例基準を形式的に当てはめるのではなく、昨今の社会的要請に応えて厳罰化をもって臨むべきだ」と指摘に対しては、「一審判決は公平公正の観点から法的安定性などに配慮した」とし、「検察の主張にただちに賛同することはできない」と退けた。
備 考
 2006年7月4日、広島地裁で一審無期懲役判決。検察・被告側ともに控訴。2008年12月9日、広島高裁で審理不尽を理由に一審判決破棄、差し戻し。被告側上告。2009年10月16日、最高裁第二小法廷で「広島高裁が刑事訴訟法の解釈を誤った」として、二審判決破棄、広島高裁差し戻し。上告せず確定。

氏 名
江上竜一(22)
逮 捕
 2009年6月8日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、強盗致傷他
事件概要
 名古屋市中川区の土木作業員江上竜一被告は、建築会社の元同僚であったとび職S被告、とび職O被告と共謀し、薬物の売人を襲って覚せい剤と現金を奪うことを計画。江上被告が別のイラン人に電話で薬物購入を持ちかけ、2009年5月2日午前0時25分頃、同市東区で取引現場に現れた覚せい剤密売人のイラン人男性(当時31)の胸を江上被告が刃物で刺して殺害し、乗用車1台と覚せい剤約2.2gを奪った。車は3日、守山区の住宅街で見つかった。車内に残された指紋から3人が浮上した。
 他にS被告、江上被告、別の覚せい剤取締法違反容疑で起訴されていたとび職N被告は、2009年3月17日、東区の路上で覚せい剤密売人のイラン人男性(当時26)を刃物で刺して足や手に3週間の怪我をさせたうえ、覚せい剤や現金を積んだ乗用車1台を盗んだ。
裁判所
 名古屋地裁 佐々木一夫裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年7月29日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2010年7月20日の初公判で、江上被告は「刺したのは自分ではない」と述べ、起訴事実を否認した。江上被告は捜査段階では犯行を自供していた。
 検察側は冒頭陳述で江上被告が男性の左胸を包丁で刺して殺害したと主張。一方、弁護側は「刺したのはS被告で、江上被告は強盗致死罪にとどまる」とした。
 23日の公判で、検察側証人であるS被告への尋問が予定されていたが、S被告は開廷直後、「自分の裁判が始まるまで証言したくない」として拒否し、佐々木一夫裁判長の説得にも応じなかった。休廷し、地裁、弁護側と進行について協議した結果、検察側は「審理を長期間中断すると裁判員に迷惑がかかる」として尋問を断念した。
 26日の公判における論告で検察側は、捜査段階の供述が客観的な状況と一致するとし、無期懲役を求刑。一方、弁護側は最終弁論で「捜査段階の自白は虚偽。公判での供述が信用できる」と実行行為を否定し、寛大な判決を求めた。
 判決で佐々木裁判長は、江上被告が被害者の抵抗する様子などを供述している点を指摘し、「捜査段階の供述は迫真性に富み、実際に体験しないと供述できない。刺し傷や男性の車内に付着した血痕などの客観的証拠と符合し、信用できる」と認定し、「被害者を包丁で刺したのは被告で、強盗殺人罪が成立する」と述べた。そして「覚せい剤欲しさに同様の犯行を繰り返しており、動機は自己中心的だ。犯行態様の危険性から酌量軽減すべき事情はなく、無期懲役刑は免れない」と指摘した。
備 考
 S被告とO被告は殺意がなかったとして、強盗致死で起訴された。
 強盗致傷容疑で起訴されたN被告は2010年5月21日、名古屋地裁(手崎政人裁判長)で懲役3年6月(求刑懲役8年)が言い渡された。検察側は、被告について、手を下していなくても実行者2人と同様の責任を問える共謀共同正犯が成立すると主張したが、判決は「仲間の計画に途中から参加した」として従犯と認定した。双方控訴せず、確定。
 S被告は7月23日の公判で検察側証人として出廷した際、弁護人から証言しないほうがいいと言われたとして証言を断り、「良心に従い真実を述べる」という冒頭の宣誓も拒絶した。名古屋地裁の佐々木裁判長は9月28日付で、過料10万円を科す決定を出した。刑事訴訟法では、証人が正当な理由なく宣誓や証言を拒んだ場合、10万円以下の過料に処せると規定している。S被告は即時抗告した。
 被告側は控訴した。2011年2月24日、名古屋高裁で被告側控訴棄却。2011年9月5日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
田中龍郎(58)
逮 捕
 2010年2月8日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人
事件概要
 甲府市の飲食店員田中龍郎被告は2010年1月31日午後8時前ごろ、富士河口湖町に住む新聞販売店従業員の女性(当時61)宅で、女性をビニールひもで絞殺し、約57万円を奪った。現金は新聞の集配金と女性の所持金であった。田中被告は1994年から2年間、新聞販売店で働いており、女性とは同僚であった。田中被告は多方面から借金しており、借金の合計は110万円以上に上る。女性からも借金をしていた。
 捜査本部は女性の携帯電話の通話履歴に田中被告の名前があったため、2月2〜4日に田中被告から任意で事情を聴いたが容疑を否認。さらに5日午前も出頭を求めたが現れず、行方をくらました。女性の着衣に付着したDNAと田中被告のDNAが一致したため、全国に指名手配をした。
 捜査員が2月8日午後1時50分頃、静岡市の温泉宿泊施設で田中被告を発見。「田中だな?」と声をかけると「はい」と答えたため、逮捕した。
裁判所
 甲府地裁 深沢茂之裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年8月4日 無期懲役
裁判焦点
 田中被告は逮捕直後は容疑を否認、以後も黙秘を続けた。裁判員裁判。
 7月27日の初公判で田中被告は「やっていない」と無罪を主張した。検察側は冒頭陳述で、田中被告は長男の学費や家賃など110万円以上の負債があって金に困っていたと主張。また、事件後、40万円以上を使うなど急に金回りがよくなったことや、田中被告が使ったり持っていたりした札から女性の指紋が検出されたほか、女性の衣服やつめから田中被告のDNAが検出されたことなどを挙げた。一方弁護側は、田中被告が事件当日、被害者方を訪ねたのは午後4時半〜5時ごろで、借金返済の猶予と両替を求めるためだったとした。この際、怒った被害者に顔を引っかかれたため、DNAが被害者のつめに残ったほか、タンス預金があって金には困っていなかったとして「田中被告の犯行を直接立証する証拠は皆無」と主張した。
 28日の公判で証人尋問に建った通信事業会社社員は、女性が殺害された1月31日、田中被告の携帯電話は午後3時半と、午後5時43分に甲府市の基地局を経由して通話されていた。調査した同社の社員は「この時間に携帯が基地局周辺の5km以内にあったということ」と証言した。弁護側は、田中被告がこの日午後4時か5時頃に富士河口湖町の女性方で女性と面会し、犯行時刻とされる午後8時頃は別の場所にいたと主張しており、「調査の元になった記録がすでに基地局に残されておらず問題がある」として、この調査結果の証拠採用を拒否したが、深沢裁判長は採用を決定した。
 29日の公判で検察側は、事件があった1月31日以降の数日間で長男の学費やガス料金の滞納金などを一挙に支払った理由を尋ねると、被告は「わからない」と述べた。弁護側も同様の質問をしたが、「偶然としか言いようがない」とした。検察側の質問に対し、被告は1月31日頃の所持金を「全部で30万円ほど」と証言。検察側は、事件から逮捕日までの8日間で40万円以上使っていることを指摘し、「差額の10万円はどうした」と尋ねると、「あちらこちらから借りたと思うがわからない」と述べた。一方、弁護側は、被告が女性から18万円を借りていたと主張していることを踏まえ、どのようにして金を借りていたのかを聞くと、被告は「女性は長男をよくかわいがってくれていたので、『長男のことで金がかかる』と言えば貸してくれた」と述べた。
 3日の論告で検察側は、検察・弁護双方の主張を対比させながら説明。田中被告が長男の学費やホステスに貢ぐ金欲しさから、女性を殺害し、集金した新聞代金を奪ったと主張した。勤め先に遅刻の連絡をしてから女性宅に向かっていることから、計画的な犯行などと指摘した。 また事件のあった日から金回りがよくなったことなどを取り上げ、供述内容の変遷などから「弁解はいずれも不合理で信用できない」と主張。さらに「不合理な弁解をして犯行を否認するなど反省の情は皆無。法定刑を下回る理由はない」と指摘した。
 弁護側は、田中被告は女性に借金返済のことで1月末日に来るよう言われていたため事件当日に女性宅を訪れたが、犯行には及んでいないと主張。遺体から検出された混合DNAは「面会時にひともんちゃくあったとする被告の供述と矛盾しない」とし、被告の所持金から採取された女性の指紋については「事件の日より前に女性から現金を借りていた」と説明した。また、被告が集金から帰ってくる女性を待ち伏せし、午後8時頃に殺害したとされる時刻について、被告が近くの量販店で午後8時19分に入店を確認されていると指摘し、「犯行が短時間過ぎる」と訴えた。そして「検察側の立証は、被告人が犯人だとする確証を抱かせるほど強いものではない」「被告人が犯人だという想定でのみ行われてきた捜査で、直接証拠を求めた捜査はしていない」と反論。「検察側の立証は間接証拠を積み上げただけで田中被告以外が犯人の可能性もある。『疑わしきは被告人の利益に』という原則に基づき無罪であるべきだ」とした。
 判決で深沢裁判長は、田中被告が犯人であることを推認させる事実として、〈1〉事件後の被告の所持金から女性の指紋が検出された〈2〉遺体から採取された混合DNAは、女性のDNA型を差し引くと被告のDNA型にすべて含まれる〈3〉被告は長男の学費や家賃など事件前には計100万円以上を滞納し借金を繰り返したが、事件後数日間で40万円を使用するなど突如金回りがよくなった〈4〉携帯電話の位置情報から被告は事件当日、遅くとも午後6時42分には富士河口湖町内にいて、午後8時19分に富士吉田市の量販店を訪れた――の4点を挙げた。
 そのうえで、「短い犯行時間で女性宅から現金を発見することは困難であるとの(弁護側の)主張を考慮しても被告が本件の犯人であると優に認められる」と結論づけた。「被告は事件前に女性から現金を借りていた」、などの弁護側の主張について、裁判長は田中被告が事件前には借金を繰り返していたことなどから、「現金が30万円あった」とする田中被告の主張は不自然と判断。事件後に使用した金との差額についても、田中被告の説明が具体的ではないとした。「事件当日は借金の返済猶予を頼んで女性に引っかかれたが、犯行時刻は女性宅にいなかった」との主張にも「事実と矛盾があり不自然な点の具体的説明もない。被告の弁解は信用できない」として退けた。このほか、田中被告が事件前に息子の授業料や家賃など多額の負債を抱え、事前に女性の首を絞めるためのビニールひもを用意したことも認め、「強固な殺意に基づく計画的な犯行で悪質」とした。
備 考
 弁護人は即日控訴した。2011年2月15日、東京高裁で被告側控訴棄却。2011年11月16日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
中井嘉代子(69)
逮 捕
 2006年2月9日
殺害人数
 4名
罪 状
 殺人、殺人未遂、現住建造物等放火、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反
事件概要
 神戸市のテレホンクラブ「コールズ」を経営していた中井嘉代子被告は1999年12月ごろ、神戸市内で経営するテレホンクラブの営業をめぐり、ライバル関係にあったテレホンクラブ「リンリンハウス」の営業を妨害しようと、広島市の覚せい剤密売グループ会長坂本明浩被告に1000万円で犯行を依頼した。
 坂本被告は、依頼を承諾し、重機オペレータ佐野和幸受刑者と無職亀野晋也受刑者、暴力団員H被告に犯行を指示。3人は2000年3月2日午前5時5分頃、盗んだナンバープレートを付けた乗用車で神戸駅前店に乗りつけ、一升瓶で作った火炎瓶1本を店内に投げ込んで同店の一部を焼き、店員1人に軽傷を負わせた。10分後には東約1キロの元町店に2本を投げ込んでビル2、3階部分計約100平方メートルの同店を全焼させ、男性客4人を一酸化炭素中毒で殺し、店員ら3人に重軽傷を負わせた。
 中井被告は坂本明浩被告の求めに応じ、犯行後、報酬や逃走資金などとして計約1億100万円を渡した。
裁判所
 最高裁第一小法廷 横田尤孝裁判長
求 刑
 死刑
判 決
 2010年8月25日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 一、二審で中井被告は無罪を主張していた。
備 考
 佐野和幸受刑者(求刑死刑)と亀野晋也受刑者(求刑無期懲役)は2003年11月27日、神戸地裁で一審無期懲役判決。2005年7月4日、大阪高裁で検察・被告側控訴棄却(検察控訴は佐野受刑囚に対して)。2006年11月14日、最高裁で被告側上告棄却、確定。
 運転役だったH被告は逃亡し、現住建造物等放火容疑で指名手配されていたが、2008年7月28日、愛媛県新居浜市内で逮捕された。2009年12月16日、神戸地裁で一審懲役20年判決(求刑無期懲役)。2010年8月4日、大阪高裁で検察・被告側控訴棄却。
 坂本明浩被告は2008年12月8日、神戸地裁で一審無期懲役判決(求刑死刑)。検察・被告側控訴中。
 手引き等をした神戸市の元土木資材販売業N被告は、殺人容疑で起訴された。2006年11月30日、神戸地裁にて傷害致死ほう助などの罪で、懲役9年(求刑懲役15年)を言い渡された。2007年10月18日、大阪高裁は一審判決を破棄、殺人のほう助罪などを適用したものの「重要な役割を果たしたとは言えない」と懲役6年に減刑した。被告側上告が棄却され、確定。
 坂本被告、N被告と一緒に殺人容疑で逮捕された無職男性は、関与の度合いが低かったとされ、起訴猶予となっている。
 2007年11月28日、神戸地裁で一審無期懲役判決。2009年3月3日、大阪高裁で検察・被告側控訴棄却。

氏 名
笹本智之(36)
逮 捕
 2009年8月13日(仙台市の事件の監禁容疑)
殺害人数
 2名
罪 状
 殺人、強盗殺人、逮捕監禁、営利誘拐
事件概要
【東京都暴力団組員殺人事件】
 笹本智之被告と菅田伸也被告、事件当時少年被告(当時19)は1999年1月31日午前9時頃、暴力団組員の男性(当時31)が住む東京都中野区内のアパートで、就寝中の男性の顔や頭を菅田被告が鉄パイプで殴り、当時少年被告がロープで首を絞め、殺害。遺体を仙台市太白区内の山林へ遺棄した。男性は、当時笹本被告が所属していた暴力団幹部の組織だった。男性の遺体は2009年7月、仙台市太白区の山林で白骨化して見つかった。

【仙台市男性強盗殺人事件】
 笹本智之被告は菅田伸也被告、KH被告と共謀。2004年9月3日夕方、東京都の井の頭公園付近で、拳銃の取引をするなどと偽って誘い出した仙台市青葉区の風俗店経営の男性(当時30)を車に乗せ、顔に粘着テープを巻き付け両手に手錠をかけて監禁。茨城県内の貸別荘を経由し、同月4日午前10時半ごろに仙台市太白区秋保町の山林に着くまで連れ回し、11時半頃に男性の首をロープで絞め、頭をバールで殴るなどして殺害。死体を遺棄した後、同日夜から6日ごろまでの間、男性の自宅金庫から現金約5000万円と預金通帳数冊を奪った。KA被告とSN被告は東京都内から茨城県の貸別荘に向かう乗用車内や別荘での暴行に加わり、更に現金60万円を奪った。SH被告も都内から茨城県、更に仙台市の山林までの監禁に共謀した。
 笹本被告は男性と高校時代からの友人で、男性の経営する貸金業を手伝っていた。笹本被告は「子分のように使われた」と供述しており、給料が少ないことに不満をもち、知人らとともに金を奪うことを計画した。

