本書は、国内外で過去、実際に発生し、懸命な捜査にもかかわらず解決しなかった謎の事件を下敷きにしたストーリーを紹介しながら、犯人はもとより、犯行の動機、手口、現場の状況など、捜査の過程で浮かんだいくつもの「?」を再現したものだ。
すべてエンドマークがスクリーンに登場しない、決着のないストーリーである。ミステリー好きの読者の皆さん一人ひとりが推理して、それぞれを結論づけていただきたいと思う。
時計の針を逆に回しながらであった事件の数々は、ミステリー小説顔負けの難問の宝庫だった。まさに、事実は小説より奇なり。机上では思い付かない、人間心理の盲点を突いた犯行プラン、専門知識、高等テクニックが駆使された逸話のオンパレードなのである。
前書きにあるとおり、迷宮入りした事件を紹介したもの。ノベルスサイズのハードカバーで、一つの事件紹介が約7ページ(イラスト含む)。推理しようにも、全ての手掛かりが紹介されていないので、推理しようがない。妄想することはできるだろうが。
事件の取り上げ方もバラバラである。国内、国外問わず、有名、無名問わず、時代も戦前のものから最近のものまで幅広い。迷宮入りした事件を全て洗い出した感じもあるが、本当に事件かどうかもわからないものまである。今ひとつコンセプトが見えにくいが、簡単なガイドとしてはそれなりに面白い本である。
目次は以下。
1 一〇時三〇分で止まった時計 ●二等寝台車殺人事件
2 地下鉄まで狙った爆弾魔 ●草加次郎事件
3 火のついた軽飛行機 ●遊覧セスナ機アベック死亡事件
4 白昼の一瞬の悪夢 ●銀座・金塊強奪事件
5 シティホテルの死角 ●女性歯科医殺人事件
6 国鉄総裁、空白の五時間 ●下山事件
7 犯人は芸術家肌だったのか ●ニセ千円札「チ−37号事件」
8 航路と機体旋回の謎 ●ばんだい号墜落事件
9 沈着冷静な毒殺犯 ●農家九人殺害事件と帝銀事件
10 航空機爆発は暗殺だった? ●警視監ロッキード機事故死事件
11 残された衣服の謎 ●日本人駐在員バラバラ殺人事件
12 菓子店を訪れた謎の男 ●三億円強奪事件
13 宴席にかかった一本の電話 ●敏腕検事怪死事件
14 タバコ屋の看板娘の表と裏 ●メアリー・ロジャース怪死事件
15 記憶喪失は事実だったのか ●女性推理作家失踪事件
16 黒猫は洋館の殺しを見たか? ●老母娘惨殺事件
17 現れなかった落とし主 ●路上一億円拾得事件
18 暗殺犯は名うてのガンマン!? ●アメリカ大統領暗殺事件
19 現代に生き延びた殺人鬼 ●ゾディアック連続殺人事件
20 骨折り損のくたびれ儲け!? ●ニセ夜間金庫事件
21 理由なき刃物男の正体は? ●連続通り魔殺人事件
22 消えていた30万ドル ●ドル札すり替え事件
23 なぜ民間機は攻撃されたか ●大韓航空機撃墜事件
24 英雄の子供は生きていた?! ●リンドバーグ愛児誘拐殺害事件
25 時効直後に帰ってきた名画 ●京都『マルセル』盗難事件
26 スパイ容疑をかけられた男 ●作家拉致事件
27 無差別毒殺犯は今どこに ●品川毒入りコーラ殺人事件
28 海を渡った大誘拐劇 ●金大中氏事件
29 ピストルと左利きの謎 ●中国公使変死事件
事件概要を簡単に記す。
1.大正時代、大阪市の土木請負業S氏が東京発の二等寝台車に乗り込んだ。浜松駅に停車中、寝台車から血が滴り落ちているのを駅員が発見。調べてみるとS氏が胸を刺されて死んでいた。争った後があった。金谷駅を通過するまでは異常がないと、車掌が証言した。S氏のベッドの上に寝ていた女性、向いの下段のベッドで寝ていたカップルは、人が争う音に気付かなかったと証言した。S氏には黒い噂や女性関係があったらしいが明らかにならないまま、事件は迷宮入りした。
2.1962年11月14日、東京都品川区の歌手島倉千代子後援会事務所で爆発が起き、事務員がけがを負った。原因はボール紙製の爆発物で、「草加次郎」の署名入りだった。「草加」はほかにも東京・京橋の地下鉄京橋駅ホームで10人の重軽傷者を出した爆発事件など、この年に6件の爆発騒ぎを起こした。その後も次々と事件を引き起こし、爆発7件、脅迫状14件、狙撃1件。負傷者14名にのぼる。犯人は草加次郎と名乗り、指紋も検出されたが、78年9月5日、時効成立。
