NHK取材班 杉本宙矢・木村隆太『日本一長く服役した男』(イースト・プレス)

発行:2023.6.25



 令和元年秋、1人の無期懲役囚が熊本刑務所から仮釈放された。日本で最も長い服役期間を経て出所したのは、80代のやせ細った男。出所後も刑務所での振る舞いが体に染みつき、離れないでいた。男はかつてどんな罪を犯し、その罪にどう向き合ってきたのか? 男は何故、61年も服役しなければならなかったのか。更生と刑罰を巡る密着ドキュメンタリー。(帯より引用)



【目次】
はじめに
第1章 その男との出会い
第2章 偶然か、必然か 取材班結成秘話
第3章 プリゾニゼーションの現実
第4章 裁判記録、その入手までの長い道のり
第5章 日本一長く服役した男“誕生”の秘密
第6章 彼は「ありがとう」と唱え続けた
第7章 刑務官たちの告白 無期懲役囚と社会復帰の理想
第8章 遺族はいま 母との思い出を辿って
第9章 もう一度、問いかけることができたなら
終章 〈鏡〉としての日本一長く服役した男
おわりに
注・参考文献


 NHK熊本放送局の木村隆太は、2018年から熊本刑務所の取材を始めた。熊本刑務所は「LB」や「B」と呼ばれる受刑者を収容している。
 個々の受刑者には「処遇指標」が割り当てられている。少年はJ、女子はW、外国人はF、執行すべき刑期が10年以上であればLなどである(詳細は犯罪白書などを参照)。犯罪傾向が進んでいない初犯であればA、再犯者や暴力団員など犯罪傾向が進んでいるものはBとなる。「LB」は刑期が10年以上で、犯罪傾向が進んでいる状態を示す。
 木村は80代の高齢無期懲役囚の面談状況を見て、受刑者の「更生」が現実とかけ離れていることに疑問を持つ。木村は「福祉施設化する刑務所」という特集を地域ニュースで放送したが、不完全燃焼に終わった。そんなとき、受刑者の社会復帰などを取材しているNHK熊本放送局の杉本宙矢より、60年以上服役した無期懲役囚が仮釈放されることを聞き、取材を始めた。
 そして2019年9月14日、一人の男が熊本刑務所から仮釈放された。1958年7月に無期懲役が確定してから61年。仮釈放された無期懲役囚としては最も長い期間と思われる。

 本書は2020年9月11日にNHK熊本放送局で放映されたドキュメンタリー『日本一長く服役した男』について、取材記録をまとめたものである。
 主人公ともいえるAがどのような犯罪を犯したのか。本の中でもある程度触れられているが、インターネット上ではすでに特定されている。

 1956年12月12日夕方、金に困っていたA(20)と少年(19)は、少年が働いている岡山県岡山市の精肉店に目をつけ、売上金を持った店主の妻(29)が夜道を帰るところを狙い、金を脅し取る計画を立てた。少年は精肉店にあった包丁を持ち出し、顔が知られていないAに渡した。
 犯行当日、Aは店主の妻がいつも通る帰り道で待ち伏せ、見張り役の少年の合図を待った。妻が息子(4)を抱きかかえながら急ぎ足で帰る途中、Aが暗がりから飛び出し、包丁を突き付け金を出せと脅した。しかし妻はすぐに応じなかったため、Aはいきなり妻の右首あたりを傷つけた。妻が大声を上げ、息子が泣き出したため、Aは売上金23,000円が入ったカバンを奪うことなく、逃走。妻は傷からの出血により亡くなった。息子が泣きながら帰ってくるところを、店主である父親が発見した。
 Aは翌日、捕まった。そして任意出頭していた少年も自供。二人は強盗殺人容疑で逮捕された。
 Aと少年は殺意を否定したが、岡山地裁で求刑通り無期懲役判決。少年はその後不明だが無期懲役が確定。Aは控訴、上告するも1958年7月に無期懲役が確定。