[逮捕に至る経緯]  笹本智之被告は2006年10月16日に「仙台での男性暴行事件」(過去の事件参照)で逮捕監禁容疑で逮捕された後、取り調べの中で仙台市の不明男性の名前を挙げ、「男性を殺害し、(仙台市太白区の)秋保の山林に埋めた。金庫の鍵を奪って金を盗んだ」と暴露。さらに2007年6月25日に開かれたNK被告の公判で、証人として出廷した弟被告(当時)が弁護人の尋問で「兄から人を殺したことがある。○○(男性)の件で」との質問を肯定。さらに家へ3000万円を持って戻ってきたと答えた。宮城県警は、笹本被告らの供述は信憑性が高いと判断。2006年11月に犯行グループの1人が指し示した場所を掘り返した、男性のものとみられる毛髪などを採取したが、他には何も見つからなかった。同じ場所は2009年6月にも再度掘り返しているが、同様の結果であった。しかし4月下旬から5月上旬、笹本被告らが男性を連れ回したという東京都内の繁華街や茨城県内の貸別荘などに捜査員を派遣し、「供述だけではない証拠が得られた」(捜査幹部)として、遺体が未発見のまま営利誘拐と逮捕監禁容疑での逮捕に踏み切る。
 宮城県警は2009年8月13日、営利誘拐と逮捕監禁容疑で受刑中の笹本智之被告とKH被告、菅田伸也被告、KA被告、SN被告の計5人を逮捕。仙台地検は31日、5人を同容疑で起訴した。
 10月26日、宮城県警は笹本被告、小谷野被告、菅田被告、川本被告の4人を強盗殺人容疑で再逮捕した(死体遺棄はすでに時効)。仙台市青葉区の会社役員SH被告を新たに営利誘拐と逮捕監禁容疑で逮捕した。
 仙台地検は11月16日、笹本被告、小谷野被告、菅田被告を強盗殺人容疑で追起訴。KA被告とSN被告を強盗容疑で追起訴。鈴木被告を逮捕監禁容疑で起訴した。
 さらに笹本被告は「1999年にも東京都内の暴力団組員の男を殺した」と供述。2009年7月、宮城県警は仙台市太白区内の山林を捜索。白骨化した暴力団組員男性の遺体を発見した。2010年2月10日、宮城県警は笹本智之被告と菅田伸也被告を殺人容疑で再逮捕。当時少年被告とYA被告を殺人容疑で逮捕した。
 仙台地検は3月3日、笹本被告と菅田被告、当時少年被告を殺人容疑で起訴した。YA被告は「死体遺棄のみの関与だった」として処分保留で釈放した。死体遺棄罪は公訴時効(3年)を迎えている。
 さらに笹本智之被告は「菅田被告が自殺を装って自衛官を殺害し、保険金を手に入れている」と話したことから、宮城県警が捜査。3月3日、保険金殺人事件で菅田伸也被告、YA被告、SH被告、SM被告、高橋まゆみ被告の5人が逮捕された。仙台地検は3月25日、5人を殺害の容疑で起訴した。

 上記らの事件は、笹本智之被告が1994年頃に結成した犯罪組織「BTK」のメンバーが関与している。高校時代の同級生でマフィアにあこがれた男性(2004年9月殺害)と笹本被告の2人で結成。組織名は「殺すために生まれた(Born To Kill)」から名付け、2人がリーダー格だった。ナンバースリーだった菅田伸也被告も高校生のころに加入。組織は拡大しながら犯罪を繰り返した。
裁判所
 仙台地裁 鈴木信行裁判長
求 刑
 無期懲役+懲役15年
判 決
 2010年8月27日 無期懲役+懲役15年
裁判焦点
 裁判員裁判。公判前整理手続で、焦点は主に自主が成立するかどうかと量刑に絞られた。
 8月23日の初公判で、笹本智之被告は2件とも起訴事実を認めた。
 この日は1999年の事件について審理。冒頭陳述で検察側は「鉄パイプでめった打ちにしており犯行は残虐かつ凶悪」などと主張、弁護側は「笹本被告は被害者に心身ともに追いつめられ、逃げるか殺すかの選択を迫られていた」と訴えた。争点となっている自主が成立するかどうかについて、検察側は「笹本被告の自白前から、警察は殺害を把握していた」と自首は成立しないと主張した。一方、弁護側は「笹本被告が自供しなければ、捜査機関として殺害を確信出来なかった」と反論した。
 24日の公判では2004年の強盗殺人事件について審理。冒頭陳述で検察側は「被害者の現金や経営する店の利権を奪い取るために行った犯行で、(笹本被告は)首謀者である」と主張。弁護側は「仲間に傍若無人に振る舞うなど被害者にも落ち度があった。現金や利権を奪い取るために殺したのではなく、(現金や利権を奪い取ったのは)殺害に付随する行為だった」と述べた。
 25日の論告で検察側はまず強盗殺人事件について「恨みを晴らすとともに現金や利権を奪い取るために組織的に犯行に及んだ」と指摘。そのうえで、「人の命を軽視した組織的犯行の首謀者。強盗殺人の中でも悪質で、死刑が許されてもいいが、笹本被告が犯行の全容を明らかにしたことは刑が軽減されるべき事情で、死刑にはちゅうちょを覚えざるを得ない」などとして無期懲役を求刑した。一方、1999年の殺人事件で争点となった自首の成立について検察側は「警察は関係者の供述から笹本被告が男性を殺害したことを分かっていた」と自首が成立しないと主張した。
 弁護側は、1999年の事件における最終弁論で「(取り調べ中の)笹本被告が自供する前は、男性が何らかの犯罪に巻き込まれたと抽象的に把握していたに過ぎない。自供によって初めて男性殺害事件が明らかになった」と自首の成立を訴えた。強盗殺人事件の最終弁論では、最高裁が1983年に示した死刑選択の基準「永山基準」に触れ、「死刑の適用は慎重に行わなければいけない」と指摘。「(笹本被告は)積極的に捜査に協力した。死刑すら覚悟して犯罪事実を認め、仲間の余罪についても供述した」などと情状酌量を求め、「残りの生涯を贖罪に捧げるべきで無期懲役が相当」と訴え寛大な判決を求めた。
 判決では2004年の事件について、「組織性、計画性や強盗殺人の態様の冷酷さ、残虐さからすれば被告人の責任は極めて重大」と指摘。一方で「自らの犯した罪に向き合い、反省の意味を模索していると評価できる面があり、更生の余地がないとまでは言えない」と認め、「死刑を選択することにちゅうちょせざるを得ない」と述べた。
 また、1999年の事件については「(笹本被告の自供以前に)捜査機関に発覚していたとは言えない」と争点となっていた自首の成立を認めた。「極刑になることも覚悟して事件内容を話した。事件の全容解明に貢献していることにかんがみると、無期懲役を減軽して懲役15年が相当」と判断した。
過去の事件
【仙台での男性暴行事件】
 仙台市青葉区の笹本智之被告は、青葉区に住む知人の無職男性(当時26)がギャンブルで収入を得ていると聞き、因縁を付けて金を奪おうと計画し、栃木県足利市の無職NK被告、東京都中野区の暴力団組員でビル管理業KH被告、亘理町の無職WT被告と共謀。2006年8月30日午後4時頃、男性を自宅から尾行し、コンビニエンスストアの駐車場で男性の車に乗り込んで「勝手に人のシマを荒らすな」などと脅してそのまま車内に監禁。男性に車を運転させ、同区の市葛岡墓園に連れ出して「お前を埋めてしまってもいいんだ」などと脅して殴るけるの暴行を加えた。その後約3時間にわたって男性を車で連れ回して暴行を加えた後、再び男性の自宅に戻って現金約100万円や財布、指輪など計9点(時価145000円)を奪った。

【群馬県での男女強盗殺人未遂事件】
 NK被告は、群馬県太田市に住む縫製業の男性が副業で営んでいた金融業を2005年12月頃から手伝い、取立などを担当していたが、トラブルとなっていた。そこでNK被告は、笹本智之被告、KH被告、WT被告、笹本智之被告の弟で無職笹本和良被告と強盗を計画。NK被告を除く4人は2006年9月18日夜、男性方にNK被告が持っていた合い鍵を使って侵入し待ち伏せ。帰宅した男性(当時56)と知人女性(当時55)を殺害しようと金属バットで殴り、男性に重傷を負わせ、女性を重体に陥れ、現金約285万円などを奪った。

[両事件の逮捕経緯]
 群馬県警は9月19日、NK被告を別件の脅迫容疑で逮捕。10月9日、前橋地裁はNK被告を処分保留で釈放したが、そのまま仙台まで移送され、同日に宮城県警がNK被告を仙台市の逮捕監禁と強盗容疑で逮捕。16日までに笹本被告ら4人を同容疑で逮捕した(1名は後に不起訴と思われる)。11月21日、群馬県警が太田市の事件で5人を強盗殺人未遂と住居侵入容疑で逮捕した。太田市の男性も12月4日、貸金業法違反(無登録)容疑で逮捕されている。

[両事件の判決]
 NK被告は両事件で起訴。2007年8月30日、前橋地裁(久我泰博裁判長)は懲役23年(求刑懲役27年)を言い渡した。控訴せず確定。
 KH被告、笹本智之被告、WT被告は両事件で起訴。弟被告は群馬県での事件で起訴。2007年10月9日、前橋地裁(久我泰博裁判長)は「現場指揮など主要な役割を果たした」として小谷野被告に懲役24年(求刑懲役27年)を、笹本智之被告に「凄惨な犯行様態で最も非難を受けるべき」として懲役23年(求刑懲役25年)を、WT被告に懲役11年(求刑懲役13年)を、弟被告に懲役9年(求刑懲役13年)を言い渡した。KH被告は控訴するも棄却し、その後確定。他は控訴せず確定。
備 考
[共犯者の裁判状況]
 仙台市男性強盗殺人事件で営利誘拐と逮捕監禁、強盗罪に問われた東京都杉並区の会社員KA被告は2010年2月24日、仙台地裁で懲役5年(求刑懲役10年)を言い渡された。KA被告は報酬目的で犯行に加わったが、殺害計画までは知らされていなかったとされた。卯木裁判長は「本件が(男性が殺された)強盗殺人の計画の一部であることは量刑上考慮できない」と述べた。7月20日、仙台高裁(飯渕進裁判長)は一審判決を支持し、被告側控訴を棄却した。
 仙台市男性強盗殺人事件で営利誘拐と逮捕監禁、強盗罪に問われた広島市の無職SN被告は2010年6月3日、仙台地裁で懲役7年(求刑懲役10年)を言い渡された。鈴木信行裁判長は「計画的で極めて悪質な犯行」と述べた。
 亘理町自衛官保険金殺人事件における殺人罪と、仙台市男性強盗殺人事件における逮捕監禁罪に問われた仙台市の無職SH被告は2010年7月15日、仙台地裁で懲役17年(求刑同)を言い渡された。鈴木信行裁判長は殺人について、男性の首にロープをかけやすいように体を持ち上げたり、足を持って体重がかかるようにしたなどとして、「(鈴木被告の)果たした役割は必要不可欠。報酬として200万円から300万円の現金と中古車を得た」と指摘。弁護側の「従属的立場を重視すべきだ」との主張については「報酬を得ており、報酬目当てで参加したことは否定できない」と退けた。そして「計画性の高さや生きたまま首をつる残忍さから、保険金目的の殺人の中でも悪質」と述べた。検察側は、共犯とされた実行役4人の中では従属的だったことなどを理由に求刑を懲役17年としていた。
 仙台市男性強盗殺人事件で強盗致死、営利誘拐等に問われたKH被告は2010年10月27日、仙台地裁で求刑無期懲役に対し、一審懲役15年判決。2011年7月19日、仙台高裁で一審破棄、差し戻し判決。現在被告側上告中。
 東京都暴力団組員殺人事件で殺人罪に問われた当時少年被告は2011年9月1日、仙台地裁で求刑懲役13年に対し、無罪判決。鈴木信行裁判長は「被告の関与を裏付ける客観的証拠がない。(被告との共謀を認めた)笹本受刑者の証言には不自然な点が相当あり、信用性が弱い」と判断した。

[笹本被告自身について]
 笹本智之被告は1999年4月、境港に入港した中国船籍の貨物船から荷揚げされ、保冷トラックに積み込まれた麻袋から計約百キロの覚せい剤が一昨年四月に見つかった事件で覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の罪で起訴され、2001年2月22日に鳥取地裁米子支部にて懲役5年、罰金30万円(求刑懲役6年、罰金30万円)の判決が言い渡され、そのまま確定している。そのため刑法の規定で2事件は分離して求刑が行われ、判決が言い渡される。なお同事件ではKH被告も起訴され、2002年1月28日に広島高裁松江支部で懲役4年、罰金50万円(求刑懲役6年、罰金50万円)が言い渡され、確定している。
 そのほか、2005年3-4月の詐欺事件、5月の女性恐喝事件でも2009年に逮捕。本来なら今回の事件と一括で審理を受けるところだが、裁判員の負担を考慮し、被告了承のもと別に審理され、仙台地裁で懲役2年が言い渡され、そのまま確定している。
 控訴せず確定。刑法の規定により、懲役23年の刑の執行を停止し、無期懲役の刑から執行する。