3.昭和40年代、T町でのアベック遊覧飛行機にアベックが乗った。着陸予定の時刻、セスナ機は白い煙が上がってきた。着陸寸前、男性がセスナ機から飛び降りた。職員は消火作業に向かい、パイロットを救出。しかし、女性の姿はどこにもなかった。また、飛び降りた男性もいつの間にか姿を消していた。女性は、飛行場近くの民家に落ちて死亡していた。男性も翌日、飛行場の近くの河川で水死体となって発見された。男性は60半ばの観光旅館社長。女性は20歳前のホステスだった。パイロットの証言や捜査結果から、社長がガスライターでシートの後に点火させて燃やし、女性を飛び降り自殺させた。その後、自分も自殺をはかった無理心中であると思われた。しかし、二人が初めて出会ったのは五日前であった。家でも特に問題はなく、無理心中をする動機もなかった。論争になったものの、最後は事故として処理された。
4.1984年4月15日午後1時頃、東京銀座の貴金属店に二人組の男が押し入り、拳銃で威嚇しながらショーウィンドーの金の延べ棒3本を強奪。逃走した。犯人は捕まっていない。
5.(出版当時より)約20年前の6月26日、九州にある都市の歯科医P子(37)が、東京新橋のホテルで殺害された。P子は他の男性歯科医と共に、講習会に参加するため、上京していた。被害者は全裸で、性行為の痕跡があった。死因は絞殺。現金は奪われていた。犯人のものらしい指紋が出たものの、未解決。
6.1949年、初代国鉄総裁下山氏が死亡した事件。
7.1961年から63年にかけて、市場に出回ったニセ千円札事件。合計で343枚が発見された。市中の銀行員ですら気付かなかったという犯罪史上「最高傑作」と呼ばれた偽札であった。犯人が捕まらなかったため、とうとう大蔵省(当時)は、千円札を聖徳太子のものから伊藤博文のものに切り替えた。
8.1971年7月3日、札幌丘珠空港から函館空港に向かった「ばんだい号」YS-11型が横津岳の斜面に激突、他意はして乗客、乗員全員が死亡した事件。
9.1954年10月11日(本では11月になっている)、茨城県で農業を営むOさんの家から火の手が上がった。焼け跡から一家八人と女中の遺体が収容。解剖結果、青酸性毒物によるものと判明。まもなく、前科八犯、43歳の男性が捜査線上に浮かび上がり、指名手配。栃木県で逮捕。ところが、取調中に隠し持っていた青酸カリで服毒自殺。真相は闇の中に消えた。帝銀事件と似ていることから、関連性が疑われた。
10.1960年3月17日、シカゴ空港を飛び立ったノースウエスト航空の飛行機が上空で大爆発。乗客、乗員63名画死亡。この飛行機の中に、アメリカへ出張中の日本の警視監がいた。彼は密輸などの犯罪を徹底的に取り締まっていたため、白人ギャングに恨まれていた。また、前年のスチュワーデス殺人事件の捜査も行っていた。そのため、国際犯罪組織が飛行機に爆弾を仕掛けたのではないかという噂が流れた。結局、事故として報告された。
11.1965年8月25日、アムステルダムの運河に浮かんでいたトランクの中から、首のない胴体だけの腐乱死体が出てきた。9月1日、警察署は被害者を、大阪にある貿易会社のブリュッセル駐在員(32)と断定。彼は、二ヶ月前に単身赴任したばかりであった。また、彼は二百万円を所持していたが、消えていた。その後、駐在員がブリュッセルで最初に友達になった男(27)が捜査線上に浮上。事情聴取を受けていたが、車の衝突事故で死亡。自殺か事故死か判断が分かれた。結局、事件は迷宮入りした。
12.1968年12月10日、府中で起きた三億円強奪事件。
13.(出版当時から)70年以上も前。東京某駅の保線助手が線路点検中に死体を発見。敏腕として名高い検事だった。事件当時、政財界の大物が多数からんだ贈収賄事件を指揮しており、上層部、政界からの圧力にも屈せず、容赦なく取り調べを行っていた。そのため、他殺の可能性が指摘されたが、結局崖から転落して死亡したものと発表された。
14.1841年7月25日、ハドソン川に若い女性の水死体が浮かんだ。ブロードウェイのタバコ屋の看板娘、メアリーロジャース(21)だった。性的暴行を受け、絞殺されていた。捜査の結果、次々と男性関係の情報が集まってきたが、事件は迷宮入りした。
15.推理作家、アガサ・クリスティは1926年12月3日、外出したまま消息を絶った。12月14日、彼女は遠くのホテルで発見された。一時的な記憶喪失のため、連絡を取ることができなかった。
16.(出版当時から)20年前、大正時代に立てられた古い洋館に住む90歳を過ぎた老母と、70歳に近い娘が包丁でメッタ突きにされているのを訪ねてきた孫夫婦が発見。事件当時、孫夫婦などが一緒に住んでいたのだが、別荘へ行ったり、帰省したりなどで留守だった。資産家の家だったが、お金は盗まれていなかった。警察が調査したが、疑わしい人物も浮かび上がってこなかった。
17.1980年4月25日、小型トラック運転手が銀座のガードレールの市中の上に薄汚れた風呂敷包みを発見。中には、日銀の梱包のままビニール袋に入った一億円の札束だった。企業の裏金、政治献金、麻薬などの取引金などと噂されたが、落とし主は現れなかった。