 「無期懲役」とは何か。「はじめに」でこう語られている。
「無期懲役とは不思議な刑罰である。有期刑のように満期が来たら自動的に出所とはならないし、かといって死刑のように生命が奪われることもない。いわゆる終身刑のように社会復帰の可能性が否定されることもないが、仮釈放が明確に約束されているわけでもない」
 Aは「第1級の模範囚」になっていた。当時の「累進処遇制度」では1級から4級まであり、服役当初は第4級、以後受刑態度に応じて変わる。第1級は一番上である。被害者への贖罪に向けた教誨師との面会にも必ず出席していた。Aは服役から22年後、1980年に仮釈放の申請が行われた。この頃はまだ平均15年程度で仮釈放が認められていた時期である。しかし申請は棄却された。その後、1991年までに5回申請され、1回は取り下げ、残りは棄却された。理由はAが刑務所の出所者などを受け入れる更生保護施設の機銃を希望したものの、受け入れ先が見つからなかったからである。なおAは1972年に精神に異常をきたすようになり、5年半にわたって医療刑務所に移送され、治療を受けていた。1978年に熊本刑務所に戻ったが、これが仮釈放の申請が遅れた理由と考えられる。
 Aはようやく仮釈放されたが、受け入れ先の保護施設で戸惑うばかり。「作業がないと困る」「刑務所のように作業があった方がいい」と述べ、「どういうのが自由かわからない」とつぶやく。被害者に対しても「よかことか、悪いことかという判断が……ちょっと今もう、わからんね」と答えるしかなかった。
 Aは2020年9月9日に亡くなった。2か月前に誤嚥性肺炎で入院していた。ドキュメンタリーが放送される2日前だった。

 本書はある一人の無期懲役仮釈放者を通し、無期懲役とは何かという現実を突きつけている。他の仮釈放者、元刑務官、研究者、そして被害者遺族へのインタビューを通し、そして法律や統計の現状を確認することで、無期懲役の現状と矛盾を炙り出している。
 無期懲役はかつて平均15年程度で仮釈放されていた。しかし仮釈放者の再犯、死刑判決が続いたこともあり、仮釈放者の服役期間は徐々に長くなっていった。さらにオウム真理教事件などの凶悪犯罪を背景に、厳罰化の流れは続いた。2004年の刑法改正で、有期懲役の上限が最長30年に引き上げられ、それに合わせて仮釈放審理も30年以上に引き上げられた。当然仮釈放にも様々な条件があり、審理で不許可となると次に申請できるのは10年後となる。

 よく死刑廃止論者が唱える「終身刑」には、私は反対している。何をやっても刑務所の外に出られないという状況下で、囚人をまともに管理することは難しいだろう。だからと言って無期懲役囚をすぐに仮釈放するのも問題だ。死刑に準ずる刑であり、それだけの重罪を犯した者を、おいそれと簡単に一般社会へ戻すようでは、罪に対する罰の意味が小さくなってしまう。では今の刑務所が老人介護施設となってもいいのか。罪を犯して刑務所にいる者が、罪を犯していない者より税金で丁重に扱われるというのも矛盾しているだろう。だからと言って、病気になろうと放りっぱなしにする、というわけにもいかない。無期懲役という刑を考えると、色々なところに矛盾が出てくる。
 よく裁判で「生涯、被害者の冥福を祈らせる」などと言われるが、いったいどれだけの者が供養しているのだろうか。また加害者が供養したところで、被害者やその遺族の苦痛が無くなるわけではない。60年も服役していると、全てが機械的なルーチンワークになってしまう。そんなことを改めて知らされた。

 我々は無期懲役という刑の真実に対し、いったいどういう行動をとるべきなのか。非常に思い問いかけをもたらした一冊である。

 なお本書のタイトルは「日本一長く服役した男」とあるが、無期懲役の仮釈放申請が不許可になったケースでは2021年に「65年0か月」「62年8か月」が存在し、このことは本書でも触れられている。また2022年6月には服役年数64年で熊本刑務所から出所した人物もいる。


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