氏 名
村上友隆(46)
逮 捕
 2009年10月15日
殺害人数
 0名
罪 状
 集団強姦致傷、強姦致傷、強姦、逮捕監禁他
事件概要
 東京都立川市の無職村上友隆被告は、アダルト系のSNS(交流サイト)で女性乱暴関連のスレッドに「助手がほしい」などと書き込んで仲間を募り、応じてきた男とメールでそれぞれ連絡を取って、2人1組で2001年10月〜2008年9月までの間に、20〜30代の女性計5人を車に連れ込み、別の場所で乱暴。また他に1件の暴行事件がある。村上被告の他に埼玉県上尾市の無職KS被告、横浜市の無職KK被告、千葉市の土木作業員NK被告が逮捕された。
 起訴された事件は以下。
  • 2001年10月、村上被告と?被告(未確認)は女性を強姦した。
  • 2002年7月、村上被告とKK被告は東京都武蔵村山市内で、深夜に路上を歩いていた女性を車に連れ込み、瑞穂町内の公園駐車場まで連れて行き、車内で女性を強姦した。
  • 2002年10月2日午後11時頃、村上被告とNK被告は立川市の路上で帰宅途中の30代の女性をナイフで脅した上、麻酔作用のある液体を染み込ませた布で口元を押さえて失神させて乗用車に乗せた。その後、立川市にあった村上被告の当時の自宅に連行し、集団暴行した。女性は薬品で6ヶ月の顔面熱傷を負った。
  • 2003年7月、村上被告とKK被告は東京都立川市内で、深夜に路上を歩いていた妊娠中の女性を車に連れ込み、瑞穂町内の公園駐車場まで連れて行き、車内で女性を強姦した。
  • 2004年7月中旬、村上被告とKS被告は青梅市内の30代女性宅に侵入。ナイフで女性を脅して乱暴しようとした際、手首に4日間のけがをさせた。
  • 2008年9月下旬、村上被告とKS被告は立川市内の路上を歩いていた30代の女性をワゴン車に連れ込み、手足などに2週間のけがを負わせたうえ、粘着テープで縛り監禁。村上被告の自宅で乱暴した。
裁判所
 東京高裁 矢村宏裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年8月30日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 弁護側は「性犯罪では市民の公平な判断を期待できない。性犯罪事件の裁判員裁判は、被告が公平な裁判を受ける権利を定めた憲法に違反する」とも主張した。
 矢村宏裁判長は「憲法は裁判官以外が裁判所の構成に加わることを禁じていない」として退けた。そして性犯罪について、「過去の量刑傾向に照らし、一審判決はやや重いとみる余地もあるが、不当であるとは言えない。現状は従来の量刑が見直される過渡期にある」と指摘し、「一審判決が国民の社会常識を取り入れようと導入された裁判員裁判で決定されたことなどを考慮すると、重すぎて不当とまでは言えない」と述べ、被告側の控訴を棄却した。
備 考
 村上友隆被告は1994年にも強姦で懲役3年6ヶ月の実刑判決を受けており、事件は服役を終えた3年後であった。
 KK被告は2009年11月11日、東京地裁立川支部(毛利晴光裁判長)で懲役9年(求刑懲役13年)判決。被告側控訴中(2010年2月15日、初公判)。
 KS被告は2009年12月11日、東京地裁立川支部(原田保孝裁判長)で懲役13年(求刑懲役15年)判決(裁判員裁判)。
 NK被告は2010年3月28日、東京地裁立川支部(毛利晴光裁判長)で懲役7年(求刑懲役10年)判決(裁判員裁判)。
 2010年3月18日、東京地裁立川支部の裁判員裁判で求刑通り一審無期懲役判決。被告側は上告した。2012年3月6?日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
黒田正夫(63)
逮 捕
 2009年11月7日(死体遺棄容疑。11月28日、強盗殺人容疑で再逮捕)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、死体遺棄、窃盗他
事件概要
 住所不定無職黒田正夫被告は2009年10月7日午後2時30分頃、京都市伏見区のマンションに住む知人男性(当時61)方で、男性の全身を粘着テープで縛るなどして脅して銀行キャッシュカードの暗証番号を聞き出し、ひもで首を絞めて殺害。2万円やカードが入った財布などを奪い、同月22日まで計12回にわたり、カードを使って現金自動受払機(ATM)から計106万8000円を引き出して盗んだ。
 さらに黒田被告は逃亡中の11月2日、神戸市兵庫区内で無職女性(当時64)から約7600円入りの鞄をひったくると共に、取り抑えようとした通行人男性(当時62)にカッタナイフを突きつけて逃亡した。女性が奪い返した鞄に付いていた血液のDNA型が黒田被告と一致した。
裁判所
 京都地裁 笹野明義裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年9月2日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2010年8月30日の初公判で黒田被告は起訴事実を認めた。
 検察側は冒頭陳述で、黒田被告が昨夏、男性に年金が支給されていることを知り、犯行直前に男性と口論になった際、口座に振り込まれた年金などを奪おうと考えたと指摘。キャッシュカードの暗証番号を聞き出し、警察への通報を恐れて絞殺。犯行の発覚を恐れて遺体を毛布で巻き、押し入れに隠したと指摘した。一方、弁護側は「被害者の言動に追いつめられ、衝動的に犯行に至った。計画性はない」と反論した。
 9月1日の論告で検察側は「殺害直後に現金を引き出し、競艇に興じた」「口座の金がなくなると、暴力団員を装って被害者の弟に身代金を要求した」と悪質性を指摘した。同日の最終弁論で弁護側は「死刑は究極の刑罰で、慎重に適用しなければならない」と切り出し、適用基準とされる最高裁判例を引用して「被害者1人で死刑は極めてまれ」と訴えた。計画性がなかったことなども挙げ「被告の更生について議論して下さい」と締めくくった。
 弁護人は「評議で死刑の議論になる可能性もあり得るため、苦渋の選択だった」と裁判員を意識した対応だったことを明らかにした。
 笹野明義裁判長は判決理由で、黒田被告が奪ったキャッシュカードで現金約106万円を引き出し、大半を競艇で使い切ったことなどについて「被害者の尊厳を踏みにじった」と述べた。そして「自己の利益のために命や財産を奪うことをいとわない身勝手な犯行で、被害者の遺族らにも謝罪していない」とした。
備 考
 

氏 名
石黒志信(40)
逮 捕
 2010年2月26日(別の窃盗事件で起訴済み)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、窃盗他
事件概要
 札幌市の内装工石黒志信(しのぶ)被告は2010年1月18日午前5時35分頃、札幌市北区の歩道で、兵庫県西宮市に住む女性(当時72)の首を絞めた上、首や胸をナイフで15回刺して殺害し、紙パックの日本酒など計8点(約911円相当)が入ったレジ袋を奪った。事件当時、女性は現場近くの長男宅に滞在中だった。
 石黒被告は札幌市内の建築関連会社に勤め、各地の建築現場などで働いていた。ギャンブルなどによる多額の借金のほか、住んでいたアパートの家賃も長期間滞納していた。
 石黒被告は2010年2月2日、札幌市内で乗用車や現金を盗んだとして、窃盗容疑で逮捕、同罪で起訴された。その後26日、強盗殺人容疑で再逮捕された。
裁判所
 札幌地裁 園原敏彦裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年9月3日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2010年8月31日の初公判で、石黒被告は起訴内容を認めた。
 冒頭陳述で検察側は「パチンコなどで金を使い果たした被告が、数万円欲しさに偶然通りかかった被害者を襲った。通り魔的な犯行で、地域住民に恐怖心を与えた」と指摘。弁護側は「被害者に抵抗され、焦る感情から暴行をエスカレートさせてしまった」と当時の状況を説明。「被告は裁判を通して被害者や遺族に謝罪したいと考えている。被告はこの裁判で科せられる刑に服す覚悟だ」と述べた。
 9月1日の論告で検察側は「被告は被害者の首を絞めた後、ナイフで首や胸を15回も突き刺した。残忍で極めて悪質な犯行だ」と主張した。 これに対し弁護側は最終弁論で「計画性は低く、被害額も少ないことから、刑を軽くする事情がある」として懲役25年が相当と主張した。
 判決理由で園原裁判長は「パチンコなどに金を使い込み、数万円の生活費欲しさに、しつこくむごい方法で被害者を殺害してまでレジ袋を奪った。動機は身勝手過ぎる。被害者遺族が厳しい処罰感情をあらわにするのも当然。被告の反省は深まりが認められず、有期刑は選択できない」と述べた。また「被害額が少ないのは、たまたまにすぎない」として、刑を軽くする事情だとした弁護側の主張を退けた。
備 考
 

氏 名
影山博司(56)
逮 捕
 2009年8月26日
殺害人数
 2名
罪 状
 強盗殺人、死体遺棄、窃盗、有印私文書偽造・同行使、詐欺
事件概要
 鳥取県米子市の会計事務所役員影山博司被告は、事務所の営業終了直前である2009年2月21日午前11時30分頃、来客があったため事務所に来ていた会計事務所社長の男性を、ビル4Fの事務所から5Fの空き室に誘い込み、大型ペンチ(長さ25cm)で頭を殴った上、電気コードで首を絞めて殺害。遺体はそのまま放置した。さらにビル1Fに住む男性方に入り、男性が妻と死別後の約10年前から同居していた女性(当時74)の首をネクタイで絞めて殺害し、男性の現金約70000円やキャッシュカードを奪った。遺体は男性方の物入れに隠した。
 約1週間後、影山被告は女性の遺体を5Fの空き室に運び、2人の遺体を別々にブルーシートでくくり、消臭剤を周囲に置いた。さらに3月末、女性の遺体をビル屋上の倉庫に移した。5F空き室や屋上のドアのカギは影山被告が管理し、他の従業員らは出入りできなかった。
 影山被告は殺害後の2月23日〜4月19日、男性のキャッシュカードや預金通帳を使い、米子市の銀行3店舗の現金自動預け払い機(ATM)から13回に渡って計1200万円を引き出した。また3月9日に米子市内の銀行で、男性名義の預金通帳と印鑑を使用し、普通預金払戻請求書を偽造して現金10万円を引き出してだまし取った。影山被告はだまし取った金を、事務所の運転資金に回すために借りた借金の返済や経費の支払いに充てた。
 2人と急に連絡がとれなくなったことから、男性の娘らが3月23日に家出人捜索願を出した。影山被告が、男性の銀行口座から複数回にわたって現金を引き出す様子が防犯カメラに映っていたことから、県警は6月3日、影山被告に任意同行を求めて事情を聞いたところ、犯行を認めた。自供通り遺体が発見されたため、同日夜、死体遺棄容疑で影山被告を逮捕した。6月24日、強盗殺人容疑で再逮捕した。

 影山被告は1986年に男性の事務所に入社。2007年に役員となり、経理などを担当していた。しかし、事務所の経営は思わしくなかった。犯行現場である鉄筋5階建てのビルは1979年に男性が事務所兼自宅として建てたものだが、2005年と2006年に別の債権者から差し押さえられ、2007年には競売で所有権が第三者に移転。その後男性は賃貸で入居していた。影山被告は自分名義で銀行などから800万を借金して運転資金を工面していた。また影山被告は、2008年には2か月分しか給料がもらえず、ボーナスもなかった。
 男性は大学卒業後、1959年に会計事務所を開いた。地元では名士で、不動産鑑定士や米子商工会議所の相談員、生命保険会社代理店の社長など幅広い顔を持っていた。
裁判所
 広島高裁松江支部 古川行男裁判長(中野信也裁判長代読)
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年9月13日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 一審を担当した杉山尊生弁護士は「裁判官や裁判員に、強盗目的ではないということを伝えられなかった弁護側の技術不足・ミス。それが原因で誤った判断がなされたまま、被告が生涯を刑務所で終えることを許容できない」としている。影山被告に控訴の意思はなく判決を受け入れる姿勢だったが、弁護人3人で協議し、影山被告の了承を得た上で弁護人の連名で控訴した。
 2010年6月21日の控訴審初公判で、弁護側は「一審判決は、影山さんと被害者2人との特殊な人間関係の実態について吟味していない」と主張し、強盗目的を改めて否定した。影山被告は被告人質問で一審判決について「裁判員が一生懸命考えたので、とやかく言えないと思う一方、自分の気持ちが届いていないのではと感じた。納得できる判決を受けて刑に服したい」と述べた。検察側は控訴棄却を求め、即日結審した。
 判決で古川裁判長は「被告が直面していた金銭的困難は相当なもので、強盗の動機を認めた原判決に事実誤認はない」と弁護側主張を退けた。
備 考
 2010年3月2日、鳥取地裁の裁判員裁判で求刑通り一審無期懲役判決。被告側は上告した。2012年7月2日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
近野洋(44)
逮 捕
 (死体遺棄容疑。8月18日、強盗致死容疑で再逮捕)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗致死、強盗傷害
事件概要
 元暴力団組長近野洋被告はS被告、M被告と共謀し、貴金属の商談で来日した時計鑑定士の韓国人男性Aさん(当時52)と別の韓国人男性Bさん(当時32)から現金を奪おうと計画。2007年6月29日、静岡県伊東市内の貸別荘で、Bさんの首に改造した空気銃で金属球を2回発射するなどして2週間の怪我を負わすとともに、Aさんの首にも1回発射し、倒れたAさんの首を右手で圧迫するなどの暴行を加えて殺害。二人が取引用に持っていた現金1900万円が入ったショルダーバッグを奪った。S被告とM被告はAさんの遺体を車で函南町の崖下に遺棄した。
 Bさんはその後、商談相手の複数の男から暴行を受けたと県警に通報。Bさんは「一緒にいたAさんも殴る蹴るの暴行を受けていた」と説明したが、Aさんはその後、行方がわからなくなっていた。2009年4月、Aさんは白骨死体で見付かった。
 6月1日、S被告、M被告、他2名が死体遺棄容疑で逮捕された。6月22日、S被告が強盗殺人容疑で、M被告他2名が強盗致死容疑で再逮捕された。同日、近野被告が死体遺棄容疑で指名手配された。
 7月13日、静岡地検沼津支部はS被告、M被告を強盗致死容疑で起訴した。S被告については「殺意を認定できなかった」と説明した。他2名は不起訴処分となった。
 8月5日、近野被告が死体遺棄容疑で逮捕された。8月18日、近野被告は強盗致死、強盗傷害容疑で再逮捕された。9月4日、地検沼津支部は近野被告を強盗致死、強盗傷害容疑で起訴した。死体遺棄容疑での起訴は見送った。
裁判所
 静岡地裁沼津支部 片山隆夫裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年9月17日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2010年9月13日の初公判で、近野洋被告は「当時、東京にいた。指示などもしていない」と共謀関係を否認し、無罪を主張した。
 冒頭陳述で検察側はホワイトボードを使用して人間関係や犯行状況を裁判員に図示した上で「被告は当時暴力団組長で、実行役は組員や関係者。事前に謀議し、犯行前後も連絡を取り合い、現金も受け取った。暴力団による組織的で計画的な犯行で、被告が事件の首謀者だ」と指摘した。
 弁護側は「実行役1人は兄弟分、もう1人は目上で、被告は上の立場ではない。1度目の取引の失敗後は目上の男にすべてを任せていた」とし、「検察側の主張は非現実的で、実行役2人の供述もあいまい。共謀を裏付ける客観的証拠はない」と主張した。
 事件の共謀者とされるS被告が証人尋問で出廷したが、「今後、いつどこで、誰から何をされるか分からない」と訴え、証言を拒否した。このため検察側は、近野被告の事件への関与を認めたS被告の供述調書を証拠請求し、裁判所が採用を決定した。一方、元組員の別の男性は証人尋問で近野被告の共謀を認める証言をした。
 9月15日の論告求刑で検察側は、実行犯との共謀を否定する被告の主張について、共犯の男ら3人の証言などや携帯電話の通信履歴、銀行での両替状況、質屋での換金状況などを挙げて反論し、「3人が被告から指示を受けた状況は詳細で、相互に合致する。客観的な裏付けもある。共謀があったことは明らか」とした上で、「犯罪組織でなければできない組織的かつ計画的な犯行。被告は自分の手を汚さずに配下の組員に犯行を指示し、奪った金の大半を手にした事件の首謀者。反省の態度もなく、最も重い責任を負うべき。被害者の遺族は厳罰を希望している」とも指摘したが、「死刑を求めることはためらわれた」と述べた。
 同日の最終弁論で弁護側は「共謀関係を認めるに足る客観的な証拠は全くない」と強調して無罪を主張。裁判員に「関係者の供述や証言が信用に値するかどうか判断してほしい」と訴えた。
 判決で片山隆夫裁判長は「暴力団組長が組員らと共謀した組織的、計画的な犯行で反省の情がない」などと述べた。
備 考
 実行役の中心とされたM被告は2009年11月26日、静岡地裁沼津支部(片山隆夫裁判長)で懲役24年(求刑懲役25年)判決。2010年3月31日、東京高裁(中山隆夫裁判長)で被告側控訴棄却。7月13日、最高裁第二小法廷(須藤正彦裁判長)で被告側上告棄却、確定。
 実行役のS被告は2010年3月3日、静岡地裁沼津支部(片山隆夫裁判長)で懲役28年(求刑無期懲役)判決。Aさんの死に直結する暴行を加えたことなどが考慮された。7月7日、東京高裁(植村立郎裁判長)で被告側控訴棄却。被告側上告中。
 被告側は即日控訴した。2011年4月13日、東京高裁で被告側控訴棄却。2011年12月7日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
篠原一樹(25)
逮 捕
 2009年7月15日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、殺人未遂、現住建造物等放火、強姦致傷、住宅侵入、強姦未遂、窃盗
事件概要
 茨城県水戸市の水産会社職員篠原一樹被告は2007年10月頃から、ひたちなか市に住み、同僚であるパート従業員の女性と交際を始めたが、2009年6月頃、メールをしても返事が来なくなったことから、復縁しなければ火を付けるなどと脅そうと考え、ガソリンとライターを用意した。6月16日午前3時30分頃、出勤しようとした女性(当時40)を自宅前で待ち伏せしたが、復縁を拒否されたため、殺害しようと女性の首を絞めた。そして自分と女性に関わるものを燃やそうと午前3時40分頃、鍵を使って女性方に侵入し、一階にガソリンをまいて火を付け、木造2階建て住宅述べ125平方メートルを全焼させ、女性の夫である会社員の男性(当時42)に全治1ヶ月、次女(当時15)に全治7ヶ月以上のやけどを負わせた。その後、女性が生きていることに気がついて自分の犯行が発覚するのを恐れ、4時頃、女性のズボンにダンベル2個(約10kg)を入れたうえで女性を那珂川に投げ入れて殺害した。
 火災があったことを知った会社の上司が篠原被告宅を訪問。肘などが焼けただれた篠原被告が出てきて、放火を認めたため、水戸署に出頭した。放火は認めたが、行方不明になっている女性については何も知らないと否認。しかし全身火傷のため、入院した。6月22日、ひたちなか西署員が遺体を発見した。7月15日、回復した篠原被告は逮捕された。
 他に篠原被告は2009年5月17日午後9時35分頃、水戸市内で女性(当時21)を強姦し軽傷を負わせるとともに、現金約4,000円などを盗んだ。
裁判所
 水戸地裁 根本渉裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年10月5日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2010年9月27日の初公判で、篠原一樹被告は殺人など五つの罪の起訴事実を認めたが、殺人未遂罪については「放火する際、家に人がいるとは考えず、夫や娘に対する殺意はなかった」などと否認した。
 9月30日の論告で検察側は、焦点となっている放火時の殺人未遂について「靴や夫の車で、家の中に女性の夫や次女がいるのはわかっていた。(家人が)熟睡していれば亡くなる危険性があった。『無我夢中で殺意はない』という弁解は不合理で信用できない」と主張。そして「復縁を断った被害者に殺される理由はなく、無念さは察するに余る。1か月の間にためらうことなく殺人や放火、強姦致傷などを実行した被告に人間の倫理観や理性を認めることはできず、更生の可能性は皆無に等しい」と述べた。
 同日の最終弁論で弁護側は殺人未遂の成立を否定したうえで、「夫と娘が家にいたことを認識していない以上(放火は)過失と言うべき。ガソリンの危険性も分かっていなかった」と述べた上、「女性に子ども扱いされカッとなった偶発的な犯行で懲役22年が相当」と反論した。
 被害者参加人制度に基づく意見陳述では、遺族の手紙が読まれ、遺族はいずれも篠原被告に極刑を求めた。
 最終意見陳述で篠原被告は「どんな刑罰でも許されないが、自分のできるかぎりの償いをしたいと思います」と述べ、「誠に申し訳ございませんでした」と傍聴席の遺族に向かって一礼した。
 判決で根本裁判長は、篠原被告が家族の同居を知っており、直前に夫の車を確認したことから「(家族の)存在を認識したことは常識に照らして間違いない」と被告側の主張を退けた。さらに「夫らが死ぬかもしれないと認識しながら放火したと認定できる」と殺意を認めた。
 量刑理由について判決は、女性殺害を「女性から軽くあしらわれたのに立腹し、犯行に及んだとする動機は身勝手。川に沈めるまでの間、ためらいなく事を運んでおり、犯行は冷酷かつ残忍で悪質」と指摘。放火についても「家族は切迫した死の恐怖を味わい、精神的、肉体的苦痛は非常に大きい」と述べた。そして「被害者が多数で、刑事責任は極めて重い」と判断した。
備 考
 被告側は控訴した。2011年3月2日、東京高裁で被告側控訴棄却。上告せず確定。

