村野薫『日本の大量殺人総覧』(新潮社 ラッコブックス)

発行:2002.12.20



 ここで取り上げた事件は、一九四五年から現在までの約半世紀に起こった日本の大量殺人事件である。
 単純に被害者の多さの順に選んでいったが、五人以上としたのは、偶然にもそれが本書収録の分量にかなっただけであり、特別な意味はない。
 ただ、仮にこれを四人以上とすると、事件件数は一挙に膨らむ。つまり、わが国ではそのあたりに複数被害殺人のひとつのボーダーがあるということを予想させる。
 もとより、大量殺人の定義は定まっていない。と同時にいままでは、わが国における大量殺人の規模や全容も、はっきりしているとは言い難かった。戦後に限ってみても、大量殺人といえば小平義雄事件や帝銀事件、大久保清事件、近年では勝田清孝といった世間によく知られた事件が十本も揃えばいいほうで、結局われわれは、そうしたイメージだけでわが国の大量殺人を推し量ってきた観がある。
 しかし今回、あらためてその全容がわかるとともに、大量殺人にたいするイメージの変更も必要になってきた。
 まずそのひとつは、思いのほか家庭内殺人が多いということである。そしてこれらの事件もふくめ、大量殺人事件の展望が、むろん個別の動機や直接の原因は千差万別であるにもかかわらず、ある程度類型化できるということであろう。
 が、おなじような展開をたどりつつ、その一方では、その後の事件の成り行きの違いにも驚かされる。死刑あり無期懲役あり、恩赦、不起訴、自殺、獄病死、迷宮入りありと、まさにさまざまである。
 とりわけ奇異に感じるのは法的決着(判決)のバラつきである。Aという事件が死刑なのに、何故Bの事件が無期なのか、また不起訴なのかという疑問は、当然だれしもがもつ新たな疑問だろう。
 私には、これが「法律」というものだ、としか言いようがないが、だからといって、すべて重罰に統一しろという結論は総計であろう。私としてはむしろ、こんな「法律」や司法制度に命をたやすくあずけていいのか、という思いが先にたつだけである。
 ところで、ここでの被害者数のカウントには「致死」もふくまれている。また本書では、加害者・犯人に「生涯殺害者数」という概念を取り入れているため、一事件での被害者数や判決時認定の被害者数とは必ずしも一致していないことがある。(以下略)
(「まえがき」より)
【目 次】
 第一部 十人以上殺し
 第二部 九人殺し
 第三部 八人殺し
 第四部 七人殺し
 第五部 六人殺し
 第六部 五人殺し
 ● 戦前の大量殺人(一九四五年八月以前)


 「まえがき」にもある通り、五人以上の被害者(嬰児は含まれていない)が生じた大量殺人事件の一つ一つについて紹介したもの。一つの事件につき2~5ページで、事件の経緯や顛末、裁判の結果、その後などが書かれている。
 放火や無理心中、未必の故意、精神病患者の犯行、テロ事件など、大量殺人事件の今までの範疇には含まれなかった事件も収録されているところは珍しいといえる。
 書かれている内容はあくまで概略であるため、この本から事件一つ一つの詳細を知ることはできない。しかし、日本での大量殺人事件の全体像を知るには、格好の著である。

 収録されている事件は以下。


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