永田憲史『GHQ文書が語る日本の死刑執行 公文書から迫る絞首刑の実態』
(現代人物社)


発行:2013.5.10



 死刑は是か非か――。
 日本では、死刑の是非に関する議論は、刑罰として犯罪者の生命を剥奪することが妥当か否かという点に集中してきた。一方で、刑罰としての生命剥奪の在り方、つまり死刑の具体的な執行方法についてはそれほど議論されてこなかった。
 絞首刑は是か非か――。
 この議論が深化してこなかった最大の理由は、絞首刑をめぐる情報が著しく乏しかったことにある。
 刑事学の研究者にとって、刑事制裁全体の構想にとどまらず、学問上の姿勢まで問いかける死刑の是非というテーマに対して的確に議論を行うためには、いかなる場合に死刑が選択されているのかを明らかにする必要があるとの観点から、筆者は死刑選択基準について研究を進めてきた。筆者は、2010(平成22)年にその成果を『死刑選択基準の研究』として公表し、その後も研究を継続してきた。筆者は、絞首刑をめぐる状況についての情報が著しく乏しいことから、死刑の是非に関する議論がどうしても抽象的で観念的になってしまうと考え、これまでその議論に敢えて立ち入らず、死刑に関してはその選択基準の研究に専念してきた。
 こうした中、ある事件の弁護団が絞首刑の具体的な執行状況について画期的ともいえる研究を行った。その成果は、中川智正弁護団ほか編著『絞首刑は残虐な刑罰ではないのか?――新聞と法医学が語る真実――』(現代人物社、2011年)として公表された。
 さらに、その知見を踏まえて、裁判員裁判においても問題が提起されることとなった(大阪地判平23年10月31日公刊物未登載)。
(中略)
 大阪地裁は、絞首刑の具体的な執行状況について弁護人らが得た知見を踏まえて、検討を行った。その評価は、弁護人らにとって満足のいくものではなかっただろうが、弁護人らが死刑、とりわけ絞首刑に関する議論を深化させた意義は極めて大きい。
 筆者は、弁護人らの成果に敬意を抱くとともに、研究者として絞首刑の執行方法に取り組んでこなかったことについて深く後悔するに至った。筆者は、死刑選択基準を研究する中で、死刑を廃止することに躊躇いを覚え、なお死刑は存置すべきだと考えている。そうである以上、死刑がどのような方法で執行されるべきかを検討することは必要不可欠であるはずである。
(中略)
 残念ながら、死刑の執行方法自体については、未だその資料を発見するに至っていないものの、これまでほぼ全面的に黒塗りがなされ、完全な形を推測すらできなかった死刑執行起案書と死刑執行始末書を入手することができた。
 本書は、このようにして得られた死刑執行起案書と死刑執行始末書を分析し、ベールに隠されてきた絞首刑の実態に迫ろうとするものである。そして、本書は、絞首刑が死刑の執行方法の中で最善のものかについて、重要な示唆を与えるものとなろう。
(後略)

(「はじめに」より引用)

【目次】
資料解題:死刑確定者を絞首して死亡させるために要する時間 GHQ/SCAP文書:「死刑執行起案書」・「死刑執行始末書」の分析
  1. 絞首刑の残虐性に関する議論
  2. 連合国最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)文書
  3. 「刑務所―死刑判決と執行」の内容
  4. 「刑務所―死刑判決と執行」の分析
  5. 「110番 宮城刑務所、東北地方宮城県仙台市」の内容
  6. 総括
 表1 死刑執行順一覧
 表2 死刑執行所要時間別一覧
 表3 死刑執行施設別一覧

資料:日本の死刑執行に関するGHQ/SCAP文書
 死刑執行始末書【整理番号01~46】(日本語訳・原本)
 死刑執行起案書及び【添書整理番号42,43】(日本語訳)
 死刑執行起案書及び添書【整理番号46】(日本語訳)
 大韓民国籍の者に対して下された判決の再検討(原本)
 死刑執行に関するGHQ/SCAP文書の覚書(原本)



 筆者は1976年、三重県生まれ。1999年、京都大学法学部卒業。執筆時は関西大学法学部准教授。
 作品タイトルにある通り、連合国最高司令官総司令部(General Headquarters, the Supereme Commander for the Allied Powers; GHQ/SCAP)文書より絞首刑についての実態について迫ったもの。占領期の政策や資料に詳しい関西大学文学部の豊田真穂准教授から、GHQの資料全てがマイクロフィッシュに複写されて日本の国立国会図書館に収蔵されていること、しかも、国立国会図書館によって各フォルダにタイトルが付されていること、さらにそのフォルダ名を検索できることを教示してもらい、調査した結果得られた文書の内容とその考察結果について記されている。ちなみに今回発見された文書は公開資料で、複製は可である。
 死刑執行始末書をもとに、下記の内容について分析がなされている。  詳細な内容や分析結果については本書にあたってもらうとして、これだけの内容が公開されていたことに驚きだし、さらに探し出すほうもすごいとしか言いようがない。中身も興味深いことばかりだし、死刑を研究する上には最高の資料の一つだろう。
 分析結果については本書を読んでいただくとして、個人的には死刑執行始末書の中身も大いに参考になった。特に特記事項の欄は興味深い。 ほとんどの死刑囚が悔いているのは当然であろうが、暴れたりしたという記録が全くないのにはちょっと驚き。まあ、実際に暴れたとかなんて記録は残せないだろうとは思うのだが、それにしても実に興味深い。また、1件だけ、自分は殺害は実行していないとして死刑判決に納得していない死刑囚はいたものの、それでも普通に罪を悔いている。戦争の傷跡がまだぬぐえない時代でもあるし、死というものが今の時代に比べたらもっと身近であっただろう。そういうのも影響しているのかもしれない。
 いずれにせよ、貴重な一冊。他にもこういうものはないのだろうか、とても気にかかるところではある。

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