氏 名
元少年(20)
逮 捕
 2009年2月?日(別の強盗傷害事件。2月24日、強盗殺人容疑で再逮捕)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、強盗傷害、窃盗
事件概要
 フィリピン国籍の無職元少年(事件当時19)は、友人であるフィリピン国籍の無職少年(事件当時18)と共謀し、通行人から所持金などを奪おうと計画。2009年1月31日午前0時25分頃、静岡県沼津市で勤務先から徒歩で帰宅途中だった飲食店アルバイトの男性(当時33)をナイフで数回突き刺して殺害。友人が現金約9000円入りの財布などが入っていたリュックサックを奪った。
 他に強盗傷害2件、窃盗1件。
 静岡地検沼津支部は、刑事処分相当の意見を付け、3月17日に静岡家裁沼津支部に送致した。静岡家裁沼津支部は4月8日に18歳の少年を、10日に19歳の少年を逆送した。
 4月17日、静岡地検沼津支部は当時19歳の少年は強盗殺人で、18歳の少年は殺意がなかったとして強盗致死で起訴した。また別の事件における強盗致傷と窃盗でも起訴した。
裁判所
 静岡地裁沼津支部 片山隆夫裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年10月8日 無期懲役
裁判焦点
 2010年3月11日の初公判で被告の元少年は「殺すつもりはなかった」と起訴内容の一部を否認し、弁護人は「強盗致死罪にとどまる。最初に捕まった事件も強盗致傷ではなく傷害罪にとどまる」と主張した。検察側は冒頭陳述で「被告は殺意を持って男性の背部を4回、頸部を1回、腹部を1回、胸腹部を2回突き刺した」と指摘した。これに対し弁護側は「被告に殺意はもともとなく、男性の心臓近くを狙って刺してもいない」と反論した。被告は「(刺したのは)小さいナイフで、このナイフなら男性を弱らせることができると思った」と述べた。
 5月18日の公判で、取り調べの模様の一部を収めたDVDが再生された。DVDは検察側が証拠申請し、認められた。通訳を介した検察官が「被害者の胸や腹を狙い刺しました」「胸や腹を2、3回刺しました」と刺した時の状況などを記した供述調書を読み上げ、元少年が署名する様子が流された。
 7月29日の論告で検察側はで、男性を襲った事件について「被告はナイフで無抵抗の被害者をめった突きにした」と述べ、「殺意が認められることは明らかだ」と指摘。強盗殺人罪の成立を主張し、「犯行は残忍で冷酷だ」と断じた。
 また、被害者参加制度に基づき、遺族の代理人弁護士が出廷し「被告の更生は不可能だ。死刑にすることを強く求める」と述べた。
 これに対し、弁護側は「被告に前科や前歴はなく、事件当時、少年だったことを刑事責任の判断にあたって考慮すべきだ」と強調した。
 判決理由で片山裁判長は、強盗殺人事件について「刺し傷の客観的状況や共犯者の証言などから相当な力で胸などを複数回刺しており、自ら刃物の使用を決めるなど、殺意は明らか。殺意を認めた供述調書の任意性にも疑いの余地はない」と少年の殺意や、強盗致傷事件での共謀関係も認めた。弁護側が原因に挙げた不遇な養育歴も否定し、「被告の自己中心的な性格が事件を引き起こした」とした上で、「わずか10日間で4件の事件を起こしたこと自体厳しく非難すべき。各事件で中心になって共犯者を導いたのに、不合理な弁解に終始した」と断じた。
備 考
 共犯の無職少年は殺意がなかったとして強盗致死で起訴。2009年11月6日、静岡地裁沼津支部(片山隆夫裁判長)は懲役5年以上10年以下の不定期刑(求刑同)を言い渡した。控訴せず確定。
 被告側は控訴した。2011年3月14日、東京高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
戸田瑞(40)
逮 捕
 2008年4月26日(窃盗容疑。5月16日、強盗殺人容疑で再逮捕)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、窃盗
事件概要
 高知県香南市のトラック運転手戸田瑞(いずみ)被告は、南国市の重機運転手谷脇欣央(よしお)被告と共謀。2004年7月15日午後9時頃、香南市のパチンコ店で知り合いの無職男性(当時21)に「飲みに行こう」と声をかけた。男性所有の車で高知市内などを回った後、香南市の県道脇に車をとめ、現金約10万円を奪いキャッシュカードの暗証番号を聞き出したうえ、車内で殺害。その後、同市の山中に遺体を遺棄した。
 翌日、両被告は無職少年(当時18)とともに高知市内の銀行で、カードを使って現金自動預払機(ATM)から2回に分けて52万円を引き出した。
 男性と戸田、谷脇両被告はパチンコ店で顔見知りとなったが、名前も連絡先も知らず、男性が大金を持っているとの噂を聞いて殺害を思いついた。
 事件当時、両被告とも定職に就かず、月約20万円の借金返済に追われていた。
 男性の家族は家出人捜索願を提出。車は7月下旬に香美市の高知工科大の敷地内で、すべてのドアが施錠された状態で発見された。車内に血痕などはなく、県警は家出と事件事故の両面から捜査していた。
 男性の遺体は2007年12月20日、イノシシ猟をしていた男性が枝道の斜面で人骨らしきものを発見。2008年2月1日に香美署に届け出た。香南署が確認し、白骨化した遺体が斜面下数メートルから数十メートルにわたり散乱した状態で見つかった。県警が解剖してDNA鑑定し、男性のDNAと一致した。
裁判所
 高松高裁 長谷川憲一裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年10月12日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 戸田瑞被告は逮捕当初から強盗殺人について否認している。
 2010年7月27日の控訴審初公判で、弁護側は「谷脇欣央受刑者が戸田被告を道連れにしようと虚偽の供述をした冤罪事件」とあらためて無罪を主張。控訴趣意書を陳述し、「事前に幾度となく話し合い、計画を立てた」とする谷脇受刑者の供述を一審が認めた点について、「殺害や死体遺棄の場所、方法など、基本的な事柄がほとんど決められておらず、下見にも行っていない」「持ち込みがたやすく、絞めやすいロープなどでなく、タオルを選んだのは不自然」などと指摘。一審判決を「谷脇受刑者が突発的に及んだ単独犯の可能性の検討をしておらず、浅薄だ」と批判した。
 検察側は「(控訴の)理由がない」と反論し、即日結審した。
 判決で長谷川裁判長は谷脇受刑者の供述について「証言には多くの裏付けがあり、信用できる」と弁護側の主張を退けた。そして「強盗殺人の共謀を否認する被告人の原審供述は不自然で不合理な点が多く、強盗殺人を認定した原判決に事実の誤認はない」として、一審判決を支持した。
備 考
 谷脇、戸田被告とともに現金を引き出し、窃盗罪に問われた元少年は2008年7月24日、高知地裁で懲役1年、執行猶予3年(求刑懲役1年)の有罪判決が言い渡され、そのまま確定した。
 谷脇欣央被告は2008年12月2日、高知地裁で求刑通り一審無期懲役判決。控訴せず確定。
 2009年11月11日、高知地裁で求刑通り一審無期懲役判決。被告側は上告した。2011年8月29日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
福岡貴司(38)
逮 捕
 2009年5月29日(死体監禁容疑。6月19日、強盗殺人容疑で再逮捕。別件の覚せい剤取締法違反の罪で起訴済み)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗致死、逮捕監禁他
事件概要
 千葉市の会社役員福岡貴司被告は知人ら4人と共謀。2005年3月16日午前5時ごろ、千葉市の男性(当時65)が経営する風俗店脇駐車場で、男性を乗用車に押し込み監禁。風俗店で現金15万円、男性の自宅で現金約120万円を奪い、車内で暴行を加え死亡させた。
 共犯者が殺人を供述。2009年5月14日、千葉市の空き家の地中から男性の白骨体が発見された。
 死体遺棄罪については公訴時効(3年)が過ぎているため、立件は見送られた。
裁判所
 千葉地裁 堀田真哉裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年10月15日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2010年10月4日の初公判で、福岡貴司被告は「強盗の計画の指示はしていない。被害者がどうして亡くなったのかわからない」などと起訴事実を一部否認。弁護側も「強盗の故意はなかった。また、被害者が共犯者の暴力で死んだかどうかは明らかでない」と主張し、監禁、窃盗罪の成立は認めるとした。
 10月13日の論告で検察側は、被告が強盗を指示し、共犯者の暴行が被害者の死亡の原因になったと主張。その上で、「被告は首謀者で責任は重く、犯行を隠すため遺体を埋め、犯行後の態様も悪い。事実の一部を否認し反省不十分」と指摘した。 同日の最終弁論で弁護側は、強盗の故意はなく、暴行が原因で死亡したとは言えないとして、監禁、窃盗罪のみが成り立つと主張した。
 判決で堀田裁判長は「共犯者らの証言からも、被告の指示が暴行を伴う趣旨だったことは明らか。暴行は、死亡の結果を生じさせる程度のものだった」として被告側の主張を退けた。そして「犯行の悪質さや首謀者としての役割を踏まえると無期懲役が相当。組織的、計画的に犯行におよび、手口は極めて悪質。隠ぺいを図り、事件後もほかの犯罪に及ぶなど再犯の恐れも高い」と指摘した。
備 考
 強盗致死容疑他で起訴されたSH被告は2010年8月27日、千葉地裁(堀田真哉裁判長)で懲役25年(求刑懲役30年)の判決。
 強盗致死容疑他で起訴されたKT被告は2010年9月2日、千葉地裁(栃木力裁判長)で懲役22年(求刑懲役25年)の判決。
 強盗致死容疑他で起訴されたHM被告は2010年9月17日、千葉地裁(栃木力裁判長)で懲役22年、罰金50万円(求刑懲役25年、罰金50万円)の判決。
 強盗致死容疑他で起訴されたFH被告は2010年11月15日、千葉地裁(堀田真哉裁判長)で懲役28年(求刑無期懲役)の判決。
 逮捕監禁・強盗致死ほう助罪で起訴されたTK被告は不明。
 被告側は控訴した。2011年中に東京高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
辻富美恵(51)
逮 捕
 2007年1月19日(詐欺罪で服役中)
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、現住建造物等放火、詐欺、詐欺未遂
事件概要
 無職辻富美恵被告は2005年12月28日午後9時過ぎ、福山市にある雑居ビル1Fの喫茶店に経営者である夫を呼び出し、睡眠薬を飲ませて眠らせたうえ、石油ストーブの周りに油をまいて火をつけ、約110平方メートルのうち約70平方メートルを焼き、夫を焼死させた。夫にかけられた生命保険金約1億5000万円と火災保険金約2000万円を詐取しようとした。火災後間もない2006年1月上旬、会社勤めもしていた夫を事故死として、社会保険庁福山社会保険事務所に遺族厚生年金の受給を申請。3〜12月の6回にわたり、遺族厚生年金計約105万円をだまし取った。
 辻富美恵被告は2005年3月頃、知人の紹介で夫と出会い、偽名を名乗っていた。妊娠したとうそを付いて結婚を迫り、事件の9日前に婚姻届を提出するとともに辻被告を受取人とする複数の生命保険金に加入させた。これらの保険金は、保険会社が疑念を抱き支払われていない。辻被告は金融会社などに約1500万円の借金があった。
 また辻被告は1999年7月1日、福山市で借りていた木造平屋建て住宅に、実際は住んでいないのに住んでいるように装って家裁共済金をかけ、2000年7月22日に住宅が全焼した火災を利用して共済金の支払いを請求。住んでいたように見せかけるため、電気料金やプロパンガスの領収書を偽造し、自分名義の銀行口座に計480万円を振り込ませた。
 辻被告は知人男性とともに、2006年4月に県が事業者に運用資金などを融資する制度を悪用し、福山市内の銀行から約825万円を詐取したとして詐欺容疑で逮捕、起訴されるなどして懲役刑が確定、服役していた。
裁判所
 広島高裁 竹田隆裁判長
求 刑
 無期懲役+懲役1年6月
判 決
 2010年10月28日 無期懲役+懲役1年2月(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 殺人罪と遺族年金の詐欺罪において、別々に判決を受けている。
 2010年5月27日の控訴審初公判で、辻富美恵被告は一審同様無罪を主張した。被告人質問で辻被告は、出火当時現場の喫茶店にはいなかったとし、新たに、知人男性が犯行にかかわった可能性があると主張した。弁護側は、現場近くの防犯カメラに被告が映った時刻と出火時刻などを検討。「被告が放火することは不可能で、被告を犯人と認定した一審判決には誤りがある」と主張した。検察側は控訴棄却を求めた。
 判決で竹田隆裁判長は「犯行時刻を偽装するメールを送るなど犯意を強く推認させる」などと指摘し、弁護側の主張を退けた。そして「被告が犯人でないとすると、合理的な説明が極めて困難」と述べた。
備 考
 殺人、放火容疑で辻被告と同日に逮捕された知人男性はその後処分保留で釈放され、2007年6月12日、広島地検は「共犯性を認める十分な証拠がない」として嫌疑不十分で不起訴処分にした。
 2009年3月27日、広島地裁で求刑通り一審無期懲役判決。被告側は上告した。2011年8月24日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
小野毅(45)
逮 捕
 2009年8月26日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人
事件概要
 佐賀県唐津市の養鶏場工従業員小野毅(つよし)被告は、2009年7月29日午前7時15分頃、鶏に給餌中の養鶏場で責任者の男性(当時52)の頭をハンマーで殴って殺害。現金14万円が入った財布を奪った。養鶏場には小野被告や男性は、別の男性従業員が住み込んでおり、3人で午前6時頃から作業していた。
 男性従業員が警察に連絡。小野被告は車でJR浜崎駅付近まで逃げ、駅前からタクシーに乗って福岡県前原市のJR筑前前原駅で降りた後は足取りが途絶えた。県警唐津署は同日、小野被告を殺人容疑で全国に指名手配した。
 8月21日、小野被告は東京都台東区の工事現場で手首を数回切って自殺を図った。午前11時ごろ、男が倒れているとの通報で駆けつけた警視庁下谷署員が小野被告を発見し、都内の病院で搬送。残されたメモや運転免許証で指名手配中の小野被告と判明。26日、県警唐津署は退院した小野被告を逮捕した。
裁判所
 福岡高裁 松尾昭一裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年10月29日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 2010年10月1日の控訴審初公判で弁護側は控訴趣意書で、一審では殺害計画を相談していた養鶏場の同僚男性との共犯関係を十分に審理されなかったと指摘し、「裁判員裁判のため、審理が長引かないように証拠を制限したと思われる」と述べた。さらに一審に続いて「財布を盗んだ行為は窃盗罪に該当する」と主張。そして同僚男性について「仮に共謀共同正犯が成立しなくても、ほう助犯が成立することは明らか」とし、量刑不当を訴えた。検察側は控訴棄却を求め、即日結審した。
 判決理由で松尾昭一裁判長は「証拠書類から財布を奪う意思があったと是認できる。検察官調書は被告人の言い分に沿ってとられている」とし、共犯についても「同僚は殺害の実行行為がなく、殺害後も慌てて現場から立ち去っている」と否定した。そして「遺族の処罰感情は峻烈で刑事責任は重大。酌量減軽すべき事案とは認められない」と断じた。
備 考
 養鶏場では2009年4月4日夜、被害者の男性が自宅の購入改築資金として個人的に金融機関から借りた約1470万円が、事務所から金庫ごと盗まれた。そのため捜査本部は当初、この事件と小野被告の関連性も調べていた。2010年1月17日、大分市に住むI容疑者、K容疑者、O容疑者の3人が窃盗容疑で逮捕された。3人は建築関係の派遣会社の同僚。I容疑者は2008年11月から数週間、この養鶏場で働いていたことがあった。金は3人で分け、遊興費などですべて使い切っていた。
 2010年3月18日、佐賀地裁唐津支部(桑原直子裁判官)でI被告に懲役3年(求刑懲役4年)、K被告、O被告に懲役2年(求刑懲役3年)が言い渡された。
 被害者の母親は小野毅被告に対し、「最愛の息子の命を奪われ、甚大な精神的苦痛を被った」「1999年ごろから、毎月15万円を息子から生活費として受け取って生活し、息子が購入した家で同居する予定だったが、息子の命が奪われ、同居する夢を壊されただけでなく、今後の生活の見通しまでも失った」として、慰謝料550万円の損害賠償請求の訴えを4月12日までに佐賀地裁に起こした。5月14日の第1回口頭弁論で小野被告は事実関係を認め、即日結審した。2010年6月25日、佐賀地裁(野尻純夫裁判長)は220万円の支払いを命じた。
 2010年2月26日、佐賀地裁の裁判員裁判で求刑通り一審無期懲役判決。被告側は上告した。2011年5月23日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
林貢二(42)
逮 捕
 2009年8月3日(現行犯逮捕)
殺害人数
 2名
罪 状
 殺人
事件概要
 千葉市の会社員林貢二(こうじ)被告は2008年2月頃から東京都千代田区にある耳かきサービス専門店へ偽名で通い始め、月に約30万円以上使っていた。2009年になってからは週末ごとに来店し、店員である港区の女性を常に指名。4月頃には女性に交際を申し込んだが断られ、店から出入り禁止となった。しかしその後も林被告は女性につきまとい執拗にメールを出した。さらに林被告は新橋あたりに住んでいるという情報をもとに新橋駅などで待ち伏せし、女性の自宅を割り出した。7月19日午後11時には帰宅途中で女性を待ち伏せたため、女性は最寄りのコンビニ店に駆け込んで携帯電話で110番通報していた。
 2009年8月3日午前8時55分頃、林被告は女性方を訪れ、1階にいた女性の祖母(当時78)を刃物で刺し殺害。さらに2階で寝ていた女性(当時21)の首などを刺した。女性は意識不明の重体となり、9月7日、入院先の病院で死亡した。当時女性方は5人暮らしで、事件当時は他に2人がいたが無事だった。
 午前9時頃に家近くを通った人から「包丁を持った男と女がけんかしている」と110番があり、警視庁愛宕署員が駆けつけると、住宅内で2人が血を流して倒れており、室内にいた男が犯行を認めたため、現行犯逮捕した。
裁判所
 東京地裁 若園敦雄裁判長
求 刑
 死刑
判 決
 2010年11月1日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2010年10月19日の初公判で林貢二被告は起訴事実を認めるとともに、「被害者の方に取り返しのつかないことをして申し訳ない。この場を借りておわびしたい」と、うつむいたまま、消え入りそうな声で謝罪の言葉を述べた。
 検察側は冒頭陳述で、林被告は2008年2月頃、インターネットで東京・秋葉原の同店を知って通い始め、女性に好意を抱き、店外で会うことなどを要求するようになったと指摘。2009年4月に店を「出入り禁止」になってから、女性の自宅を突き止めてつきまとうようになったとし、「一方的に恋愛感情を抱き、来店を拒否されたことで憎しみを募らせて殺害した」と主張。「殺意が強固で残虐な犯行。遺族の処罰感情は厳しい」と述べた。
 一方、弁護側は冒頭陳述で「被告は事件を後悔し、深く反省している」と強調。犯行当時の責任能力については争わない方針を示したが、「被告は当時、なぜ女性に拒絶されるのかと困惑し、眠れなくなるなど、自分をコントロールすることが困難な状況だった」として、刑の重さを判断する際に考慮するよう求めた。
 10月22日の第4回公判では精神鑑定医が出廷し、「犯行時は抑鬱反応があったが、判断能力は低下していない」との意見を述べた。
 10月25日の第5回公判では弁護側請求の精神科医が「(善悪を)判断する能力は落ちていた」と証言した。
 10月25日の論告で検察側は、林被告が女性に一方的な恋愛感情を抱いた被告が食事の誘いや来店を拒否され、付きまといや待ち伏せを繰り返したが受け入れられず、怒りや絶望感を募らせ殺害を決意したと犯行の経緯を説明。「動機は身勝手で自己中心的。極めて執拗、残虐な犯行態様で、人命軽視は甚だしいが、内省はまったく深まっていない」と批判した。そして「なんら落ち度がない2人の尊い命を奪った結果は重大で、真摯な反省の態度も見られない」と指摘して死刑を求刑した。
 弁護側は同日の最終弁論で「反省、後悔しており、死刑にすべきではない」と主張。被告が「命で償うしかないと思うが、批判を浴びて生きて自分がしたことと向き合うしかないという思いも、心を駆けめぐっている」と述べて結審した。
 判決理由で若園裁判長は、女性に恋愛に近い感情を抱いていた被告が、来店を拒絶されて抑うつ状態で絶望感を抱き、愛情が怒りや憎しみに変化して殺害を決意したと経緯を認定。犯行に至った最も大きな原因を「相手の立場に立って物事を見ようとしない被告の人格や考え方にある」と指摘し、「犯行態様の残虐性や結果の重大性は言うまでもない」と批判した。一方、被告に有利な事情を「祖母殺害は計画性がない偶発的犯行。被告は今まで前科もなく、社会人としてまじめに生活してきた」と説明。「動機は身勝手、短絡的で、極刑を望む遺族の思いに深く動かされたが、反社会的、残虐な人格ではなく、思い悩んだ末の犯行で、深く後悔もしている」とし「極刑がやむを得ないとの結論には至らなかった」と述べた。
備 考
 裁判員裁判で死刑が求刑されたのは初めて。控訴せず確定。求刑死刑で一審無期懲役判決が控訴されずに確定したのは、1988年12月21日に熊本地裁で判決を受けた女子高生殺人事件のM元被告以来。検察側が控訴しなかったのは1995年5月18日に徳島地裁で判決を受けた仮出所者の知人2名殺人事件のO元被告以来。

