K・O『真相死刑囚舎房 上』(現代史出版会/徳間書店)

発行:1982.2.28



 私が二十五カ年間の刑務所生活を終え、鉄格子の門を出たとき、一番ビックリしたことは、女性が綺麗なことでした。その美しさに、私は、歩道に立ったまま、半開きの口で、道行く女性たちを呆然と眺め入ったものでした。
 さてバスに乗った私、昔の通りに女の車掌がいるものと思い、ノコノコと車の奥に入ってゆき、運転手に叱られたが、さて、何処で、どうして、切符を買っていいものやら、ウロウロ。
 えきで下車して、教えられた切符の自動販売機の前に立ったが、買い方が分らず、人々の買うのを、横で長い間、真剣に見つめたあと、恐るおそる百円玉を入れたら、切符が出てきて、トビあがりたいほどに嬉しかったことは、つい、昨日のことでした。
 娑婆にも慣れ、人々の話から死刑囚に関するいろいろの本を読んでみて、またまた、私は、ビックリ仰天したのでした。
「何とまあー、ウソ八百なことを臆面もなく、真実らしくつくりたて、仰々しく書きつらねていることか……」と。
 そして、さらに、私を驚かしたことは、そんな本が売れているということです。
 わずかな期間、受刑者用語では、ションベンしながらキョロキョロしている間ほどの短い期間、拘置所に勤務しただけで以て、私に言わせれば「死刑囚のことなど、全く知らない」クセに、死刑囚の誰はこうだった、誰々はこんなであったと、もっともらしく刑務官の作った真実とはほど遠い公式書類(建前だけの作文)を引用し、学者面し、作家面して書いている者。
 死刑囚との手紙のやりとりや、わずかな面会時間だけの間柄で以て、死刑囚のことは知り尽くしたように親友面、恩人面をして得々と書いている者。
 あるいは、事件を否認している死刑囚の都合の良い材料ばかりを並列して、「無罪だ、冤罪だ」と、大袈裟な文字を羅列し、世の善男善女をタブらかしている者。
 裁判所・警察というものは、権力の権化で悪の象徴だという、基本的偏見で攻撃するために書いているもの等々、人により種々雑多だが、どれもこれも、「真実」とはほど遠いものばかりでした。
 私は、「これではいけない。死刑囚の本当の姿を知ってもらうために、私だけが持っている貴重な体験を書こう」と思いついたのが、出所して、一年後のことでした。
 初めて、『週刊文春』に連載した「戦後犯罪史の大物たち」は大変な反響を呼び、東映で映画化され、『さらばわが友』として徳間書店で刊行されました。
 つづいて『続・さらばわが友』を出し、昨年から、『週刊大衆』で連載を始めた「死刑囚舎房」を今年の暮まで続けるつもりです。これは、今年一杯、連載しても、到底終わりませんので、本書を含め単行本、『真相・死刑囚シリーズ』(全八冊)として書き続ける予定でいますが、とりあえず本書の下巻をひきつづき刊行することになっています。
 このように私が書き続ける目的は、ただ一つ「真実の死刑囚の姿」「死刑囚が思っている本当のこと」をありのまま、知って頂くためだけです。
 それ以上のことを、私は、何も望んではいません。今の世の中で、最も、不足していることは「真実」です。人の心の内の「真実」もまたそうです。
 「真実」を希求している私、どうか死刑囚の率直な声を聞いてやって下さい。
 尚、この本の中に死刑囚たちの罪のへの悔悟・反省の言動が、あまり描かれていないこと不思議に思われると推測します。
 事実、「表面的には」あまり、それはないのです。しかし、ないのではありません。全員があるのです。ところが、死と向き合い、独房内で、それらの思いに駆られていると、必ず精神錯乱に陥ることを、死刑囚たちは動物的本能と実例で知っているので、「考えないこと」「なんとか忘れること」に努力して、やっと、自らの精神の琴線が切れないようにしているだけです。この人間の心の弱さを、どうか、誤解のないようにお願いします。

(「まえがき」より引用)