18.1963年11月22日に起きた、ケネディアメリカ大統領暗殺事件。
19.1969年以降に起きた、“ゾディアック”と名乗るものによる連続殺人事件。
20.1973年2月25日、大阪の某銀行に、店の売上金を夜間金庫に投入しようとした店長は、夜間金庫前の断り書きに従い、銀行裏に回った。そこには夜間銀行の仮金庫があった。ところが、現金を投入しようとすると入口で使える。無理矢理押し込もうとしたら、夜間金庫の表面がふくらんだので、あわてて近くの警備センターに連絡。その結果、仮金庫は偽物であることが判明した。ほとんどの人が間違えるくらい精巧なものであったが、予想より多くの現金(2500万円以上)が投入されたため壊れるという皮肉な結末だった。証拠物件は色々あったが、1980年に時効を迎えた。
21.昭和30年代の1月、自動車に乗った男性が、刃物で通りすがりの女性を刃物で斬り付けるという事件が次々に起きた。1月27日には、中学三年生が胸を刺されて死亡した。調査の結果、1月21日、23〜25日、27日の1週刊で、21名の女性が被害にあっていた。有力な手掛かりもないまま、迷宮入りした。
22.1971年4月10日、スイスのユニオンバンクは、日本に銀行からの依頼を受けて、日本を空路輸送する30万ドル(当時の邦貨で1億円)分のドル札をダンボールに箱に詰めていた。内訳は、二十ドル札と百ドル札で15万ドルずつ。合計9000枚となる膨大の量の紙幣であった。二つのダンボール箱は運送業者によってチューリッヒの空港に届けられ、4月12日、スイス航空便で西ドイツのフランクフルトに向かった。フランクフルトを飛び立った航空便は、ハンブルグを経由し、アンカレジに到着。ここで日航機に積み替えられた。4月14日、羽田空港に到着。空港内の保税倉庫内の金庫に保管された。4月16日の通関手続きでは、いつものことだったので、税関は外見をチェックしただけでパスさせた。銀行に到着し、関係者が箱を開けたところ、中に古新聞紙などがはいっており、現金は一円もなかった。事件は迷宮入りした。
23.1983年9月1日、航路を外れてソ連領空に迷い込んだ大韓航空ボーイング機に、ソ連の迎撃戦闘機がミサイルを発射。乗客乗員269名が死亡した。
24.1932年、リンドバーグの愛児が誘拐された。身代金7万ドルが支払われたが、愛児は死体となって帰ってきた。2年後、ブロンクスに済む大工が逮捕された。無罪を主張しながらも電気椅子に送られた。
25.1968年12月27日、京都国立近代美術館で解されていたロートレック展で展示されていた名画『マルセル』が姿を消した。必死の捜査にもかかわらず、1975年に時効。ところが、時効成立33日後、ひょんなことから『マルセル』が発見された。犯人は特定できないまま、名画はフランスに返された。
26.1951年11月25日、神奈川県で肺結核手術の療養生活を送っていた作家A(47)が、アメリカの秘密諜報組織キャノン機関に拉致された。Aは日中戦争時、反戦運動家として中国で活躍していた。Aが拉致されていたことは秘密にされていたが、米軍に拉致されていたことが発覚。国会議員が事件の真相を紅葉したことから、1952年12月7日、身柄を釈放。その後、アメリカ大使館はAはソ連のスパイだったと発表。Aは、本当にスパイであったBとともに電波法違反で起訴。しかし、病気療養を理由に裁判は延期。1969年6月、二審で無罪が言い渡され、事件は終了した。
27.1978年1月4日、東京・品川区で、電話ボックスの中に置いてあったコーラを拾い、持ち帰って飲んだアルバイト帰りの高校1年生(16)が死亡。同じく4日、電話ボックスから600m離れた地点で、無職男性(47)が死亡。そばにはコーラ瓶があった。コーラには青酸ナトリウムが混入されていた。捜査の結果、北品川の赤電話の前にもコーラ瓶が置かれており、拾った中学生は警察の知らせで命拾いをした。物的証拠に乏しく、1992年に時効成立。
28.1973年8月8日、来日中の韓国大統領候補、金大中氏が東京のホテルから拉致され、殺されかけたが、政治的判断からか、数日後自宅へ戻された。
29.1929年晩秋、箱根の有名なホテルの一室で、宿泊していた中国公使が、蒲団の中でピストルを持ったまま死んでいるのが発見された。愛する妻が死んだことや、中国との交渉結果を日本政府が了承しなかったことなどが自殺の原因とされた。
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