氏 名
勝木屋栄二(37)
逮 捕
 2007年11月12日(殺人容疑。他の暴行、監禁容疑で公判中)
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、住居侵入、銃刀法違反(拳銃加重所持)、殺人未遂、爆発物取締罰則違反、暴行、監禁、未成年者略取・誘拐未遂他
事件概要
 指定暴力団道仁会系幹部勝木屋栄二被告は指定暴力団道仁会系の組長岡田充被告と共謀。熊本市で対立する九州誠道会系の組幹部(当時43)の殺害を、幹部の福原大助被告らに指示。福原被告らは共謀し、2007年6月19日夜、会長代行(当時43)方に侵入し、顔を拳銃で撃った後、包丁で背中などを刺して殺害した。死因は銃で頭を撃たれたことによる脳挫滅である。
 勝木屋被告は組員I被告、元組員O被告と共謀。2006年7月16日午後9時50分頃、九州誠道会系暴力団会長(当時54)が住む熊本県合志市の自宅前で、I被告が会長に拳銃を発射し、右肩に10日間の怪我を負わせた。
 勝木屋被告は他の組員と共謀し、2007年7月上旬ごろ〜2008年10月2日ごろ、県内の道仁会系組関係者の墓に爆発物である対人攻撃用の手りゅう弾1発を隠していた。
 勝木屋被告は他の8人と共謀。2007年4月8日未明、同組を離脱した熊本市の少年(当時18)を同市娯楽施設駐車場に誘い出し、車数台で少年と友人らが乗った軽乗用車を取り囲み、少年を無理やり連れ去ろうとした。しかし少年は逃げ出したため、友人のアルバイト男性(当時20)ら4人に暴行を加えた上、少年を捜すために乗用車2〜3台に乗せて連れ回し、約18時間に渡って監禁した。
 勝木屋被告は2007年7月25日までに暴行容疑で逮捕された。以後、8月13日に監禁容疑で再逮捕。9月4日、未成年者略取・誘拐未遂容疑で再逮捕。11月12日、殺人容疑で再逮捕。2008年1月8日、殺人事件における銃刀法違反(拳銃加重所持)容疑で再逮捕。8月28日、殺人未遂容疑で再逮捕。9月18日、殺人未遂事件における銃刀法違反(拳銃加重所持)容疑で再逮捕。2009年1月9日、爆発物取締罰則違反容疑で再逮捕。
裁判所
 最高裁第二小法廷 古田佑紀裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年11月1日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 上告理由は不明。
備 考
 九州誠道会系の組幹部殺人事件を巡っては13人が逮捕され、10人が起訴された。3人は証拠不十分で釈放された。
 主犯格の岡田充被告は2008年9月22日、熊本地裁で求刑通り一審無期懲役判決。2009年7月1日、福岡高裁で被告側控訴棄却。2010年2月24日、被告側上告棄却、確定。
 犯行指示役の福原大助被告は2008年8月8日、熊本地裁で求刑無期懲役に対し一審懲役30年判決。2009年3月24日、福岡高裁で一審破棄、無期懲役判決。2009年7月21日、被告側上告棄却、確定。
 実行役の福嶋尚和被告は2008年8月8日、熊本地裁で求刑無期懲役に対し一審懲役28年判決。2009年3月24日、福岡高裁で一審破棄、無期懲役判決。2009年7月21日、被告側上告棄却、確定。
 実行役の宮本博文被告は2009年1月23日、熊本地裁で求刑無期懲役に対し一審懲役27年判決。2009年8月31日、福岡高裁で一審破棄、無期懲役判決。2010年1月25日、被告側上告棄却、確定。
 凶器の準備および送迎をしたM被告は2008年10月31日、熊本地裁で懲役15年判決(求刑懲役20年)。
 凶器を準備したI被告は2009年1月23日、熊本地裁で懲役6年判決(求刑懲役12年)。2009年8月31日、福岡高裁で検察・被告側控訴棄却。
 凶器を隠したT被告は2008年8月8日、熊本地裁で懲役10年(求刑懲役15年)の判決。2009年3月24日、福岡高裁で検察・被告側控訴棄却。
 見張り役のY被告は2008年9月2日、熊本地裁で懲役12年(求刑懲役15年)判決。2009年3月24日、福岡高裁で検察・被告側控訴棄却。
 見張り役・車調達役のI被告は2010年1月13日、熊本地裁で懲役15年(求刑懲役20年)判決。10月15日、熊本地裁で被告側控訴棄却。2011年6月23日、最高裁第一小法廷で被告側上告棄却、確定。
 逃走用のバイクを準備し、案内をしたM被告は殺人容疑で2009年11月25日に逮捕。2010年7月15日、熊本地裁で懲役12年(求刑懲役15年)判決。

 九州誠道会系暴力団会長殺人未遂事件では他に2人が起訴された。
 実行犯であるI被告は2009年12月15日、熊本地裁で懲役12年判決(求刑懲役16年)。2010年10月15日、福岡高裁で被告側控訴棄却。
 送迎役であるO被告は2009年3月16日、熊本地裁で懲役6年判決(求刑懲役10年)。