【目次】
一 拘禁ノイローゼ
二 帝銀事件と三鷹事件の真犯人は
三 文鳥と供述調書
四 人の命は全地球より重い
五 出廷
六 愛と死の苦悶


 カービン銃ギャング事件の主犯で、無期懲役が確定後仮釈放したK・Oが、葛飾区小菅にある東京拘置所の北舎、一舎三階の死刑囚だけが住んでいる死刑囚舎房階で見聞きした内容を書いたもの。
 コンクリートと鉄だけで造形されている、どこまでも長い長い廊下の静けさ、その静けさと一枚の鉄扉を隔て、六十個の監房の中には、一日ごとにじりじりと押し迫ってくる「死」の影に面と向き合い、一日暮れるごとに足音を立てて背後に過ぎてゆく「生」に未練のまなざしを向け、生と死の狭間に冷たい脂汗を流しながら懊悩している生きものたちがうごめき、青白く底光りする目をシキテン窓(視察孔)からぎらつかせながら何ヵ年となく生棲していた。
と書かれている死刑囚舎房と死刑囚。そのリアルな姿が描かれている。
 これはすべて本当のことなのか、それとも脚色されたものなのか。まあ、嘘をつく理由はないだろうが、本人の思い違いはあるようだ。エピソード内に描かれている死刑囚の内の数人は、まだ事件すら起こしていない者もいるからだ。
 生々しすぎる声は貴重かもしれないが、ある程度は疑ってかかったほうがよいだろう。


 登場する死刑囚は以下。

一 拘禁ノイローゼ
 房内治療に来た保険助手が鉄扉を開けた瞬間に突き飛ばし、高橋暉男は廊下に飛びだした。武器を持って駆けつけた特別警備隊の面々と対峙する高橋。そんな高橋を応援する、他の房の死刑囚、未決囚。高橋が捕まって連れられた後、なぜこんなことを起こしたのか不思議がる坂巻に、福田は高橋が拘禁ノイローゼになったと教える。時期的に、1956年の10~12月頃と思われる。 二 帝銀事件と三鷹事件の真犯人は
 K・Oのもとに、一緒に逃亡した中田美沙緒から手紙が届く。ところが1か所、6センチ四方ではさみで綺麗に切られ、検印マークが押されていた。老看守に聞くと、キスマークが便箋に押し付けられていたという。その話を平沢、関沢としているうちに、関沢は平沢に本当は帝銀事件の犯人だろうとからかい、平沢は真っ赤になって否定した。翌日、運動場でK・Oと出会った竹内景助は、関沢に突っ込まれて平沢があたふたしていたと笑った。そして竹内は、自らは無実だと訴える。 三 文鳥と供述調書
 婦人会が一人一人に文鳥を差し入れするという。餌は教育課が配給するというので、K・Oも買うことにした。早速、鳥かごに入った文鳥が、一週間分の餌とともに配給された。K・Oは上申書を書きながら、1年前の殺人事件の取り調べを思い出す。竹内から、文鳥が餌を房内に飛ばしながら食べるので、掃除が大変だとぼやく。 四 人の命は全地球より重い
 関沢一のもとに、昭和30年11月12日付の、上告棄却の判決書が届く。関沢は、「俺は殺されねえぞ」「今すぐ殺せ」と叫びまわる。 五 出廷
 死刑囚の裁判出廷には普通の看守は付き添わず、特別警備隊の体格のよい隊員が拳銃で武装して付き添う。東京拘置所の内庭に、今日出廷する数十名の被告たちが、十名くらいずつ数珠つなぎに長い麻縄に次々通され、並ばされる。これを連絆という。護送車で向かい、裁判所の雑居房に入れられる。K・Oが入れられた独居房の向かいは、女子被告の雑居房だった。

六 愛と死の苦悶
 昭和30年12月24日、竹内景助の死刑が確定した。6月22日に最高裁で死刑判決が出たときは一票差で死刑だと怒っていたが、確定の日が進むにつれ、段々物を言わなくなっていた。
 K・Oは竹内の変化を思い出す。昔は共産党を信じ、革命が起きたら死刑を言い渡した裁判官や検事を絞首刑にすると息巻いていたが、最高裁の判決が出たころには、共産党に騙されていたと落ち込んでいた。ちょうどそのころ、徳田球一が北京で死亡したとニュースを聞いて、激怒した。


【リストに戻る】