毛利文彦『警視庁捜査一課殺人班』(角川文庫)

発行:2008.10.25



 被害者の“声”を聞くことができない唯一の犯罪、殺人。その過酷な捜査に立ち向かう精鋭部隊が、警視庁捜査一課殺人犯捜査係だ。「殺しの刑事こそ、刑事の中の刑事」――。桜田門のベールに隠された組織の構造、「地取り」「鑑識」「ブツ(証拠)」を追う捜査手法、そして取調室での「落とし」の技術まで。多くの事件を再現しながら、犯人との攻防を克明に描き出し、現在の捜査一課が持つ脆さと問題点にまで迫るノンフィクション。(粗筋妖怪より引用)

【目次】
第一章 女―平成八年、自称デザイナー狂言誘拐・殺人事件
第二章 花形―桜田門の看板舞台
第三章 臨場―発生、警視庁が動く
  一 認知―最初の仕切りは通信指令本部
  二 初動捜査―所轄と機捜
  三 特別捜査本部設置―殺人班出動
第四章 容疑者自殺―昭和六十年、大手建設専務夫人殺害事件
第五章 割る―ホシを浮上させる技術
  一 組分け
  二 地取り
  三 鑑とブツ
  四 Nシステムと携帯電話
第六章 落とす―取調室の攻防
  一 勝負は二十二日間
  二 殺人犯は「情」では落ちない
  三 殺人犯が語る「落ちた理由」
  四 「落としの神様」などいない
第七章 自白―平成八年、不動産ブローカー保険金殺害事件
終 章 あとがきに代えて

 警察問題や司法問題を中心に取材活動している著者によるノンフィクション。2005年5月に単行本化された作品の文庫化。著者には他に『警視庁捜査一課特殊班』というノンフィクションもある。
 ちなみに昔は「強行犯捜査係」と表記されていたが、現在は「殺人犯捜査係」と表記されているとのこと。
 著者は警視庁内部の人というわけではないようなのだが、そのわりにはやけに詳細な描き方になっている。刑事ドラマのように派手ではなく、一部作家のように扇情的に描くわけでもなく、一部批評家のように何でも否定的に描くわけでもなく、冷静かつ真面目に捜査一課の内実を描いているように思える。どこまでが真実なのかはわからないが、少なくとも疑うような内容ではないだろう。
 特に操作室での取り調べの描写が秀逸。罪を認める、認めないで牢獄に繋がれるかどうかと言う運命の分かれ道であり、取り調べを受ける側にとってはまさに人生を捨てるかどうかという瞬間である。それと落とそうとするのだから、取り調べする側も必死である。ずっと昔だったら殴る蹴るで十分だっただろうけれど、当然今ではそんな手法は通用しない。やり取りの克明な描写が、この本に一層のリアル感を与えている。
 捜査一課の美点を褒め称えるのでなく、欠点をあげつらうわけでもなく、等身大の捜査一課を書こうとする試みは評価したい。
 事件によってページ数が異なるため、内容に統一感がないのは残念だが、捜査一課とは、捜査とはどのようなものなのかを知るためには、勉強になる一冊だろう。

 著者は1963年、静岡県生まれ。警察問題や司法問題などを中心に取材活動を展開している。著書に『警視庁捜査一課特殊班』(角川文庫)がある。

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