 2009年12月15日、熊本地裁で求刑通り一審無期懲役判決。2010年6月23日、福岡高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
平田正幸(58)
逮 捕
 2009年9月25日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、銃刀法違反
事件概要
 住吉会系暴力団組長平田正幸被告は、埼玉県川口市で2001年9月に仲間を殺害した韓国人男性を殺害しようと計画。配下の組員3人に殺害を指示。3人は2001年10月10日午前6時ごろ、千葉県柏市の飲食店から出てきた韓国籍の日本人学校生(当時24)ら4人を犯人の一味と思い込み、学校生の左胸などに拳銃4発を撃ち込んで殺害した。4人は9月の事件とは関係なく、さらに学校生は犯人らと面識はなかった。
 千葉県警は2002年6月、実行犯の暴力団組員3人を殺人容疑で逮捕。同8月、平田被告を同容疑で全国に指名手配した。平田被告は中国に逃亡。2008年夏、他人名義の旅券を使って中国に渡航したとして、上海の公安当局に身柄を拘束された。千葉県警は捜査員を上海に派遣。国外退去処分が出た2009年9月25日午前、身柄の引き渡しを受けた。日本航空機で上海を離陸後、公海上の機内で逮捕状を執行された。
裁判所
 千葉地裁 彦坂孝孔裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年11月2日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2010年10月18日の初公判で、平田被告は「共謀の事実はない」と起訴内容を否認した。
 検察側は冒頭陳述で「無関係な男性の殺害を配下の組員に指示した首謀者」と指摘。弁護側は「指示していない。金で解決するのが暴力団の常識。報告を受けた被告人は驚いた」と主張した。
 判決で彦坂裁判長は、「確実に殺害を指示したとまでは認められないが『片をつけること』と指示した」と認定した。そして「被害者に殺される理由は何一つなく、結果は極めて重大」と断じた。
備 考
 実行犯の3人は2005年までに無期懲役、懲役20年、懲役10年の判決が確定している。
 被害者の遺族は2005年2月、「代表者には使用者責任がある」と主張して住吉会代表者らを相手に損害賠償訴訟を起こした。2007年9月、東京地裁は約5900万円を支払うよう元会長ら5人に命じる判決を言い渡した。2008年4月に和解した。

氏 名
渡辺勇一(38)
逮 捕
 2009年4月22日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、強盗殺人未遂
事件概要
 北海道南富良野町の会社員渡辺勇一被告は2007年9月14日夜、蘭越町の道路工事現場の土捨て場で札幌市に住む女性(当時37)と長女(当時7)の頭部を鈍器で殴り、女性を殺害、長女に頭の骨を折る重傷を負わせた。そして現金約40万円入りの財布を奪った。女性と長女は翌日朝、現場に倒れているところを発見された。長女は右半身が不自由になる障害が残った。
 道警倶知安署捜査本部の調べによって、渡辺被告が出会い系サイトを通じて女性と知り合い、事件当日も女性と連絡を取っていたことが判明。また渡辺被告が建設作業員として現場付近に行ったことがある、当時渡辺被告が住んでいたところから近い寿都町の海岸で母娘の携帯電話が見つかるなど「状況証拠」がそろったため、道警は20日から6日間連続で渡辺被告を任意聴取した。渡辺被告は事件当日に母子と札幌市内やその周辺で会ったことを認めたものの、「夕方に別れ、その後は休みながら車を運転し午後10時ごろ帰宅した」とアリバイを主張し、関与を否定。直接、事件と結びつく証拠がない中で道警はそれ以上の聴取を断念。道警はその後も任意聴取を求めたが、渡辺被告は応じなかった。
 2009年4月22日、道警は渡辺被告を逮捕した。捜査1課長は記者会見で、渡辺被告が否認する中で逮捕に踏み切った理由について、「新たな物証が得られたため」と説明したが、具体的な中身は明らかにしなかった。また5月21日以降に起訴されれば裁判員制度の下で審理されることになるが、「被疑者が犯行を敢行したと特定した場合は速やかに逮捕するのが警察の使命。裁判員制度は意識していない」と否定した。
裁判所
 札幌高裁 小川育央裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年11月11日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 2010年10月7日の控訴審初公判で、弁護側は「携帯電話の位置記録は、母子が殺傷現場まで移動したことを示すにすぎない」と主張。立証が不十分で第三者の犯行の可能性があるとした。 一方、検察側は「母子は被害に遭う数時間前まで被告と一緒で、その後被告以外とは接触していない」などとして控訴に理由はないと主張した。
 判決理由で小川裁判長は、母子が殺傷のわずか3時間前に渡辺被告の車に乗った事実に加え、母子の携帯電話の通信データは、その後も母子が乗車し続けた可能性が高いことを示していると指摘。「被告が犯人でなければ、これらを合理的に説明するのは極めて困難だ」とした。
備 考
 2010年3月29日、札幌地裁で求刑通り一審無期懲役判決。被告側は即日上告した。2012年3月26日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
平間敏(49)
逮 捕
 2010年2月22日(殺人容疑)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、非現住建造物等放火
事件概要
 宮城県蔵王町の会社役員平間(旧姓庄司)敏被告は、川崎町に住む無職女性(当時66)から預かった投資資金約2500万円のうち、約300万円の支払いを免れようと殺人を決意。2010年1月21日午後7時50分頃、女性宅にて事前に用意したアイスピックで女性の頭や背中を刺して殺害した。さらに、この約1時間後、女性方の1階居間に火を付け、木造2階建て住宅の壁などを半焼させた。
 平間被告は生命保険会社の代理店の取締役であり、約5年前から女性宅に出入りし、同時期に死亡した女性の夫が生命保険の契約を結んでいた。
 逮捕容疑は殺人であったが、仙台地検は、事件当時、平間被告には債務を返済する資金は無く、金銭の返済を免れる目的で殺害したなどと供述したことなどから、強盗殺人罪を適用した。
裁判所
 仙台地裁 川本清巌裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年11月12日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2010年11月9日の初公判で、平間被告は起訴事実を認めた。冒頭陳述で、検察側は「借金の返済を免れるために殺害し、動機が身勝手。何度も刺すなど残酷」と主張。弁護側は「地域の社会活動に積極的に参加するなど、犯罪傾向が進んだ反社会的な人間ではない」と訴えた。
 11月11日の論告で検察側は論告で「全く人間性の感じられない行為で、取り返しのつかない重大な結果を生んだ。反省も足りず、同情すべき事情はない」と指摘。弁護側は「借金の返済で精神的に追いつめられて行った計画的ではない事件。地域住民の信頼も厚く、寛大な判決を求める嘆願書も集まっている」と訴えた。また、被害者参加人の代理人の弁護士は「被害者には何の落ち度もなく、殺害して家に火を付けた犯行は身勝手。死刑の選択をするほかない」との意見を述べた。
 判決理由で川本裁判長は、平間被告が債務の返済を免れようと、アイスピックで女性の頭などを何度も突き刺して殺害し、犯行の痕跡を消すために女性宅に火を放ったことを「極めて残酷かつ冷酷で、刑を決めるにあたって重要な要素」と述べた。川本被告の反省や、寛大な判決を求める嘆願書が地域住民らから出ていることから有期刑が相当とした弁護側の主張については、「身勝手な動機から命を奪った結果は重大で、被告人の反省や更生可能性を最大限考慮しても、酌量減刑するほどの事情はない」と退けた。
備 考
 被告側は控訴した。2011年5月31日、仙台高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
宮下貴行(33)
逮 捕
 2009年12月3日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、銃刀法違反他
事件概要
 指定暴力団山口組系組員宮下貴行被告は同I被告と共謀。2007年2月5日午前10時ごろ、東京都港区の路上で、停車中の車の後部座席に座っていた指定暴力団住吉会系幹部の男性(当時43)に対し、ガラス越しに拳銃で3発発砲し、射殺した。
裁判所
 東京地裁 鹿野伸二裁判長?
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年11月16日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 銃弾を命中させたのは宮下被告であることから、I被告との量刑に差が出た。
備 考
 I被告は2010年10月8日、東京地裁で求刑無期懲役に対し一審懲役30年判決。2011年3月2日、東京高裁で検察・被告側控訴棄却。上告せず確定。
 被告側は控訴した。2011年中に東京高裁で被告側控訴棄却。2011年12月20日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
野田宏(40)
逮 捕
 2009年7月27日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人
事件概要
 住所不定無職の野田宏被告は2009年7月15日午後、愛知県弥富市にある父親(当時62)の自宅浴室で、父親の腹を包丁で刺した上、金づちで後頭部を殴って殺害し、現金2800円と小銭入れを奪って逃走した。
 父親がアルバイト先である運送会社を無断欠勤し続けたため、会社が別居の次男に連絡した。21日午後、次男が父親の死体を見つけ、110番した。
 7月27日、名古屋市中川区内の公園で捜査員が発見。容疑を認めたため逮捕した。
 愛知県警は殺人容疑で逮捕したが、名古屋地検は現金を奪う目的だったと判断し、強盗殺人容疑で起訴した。
裁判所
 名古屋地裁 伊藤納裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年11月18日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 11月8日の初公判で野田被告は「刺したのではなく、刺さってしまった」と述べ、起訴事実を否認した。検察側は冒頭陳述で、野田被告は2007年2月頃から、都合の良い時に父親のアパートに転がり込んでは、現金を盗んで家出する生活を繰り返していたと主張。2009年7月、盗んだ金を使い果たしたため、父親を殺して現金を奪おうと決意したと述べた。これに対し、弁護側は「父親の家に行ったのは自殺するためで、強盗の意思はなかった。遺書を見た父親に殴られ、防御しているうちに刺してしまった」と述べ、正当防衛などにあたると反論した。
 15日の論告で検察側は「最初から殺して金などを奪うつもりで犯行に及んだ」と被告の自白調書に沿って指摘。同日の最終弁論で弁護側は「自殺するつもりで父親方に行ったのに殴られ、さらなる攻撃を避けようとしたところ、包丁を持っているのを忘れて刺さってしまった」と述べたと強盗殺人を否定し、正当防衛および無罪を主張した。死刑になってもいいとの思いから当初、罪を認めたと説明する野田被告は、最終陳述で「捜査段階でウソをついたせいで裁判員に難しい判断をさせることになってしまい申し訳ない」と述べた。
 伊藤納裁判長は判決理由で父親が先に被告を殴ったことは認めたが、被告が動かなくなった父親の頭を金づちで殴ったり小銭入れを取った点から「自殺の意思と整合しない」と判断し、正当防衛を否定するとともに強盗殺人罪の成立を認めた。「恩義を感じるべき父親を殺して金を奪おうとした。自己本位で身勝手」と指弾した。そして「不合理な弁明をして悔悟を深めていない」と断じた。
備 考
 

氏 名
マスウード・バーバザーデ(38)
逮 捕
 2009年8月25日(別の有印私文書偽造・同行使で公判中)
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、殺人未遂、銃刀法違反他
事件概要
 覚せい剤の密売人だったイラン国籍の無職マスウード・バーバザーデ被告は顧客を奪われたことに腹を立て、2008年11月8日午後8時40分ごろ、愛知県小牧市の路上で、イラン国籍の男性(当時37)の乗っていた乗用車に向けて拳銃を発砲して殺害。助手席に乗り込もうとしていたブラジル人男性にも重傷を負わせた。捜査本部はこの車内から覚せい剤や大麻草などを押収した。
裁判所
 名古屋地裁 佐々木一夫裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年11月19日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 18日の論告で検察側は「密売の利益を巡って、住宅街で拳銃を6発連射しており、極めて反社会的な犯行だ」と述べた。弁護側は「被害者に撃たれると誤信して拳銃を発砲し、もう一人の被害者については存在の認識がなかった。日常的に拳銃や刀を携帯しているなど、イラン人男性にも重大な落ち度がある」として懲役15年が相当だと主張した。
 判決で佐々木一夫裁判長は、「事件前に拳銃を入手した段階で殺害を決意しており、計画的犯行」などとした検察側の主張は認めなかったが、「至近距離から拳銃を6発も発射した凶悪な犯行。周辺住民の生活を脅かす反社会的な犯行。住宅街で拳銃を使った殺人事件であることを特に重視すべき」と述べ、刑を軽くする事情はないと結論付けた。
 事件を巡り、弁護側は「被害者の乗っていた車内にあった刀が違法に廃棄された」として名古屋地検総務部長らを証拠隠滅容疑で告発、最終弁論でも「廃棄によって刀の証拠調べ請求を撤回せざるを得なくなった」と主張したが、判決はこの問題には触れなかった。
備 考
 被告側は控訴した。
 2010年10月13日、マスウード・バーバザーデ被告の弁護人が、名古屋地検総務部長ら3人が事件に関する証拠を違法に廃棄したとして、最高検に証拠隠滅容疑で告発状を郵送した。告発状や弁護人の城野雄博弁護士によると、公判前整理手続き中の今年3月、同地検が被害者の車から押収した刀(刃渡り約40cm)を廃棄したとしている。1月に証拠品として地検に開示を求めた際はあったため、先月、公判での立証に使いたいと地検に伝えたところ、「所有者不明の押収物として3月に処分した」と回答されたという。城野弁護士は、「刀は被告の弁護に重要な証拠となり得た」と主張。同地検の玉岡尚志次席検事は「証拠品の廃棄に関して問題のある取り扱いをした事例はない」とコメントした。
 2011年4月28日、名古屋高検は告発された当時の名古屋地検総務部長ら検事3人について「法に従って処分しており、犯罪の事実は認められない」として、いずれも不起訴とした。高検の野々上尚次席検事は「被害者の覚せい剤事件の証拠として押収した刀で、事件自体は2009年8月に被疑者死亡で不起訴にした。その後、所有者が不明の場合の正規の手続きに基づき処分しており、証拠隠滅ではない」と説明。一方で、「証拠品を管理する総務部と公判部検事が緊密に連絡を取り合い、その情報を弁護人に丁寧に伝えるなど、事務改善の余地があった」と指摘した。地検に周知徹底を指示したという。

氏 名
高橋まゆみ(50)
逮 捕
 2010年3月3日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人
事件概要
 宮城県亘理町の無職高橋まゆみ被告は、保険金目的で、夫である自衛官の男性(当時45)の殺害を、菅田伸也被告らに依頼。犯罪組織の仲間である菅田伸也被告、YA被告、SH被告、SM被告は2000年8月6日、男性(当時45)方の台所で、ドア上部に架けたロープの輪に男性の首を通して体を押し下げ、窒息死させた。まゆみ被告は「外出先から戻ると、夫が台所で首をつっていた」と警察官に説明していた。県警は、遺体の首付近に血痕が付着しているなど不審な点はあったが、目立った外傷はなかったため、検視で自殺と断定。司法解剖はしなかった。菅田被告はまゆみ被告が仙台市内の飲食店でホステスをしていた時の客であった。まゆみ被告は菅田被告らへの報酬として、保険金1億2000万円からそれぞれ数百万円を支払った。ただしまゆみ被告は、その後も事あるごとにカネをせびられた。
 犯罪組織の仲間であった笹本智之受刑囚が、「菅田被告が自殺を装って自衛官を殺害し、保険金を手に入れている」と話したことから、宮城県警が捜査。2010年3月3日、保険金殺人事件で菅田伸也被告、YA被告、SH被告、SM被告、高橋まゆみ被告の5人が逮捕された。刑事部長は逮捕当日、検視に誤りがあったことを認め、「誤認検視の絶無に取り組む」とのコメントを出した。仙台地検は3月25日、5人を殺害他の容疑で起訴した。
裁判所
 仙台地裁 川本清厳裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年11月19日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2010年11月17日の初公判で、高橋被告は罪状認否で夫殺害は認めたものの、「夫の暴力から逃れるためだった」と述べ、保険金目的を否認した。冒頭陳述で、検察側は「保険金を得るために夫を殺害し、得た金で海外旅行に行き、ペットやブランドバッグを買った」と主張。弁護側は「夫から肉体的、精神的にひどい仕打ちを受けていた」とし、保険金は借金の返済や共犯者への報酬に使ったと主張した。
 18日の論告で検察側は「保険金目的という動機は明らか。保険金をすぐに浪費し、夫や娘への後ろめたさもなく平然と暮らしていた。強盗殺人にも等しい犯行だ」と主張した。弁護側は「夫の日常的な肉体的、精神的支配から逃げたい一心からの犯行」と指摘するなどし、「懲役13年が相当」と述べた。
 判決で川本清厳裁判長は「多額の死亡保険金を得ることを主な目的に、犯罪組織に依頼して殺害を実行した。殺害後に得た死亡保険金など約1億2000万円を殺害の報酬や借金返済、旅行代金などに充てた」と認定した。弁護側が、殺害の主目的は夫の暴力的支配から逃れるためとした点について、判決は「警察に相談などをしないで殺害を依頼するのは飛躍があり、容易には納得し難い」と退けた。その上で「利欲的で身勝手な動機から犯罪組織に依頼し、殺害の大きなきっかけをつくった。刑事責任は極めて重い」と結論付けた。
備 考
 亘理町自衛官保険金殺人事件における殺人罪と、仙台市男性強盗殺人事件における逮捕監禁罪に問われたSH被告は2010年7月15日、仙台地裁(鈴木信行裁判長)で懲役17年(求刑同)を言い渡された。12月27日、仙台高裁(飯渕進裁判長)で被告側控訴棄却。
 保険金殺人における殺人罪に問われたSM被告は2010年9月10日、仙台地裁(川本清巌裁判長)で懲役15年(求刑同)を言い渡された。控訴せず確定。
 保険金殺人における殺人罪に問われたYA被告は2010年10月1日、仙台地裁(川本清巌裁判長)で懲役13年6月(求刑懲役15年)を言い渡された。控訴せず確定。
 菅田伸也被告の公判はまだ開かれていない。
 被告側は控訴した。2011年5月24日、仙台高裁で被告側控訴棄却。2011年12月現在で確定済み。上告しなかったものと思われる。

氏 名
小林稔(25)
逮 捕
 2010年5月1日
殺害人数
 0名
罪 状
 強盗強姦、強制わいせつ、住居侵入、強盗、強姦、強姦未遂、窃盗他
事件概要
 旭川地裁の事務官小林稔被告(事件後に懲戒免職)は2008年8月から2010年5月までに、旭川市などで1人暮らしの女性宅に押し入り、10〜20歳代の女性8人に乱暴し暴行した上で、現金や下着を奪うなどした。また、2008年11月から2010年1月にかけて12回にわたり、同地裁での宿直勤務中に、性的興奮を得るため、性犯罪事件の供述調書や捜査報告書581枚をコピーし、自宅に持ち帰った。コピーされた書類に記された被害者と、小林被告の事件の被害者との関連性はない。
裁判所
 旭川地裁 佐伯恒治裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年11月19日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2010年11月15日の初公判で、小林被告は「間違いありません」と起訴事実を認めた。冒頭陳述で検察側は「卑劣で凶悪。再犯の恐れが極めて大きい」などと主張。弁護側は動機について「職場で女性職員にからかわれ強い孤独感を持ち、自暴自棄になり、女性を見返したいと思うようになった」と説明。「事件を深く受け止めており更生の可能性がある」などと情状酌量を求めた。
 18日の論告で検察側は「徐々に犯罪傾向を深化させた凶悪な性犯罪常習者。異常な性的傾向がある。被害女性の静止画や動画を撮影し持ち帰るなど、女性の人格、尊厳を踏みにじった卑劣で非情な犯行は鬼畜の所業というほかない。残りの人生すべてで罪を償わせても厳しすぎる刑罰とはいえない」と述べた。弁護側は最終弁論で「被告は25歳と若く深く反省している。一度だけ社会に戻り、やり直せる刑罰にしてほしい」とした。
 判決理由で佐伯裁判長は女性への暴行について「女性の人格を無視した醜悪で極めて残虐かつ悪質な犯行。常習性は極めて顕著で、規範意識は完全に欠落している。犯行をエスカレートさせており極めて悪質」と指摘。仕事のストレスで犯行に至ったとの弁護側主張を退け、「自己のゆがんだ性欲や女性に対する征服感を満足させるために犯行に及んだ。再犯の可能性も否定できない」と断罪した。地裁内の書類をコピーして持ち出した点については「裁判所職員として許されない悪質な犯行」と述べた。そして小林被告に「被害者の受けた傷は容易に癒えることはなく、自分のことばかり考えずに被害者のことも考えて罪を償ってほしい」と説諭した。
備 考
 裁判所の職員だった被告が勤務先の裁判所で裁かれた裁判。公判では、旭川地裁の文書管理の甘さが明らかになったほか、弁護側は犯行の動機に女性職員からのからかいなどのいじめを挙げたが、地裁の小野剛所長は、小林被告が逮捕された以降、一貫して記者会見を拒否し続けた。判決日も、「誠に遺憾で、厳粛に受け止めている」などと、わずか3行のコメントを出しただけ。所長に代わって総務課幹部が「職場の人間関係を調査しているが、現時点ではいじめと認められる事実は確認できていない。法の順守と高い倫理観が求められていることを改めて職員に周知し、窃盗に関しては鍵の保管方法を厳格化した」と説明したものの、所長らの管理監督責任については明言を避けた。
 被告側は控訴した。2011年5月17日、札幌高裁で被告側控訴棄却。上告せず確定。

氏 名
小向智(45)
逮 捕
 2009年5月5日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、強盗殺人未遂
事件概要
 住所不定無職小向智被告は2003年12月17日午前11時15分ごろ、千葉県成田市の当時の自宅で、同居していた父(当時64)と母(当時62)の胸や腹を出刃包丁で刺し、父を殺害。母に重傷を負わせ、現金11万円や預金通帳などが入ったリュックを奪った。
 小向智被告は殺人と同未遂容疑で指名手配され、東京都や神奈川県の土木工事現場などを転々とした。2009年5月5日深夜、平塚市内の交番に「千葉の方で事件を起こして人を殺した。現金がなくなった」などと言って出頭した。
裁判所
 千葉地裁 渡辺英敬裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年11月22日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2010年11月16日の初公判で、小向智被告は氏名などの人定質問に答えず、罪状認否についても「答えません」とだけ話した。検察側は冒頭陳述で、小向被告は長年、自宅に引きこもり、事件数日前に両親が金銭要求に応じなくなったことから、「逃走費用を奪い、両親を殺害することを計画した」と指摘。そして「強固な殺意があり残虐。偽名を使って逃亡生活をしており、犯行後の事情も悪質」と述べた。弁護側は「金銭目的による犯行ではない。家族との人間関係がうまくいかなかった背景があり、犯罪傾向がある人間ではない」と主張した。
 17日の論告で検察側は「真摯な反省の態度は認められず再犯の恐れがある」と指摘。弁護側は最終弁論で「逃走中5年間、土木作業員としてまじめに働いていた。一般社会でやり直すことが可能」として有期刑を求めた。
 渡辺英敬裁判長は判決理由で、小向被告が「金がなくなったらまた強盗殺人でもやる」などと被告人質問で発言したことに触れ「反省の態度や更生の意欲は認められず、哀れすら感じる」と厳しく指摘。「小遣いをくれなくなったため両親への憎しみを募らせたとの動機は到底納得できない」とした。また裁判員を脅すかのような発言をするなどしたことから、渡辺裁判長は「挑発的な態度や言動からは早期の更生は難しい」と指摘した。
 小向被告は初公判以来、裁判員や裁判官に向かって舌を出すなどし、17日の公判では裁判官から社会復帰後の生活について聞かれると「また強盗殺人でもやればよい。あなたの所に行きますか。裁判員の所に行きますか」と述べていたが、判決後に記者会見した裁判員経験者は、量刑判断に影響はなかったとした。
備 考
 

氏 名
清水精二(66)
逮 捕
 2009年5月28日(現行犯逮捕)
殺害人数
 2名
罪 状
 殺人、傷害
事件概要
 埼玉県吉川市の無職清水精二被告は2009年5月28日午前9時50分ごろ、同市内の自宅敷地内にある納屋付近で、同居していた内縁関係の無職女性(当時67)を包丁で刺殺し、同じく同居の無職男性(当時65)も首などを刺し、約半年後に死亡させた。さらに、外出先から車で戻った同じ敷地内の母屋に住む土木作業員の男性(当時56)の左肩を刺して軽症を負わせた。男性は外へ逃げて110番通報し、駆けつけた吉川署員が逮捕した。
 清水被告と女性は約5年前から敷地内の納屋2階で生活していた。木造2階の母屋は清水被告が建設会社に寮として貸しており、軽症を負った男性ら従業員5人が入居していた。後に死亡した男性は元従業員であったが会社を解雇されてホームレスとなっていたところを女性に誘われ、数日前から納屋に移り住んでいた。
裁判所
 さいたま地裁 井口修裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年11月22日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。清水被告は逮捕当初犯行を認めていたが、その後は否定している。
 2010年11月15日の初公判で清水被告は「全部違う。そういうことはやってません」と起訴内容を否認。弁護側は「被告は犯行当時、アルコール依存症で責任能力がなかった」と無罪を主張した。事件約6か月後に肺炎で死亡した男性について「事件で負った傷はすでに治っており、死亡と事件は無関係」とし、責任能力と因果関係について争う姿勢を示した。検察側は冒頭陳述で、「内縁の妻と長話しをする男性に対し、不満や嫉妬を爆発させた」と動機を述べた。死亡した男性について、「刺されなければ、肺炎で死亡することはなかった」と主張した。
 18日の論告で検察側は「凶悪、残忍な犯行で、2人の生命を奪った結果は重大。被害者への謝罪や賠償がなく、反省ややり直しは期待できない」と述べた。一方で計画的ではなかったとし「死刑選択も考えられるが、やや厳しすぎる」と求刑理由を説明した。弁護側は「被告は当時アルコール依存症で刑事責任能力がなかった」と無罪を主張。裁判員が罪に問えると判断した場合でも「正常な判断能力があった状態と比べ、罪の程度は軽い」と述べ、寛大な判決を求めた。
 判決で井口修裁判長は清水被告の無罪主張を「不合理で信用できない」と退け、動機について「(死亡した2人に)嫉妬を募らせた」と認定。「凶暴、残忍で、動機も短絡的かつ自分勝手で酌量の余地はない。結果の重大性に照らすと、有期刑は上限でも軽過ぎる」と述べた。弁護側の主張に対しては「動機に見合った行動をしている」と述べ、完全責任能力を認めた。事件の約6か月後に肺炎で死亡した被害者の男性についても「逃げようとした際に階段から転落しなければ肺炎にならなかった」として、死因に事件との因果関係がないとする弁護側の主張を退けた。
備 考
 公判では、裁判員が争点を理解しやすいよう、事実認定の論告・最終弁論と、情状・量刑の論告・最終弁論を別の日に行う異例の措置が取られた。
 被告側は控訴した。2011年9月13日、東京高裁で被告側控訴棄却。2012年2月20日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
折笠照枝(69)
逮 捕
 2009年11月17日(詐欺容疑。12月9日、強盗殺人容疑で再逮捕)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、住居侵入、詐欺、窃盗
事件概要
 青森市の無職折笠照枝被告は2009年11月9日午後7時10分ごろ、近所に住む無職女性(当時82)方に宅配便業者を装って訪れ、玄関の鍵を開けさせると「金、金、金」などと言いながら室内に押し入った。そして女性の首をスカーフで絞めて殺害、現金5205円などが入ったショルダーバッグなど10点(時価約10300円相当)を奪った。
 折笠被告は殺害の約3週間前である10月18日午前9時半ごろにも女性方の玄関のガラスを割り鍵を開けて侵入。現金約177500円とクレジットカードなどが入ったバッグなどを盗み、カードでダイヤ入りネックレス(148000円相当)とイヤリング(45000円相当)を購入した。折笠被告と女性に面識はなかった。
 折笠被告は数年前に夫と死に別れ、息子と2人暮らし。2階建ての戸建てアパートの家賃は10年以上未納状態だった。パチンコなどの遊興費で借金を抱えていた。
 青森署は11月17日、カードを使用した詐欺容疑で折笠被告を逮捕。折笠被告の自宅から、窃盗の被害後に新たに購入した財布が見つかったため、捜査本部が入手経路などを追及。折笠被告は12月7日になって女性殺害などを供述。捜査本部は強盗殺人容疑で9日に再逮捕した。
裁判所
 青森地裁 小川賢司裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年11月22日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2010年11月17日の初公判で折笠被告は「金目当てで殺した訳ではない」と起訴事実を一部否認した。検察側は冒頭陳述で、被告はパチンコによる借金で生活に窮し、以前忍び込んだ女性方を狙ったと指摘。居合わせた女性に金を要求したものの拒まれて殺害に及んだとし、強盗殺人罪にあたると訴えた。弁護側は、殺害と金品を奪った行為自体は争わないとした上で、「殺害がお金目的だったことに疑いがある」として、法定刑の軽い殺人と窃盗の併合罪を主張。強盗の意思を認めた被告の供述調書の一部について、信用性を争う姿勢を示した。
 19日の論告で検察側は争点となった罪名について、金を要求して被害者方に押し入った状況や捜査段階で金目的に殺害したと認めたことなどから強盗殺人罪が成立すると主張。「パチンコにのめり込み自堕落な生活を送っていた被告は、目先のお金を手に入れたいという身勝手で軽々しい理由で犯行に及んだ。責任は極めて重い」と指摘した。一方、弁護側は最終弁論で、殺害時の記憶がないとする被告の法廷での供述や、被害者方から持ち出した物が少ない点や殺害方法が不確実な点を挙げ、「金品を奪うつもりで被害者を殺したのが間違いないとは言えない」として、強盗殺人罪の成立を否定。取り調べに誘導があり、供述調書には信用性がないとも述べ、殺人と窃盗罪の適用を求めた。その上で、被告は深く反省し、高齢で前科もないなどとして、殺人罪の法定刑のうち有期懲役刑を選択するよう訴えた。折笠被告は「本当にごめんなさい」と遺族に一礼した。
 判決で小川裁判長は、折笠被告がパチンコで消費者金融に多額の借金があったと指摘、「金品強取の目的は明らかだ」と断定した。そして「強固な殺意に基づく残忍で冷酷な犯行」と述べた。
備 考
 控訴せず確定。

氏 名
横山守(42)
逮 捕
 2009年12月6日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、死体遺棄
事件概要
 無職横山守被告は2009年10月8日午後3時頃、名古屋市内の自宅で、中村区に住む無登録の貸金業「090金融」を営んでいた男性(当時41)の首をネクタイで絞めて殺害、現金約24万円と腕時計(時価10万円相当)を奪い、翌9日、遺体を一宮市の雑木林に捨てた。
 遺体は10月20日午前、雑木林の中で上に作業着の上着などが掛けられた状態で剪定業者が見つけた。
裁判所
 名古屋高裁 志田洋裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年11月25日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 判決で志田洋裁判長は「利欲目的の強固な殺意に基づく計画的な犯行。一審判決の量刑が、『重すぎて不当』とはいえない」と述べた。
備 考
 2010年6月18日、名古屋地裁で求刑通り一審無期懲役判決。

氏 名
城田修一(24)
逮 捕
 2010年1月19日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人
事件概要
 住所不定無職城田修一被告は2010年1月16日、大阪府河内長野市小山田町のマンション一室で、この部屋に住む無職女性(当時42)に酒を飲ませて眠らせた。一升瓶で頭を殴って首を絞め、水を張った浴槽に沈めて窒息死させ、現金約3万円と高級腕時計など40点(時価計約460万円相当)を奪った。また城田被告は女性から借りていた借金4万円を逃れた。
裁判所
 大阪地裁堺支部 飯島健太郎裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年12月2日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2010年11月25日の初公判で城田被告は「(起訴状の)『借金返済を免れようと企てた』という部分は認められない」と、起訴事実を一部否認。殺人罪と窃盗罪にとどまり、強盗殺人罪は成立しないと主張した。
 29日の論告で検察側は「女性を殺害して金品を奪い、借金返済を免れようとした」と述べた。弁護側は殺害と金品を持ち出したことを認め「殺意は偶発的。殺害後、物取りの犯行に見せかけるため金品を持ち出した」として強盗の意思はなかったと反論。強盗殺人罪でなく、殺人と窃盗の罪を適用するべきだと主張した。
 飯島裁判長は判決で、「室内のDVDも持ち出して換金しており、金品への強い意思が認められる」と指摘。消費者金融に多額の借金があったことなどから「被害者を殴った時点で金品を奪う意思があった」と述べた。そして「被害者の無念さは察するに余りあり、奪った金品も多額で極めて悪質な犯行」と述べた。
備 考
 

氏 名
石田昇(38)
逮 捕
 2009年6月14日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人
事件概要
 呉市の無職石田昇被告は2009年6月14日午前4時半頃、以前勤務していた呉市の会社工場で、当時勤務中だった元同僚男性(当時26)に借金返済の猶予を求め会いに行ったが、男性に拒まれ口論となった。石田被告は男性の頭や顔などを事務所にあったバール(長さ約90cm)で殴り、殺害した。さらに現金約11万円などが入った財布などを奪った。石田被告は2年前に同会社を退社。男性から約400万円の借金があり、事件当日が返済期限だった。
 朝、出勤してきた同僚が男性の死体を発見。県警は石田被告が借金していたことを知り、同日午後に任意で事情を聞いたところ、借金を巡るトラブルで男性を殺害したと認めたため、強盗殺人容疑で逮捕した。
裁判所
 広島高裁 竹田隆裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年12月7日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 竹田隆裁判長は判決で「ギャンブルにのめり込んで借金を重ね、その返済を免れるため殺害した動機に酌量の余地はない」と述べた。
備 考
 2010年7月8日、広島地裁の裁判員裁判で求刑通り一審無期懲役判決。被告側は上告した。2011年4月20日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
織原城二(58)
逮 捕
 2000年10月9日(準強制わいせつ容疑)
殺害人数
 1名
罪 状
 準強姦致死、準強姦致傷、準強姦、準強姦未遂、わいせつ目的誘拐、死体遺棄、死体損壊
事件概要
 会社役員織原城二被告は1992年2月〜2000年7月の間、女性10人を神奈川県逗子市のマンションに連れ込み、催眠導入剤を入れた酒を飲ませて意識を失わせた上で強姦した。そのうち、英国人女性(当時21)とオーストラリア人女性(当時21)の2人を死亡させたとされるが、英国人女性に関しては準強姦致傷、死体遺棄・損壊のみを認定し、死因は不明であるとして準強姦致死では罪に問われていない。英国人女性の遺体は電動チェーンソーで切断し、同県三浦市の洞窟に埋めたとされる。
 元英国航空の客室乗務員である英国人女性は2000年5月4日に来日し、7月1日に男性に電話で呼び出された後、行方不明になった。冒頭陳述などによると、織原被告は(1)2000年7月、女性を神奈川県逗子市のマンションに誘い出し、薬物を飲ませて意識不明にさせたうえで強姦し、薬物中毒で死亡した女性の遺体を切断して同県三浦市内の洞くつに埋めた。英国人女性の死体は2001年2月9日に発見された。(2)1992年2月、同マンションでオーストラリア人女性を同様に強姦し、薬物中毒で死亡させた――とされる。
裁判所
 最高裁第一小法廷 桜井龍子裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年12月7日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 弁護側は上告審で「織原被告が英国人女性を死亡させたという前提が認定されない以上、死体損壊・遺棄に結びつく合理的理由はない」と主張したが、小法廷は「上告理由に当たらない」とだけ述べて退けた。
備 考
 織原被告は英国人女性の遺族に「お悔やみ金」として1億円を送付している。支払い理由について弁護人は「事件に巻き込んだ道義的責任があるため」と説明している。
 2007年4月24日、東京地裁で一審無期懲役判決。2008年12月16日、東京高裁で一審破棄、無期懲役判決。英国人女性事件を無罪とした一審判決を破棄した。

氏 名
奥野和徳(34)
逮 捕
 2008年4月11日
殺害人数
 0名
罪 状
 住居侵入、強姦、強盗、強盗未遂、強盗強姦、強姦致傷、窃盗、強姦未遂
事件概要
 大阪市東住吉区の会社員奥野和徳は2007年1月27日〜2008年4月4日まで、大阪府内や神戸市内で一人暮らしの女性宅に侵入して18〜27歳の女性12人を強姦、1人に乱暴した。このうち5人から現金計8万円を奪うなどした。判明分は以下。
  • 2007年3月13日深夜、奥野被告は大阪市内のマンションのエレベーター内で、帰宅した20代の女性にナイフを突き付け「声を出したら刺すぞ」と脅し、非常階段の踊り場で暴行。現金3000円入りの財布を奪い、近くのコンビニエンスストアの現金自動受払機(ATM)で金を引き出すよう指示したが未遂に終わった。
  • 2007年8月12日深夜、奥野被告は大阪府柏原市内のマンションに侵入。20歳代の女子大生にナイフを突き付け、「顔に傷を付けるぞ」と脅して暴行し、約5000円を奪った。
  • 2007年10月、奥野被告は大阪市内のマンションで、20代の女性の部屋に無施錠の玄関から侵入し、乱暴したうえ現金50000円を奪った。
  • 2007年12月31日午前3時10分ごろ、奥野被告は神戸市西区のマンションで、帰宅した当時19歳の女子大生に玄関先で「トイレを貸してくれ」と声をかけ、拒否した女子大生にナイフを突きつけて、室内で乱暴した。
  • 2007年12月31日午後8時25分ごろ、奥野被告は神戸市西区のマンションに住む女子大生の部屋のインターホンを鳴らし、ドアが開くと「電話を貸してください」と話しかけ、拒否した学生をナイフで脅して部屋に侵入し、乱暴した。
  • 2008年1月2日午後9時半ごろ、奥野被告は神戸市西区のマンションで、帰宅した女子学生に「トイレを貸してください」と話しかけ、学生が拒否して部屋に入ろうとするところをナイフで脅し、侵入。乱暴したうえ、現金約12000円を奪った。
 2008年4月10日深夜、被害が多発しているマンション付近で、警戒中の捜査員が目撃情報などによる犯人の特徴に酷似した奥野被告を発見。職務質問して追及したところ、2007年8月の犯行を自供した。最終的に8件の強盗強姦容疑などで逮捕、4件の強姦未遂容疑で追送検された。
裁判所
 大阪高裁 裁判長不明
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年12月9日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 不明
備 考
 2010年4月19日、大阪地裁で求刑通り一審無期懲役判決。

氏 名
小林文弥(48)
逮 捕
 2009年7月3日(現行犯逮捕)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、銃刀法違反
事件概要
 名古屋市北区の無職小林文弥被告は2009年7月3日午後7時ごろ、名古屋市北区の時計店に金を奪う目的で押し入り、居間でテレビを見ていた店主の男性(当時71)に包丁を突きつけた。男性が抵抗したため、小林被告は男性の胸を包丁で刺して殺害した。一緒にいた妻が悲鳴を上げ、2階にいた長男が降りてきて小林被告を取り押さえ、駆けつけた愛知県警北署員に引き渡した。
 小林被告はその時計店に一度しか行ったことがなく、男性との面識はなかった。
裁判所
 名古屋地裁 佐々木一夫裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年12月17日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 12月13日の初公判で小林被告側は「同居人に脅され、強盗をしなければ自分の命に危険が生じると思い込んでいた」と述べ、危険があると誤信してやむを得ず取った行為のため、法的な責任を免れる「誤想緊急避難」が成立するとして無罪を主張した。冒頭陳述で検察側は、小林被告は同居人の男に暴力団に借金があることを知られ、「金を用意しないと殺されるぞ」と言われたため、強盗殺人の計画を立てたと述べた。しかし、「強盗殺人が危険を回避するための唯一の方法ではない」として、誤想緊急避難は成立しないと主張した。
 15日の論告で検察側は「誤想緊急避難によって無罪となるのは、責任を問うのが酷な場合」と主張。弁護側は「同居人の男に脅され、『自分や親族を助けるためには強盗するしかない』と思い込んで起こした事件」と述べ、改めて無罪だと主張した。
 判決理由で佐々木一夫裁判長は「被告の生命に対する危険が差し迫った状態とは認められず、強盗殺人以外の金策を考えたり、警察に保護を求めるなど他に取り得る手段があった」と指摘、弁護側の主張を退けた。その上で「背後から無言で近づき、いきなり包丁で突き刺すなど冷酷で残忍な犯行。同居の男からの理不尽な要求に影響された面もあるが、結局、被告は自らの意思で犯行に及んでいる。長年、時計職人として真面目に働き、家族と平穏に生きてきたのに妻の面前で突然、命を奪われた被害者の無念は察するに余りある」と述べた。
備 考
 同居していた男性は、別の詐欺事件で起訴されている。
 被告側は控訴した。2011年6月22日、名古屋高裁で被告側控訴棄却。2012年1月24日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
糸川泰仁(48)
逮 捕
 2009年8月5日(死体遺棄容疑。2009年5月15日、詐欺容疑で逮捕済み)
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、死体遺棄、詐欺、道交法違反、有印私文書偽造・同行使、免状不実記載
事件概要
 韮崎市の自動車板金塗装業糸川泰仁被告は北杜市に住む無職男性(当時55)に348万円の借金があり、このうち168万円を2009年1月13日に返済する約束だった。しかし金を用意できず、午後4時半頃、糸川被告の会社で返済を迫った男性の頭を鈍器で2回強打した後、首を紐で絞めて殺害し、348万円の返済を免れた。男性は資産家で、複数の知人に金を貸していた。その後糸川被告は男性の遺体を、会社にあったブルーシートなどで包んでワゴン車に乗せて隠し、1月27日頃に韮崎市の民家敷地に、建設機械レンタル業者の男性に依頼してあらかじめ掘らせておいた深さ約80cmの穴に、車で運んで穴に遺棄した。糸川被告は男性に「ごみを埋めるため」と偽って穴掘りを依頼していた。
 他に糸川被告は顧客の高級乗用車が県税事務所に差し押さえられたことを利用し「差し押さえ解除のために金を貸してほしい」などと言い、2008年3月14日、この顧客から現金約304万円をだまし取った。2007年10月下旬には、別の顧客男性の国産高級車を「展示用に貸してほしい」などと言ってだまし取った。また、同年9月、弟の氏名を使い運転免許証を不正に再交付させた。
 県警は詐欺容疑で5月15日に糸川被告を逮捕。会社を家宅捜索し、室内から複数の血痕が見つかり、鑑定で男性の血液と一致した。糸川被告は犯行を否定したが、県警は穴を掘った知人の証言から遺体の遺棄場所を特定。7月29日、遺体を発見し、8月5日に死体遺棄容疑で逮捕。9月10日、強盗殺人容疑で再逮捕した。
裁判所
 甲府地裁 深沢茂之裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2010年12月24日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。裁判員裁判の対象外である詐欺、道交法違反、有印私文書偽造・同行使、免状不実記載の罪についても併合審理された。
 2010年12月7日の初公判で、糸川被告は「首を絞めて死なせたが殺意はなかった。借金返済を免れるために殺したのではない」と主張し、起訴事実のうち、強盗殺人罪を否認した。その他の罪についてはすべて認めた。
 弁護側は意見陳述で、〈1〉男性が「借金を返さないと(糸川被告の)娘をさらいに行く」と言い出したため、止めようとして首を絞めた結果、男性が窒息死した〈2〉168万円は、殺害当日に全額返済する予定だった−−などと主張し、強盗殺人罪でなく、傷害致死罪にあたると主張した。
 12月9日の第3回公判で検察側は、糸川被告が知人の車を無断で担保にして男性から金を借りたため、担保流れになって知人にばれることを恐れ、男性の頭を鈍器で2回殴ったり、ひもで首を絞めたりして殺害した、と主張した。これに対し弁護側は、糸川被告が「今日中には返せる」と説明したが男性が「娘をさらう」などと言い出したため、男性の体にひもをかけて止めようとした際、段差につまずき、気づくと男性が動かなくなっていたと主張。糸川被告は男性の頭を殴って殺しておらず、男性の頭の傷跡は「死後にできた」などと、改めて傷害致死罪の適用を求めた。解剖医は証人尋問で「断定は出来ないが、傷周辺の出血の広がり方を見ると生前の傷の可能性が高い」と説明した。
 2010年12月21日の論告で検察側は、「家族を守るため」などと主張する糸川被告の供述は「死人に口なしを利用したうそであることは明らか」などと指摘。頭部を鈍器で殴って首をひもで絞めたり、遺体を縛って梱包して埋めたりした行為を「事件を葬り去ろうとした卑劣な犯行。借金を免れようとする動機は極めて自己中心的で利欲的」と主張した。最終弁論で弁護側は「借金を返済する準備はあり、首にひもをかける明確な意思もなく殺意はなかった。傷害致死罪が適当」などと主張した。
 深沢茂之裁判長は判決理由で「被告と男性との間には金の貸主と借り主の関係以上の人間関係はなく、債権の取引を巡るトラブル以外に動機となりうる事情は認められない」として弁護側の主張を退けた。男性の頭部にある傷については「生前に鈍器で2回殴打されてできた可能性が高い」とし、「身体の枢要部に攻撃を加えたことから、殺意があったと推認される」と指摘した。そして、「債務を免れるために殺害した身勝手かつ利欲的な動機に酌量の余地はない」として強盗殺人罪を適用した。
備 考
 被告側は控訴した。2011年5月19日、東京高裁で被告側控訴棄却。2012年12月6日、被告側上告棄却、確定。




※銃刀法
 正式名称は「銃砲刀剣類所持等取締法」

※麻薬特例法
 正式名称は「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」

※入管難民法
 正式名称は「出入国管理及び難民認定法」

※確定について
 求刑死刑について一審無期懲役判決、検察側のみ控訴して無期懲役判決が下された被告については確定したものと見なしている。

※高裁判決
 染谷祐吉被告(2009年9月14日、一審無期懲役判決)は、2010年中に東京高裁で被告側控訴が棄却されていると思われる。確証がないので、ここに記す。
 松田真知被告(2009年3月19日、一審無期懲役+罰金400万円判決)は、2010年4月15日に東京高裁で被告側控訴が棄却されていると思われる。確証がないので、ここに記す。
 小川美津子被告(2010年3月29日、一審無期懲役判決)は、2010年中に東京高裁で被告側控訴が棄却されていると思われる。確証がないので、ここに記す。

【参考資料】
 新聞記事各種



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